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司法修習生の逮捕及び実名報道(AIリライト)

本稿は,実名報道を伴って報じられた司法修習生の逮捕事例を整理し,あわせて,逮捕と実名報道をめぐる無罪の推定,被疑者補償,捜索・差押えにおけるスマートフォンのロック解除,捜査関係事項照会その他の法的論点を,条文・裁判例・公表資料に即して確認するものです。
個別の事件処理の手引ではなく,第58期・第67期・第71期の各事例と,これらに関連する最高裁判所の対応及び関係資料への参照を主眼としています。裁判例の引用箇所には,裁判所ウェブサイトに掲載されているものへの個別リンクを付しました。

第1 本稿が扱う範囲

司法修習生が逮捕され,実名で報道された事例は,決して多くありません。
本稿では,報道等により確認できる第58期・第67期・第71期の3件を時系列で整理したうえで,各事例が投げかける法的論点——無断撮影の違法性,無罪の推定,被疑者補償,スマートフォンのロック解除をめぐる捜査,捜査関係事項照会による個人情報収集,実名報道の当否——を,条文と裁判例に即して確認します。
なお,本稿で取り上げる3名は,いずれも同期と一緒に司法修習を終了しています。

第2 実名報道された司法修習生の逮捕事例

1 第58期の事例——東京地裁での建造物侵入

平成16年12月13日,東京地裁における裁判修習中に女性用トイレへ侵入してビデオカメラを設置したとして,平成17年1月5日,第58期司法修習生が建造物侵入罪の容疑で逮捕され,実名報道されました(紀藤正樹弁護士ブログ「なんということでしょう!司法修習生逮捕:東京地裁の女子トイレ侵入,ビデオ設置」参照)。

この修習生は,逮捕前にいったん容疑を認める上申書を提出したものの間もなく否認に転じ,弁護人(伊東真弁護士ら)は,事件当夜にさいたま市のスーパーで買い物をしたレシートの時刻等からアリバイがあると主張しました。
東京地検は平成17年1月26日,処分保留のまま同人を釈放し,最終的に嫌疑不十分で起訴されませんでした。
釈放後の記者会見において,同人は,捜査官から微罪処分も可能だと言われ,早くその場を逃れたい一心で当初は犯行を認めてしまった旨を述べたと報じられています(平成17年1月27日毎日新聞朝刊)。

なお,同人が起訴されなかった時期,46期の近藤裕之裁判官は東京地裁判事でした。

2 第67期の事例——迷惑防止条例違反

平成26年5月13日午後6時半頃,神戸地裁配属の司法修習生が,神戸電鉄の普通電車内で,通路の向かい側に座っていた女性のスカートや足の写真を数枚撮影したとして,兵庫県の迷惑防止条例違反の疑いにより現行犯逮捕され,実名報道されました。

この事例が投げかける論点——無断撮影がどのような場合に違法となり,あるいは条例違反として処罰されるのか——は,次の第3で裁判例に即して検討します。

3 第71期の事例——器物損壊

平成30年9月20日午前2時15分頃,福岡地裁配属とみられる司法修習生が,酒に酔って叫びながら,駐車場で他人が所有する自動車のワイパー1本を折って壊したとして,器物損壊罪の疑いにより福岡県警中央署に現行犯逮捕され,実名報道されました。
報道によれば,同人は,逮捕直後は弁護士を呼んでほしいなどと述べ,その後の取調べでは酒を飲んでいて覚えていないとして容疑を否認したとされます(RKB「ワイパー損壊か 司法修習生を逮捕」)。
同人は,平成30年10月18日付で不起訴処分となりました。

この不起訴処分に関して最高裁判所が作成又は取得した文書の取扱いは,第4の2で扱う短期保有文書の廃棄の問題につながります(平成30年12月20日付の司法行政文書不開示通知書によれば,関係文書は同年10月24日までに廃棄されました)。

第3 無断撮影と迷惑防止条例をめぐる裁判例

1 肖像権と無断撮影の違法性(最判平成17年11月10日)

人の容ぼう等を無断で撮影する行為は,一定の場合に民事上の不法行為となります。
最高裁平成17年11月10日判決(民集59巻9号2428頁。和歌山市の毒物混入事件で勾留理由開示手続を隠し撮りした写真週刊誌の事例)は,次のとおり判示しています。

人はみだりに自己の容ぼう,姿態を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有し,ある者の容ぼう,姿態をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは,被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。

もっとも,無断撮影が受忍限度を超えて民事上違法と評価されることと,その行為が現行犯逮捕・刑事訴追の対象となることとは,別の問題です。
週刊誌への掲載を目的とする無断撮影が民事上の肖像権侵害として争われることはあっても,撮影者が現行犯逮捕され実名報道される例は通常みられません。
これに対し,第67期の事例では,通路の向かい側の女性を数枚撮影した行為が現行犯逮捕・実名報道の対象とされており,無断撮影に対する刑事的対応の間に大きな落差があることがうかがえます。

2 条例上の「卑わいな言動」(最決平成20年11月10日)

撮影行為が迷惑防止条例上の「卑わいな言動」に当たるとされた例として,最高裁平成20年11月10日決定(第三小法廷。刑集62巻10号2853頁。北海道の迷惑行為防止条例違反の事案)があります。
同決定は,被告人が,ショッピングセンター内で女性客を約5分間・40メートル余りにわたって付けねらい,背後の約1ないし3メートルの距離から携帯電話のカメラで着衣の上から臀部を約11回撮影した,という事実関係を前提に,次のとおり判示しました。

被告人の本件撮影行為は,被害者がこれに気付いておらず,また,被害者の着用したズボンの上からされたものであったとしても,社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな動作であることは明らかであり,これを知ったときに被害者を著しくしゅう恥させ,被害者に不安を覚えさせるものといえるから,上記条例10条1項,2条の2第1項4号に当たるというべきである。

この事案では,執ような付けねらいを伴う近接した撮影という態様が重視されており,通路の向かい側の女性を数枚撮影したにとどまる第67期の事例とは,態様の点で差があります。

3 撮影行為の処罰範囲と兵庫県迷惑防止条例

第67期の事例の適用条例である兵庫県の迷惑防止条例(正式名称は「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」)は,平成28年7月1日施行の改正により,撮影行為に関する規定が整備されました。
その改正後の3条の2は,次のとおりです(兵庫県警察HP参照)。なお,第67期の事例は平成26年の出来事であり,当時適用された条文はこの改正前のものである点に留意が必要です。

(卑わいな行為等の禁止)
第3条の2 何人も、公共の場所又は公共の乗物において、次に掲げる行為をしてはならない。
(1) 人に対する、不安を覚えさせるような卑わいな言動
(2) 正当な理由がないのに、人の通常衣服で隠されている身体又は下着を撮影する目的で写真機、ビデオカメラその他これらに類する機器(以下「写真機等」という。)を設置する行為
2 何人も、集会所、事業所、タクシーその他の不特定又は多数の者が利用するような場所(公共の場所を除く。)又は乗物(公共の乗物を除く。)において、次に掲げる行為をしてはならない。
(1) 正当な理由がないのに、人の通常衣服で隠されている身体又は下着を写真機等を用いて撮影し、又は撮影する目的で写真機等を向ける行為
(2) 前項第2号に掲げる行為
3 何人も、正当な理由がないのに、浴場、更衣室、便所その他人が通常衣服の全部又は一部を着けない状態でいるような場所にいる人を写真機等を用いて撮影し、撮影する目的で写真機等を向け、又は撮影する目的で写真機等を設置してはならない。

通路の向かい側に座っている女性を数枚撮影する行為は,「人の通常衣服で隠されている身体又は下着」を撮影するものとはいい難く,前記最高裁平成20年11月10日決定が問題としたような執ような態様も認められません。
そうすると,第67期の事例がなぜ条例違反として現行犯逮捕に至ったのかは,公表された情報からは判然としません。

4 スカート内撮影類似行為(最決令和4年12月5日)

撮影に至らない態様の行為でも,条例上の「卑わいな言動」に当たるとされた新しい例として,最高裁令和4年12月5日決定(第一小法廷。刑集76巻7号707頁)があります。
これは,スカートを着用して前かがみになった女性に後方の至近距離からカメラを構えるなどした行為が,「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」(昭和37年東京都条例第103号)5条1項3号にいう「人を著しく羞恥させ、人に不安を覚えさせるような卑わいな言動」に当たるとされた事例です。

第4 司法修習生の逮捕に対する最高裁判所の対応

1 採用選考における逮捕歴の取扱い

最高裁判所は,司法修習生の採用選考の場面で,逮捕歴を確認しています。
令和2年度(最情)答申第27号(令和2年10月27日答申)によれば,「司法修習生採用選考申込書」の「12 不採用事由等の有無」欄には,「かつて起訴(略式起訴を含む。)又は逮捕(補導)されたことの有無」を記載する箇所があり,「令和元年度司法修習生採用選考要項」の採用選考審査基準は,不採用事由の一つとして「品位を辱める行状により,司法修習生たるに適しない者」を掲げています。
同答申は,これらの記載を踏まえれば,申込書に逮捕歴及び補導歴を記載させる理由は明らかであると整理しています。

2 報道機関への対応文書と短期保有文書の廃棄

第71期の事例に関し,平成31年1月23日付の理由説明書には,次の記載があります。

最高裁判所では,現行犯逮捕された司法修習生が不起訴処分となったことについて,報道機関から照会があり,それに対応するため,本件対象文書(事実関係の問合せへの応答に係る文書)を作成したが,対応終了後は,事務処理上使用することが予定されておらず,保有する必要もない短期保有文書であることから,事務処理上必要な期間が経過したため廃棄した。

報道機関からの照会に応答するための文書が,対応終了後は短期保有文書として廃棄される,という運用がここから読み取れます。

3 捜査初期段階の報道と弁護士の責任(東京高裁令和2年10月28日)

逮捕直後の捜査初期段階における報道の位置づけについては,東京高裁令和2年10月28日判決(判例秘書に掲載。裁判所ウェブサイト未掲載)が参考になります。
同判決は,次のとおり判示しました。

一般に,被疑者が逮捕されたにとどまる捜査の初期の段階で,被疑者が被疑事実の一部を否認している状況においては,上記の被疑事実及びこれに関連するものとして捜査機関が公表した事実が存在すると直ちに認めることはできず,このことは,弁護士である一審被告においても,十分に理解していたものと推認される。

逮捕段階で捜査機関が公表した事実がそのまま存在すると直ちに認めることはできず,これを基礎とする報道についても同様である,という判断が示されています。
この判決は,伊藤和子弁護士の裁判を応援する会ブログの「裁判記録」にも掲載されています。

第5 無罪の推定と実名報道

1 自由権規約14条2項と一般的意見32

市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)14条2項は,「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する。」と定めています。
これを敷衍する自由権規約委員会の一般的意見32(2007年採択。日弁連公表の訳)30項は,無罪の推定を人権擁護の根本と位置づけ,罪の立証責任を検察に負わせ,有罪であることを公に肯定する発言を差し控えるなど審理の結論の先取りを慎むことをすべての公的機関の義務とし,「報道機関は、無罪の推定を損なう報道は避けるべきである。」としています。
逮捕段階での実名報道の当否を考えるうえで,これらは基本的な指針となります。

2 広報映画「審理」の上映自粛

逮捕と社会的制裁が結びつく例は,最高裁判所自身の広報活動にも及びました。
平成18年の「評議」,平成19年の「裁判員~選ばれ、そして見えてきたもの~」に続く,最高裁判所企画・制作による裁判員制度広報用映画の第3弾である「審理」は,平成20年5月から裁判所HPで動画配信されていました。
しかし,主演した酒井法子に対して覚せい剤取締法違反により逮捕状が出た平成21年8月7日,最高裁判所は同日,「審理」の上映及び使用の自粛を発表しました。
現在,裁判員制度HPの「動画配信」には「裁判員~選ばれ,そして見えてきたもの~」及び「評議」は掲載されていますが,「審理」は掲載されていません。

3 出演者の有罪と助成金不交付(最判令和5年11月17日)

出演者が刑事事件を起こしたことを理由に作品の公的支援を差し控えることの当否については,最高裁令和5年11月17日判決(第二小法廷)が参考になります。
同判決は,独立行政法人日本芸術文化振興会の理事長がした,劇映画の製作活動に対する助成金を交付しない旨の決定を,理事長の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法であるとした事例です。

第6 被疑者補償規程による補償

1 制度の概要と運用状況

逮捕・勾留された後に「罪とならず」又は「嫌疑なし」という裁定主文により不起訴処分を受けた場合には,被疑者補償規程(法務省訓令)に基づき,被疑者補償を受けることができます。
当ブログでは,運用に関する資料として,被疑者補償規程の運用について(昭和32年4月12日付の法務省刑事局長通達)及び立件事例(検察月報661号〔平成24年4月〕からの抜粋)を掲載しています。

公表資料に基づく運用状況として,次の点を挙げることができます。
① 平成7年から令和2年までの実績では,被疑者補償の1日あたりの平均金額は1万1545円です。
② 令和2年分の実績では,虚偽の自白をしていないこと,他の事実について犯罪が成立していないこと,及び「罪とならず」又は「嫌疑なし」の裁定主文により不起訴処分を受けたことという条件を満たし,あらかじめ補償を辞退していない限り,補償を受けることができています。

2 被疑者補償と憲法40条(東京地裁平成30年7月5日)

被疑者補償の法的性質については,東京地裁平成30年7月5日判決(判例秘書に掲載。裁判所ウェブサイト未掲載)が,結論として次の判断を示しています。
① 憲法40条は,抑留又は拘禁の後に無罪の裁判を受けた場合の補償を定めるもので,逮捕・勾留に係る被疑事実が不起訴となった場合に,そのことを理由として同条の補償の問題が生じないことは,同条の文理上明らかである(最高裁昭和31年12月24日大法廷決定・刑集10巻12号1692頁参照)。したがって,憲法上,被疑者補償請求権が保障されているとはいえない。
② 検察官が行う被疑者補償規程に基づく裁定は,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものとはいえず,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとはいえない。
③ 被疑者補償規程2条にいう「罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由があるとき」には,犯罪の不成立が明らかな場合や,被疑者が犯罪と無関係であることが明らかな場合のほか,証拠上,嫌疑が極めて薄弱であるときも含まれるが,犯罪の成否等が真偽不明のときはこれに当たらない。

3 自由権規約9条5項

なお,自由権規約9条5項は,「違法に逮捕され又は抑留された者は、賠償を受ける権利を有する。」と定めています。

第7 捜索・差押えとスマートフォンのロック解除

1 暗証番号の聴取と黙秘権(東京高裁平成31年2月19日)

捜索・差押えの現場で警察官が携帯電話の暗証番号を尋ねる行為の適法性が争われた例として,東京高裁平成31年2月19日判決(判例秘書に掲載。裁判所ウェブサイト未掲載)があります。
事案は,警察官が詐欺被疑事件の捜索差押許可状に基づき被告人方を捜索中に押収した携帯電話について,黙秘権を告知しないまま暗証番号を聞き出し,そのロックを解除して画面を撮影した,というものです。
同判決は,捜索・差押えの現場で警察官が質問をする際に黙秘権告知を義務付ける規定はないうえ,被告人が逮捕されるなどして外部との連絡を絶たれて供述を迫られたり,供述義務があると積極的に誤信させられたりした状況はなかったとして,この捜査を違法とはいえないと判断しました。

2 生体認証と身体検査令状

スマートフォンのロック解除は,捜査の局面で技術的にも法的にも問題となります。
実務では,ロック解除を請け負うサービスは少なく,通信キャリアやメーカーも端末の中身には原則として対応せず,データ復旧を検討する企業でも確実に解錠できる保証はなく,相当の費用と期間を要する場合があるとされています(伊勢田篤史「デジタル遺品の探しかた しまいかた 残しかた+隠しかた」36頁の趣旨)。

捜査機関の側の実務については,パスワードによるロックは技術的には解除可能であるものの,外国製の機種ではロック解除に極めて長い期間を要し,全容解明に至らず捜査を断念せざるをえない場合が少なくないこと,これに対し,生体認証(指紋・顔貌等)でロックしている場合には,身体検査令状を取得することで,被疑者の指紋や顔を認証画面に読み取らせる行為ができること,が指摘されています(判例タイムズ1476号〔2020年11月号〕26頁・27頁「身体に関する令状実務について(覚書)」)。
この整理を前提とすると,パスワードによるロックはこれを黙秘すれば解除されないことがあるのに対し,生体認証によるロックは,身体検査令状により強制的に解除させられうる,という違いが生じます。

3 令状の範囲を超えた資料の利用

令状で認められた範囲を超えて収集した資料の利用に対しては,実務家からの批判もあります。
弁護士法人金岡法律事務所の弁護士コラム「令状裁判官の憲法感覚を台無しにする判決」は,令状裁判官がスマートフォン等の捜索差押請求のうち「被疑者の生活状況」を裏付ける部分を削除して令状を発付したにもかかわらず,捜査機関が,ある月の無免許運転事件を端緒に,別の月の通信通話履歴・行動解析・画像フォルダの検索等を行い,その結果を窃盗事件の証拠として作成・請求した,という運用を批判しています。

4 GPS捜査とプライバシー(最大判平成29年3月15日)

プライバシーに深く立ち入る捜査手法の限界を示した判例として,最高裁大法廷平成29年3月15日判決があります。
同判決は,個人のプライバシーの侵害を可能とする機器を所持品に秘かに装着し,合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入するGPS捜査について,個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものであり,刑訴法上,特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たると判断しました(強制手段にわたらない有形力の行使の限度に関する先例として,最高裁昭和51年3月16日決定参照)。
なお,自由権規約17条1項は,「何人も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。」と定めています。

第8 捜査関係事項照会による個人情報の収集

捜査機関は,捜査関係事項照会によって民間企業から個人情報を得ています。
「丸裸にされる私生活 企業の個人情報と検察・警察」(世界2019年6月号106頁~114頁)によれば,最高検察庁の法科学専門委員会(平成23年7月設置)が作成し検察庁内部のサーバーに保管されている「捜査上有効なデータ等へのアクセス方法等一覧表」は,どの企業にどう問い合わせれば顧客の個人情報を入手できるかを一覧にしたもので,共同通信が入手した時点で,並ぶ企業は少なくとも約290社,記載されたデータの種類は約360に上るとされます。
記載企業は,交通各社,電気・ガス等のライフライン企業のほか,ポイントカード発行会社,クレジットカード,消費者金融,携帯電話,コンビニ,スーパー,家電量販店,ドラッグストア等に及び,入手可能とされる情報には,会員情報のほか,利用履歴,店舗の防犯カメラ映像,カード申込み時にコピーした運転免許証の顔写真等が含まれるとされます。
そして,リストに載っていた企業の多くが,捜査関係事項照会(刑訴法197条2項)によって顧客の個人情報を提供すると明記されているとされています。

第9 実名報道をめぐる議論

1 捜査情報のリーク

捜査当局が捜査情報を報道機関に提供することがあるとの指摘があります。
48期の前田恒彦・元検事は,捜査当局が捜査情報を報道機関に提供する背景を,「なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか(1)」ほか((2)(3))で論じています。
報道が捜査の動きを先取りする例として,ライブドア事件では,平成18年1月16日午後4時過ぎにライブドアへ捜索に入ったとテレビニュースで報じられたものの,東京地検特捜部の捜査官が六本木ヒルズに到着したのは同日午後6時半過ぎであったとされます(CNET Japan「ライブドアショックの舞台裏とその余震」〔2006年1月26日付〕参照)。

2 実名報道の効用(最判令和4年6月24日の補足意見)

最高裁令和4年6月24日判決(第二小法廷。逮捕歴に関する投稿記事の削除請求事件)における裁判官草野耕一の補足意見は,実名報道の効用を次の三つに整理しています。
① 一般予防,特別予防及び応報感情の充足という制裁(制裁的機能)
② 犯罪者の実名を公表することで,その者が他者に更なる害悪を及ぼす可能性を減少させ得ること(社会防衛機能)
③ 実名報道によって犯罪者やその家族が受ける精神的・経済的な苦しみを想像することに快楽を見出す心性(負の外的選好)

3 匿名報道を求める動きと報道機関の対応

取材における匿名化の要望について,弁護人・代理人の氏名は伏せる一方,逮捕された容疑者や起訴された被告人の氏名を伏せることには応じられないとするのが,一般的な報道機関の対応とされています(東弁リブラ2015年9月号「座談会 続・司法記者は語る」10頁)。

他方,冤罪と実名報道の関係を当事者の立場から語るものとして,最高裁平成29年3月10日判決で逆転無罪となった窃盗事件に関する弁護士ドットコムニュースの記事があります。
同記事では,本人が取調べ段階で報道を控えるよう求めたものの応じられず,翌日に大きく報道されたことのつらさが語られ,弁護人からは,逮捕情報は伝えるべきだとしても,捜査機関に勾留の必要性を検証させ,弁護人にも取材して言い分を聞くべきである,との提言がされています。

また,報道機関の取扱いが分かれた例として,令和3年の旭川医科大学に関する北海道新聞記者の逮捕では,各紙が記者を匿名で報じる中,北海道新聞は実名で報じ,逮捕を遺憾とするコメントを出したことが報じられています(ヤフーニュース〔令和3年7月5日付〕)。

第10 掲載資料及び関連記事

1 当ブログ掲載の関係資料

本テーマに関連して,当ブログでは以下の令状関係・書式関係の資料を掲載しています。

2 関連記事

司法修習生の身分に関する事項については,次の記事も参照してください。

刑事記録の入手方法については,次の記事も参照してください。

司法修習生の採用と逮捕歴をめぐる歴史的な資料として,日弁連HPに「司法修習生採用時の逮捕歴等による差別人権救済申立事件」(平成6年3月28日付の要望)が掲載されています。

出典

1 法令・条約

  • 日本国憲法40条
  • 刑事訴訟法197条2項
  • 市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)14条2項,9条5項,17条1項(外務省公定訳)
  • 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(兵庫県。平成28年7月1日施行の改正による3条の2)

2 裁判例

3 公文書・行政資料

4 文献

  • 自由権規約委員会「一般的意見32(14条・裁判所の前の平等と公正な裁判を受ける権利)」(2007年採択)30項(日弁連公表の訳)
  • 「身体に関する令状実務について(覚書)」判例タイムズ1476号(2020年11月号)26頁・27頁
  • 「丸裸にされる私生活 企業の個人情報と検察・警察」世界2019年6月号106頁~114頁
  • 「座談会 続・司法記者は語る」東弁リブラ2015年9月号 https://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2015_09/p02-20.pdf
  • 伊勢田篤史「デジタル遺品の探しかた しまいかた 残しかた+隠しかた」36頁
  • 前田恒彦「なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか」(1)~(3)(Yahoo!ニュース)
  • 弁護士法人金岡法律事務所「令状裁判官の憲法感覚を台無しにする判決」(弁護士コラム)
  • 「最高裁で逆転無罪の煙石さん、『冤罪防止』へ裁判所・警察・検察・国・報道への提言」(弁護士ドットコムニュース)

5 ウェブ資料