第1 非申請型義務付け訴訟を使う場面
1 第三者の違法状態と行政の不作為
(1) 訴えの対象は第三者に対する処分である
隣地への産業廃棄物の不適正な保管,違反建築物,道路上に置かれた工作物のように,第三者の違法な状態によって被害を受けている者は,その第三者に民事訴訟を起こすほか,規制権限を持つ行政庁に,第三者に対する命令を出させることを考える。
行政事件訴訟法3条6項1号は,行政庁が一定の処分をすべきであるにかかわらずこれがされないときに,行政庁がその処分をすべき旨を命ずることを求める訴訟を「義務付けの訴え」と定めている。
被害者自身に処分を求める申請権がない場合に使うのがこの類型であり,申請に対する処分を求める同項2号の類型(申請型)と区別して,非申請型義務付け訴訟と呼ばれる。
(2) 本記事の対象と基準日
本記事は,第三者に対する規制権限の発動を求める非申請型義務付け訴訟について,訴訟要件,本案の要件,民事訴訟との比較,判決の効力及び仮の義務付けを整理する。
法令は,令和8年9月25日現在の条文をe-Gov法令検索で確認した。
裁判例は,裁判所ウェブサイトに掲載されたものを確認した範囲で紹介しており,網羅的なものではない。
2 訴訟の前に処分等の求めをする
行政手続法36条の3第1項は,何人も,法令に違反する事実があり,その是正のためにされるべき処分がされていないと思料するときは,処分の権限を有する行政庁に対し,その旨を申し出て処分をすることを求めることができると定める。
申出は,違反事実の内容,求める処分の内容,根拠となる法令の条項,処分がされるべきであると思料する理由等を記載した申出書でしなければならず(同条2項),申出を受けた行政庁は,必要な調査を行い,その結果に基づき必要があると認めるときは,処分をしなければならない(同条3項)。
この申出は,行政庁が諾否の応答をすべき「申請」(同法2条3号)とは別の制度であるから,申出をしたことで申請型義務付け訴訟に移るわけではないと考えられる。
もっとも,申出書を作る作業は,後の訴訟で「一定の処分」を特定する作業とほぼ同じであり,行政庁が調査をせず,又は処分をしなかった経過は,本案の裁量審査の資料にもなる。
第2 何を義務付けるか――一定の処分の特定
1 処分と事実行為を分ける
(1) 義務付けの対象は処分である
義務付けの訴えは,行政庁が「処分」をすべき旨を命ずることを求める訴訟である(行政事件訴訟法3条6項)。
被害を受けている者が最終的に望むのは障害物の撤去や廃棄物の除去という結果であるが,訴えで求めるのは,行政庁が第三者に対して撤去等を命ずる処分である。
「フェンスを撤去せよ」「廃棄物を除去せよ」という撤去作業そのものを義務付けの内容として書くと,処分と事実行為の区別を誤ることになる。
行政庁が自ら撤去等をすることを求める場合は,それを認める規定と要件が命令とは別にあるかを確かめる。
(2) 行政自らの措置は別の請求として立てる
法律によっては,命令とは別に,行政庁が自ら違反状態を除去する権限を定めている。
例えば,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)19条の5第1項は,知事が処分者等に対し支障の除去等の措置を講ずべきことを命ずることができると定める一方,同法19条の8第1項は,同項各号のいずれかに該当する場合に知事が「自らその支障の除去等の措置の全部又は一部を講ずることができる」と定める。
前者は名宛人に義務を課す命令であり,後者は知事が自ら行う措置であって,要件も異なる(同項1号は,措置命令を受けた者が期限までに命じられた措置を講じないこと等を要件とする。)。
両者を一つの「処分」として並べず,別の請求として立てる必要がある。
(3) 実際の訴訟での請求の立て方
福岡県の産業廃棄物処分場をめぐる事件では,周辺住民らが,主位的に知事が廃棄物処理法19条の8第1項に基づく措置を自ら講ずべき旨を,予備的に知事が同法19条の5第1項に基づき事業者に措置命令をすべき旨を求めて,非申請型の義務付けの訴えを提起した。
第一審の福岡地裁平成20年2月25日判決(平成17年(行ウ)第43号・判例時報2122号50頁)は,重大な損害を生ずるおそれがあるとは認められないとして,訴えをいずれも却下した。
控訴審の福岡高裁平成23年2月7日判決(平成20年(行コ)第11号・判例タイムズ1385号135頁,判例時報2122号45頁)は,控訴人らの一部について生命,健康に重大な損害を生ずるおそれがあるとして原判決を取り消した。
主位的請求については,同法19条の8第1項1号は措置命令が既にされていることを前提とするから本件で該当する余地はなく,他の号に当たる具体的事実も認められないとして,知事は現時点で自ら措置を講ずることができないとして棄却した。
その上で,予備的請求を認容して,知事に事業者への措置命令を命じた。
同判決は,措置命令をしたのに事業者が措置を講じない場合には同号による知事自らの措置も可能となることも考慮して,措置命令によって損害を回避することができるとしている。
県の上告については,最高裁平成23年7月27日決定(平成23年(行フ)第1号)が,普通地方公共団体を被告とする抗告訴訟で上告等をするのに議会の議決は要らないとして,上告等を却下した福岡高裁の決定を破棄した。
その後,最高裁平成24年7月3日決定(平成23年(行ツ)第348号・平成23年(行ヒ)第387号)が上告棄却・上告不受理とし,福岡高裁の判決は確定した。
行政庁自らの措置と名宛人への命令は,要件が異なる別の処分として,主位的・予備的に分けて求めることになる。
2 名宛人・根拠条項・措置の内容で特定する
前記の福岡地裁平成20年2月25日判決は,義務付けを求める処分は,根拠法令の趣旨及び社会通念に照らし,義務付けの訴えの要件を満たしているか否かについて裁判所の判断が可能な程度に特定されていることが必要であるとした。
その上で,支障の除去等の措置の具体的内容が示されていなくても,根拠法令,処分の相手方及び処分場が特定されていれば,審理を通じて措置の内容も一定の範囲で明らかになるとして,主位的請求・予備的請求とも「一定の処分」として特定されていると認めた。
(1) 処分に当たらない行為は求められない
義務付けを求める行為が処分に当たらなければ,訴えは却下される。
大阪地裁平成28年11月30日判決(平成25年(行ウ)第180号)は,土砂埋立て規制条例に基づく事業者への撤去命令等の義務付けを周辺の土地所有者らが求めた事案で,撤去命令は処分に当たるとする一方,許可条件に基づく市長の指示・指導は,土砂等の移動,撤去等を促す事実上の措置にすぎないとして,その義務付けを求める部分を却下した。
東京地裁令和2年9月17日判決(平成30年(行ウ)第261号)も,建築基準法18条25項に基づく特定行政庁の「通知」は違反を知らせる事実行為にすぎず,「要請」も任意の是正措置を促す行為にとどまるとして,その義務付けの訴えを却下した。
(2) 代執行は命令が出た後の段階である
東京地裁平成29年10月20日判決(平成28年(行ウ)第484号)は,私道上のフェンス等について,建築基準法45条1項に基づく是正措置命令と,命令が履行されない場合の行政代執行の義務付けを求めた事案である。
同判決は,行政上の義務が命じられていない段階では行政庁に代執行の権限がないとして,代執行の義務付けを求める部分を「処分行政庁においていまだ法的権限を有しない処分の義務付けを求めるもの」として却下し,是正措置命令の義務付けは本案で棄却した。
控訴審の東京高裁平成30年3月6日判決(平成29年(行コ)第343号)も控訴を棄却した。
命令とその後の強制手段を一度に求めるときも,まず命令の義務付けを中心に据える必要がある。
(3) 権限を持つ行政庁と時期を確かめる
同じ種類の命令でも,権限を持つ行政庁が建築物の規模等で分かれることがある。
東京地裁平成28年2月12日判決(平成25年(行ウ)第833号)は,建築基準法9条1項に基づく除却命令の義務付けを東京都に求めた事案で,建物群は全体として「一の建築物」ではなく,各棟の延べ面積は1万㎡以下であるから権限は区長にあるとして,重大な損害を否定するとともに東京都の被告適格も否定し,訴えを却下した。
控訴審の東京高裁平成28年12月15日判決(平成28年(行コ)第98号)も控訴を棄却した。
また,東京高裁平成20年7月9日判決(平成19年(行コ)第316号)は,建築工事が完了した後は建築工事禁止命令を発令する余地はもはやないとして,その義務付けを求める訴えを訴えの利益がなくなったものとして却下した。
工事の進み具合に応じて,停止命令から除却命令等へ,求める処分を変える必要がある。
第3 訴訟要件
1 重大な損害を生ずるおそれ
行政事件訴訟法37条の2第1項は,非申請型義務付けの訴えは,一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり,かつ,その損害を避けるため他に適当な方法がないときに限り,提起することができると定める。
重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては,損害の回復の困難の程度を考慮するものとし,損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案する(同条2項)。
(1) 要件が置かれた理由
東京地裁平成28年2月12日判決は,非申請型の義務付けの訴えは法令上の申請権がない者にあたかも申請権を認めることと同じような結果をもたらすから,国民の権利利益の実効的な救済と司法と行政の権能の適切な均衡の双方の観点から,救済の必要性がある場合に限る趣旨で重大な損害が要件とされていると説明し,延焼・倒壊・日影による損害のいずれについても重大な損害を否定した。
東京地裁平成19年9月7日判決(平成19年(行ウ)第161号等)は,重大な損害を生ずるおそれとは原告自身に生ずるおそれをいい,第三者に損害が生ずるおそれがある場合を含まないと解すべきであるとした。
周辺住民全体の不利益を並べるのではなく,原告ごとに,自分に生ずる損害を具体的に示す必要がある。
(2) 時期によって判断が変わる
東京地裁平成19年1月31日判決(平成18年(行ウ)第428号)は,建築工事の初期段階で是正命令の義務付けが求められた事案で,火災等の危険は建設が相当程度進んだ時点で初めて生じ,その時点で是正命令を発令すれば危機の発生を回避できるとして,現時点では重大な損害を生ずるおそれがないとした。
控訴審の東京高裁平成19年6月13日判決(平成19年(行コ)第53号)も控訴を棄却した。
他方で,前記の東京高裁平成20年7月9日判決のように工事が完了すると停止命令を求める余地がなくなるから,求める処分と提訴の時期を合わせて考える必要がある。
(3) 重大な損害が認められた例
福島地裁平成24年4月24日判決(平成19年(行ウ)第10号)は,産業廃棄物処理施設の周辺住民について,ダイオキシン類等による生命・健康への損害は性質上回復が著しく困難であるとして,重大な損害を認めた。
前記の福岡高裁平成23年2月7日判決は,処分場の地下に浸透水基準を大幅に超える鉛を含む水が浸透しており,周辺住民が井戸水を利用していることから,その生命,健康に損害を生ずるおそれがあり,その損害は性質上回復が著しく困難であるとした。
前記の大阪地裁平成28年11月30日判決も,土砂の崩落・流出や土壌汚染による生命,身体の安全,健康又は生活環境への被害は金銭賠償のみでは回復が困難であるとして,重大な損害を認めた。
大阪地裁平成30年4月25日判決(平成29年(行ウ)第107号)は,隣地の駐車場を所有する原告について,違反建築物の倒壊によって,駐車場に日常的に立ち入る原告の生命・身体に損害が生ずるおそれがあるとして,重大な損害を認めた。
生命・身体・健康に関わる損害や,金銭賠償では回復が困難な生活環境の被害を主張するときは,その内容と原告との結び付きを具体的に示すことになる。
2 他に適当な方法がないこと(補充性)
(1) 民事訴訟ができることとの関係
非申請型義務付けの訴えは,重大な損害を避けるため他に適当な方法がないときに限り提起することができる(行政事件訴訟法37条の2第1項)。
第三者に対して民事の差止めや妨害排除を請求できる場合に,それが「他に適当な方法」に当たるかが問題となる。
前記の福岡高裁平成23年2月7日判決は,損害を生じさせるおそれのある直接の原因が第三者の行為にあり,第三者に対して直接民事上の請求をすることによってある程度の権利救済を図ることが可能であっても,直ちにそのことだけで「他に適当な方法」があるとはいえないとした。
同判決は,事業者が処分場の操業停止の仮処分決定を受けて経営上相当の打撃を受け,一度は破産手続開始を申し立てていたことから,民事訴訟によって損害を避けることができる具体的な可能性も認め難いとしている。
神戸地裁平成31年4月16日判決(平成28年(行ウ)第19号・判例タイムズ1468号93頁)は,行政事件訴訟法は,原告が第三者に対して直接民事上の請求をすることによって権利の救済を図ることができる場合であっても,義務付けの訴えによる救済を排除する趣旨ではないとして,原告の損害の原因を作出した第三者に対する民事上の請求は,同項にいう「適当な方法」に含まれないと解すべきであるとした。
同判決は,斜面に隣接する区域の開発行為に関する工事について,処分行政庁に対し,都市計画法81条1項2号に基づき工事の注文主に斜面の崩壊等の防止に必要な工事を命ずべきことを命じた。
前記の福島地裁平成24年4月24日判決は,事業者に民事上の差止め請求等をすることが可能であるとしても,義務付けの訴えと民事上の請求とでは「請求の相手方,要件及び効果の諸点において異なるものであるから」,実効的な権利救済という見地からも義務付けの訴えを排除すべきではないとした。
前記の東京地裁平成29年10月20日判決は,行政手続による紛争解決と民事訴訟等による紛争解決の間に優劣はなく,他に適当な方法があるかは行政手続の枠内で吟味されるべきであるとして,私道所有者に対する民事訴訟の提起が可能であることは補充性を左右しないとした。
前記の大阪地裁平成30年4月25日判決は,建築物の収去を求める民事訴訟が義務付けの訴えよりも実効的に権利救済を図り得るものとはいえないとし,周辺の建築物の所有者等の犠牲の下で違反状態を継続させる事態を容認する被告の主張は採用し難いとした。
前記の大阪地裁平成28年11月30日判決は,原告が事業区域内の土地を所有しておらず,民事上の請求で措置を求めることが困難であることを理由に補充性を認めた。
大阪地裁平成21年9月17日判決(平成19年(行ウ)第152号等)も,建築主等に対して民事上の請求が可能であるとしても,義務付けの訴えと民事上の請求とでは請求の相手方,要件及び効果が異なるとして補充性を認め,大津地裁平成29年3月23日判決(平成25年(行ウ)第2号)も,民事訴訟の請求により一定程度の権利救済が見込まれる場合であっても,直ちにそのことだけで補充性の要件を欠くとはいえないとした(両判決とも,本案では請求を棄却した。)。
(2) 他の抗告訴訟との関係
補充性が否定されたのは,民事訴訟ではなく,同じ目的を達することができる他の抗告訴訟がある場合である。
東京地裁平成23年9月21日判決(平成22年(行ウ)第272号等)は,マンションの建築工事停止命令の義務付けについて,建築確認処分が取り消されれば建築主は建築を続行することができなくなるから,建築確認処分の取消しを求めれば十分であるとして,他に適当な方法があるとした。
これに対し,横浜地裁令和3年12月22日判決(令和2年(行ウ)第12号)は,建築物が既に完成しており建築確認の取消しの訴えを提起することができない以上,是正命令の義務付けを求めるほかに適切な方法はないとした。
東京高裁令和5年10月24日判決(令和4年(行コ)第351号)も,廃棄物処理法15条の3第1項に基づく設置許可の取消しは,設置許可処分の取消訴訟とは別個の法令上の根拠に基づき,事由も効果も異なるとして,出訴期間経過前に取消訴訟を提起することができたからといって,その取消しの義務付けの訴えが補充性を欠くとはいえないとした。
(3) 裁判例から見た主張の組み立て
裁判所ウェブサイト及び判例秘書で確認できた裁判例の範囲では,民事訴訟を起こせることだけを理由に補充性を否定したものは見当たらなかった。
もっとも,いずれも下級審の判断であり,最高裁が非申請型義務付けの補充性について一般的な基準を示したものは確認できていない。
差止めの訴えについては,最高裁平成24年2月9日判決(平成23年(行ツ)第177号等・民集66巻2号183頁)が,懲戒処分の取消訴訟等及び執行停止との関係でも補充性の要件を欠くものではないとしたが,差止めの訴えは「その損害を避けるため他に適当な方法があるとき」を除外する形(同法37条の4第1項ただし書)であり,非申請型義務付けとは条文の形が異なる。
実務では,民事訴訟の相手方,請求の内容,勝訴した場合に違法状態が是正されるまでの手段及び期間を具体的に比べるとともに,建築確認の取消訴訟等,同じ目的を達することができる抗告訴訟が残っていないかを確かめ,義務付けの訴えによらなければ損害を避けられない理由を示す。
3 原告適格
非申請型義務付けの訴えは,行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り,提起することができる(行政事件訴訟法37条の2第3項)。
法律上の利益の有無の判断には,取消訴訟の原告適格に関する同法9条2項が準用される(同法37条の2第4項)。
したがって,処分の根拠となる法令の文言だけでなく,法令の趣旨・目的,処分において考慮されるべき利益の内容・性質,処分がされないことによって害される利益の内容・性質並びに害される態様・程度を検討する。
取消訴訟の原告適格の判断枠組みと主要判例は,取消訴訟の原告適格と訴えの利益の違いで整理している。
(1) 最高裁の判断枠組み
最高裁平成26年7月29日判決(平成24年(行ヒ)第267号・民集68巻6号620頁)は,行政事件訴訟法37条の2第3項の法律上の利益も,取消訴訟の原告適格の場合と同様の観点から判断すべきものとした。
その上で,産業廃棄物の最終処分場から有害な物質が排出された場合に健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある周辺住民は,処分業の許可処分等の取消し及び無効確認を求める原告適格を有し,許可の取消処分の義務付けを求める訴えについても同様に解されるとした。
(2) 下級審の判断例
前記の東京地裁平成19年9月7日判決は,建築物の敷地の境界線からその高さと同程度の距離の範囲内に存する建築物の居住者及び所有者に,是正命令の義務付けを求める原告適格を認めた。
前記の大阪地裁平成30年4月25日判決も,違反建築物の倒壊,炎上等により直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に存する建築物の所有者に原告適格を認めた。
前記の東京地裁平成29年10月20日判決は,私道に接することを前提として建築確認を受けた土地の所有者に,私道上の工作物の除却の是正措置命令の義務付けを求める原告適格を認めた。
他方,前記の大阪地裁平成28年11月30日判決は,事業区域の周辺でみかんを栽培する原告には原告適格を認めたが,他の原告2名については否定しており,原告ごとの被害の内容と位置関係が結論を分けている。
第4 本案の要件
1 行政事件訴訟法37条の2第5項
裁判所が行政庁に処分をすべき旨を命ずる判決をするのは,訴訟要件を満たした上で,①その処分をすべきであることが根拠法令の規定から明らかであると認められるとき,又は②行政庁がその処分をしないことが裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるときである(行政事件訴訟法37条の2第5項)。
本記事の第7で挙げる規制権限の根拠規定は,いずれも「命ずることができる」という形で書かれているから,こうした規定では②が主な争点となる。
2 要件の充足と権限行使の裁量を分ける
(1) 命令の要件を満たすか
最初に,第三者の行為が命令の要件に当たるかを検討する。
廃棄物処理法19条の5第1項であれば,処理基準等に適合しない保管,収集,運搬又は処分が行われ,生活環境の保全上支障が生じ,又は生ずるおそれがあると認められるかである。
この段階で,要件の解釈と事実認定の問題なのか,行政庁の専門的判断に委ねられた要件裁量があるのかを分けて論じる。
(2) 命令を出すかどうか,どの命令を出すか
要件を満たすと認められた後に,命令を出すかどうか,どの内容の命令を出すかについての効果裁量が問題となる。
「できる」という文言だけから広い裁量を認めるのではなく,被害の重大性・切迫性,他の手段の有無,行政庁の調査の範囲及び違反の明白性等を,裁量を狭める事情として具体的に主張する。
要件裁量と効果裁量の区別及び判断過程審査の組み立ては,行政裁量の司法審査で整理している。
(3) 裁判例での判断
前記の福島地裁平成24年4月24日判決は,廃棄物処理法15条の3第1項1号による設置許可の取消しは,要件の認定,行為の選択等に裁量の余地がなく規定に覊束されているとして,取消処分をすべきことが根拠法令の規定から明らかであると認め,知事に取消しを命じた。
同判決は,被告の県が控訴を取り下げ,控訴した補助参加人の事業者について仙台高裁平成25年1月24日判決(平成24年(行コ)第12号)が訴訟の終了を宣言したことにより,確定している。
前記の福岡高裁平成23年2月7日判決は,廃棄物処理法19条の5第1項の規制権限は,処分場の周辺住民の生命,健康の保護を主要な目的の一つとして,適時にかつ適切に行使されるべきものであるとした。
その上で,鉛で汚染された地下水が周辺住民の生命,健康に損害を生ずるおそれがあること,汚染は遅くとも6年以上前から進行していると推認されること,他に適当な方法がないこと等を総合して,措置命令をしないことは著しく合理性を欠き,裁量権の範囲を超え又はその濫用となるとした。
前記の東京地裁平成19年9月7日判決は,建築基準法9条1項の是正命令は,違反の内容・程度,阻害される行政目的,周辺住民の被害,建築主の不利益,自発的な是正の見込み等を考慮して,誰にどのような命令をいつ発するかが特定行政庁の裁量に委ねられているとし,権限を行使しないことが著しく不合理であると認められるような特段の事情があるかを問題とした。
名古屋地裁令和4年3月10日判決(令和2年(行ウ)第92号)は,原子炉の使用停止命令の義務付けについて,本案要件に該当する事実の主張立証責任は原告側が負い,判断基準時は口頭弁論終結時であるとした上で,請求を棄却した。
義務付けを求める側は,命令の要件を満たすことと,権限を行使しないことが著しく不合理であることを,口頭弁論終結時の事実で立証することになる。
第5 民事訴訟との比較と判決の効力
1 民事訴訟と義務付け訴訟の比較
| 比べる点 | 民事訴訟(差止め・妨害排除) | 非申請型義務付け訴訟 |
|---|---|---|
| 相手方 | 違法状態を作り出している第三者 | 処分をすべき行政庁が属する国又は公共団体 |
| 求める内容 | 行為の差止め,物の撤去等 | 行政庁が第三者に一定の処分をすること |
| 主な要件 | 所有権・人格権等の侵害,受忍限度等 | 重大な損害,補充性,原告適格,本案の要件 |
| 判決後の実現 | 判決に基づく強制執行 | 判決に拘束された行政庁による処分と,その執行 |
| 判決の効力が及ぶ者 | 原則として当事者 | 行政庁その他の関係行政庁への拘束力。第三者効は準用されていない |
| 仮の救済 | 民事保全法による仮処分 | 仮の義務付け(行政事件訴訟法37条の5第1項) |
2 義務付け判決の効力
(1) 拘束力は準用され,第三者効は準用されていない
行政事件訴訟法38条1項は,取消訴訟以外の抗告訴訟について同法33条を準用しているから,義務付け判決は,その事件について処分をすべき行政庁その他の関係行政庁を拘束する。
他方,処分又は裁決を取り消す判決が第三者に対しても効力を有すると定める同法32条1項は,同法38条1項の準用対象に含まれていない。
同条3項は,執行停止の決定等に第三者効を及ぼす同法32条2項を無効等確認の訴えに準用しているが,義務付けの訴えについて第三者効を定める規定は置かれていない。
(2) 第三者への効果は処分を通じて生じる
義務付け判決を得ても,違法状態を作り出している第三者に直接何かを命ずる効果は生じない。
判決に拘束された行政庁が第三者に処分をし,第三者がこれに従わなければ,その法律が定める罰則や代執行等の手段に進むことになる。
したがって,義務付け訴訟に第三者効があることを理由に民事訴訟より優れているとはいえず,比較は,相手方,実現の手段及び時間の見通しで行う必要がある。
(3) 処分の名宛人となる第三者の参加
義務付け訴訟の結果によって権利を害される第三者(命令の名宛人となる事業者等)は,行政事件訴訟法22条の訴訟参加をすることができる(同法38条1項による準用)。
前記の仙台高裁平成25年1月24日判決は,事業者を「本件訴訟の結果により権利を害される第三者であることが明らかである」とした上で,事業者が同条の訴訟参加ではなく民事訴訟法上の補助参加を選んだため,被参加人である県の控訴取下げと抵触する行為はできないとした。
事業者側の代理人は,参加の方法によって訴訟上の地位が変わることに注意する必要がある。
第6 仮の義務付け
本案判決を待つと被害が拡大する場合は,仮の義務付けを申し立てる。
義務付けの訴えの提起があった場合において,処分がされないことにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があり,かつ,本案について理由があるとみえるときは,裁判所は,申立てにより,決定をもって,仮に行政庁がその処分をすべき旨を命ずることができる(行政事件訴訟法37条の5第1項)。
仮の義務付けは,公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときはすることができない(同条3項)。
要件は本案の「重大な損害」より重い「償うことのできない損害」と「緊急の必要」であるから,被害の内容,拡大の速さ及び回復できない理由を,疎明資料で具体的に示す必要がある。
執行停止の要件と疎明資料の考え方は,行政処分の執行停止で整理している。
第7 個別法の規制権限の例
| 法律 | 処分をする行政庁と条項 | 名宛人 | 命ずる内容の例 |
|---|---|---|---|
| 廃棄物処理法 | 知事,19条の5第1項 | 違反する保管・処分をした者,違反する委託をした者等 | 支障の除去等の措置 |
| 廃棄物処理法 | 知事,19条の6第1項 | 排出事業者等 | 支障の除去等の措置(相当な範囲内のもの) |
| 建築基準法 | 特定行政庁,9条1項 | 建築主,工事の請負人,現場管理者,建築物・敷地の所有者,管理者又は占有者 | 工事の施工の停止,除却,移転,改築,使用禁止その他違反を是正するために必要な措置 |
| 道路法 | 道路管理者,71条1項 | 同法等に違反している者等 | 工作物等の改築,移転,除却,道路の原状回復等 |
いずれも「命ずることができる」と定める規定であり,命令の要件を満たしても命令を出すかどうか,どの命令を出すかには行政庁の判断の幅がある。
建築基準法9条2項以下は,命令の前に名宛人へ通知書を交付し,意見書と証拠を提出する機会を与えるなどの手続を定めているから,義務付け判決が確定した場合も,行政庁はこれらの手続を経て命令をすることになると考えられる。
廃棄物の事案での民事差止め,措置命令及び住民訴訟の使い分けは,廃棄物の不適正処理を止める手段で整理している。
第8 着手時の確認事項
①違法状態を作り出している者,土地の所有者・占有者及び行政庁を特定する。
②根拠となる法律の条項,処分をする権限を持つ行政庁,命ずることができる措置の内容を条文で確認する。
③行政手続法36条の3の処分等の求めをしたか,行政庁が調査をしたか,どのような回答をしたかを書面で残す。
④被害の内容,範囲,拡大の速さ及び回復の困難さを,写真,測定結果,医療記録等で示す。
⑤民事訴訟・民事保全の可能性と,それでは被害を防げない理由を具体的に書き出す。
⑥訴えの趣旨を,名宛人,根拠条項及び措置の内容で処分として特定し,事実行為そのものを書かない。
⑦緊急の必要があるときは,本案の提起と同時に仮の義務付けを申し立てる。
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第10 出典・参考資料
1 法令
①行政事件訴訟法(e-Gov法令検索)3条,9条,32条,33条,37条の2,37条の3,37条の5,38条
②行政手続法(e-Gov法令検索)2条3号,36条の3
③廃棄物の処理及び清掃に関する法律(e-Gov法令検索)19条の5,19条の6,19条の8
④建築基準法(e-Gov法令検索)9条
⑤道路法(e-Gov法令検索)71条
⑥都市計画法(e-Gov法令検索)81条
2 裁判例
①最高裁判所第三小法廷平成23年7月27日決定(平成23年(行フ)第1号,裁判所ウェブサイト)
②最高裁判所第一小法廷平成24年2月9日判決(平成23年(行ツ)第177号等,民集66巻2号183頁,裁判所ウェブサイト)
③最高裁判所第三小法廷平成24年7月3日決定(平成23年(行ツ)第348号・平成23年(行ヒ)第387号,判例秘書(L06710220)で全文確認)
④最高裁判所第三小法廷平成26年7月29日判決(平成24年(行ヒ)第267号,民集68巻6号620頁,裁判所ウェブサイト)
⑤東京地方裁判所平成19年1月31日判決(平成18年(行ウ)第428号,裁判所ウェブサイト)
⑥東京高等裁判所平成19年6月13日判決(平成19年(行コ)第53号,裁判所ウェブサイト)
⑦東京地方裁判所平成19年9月7日判決(平成19年(行ウ)第161号等,裁判所ウェブサイト)
⑧福岡地方裁判所平成20年2月25日判決(平成17年(行ウ)第43号,判例時報2122号50頁,判例秘書(L06350946)で全文確認)
⑨東京高等裁判所平成20年7月9日判決(平成19年(行コ)第316号,裁判所ウェブサイト)
⑩大阪地方裁判所平成21年9月17日判決(平成19年(行ウ)第152号等,判例秘書(L06451498)で全文確認)
⑪福岡高等裁判所平成23年2月7日判決(平成20年(行コ)第11号,判例タイムズ1385号135頁,判例時報2122号45頁,判例秘書(L06620076)で全文確認)
⑫東京地方裁判所平成23年9月21日判決(平成22年(行ウ)第272号等,判例秘書(L06630545)で全文確認)
⑬福島地方裁判所平成24年4月24日判決(平成19年(行ウ)第10号,裁判所ウェブサイト)
⑭仙台高等裁判所平成25年1月24日判決(平成24年(行コ)第12号,裁判所ウェブサイト)
⑮東京地方裁判所平成28年2月12日判決(平成25年(行ウ)第833号,裁判所ウェブサイト)
⑯大阪地方裁判所平成28年11月30日判決(平成25年(行ウ)第180号,裁判所ウェブサイト)
⑰東京高等裁判所平成28年12月15日判決(平成28年(行コ)第98号,裁判所ウェブサイト)
⑱大津地方裁判所平成29年3月23日判決(平成25年(行ウ)第2号,判例秘書(L07250245)で全文確認)
⑲東京地方裁判所平成29年10月20日判決(平成28年(行ウ)第484号,裁判所ウェブサイト)
⑳東京高等裁判所平成30年3月6日判決(平成29年(行コ)第343号,裁判所ウェブサイト)
㉑大阪地方裁判所平成30年4月25日判決(平成29年(行ウ)第107号,裁判所ウェブサイト)
㉒神戸地方裁判所平成31年4月16日判決(平成28年(行ウ)第19号,判例タイムズ1468号93頁,判例秘書(L07450244)で全文確認)
㉓東京地方裁判所令和2年9月17日判決(平成30年(行ウ)第261号,裁判所ウェブサイト)
㉔横浜地方裁判所令和3年12月22日判決(令和2年(行ウ)第12号,判例秘書(L07651581)で全文確認)
㉕名古屋地方裁判所令和4年3月10日判決(令和2年(行ウ)第92号,裁判所ウェブサイト)
㉖東京高等裁判所令和5年10月24日判決(令和4年(行コ)第351号,判例秘書(L07820802)で全文確認)
3 調査範囲
裁判例は,令和8年9月25日に裁判所ウェブサイトの裁判例検索で「義務付け」と「措置命令」「是正命令」「除却命令」「監督処分」等の組合せ,「他に適当な方法」と「民事訴訟」等で検索し,判決の全文を確認したものである。
判例秘書では,同日に「他に適当な方法」「非申請型」及び「民事訴訟」「民事上の請求」「妨害排除」「民事上の差止」のいずれかの組合せ(62件),並びに「他に適当な方法がある」「適当な方法があるというべき」のいずれか,「義務付け」及び「民事訴訟」「民事上の請求」「妨害排除」のいずれかの組合せ(21件)で検索し,第三者に対する規制権限の行使を求めた事案の判決を開いて補充性の判断部分を確認した。
判例秘書で本文を確認した裁判例には,出典欄に判例秘書の判例番号を付した。
その他の商用データベースは検索していない。
下級審判決の上訴の結果は,裁判所ウェブサイトで確認できたものに限って記載した。