第1 弁護過誤訴訟とは何か
1 職務上の過誤による損害の回復を求める
弁護過誤訴訟とは,弁護士の職務上の注意義務違反などによって損害を受けたとして,その賠償を求める民事訴訟である。
本記事は,依頼者が依頼した弁護士に対して請求する場面を中心に,責任の根拠,証拠,損害及び相談の進め方を整理する。
法令・制度の確認日は令和8年10月16日である。
最初に確認したいのは,何を依頼したか,どの対応が問題か,その対応がなければ結果がどう違ったか,現にどの損害が生じたかである。
弁護士への不満の大きさと,裁判で認められる請求の範囲は,同じものではない。
2 裁判に負けたら弁護士を訴えられるか
敗訴したことだけで,弁護士の損害賠償責任が決まるわけではない。
依頼の範囲と当時の資料・法令を踏まえ,弁護士が尽くすべき義務に違反したか,その違反が具体的な損害につながったかを検討する必要がある。
判決や和解に納得できない場合は,元の事件に残っている不服申立て等の期限も確認する。
責任追及を検討している間も,元の事件に必要な対応を担当する者と期限を明確にしておくことが重要である。
第2 損害賠償請求では何を確認するか
1 契約上の責任と不法行為責任
依頼者との委任契約に基づく事務処理では,民法644条の善管注意義務と,645条の報告義務などが問題となる。
債務の本旨に従った履行をしない場合などの損害賠償は,同法415条の要件に従って検討する。
故意又は過失により権利又は法律上保護される利益を侵害した場合には,同法709条の不法行為責任も問題となり得る。
どの義務に違反したかは,「弁護士なら何でもしてくれるはずだった」という理解だけでは確定できない。
委任契約書,委任状,見積り,メール及び面談記録から,受任した事務と,その後の追加依頼・方針変更を確認する。
弁護士法人との契約,複数の弁護士の関与,依頼者以外の者からの請求では,請求先と責任の根拠を別に確認する必要がある。
2 義務違反・損害・因果関係を証拠で結び付ける
次の表は,資料整理のための確認例である。
全ての事件に同じ書類や証明方法が必要という意味ではない。
| 確認する問題 | 整理する事実 | 資料の例 |
|---|---|---|
| 受任した範囲 | 何を,いつ,誰に依頼したか | 委任契約書,委任状,依頼時のメール |
| 問題となる対応 | すべきだった対応と,実際の対応の違い | 提出書面,受付控え,報告,送達関係書類 |
| 結果への影響 | 適切な対応をすれば,どの結果を得られたか | 元の事件の契約,証拠,判決,相手方の反論 |
| 現実の損害 | 失った利益,増加した支払や費用 | 支払記録,計算書,和解書,追加費用の資料 |
弁護士職務基本規程や懲戒事例も,求められる行動を理解する資料になる。
ただし,規程違反や懲戒処分の有無だけで,民事上の損害賠償の要件が全て満たされるわけではない。
第3 どのような対応が問題になるか
1 時効・控訴期間などの期限を過ぎた場合
必要な手続を期限内にしなかった場合は,受任範囲,期限の根拠と起算点,弁護士が対応できた時期及び失われた権利を確認する。
元の相手方への請求権の時効と,弁護士への賠償請求権の時効は別の問題である。
詳しくは,弁護過誤の時効―弁護士への損害賠償請求はいつまでできるかを参照されたい。
期限を過ぎたことと,元の請求額全額を損害として請求できることも,同じではない。
元の請求の根拠,証拠,相手方の反論,権利実現の可能性及び他に残る回復手段を検討する。
2 説明・報告や重要な選択肢の提示が不足した場合
最高裁平成25年4月16日第三小法廷判決は,債務整理で特定の債権の消滅時効の完成を待つ方針を採った弁護士の説明義務を扱った。
判決は,具体的事情の下で,解決が遅れる不利益,提訴等のリスク及び回収した過払金を使って残債務を弁済する選択肢を説明すべきであったとした。
依頼者が方針を承諾していたとしても,必要な説明を尽くしたことにはならないと判断した。
同判決は,損害の点等をさらに審理するために破棄差戻しとしたものである。
最高裁が請求された損害の全額を認めて確定したものではない。
また,法廷意見と,説明・報告義務を詳しく論じた補足意見は区別して読む必要がある(判決本文4頁~7頁)。
説明が問題になるときは,説明日,相手,伝えたリスク・代替案,依頼者の回答及び方針変更の経緯を確認する。
具体的な規律は,弁護士の説明義務・報告義務で整理している。
3 調査不足・事件放置が疑われる場合
調査不足では,どの争点について,どの資料・法令の確認が必要で,いつ,どの方法で確認できたかを具体化する。
後から結果が悪かったことだけでなく,対応当時の資料,費用・時間の制約,依頼者との協議及び必要な手続への影響を確認する。
弁護士の法令・事実調査も参照されたい。
事件放置では,連絡がないことと,必要な手続が進んでいないことを分けて確認する。
提訴済みという報告がある場合も,提出先,事件番号,受付控え,最新の書面及び次の期限を整理すると,別の弁護士へ状況を説明しやすくなる。
懲戒上の評価は,弁護士の事件放置と懲戒で扱っている。
第4 何を損害として請求するか
1 失った利益と現実の支出を区別する
損害を整理するときは,元の事件で請求していた金額,現実に失った利益,追加で支払った金額を分ける。
元の事件の請求額を,説明なしにそのまま弁護士への請求額へ移すことはできない。
債務不履行では民法416条の損害の範囲も確認する。
損害額の一覧には,項目,金額,発生日,計算方法,裏付け資料及び問題の対応との関係を記載することが有用である。
既に回収した額や返還された額も記録し,同じ損害を重複して計上しないようにする。
慰謝料などを求める場合も,その法的根拠と具体的な侵害・損害を説明する必要があり,一律の相場を当てはめることは適切でない。
2 裁判費用は負けた側が払うか―弁護士費用との違い
裁判所の訴訟費用は,原則として敗訴した当事者が負担する(民事訴訟法61条)。
一部敗訴の場合の負担は,同法64条により裁判所が定める。
ただし,訴訟費用の負担と,自分が契約した弁護士の報酬全額を相手に負担させることは別の問題である。
元の事件で支払った報酬の清算,責任追及を別の弁護士へ依頼する費用及び裁判所の訴訟費用は,区別して検討する。
過誤を主張したことだけで,これらの全額を当然に取り戻せるわけではない。
| 費用の種類 | 確認する内容 |
|---|---|
| 元の事件で支払った報酬・実費 | 契約の内容,実施済み業務,委任終了時の清算と,損害賠償の問題を分ける |
| 別の弁護士への相談・依頼費用 | 新たな契約で負担する額と,相手への損害として請求する根拠・範囲を分ける |
| 裁判所の訴訟費用 | 民事訴訟法61条の敗訴者負担の原則と,一部敗訴等の取扱いを確認する |
費用負担を検討する際は,回収できると見込む額だけでなく,調査・訴訟に必要な費用,時間及び回収可能性も比較する。
裁判所の訴訟費用の負担が決まることと,自分が契約した弁護士の報酬全額を相手へ請求できることは同じではない。
第5 紛議調停・懲戒請求・訴訟はどう違うか
1 求める解決に応じて手続を選ぶ
懲戒請求は弁護士の行為の懲戒上の評価を求める手続であり,損害賠償を命じる手続ではない。
紛議調停は弁護士との紛争について話合いによる解決を図る手続であり,訴訟は法律上の請求の当否を裁判所が判断する手続である。
弁護士法41条,56条以下及び各弁護士会の現行案内を確認し,何を求めるのかを明確にする。
| 求める解決 | 検討する手続と留意点 |
|---|---|
| 説明,報酬・預り金等の清算について話し合いたい | 所属弁護士会の市民窓口・紛議調停等の案内を確認する |
| 行為の懲戒上の評価を求めたい | 懲戒請求を検討する。賠償金の回収とは別に考える |
| 損害賠償請求の当否を裁判で判断してもらいたい | 請求の要件,証拠,費用及び期限を整理して民事訴訟を検討する |
2 相談や調停中も期限を確認する
弁護士会へ苦情を述べたことや懲戒請求をしたことだけで,弁護士への損害賠償請求の時効の問題まで解消したと扱ってはならない。
紛議調停その他の手続についても,適用される規定と具体的な経過を確認し,必要な権利保全を別に検討する。
各手続の役割と準備資料は,弁護士との紛議調停を参照されたい。
第6 別の弁護士へ相談するときに準備するもの
1 二つの事件の資料を分けて整理する
弁護過誤の相談には,弁護士の対応に関する資料と,元の事件の請求を評価するための資料の両方が必要になる。
契約書や連絡記録だけでなく,元の事件の主要な証拠,相手方の反論,判決・和解書及び残っている期限を持参することが有用である。
相談用の経過表は,日付,出来事,誰が何を説明・依頼したか,裏付け資料,結果及び次の期限を一行ずつ記録する。
記憶による説明と,メール・書面で確認できる事項を分けると,確認が必要な点が明確になる。
この経過表は資料整理の提案であり,それだけで請求が成立することを示すものではない。
2 相談・事件の交代・責任追及の依頼を分ける
元の事件の進め方について意見を求める相談と,従前の弁護士へ責任を追及する依頼は,目的と必要な検討が異なる。
どちらの依頼か,誰が元の事件の期限を管理するか,資料の受渡しと連絡の範囲を明確にする。
セカンドオピニオンと弁護士の追加依頼も参照されたい。
記録の返還・交付を求めるときは,必要な資料名,原本・写しの別,対象期間及び利用目的を整理する。
事務所の内部メモを含む全資料が無条件に交付されるとは限らないため,資料の性質と契約等を踏まえて対象を確認する。
詳しくは,弁護士の事件記録の返還・保管・廃棄を参照されたい。
第7 出典
民法415条・416条,644条~646条,709条・710条,166条・724条等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
最高裁平成25年4月16日第三小法廷判決(平成24年(受)第651号,民集67巻4号1049頁)。
本文4頁~5頁の法廷意見と,5頁以降の補足意見を区別して参照する。
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-83191.pdf
弁護士法41条,56条~58条。
https://laws.e-gov.go.jp/law/324AC1000000205
民事訴訟法61条・64条。
https://laws.e-gov.go.jp/law/408AC0000000109
民事訴訟費用等に関する法律2条。
当事者等が負担する訴訟費用の範囲を定める。
https://laws.e-gov.go.jp/law/346AC0000000040
日本弁護士連合会「弁護士職務基本規程」26条,29条,35条~37条,40条,44条~45条等。
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/jfba_info/rules/kaiki/kaiki_no_070.pdf
大阪弁護士会「市民窓口」。
窓口の利用案内と紛議調停の手続案内は区別して確認する。
https://www.osakaben.or.jp/01-aboutus/claim/madoguchi/index.php