第1 婚姻費用と養育費は何が違うのか
1 配偶者の生活費を含むかが大きな違いである
婚姻費用は,婚姻中の夫婦が分担する生活費であり,配偶者本人の生活費に加えて,未成熟子の生活費,教育費及び医療費などを含む。
これに対し,離婚後の養育費は,父母が分担する子の監護・養育に必要な費用であり,元配偶者本人の生活費を含まない。
そのため,別居から離婚へ進む場合には,単に支払の名称を変えるだけでなく,対象期間,費用の範囲及び金額を整理し直す必要がある。
本記事は,令和8年10月16日現在の裁判所及び法務省の公表資料等に基づき,両制度の違いと,離婚前後の支払を途切れさせたり重複させたりしないための確認事項を説明する。
具体的な算定式,個々の特別費用及び差押えの詳細は,各専門記事を参照されたい。
2 対象,算定表及び手続を比較する
| 比較する事項 | 婚姻費用 | 離婚後の養育費 |
|---|---|---|
| 主な対象 | 配偶者及び未成熟子を含む婚姻生活の費用 | 子の監護・養育に必要な費用 |
| 主な法的根拠 | 民法760条 | 父母間の分担について民法766条,扶養義務について同法877条等 |
| 算定表 | 表10~19。夫婦のみの場合の表もある | 表1~9。子の人数及び年齢で選ぶ |
| 主な収入資料 | 給与所得者は源泉徴収票の支払金額等 | 給与所得者は源泉徴収票の支払金額等 |
| 話合いができない場合 | 婚姻費用の分担請求調停等 | 養育費請求調停等。離婚調停で離婚後の養育費を話し合うこともできる |
| 期間の整理 | 離婚後の将来分と,離婚時までの未払分を分ける | 開始時期及び子ごとの終期を具体的に定める |
裁判所の養育費請求調停の案内は,夫婦の別居中に,子の養育費を含む夫婦の生活費を求める場合には,婚姻費用の分担調停を利用すると説明している。
別居中に子と同居する配偶者が生活費の分担を求める通常の場面では,最初に婚姻費用として全体を整理するのが基本となる。
第2 婚姻費用と養育費はどちらが高いのか
1 金額だけを見て自由に選べる制度ではない
婚姻費用には配偶者本人の生活費も含まれるため,同じ収入・監護状況を前提とする典型的な別居世帯では,離婚後の養育費より高い額となることがある。
しかし,必ず高くなるとか,差額は必ず配偶者1人分の定額になるという計算はできない。
両者では用いる算定表と計算の対象が異なるため,それぞれに適した表で確認する必要がある。
婚姻費用と養育費のどちらが得かという問いは,受け取れる月額だけでは判断できない。
婚姻関係の有無,子の監護状況,生活上の安全及び離婚条件全体を踏まえて考える必要があり,金額の多い方の制度を任意に選んで請求することはできない。
2 同じ前提条件をそろえて比較する
比較する場合は,①父母それぞれの年収,②給与所得者か自営業者か,③子の人数及び年齢,④誰がどの子を監護するか,⑤学費や住居費等の直接負担をそろえる。
給与所得者の年収には,原則として手取り額ではなく,源泉徴収票の「支払金額」を用いる。
離婚と同時に収入や監護状況が変わる場合は,制度の違いに加えて,前提条件の変化も金額に影響する。
例えば,双方が給与所得者で,7歳の子1人を一方が監護する場合,婚姻費用では表11,養育費では表1を選ぶ。
そのうえで,同じ義務者年収及び権利者年収の交点をそれぞれ読む。
義務者の年収が600万円という情報だけでは,権利者の年収,子の人数・年齢等が分からないため,月額を一つに決めることはできない。
表の選び方及び計算方法は,婚姻費用算定表の見方,計算方法と特別事情(AI作成)及び養育費算定表の見方,計算方法及び法定養育費との違い(AI作成)で説明している。
手取り月額から年収を確認する際は,養育費算定表に入れる給与年収(AI作成)も参照されたい。
第3 婚姻費用と養育費を両方請求できるのか
1 同じ期間の同じ子の生活費を重ねて計上しない
別居中の婚姻費用に子の通常の生活費が含まれている場合,その同じ期間・同じ費用について,養育費という別名を付けてもう一度全額を加算することはできない。
まず,既存の合意,調停調書又は審判が,誰のどの費用を,いつからいつまでの分として定めているかを確認する必要がある。
住宅費,学費等を相手方が直接支払っている場合も,その支払の対象と,月額の取決め上の扱いを確認する。
ただし,婚姻費用の未払分が離婚後も残っている場合に,その過去分と,離婚後の別の期間の養育費が同時に支払われることは,直ちに二重払いを意味しない。
支払う日が同じかではなく,どの期間の何の費用を清算する支払かを区別することが重要である。
2 特別費用と子自身の請求は別に検討する
私立学校や大学の学費,高額な医療費などについては,通常の月額に含めた部分と,別途負担する旨を定めた部分を分ける。
特別費用という名称だけで当然に全額を追加請求できるわけではないため,合意内容,費用の必要性,実際の負担及び父母の資力を確認する必要がある。
また,父母間の養育費の取決めと,子自身の扶養料請求は,請求主体や法律上の根拠が異なる。
父母だけの合意があれば子自身の請求も全て排除されると考えたり,反対に同じ費用を二重に取得できると考えたりすることは適切ではない。
この問題は,父母間の養育費合意と子自身の扶養料請求に関する記事で詳しく説明している。
第4 離婚すると婚姻費用は自動的に養育費へ変わるのか
1 従前の婚姻費用と同額が続くとは限らない
離婚後の将来の生活費は,婚姻中の配偶者に対する婚姻費用とは区別される。
離婚前に婚姻費用を月額で定めていても,その金額がそのまま離婚後の養育費になるわけではない。
離婚前の取決めの終期と,離婚後の養育費の開始時期,金額及び終期をそれぞれ確認する必要がある。
離婚する月の婚姻費用と養育費を,常に双方とも満額とする,又は必ず日割りにするという一律の処理を前提としてはならない。
既存の条項,離婚の成立日,対象とする支払期間及び既払額を確認し,その月の合計負担と充当方法を具体的に定めるのが紛争予防に役立つ。
2 離婚前後の清算を三つに分けて書く
離婚条件を定める際は,①離婚時までの婚姻費用の未払額,②離婚する月の支払額と既払額の扱い,③その後の養育費の月額及び開始月を分けて整理する。
「今後は養育費を支払う」とだけ記載しても,婚姻費用の未払分まで清算したのか,既に送金した額をどの月へ充てるのかが不明確になりやすい。
子が複数いる場合には,各子の月額又は配分方法,それぞれの終期,進学・医療等の臨時費用,支払日,振込先及び振込手数料も確認する。
文書の選び方と条項の作り方は,養育費の取り決め方に関する記事を参照されたい。
3 取決めがない場合の法定養育費は別の制度である
令和8年4月1日以後に,養育費の取決めをせずに離婚した場合には,離婚時から引き続き未成年の子を主として監護する父母が,他方に対して,子1人当たり月額2万円の法定養育費を請求できる制度がある。
ただし,支払能力に関する例外等があり,本来の養育費を取り決めるまでの暫定的・補充的な制度である。
この2万円は,離婚前の婚姻費用が自動的に変換された額でも,算定表による通常の養育費の標準額でもない。
令和8年4月1日より前に離婚した場合には法定養育費は発生しないが,父母の協議又は家庭裁判所の手続で通常の養育費を定めることは別の問題である。
要件,終期及び回収制度は,法定養育費と養育費債権の先取特権を参照されたい。
第5 離婚前の未払分と子の成年到達で注意すること
1 離婚しただけで係属中の過去分まで当然に消えるわけではない
最高裁判所第一小法廷令和2年1月23日決定は,婚姻費用分担審判の申立て後に離婚したとしても,これにより婚姻費用分担請求権は消滅しないと判断した。
同事件では,婚姻費用分担調停の申立て後に離婚調停が成立し,財産分与の合意も清算条項もないまま,婚姻費用の事件が審判へ移行していた。
最高裁は,離婚後の将来分の婚姻費用と,離婚時までの過去分を区別したのである。
この決定を,離婚後に初めて申し立てる場合や,過去の全期間を常に請求できるという意味に広げてはならない。
離婚前の未払分が残る場合は,既に申立てをしているか,何月分から求めているか,合意や清算条項でどこまで解決したかを確認する。
請求方法と資料は,別居中の生活費はいつから請求できるかに関する記事を参照されたい。
2 18歳になったことと経済的に自立したことを区別する
成年年齢は18歳であるが,成年到達と,子が経済的に自立することは同じではない。
法務省の成年年齢関係改正Q&AのQ6は,成年に達しても経済的に未成熟である場合には養育費の支払義務を負うことがあると説明している。
裁判所の養育費請求調停の案内も,対象となる子は未成年者に限られないとしている。
そのため,子が18歳になったという理由だけで,婚姻費用に含めていた子の費用を当然に外したり,子自身の扶養料請求だけに必ず切り替わると考えたりすることは適切ではない。
子の就学・就労及び生活状況,従前の取決め,請求する費用と請求主体を区別して検討する必要がある。
婚姻費用の終期は,婚姻費用の支払終期に関する記事を参照されたい。
第6 話合いを始める前の確認順序
最初に,現在は婚姻中か離婚後か,子が誰と暮らしているかを確認する。
次に,既存の合意書,公正証書,調停調書及び審判書を集め,婚姻費用又は養育費の対象期間と支払条件を確認する。
そのうえで,双方の収入資料,既払金,学費等の直接負担及び未払月の一覧を整理する。
離婚が近い場合には,婚姻費用の清算と,離婚後の養育費の取決めを同時に点検する。
生活費が支払われていない場合は,制度の比較だけで時間を費やさず,婚姻費用の分担請求調停又は養育費請求調停など,現在の法律関係に合った手続を検討する必要がある。
養育費を取り決めた後の不払は,養育費を払わない場合の回収方法に関する記事で説明している。
第7 出典・参考資料
①e-Gov法令検索・民法760条,766条,766条の3,877条等。
②裁判所養育費に関する手続「1 養育費の概要」,家事事件Q&A第5「養育費/婚姻費用分担について」。
③裁判所養育費・婚姻費用算定表についてPDF1頁~5頁。表11及び表1は,いずれも子1人・0歳~14歳を対象とする。
④裁判所養育費請求調停「1.概要」及び婚姻費用の分担請求調停。
⑤最高裁判所第一小法廷令和2年1月23日決定(平成31年(許)第1号,民集74巻1号1頁)PDF1頁~3頁,特に理由1及び3。
⑥法務省民法(成年年齢関係)改正Q&AQ6。