第1 この記事が扱う場面
1 対象とする問い
婚姻費用の分担を審判・調停又は当事者間の合意で取り決める場合,その支払義務はいつまで続くのかを扱う。
理論上の終期,実務における終期条項の具体的な定め方とその法的性質,及びその終期条項の要件を形式的に満たしたようにみせて支払義務を免れようとする行為への対応を中心に説明する。
2 本記事で扱わない事項
別居はしているものの同居自体は継続している家庭内別居の場合における終期の表現方法は,「家庭内別居・同居中の婚姻費用(AI作成)」で説明しており,本記事では扱わない。
子が未成熟子でなくなる時期を基準とする養育費の終期の詳細(18歳,20歳又は大学卒業のいずれを目安とするか等)は,「養育費は18歳・20歳・大学卒業のいつまでか―未成熟子と支払終期(AI作成)」で説明しており,本記事第6で両者の関係にのみ触れる。
第2 理論上の終期は婚姻の解消
婚姻費用分担義務は,夫婦という婚姻関係から生ずる義務であるから,理論的には,婚姻の解消がその終期となる。
婚姻の解消には,離婚のほか,夫婦の一方の死亡及び婚姻の取消しが含まれる。
民法728条は,1項で「姻族関係は,離婚によって終了する」と定め,2項で「夫婦の一方が死亡した場合において,生存配偶者が姻族関係を終了させる意思を表示したときも,前項と同様とする」と定めており,離婚と並んで夫婦の一方の死亡が婚姻関係の帰趨に影響を与える法的事実であることを前提としている。
夫婦の一方が死亡すれば,その時点で婚姻関係そのものが解消するから,それ以降の期間について婚姻費用の分担義務が生ずる余地はない。
婚姻の取消しも,将来に向かってのみ効力を生ずる点で離婚に準じた扱いがされており,取消し以降は婚姻費用分担義務の基礎を欠くことになる。
第3 実務における終期条項の定め方とその法的性質
婚姻費用分担事件の多くは,夫婦が別居という状態にある中で審判・調停に至る。
別居している夫婦は,将来,円満に同居を再開するか,離婚によって婚姻関係が解消されるかのいずれかに至ることが予想される。
そこで,審判における婚姻費用分担の終期は,「離婚又は別居状態の解消まで」あるいは「婚姻の解消又は別居状態の解消まで」などと定めるのが通常である。
この終期条項は,解除条件又は不確定期限(婚姻の解消を終期とする部分は,将来必ず到来する事実であるから期限に当たると解される)と解されている。
したがって,別居していた配偶者が自宅に戻るなどして別居状態が解消したといえる場合には,条件の成就又は期限の到来により,それ以降の婚姻費用分担義務は消滅する。
先行する審判に基づいて強制執行を受けている当事者は,別居状態が解消したことを理由として,請求異議の訴え(民事執行法35条1項)によりその執行力を争うことができる。
第4 別居状態の解消を仮装した支払回避への対応
「別居状態の解消」という条件は,外形的に充足されたようにみえても,それが婚姻費用の支払義務を免れる目的で意図的に作出されたものである場合にまで,条件成就の効果をそのまま認めてよいかが問題となる。
名古屋家庭裁判所平成23年10月27日判決(判例タイムズ1372号190頁,裁判所HP未掲載)は,別居中の夫が,妻に対し「当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで,毎月末日限り13万円を支払え」との婚姻費用分担審判を得ていた事案において,夫が自宅に戻って寝起きするようになったことを理由として請求異議の訴えを提起したものである。
判決は,夫が自宅で寝起きするようになったことをもって「別居状態の解消」という解除条件が形式的には成就したことを認めつつ,夫について,「婚姻生活を修復するために自宅に戻ったのではなく,自宅で寝泊まりすることが,本件審判の主文2項の『別居状態の解消』という解除条件を充足することになることを認識しながら,あえて,婚姻費用の支払義務を免れるために,自宅に戻ってきたと認められ」るとした。
その上で,判決は,これが条件の成就によって利益を受ける当事者が故意に条件を成就させた場合に当たるとし,夫が傷病により収入が減少していたとしても,事情変更を理由として婚姻費用減額の調停・審判を申し立てることができたのであって,別居状態を解消する以外に方法がなかったとはいえないから,婚姻費用の支払義務を免れるために解除条件を成就させることは信義則に反するとして,民法130条の類推適用により条件は成就しなかったものとみなし,婚姻費用分担義務は消滅しないと判断した。
民法130条は,1項で「条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは,相手方は,その条件が成就したものとみなすことができる」と定め,2項で「条件が成就することによって利益を受ける当事者が不正にその条件を成就させたときは,相手方は,その条件が成就しなかったものとみなすことができる」と定めている。
同判決は,本来,利益を受ける当事者自身が不正に条件を成就させた場合の規律である同条2項の趣旨を,別居状態の解消という終期条項の場面に及ぼしたものと理解できる。
この裁判例は,同居再開の実質(婚姻生活の修復)を伴わない,支払義務を免れる目的だけの形式的な同居再開によっては,「別居状態の解消」という終期条項は充足されないことを示す先例である。
もっとも,この裁判例は,裁判所のホームページには掲載されておらず,大阪高等裁判所家事抗告事件集中部の元部総括判事による書籍が,裁判所名,裁判年月日及び掲載誌を明示した上で判決理由を引用符付きで引用しているものに基づく。
第5 未成熟子の監護費用部分を含む場合の調整
子が成年に達することと,経済的に自立して未成熟子でなくなることは同じではない。
法務省の成年年齢関係改正Q&AのQ6は,成年に達しても経済的に未成熟である場合には養育費の支払義務を負うことがあると説明している。
また,裁判所の養育費請求調停の案内は,対象となる子を未成年者に限定していない。
そのため,子が18歳になったことだけを理由に,婚姻費用に含めていた子の監護費用を当然に除外し,又は子自身の扶養料請求だけへ必ず切り替えることは適切ではない。
婚姻費用の取決め,子の就学・就労及び生活状況,請求する費用の内容を踏まえて検討する必要がある。
子自身が扶養料を請求する場合も,通常の生活費は請求対象とならず特別費用だけに限られると一律に考えてはならない。
請求主体,扶養の必要性,父母の資力及び既に履行された扶養との重複を確認する必要がある(民法877条,879条)。
私立学校・大学の学費等の特別費用は,婚姻費用に私立学校・大学の学費と高額医療費を加算できるかに関する記事を参照されたい。
第6 養育費の終期との異同
養育費の終期と婚姻費用の終期は,いずれも「終期」という共通の語を用いるが,基準となる主体が異なる。
養育費の終期は,子が未成熟子でなくなったとき,すなわち子が経済的に自立することを期待できる状態に至ったときであり,子の年齢,進路,心身の状況等,子を基準とする個別事情によって判断される。
実務上は,特段の事情がなければ満20歳に達する日を目安とし,大学進学が見込まれる場合には22歳前後まで延ばす例も広く行われている。
この点の詳細は,「養育費は18歳・20歳・大学卒業のいつまでか―未成熟子と支払終期(AI作成)」で説明している。
これに対し,婚姻費用の終期は,前記第2及び第3のとおり,婚姻の解消や,取決めにおける別居状態の解消など,夫婦の関係及び条項の内容を基準として検討する。
子の成年到達だけで婚姻費用全体が終了するものではなく,子の費用部分も前記第5の事情を区別して考える必要がある。
離婚時の婚姻費用の清算と養育費の開始は,婚姻費用と養育費の違いに関する記事で説明している。
第7 確認順序
婚姻費用分担の終期を検討する場合,おおむね次の順序で確認することになる。
①審判・調停における取決め又は当事者間の合意において,終期がどのように定められているかを確認する(第2,第3)。
②「離婚又は別居状態の解消まで」との定めがある場合,別居状態の解消に当たる事実(同居の再開等)が生じていないかを確認する(第3)。
③同居の再開に類する事実がある場合,それが婚姻生活の修復を伴う実質的なものか,それとも支払義務を免れる目的の形式的なものにとどまるかを整理する(第4)。
④子の監護費用部分を含む場合は,成年到達だけで結論を決めず,就学・就労,経済的自立,従前の取決め及び請求主体を確認する(第5)。
⑤養育費と婚姻費用の双方が問題となる事案では,基準となる主体が異なることを踏まえて整理する(第6)。
出典
1 法令
①民法(明治29年法律第89号)130条(条件の成就の妨害等)及び728条(姻族関係の終了)――第2,第4の根拠(e-Gov法令検索)。
②民事執行法(昭和54年法律第4号)35条(請求異議の訴え)――第3の根拠(e-Gov法令検索)。
2 裁判例
以下の裁判例は,裁判所HPには掲載されておらず,松本哲泓(弁護士・元大阪高等裁判所部総括判事)『婚姻費用・養育費の算定-裁判官の視点にみる算定の実務-』(新日本法規,2018年)10頁~14頁が引用する判決の説示に基づく。
同書は,大阪高等裁判所家事抗告事件集中部(第9民事部)における事例研究会の報告をまとめたものであり,裁判所名,裁判年月日及び掲載誌を明示した上で,判決理由を引用符付きで引用している。
①名古屋家庭裁判所平成23年10月27日判決(判例タイムズ1372号190頁)
3 文献
①松本哲泓(弁護士・元大阪高等裁判所部総括判事)『婚姻費用・養育費の算定-裁判官の視点にみる算定の実務-』(新日本法規,2018年)10頁~14頁
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①「家庭内別居・同居中の婚姻費用(AI作成)」
②「養育費は18歳・20歳・大学卒業のいつまでか―未成熟子と支払終期(AI作成)」
③「婚姻費用に私立学校・大学の学費と高額医療費を加算できるか|特別費用の分担方法(AI作成)」