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公判前整理手続の後に新しい主張や供述ができるか―刑訴法295条1項と最高裁平成27年5月25日決定(AI作成)

第1 本記事の対象と結論

公判前整理手続に付された刑事事件で,公判前整理手続では明らかにしていなかった主張や,主張の具体的な中身を,公判の被告人質問で述べることができるかが問題となることがある。
典型は,公判前整理手続では「その時刻には自宅付近にいた」とだけ主張していたアリバイについて,公判で被告人が,誰とどこで会っていたかを具体的に述べ始める場面である。

結論として,公判前整理手続の終了後に,被告人又は弁護人の新たな主張そのものを制限する規定はない。
最高裁平成27年5月25日第二小法廷決定は,新たな主張に沿った被告人の供述を当然に制限できるとは解し得ないとした。
他方で,同決定は,主張明示義務に違反し,かつ,質問や供述を許すことが公判前整理手続を行った意味を失わせると認められる場合には,刑事訴訟法295条1項により質問や供述が制限されることがあり得るとした。

これに対し,公判前整理手続の終了後に新たな証拠の取調べを請求することは,刑事訴訟法316条の32により,やむを得ない事由がある場合を除いて制限される。
新たな主張,その主張に沿った被告人質問・供述,新たな証拠調べ請求は,根拠条文も判断基準も異なるので,分けて考える必要がある。

本記事は,令和8年9月25日時点のe-Gov法令検索の現行条文と,裁判所ウェブサイトに掲載された同決定の全文に基づく一般的な整理である。
具体的な事件では,公判前整理手続の経過,予定主張記載書面の内容,裁判所の求釈明の有無及び公判での供述の内容によって結論が異なる。

第2 関係する三つの条文

1 主張明示義務―刑事訴訟法316条の17

刑事訴訟法316条の17第1項は,検察官の証明予定事実を記載した書面の送付と証拠の開示を受けた後,被告人又は弁護人に対し,「その証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは、裁判所及び検察官に対し、これを明らかにしなければならない。」と定めている。
同条2項は,証明予定事実があるときは,これを証明するために用いる証拠の取調べを請求しなければならないと定めている。

2 公判前整理手続終了後の証拠調べ請求の制限―刑事訴訟法316条の32

刑事訴訟法316条の32第1項は,「公判前整理手続又は期日間整理手続に付された事件については、検察官及び被告人又は弁護人は、第二百九十八条第一項の規定にかかわらず、やむを得ない事由によつて公判前整理手続又は期日間整理手続において請求することができなかつたものを除き、当該公判前整理手続又は期日間整理手続が終わつた後には、証拠調べを請求することができない。」と定めている。
同条2項は,この規定が,裁判所が必要と認めるときに職権で証拠調べをすることを妨げるものではないとしている。

3 尋問・陳述の制限―刑事訴訟法295条1項

刑事訴訟法295条1項は,「裁判長は、訴訟関係人のする尋問又は陳述が既にした尋問若しくは陳述と重複するとき、又は事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないときは、訴訟関係人の本質的な権利を害しない限り、これを制限することができる。訴訟関係人の被告人に対する供述を求める行為についても同様である。」と定めている。
被告人質問で弁護人がする質問は,同項後段の「訴訟関係人の被告人に対する供述を求める行為」に当たる。

4 主張には失権の規定がない

以上のとおり,公判前整理手続の終了後について,刑事訴訟法は証拠調べ請求を制限する規定(316条の32)を置いているが,主張を制限する規定は置いていない。
公判前整理手続後の新たな主張に沿った被告人質問が問題となるときは,同法316条の32ではなく,同法295条1項の「その他相当でないとき」等に当たるかという形で問題となる。

対象根拠条文判断の中心
新たな主張そのもの制限する規定なし主張明示義務(316条の17)の違反は,被告人質問の制限の判断で考慮される
新たな主張に沿った被告人質問・供述295条1項主張明示義務違反と,公判前整理手続を行った意味を失わせるか(平成27年決定)
新たな証拠調べ請求316条の32第1項やむを得ない事由によって整理手続中に請求できなかったか。裁判所の職権による証拠調べは妨げられない(同条2項)

第3 最高裁平成27年5月25日決定

1 事案

最高裁平成27年5月25日第二小法廷決定(平成25年(あ)第1465号・刑集69巻4号636頁)は,自動車に故意に身体を接触させたのに運転者の過失で負傷したように装って治療費名目で現金を受け取ったという詐欺の事案である。
第1審裁判所は,この事件を公判前整理手続に付した。

公判前整理手続で,弁護人は,犯人性を否認し,公判期日でする予定の主張として,被告人は公訴事実記載の日時に犯行場所にはおらず,大阪市西成区内の自宅ないしその付近に存在したという趣旨のアリバイの主張を明示した。
しかし,それ以上に具体的な主張は明示せず,第1審裁判所がその点について釈明を求めることもなかった。
第1審裁判所は,争点の整理結果を「被告人が本件詐欺行為を行った犯人であるか否か」と確認した。

公判の被告人質問で,被告人は,その日時には自宅でテレビを見ていた,知人夫婦と会う約束があったので午後4時30分頃に同知人方に行ったという趣旨の供述をし,弁護人が更に詳しい供述を求めた。
これに対し,検察官が,公判前整理手続における主張以外のことであって立証事項とは関連性がないという趣旨の異議を申し立て,第1審裁判所は異議を容れて質問等を制限した。
なお,被告人は,最終陳述において,アリバイの主張の具体的な内容を陳述し,第1審裁判所はこれを制限しなかった。

2 判断の枠組み

同決定は,まず,公判前整理手続は,充実した公判の審理を継続的,計画的かつ迅速に行うため,事件の争点及び証拠を整理する手続であり,被告人又は弁護人は刑事訴訟法316条の17第1項の主張明示義務を負うから,公判期日においてすることを予定している主張があるにもかかわらず,これを明示しないということは許されないとした。

その上で,同決定は,次のとおり判示した。
「公判前整理手続終了後の新たな主張を制限する規定はなく,公判期日で新たな主張に沿った被告人の供述を当然に制限できるとは解し得ないものの,公判前整理手続における被告人又は弁護人の予定主張の明示状況(裁判所の求釈明に対する釈明の状況を含む。),新たな主張がされるに至った経緯,新たな主張の内容等の諸般の事情を総合的に考慮し,前記主張明示義務に違反したものと認められ,かつ,公判前整理手続で明示されなかった主張に関して被告人の供述を求める行為(質問)やこれに応じた被告人の供述を許すことが,公判前整理手続を行った意味を失わせるものと認められる場合(例えば,公判前整理手続において,裁判所の求釈明にもかかわらず,「アリバイの主張をする予定である。具体的内容は被告人質問において明らかにする。」という限度でしか主張を明示しなかったような場合)には,新たな主張に係る事項の重要性等も踏まえた上で,公判期日でその具体的内容に関する質問や被告人の供述が,刑訴法295条1項により制限されることがあり得るというべきである。」

3 本件への当てはめと結論

同決定は,本件の質問等は,公判前整理手続で明示していた「自宅ないしその付近にいた」というアリバイの主張について具体的な供述を求めたものにすぎず,刑事訴訟法295条1項の「事件に関係のない事項にわたる」ものでないことは明らかであるとした。
また,公判前整理手続の経過及び結果並びに被告人が供述しようとした内容に照らすと,主張明示義務に違反したものとも,質問等を許すことが公判前整理手続を行った意味を失わせるものとも認められないとした。
そのため,質問等を同項により制限することはできず,検察官の異議を容れて制限した第1審裁判所の措置は是認できないとし,これを違法でないとした原判決の判断は同項の解釈適用を誤ったものとした。

もっとも,被告人は最終陳述でアリバイの主張の具体的な内容を陳述しており,これは制限されなかったことなどから,判決に影響を及ぼすべき違法があるとはいえないとして,上告を棄却した。
被告人質問の制限が違法とされても,そのことだけで直ちに原判決が破棄されるわけではない点にも注意を要する。

第4 被告人質問が制限され得る場合の判断要素

1 二つの要件

同決定によれば,被告人質問等の制限が問題となるのは,①主張明示義務に違反したものと認められ,かつ,②質問や供述を許すことが公判前整理手続を行った意味を失わせるものと認められる場合である。
二つの要件は「かつ」で結ばれているので,公判前整理手続で述べていなかった事項が公判で出てきたというだけでは足りない。

2 総合考慮される事情

①・②を判断するために,同決定は,次の事情を総合的に考慮するとした。
①予定主張の明示状況(裁判所の求釈明に対する釈明の状況を含む。)
②新たな主張がされるに至った経緯
③新たな主張の内容
④その他の諸般の事情
その上で,制限するかどうかは,新たな主張に係る事項の重要性等も踏まえて判断される。

3 例示の読み方

同決定は,制限があり得る例として,裁判所の求釈明にもかかわらず,「アリバイの主張をする予定である。具体的内容は被告人質問において明らかにする。」という限度でしか主張を明示しなかった場合を挙げている。
この例示は,裁判所が釈明を求めたのに,弁護側が意図的に具体的内容を明らかにしなかった場面を想定したものである。

同決定の事案は,裁判所が釈明を求めず,公判での供述も明示済みのアリバイ主張を具体化したにとどまるとして,制限を否定したものである。
制限を肯定した事例ではないので,どの程度の具体化不足で制限が認められるかについて,同決定から一般的な線引きを導くことはできない。

4 最終弁論の制限に当てはめた例―福岡高裁令和3年8月4日判決

福岡高裁令和3年8月4日判決(令和3年(う)第86号,判例秘書L07620385)は,覚醒剤の密輸入事件の裁判員裁判で,弁護人が最終弁論で初めて,税関検査の際の通訳の正確性を争う主張をしたところ,第1審の裁判長が,公判前整理手続でしていなかった主張であることを理由に,刑事訴訟法295条1項によりその部分の弁論を制限した事案である。
同判決は,その主張は検察官の証明予定事実を争う「事実上の主張」には当たらないから,公判期日で初めてしたことは主張明示義務に違反せず,これを許すことが公判前整理手続を行った意味を失わせるとも認められないとして,弁論の制限は裁量の範囲を逸脱した違法なものであるとした。
もっとも,その部分は第1審判決の事実認定や量刑判断を左右するものではなかったとして,判決に影響を及ぼすことが明らかな違法ではないとし,控訴を棄却した。

同判決は,平成27年決定の枠組みを,被告人質問ではなく弁護人の弁論の制限に当てはめたものである。
主張明示義務の対象となる「事実上の主張」かどうかを,検察官の証明予定事実を争う主張かという観点から具体的に検討している点が,実務上参考になる。

第5 同決定の補足意見

1 主張と証拠調べ請求の区別

同決定には補足意見が付されている。
補足意見は,刑事訴訟法が被告人の主張明示と証拠調べ請求の各義務を定め(316条の17),公判前整理手続終了後の証拠調べ請求については「やむを得ない事由によって」公判前整理手続において請求できなかったものに制限しているが,あえて主張については制限する規定を置いておらず,両者を区別していることが明らかであるとした。
その上で,新たな主張に沿った被告人の公判における供述について,公判前整理手続において主張しなかったことのみを理由として,証拠調べ請求と同様の制限を認めるのは困難であろうと述べている。

同補足意見は,法廷意見が例示するような,公判前整理手続の核心を害し,弁解権の濫用と認められる事例については,刑事訴訟法295条1項の「その他相当でない」ものとして制限されることがあり得るとも述べている。
その根拠として,訴訟上の権利は誠実に行使し,濫用してはならないとする刑事訴訟規則1条2項を挙げている。

2 本件での在るべき審理

同補足意見は,本件の公判での被告人の供述は,公判前整理手続の主張をより具体化したにすぎず,主張の変更ないし新たな主張とまではいえないとの評価も十分あり得たとした。
そして,検察官としては,被告人の供述の信用性を吟味し,真偽確認に必要な反対質問をするのが相当であったと思われるとし,仮に証拠調べ請求の問題が生じればこれには別途の対応をすべきこととなろうと述べている。

また,公判前整理手続終了後に主張内容の追加・変更があることは被告人質問に先立って判明することが多いであろうから,弁護人としては,それが判明したときは,速やかに主張内容の追加・変更があることを明らかにすることが期待されるとしている。
さらに,第1審裁判所が公判前整理手続段階で被告人の主張をあいまいなままにしておいたことを原因の一つとして挙げ,釈明を求めて具体的内容を明らかにさせ,それが不可能であるならその理由も含めて記録に残しておくべきであったとしている。

第6 新たな主張・被告人質問・証拠調べ請求を分けて考える

1 新たな主張に沿った証人の請求

新たな主張を裏付けるために,公判前整理手続で請求していなかった証人(例えば,アリバイの時間帯に会っていたとする知人)の尋問を請求する場合は,被告人質問の制限とは別に,刑事訴訟法316条の32第1項の「やむを得ない事由」の有無が問題となる。
被告人質問で供述すること自体が許されても,その裏付けとなる証拠の請求が当然に許されるわけではない。
公判前整理手続終了後の証拠調べ請求については,「刑訴法328条の弾劾証拠と公判前整理手続終了後の証拠請求」で整理している。

2 供述の信用性とは別の問題

被告人質問を制限できるかは,証拠調べの手続の問題である。
公判前整理手続で具体的に述べていなかった事情を公判で初めて述べたことが,その供述の信用性の評価でどう扱われるかは,これとは別の問題である。
同決定の補足意見も,検察官は反対質問により信用性を吟味するのが相当であったとしており,供述を制限することと,供述の信用性を争うことを区別している。

3 訴因変更との違い

検察官が公判前整理手続の終了後に訴因変更を請求する場合も,公判前整理手続の趣旨との関係が問題となるが,これは検察官の訴因変更請求の許否の問題であり,被告人質問の制限とは場面が異なる。
訴因変更と防御の機会については,「刑事裁判における訴因変更と不意打ち防止―「何らかの方法」の認定,共謀日時の変更及び防御機会」で扱っている。

第7 弁護実務での対応

1 予定主張をどこまで具体化するか

弁護人は,予定主張を明示する義務を負う一方で,公判で被告人が述べる内容のすべてを事前に書面化することは現実には難しいことがある。
平成27年決定の枠組みからすると,求釈明を受けた事項について,具体化できるのに意図的に具体的内容を明らかにしないという対応は,被告人質問の制限を招くおそれがある。
具体化できない事情があるときは,その理由を公判前整理手続の中で説明し,記録に残しておくことが考えられる。

2 追加・変更が判明したとき

被告人との打合せで,公判前整理手続で明示した主張の追加・変更が判明したときは,被告人質問に入る前に,裁判所及び検察官にその旨を明らかにすることが考えられる。
補足意見は,これが刑事訴訟法295条1項の相当性判断に意味を有することもあり得るとしている。

3 異議を受けたとき

検察官から「公判前整理手続における主張以外のことであり,関連性がない」という趣旨の異議が出たときは,次の点を具体的に指摘することになる。
①公判前整理手続で明示した主張と,質問事項との関係(明示済みの主張の具体化か,別の主張か)
②公判前整理手続で裁判所の求釈明があったか,それにどう答えたか
③新たな内容が出てきた経緯
④その事項が争点との関係で持つ重要性

4 公判調書の確認

被告人質問が制限された場合は,異議の内容,裁判所の決定及び制限された範囲が公判調書にどう記載されているかを確認する。
公判調書の確認と異議については,「刑事公判調書の確認と異議申立て―整理時期・記載漏れ・控訴記録送付」で扱っている。

第8 出典・確認範囲

①e-Gov法令検索「刑事訴訟法」295条1項,316条の17及び316条の32(令和8年8月13日施行版を令和8年9月25日に確認)
②最高裁平成27年5月25日第二小法廷決定(平成25年(あ)第1465号・刑集69巻4号636頁,裁判所ウェブサイト。補足意見を含む全文を確認)
③福岡高裁令和3年8月4日判決(令和3年(う)第86号,判例秘書L07620385。該当部分を含む本文を確認)

判例秘書では,令和8年9月25日に,「主張明示義務」「被告人質問」「295条1項」の組合せ(4件),「公判前整理手続を行った意味」(2件)等で検索した。
平成27年決定より後の裁判例としては福岡高裁令和3年8月4日判決だけが該当し,公判前整理手続後の被告人質問の制限を適法とした裁判例は,この検索の範囲では見当たらなかった。
ただし,検索語に表れない裁判例や判例秘書に収録されていない裁判例もあり得るので,そのような裁判例が存在しないとはしていない。