警察及び検察の取調べ


目次
第1 取調べを受ける心構え
第2 警察の取調べに対する苦情の申し入れ方法等
第3 被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の運用状況
第4 検察の取調べに対する苦情の申し入れ方法等
第5 検察官面前調書
第6 黙秘権に関するメモ書き(捜査機関の取調べ一般の話です。)
第7 取調べに関する犯罪捜査規範の条文(犯罪捜査規範166条ないし182条の5)
第8 独占禁止法違反被疑事件の行政調査における供述聴取の留意事項
第9 冤罪事件における検事の取調べの実例
第10 被疑者に対する不起訴処分の告知
第11 関連記事その他

第1 取調べを受ける心構え
1 日弁連HPに最新版の被疑者ノート(2022年3月・第6版補訂2版)が載っています。
2 以下の文章は,日本弁護士連合会の「被疑者ノート」(第3版・2009年4月版)からの抜粋です。
ふりがなが不要な場合,こちらの方が読みやすい気がします。

① 取調官の作文を許さない~供述調書は,取調官の作文になりがちです~
   取調べで作成される供述調書は,まるで,あなた自身が書いたかのように,「わたしは,○○しました」という文章になっています。
   しかし,供述調書の内容は,あなたが話した内容をそのまま書いたものではありません。取調官がまとめて文章にしたものです。あなたの言い分と,取調官の作文が混ざってしまい,どこまでが本当のあなたの言い分で,どこからが取調官の作文かは,区別がつきません。日本の取調べは,弁護人の立会いもなく,録画も録音もされていませんので,どれがあなたのことばなのか,後から調べようがないのです。
   このため,日本では,裁判になって,供述調書の内容は自分の言い分とはちがう,取調官の作文が入っている,と争いになることが非常に多いのです。そのような争いには,多くの労力と時間が必要となります。しかも,そのような調書でも,それなりにもっともらしく作られていますので,弁護人が後からどれだけ必死に争っても,日本の裁判官は,それがすべてあなたの言ったことであるかのように考えてしまいがちです。
   このように供述調書はとてもおそろしい力をもっていますので,供述調書を作成する際には注意してください。
   以下,具体的なアドバイスです。
② ずっと黙っていることもできる~あなたはずっと黙っていることができます~
   憲法38条1項は,「何人も,自己に不利益な供述を強要されない」と定め,黙秘権を保障しています。また,刑訴法198条2項は,「取調に際しては,被疑者に対し,あらかじめ,自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げなければならない」と定めています。被疑者は,取調官から供述を迫られたとしても,黙秘権を行使し,供述を拒否することができます。一切の質問に対し,何も答えず,黙っていてもかまわないという権利です。
   黙秘権は,権力が,無実の人からも無理にウソの自白をさせてきたことの反省から生まれたものです。世界のどこでも,近代国家であるかぎり,このような黙秘権が認められることは,当然のことです。黙秘権を行使することは,けっして,間違ったことではありません。
③ 署名押印に応じる義務はない~署名押印を求められても,応じる義務はありません~
   取調官が長い供述調書を書き上げた後に,「署名押印をしたくありません」とは言いにくいかもしれません。しかし,供述調書に署名押印することは,あなたの義務ではありません。
刑訴法198条5項は「被疑者が,調書に誤のないことを申し立てたときは,これに署名押印することを求めることができる。但し,これを拒絶した場合は,この限りでない」と明確に規定しています。あなたには署名押印拒否権が認められているのです。
   調書が,100パーセントあなたの言い分どおり,正しく書かれていたとしても,署名押印する義務はないのです。あなたの供述調書には,あなたが本当に言ったことと,取調官が作文してしまったことばが,いっしょに書かれていることがよくあります。もし,あなたが「自分はそんなこと言っていないのに」と感じたら,そのような供述調書に署名押印する義務がないのは,なおさらあたりまえのことなのです。
④ 間違っている調書は訂正してもらう~調書の内容は訂正してもらえます~
   刑訴法198条4項は,取調官が供述調書を作成した後,「被疑者に閲覧させ,又は読み聞かせて,誤がないかどうかを問い,被疑者が増減変更の申立をしたときは,その供述を調書に記載しなければならない」と定めています。あなたは,取調官に対し,供述調書の記載内容を訂正することを求める権利があるのです。納得がゆく訂正がなされるまで,署名押印をする必要はありません。
   ただし,長い調書が作成された場合,その一部分だけをとりあげて,訂正を申し立てるのは,むずかしいものです。しかも,訂正が一部だけだと,訂正しなかった部分は,あなたが納得した部分だと思われてしまいます。訂正をするときは,よく考えて,すこしでも疑問がのこれば,供述調書の署名押印を拒否して,弁護人と相談することをおすすめします。
⑤ 調書は読んで確認する~あなた自身の目でじっくりと調書の内容を読んでください~
   刑訴法の規定では,取調官があなたに読み聞かせる方法でもかまわないことになっています。しかし,取調官が早口で読み聞かせたり,あなたが疲れていたりすると,うっかり聞き逃したり,勘違いしてしまうおそれがあります。調書への署名押印を考えている場合には,取調官に「わたし自身で読みたいので,読ませてください」と言って,必ずあなた自身の目でじっくりと調書の内容を読むようにしてください。あなたには署名押印拒否権が認められるのですから,もし取調官がこれに応じないのであれば,調書への署名押印を拒否してもかまわないのです。
⑥ けっして妥協しない~おかしいと思ったら調書にはサインしないでください~
   もし,あなたが否認したり,黙秘をしたり,調書の内容の訂正を求めたり,署名押印を拒否したりすれば,取調官が,認めないと不利になるとか,調書を作らなければ不利になるとかという話をしてくるかもしれません。怒鳴られたり,ときには暴行をふるわれた,あるいは,家族や関係者に不利になると言われたという元被疑者の人もいます。一部はあなたの言い分をそのまま書く代わりに,別のところで,取調官の言い分を認めるという取引を持ち出してくるかもしれません。
   しかし,調書の内容がおかしいと感じたら,けっして妥協したりせず,間違った調書にサインをしないでほしいのです。調書を作らないからと言って,すぐに不利になることはありません。弁護人と相談してからでも,おそくはありません。悩んだら,「弁護人を呼んでください。署名するかどうかは,相談してから決めます」と言ってください。取調官に遠慮する必要は,まったくありません。
⑦ 録画のときにこそ主張する~あなたの言い分を録画してもらいましょう~
   2008年(平成20年)4月から,重大な事件(裁判員対象事件)のうち「自白調書」を証拠請求する事件については,検察官の取調べの一部を録画(以下「一部録画」といいます)することになりました。また,警察官の取調べについても,2009年(平成21年)4月から一部録画を全国で試験的に導入することになっています。
   現在行われている一部録画は,「自白調書」が完成した後で自白内容等を確認する場面や,「自白調書」の文面作成後に読み聞かせ等をする場面にかぎって録画するというものです(警察庁が試験的に導入している一部録画も同様のものと考えられます。)。
   したがって,一部録画は少なくとも一定の取調べがなされた上で行われますから,それまでの取調べで,取調官に脅されて署名させられたとか,自分の言い分とちがう調書を作られたとか,訂正に応じてくれなかった,といった取調官の違法・不当な行為があった場合には,必ずそのことを主張して,録画してもらうようにしましょう。
   あなたの主張を,映像として残しておくことは,非常に大切なことです。


第2 警察の取調べに対する苦情の申し入れ方法等
1 平成21年4月1日施行の,被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則(平成20年4月3日国家公安委員会規則第4号)3条1項2号に基づき,被疑者取調べに際し,当該被疑者取調べに携わる警察官が被疑者に対して行う以下の行為は監督対象行為として規制されています。

① やむを得ない場合を除き,身体に接触すること。
② 直接又は間接に有形力を行使すること(①に掲げるものを除く。)。
③ 殊更に不安を覚えさせ,又は困惑させるような言動をすること。
④ 一定の姿勢又は動作をとるよう不当に要求すること。
⑤ 便宜を供与し,又は供与することを申し出,若しくは約束すること。
⑥ 人の尊厳を著しく害するような言動をすること。
2 取調べ監督官は,警察本部長又は警察署長の指揮を受け,以下の職務を行います(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則4条2項)。
① 被疑者取調べの状況の確認を行うこと。
② 被疑者取調べの中止の要求その他の必要な措置をとること。
③ 巡察官が行う巡察に協力すること。
④ 取調べ調査官が行う調査に協力すること。
⑤ その他法令の規定によりその権限に属させられ,又は警察本部長若しくは警察署長から特に命ぜられた事項
3 取調べ監督官の職務を行う者及びその職務を補助する者は,その担当する被疑者取調べに係る被疑者に係る犯罪の捜査に従事してはなりません(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則4条3項)。
4(1) 取調べ監督官は,取調べ室の外部からの視認,事件指揮簿(犯罪捜査規範19条2項)及び取調べ状況報告書(犯罪捜査規範182条の2第1項)の閲覧その他の方法により被疑者取調べの状況の確認を行います(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則6条1項)。
(2) 警察官が,被疑者又は被告人を取調べ室等において取り調べたときは,当該取調べを行った日ごとに,速やかに取調べ状況報告書を作成しなければなりません(犯罪捜査規範182条の2第1項)。
5 警察職員は,被疑者取調べについて苦情の申出を受けたときは,速やかに,当該被疑者取調べを担当する取調べ監督官にその旨及びその内容を通知しなければなりません(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則7条)。
6 警察本部長は,必要があると認めるときは,取調べ監督業務担当課の警察官のうちから巡察官を指名し,取調べ室を巡察させます(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則8条1項前段)。
7 警察本部の犯罪捜査を担当する課の長又は警察署長(=警察署長等)は,その指揮に係る被疑者取調べに関し,取調べ状況報告書の写しの送付その他の方法により,当該被疑者取調べの状況について,取調べ監督業務担当課の長を経由して,警察本部長に報告しなければなりません(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則9条1項)。
8 警察本部長は,①被疑者取調べについての苦情,②警察署長等の報告その他の事情から合理的に判断して被疑者取調べにおいて監督対象行為が行われたと疑うに足りる相当な理由のあるときは,取調べ監督業務担当課の警察官のうちから調査を担当する者(=取調べ調査官)を指名して,当該被疑者取調べにおける監督対象行為の有無の調査を行う必要があります(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則10条1項)。
9 警視総監及び道府県警察本部長は都道府県公安委員会に対し,方面本部長は方面公安委員会に対し,毎年度少なくとも一回,被疑者取調べの監督の実施状況を報告しなければなりません(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則11条)。
10 警察庁長官は,国家公安委員会に対し,毎年度少なくとも一回,この規則の施行状況を報告しなければなりません(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則13条)。


第3 被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の運用状況
1 警察庁HPの報道発表資料には,「被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の施行状況」の直近2年分しか掲載されていないところ,直近のものは以下のとおりです。
・ 令和4年における被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の施行状況について(令和5年3月23日付)
・ 令和3年における被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の施行状況について(令和4年2月10日付)
2 インターネットアーカイブに掲載されている警察庁作成資料のバックナンバーは以下のとおりです。
・   平成28年における被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の施行状況について(平成29年2月16日付)
・   平成27年における被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の施行状況について(平成28年3月3日付)
・   平成26年における被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の施行状況について(平成27年2月19日付)
・   平成25年における被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の施行状況について(平成26年2月6日付)
・   平成24年度における被疑者取調べ監督に関する実地点検及び指導の実施状況について(平成25年4月18日付)


第4 検察の取調べに対する苦情の申し入れ方法等
1 平成20年9月1日施行の,取調べに関する不満等の把握とこれに対する対応について(平成20年5月1日付の次長検事依命通達)(=不満対応通達)は概要,以下のとおり定めています。
① 被疑者の弁護人等から,検察官等による被疑者の取調べに関して申入れがなされたときは,その申入れを受けた検察官等は,速やかに,取調べ関係申入れ等対応票を作成して申入れの内容等を記録した上,当該事件の決裁官に対し,これを提出して申入れの内容等を報告するものとする。
② 決裁官は,弁護人等の申入れを把握した場合,速やかに,所要の調査を行い,必要な措置を講ずるものとする。

③ 調査結果及び講じた措置については,捜査・公判遂行に与える影響等を考慮しつつ,申入れ等を行った弁護人等に対し,適時に,可能な範囲において説明を行うものとする。
④ 調査を行い,必要な措置を講じた当該事件の決裁官は,取調べ関係申入れ等対応票に,その調査結果,講じた措置等を記録するとともに,その上位の決裁官にこれを報告するものとする。
⑤ 検察官等が,司法警察職員による被疑者の取調べに関して,弁護人等から申入れを受けたときは,速やかに,当該事件の主任検察官にその旨を連絡し,当該連絡を受けた主任検察官において,検察官等による被疑者の取調べに関する申入れ等がなされた場合に準じて,取調べ関係申入れ等対応票を作成して申入れ又は不満等の内容等を記録し,当該事件の決裁官にこれを報告するとともに,当該事件の捜査主任官である司法警察職員に申入れ又は不満等の内容等を連絡し,必要な措置を講ずるものとする。
⑥ 決裁官とは,地方検察庁のうち,部制庁においては,当該事件の捜査又は公判を所管する部(当該申入れ等に係る取調べを担当した検察官等の所属する部)の部長(副部長が置かれている場合には,担当副部長)とし,非部制庁においては,次席検事とする。
区検察庁においては,上席検察官又は検事正が指定した者とする。
⑦ 取調べ当時に当該被疑者の身柄が拘束されているかどうかにかかわらず,以上の措置を実施する。
2 平成16年4月1日施行の,取調べ状況の記録等に関する訓令(平成15年11月5日法務省刑刑訓第117号)1条に基づき,検察官又は検察事務官(=検察官等)は,逮捕又は勾留されている者を取調べ室等において被疑者又は被告人(=被疑者等)として取り調べた場合,当該取調べを行った日ごとに,取調べ状況等報告書を作成しなければなりません。
    そして,検察官等は,取調べ状況等報告書を作成したときは,被疑者等にその記載内容を確認させ,これに署名指印することを求めるものとされています(取調べ状況の記録等に関する訓令2条)。


第5 検察官面前調書
1 検面調書の許容要件としては以下のものがあります。
① その供述者が死亡,精神若しくは身体の故障,所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないこと(供述不能)(刑訴法321条1項2号前段)
② 公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なった供述をしたこと(相反供述・実質的不一致供述)
    ただし,公判準備若しくは公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存すること(相対的特信情況)(刑訴法321条1項2号後段)が必要です。
2 刑訴法321条1項2号前段書面に特信情況を必要とすると,かかる特信情況は後段のような相対的特信情況ではなく,絶対的特信情況になります。
    なぜなら,後段の場合,公判廷供述があるからそれとの比較で特信情況の有無を判断できるのに対し,前段の場合,比較の対象となる公判廷供述がそもそも存在しないからです。
3 自己矛盾供述を理由として証拠能力が認められるのは裁面調書及び検面調書だけであり,員面調書を始めとする3号書面では証拠能力は認められません。
    なお,検面調書の場合,一方当事者である検察官が作成した調書であるにもかかわらず,相対的特信状況が認められる限り,第三者の供述を録取した書面は常に証拠能力が認められることとなります。
4 刑訴法321条1項2号前段は憲法37条2項に違反しません(最高裁大法廷昭和27年4月9日判決)。
5 令和4年4月現在,Wikipediaの「検察官面前調書」には以下の記載があります。
    司法警察員面前調書の場合と同様、被疑者の一人称(「私」)で記される、被疑者の供述内容を検察官が整理して記述する(担当の検察事務官に対する口授によりパソコンを使ってドラフトさせるのが通例である)ことから、しばしば「検察官の作文である」などと揶揄されることがある。記述が終わり次第、検面調書用の紙(端に赤い印が付されているのが特徴である)に印刷してそれを被疑者に提示し、読み聞かせを行って被疑者が納得すれば本人に最低限の署名または押印をさせ(現在の実務では、通常は最後の箇所に住所を書かせて署名と指印をさせ、さらに全てのページに指印させる)、完成する。


第6 黙秘権に関するメモ書き(捜査機関の取調べ一般の話です。)
1 条文及び判例

(1) 憲法38条1項は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」と定め,刑事訴訟法198条2項は「取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。」と定めています。
(2) 憲法38条1項は,何人も自己が刑事上の責任を問われるおそれある事項について供述を強要されないことを保障したものです(最高裁大法廷昭和32年2月20日判決)。
ウ 供述拒否権を告知しないで取り調べたとしても憲法38条1項には違反しません(最高裁昭和28年4月14日判決)。


2 現行刑訴法施行当時の関係者の述懐
・ 「供述拒否権」(投稿者は本田正義福岡高検検事長)には以下の記載があります(ジュリスト551号(1974年1月1日付)94頁)。
    現行刑訴法が施行になった当初、検察官が頭をかかえこんだ問題のひとつは、被疑者に供述拒否権が認められ、取調に当たってこれを告知しなければならないと改められたことであった。というのは、従来の裁判では被疑者に対する取調によってその自供を求めるか、否認の場合にはその弁解をくわしく聞き出して、これらの供述が果たして真実かどうかを他の供述証拠と対比して決めるというやり方をとってきたからである。従って、もしも供述拒否権を告知したため、被疑者から「供述を拒否する」といわれて、弁解のひとことも聞き出すことができないとしたら、検察官は真相を究明することができず、全くお手あげになると危惧されたからである。
(中略)
    ところが施行以来二五年をむかえたわけだが、供述拒否権を行使して沈黙を守る被疑者は、特別の事件は別として、一般の事件では危惧されたほど多くないことがわかったのである。情況証拠だけで有罪無罪をきめなければならないケースも旧法当時より多くなったというものの、予想された数より遥かに少ないことがわかった。最も心配された贈収賄などの検挙摘発は、旧法当時のはなやかさはなかったとしても、どうにか曲がりなりにも行われてきて、検挙困難と推測したのはき憂であることがわかった。これは警察の捜査技術が長じたためでも、検察官の尋問技術が進歩したためでもない。日本人は供述拒否権の下においても供述してくれる国民だったためである。このため裁判は昔通り供述中心の審理が行われ、供述の証拠価値に関する攻防が裁判のやまとなっていることは、今日でも旧法当時と本質的に変わりがないといえるのである。


3 「黙秘権行使の戦略」の記載
(1) 「黙秘権行使の戦略」の記載には以下の記載があります(季刊刑事弁護79号(2014年7月20日付))。
(21頁)
    最強の防御は黙秘である。けれども、黙秘権行使には大きな障害がある。前記のとおり、実務は逮捕・勾留中の被疑者の取調べ受忍義務を前提としている。最初に述べた取調べの実態はその義務を前提として存在する。しかも、わが国の警察官、検察官は黙秘権を行使する被疑者に対して、黙秘権を放棄し供述するよう説得し続けることが黙秘権侵害には当たらないと考えている。取調べにあたって「あなたには黙秘権がある」と告げたその舌の根も乾かないうちから「黙秘なんかするな」と「説得」して当然であるかのように考えている。警察官、検察官だけではない。同じように考えている裁判官も少なくない。
    そのうえ、人は黙っているのが苦痛である。無実の人は無実であるというだけでなく、なぜ無実かを説明したい。犯罪の成立そのものでなくとも、事実を争うときは争う理由を説明したい。事前に争いがなくても言い訳をしたい。とにかく、人を前にして沈黙することには苦痛を伴う。ほとんどの人はしゃべりたいのである。
    説得され続けると、もともとしゃべりたいのであるから、黙秘することはますます困難となる。それでも黙秘することは強靭な精神力をもつ限られた被疑者にしかできなかった。
(22頁)
    取調べの可視化は、黙秘権行使の障害を確実に弱くするだろう。強靭な精神力を持つ限られた被疑者しかできなかった黙秘を普通の被疑者でもできるものにする。
    「黙秘する」と述べる被疑者に対して取調官が1時間以上も「供述せよ」「供述せよ」と「説得」している場面の映像を見れば、それでも権利の侵害ではない、と考える人がそれほど多いとは思えない。取調官もそれに気づいているはずである。「説得」は抑制的なものになる。
    したがって、取調べが可視化されているときの黙秘権行使は、カメラの前で、「黙秘します」と述べ、それ以降は沈黙することでよい。可視化されていないときのように、取調官が脅したり、弁護人に対する悪口を言うことはないだろう。「説得」の時間も短時間で終わると考えられる。
    可視化以前には黙秘権を行使するだけで大変な力業であったのが、黙秘権を戦略的に行使することが可能になる。
(23頁)
    民事事件で依頼者に対して、相手方代理人のところにいって事情聴取を受け、陳述書を作成してもらえ、ただし、サインするときには陳述書の内容が正確であることをよく確認するように、と助言する弁護士はおそらく一人もいないだろう。
 取調官のところに行くのは仕方がないとしても、そこで取調べを受け調書作成に応じよ、というのはそれと基本的には同じである。黙秘権の行使をそのような基本に立ち帰って考えてみる必要がある。
(2) 季刊刑事弁護79号(2014年7月20日付)41頁ないし73頁の「座談会 黙秘をどのように活用するか 具体的設例から考える」には,否認事件及び自白事件における個別のケースごとに,黙秘権を行使すべきかどうかに関する議論が載っています。


4 その他
(1) 共犯者がいる事件において黙秘権を行使して一切供述調書を作成しなかった場合,責任転嫁等を狙う共犯者の供述だけで捜査機関のストーリーが作成されるという怖さはあると思います。
(2) 被害者がいる事件において黙秘権を行使して一切供述調書を作成しなかった場合,自分には全く落ち度がないなどという被害者の供述だけで捜査機関のストーリーが作成されるという怖さはあると思います。


第7 取調べに関する犯罪捜査規範の条文(犯罪捜査規範166条ないし182条の5)
166条(取調べの心構え)
    取調べに当たつては、予断を排し、被疑者その他関係者の供述、弁解等の内容のみにとらわれることなく、あくまで真実の発見を目標として行わなければならない。
167条(取調べにおける留意事項)
① 取調べを行うに当たつては、被疑者の動静に注意を払い、被疑者の逃亡及び自殺その他の事故を防止するように注意しなければならない。
② 取調べを行うに当たつては、事前に相手方の年令、性別、境遇、性格等を把握するように努めなければならない。
③ 取調べに当たつては、冷静を保ち、感情にはしることなく、被疑者の利益となるべき事情をも明らかにするように努めなければならない。
④ 取調べに当たつては、言動に注意し、相手方の年令、性別、境遇、性格等に応じ、その者にふさわしい取扱いをする等その心情を理解して行わなければならない。
⑤ 警察官は、常に相手方の特性に応じた取調べ方法の習得に努め、取調べに当たつては、その者の特性に応じた方法を用いるようにしなければならない。
168条(任意性の確保)
① 取調べを行うに当たつては、強制、拷問、脅迫その他供述の任意性について疑念をいだかれるような方法を用いてはならない。
② 取調べを行うに当たつては、自己が期待し、又は希望する供述を相手方に示唆する等の方法により、みだりに供述を誘導し、供述の代償として利益を供与すべきことを約束し、その他供述の真実性を失わせるおそれのある方法を用いてはならない。
③ 取調べは、やむを得ない理由がある場合のほか、深夜に又は長時間にわたり行うことを避けなければならない。この場合において、午後十時から午前五時までの間に、又は一日につき八時間を超えて、被疑者の取調べを行うときは、警察本部長又は警察署長の承認を受けなければならない。
168条の2(精神又は身体に障害のある者の取調べにおける留意事項)
    精神又は身体に障害のある者の取調べを行うに当たつては、その者の特性を十分に理解し、取調べを行う時間や場所等について配慮するとともに、供述の任意性に疑念が生じることのないように、その障害の程度等を踏まえ、適切な方法を用いなければならない。
169条(自己の意思に反して供述をする必要がない旨の告知)
① 被疑者の取調べを行うに当たつては、あらかじめ、自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げなければならない。
② 前項の告知は、取調べが相当期間中断した後再びこれを開始する場合又は取調べ警察官が交代した場合には、改めて行わなければならない。


170条(共犯者の取調べ)
① 共犯者の取調べは、なるべく各別に行つて、通謀を防ぎ、かつ、みだりに供述の符合を図ることのないように注意しなければならない。
② 取調べを行うに当たり、対質尋問を行う場合には、特に慎重を期し、一方が他方の威圧を受ける等のことがないようその時期及び方法を誤らないように注意しなければならない。
171条(証拠物の呈示)
    捜査上特に必要がある場合において、証拠物を被疑者に示すときは、その時期及び方法に適切を期するとともに、その際における被疑者の供述を調書に記載しておかなければならない。
172条(臨床の取調べ)
    相手方の現在する場所で臨床の取調べを行うに当たつては、相手方の健康状態に十分の考慮を払うことはもちろん、捜査に重大な支障のない限り、家族、医師その他適当な者を立ち会わせるようにしなければならない。
173条(裏付け捜査及び供述の吟味の必要)
① 取調べにより被疑者の供述があつたときは、その供述が被疑者に不利な供述であると有利な供述であるとを問わず、直ちにその供述の真実性を明らかにするための捜査を行い、物的証拠、情況証拠その他必要な証拠資料を収集するようにしなければならない。
② 被疑者の供述については、事前に収集した証拠及び前項の規定により収集した証拠を踏まえ、客観的事実と符合するかどうか、合理的であるかどうか等について十分に検討し、その真実性について判断しなければならない。
174条(伝聞供述の排除)
① 事実を明らかにするため被疑者以外の関係者を取り調べる必要があるときは、なるべく、その事実を直接に経験した者から供述を求めるようにしなければならない。
② 重要な事項に係るもので伝聞にわたる供述があつたときは、その事実を直接に経験した者について、更に取調べを行うように努めなければならない。
175条(供述者の死亡等に備える処置)
    被疑者以外の者を取り調べる場合においては、その者が死亡、精神又は身体の故障その他の理由により公判準備又は公判期日において供述することができないおそれがあり、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるときは、捜査に支障のない限り被疑者、弁護人その他適当な者を取調べに立ち会わせ、又は検察官による取調べが行われるように連絡する等の配意をしなければならない。
176条(証人尋問請求についての連絡)
    刑訴法第二百二十六条又は同法第二百二十七条の規定による証人尋問の必要があると認められるときは、証人尋問請求方連絡書に、同法第二百二十六条又は同法第二百二十七条に規定する理由があることを疎明すべき資料を添えて、検察官に連絡しなければならない。この場合において、証明すべき事実及び尋問すべき事項は、特に具体的かつ明瞭に記載するものとする。


177条(供述調書)
① 取調べを行つたときは、特に必要がないと認められる場合を除き、被疑者供述調書又は参考人供述調書を作成しなければならない。
② 被疑者その他の関係者が、手記、上申書、始末書等の書面を提出した場合においても、必要があると認めるときは、被疑者供述調書又は参考人供述調書を作成しなければならない。
178条(供述調書の記載事項)
① 被疑者供述調書には、おおむね次の事項を明らかにしておかなければならない。
一 本籍、住居、職業、氏名、生年月日、年齢及び出生地(被疑者が法人であるときは名称又は商号、主たる事務所又は本店の所在地並びに代表者の氏名及び住居、被疑者が法人でない団体であるときは名称、主たる事務所の所在地並びに代表者、管理人又は主幹者の氏名及び住居)
二 旧氏名、変名、偽名、通称及びあだ名
三 位記、勲章、褒賞、記章、恩給又は年金の有無(もしあるときは、その種類及び等級)
四 前科の有無(もしあるときは、その罪名、刑名、刑期、罰金又は科料の金額、刑の執行猶予の言渡し及び保護観察に付されたことの有無、犯罪事実の概要並びに裁判をした裁判所の名称及びその年月日)
五 刑の執行停止、仮釈放、仮出所、恩赦による刑の減免又は刑の消滅の有無
六 起訴猶予又は微罪処分の有無(もしあるときは、犯罪事実の概要、処分をした庁名及び処分年月日)
七 保護処分を受けたことの有無(もしあるときは、その処分の内容、処分をした庁名及び処分年月日)
八 現に他の警察署その他の捜査機関において捜査中の事件の有無(もしあるときは、その罪名、犯罪事実の概要及び当該捜査機関の名称)
九 現に裁判所に係属中の事件の有無(もしあるときは、その罪名、犯罪事実の概要、起訴の年月日及び当該裁判所の名称)
十 学歴、経歴、資産、家族、生活状態及び交友関係
十一 被害者との親族又は同居関係の有無(もし親族関係のあるときは、その続柄)
十二 犯罪の年月日時、場所、方法、動機又は原因並びに犯行の状況、被害の状況及び犯罪後の行動
十三 盗品等に関する罪の被疑者については、本犯と親族又は同居の関係の有無(もし親族関係があるときは、その続柄)
十四 犯行後、国外にいた場合には、その始期及び終期
十五 未成年者、成年被後見人又は被保佐人であるときは、その法定代理人又は保佐人の氏名及び住居(法定代理人又は保佐人が法人であるときは名称又は商号、主たる事務所又は本店の所在地並びに代表者の氏名及び住居)
② 参考人供述調書については、捜査上必要な事項を明らかにするとともに、被疑者との関係をも記載しておかなければならない。
③ 刑訴法第六十条の勾留の原因たるべき事項又は同法第八十九条に規定する保釈に関し除外理由たるべき事項があるときは、被疑者供述調書又は参考人供述調書に、その状況を明らかにしておかなければならない。

179条(供述調書作成についての注意)
① 供述調書を作成するに当たつては、次に掲げる事項に注意しなければならない。
一 形式に流れることなく、推測又は誇張を排除し、不必要な重複又は冗長な記載は避け、分かりやすい表現を用いること。
二 犯意、着手の方法、実行行為の態様、未遂既遂の別、共謀の事実等犯罪構成に関する事項については、特に明確に記載するとともに、事件の性質に応じて必要と認められる場合には、主題ごと又は場面ごとの供述調書を作成するなどの工夫を行うこと。
三 必要があるときは、問答の形式をとり、又は供述者の供述する際の態度を記入し、供述の内容のみならず供述したときの状況をも明らかにすること。
四 供述者が略語、方言、隠語等を用いた場合において、供述の真実性を確保するために必要があるときは、これをそのまま記載し、適当な注を付しておく等の方法を講ずること。
② 供述を録取したときは、これを供述者に閲覧させ、又は供述者が明らかにこれを聞き取り得るように読み聞かせるとともに、供述者に対して増減変更を申し立てる機会を十分に与えなければならない。
③ 被疑者の供述について前項の規定による措置を講ずる場合において、被疑者が調書(司法警察職員捜査書類基本書式例による調書に限る。以下この項において同じ。)の毎葉の記載内容を確認したときは、それを証するため調書毎葉の欄外に署名又は押印を求めるものとする。
180条(補助者及び立会人の署名押印)
① 供述調書の作成に当たつては、警察官その他適当な者に記録その他の補助をさせることができる。この場合においては、その供述調書に補助をした者の署名押印を求めなければならない。
② 取調べを行うに当たつて弁護人その他適当と認められる者を立ち会わせたときは、その供述調書に立会人の署名押印を求めなければならない。
181条(署名押印不能の場合の処置)
① 供述者が、供述調書に署名することができないときは警察官が代筆し、押印することができないときは指印させなければならない。
② 前項の規定により、警察官が代筆したときは、その警察官が代筆した理由を記載して署名押印しなければならない。
③ 供述者が供述調書に署名又は押印を拒否したときは、警察官がその旨を記載して署名押印しておかなければならない。
182条(通訳及び翻訳の場合の処置)
① 捜査上の必要により、学識経験者その他の通訳人を介して取調べを行つたときは、供述調書に、その旨及び通訳人を介して当該供述調書を読み聞かせた旨を記載するとともに、通訳人の署名押印を求めなければならない。
② 捜査上の必要により、学識経験者その他の翻訳人に被疑者その他の関係者が提出した書面その他の捜査資料たる書面を翻訳させたときは、その翻訳文を記載した書面に翻訳人の署名押印を求めなければならない。
182条の2(取調べ状況報告書等)
① 被疑者又は被告人を取調べ室又はこれに準ずる場所において取り調べたとき(当該取調べに係る事件が、第百九十八条の規定により送致しない事件と認められる場合を除く。)は、当該取調べを行つた日(当該日の翌日の午前零時以降まで継続して取調べを行つたときは、当該翌日の午前零時から当該取調べが終了するまでの時間を含む。次項において同じ。)ごとに、速やかに取調べ状況報告書(別記様式第十六号)を作成しなければならない。
② 前項の場合において、逮捕又は勾留(少年法(昭和二十三年法律第百六十八号)第四十三条第一項の規定による請求に基づく同法第十七条第一項の措置を含む。)により身柄を拘束されている被疑者又は被告人について、当該逮捕又は勾留の理由となつている犯罪事実以外の犯罪に係る被疑者供述調書を作成したときは、取調べ状況報告書に加え、当該取調べを行つた日ごとに、速やかに余罪関係報告書(別記様式第十七号)を作成しなければならない。
③ 取調べ状況報告書及び余罪関係報告書を作成した場合において、被疑者又は被告人がその記載内容を確認したときは、それを証するため当該取調べ状況報告書及び余罪関係報告書の確認欄に署名押印を求めるものとする。
④ 第百八十一条の規定は、前項の署名押印について準用する。この場合において、同条第三項中「その旨」とあるのは、「その旨及びその理由」と読み替えるものとする。
182条の3(取調べ等の録音・録画)
① 次の各号のいずれかに掲げる事件について、逮捕若しくは勾留されている被疑者の取調べを行うとき又は被疑者に対し弁解の機会を与えるときは、刑訴法第三百一条の二第四項各号のいずれかに該当する場合を除き、取調べ等の録音・録画(取調べ又は弁解の機会における被疑者の供述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により記録媒体に記録することをいう。次項及び次条において同じ。)をしなければならない。
一 死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪に係る事件
二 短期一年以上の有期の懲役又は禁錮に当たる罪であつて故意の犯罪行為により被害者を死亡させたものに係る事件
② 逮捕又は勾留されている被疑者が精神に障害を有する場合であつて、その被疑者の取調べを行うとき又は被疑者に対し弁解の機会を与えるときは、必要に応じ、取調べ等の録音・録画をするよう努めなければならない。


182条の4(録音・録画状況報告書)
取調べ等の録音・録画をしたときは、速やかに録音・録画状況報告書(別記様式第十八号)を作成しなければならない。
182条の5(取調べ室の構造及び設備の基準)
取調べ室は、次に掲げる基準に適合するものとしなければならない。
一 扉を片側内開きとするなど被疑者の逃走及び自殺その他の事故の防止に適当な構造及び設備を有すること。
二 外部から取調べ室内が容易に望見されないような構造及び設備を有すること。
三 透視鏡を備え付けるなど取調べ状況の把握のための構造及び設備を有すること。
四 適当な換気、照明及び防音のための設備を設けるなど適切な環境で被疑者が取調べを受けることができる構造及び設備を有すること。
五 取調べ警察官、被疑者その他関係者の数及び必要な設備に応じた適当な広さであること。


第8 独占禁止法違反被疑事件の行政調査における供述聴取の留意事項
・ 独占禁止法審査手続に関する指針(平成27年12月25日付の公正取引委員会決定)には「(3) 供述聴取における留意事項」として以下の記載があります。
ア 供述聴取を行うに当たって,審査官等は,威迫,強要その他供述の任意性を疑われるような方法を用いてはならない。また,審査官等は,自己が期待し,又は希望する供述を聴取対象者に示唆する等の方法により,みだりに供述を誘導し,供述の代償として利益を供与すべきことを約束し,その他供述の真実性を失わせるおそれのある方法を用いてはならない。
イ 供述聴取時の弁護士を含む第三者の立会い(審査官等が供述聴取の適正円滑な実施の観点から依頼した通訳人,弁護士等を除く。),供述聴取過程の録音・録画,調書作成時における聴取対象者への調書の写しの交付及び供述聴取時における聴取対象者によるメモ(審査官等が供述聴取の適正円滑な実施の観点から認めた聴取対象者による書き取りは含まない。)の録取については,事案の実態解明の妨げになることが懸念されることなどから,これらを認めない。


第9 冤罪事件における検事の取調べの実例
1 しんゆう法律事務所HP「プレサンス事件の無罪確定!なぜ、大阪地検特捜部は、可視化している中で自白強要をしたのか?ープレサンス事件の謎」には,52期の田淵大輔検事が行った取調べとして以下の記載があります(改行及び字下げを追加しています。)。
    法廷では再生されなかったそれまで4日半の約18時間(約1000分)もの取調べの間、Kは、山岸さんの関与を否定し続けていた。
山岸さんの関与を否認するKに対し、田渕検事は、「馬鹿な話あるわけない」「ふざけた話をいつまで通せると思ってる」などと罵詈雑言を浴びせかけ、大声で怒鳴りつけるといった取調べを延々と続けていたのである。
    特に12月8日には、「ふざけんな」「命かけてるんだ、こっちは」「検察なめんなよ」などの罵声が続いている。無罪判決が認定した翌12月9日の取調べは、そのような自白強要にも屈しなかったKの態度に業を煮やした田渕検事がした究極の脅しだったのである。
Kからすれば「詐欺」「大罪人」呼ばわりされ、山岸さんが共犯でないと「10億、20億の損害賠償を負う」と責められたことになる。
    しかも、その発言の主は、特捜部の現役検察官である。Kが田渕検事に屈し、山岸さんの関与を認める虚偽供述をするのは、あまりに自然な流れである。
    それにしても、田渕検事の取調べは、権力を笠に着た脅迫以外の何ものでもない。繰り返すが、この取調べは可視化されている中で行われたのである。
2 しんゆう法律事務所HP「【プレサンス元社長冤罪事件】山岸忍氏の意見陳述内容(6月13日)」には以下の記載があります(改行を追加しています。)。
    約半年前、私はこの隣の法廷で、無罪判決を宣告されました。私にとってはあまりにも当然の判決でした。巨額の横領を共謀したとして起訴されたものの、私には全く身に覚えがなかったからです。さらにその約2年前、私は逮捕勾留されていましたが、嘘の供述をして私を陥れている部下や取引先の社長を、恨んでいました。
    しかし、その後、弁護士から彼らの取り調べの反訳の差し入れを受け、それを読んで、驚きました。検事が彼らを脅して、嘘の供述をさせていたからです。
    突然逮捕され、拘置所に収容されて自由を奪われ、特捜部の検事に脅迫されたなら、誰しも、真実の供述を維持することは難しいです。これは経験した人でないと分かりません。私も、自分を取り調べた検事のことを、ずっと自分の味方だと思っていました。
 しかし、騙されていました。実際には、私の担当検事は、弁護人との信頼関係を崩そうとしたり利益誘導をしたりして巧妙に私に自白させようとしていたということが、今となっては、よく分かります。


第10 被疑者に対する不起訴処分の告知
1 検察官は,刑事事件を起訴しなかった場合において,被疑者の請求があるときは,速やかにその旨を告げる必要があります(刑訴法259条)。
   しかし,被疑者が検察庁に問い合わせをしない場合,検察官は,被疑者に対し,不起訴処分とした旨を伝える必要はありません。
2 検察官が被疑者に対して書面で不起訴処分の告知をする場合,不起訴処分告知書によります(事件事務規程73条1項)。

第11 関連記事その他
1 犯罪捜査規範166条ないし182条の3は取調べに関する条文です。
2(1) 元検事が執筆した取調べに関する書籍としては,例えば以下のものがあります。
・ 自動車事故の供述調書作成の実務(2016年11月15日付)
・ 取調べハンドブック(2019年2月4日付)
(2) 自由と正義2024年5月号に「特集 取調べへの弁護人立会い 」が載っています。
3 弁護士ドットコムニュースに「テレビ東京「警察密着24時」不祥事で終了へ…警察と局の間の”不都合な真実”、テレビマンが激白」(2024年6月3日付)が載っています。
4(1) 改正刑訴法が施行された令和元年5月31日まで適用されていた通達等を以下のとおり掲載しています。
① 取調べの録音・録画の実施等について(平成29年3月22日付の最高検察庁次長検事の依命通達)
② 取調べの録音・録画要領について(平成29年3月22日付の最高検察庁刑事部長及び公判部長の事務連絡)
③ 取調べの録音・録画の実施等に関する報告及び記載要領について(平成29年3月22日付の最高検察庁刑事部長及び公判部長の事務連絡)
(2) 改正刑訴法が施行された令和元年6月1日から適用されている通達等を以下のとおり掲載しています。
① 取調べの録音・録画の実施等について(平成31年4月19日付の次長検事の依命通知)
② 取調べの録音・録画要領について(平成31年4月19日付の最高検察庁刑事部長及び公判部長の事務連絡)
③ 取調べの録音・録画の実施等に関する報告及び記載要領について(平成31年4月19日付の最高検察庁刑事部長及び公判部長の事務連絡)
(3) その他以下の資料を掲載しています。
・ 検察独自捜査における取調べの適正確保について(令和6年12月9日付の最高検察庁刑事部長の文書)
・ 被疑者の取調べにおける弁護人立会い要求等に対する対応要領(令和4年8月の兵庫県警察本部刑事部刑事企画課の文書)
・ 監察調査の結果について(令和5年12月25日付の最高検察庁監察指導部の文書)
→ 令和元年の参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件に関するものです。
・ 取調状況DVD等に関する調査について(令和元年5月24日付の最高裁判所刑事局第三課長の事務連絡)
・ 証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度の運用等について(平成30年3月19日付の次長検事の依命通達)
(4) 以下の記事も参照してください。
・ 司法修習生による取調べ修習の合法性
・ 被疑者の逮捕
・ 被疑者及び被告人の勾留
・ 被告人の保釈


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