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相続税の申告書を遺留分の基礎財産表に使えない理由――相続時精算課税,農地等の納税猶予,小規模宅地等の特例及び債務控除の読み替え(AI作成)

第1 結論

相続事件で遺産の全体像をつかもうとするとき,相続税の申告書又は税理士が作成した財産の一覧表が最初に手に入ることが多い。
しかし,相続税の申告書は相続税の課税価格を計算するための書類であって,遺留分を算定するための財産の一覧表ではない。
両者は,載せる財産の範囲,価額の求め方及び控除する債務の範囲のいずれにおいても一致しない。

民法1043条1項は,遺留分を算定するための財産の価額を「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。」と定めている(令和元年7月1日前に開始した相続では,同じ内容の旧民法1029条1項による。)。
これに対し,相続税の課税価格には,被相続人が相続開始の時に所有していなかった財産が,複数のみなし規定によって入り込む。
課税価格に算入する価額も,小規模宅地等の特例その他の政策的な評価によって取引価格から離れることがある。

そのため,申告書の数字をそのまま計算シートへ書き写すと,次の4種類の誤りが同時に起こり得る。
①遺留分の基礎財産に入れてはならない財産を入れる。
②遺贈と生前贈与を取り違えて,減殺又は負担の順序を誤る。
③価額を過小又は過大に見積もる。
④控除できない葬式費用を控除する。

本記事では,申告書のどの欄がどの理由で使えないのかを条文に即して整理し,申告書を読み替えて遺留分の基礎財産表を作る手順を示す。

第2 相続税の申告書に載っている財産の範囲

1 課税価格の計算は民法上の遺産の範囲と一致しない

相続税の課税価格は,相続又は遺贈により取得した財産の価額を基礎としつつ,次のものを加減して計算する。
①相続税法3条1項によって相続又は遺贈により取得したものとみなされる財産(生命保険金,死亡退職手当金等)を加える。
②相続時精算課税に係る贈与財産の価額を加える(相続税法21条の15第1項,21条の16第1項)。
③相続開始前七年以内の贈与財産の価額を加える(相続税法19条1項)。
④租税特別措置法70条の5第1項により相続で取得したものとみなされる農地等を加える。
⑤相続税法12条1項の非課税財産を除く。
⑥相続税法13条1項の債務及び葬式費用を控除する。

このうち②③④は,相続開始の時には既に受贈者のものになっていた財産である。
⑤は課税上除かれるだけであって,民法上の扱いは別に考える必要がある。
⑥には,民法上は相続債務でないものが含まれている。

2 「取得者」欄は遺言又は遺産分割の結果を書いたものである

財産の明細に付された「取得者」欄は,その財産を誰が取得したかを申告する欄であって,遺言の条項をそのまま写したものではない。
遺言と異なる内容の遺産分割がされた場合や,未登記の建物について実際の使用者を書いた場合には,遺言の条項と食い違うことがある。

そのため,取得者欄を根拠に「この不動産は遺言で誰々が取得した」と主張すると,遺言原本と照合した相手方から不整合を指摘されることになる。
取得の原因は,遺言公正証書又は遺産分割協議書の原本で確認する。

第3 相続開始の時に被相続人が所有していなかった財産が混ざる

1 相続時精算課税に係る贈与財産

相続税法21条の15第1項は,特定贈与者から相続又は遺贈により財産を取得した相続時精算課税適用者について,「当該特定贈与者からの贈与により取得した財産」の価額から基礎控除後の残額を「相続税の課税価格に加算した価額をもつて,相続税の課税価格とする。」と定めている。
相続又は遺贈により財産を取得しなかった場合も,同法21条の16第1項により,その贈与財産を相続(相続人以外の者であれば遺贈)により取得したものとみなして課税される。

すなわち,相続時精算課税を選択した贈与財産は,贈与の時に既に受贈者へ移転しており,被相続人が相続開始の時に有した財産ではない。
加算される価額も,相続開始時の価額ではなく贈与の時の価額である。
遺留分では,贈与財産の価額は相続開始の時の価額に引き直す必要があるから(民法1044条2項が準用する904条,旧民法1044条が準用する904条),同じ財産について二つの数字が並ぶことになる。

税理士が作成した一覧表では,種類欄又は細目欄に「相精」等の略号が付されていることがある。
この略号が付いた行は,相続開始の時の所有財産ではない。

2 農地等の贈与税の納税猶予に係る農地等

租税特別措置法70条の4第1項は,農業を営む個人が推定相続人の一人に農地等を贈与した場合に,一定の要件の下で贈与税の納税を贈与者の死亡の日まで猶予する制度を定めている。
そして,同法70条の5第1項は,贈与者が死亡したときについて,「当該贈与者の死亡による相続又は遺贈に係る相続税については,当該農地等の受贈者が当該農地等…をその贈与者から相続…により取得したものとみなす。」と定め,課税価格に算入する価額は「その死亡の日における価額」によるとしている。

この農地等も,実際には贈与の時に受贈者へ移転しており,被相続人が相続開始の時に有した財産ではない。
一覧表では「納猶」等の略号が付いていることがある。

なお,農地等の納税猶予は,贈与税の納税猶予(同法70条の4)と相続税の納税猶予(同法70条の6)が別に置かれており,どちらの適用を受けたかで前提が変わる。
この点は,農地を生前贈与して納税猶予を受けた後に贈与者が死亡したとき―相続税のみなし相続と民法上の生前贈与で詳しく説明している。

3 相続開始前七年以内の贈与

相続税法19条1項は,相続又は遺贈により財産を取得した者が「当該相続の開始前七年以内」に被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合に,その価額を課税価格に加算すると定めている(相続開始前三年以内に取得した財産以外の財産については,価額の合計額から百万円を控除する。)。

これも贈与済みの財産であり,相続開始の時の所有財産ではない。
加算の期間も,民法の遺留分の規定(相続人以外への贈与は原則として相続開始前の一年間,相続人への贈与は原則として相続開始前の十年間。民法1044条1項・3項)とは一致しない。
旧法事案では,相続人への贈与について期間の制限が実質的に働かないことがあるから,重なり方はさらに異なる。

4 税法上のみなし規定は民法上の性質を変えない

租税特別措置法70条の5第1項は「相続により取得したものとみなす」と書いている。
しかし,これは相続税の課税関係についてのみなし規定であって,民法上の性質を贈与から遺贈へ変えるものではない。

この区別は,遺留分の実務で大きな意味を持つ。
旧法事案では,贈与は遺贈を減殺した後でなければ減殺できず(旧民法1033条),複数の贈与は後の贈与から順次前の贈与に対して減殺される(旧民法1035条)。
現行法でも,受遺者と受贈者があるときは受遺者が先に負担し,贈与が複数あるときは後の贈与の受贈者から先に負担する(民法1047条1項1号・3号)。

したがって,税法上のみなし規定を見て「これは相続で取得した財産だから遺贈と同じ順序で扱う」と整理すると,負担する当事者と金額の双方を誤る。
減殺及び負担の順序については,旧法の遺留分減殺請求の順序―遺贈・死因贈与・生前贈与と通知の先後で説明している。

第4 課税価格の評価額は民法上の時価ではない

1 小規模宅地等の特例

租税特別措置法69条の4第1項は,被相続人等の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等のうち一定のものについて,「相続税法第十一条の二に規定する相続税の課税価格に算入すべき価額は,当該小規模宅地等の価額に…各号に定める割合を乗じて計算した金額とする。」と定めている。

この特例の適用を受けた宅地の金額欄は,減額後の金額である。
同じ宅地について,遺留分の基礎財産では減額前の時価を用いる。
特例の要件については,小規模宅地等の特例-貸付事業用宅地等の三年要件と例外で説明している。

2 農業投資価格

農地等の納税猶予の適用を受けた農地は,課税価格の計算上,農業投資価格という政策的な価格を用いる部分がある。
これは農業を継続することを前提とした価格であり,宅地への転用可能性を織り込んだ取引価格とは別の数字である。

3 路線価及び固定資産税評価額

路線価による相続税評価額も,固定資産税評価額も,遺留分の基礎財産で問題となる相続開始時の客観的交換価値とは目的が異なる。
この点は,旧法事案の遺留分減殺請求における遺産の評価基準時で,固定資産税評価額の水準,市街化区域農地の造成費控除,基準年度ごとの評価替え及び換地処分の影響とあわせて説明している。

第5 みなし相続財産と非課税財産

1 生命保険金及び死亡退職手当金

相続税法3条1項1号は被相続人の死亡により取得した生命保険金等を,同項2号は被相続人の死亡後三年以内に支給が確定した退職手当金等を,相続又は遺贈により取得したものとみなすと定めている。
これらは相続税の課税価格に入るが,受取人が指定されている死亡保険金は受取人の固有の財産であり,遺留分を算定するための財産には入らない。

同法12条1項6号・7号は,相続人が取得した保険金及び退職手当金等について非課税となる部分を定めている。
申告書では非課税枠を超えた部分だけが課税価格に現れるから,金額の大きさもそのままでは使えない。

2 特別受益の問題とは別である

死亡保険金が遺留分の基礎財産に入らないことと,保険金の受取りが特別受益に準じて扱われる余地があることとは,別の問題である。
申告書の金額を基礎財産へ機械的に加えるのではなく,受取人,保険料の負担者及び他の相続人との不均衡を主張立証の対象として整理する。

第6 債務控除欄の読み替え

1 葬式費用は相続税では控除できるが遺留分では控除できない

相続税法13条1項は,課税価格に算入すべき価額について,「被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(公租公課を含む。)」(1号)及び「被相続人に係る葬式費用」(2号)を控除すると定めている。

このうち葬式費用は,相続開始の後に生じた費用であって,民法1043条1項(旧民法1029条1項)の「債務」には当たらない。
申告書の債務額の合計をそのまま基礎財産から差し引くと,葬式費用の分だけ基礎財産を小さく計算することになる。
詳しくは,遺留分の計算で葬儀費用を差し引けるか-遺言・合意・相続税との違いで説明している。

2 申告書に計上しなかった債務を後から主張する場合

逆に,申告書の債務欄に計上された借入金は,相続人が税務署に対して申告した事実として有力な間接証拠になる。
貸主の氏名,借入れの日及び金額が特定されているから,帳簿又は送金記録と突き合わせやすい。

これに対し,申告書に計上しなかった債務を後の訴訟で主張するときは,なぜ申告の時に計上しなかったのかを説明する必要が生じる。
金額が大きい立替金や貸付金ほど,この説明を欠くと主張の信用性が下がる。
債務の主張立証については,遺留分侵害額請求の基礎財産から控除される「被相続人の債務」の効果的な主張立証方法で整理している。

第7 申告書から遺留分の基礎財産表を作る手順

申告書又は財産の一覧表を受け取ったら,次の順序で読み替える。

①各行を,相続開始の時の所有財産,相続時精算課税に係る贈与財産,納税猶予に係る農地等,七年以内の贈与財産,みなし相続財産の五つに仕分ける。略号欄と申告書の表番号が手掛かりになる。

②相続開始の時の所有財産については,遺言又は遺産分割のどちらで誰が取得したかを,遺言原本及び遺産分割協議書で確認する。

③贈与済みの財産については,贈与の日と受贈者を贈与契約書,登記記録及び贈与税の申告書で確認する。日付は減殺又は負担の順序を決めるので,登記原因の日付と契約書の日付のどちらを採るかも決める。

④価額を,相続開始の時の時価へ引き直す。小規模宅地等の特例,農業投資価格及び非課税枠の適用があった行は,適用前の価額に戻してから検討する。

⑤債務は,相続開始の時に現に存したものだけを残し,葬式費用を外す。

⑥みなし相続財産は基礎財産から外し,特別受益の主張の材料として別欄に置く。

⑦以上を,計算シートの入力欄の並びに合わせて並べ替える。旧法事案の計算シートの構造は,旧法の遺留分減殺請求の計算方法―基礎財産・侵害額・減殺率と判例タイムズ1345号の計算シートで説明している。

この読み替えを一覧にすると,次のとおりである。

相続税の申告書の欄遺留分の基礎財産での扱い根拠
相続開始の時の所有財産そのまま積極財産に入れる。価額は相続開始時の時価に引き直す民法1043条1項
相続時精算課税に係る贈与財産贈与として扱う。価額は相続開始時の価額へ引き直す相続税法21条の15第1項,民法1044条2項
納税猶予に係る農地等贈与として扱う。減殺又は負担の順序は贈与の日で決める租税特別措置法70条の5第1項
七年以内の贈与財産民法の期間の規定で入るかどうかを判断し直す相続税法19条1項,民法1044条
生命保険金・死亡退職手当金基礎財産に入れない。特別受益の主張の材料として別に扱う相続税法3条1項1号・2号
小規模宅地等の特例の適用行減額前の価額に戻す租税特別措置法69条の4第1項
債務(公租公課を含む。)相続開始の時に現に存したものだけを控除する相続税法13条1項1号,民法1043条1項
葬式費用控除しない相続税法13条1項2号

第8 相続税の申告書を書証にするときの注意

申告書は,作成した相続人の側の主張を記録した資料でもある。
提出すると,自分に有利な行だけでなく,不利な行も相手方の目に入る。

提出する前に,少なくとも次の点を確かめておく。
①訴訟で主張する債務が,申告書の債務欄と一致しているか。
②訴訟で「価値がない」と主張する建物が,申告書では貸家として評価減を受けていないか。
③取得者欄が,遺言の条項と一致しているか。
④評価額が,こちらが提出する鑑定評価書又は査定書と整合しているか。

不一致があるときは,申告書を出すかどうかの判断とは別に,なぜ不一致が生じたのかを先に説明できるようにしておく。
申告の目的と訴訟の争点は別であるから,不一致そのものが直ちに主張の誤りを意味するわけではないが,説明のないまま指摘を受けると,数字全体の信用が下がる。

申告書の控えは税理士事務所にあることが多い。
相続人から委任を受けて請求するほか,相続税法49条に基づく開示請求で他の共同相続人の贈与税の課税価格の合計額を知る方法もある。
財産の調査方法については,被相続人の財産を調べる方法―相続人が被相続人の死亡後に行う財産・債務調査で整理している。

第9 関連記事

①遺留分制度全体の裁判例及び論点は,遺留分に関するメモ書きにまとめている。

②現行法の計算方法は,遺留分侵害額請求の計算方法と請求を受けた側の対応―期限の許与・分割払い・遅延損害金で説明している。

③相続させる旨の遺言による取得の扱いは,相続させる遺言と特定財産承継遺言――違い,効力,登記及び遺言執行者の権限で説明している。

④未登記の建物が申告書に現れたときの扱いは,未登記建物は誰のものか―固定資産課税台帳の名義,遺言の対象,遺産分割及び表題登記で説明している。

⑤建築資金の援助が金銭の贈与か建物の贈与かは,親が負担した建築資金は金銭贈与か建物贈与か―特別受益の認定・評価・証拠で説明している。

第10 出典・参考資料

1 法令

①民法1043条,1044条,1046条,1047条(e-Gov法令検索

②平成30年法律第72号による改正前の民法1029条,1030条,1031条,1033条,1034条,1035条,1044条(e-Gov法令検索・平成30年6月15日時点

③相続税法3条,12条,13条,19条,21条の15,21条の16,49条(e-Gov法令検索

④租税特別措置法69条の4,70条の4,70条の5,70条の6(e-Gov法令検索

2 裁判例

①最高裁判所第一小法廷平成10年2月26日判決(平成9年(オ)第802号,遺留分減殺,民集52巻1号274頁)。裁判所ウェブサイト

②最高裁判所第三小法廷平成10年3月24日判決(平成9年(オ)第2117号,遺留分減殺請求本訴,損害賠償請求反訴,民集52巻2号433頁)。裁判所ウェブサイト

3 公的資料

①国税庁「相続税の申告のしかた」(国税庁

②国税庁「相続時精算課税の選択」(タックスアンサーNo.4103

③国税庁「農地等を贈与した場合の納税猶予の特例」(タックスアンサーNo.4438