第1 結論及び本記事の対象
親が子の住宅の建築代金又は購入代金を負担した場合,特別受益の額を計算する前に,何が誰から誰へ贈与されたのかを認定する必要がある。
子が契約当事者となって住宅を取得し,親が代金を援助したのであれば,通常は金銭又は代金債務の弁済による利益が贈与対象となる。
これに対し,親が取得した建物を後に子へ贈与したのであれば,贈与対象は建物である。
両者は評価対象が違うため,贈与時に同額の支出がされていても,相続開始時に持ち戻す特別受益額が異なり得る。
親から施工業者へ直接送金されたという一事だけで,金銭贈与又は建物贈与のいずれかに決まるものではない。
本記事は,民法903条及び904条による遺産分割上の特別受益を中心に,遺留分算定への影響,東京高等裁判所令和6年12月18日決定及び実務で確認すべき証拠を整理する。
個別事件では,給付の法的性質,持戻し免除の意思表示,評価方法及び期間制限を別々に検討する必要がある。
第2 贈与対象の認定を評価より先に行う
1 特別受益に当たるための入口
民法903条1項は,共同相続人の中に,被相続人から遺贈を受け,又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者がある場合の具体的相続分を定めている。
住宅の取得又は建築のための多額の援助は「生計の資本」と評価されることが多いが,金額,被相続人の資力,援助の目的,通常の扶養の範囲,他の相続人への援助及び返済合意の有無を確認しなければならない。
贈与ではなく貸付けであれば特別受益ではない。
返済期限,利息,返済実績,催告,借用書及び会計・税務処理の有無は,贈与か貸付けかを区別する資料となる。
2 金銭又は代金債務の弁済による利益の贈与となる場合
子が建築請負契約又は売買契約の当事者であり,子が建物又は不動産を取得する一方,親が子へ資金を渡し,又は子に代わって施工業者若しくは売主へ代金を支払った場合は,金銭又は代金債務の弁済による利益が贈与されたと認定されることがある。
この場合,取得した住宅の現在価値ではなく,贈与された金銭等を相続開始時の貨幣価値に換算することが出発点となる。
もっとも,親自身の持分取得に対応する支払,共同住宅の親使用部分に対応する負担又は親に対する反対給付があるときは,支払全額が子への贈与になるとは限らない。
3 建物又は建物持分の贈与となる場合
親が注文者又は買主となって建物を取得し,その後,子へ建物又は建物持分を贈与した場合は,贈与対象は建物又はその持分となる。
この場合,特別受益として評価するのは,原則として贈与時の建築費そのものではなく,相続開始時における贈与対象の客観的な交換価値である。
登記が子名義であることは重要な資料であるが,建物取得の経緯,契約当事者,代金負担,完成時の所有帰属及び引渡しを含む事情を総合して判断する必要がある。
土地と建物の名義又は負担者が異なる場合は,建物だけでなく,敷地利用権,土地持分の贈与又は使用利益も切り分けて検討する。
親が建築計画を主導し,又は建築費の一部を負担したとしても,それだけで親が完成建物を取得したことにはならない。
東京地裁平成29年1月13日判決(平成27年(ワ)第21869号,判例秘書L07232077,裁判所HP未掲載)は,父が当初の建築計画を主導し,一部費用も負担したものの,融資及び建築名義等を子へ切り替えた事案で,建物が当然に父の所有となるものではないとした一方,父が負担した設計料等は別個の特別受益となり得るとした。
したがって,「親が建てた建物」という表現から直ちに建物贈与と分類せず,建築請負契約の注文者,代金債務者,融資の債務者,建築確認上の建築主,引渡しを受けた者,完成時の登記名義人及び各当事者の出捐を区別して,完成時の所有帰属を認定する必要がある。
4 債務免除,持分及び使用利益を混同しない
親がいったん子へ住宅資金を貸し付け,後に返済を免除したのであれば,問題となる給付は当初の貸付金ではなく,免除時の債権又は免除による利益である可能性がある。
また,二世帯住宅では,親子それぞれの建物持分,建築費の負担,土地の使用利益及び親に対する生活支援等が併存し得るため,単純な床面積比又は負担額の差だけで贈与額を決めるべきではない。
第3 東京高裁令和6年12月18日決定
1 判例秘書による一次資料確認の状況
東京高等裁判所第14民事部令和6年12月18日決定(令和6年(ラ)第100号,遺産分割審判に対する抗告事件,判例時報2640号26頁,判例秘書L07920622)は,海外不動産の購入残代金の大部分を被相続人が負担した事案を扱った。
本記事では判例秘書登載の決定全文を確認した。裁判所HP未掲載であるため,裁判所ウェブサイトのURLは付していない。
2 不動産そのものではなく購入資金の贈与としたこと
同決定は,不動産の買主が相続人であり,被相続人は購入残代金を支出したものと認定した上で,その法的性質を購入残代金の贈与と判断した。
他方当事者は,被相続人が不動産そのものを贈与したのと同視すべきであると主張したが,同決定は,買主が被相続人ではないこと,購入手続を相続人が主体となって行ったこと,相続人にも一定の資金があり,援助がなければ購入できなかったと断定できないこと等を考慮して,この主張を退けた。
親の援助が購入残代金のほぼ全額であったとしても,当然に不動産そのものの贈与と同視されるわけではないという点に実務上の意義がある。
もっとも,これは当該事案の契約関係,資金及び購入手続に基づく判断であり,支援割合だけで一般的な結論を出すことはできない。
3 資金の流れを認定した証拠
同決定は,被相続人所有不動産の売却時期と対象不動産の決済時期が近接していたこと,売却代金を海外へ送金する必要があったとの買主側関係者の説明,家族及び第三者の陳述,被相続人の手帳・日記並びに相続人が自己資金の直接資料を提出しなかったこと等を総合して,購入残代金を被相続人が拠出したと認定した。
資金の贈与を主張する側は,単一の振込記録がない場合でも,原資の発生,決済期限,送金先情報,関係者の同時期の言動及び反対仮説と整合しない事情を時系列で組み合わせることが重要である。
反対に,自己資金又は借入金で取得したと主張する側は,残高証明,解約資料,送金記録及びローン資料を取得経路までつなげて提出する必要がある。
4 消費者物価指数による換算
同決定は,購入残代金27万7400ドルを決済時の為替レートで日本円に換算し,さらに平成10年と相続開始年である令和2年の消費者物価指数による貨幣価値の変動を反映して,特別受益額を算定した。
したがって,外国通貨による資金贈与では,円換算の基準日と,その円価額を相続開始時の貨幣価値へ換算する方法を分けて示す必要がある。
第4 金銭贈与の評価
1 相続開始時の貨幣価値への換算
最高裁昭和51年3月18日第一小法廷判決(昭和49年(オ)第1134号,遺留分減殺請求事件,民集30巻2号111頁)は,相続人が被相続人から贈与された金銭を特別受益として遺留分算定の基礎財産に加える場合,贈与時の金額を相続開始時の貨幣価値に換算して評価すべきものとした。
贈与額を額面のまま持ち戻すのではなく,贈与日,相続開始日及び利用する物価指数等を明示する必要がある。
消費者物価指数を用いる場合も,どの系列及び年平均又は月次の数値を用いたかを示し,計算式を証拠と対応させる。
2 建物の老朽化を金銭贈与へ持ち込まない
住宅資金の贈与と認定された場合,その資金で建てた建物が相続開始時までに老朽化し,又は取り壊されていても,それだけで贈与された金銭の評価額が建物の残存価値まで下がるものではない。
評価対象は建物ではなく金銭等だからである。
第5 建物贈与の評価
1 相続開始時の客観的価値
建物又は建物持分の贈与と認定された場合は,相続開始時における当該建物又は持分の客観的な交換価値を評価する。
構造,築年数,面積,維持管理,修繕,収益性,法令上の制約,敷地利用権及び取壊し費用等によって価値は変わるため,「木造建物は20年で新築時の1割又は2割になる」といった一律の割合で評価することはできない。
2 親が建築後に建物を贈与した裁判例
大分家裁中津支部昭和51年4月20日審判(昭和47年(家)第91号,家月29巻1号83頁,判例秘書L03160038,裁判所HP未掲載)は,被相続人が約200万円,子が約50万円を負担して建物の一部を新築した後,被相続人が旧建物部分及び新築部分の残余持分を子へ贈与した事案である。
同審判は,被相続人の支出額を物価換算するのではなく,新築部分について再調達原価,耐用年数及び経過年数による減価を考慮し,旧建物部分について同程度の中古建物の取引価額等を参照して,贈与された建物そのものを評価した。
また,子自身の出捐に対応する新築部分の4分の1は,完成時から子の潜在的共有持分であったとして,贈与対象から除外した。
親子双方が建築費を負担した事案では,建物全体を親からの贈与と扱うのではなく,完成時の持分帰属を先に認定する必要がある。
もっとも,同審判は旧法下の古い遺産分割審判であり,現在の民法904条に基づく相続開始時評価を直接判示したものではない。
そのため,現行法における評価基準日の根拠ではなく,建物そのものの贈与と認定された具体例及び建物評価の参考例として位置付けるべきである。
3 民法904条と受益者による状態変更
民法904条は,受贈者の行為によって贈与財産が滅失し,又は価格が増減した場合,相続開始時に贈与時の原状のまま存在するものとみなして価額を定める。
受贈者が増改築,取壊し,用途変更その他の行為をした場合は,現況価額をそのまま採用せず,その行為がなかった状態を評価する必要がある。
通常の経年劣化と,受贈者の行為による価格変動は区別しなければならない。
鑑定又は査定を依頼するときは,評価基準日だけでなく,評価対象となる建物の状態及び受贈者の行為を除外するかどうかを明示する。
4 相続税評価額と民事上の評価額は目的が違う
国税庁「家屋の評価」は,相続税及び贈与税における家屋の価額を,原則として固定資産税評価額に1.0を乗じて評価すると説明している。
これは税額計算のための評価方法であり,遺産分割又は遺留分で求める客観的な交換価値と当然に一致するものではない。
固定資産税評価額,相続税評価額,公示価額,不動産業者の査定及び不動産鑑定は,目的と前提が異なる。
まず低負担の資料で争点規模を把握し,評価差が具体的相続分又は遺留分侵害額の結論を左右する場合に,鑑定の要否を検討する。
第6 認定及び評価に用いる証拠
1 契約及び所有帰属に関する資料
確認すべき資料は,①建築請負契約書又は売買契約書,②見積書・注文書・変更契約書,③建築確認申請書及び検査済証,④請求書・領収書,⑤登記事項証明書,⑥引渡書及び鍵の受領資料,⑦住宅ローン及び抵当権資料,⑧火災保険契約並びに⑨固定資産税の納税通知書である。
契約上の注文者又は買主,完成時の所有者,登記名義人,代金債務者及び実際の使用者が一致しないことがある。
各資料がどの時点のどの法律関係を示すものかを証拠説明書に記載する。
親子双方が建築費を負担した場合は,単なる負担割合だけでなく,その出捐が持分取得,贈与,貸付け又は立替えのいずれであったかを確認する。
完成時から子に帰属していた持分は,後日の建物贈与の対象ではないため,建築費負担の合意,持分合意,保存登記の経緯及び当時の会計・税務資料を併せて検討する。
2 資金の流れに関する資料
被相続人及び受益者の預貯金取引履歴,振込依頼書,現金出金伝票,定期預金解約資料,証券売却資料,不動産売却資料,施工業者の入金台帳,領収書並びにローン実行・返済履歴を取得する。
親から施工業者への直接送金は,親が費用を負担したことを示す有力な資料である。
しかし,それだけでは,子に対する贈与,親自身の持分取得,共同生活費,立替金又は貸付金のいずれであるかは決まらないため,契約及び所有帰属の資料と組み合わせる。
3 贈与又は貸付けの意思に関する資料
遺言書,贈与契約書,借用書,返済予定表,メール,手紙,日記,手帳,家族間の送受信記録,確定申告書,贈与税申告書及び関係者の陳述を確認する。
税務申告の有無又は記載だけで民事上の法的性質が確定するものではないが,当時の認識を示す一事情となり得る。
第7 遺産分割及び遺留分との関係
1 遺産分割における具体的相続分
遺産分割では,特別受益に当たる贈与を相続開始時の価額で持ち戻し,各相続人の具体的相続分を計算する。
もっとも,持戻し免除の意思表示が認められる場合,民法903条4項の夫婦間居住用不動産に関する推定が働く場合又は民法904条の3による期間制限が問題となる場合は,別途検討を要する。
2 遺留分算定における贈与
現行民法1044条は,遺留分算定における相続人への贈与について,民法903条1項の特別受益に当たる価額を対象とし,同法904条を準用する。
遺産分割の具体的相続分と遺留分では,算入する贈与の期間及び算式が同一ではないため,特別受益と認定しただけで両手続の計算が同じになるものではない。
現行の遺留分侵害額請求の計算及び受遺者・受贈者の負担については,遺留分侵害額請求の計算方法と請求を受けた側の対応で説明している。
旧法事案における評価基準時は,旧法事案の遺留分減殺請求における遺産の評価基準時で説明している。
第8 受任時の確認手順
1 認定表を先に作成する
住宅支援ごとに,①契約日,②契約当事者,③取得名義,④親の支払日・金額・支払先,⑤子の自己資金・借入金,⑥親が取得した持分又は使用利益,⑦返済合意,⑧贈与税等の申告,⑨持戻し免除を示す事情及び⑩不足資料を一行の表に整理する。
金銭贈与,建物贈与,持分贈与,債務免除及び土地使用利益の候補を別行にし,択一的又は予備的な主張関係を明示する。
評価額の精密化は,贈与対象の認定に必要な資料を集めた後に行う。
2 主張書面と証拠説明書を対応させる
主張書面では,①給付の存在,②給付者及び受益者,③贈与意思,④生計の資本等への該当性,⑤贈与対象,⑥評価基準日・状態・方法,⑦持戻し免除並びに⑧計算への反映を順に記載する。
各事実の直後に対応する証拠番号を付し,資金移動だけで所有帰属まで立証したことにしない。
また,評価書には,金銭又は建物のいずれを評価したのか,基準日,前提となる建物状態及び用いた指数・資料を明記する。
第9 まとめ
親が住宅代金を負担した事案では,贈与対象の認定が評価方法を決める。
子が契約主体となって取得し,親が代金を援助した場合は金銭等の贈与となり得る一方,親が取得した建物を子へ移転した場合は建物贈与となり得る。
金銭贈与は相続開始時の貨幣価値へ換算し,建物贈与は相続開始時の客観的価値を評価する。
施工業者への直接送金,登記名義又は支援割合だけで結論を出さず,契約,所有帰属,資金の流れ,贈与意思及び反対給付を時系列で確認する必要がある。
第10 出典・参考資料
1 法令及び公的資料
①e-Gov法令検索「民法」
②法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」
③国税庁「家屋の評価」
2 裁判例
①東京高等裁判所第14民事部令和6年12月18日決定(令和6年(ラ)第100号,遺産分割審判に対する抗告事件,判例時報2640号26頁,判例秘書L07920622。判例秘書登載の決定全文を確認。裁判所HP未掲載)
②最高裁判所第一小法廷昭和51年3月18日判決(昭和49年(オ)第1134号,遺留分減殺請求事件,民集30巻2号111頁)
③大分家庭裁判所中津支部昭和51年4月20日審判(昭和47年(家)第91号,家月29巻1号83頁,判例秘書L03160038。判例秘書登載の審判全文を確認。裁判所HP未掲載)
④東京地方裁判所平成29年1月13日判決(平成27年(ワ)第21869号,判例秘書L07232077。判例秘書登載の判決全文を確認。裁判所HP未掲載)
3 関連記事
①特別受益を効率よく主張・立証する方法―遺産分割の10年ルールと証拠収集
②遺留分に関するメモ書き
③遺留分侵害額請求の計算方法と請求を受けた側の対応
④旧法事案の遺留分減殺請求における遺産の評価基準時