第1 この記事の対象と結論
1 対象と基準時
本記事は,令和8年9月16日現在,直接雇用の短時間労働者又は有期雇用労働者から,正社員との基本給,賞与,退職手当,各種手当又は休暇の相違について説明を求められた場合の対応手順を整理するものである。
派遣労働者については,派遣先均等・均衡方式と労使協定方式で確認事項が異なるため,別途の検討を要する。
2 最初にすべきこと
説明請求を受けたときは,人事担当者がその場で「正社員とは責任が違う」「契約で決まっている」などと回答せず,質問の対象となる待遇,比較対象となる通常の労働者,制度決定時の目的及び現在の運用実態を確定する必要がある。
説明できない待遇差は,説明文だけを整えるのではなく,追加調査又は制度見直しへ戻すべきである。
3 令和8年10月1日前後の区別
短時間・有期雇用労働法14条2項に基づく説明請求権及び事業主の説明義務は,令和8年10月1日に初めて生じるものではなく,基準日現在も存在する。
令和8年10月1日に追加されるのは,雇入れ時に,通常の労働者との待遇の相違の内容及び理由等について説明を求めることができる旨を明示する義務である。
同日から適用される改正同一労働同一賃金ガイドラインは,退職手当,無事故手当,家族手当,住宅手当,夏季冬季休暇及び褒賞を新たに明記し,説明不足等が「その他の事情」として考慮され得ることなどを明確にしている。
第2 説明請求を受けた後の七段階
1 請求内容をそのまま記録する
請求日,請求者,質問された待遇,比較対象として挙げられた正社員,回答希望時期及び請求方法を記録する。
口頭の質問であっても無視せず,質問の意味が曖昧な場合は,対象となる賃金項目,期間及び比較対象を確認する。
説明を求めたことを理由とする不利益取扱いは禁止されているため,請求後の配置,評価,更新及び雇止めは,通常の人事判断と説明請求への対応を分けて記録する。
2 適用法条と雇用区分を確定する
パート,アルバイト,契約社員,嘱託社員等の名称ではなく,所定労働時間と契約期間によって短時間労働者又は有期雇用労働者に該当するかを確認する。
無期雇用のフルタイム労働者は,原則として短時間・有期雇用労働法8条・9条の直接の対象ではないが,労働契約法3条2項による均衡の考慮は別に残る。
3 待遇を一項目ずつ分ける
月例賃金を総額だけで比べず,基本給,職務手当,役職手当,精皆勤手当,家族手当,住宅手当,通勤手当等に分ける。
一時金についても,賞与,慰労金,褒賞及び退職手当を区別し,休暇は年次有給休暇,夏季冬季休暇,病気休暇等を区別する。
短時間・有期雇用労働法8条の不合理性は,個々の待遇ごとに判断されるからである。
4 比較対象となる通常の労働者を選ぶ
比較対象は,会社に雇用される通常の労働者のうち,問題となる待遇に対応する者又は雇用管理区分である。
能力不足,休職復帰直後又は健康上の配慮等により標準的な職務から一時的に外れた正社員だけを選び,特定の非正規労働者と比べるべきではない。
同職種,同等級,同勤務地,同じ上司の下で働く者その他の候補を挙げ,誰を選んだかだけでなく,なぜその者又は区分を選んだかも記録する。
5 待遇の性質・目的を確定する
就業規則の名称だけでなく,支給要件,算定方法,制度導入時の資料,実際の支給実績及び労使協議から,待遇の性質及び目的を認定する。
基本給,賞与及び退職手当は複数の目的を持つことが多いため,一つの目的だけで全額の差を説明しない。
制度目的が現在の運用と合っていない場合は,現在の実態に即した説明と制度改定の要否を分けて検討する。
6 相違を証拠に接続する
職務内容については,作業項目だけでなく,責任,権限,事故・苦情対応,部下指導,決裁及び成果指標を比べる。
職務内容及び配置の変更範囲については,規程上の転勤,配置転換,職種変更,昇進及び管理職登用の可能性だけでなく,過去の人事発令及び実績を確認する。
「将来の期待が違う」「正社員には転勤がある」という抽象的な説明は,実際の制度及び運用の資料へ置き換える必要がある。
7 回答を承認し,説明後も記録する
回答案は,人事,法務及び必要な決裁者が,規程,実績及び給与資料との整合性を確認する。
説明日,説明者,交付資料,労働者の質問,即答できなかった事項及び追加回答日を記録し,回答によって新たに判明した制度上の問題を待遇別検討票へ戻す。
説明請求への対応は,一度きりの答弁ではなく,待遇制度を継続的に監査する入口である。
第3 回答前に確認する資料
| 確認分野 | 主な資料 | 確認する事実 |
|---|---|---|
| 契約 | 雇用契約書,労働条件通知書,更新書面 | 契約期間,所定時間,更新回数,更新上限 |
| 待遇制度 | 就業規則,賃金・賞与・退職金・福利厚生・休暇の各規程 | 支給要件,算式,対象者,導入時期 |
| 賃金構成 | 等級・号俸表,賃金構成表,給与・賞与算定資料 | 構成要素,金額,割合,評価との連動 |
| 職務・責任 | 職務記述書,業務分担表,組織図,決裁規程 | 作業,責任,権限,指導・緊急対応 |
| 変更範囲 | 転勤・配置転換・出向・昇進の規程と人事発令 | 制度上の範囲と実際の運用 |
| 継続勤務 | 更新履歴,雇止め実績,正社員登用実績 | 相応に継続的な勤務の見込み |
| 協議・説明 | 労使協議記録,説明資料,過去の回答 | 制度形成過程,説明の一貫性,追加確認事項 |
第4 待遇差に関する想定問答
1 契約書に署名しているから,待遇差を承諾したのではないか
雇用契約書又は労働条件通知書に待遇差が記載され,労働者が署名したことだけで,短時間・有期雇用労働法8条・9条の検討が不要になるわけではない。
労使交渉の経緯及び結果は「その他の事情」となり得るが,個人の形式的な同意と,待遇差が不合理かという評価は区別する。
回答では,契約書の記載にとどまらず,待遇の目的と職務等の相違との対応関係を説明する必要がある。
2 同じ仕事をしているのに,なぜ賃金が違うのか
「同じ仕事」かどうかは,日常の作業だけでなく,責任の程度,決裁権限,事故・苦情・緊急時対応,部下指導,目標及び評価項目まで比較する。
さらに,現在の仕事が同じでも,転勤,配置転換,職種変更,昇進及び管理職登用の範囲が違うことがあるため,規程と実績の双方を確認する。
相違が実際にはない場合は,待遇差を維持する説明ではなく,待遇改善を検討する必要がある。
3 基本給が低い理由はどう説明すべきか
基本給を,能力・経験,業績・成果,勤続,役割・職務等の構成要素に分け,可能な範囲で各要素の金額,割合又は算式を示す。
正社員だけに職能給又は役割給があると説明する場合は,その能力又は役割を評価する基準,実際の評価,教育訓練,昇進及び配置の運用を示す。
「正社員だから高い」「将来の期待が違う」という結論だけの説明では,どの相違がどの賃金部分に対応するかを確認できない。
4 非正規社員には賞与を支給しなくてもよいか
賞与には,労務対価の後払い,功労報償,生活費補助,意欲向上,人材の確保・定着等の複数の目的があり得る。
その一部が短時間・有期雇用労働者にも妥当する場合,正社員だけの制度であることを理由に全額を不支給とせず,評価対象期間の貢献,勤務実績及び他の待遇との関係を検討する。
最高裁令和2年10月13日判決(大阪医科薬科大学事件)が賞与不支給を不合理でないとしたことは,全ての企業で賞与を不支給にできるという意味ではない。
5 非正規社員には退職手当を支給しなくてもよいか
退職手当には,労務対価の後払い,長期勤続に対する功労報償,生活保障,人材の確保・定着等の複合的な目的があり得る。
契約期間が有期であることだけで不支給を決めず,更新回数,通算勤続,登用制度,退職金の算定基礎及び基本給・一時金との実質的な代償関係を確認する。
最高裁令和2年10月13日判決(メトロコマース事件)は当該事案の退職金不支給を不合理でないとしたが,退職手当自体が法的審査の対象外であるとはしていない。
6 家族手当は正社員だけでよいか
家族を扶養する生活上の負担への対応又は継続勤務の確保が目的である場合,その目的が更新を反復する有期雇用労働者にも妥当するかを確認する。
「相応に継続的な勤務」に一律の年数基準はなく,本人の契約期間及び更新回数だけでなく,会社における他の有期雇用労働者の更新実態も考慮する。
令和8年改正ガイドラインは,配偶者の収入要件が就業調整を招くことにも留意し,働き方に中立的な制度へ見直すことを求めている。
7 住宅手当は転勤のある正社員だけでよいか
住宅手当が,転居を伴う配置変更の負担に対応する制度であるのか,住宅費補助又は福利厚生として広く支給する制度であるのかを,支給要件と運用から確認する。
転勤可能性を理由とする場合は,就業規則の文言だけでなく,事業所数,転居を伴う人事発令の実績及び今後の配置計画を確認する。
正社員にも実際には転居を伴う配置変更を命じていない場合や,転勤の有無にかかわらず一律支給している場合は,抽象的な転勤可能性だけでは説明しにくい。
8 夏季冬季休暇は同じ日数を与える必要があるか
休暇の目的が,心身の回復又は季節的な休養機会の確保であり,その目的が短時間・有期雇用労働者にも同様に妥当する場合は,同一の付与を原則として検討する。
もっとも,所定労働時間又は所定労働日数が大きく異なる短時間労働者について,常に機械的に同日数とするという意味ではない。
休暇の目的,勤務日数,付与単位及びシフト調整による休養機会を資料で確認し,付与しない場合又は日数を異ならせる場合の理由を具体化する。
9 例外的に仕事の少ない正社員と比べればよいか
能力不足,健康上の配慮又は一時的な職務軽減により標準的な職務から外れた正社員だけを比較対象として選ぶべきではない。
比較対象となる雇用管理区分全体,同職種,同等級及び同勤務地の通常の労働者を確認し,例外者だけを選んだように見えない根拠を残す必要がある。
10 有期契約だから待遇が低くてもよいか
契約期間が有期であること自体は,法8条の適用対象を画する事情であって,個々の待遇差を当然に正当化する理由ではない。
待遇の性質及び目的に照らし,更新,勤続,責任,変更範囲その他の事情のうち,どの相違が当該待遇と関係するかを説明する必要がある。
11 定年後再雇用者は定年前の本人と比べればよいか
法8条の比較対象は,常に定年前の本人ではなく,同じ使用者に雇用される通常の労働者である。
もっとも,定年前後で仕事が連続する場合,定年前の本人の職務,責任,権限及び賃金は,待遇差の実態を示す重要な資料となる。
定年,退職金及び公的給付は一事情となり得るが,それだけで全ての待遇差が不合理でないことにはならず,60%,70%又は80%という一律の安全基準も存在しない。
詳しくは,業務内容が変わらない定年後再雇用社員の賃金水準の目安を参照されたい。
12 正社員の待遇を下げて差をなくしてよいか
不合理な待遇差の解消は,短時間・有期雇用労働者の待遇改善を基本とする。
正社員の手当を減額又は廃止する場合は,同一労働同一賃金への対応とは別に,労働契約法9条・10条による就業規則の不利益変更を検討しなければならない。
変更の必要性,不利益の程度,内容の相当性,労働組合等との交渉,代償措置及び経過措置を記録する必要がある。
第5 回答書の組み立て
1 結論から断定しない
回答書は,①質問の対象,②比較対象,③待遇の内容,④待遇の性質・目的,⑤職務・責任・変更範囲等の相違,⑥各相違と待遇差との関係,⑦追加確認又は見直しの要否,の順に記載する。
事実確認前に「適法である」「合理的である」と断定せず,確認済み事実,会社の評価及び未確認事項を分ける。
2 基本給の回答例
「正社員の基本給は,職務に対応する部分,能力・経験に対応する部分及び等級上の役割に対応する部分から構成されます。あなたの基本給と比較した結果,担当作業の範囲は共通していますが,最終決裁,部下指導及び複数事業所間の配置変更の範囲に相違があります。これらの相違が役割部分にどのように反映されているかを,賃金表及び実際の人事運用に基づいて確認し,金額又は算式を改めて説明します。」というように,共通点,相違点及び未確認事項を具体化する。
3 説明できないときの回答
現存資料だけでは待遇差の理由を裏付けられない場合は,推測で埋めない。
「現時点では,制度導入時の資料と現在の運用に不一致があり,十分な説明ができないため,支給実績と人事異動実績を追加確認します。確認期限と回答予定日は次のとおりです。」と回答し,追加調査又は制度見直しへ戻る方が安全である。
第6 主要な最高裁判例
| 裁判例 | 主な対象 | 実務上の注意 |
|---|---|---|
| 最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決・平成28年(受)第2099号・第2100号(ハマキョウレックス事件) | 無事故手当,作業手当,給食手当,通勤手当,住宅手当,皆勤手当 | 待遇ごとの目的と職務・配置変更範囲等を対応させる。 |
| 最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決・平成29年(受)第442号(長澤運輸事件) | 定年後再雇用者の基本給,賞与,精勤手当等 | 定年後再雇用を一事情としても,待遇ごとに判断する。 |
| 最高裁令和2年10月13日第三小法廷判決・令和元年(受)第1055号・第1056号(大阪医科薬科大学事件) | 賞与,私傷病欠勤中の賃金 | 当該事案の不支給結論を一般化しない。 |
| 最高裁令和2年10月13日第三小法廷判決・令和元年(受)第1190号・第1191号(メトロコマース事件) | 退職金 | 退職金も審査対象であり,複合目的と雇用管理の実態を見る。 |
| 最高裁令和2年10月15日第一小法廷判決・令和元年(受)第777号・第778号(日本郵便東京事件) | 住居手当,年末年始勤務手当,夏季冬季休暇,病気休暇等 | 同じ会社でも雇用区分と対象待遇を区別する。 |
| 最高裁令和2年10月15日第一小法廷判決・令和元年(受)第794号・第795号(日本郵便大阪事件) | 扶養手当,年末年始勤務手当,祝日給,夏季冬季休暇,病気休暇等 | 更新を反復する有期雇用労働者にも制度目的が及ぶかを確認する。 |
第7 一次資料と未確認資料の区別
本記事で法的根拠として用いた法令はe-Gov法令検索,令和8年改正の内容は厚生労働省の告示・Q&A,裁判例は裁判所HPの判決本文で確認した。
専門誌の想定問答は,質問の立て方及び証拠の洗い出しに有用な二次資料であるが,個別の待遇差が適法であることを証明する一次資料ではない。
判例秘書等の認証判例データベースで本文を確認していない近時の下級審裁判例は,本記事の確定的な根拠に用いていない。
出典・参考資料
1 法令・行政資料
①e-Gov法令検索「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」8条・9条・14条
②e-Gov法令検索「労働契約法」3条2項・9条・10条
③厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」
④厚生労働省「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」改正後ガイドラインPDF3頁~19頁
⑤厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン及び雇用管理指針に関するQ&A(令和8年改正)」PDF1頁~8頁
⑥厚生労働省「令和8年10月から『同一労働同一賃金ガイドライン』が変わります」PDF1頁~36頁
⑦厚生労働省・令和8年4月28日付け基発0428第1号ほかPDF1頁~20頁
2 裁判例
前記第6記載の各裁判例及び各個別リンクによる。
3 文献
①岸田鑑彦「改正ガイドラインを踏まえた非正規社員の待遇差 想定問答」『ビジネスガイド』令和8年9月号・第973号,日本法令,6頁~20頁
②荒木尚志・安西愈・野川忍編集『論点体系 判例労働法2 労働契約の終了・非正規雇用 第2版』第一法規,令和6年,200頁~208頁