第1 刑訴法382条の基準
1 判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認
刑事訴訟法382条の事実誤認は,原判決の事実認定に誤りがあるだけでなく,その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかな場合に問題となる。
2 控訴審は第一審の心証を作り直す場ではない
最高裁平成24年2月13日判決(平成23年(あ)第757号・刑集66巻4号482頁)は,控訴審が事実誤認をいうには,第一審判決の認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示す必要があるとした。
この基準は,第一審の無罪判決を控訴審が有罪に改める場合だけでなく,第一審の有罪判決を控訴審が無罪に改める場合にも及ぶ。
最高裁令和8年10月16日判決(令和7年(あ)第137号)は,猪苗代湖のプレジャーボート事故について,被告人の過失を認めた第一審判決に事実誤認があるとして無罪とした控訴審判決を,論理則,経験則等に照らして不合理であることを十分に示していないとして破棄し,被告人の控訴を棄却した。
詳しくは,控訴審が第1審の過失認定を覆すには―猪苗代湖ボート事故の最高裁令和8年10月16日判決と刑訴法382条で整理している。
最高裁令和3年1月29日判決(令和2年(あ)第96号・刑集75巻1号1頁)は,自動車を運転する予定の者にひそかに睡眠導入剤を摂取させて運転を仕向け,交通事故を引き起こさせた事件で,事故の相手方に対する殺意を認めた第一審判決に事実誤認があるとした控訴審判決を,第一審判決の事実認定に論理則,経験則等に照らして不合理な点があることを十分に示したものとは評価できないとして破棄し,被告人の控訴を棄却した。
これにより,懲役24年とした第一審判決が維持された。
第2 論理則・経験則違反の示し方
1 推認過程を分解する
原判決が,間接事実から要証事実をどのように推認したかを分解する。前提事実の誤り,推認の飛躍,反対仮説の検討漏れ及び証拠相互の矛盾を指摘する。
第一審が複数の間接事実を積み重ねて推認している場合,個々の地点や時点を切り離して別の可能性を指摘するだけでは足りない。
最高裁平成30年7月13日判決(平成29年(あ)第837号・刑集72巻3号324頁)及び最高裁令和8年10月16日判決は,第一審の判断構造を分断して個別に検討した控訴審判決を,いずれも刑訴法382条の解釈適用を誤ったものとして破棄した。
2 供述信用性
供述の一部だけを取り出すのではなく,変遷,客観証拠との整合性,利害関係,誘導の可能性及び供述時の条件を示す。第一審が直接見聞した供述態度を,記録上の別評価だけで置き換える主張は慎重に構成する。
被害を述べる供述の信用性を科学的証拠で補強して有罪とする場合には,その科学的証拠の信頼性も検討の対象となる。
最高裁令和4年2月18日判決(令和2年(あ)第1026号・集刑330号11頁)は,第一審の無罪判決を破棄して有罪とした控訴審判決について,被害を訴えた者の証言を補強するDNA定量検査の結果の信頼性に不明確な部分が残るのに,これに関する当事者の事実取調べ請求を全て却下して審理を尽くさなかった審理不尽の違法があるとして,これを破棄し,事件を差し戻した。
事案の詳細は,乳腺外科医事件の最高裁令和4年2月18日判決―せん妄の見解,DNA定量検査の信頼性と差戻し後の無罪で扱っている。
第3 控訴趣意書の組み立て
1 争点ごとに六段階で書く
①原判決の認定,②根拠証拠,③不合理な推認,④見落とされた証拠・事実,⑤合理的な認定,⑥主文への影響の順で書く。
2 「疑わしきは被告人の利益に」との関係
この原則を掲げるだけでは足りない。原判決のどの推認が合理的疑いを超えていないかを,証拠に即して示す。
第4 裁判員裁判
1 直接主義・口頭主義の重み
裁判員裁判では第一審の直接主義・口頭主義が徹底されるため,控訴審の事後審査は一層慎重であるべきとされる。
2 無条件の尊重ではない
第一審判断に論理則・経験則違反があれば破棄され得る。第一審尊重は,具体的な不合理を審査しないという意味ではない。
第5 根拠資料及び関連記事
刑事訴訟法382条(e-Gov法令検索)及び最高裁平成24年2月13日判決を確認した。
最高裁平成30年7月13日判決(裁判所HP)及び最高裁令和8年10月16日判決(裁判所HP)も確認した。
最高裁令和3年1月29日判決(裁判所HP)及び最高裁令和4年2月18日判決(裁判所HP)も確認した。
裁判員裁判については,裁判員裁判の控訴審を参照されたい。