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仮差押えを受けた債務者の対抗手段―保全異議,起訴命令,事情変更による保全取消し及び保全抗告(AI作成)

第1 本記事の対象と結論

1 本記事の対象

本記事は,仮差押命令を受けた債務者が取り得る対抗手段について,保全異議(民事保全法26条),起訴命令による保全取消し(同法37条),事情変更による保全取消し(同法38条)及び保全抗告(同法41条)を中心に,申立先,期間,審理の方法及び決定の効力を説明するものである。
調査基準日は令和8年9月17日である。
条文はe-Gov法令検索の現行条文(民事保全法は令和8年5月21日施行の改正を反映したもの)で,民事保全規則は裁判所HPに掲載された規則のPDFで確認した。

司法研修所編『民事弁護教材 改訂 民事保全(補正版)』(日本弁護士連合会,平成25年3月1日発行。以下「教材」という。)は平成25年時点の資料である。
その後の法改正で条番号や名称が変わった箇所は,現行条文に合わせて記載する。
仮差押えの全体像は,仮差押えとは―要件・手続の流れ・担保・効力・解放金・担保の取戻しの全体像で説明している。

本案の判決等に基づく強制執行(本執行)に対する対抗手段は,強制執行に対する債務者の対抗手段―執行抗告,請求異議の訴え,執行停止,差押禁止債権の範囲変更で説明しており,本記事の対象外とする。

2 結論

①仮差押命令は,通常,債務者の審尋を経ずに発令され,債務者は保全命令の送達(民事保全法17条)によって初めて仮差押えを知ることが多い。
送達を受けた後は,事件の記録を閲覧して,債権者の主張と疎明資料を確認できる(同法5条ただし書)。
②仮差押命令に不服がある債務者は,発令裁判所に保全異議を申し立てることができる(同法26条)。
被保全権利や保全の必要性が発令時から無かったこと,担保の額が低すぎること,解放金の額が高すぎること等を主張でき,申立てに期間の制限は無い(教材89頁,96頁)。
③債権者がまだ本案の訴えを起こしていないときは,起訴命令を申し立てることができる。
裁判所は2週間以上の期間を定めて本案の訴えの提起等を命じ,債権者が期間内に証する書面を出さなければ,債務者の申立てにより仮差押命令は取り消される(同法37条1項~3項)。
④発令後に弁済等で被保全債権が消滅した場合や,保全の必要性が無くなった場合は,事情変更による保全取消しを申し立てることができる(同法38条)。
⑤特別の事情による保全取消し(同法39条)は,条文上「仮処分命令」に限られており,仮差押えには使えない。
⑥保全異議や保全取消しの申立てについての決定に不服がある当事者は,その送達を受けた日から2週間の不変期間内に保全抗告をすることができ,保全抗告についての裁判に対しては更に抗告をすることができない(同法41条1項・3項)。
もっとも,高等裁判所がした保全抗告についての決定は許可抗告の対象となり(最高裁判所第一小法廷平成11年3月12日決定),憲法違反を理由とする特別抗告もでき,いずれも告知を受けた日から5日の不変期間内にしなければならない(民事訴訟法336条2項,337条6項)。
⑦保全異議を申し立てても仮差押えの執行は当然には止まらない。
保全執行の停止の裁判(同法27条)は要件が厳格なので,目的物を早く解放したいときは仮差押解放金の供託(同法22条・51条)を併せて検討することになる。
⑧保全抗告の2週間は,民事訴訟法の即時抗告の1週間(同法332条)とは異なる。
起算点も,即時抗告は「告知を受けた日」,保全抗告は「送達を受けた日」である。

第2 仮差押えを知る時点と最初に確認すること

1 債務者の審尋なしに発令され,送達で知ること

仮差押命令は,口頭弁論を経ないで発することができる(民事保全法3条)。
仮の地位を定める仮処分については,原則として口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければならないとされているが(同法23条4項),仮差押えにはこのような規定はない。
教材14頁は,債権者の立場では,密行性の観点から,任意的口頭弁論及び債務者審尋を避け,書面審理又は債権者(代理人)審尋のみで保全命令を得ることが望ましいと説明している。
教材20頁も,債務者の審尋は,事件の内容が複雑な場合等に「行われることがある」ものとして説明している。

保全命令は当事者に送達しなければならないが(民事保全法17条),保全執行は保全命令が債務者に送達される前であってもすることができる(同法43条3項)。
教材35頁注1によれば,実務では,不動産仮差押えは仮差押登記がされたのを確認してから,債権仮差押えは第三債務者に送達されたのを確認してから,それぞれ債務者に送達される。
そのため,債務者が仮差押命令の送達を受けた時点では,既に登記がされ,又は預金や売掛金について第三債務者への弁済禁止の効力が生じていることになる。

2 事件記録の閲覧

民事保全法5条は,利害関係を有する者による事件の記録の閲覧等を認めている。
ただし,同条ただし書は,債権者以外の者については,「保全命令の申立てに関し口頭弁論若しくは債務者を呼び出す審尋の期日の指定があり、又は債務者に対する保全命令の送達があるまでの間は、この限りでない。」と定めている。
債務者は,仮差押命令の送達を受けた後であれば記録を閲覧でき,債権者がどのような被保全権利を主張し,どのような疎明資料を出したのかを確認できる。

なお,e-Govに掲載された未施行の改正条文(令和5年法律第53号による改正)では,記録の電子化に合わせて5条の構成が改められ,債権者以外の者の閲覧等の時期の制限は別の条文に移されている。

3 最初に確認する事項

送達された仮差押命令の決定書と記録から,次の事項を確認することになる。
①発令裁判所と事件番号(保全異議・起訴命令の申立先になる)
②被保全権利の内容と請求債権額
③仮差押えの目的物(不動産,預金債権,売掛金債権等)
④債権者が立てた担保の額
⑤仮差押解放金の額
⑥本案の訴えが既に提起されているか

①から⑥までを見れば,保全異議で発令の当否そのものを争うのか,起訴命令で債権者に本案の提起を迫るのか,解放金を供託して目的物をまず解放するのか,といった方針を立てやすくなる。

第3 債務者の対抗手段の全体像

1 選択肢の一覧

手段根拠申立先主な使い方
保全異議民事保全法26条発令裁判所被保全権利・保全の必要性の不存在,担保額・解放金額の不当等を主張して,発令の当否を審理し直してもらう
起訴命令による保全取消し同法37条発令裁判所本案の訴えを起こしていない債権者に,期間内の提起を命じてもらう
事情変更による保全取消し同法38条発令裁判所又は本案の裁判所発令後の弁済・相殺,本案での敗訴等を理由に取消しを求める
特別事情による保全取消し同法39条仮処分命令だけが対象であり,仮差押えには使えない
仮差押解放金の供託同法22条・51条供託所(供託後に保全執行裁判所へ証明)争わずに,仮差押えの執行を取り消させる
本案で争う本案の裁判所債権者の請求を争い,勝訴した後に事情変更による取消し等につなげる
損害賠償請求民法709条等不当な仮差押えで生じた損害の賠償を求める
保全抗告同法41条抗告裁判所(抗告状は原裁判所に提出)保全異議・保全取消しの決定に対する不服申立て

保全異議,起訴命令及び事情変更による保全取消しの申立ては,いずれも書面でしなければならない(民事保全規則1条3号・4号,28条)。
保全抗告も書面でする(同規則1条5号)。

東京地方裁判所民事第9部の案内(令和8年9月17日確認)では,保全異議,保全取消し及び保全抗告は,令和8年5月21日から始まった民事訴訟の全面電子化の対象外であり,書面を提出する必要があるとされている。
同じ案内によれば,申立ての手数料は,保全異議及び保全取消しが収入印紙500円,保全抗告が収入印紙3,000円であり,別に郵便切手が必要である。
この金額は,民事訴訟費用等に関する法律別表第一の17の項ハ(500円)及び18の項(3)(保全命令の申立手数料2,000円の1.5倍)と一致する。

大阪地方裁判所第1民事部が掲載している「収入印紙、郵便切手、決定に係る目録数」の表(令和6年10月1日からのもの。令和8年9月17日確認)でも,保全異議・保全取消申立事件の収入印紙は500円,保全抗告は3,000円(基本事件の1.5倍)とされている。
同じ表では,保全異議・保全取消申立事件の郵便切手は合計6,150円で,申立書副本(書証があればその写し)を被申立人(債権者)の人数分提出する必要があり,保全抗告の郵便切手は合計3,550円で,申立書の提出先は民事訟廷事件係(本館1階)とされている。
起訴命令申立事件については,収入印紙は「不要」,郵便切手は1,220円に債権者の数を乗じた額とされている。
大阪地方裁判所第1民事部の案内ページには,保全異議等の審理期間の目安は掲載されていない。

2 特別事情による保全取消しは仮差押えに使えないこと

民事保全法39条1項は,「仮処分命令により償うことができない損害を生ずるおそれがあるときその他の特別の事情があるときは、仮処分命令を発した裁判所又は本案の裁判所は、債務者の申立てにより、担保を立てることを条件として仮処分命令を取り消すことができる。」と定めている。
対象は「仮処分命令」であり,仮差押命令は含まれない。

教材102頁は,仮処分は特定物に関する給付請求権の執行保全等を目的とするから,金銭的な補償だけでは債権者の保護に十分とはいえず,担保提供のみで命令を取り消すことは原則として制度の趣旨に反するが,特別の事情があるときは担保を条件に取り消せるようにしたと説明している。
仮差押えは金銭債権の執行を保全するものであり,債務者が金銭を供託して執行を取り消させる仕組みとしては,仮差押解放金(民事保全法22条・51条)が用意されている。
そのため,仮差押えを受けた債務者が「担保を積むから取り消してほしい」と考える場面では,特別事情による保全取消しではなく,解放金の供託を検討することになる。

3 手段の選び方

保全異議と保全取消しは,いずれも仮差押命令をなくすための手続であるが,争う対象が違う。
教材98頁は,保全取消しの制度は,保全命令自体の当否を争わず,保全命令の存在を前提とし,発令後の事情変更等により命令の取消しを求めるものであると説明している。

発令の時点で被保全権利や保全の必要性が無かったと主張するなら保全異議である。
債権者が本案の訴えを起こさないまま仮差押えを続けているなら起訴命令である。
発令後に弁済した場合や本案で勝訴した場合は,事情変更による保全取消しが典型的な手段となる。
いずれの手続も一定の審理期間がかかるので,目的物の売却や預金の払戻しを急ぐ事情があれば,並行して解放金の供託を検討することになる。

第4 保全異議

1 申立て

(1) 申立先と申立ての時期

民事保全法26条は,「保全命令に対しては、債務者は、その命令を発した裁判所に保全異議を申し立てることができる。」と定めている。
教材88頁は,保全異議は,保全命令の審理が特に迅速性を要求され,その審理も十分に行われる保障がないので,同一審級の裁判所で被保全権利及び保全の必要性の有無を審理し直すことにより,債務者に攻撃防御の機会を与えるものであると説明している。

保全異議の申立てには,保全抗告のような期間の定めがない。
教材96頁は,保全異議の申立ては利益のある限りいつでもできるので,いったん取り下げても再度申し立てることができると説明している。
もっとも,仮差押えの執行が続いている間は債務者の不利益も続くから,争う方針であれば早期に申し立てることになる。

保全異議事件は,著しい遅滞を避け,又は当事者間の衡平を図るために必要があるときは,申立て又は職権により,管轄権を有する他の裁判所に移送されることがある(民事保全法28条,教材88頁注1)。

(2) 申立書の記載事項

保全異議の申立ては書面でしなければならない(民事保全規則1条3号)。
申立書には,①保全命令事件の表示,②債務者の氏名又は名称及び住所並びに代理人の氏名及び住所,③債権者の氏名又は名称及び住所,④申立ての趣旨及び理由を記載する(同規則24条1項)。

申立ての趣旨は,保全命令の取消し,変更又は保全命令の申立ての却下を求めるものになり,一部の取消し又は変更を求める場合にはその範囲を明らかにする必要がある(同規則24条2項,教材88頁~89頁)。
申立ての理由には,保全命令の取消し又は変更を求める事由を具体的に記載し,かつ,立証を要する事由ごとに証拠を記載しなければならない(同規則24条3項)。
東京地方裁判所民事第9部の案内には,保全異議の申立書の書式(書式33)が掲載されている。

2 異議の理由

教材89頁は,異議事由として,①被保全権利又は保全の必要性が存在しないこと,②管轄違い,③担保の額が低額すぎること,④解放金が高額すぎること,⑤保全命令の内容が不当であること等を挙げている。

被保全権利については,債権者の主張する債権がそもそも成立していないこと,弁済・相殺等で消滅していること等を主張・疎明することになる。
保全の必要性については,債務者に十分な資力があり,強制執行をすることができなくなるおそれ等(民事保全法20条1項)が無いことを主張することが考えられる。
担保の額や解放金の額の不当を主張する場合には,変更の決定を求めることになる。
担保の額の決まり方は仮差押えの担保金はいくらか―目的物の価格を基準とする算定方法,担保基準表及び立て方で,解放金の額は仮差押解放金とは―金額の決まり方,供託による執行の取消し及び債権者の回収方法で説明している。

教材103頁は,保全異議は保全命令を申立ての当初に戻して審理を再開するものであるから,債務者は,保全命令が当初から不当であることはもちろん,その後に生じたすべての事由を主張し得ると説明している。
したがって,発令後の弁済等の事情も,保全異議の中で主張することができる。

3 審理

(1) 口頭弁論又は双方審尋が必要であること

民事保全法29条は,「裁判所は、口頭弁論又は当事者双方が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、保全異議の申立てについての決定をすることができない。」と定めている。
教材90頁は,保全異議の段階では既に保全命令が発令され,一般に保全執行も終了しており,密行性の要請はないから,双方立会いの手続の実質を取り入れて,債務者にも主張・立証をさせ,改めて審理をやり直す手続であると説明している。

債権者は,保全異議の申立書の写しの送付を受けたときは,遅滞なく,保全命令の申立ての手続で提出した主張書面及び書証を債務者に直送しなければならない(民事保全規則26条本文,教材90頁)。
これにより,債務者は,発令の基礎となった債権者の主張と疎明資料を手元で検討できる。

疎明は即時に取り調べることができる証拠によってしなければならない(民事保全法7条,民事訴訟法188条)。
教材91頁は,参考人や当事者本人の審尋は当事者双方が立ち会うことのできる審尋期日においてのみでき,参考人等を呼び出すことはできないと説明している。
債務者側で参考人の話を聞いてもらいたい場合は,期日に同行する必要がある。

(2) 審理の終結

民事保全法31条本文は,審理を終結するには,相当の猶予期間を置いて,審理を終結する日を決定しなければならないと定めている。
ただし,口頭弁論又は当事者双方が立ち会うことができる審尋の期日においては,直ちに審理を終結する旨を宣言することができる(同条ただし書)。
教材92頁は,この規律を,当事者双方の対等性を保障し不意打ちを防止するためのものと説明している。

4 決定

(1) 認可・変更・取消し

民事保全法32条1項は,「裁判所は、保全異議の申立てについての決定においては、保全命令を認可し、変更し、又は取り消さなければならない。」と定めている。
教材92頁注1によれば,認可は保全命令を維持し,取消しは保全命令を覆すものであり,いずれにも一部認可・一部取消しがある。
変更とは,保全命令の実質を変えずに内容や方法を変える場合や,債権者に新たに担保を立てることや増担保を命じて保全命令を認可する場合等をいう。

裁判所は,認可又は変更の決定において,相当と認める一定の期間内に債権者が担保を立て,又は担保の額を増加してその増加額について担保を立てることを,保全執行の実施又は続行の条件とすることができる(同条2項)。
追加担保を続行の条件とする裁判があったのに,債権者が期間の末日から1週間以内に担保を立てたことを証する書面を提出しないときは,債務者がその裁判の正本を提出すれば,保全執行裁判所又は執行官は既にした執行処分を取り消さなければならない(同法44条1項・2項,教材93頁)。

また,裁判所は,保全命令を取り消す決定について,債務者が担保を立てることを条件とすることができる(同法32条3項)。

(2) 取消決定の効力

教材93頁~94頁は,決定は告知により直ちに効力を生ずるのが原則であり,保全命令を取り消す決定を債務者が執行機関に提出すると,執行は停止され,既にした執行処分は取り消されると説明している(民事保全法46条,民事執行法39条1項1号,40条)。

もっとも,裁判所は,保全命令を取り消す決定において,その送達を受けた日から2週間を超えない範囲内で相当と認める一定の期間を経過しなければその決定の効力が生じない旨を宣言することができる(民事保全法34条本文)。
これは,債権者が保全抗告をして取消決定の効力の停止の裁判(同法42条)を求める機会を確保するためのものであり,保全抗告をすることができないときは宣言できない(同法34条ただし書,教材93頁~94頁)。
債務者としては,取消決定に効力発生を遅らせる宣言が付いているかを確認し,効力が生じた後に決定の正本を執行機関に提出して執行処分の取消しを得ることになる。

5 保全執行の停止の裁判(民事保全法27条)

保全異議を申し立てても,それだけで仮差押えの執行が止まるわけではない。
民事保全法27条1項は,保全異議の申立てがあった場合において,「保全命令の取消しの原因となることが明らかな事情及び保全執行により償うことができない損害を生ずるおそれがあることにつき疎明があったときに限り」,裁判所は,申立てにより,担保を立てさせて,又は担保を立てることを条件として,保全執行の停止又は既にした執行処分の取消しを命ずることができると定めている。

要件は,①取消しの原因となることが「明らかな」事情と,②「償うことができない損害」を生ずるおそれの両方であり,いずれも疎明が必要である。
教材95頁は,民事保全は緊急かつ暫定的な裁判であり,その執行を暫定的に停止する裁判を認めることは暫定に暫定を重ねることとなり,一般的には望ましいことではないとしつつ,不服申立てが無意味にならないように認められた制度であると説明している。
この説明からも,停止の裁判は例外的なものと位置付けられていることが分かる。

停止等の裁判と,これを取り消し,変更し,又は認可する裁判に対しては,独立して不服を申し立てることができない(同条4項,教材96頁)。
この停止の裁判の規定は,保全取消し及び保全抗告にも準用されている(同法40条1項,41条4項)。

6 取下げと判事補の権限

保全異議の申立ての取下げには,債権者の同意を要しない(民事保全法35条)。
取下げは,口頭弁論又は審尋の期日においてする場合を除き,書面でしなければならない(民事保全規則4条1項,教材96頁)。

保全異議の申立てについての裁判は,判事補が単独ですることができない(民事保全法36条)。
教材96頁は,いったん発令された保全命令に対するものとしてより慎重な審理が要求されるからであり,保全取消しについても,起訴命令の手続を除き同様であると説明している(同法40条1項)。

第5 起訴命令による保全取消し(民事保全法37条)

1 起訴命令

(1) 制度の趣旨と内容

仮差押えは,本案の訴えを起こす前に申し立てることができる。
教材98頁は,本案訴訟の係属前に保全命令が発せられた場合,債務者は未確定な権利の保全のため重大な苦痛を被ることになるので,被保全権利の存否の確定を急ぐことは正当な要求であると説明している。

民事保全法37条1項は,保全命令を発した裁判所は,債務者の申立てにより,債権者に対し,相当と認める一定の期間内に,本案の訴えを提起するとともにその提起を証する書面を提出し,既に本案の訴えを提起しているときはその係属を証する書面を提出すべきことを命じなければならないと定めている。
同条2項は,「前項の期間は、二週間以上でなければならない。」と定めている。

債務者から申立てがあれば,裁判所は起訴命令を発しなければならず,裁量で申立てを退けることは条文上予定されていない。
起訴命令の申立ては,保全異議の申立書と同じ事項を記載した書面でしなければならない(民事保全規則28条,24条1項)。
東京地方裁判所民事第9部の案内には,本案訴訟の不提起等による保全取消しの申立書の書式(書式34)が掲載されている。

(2) 本案訴訟の範囲

教材99頁は,ここにいう本案訴訟とは本執行のための債務名義を形成する手続(反訴を含む。)をいい,被保全権利と本案の訴訟物とは同一であるべきであるが,判例は請求の基礎が同一であればよいと解していると説明している。

教材が引用する最高裁判所第一小法廷昭和26年10月18日判決(昭和25年(オ)第63号,民集5巻11号600頁)は,旧民事訴訟法下の仮処分の事案である。
仮処分により保全すべき請求が所有権に基づく不動産の引渡し及び虚偽譲渡を理由とする所有権移転登記の抹消であり,起訴命令に基づいて提起された本案訴訟の請求がその譲渡行為を詐害行為として同じく登記の抹消を求めるものであるときは,両者は請求の基礎において同一性があると判示している。
債権者が起訴命令を受けて提起した訴えの訴訟物が被保全権利と形式上異なっても,請求の基礎が同一であれば,本案の訴えを提起しなかったことにはならないと考えられる。

(3) 起訴命令に対する不服申立て

民事保全法37条には,起訴命令やその申立てを却下する裁判に対する不服申立てについての定めはない。
保全抗告の対象は「保全異議又は保全取消しの申立てについての裁判」(同法41条1項)であり,起訴命令の申立て(同法37条1項)についての裁判がこれに含まれるとは条文上書かれていない。

教材113頁の「不服申立て手続(保全命令を地裁へ申し立てた場合)」の図は,起訴命令の申立てが却下された場合について「通常抗告」を示す一方,起訴命令が発令された場合については,不服申立ての経路を示していない。
教材98頁~100頁の本文にも,起訴命令に対する不服申立てについての記載は見当たらない。
なお,民事訴訟法328条1項は,口頭弁論を経ないで訴訟手続に関する申立てを却下した決定又は命令に対しては抗告をすることができると定めているが(民事保全法7条により準用),教材の図は根拠条文を示していない。
本記事では,起訴命令の発令に対して債権者が不服を申し立てられるかどうかについて断定しない。
債務者の立場からは,申立てが却下された場合に抗告を検討する余地があるという程度にとどめておく。

2 本案の訴えとみなされる手続

民事保全法37条5項は,次の手続を本案の訴えの提起とみなしている。
①本案が家事事件手続法257条1項に規定する事件であるときの家庭裁判所に対する調停の申立て
②本案が労働審判法1条に規定する事件であるときの地方裁判所に対する労働審判手続の申立て
③本案に関し仲裁合意があるときの仲裁手続の開始の手続
④本案が公害紛争処理法2条に規定する公害に係る被害についての損害賠償の請求に関する事件であるときの責任裁定の申請

これらの手続が調停の成立,労働審判,仲裁判断又は責任裁定によらないで終了したときは,債権者は,その終了の日から起訴命令で定められた期間と同一の期間内に本案の訴えを提起しなければならない(同条6項)。
教材100頁注2は,支払督促の申立て等を本案として適格とする見解もあるが,近時は否定する見解も有力であると紹介している。
なお,教材99頁は①を旧家事審判法18条1項の事件として説明しているが,現行条文では家事事件手続法257条1項である。

3 期間内に書面が出ない場合の取消し

民事保全法37条3項は,「債権者が第一項の規定により定められた期間内に同項の書面を提出しなかったときは、裁判所は、債務者の申立てにより、保全命令を取り消さなければならない。」と定めている。
取消しは自動的にされるのではなく,改めて債務者の申立てが必要である点に注意を要する。

また,書面が提出された後に本案の訴えが取り下げられ,又は却下された場合には,その書面を提出しなかったものとみなされる(同条4項)。
取消しの決定には理由を付し,当事者に送達される(同条8項,16条本文,17条,教材100頁注3)。

なお,e-Govに掲載された未施行の改正条文(令和5年法律第53号による改正)では,37条の「書面」は「書面又は電磁的記録」に改められている。

4 起訴命令を使う場面

起訴命令は,被保全権利の存否を保全手続の中で争うのではなく,本案訴訟の場に移すための手段である。
債権者が本案の訴えを起こすつもりのないまま仮差押えを続け,債務者に事実上の圧力をかけているとみられる場合には,特に有効と考えられる。

他方で,債権者が期間内に本案の訴えを起こせば,仮差押えは維持されたまま本案訴訟が始まる。
その場合,債務者は本案訴訟で請求を争い,勝訴した段階で事情変更による保全取消し(後記第6)を申し立てることになる。

第6 事情変更による保全取消し(民事保全法38条)

1 要件と申立先

民事保全法38条1項は,「保全すべき権利若しくは権利関係又は保全の必要性の消滅その他の事情の変更があるときは、保全命令を発した裁判所又は本案の裁判所は、債務者の申立てにより、保全命令を取り消すことができる。」と定めている。
事情の変更は,債務者が疎明しなければならない(同条2項)。

申立先は,発令裁判所のほか本案の裁判所でもよい点で,保全異議や起訴命令と異なる。
東京地方裁判所民事第9部の案内も,事情の変更による保全取消しは発令裁判所又は本案の裁判所のいずれかに申し立てることができるとしており,事情変更による保全取消しの申立書の書式(書式35)を掲載している。

2 事情の変更の例

(1) 被保全権利に関するもの

教材101頁は,事情の変更とは,被保全権利又は保全の必要性に関し,発令当時と異なる事情が生ずるに至ったことをいうとしたうえで,発令当時既にその要件を欠いていたが発令後に発見された場合も含まれるとされていると説明している。

被保全権利に関する事情の変更の例として,教材101頁は,履行,相殺,解除による消滅などを挙げている。
また,本案訴訟において債権者が敗訴した場合,その確定前であっても被保全権利の存在が否定される蓋然性があるときは,事情変更による取消しの事由となし得ると説明している。

教材が引用する最高裁判所第一小法廷昭和27年11月20日判決(昭和24年(オ)第122号,民集6巻10号1008頁)は,旧民事訴訟法下の仮処分の事案である。
仮処分決定の後に仮処分申請者が本案訴訟の第一審で敗訴した(控訴はしていた)事案について,裁判所は必ずしも常に仮処分決定を取り消すことを要し又は得るものではないが,その自由裁量によって本案判決が上級審において取り消されるおそれがないと判断するときには,事情の変更があったものとして仮処分決定を取り消すことができる旨を判示している。
前記最高裁判所第一小法廷昭和26年10月18日判決も,理由中で,本案の第一審で仮処分申請者の請求の一部を棄却する判決が言い渡されたが,原審の口頭弁論終結時にはこれに対する控訴の提起もなく,上訴審において取り消されるおそれがないとは速断できないとして事情の変更を否定した原判決について,事情の変更に当たるか否かは当該裁判所が諸般の事情を考慮して自由に決すべきところであるとして,違法ではないとしている。
したがって,債務者が本案の第一審で勝訴しただけで当然に取消しが認められるわけではなく,本案判決が上級審で覆されるおそれが小さいことを疎明する必要があると考えられる。

(2) 保全の必要性に関するもの

保全の必要性に関する事情の変更の例として,教材101頁は,債権者が本執行の要件を備えたにもかかわらず着手しない場合,債権者が被保全債権について十分な担保を取得した場合,債務者が十分な財産を有するに至った場合などを挙げている。

(3) 債権者が本案で勝訴して債務名義を得た場合

債権者が本案で勝訴して債務名義を得たことが保全の必要性の消滅に当たるかについては,判例秘書に登載された次の下級審の裁判例がある(いずれも判示事項・判決要旨の範囲で紹介する)。

名古屋高等裁判所金沢支部平成3年5月27日判決(平成2年(ネ)第215号,判例タイムズ777号215頁,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)は,旧民事訴訟法下の仮差押命令取消請求の事案である。
仮差押決定後に本案で勝訴が確定し債務名義を取得したときは,執行停止等の執行障害がある特段の場合を除き,執行開始の要件を備えれば保全の必要性は消滅し,債務者は事情変更に基づく取消しを請求できるとされた事例である。
また,本執行の申立て後に無剰余を理由に競売手続が取り消された場合は,執行障害がある特段の場合に当たらないとされている。

これに対し,大阪高等裁判所平成11年7月15日決定(平成11年(ラ)第477号,金融法務事情1564号71頁,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)は,保全取消申立却下決定に対する保全抗告事件である。
その判決要旨によれば,債権者が確定判決を得て本執行を開始したが,本執行が無剰余を理由に取り消された場合でも,将来的に被保全権利が満足される可能性が残されているときは,仮差押えを継続する必要性を否定できず,債務者は事情の変更を理由として仮差押命令の取消しを求めることはできないとされている。

このように,本執行が無剰余を理由に取り消された場合の扱いについては,上記2件で結論の方向が異なる。
債権者が債務名義を得たのに本執行に着手しない場合や,本執行が無剰余で取り消された場合に事情変更による保全取消しを申し立てるときは,将来満足を受ける可能性の有無を含めて主張・疎明を組み立てる必要があると考えられる。

3 弁済しただけでは仮差押えの執行は止まらないこと

本執行については,債権者が債務名義の成立後に弁済を受けた旨を記載した文書を提出すれば,強制執行は一定期間停止される(民事執行法39条1項8号・2項)。
しかし,民事保全法46条は,保全執行について民事執行法39条1項のうち1号から4号の2まで,6号及び7号だけを準用しており,8号を準用していない。

したがって,債務者が仮差押えの被保全債権を全額弁済しても,それだけで仮差押えの執行が止まったり外れたりするわけではない。
債権者が任意に仮差押命令の申立てを取り下げない限り,債務者は,弁済を疎明して事情変更による保全取消しを申し立てることになる。
取下げの手続は仮差押えの取下げ―債務者の同意の要否,書面での取下げ,執行の解放及び担保の取戻しで説明している。

4 決定

事情変更による保全取消しの申立てについての決定には,理由を付し,当事者に送達される(民事保全法38条3項,16条本文,17条)。
裁判所は,この決定において,債権者の担保の追加を保全執行の実施又は続行の条件とし,又は保全命令の取消しを債務者の立担保にかからせることができる(同法38条3項,32条2項・3項,教材101頁~102頁)。

口頭弁論又は双方審尋の期日を経る必要があること(同法29条),取消決定の効力発生を遅らせる宣言ができること(同法34条),保全執行の停止の裁判ができること(同法27条)等は,保全異議の規定が準用される(同法40条1項)。

第7 保全異議と保全取消しの関係

1 主張できる事由の違い

教材103頁は,保全異議では,保全命令が当初から不当であることはもちろん,その後に生じたすべての事由を主張し得るのに対し,保全取消しの申立てでは,保全命令の存続の不当性に関する主張に限られると説明している。

したがって,発令後の弁済は保全異議でも保全取消しでも主張できるが,発令当時から被保全権利が無かったという主張は,原則として保全異議ですることになる。
ただし,前記第6の2(1)のとおり,発令当時から要件を欠いていたことが発令後に発見された場合も事情の変更に含まれるとされている。

2 同一手続での主張と申立ての競合

教材103頁~104頁は,次のように説明している。
①保全異議の手続中で保全取消しの事由を主張するときは,保全命令申立てに対する抗弁事由となる。
②保全異議の申立てに保全取消しの申立てを併合することは,同位的には認められないが,選択的・予備的になされた場合には,併合要件を具備する限り許される。
③先に保全取消しの申立てをした場合は,その手続中で保全異議の事由を攻撃方法として主張することは許されない。
④保全異議の係属中に別個の手続で保全取消しを申し立てること(又はその逆)について,実務は競合を認め,審理の重複等は運用で調整している。
⑤保全異議で保全命令取消しの裁判が確定したときは,同時に係属していた取消しの申立ては,一般には申立ての利益を欠くものとして却下を免れない。

③からすると,発令当時からの被保全権利の不存在と発令後の事情の両方を主張したい場合には,保全異議を申し立ててその中で両方を主張するのが基本になると考えられる。

第8 保全抗告(民事保全法41条)

1 期間と対象

民事保全法41条1項本文は,保全異議又は保全取消しの申立てについての裁判に対しては,「その送達を受けた日から二週間の不変期間内に、保全抗告をすることができる。」と定めている。
保全抗告は,債務者だけでなく債権者もすることができる(教材105頁)。
債務者は保全命令を認可する決定等に対して,債権者は保全命令を取り消す決定等に対して保全抗告をすることになる。

ただし,抗告裁判所が発した保全命令に対する保全異議の申立てについての裁判に対しては,保全抗告をすることができない(同項ただし書)。
保全命令の申立てが第一審で却下され,債権者の即時抗告を受けて抗告裁判所が保全命令を発した場合がこれに当たる。

保全抗告の申立ては書面でしなければならない(民事保全規則1条5号)。
東京地方裁判所民事第9部の案内では,保全抗告は同庁の民事事件係で受け付けるとされ,保全抗告の申立書の書式(書式36)が掲載されている。

2 手続の特徴

民事保全法41条2項は,「原裁判所は、保全抗告を受けた場合には、保全抗告の理由の有無につき判断しないで、事件を抗告裁判所に送付しなければならない。」と定めている。
原裁判所が自ら決定を見直すことはなく,抗告裁判所が審理する。

保全抗告についての裁判に対しては,更に抗告をすることができない(同条3項)。
保全抗告の手続にも,停止の裁判(同法27条1項)等の規定が準用される(同条4項)。

3 取消決定の効力の停止(民事保全法42条)

保全異議等で保全命令を取り消す決定がされると,その決定は原則として告知により直ちに効力を生じ,債権者が保全抗告をしても取消決定の効力は当然には停止されない(教材105頁~106頁)。

そこで,民事保全法42条1項は,保全命令を取り消す決定に対して保全抗告があった場合において,原決定の取消しの原因となることが明らかな事情及びその命令の取消しにより償うことができない損害を生ずるおそれがあることにつき疎明があったときに限り,抗告裁判所は,申立てにより,担保を立てさせて,又は担保を立てることを条件として,取消決定の効力の停止を命ずることができると定めている。

債務者からみると,取消決定を得ても,債権者が保全抗告とともにこの停止の裁判を得ると,執行の解放が止まることになる。
前記第4の4(2)の効力発生を遅らせる宣言(同法34条)と併せて,取消決定を得た後の動きを確認しておく必要がある。

4 保全抗告についての決定に対する特別抗告・許可抗告

(1) 民事訴訟法の準用と条文

民事保全の手続には,特別の定めがある場合を除き,その性質に反しない限り,民事訴訟法の規定が準用される(民事保全法7条)。

民事訴訟法336条1項は,「地方裁判所及び簡易裁判所の決定及び命令で不服を申し立てることができないもの並びに高等裁判所の決定及び命令に対しては、その裁判に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、最高裁判所に特に抗告をすることができる。」と定め(特別抗告),同条2項は,「前項の抗告は、裁判の告知を受けた日から五日の不変期間内にしなければならない。」と定めている。

民事訴訟法337条1項は,高等裁判所の決定及び命令に対しては,その高等裁判所が許可したときに限り,最高裁判所に特に抗告をすることができるとし,ただし書で,「その裁判が地方裁判所の裁判であるとした場合に抗告をすることができるものであるときに限る。」と定めている(許可抗告)。
高等裁判所は,最高裁判所の判例と相反する判断がある場合その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められる場合には,申立てにより,決定で,抗告を許可しなければならない(同条2項)。
許可の申立てには,特別抗告の期間の定め(同法336条2項)が準用されるので(同法337条6項),告知を受けた日から5日の不変期間内にしなければならない。

(2) 民事保全法41条3項との関係

民事保全法41条3項は保全抗告についての裁判に対して「更に抗告をすることができない」と定めているため,高等裁判所がした保全抗告についての決定が,地方裁判所の裁判であるとした場合に抗告をすることができるもの(民事訴訟法337条1項ただし書)に当たるかが問題になった。

最高裁判所第一小法廷平成11年3月12日決定(平成10年(ク)第699号,民集53巻3号505頁)は,高等裁判所のした保全抗告についての決定は許可抗告の対象となると判示した。
理由中では,許可抗告制度は法令解釈の統一を図ることを目的とし,高等裁判所のした保全抗告についての決定に法令の解釈に関する重要な事項が含まれ,法令解釈の統一を図る必要性が高いことは執行抗告等についての決定と同様であるから,同条1項ただし書は保全抗告についての決定を許可抗告の対象から除外する趣旨の規定ではないとしている。
同決定の事案では,抗告許可の申立てを却下した原決定の判断は法令の解釈を誤ったものとされたが,特別抗告の理由(憲法違反)には当たらないとして,抗告自体は棄却されている。
教材113頁の図も,保全抗告の決定に対する再抗告は不可としつつ,民事訴訟法上の特別抗告及び許可抗告は可としている。

実際に,最高裁判所第三小法廷平成29年12月19日決定(平成29年(許)第10号,民集71巻10号2592頁)(事件名は「債権仮差押命令を取り消す決定に対する保全抗告審の債権仮差押命令一部認可決定に対する許可抗告事件」)や,最高裁判所第三小法廷令和6年10月23日決定(令和6年(許)第1号,民集78巻5号1353頁)(事件名は「仮差押命令認可決定に対する保全抗告審の取消決定に対する許可抗告事件」)のように,仮差押えの保全抗告審の決定について許可抗告を経て最高裁判所の判断が示された例がある。

(3) 期間の注意

保全抗告の期間は決定の「送達を受けた日」から2週間であるが(民事保全法41条1項),特別抗告及び許可抗告の申立ては「告知を受けた日」から5日である(民事訴訟法336条2項,337条6項)。
特別抗告と許可抗告は別の手続なので,憲法違反と法令解釈の重要事項の両方を主張したいときは,それぞれの申立てを期間内にすることになる。
なお,許可抗告の対象は高等裁判所の決定に限られるので(同法337条1項),簡易裁判所が発した保全命令について地方裁判所が保全抗告についての決定をした場合は,許可抗告の対象にはならず,特別抗告だけが問題になると考えられる(同法336条1項,337条1項)。
理由書の提出期限等は,即時抗告・執行抗告・再抗告・特別抗告・許可抗告の期限,理由書期限及び執行停止で説明している。

第9 期限の早見表

1 民事保全の主な期間

手続期間起算点・内容主に関係する当事者根拠
却下決定に対する即時抗告2週間(不変期間)告知を受けた日から債権者民事保全法19条1項
保全執行期間2週間債権者に保全命令が送達された日から(経過後は執行できない)債権者同法43条2項
保全異議定めなし利益のある限りいつでも(教材96頁)債務者同法26条
起訴命令で定める期間2週間以上裁判所が定める債権者同法37条2項
保全抗告2週間(不変期間)決定の送達を受けた日から債権者・債務者同法41条1項
保全抗告についての高裁の決定に対する特別抗告・許可抗告の申立て5日(不変期間)決定の告知を受けた日から債権者・債務者民事訴訟法336条2項,337条6項
取消決定の効力発生を遅らせる宣言2週間を超えない範囲取消決定の送達を受けた日から債権者・債務者同法34条
追加担保を立てたことを証する書面の提出1週間以内担保を立てる期間の末日から債権者同法44条1項

期間の管理は,送達を受けた日と告知を受けた日のどちらから数えるかを含めて,決定書の受領日を記録しておくことが前提になる。

2 民事訴訟の即時抗告・執行抗告との違い

民事訴訟法332条は,「即時抗告は、裁判の告知を受けた日から一週間の不変期間内にしなければならない。」と定めている。
民事執行法10条2項も,執行抗告は裁判の告知を受けた日から1週間の不変期間内にしなければならないと定めている。

これに対し,民事保全法の即時抗告(19条1項)と保全抗告(41条1項)は2週間である。
民事保全の手続には民事訴訟法が準用されるが(民事保全法7条),期間については民事保全法に特別の定めがあるので,1週間と混同しないようにする必要がある。
また,保全抗告の起算点は「送達を受けた日」であり,民事訴訟法の即時抗告の「告知を受けた日」とは文言が異なる。

民事訴訟の決定に対する即時抗告の1週間はmintsで決定・命令を受け取るとき―電子決定書・電子命令書の送達,即時抗告期間1週間及び予定日が通知されない問題で,各種抗告の期限は即時抗告・執行抗告・再抗告・特別抗告・許可抗告の期限,理由書期限及び執行停止で説明している。

第10 その他の対抗手段

1 仮差押解放金の供託

仮差押命令には,仮差押えの執行の停止を得るため,又は既にした仮差押えの執行の取消しを得るために債務者が供託すべき金銭の額(仮差押解放金)が必ず定められる(民事保全法22条1項)。
債務者が解放金を供託したことを証明したときは,保全執行裁判所は仮差押えの執行を取り消さなければならず,その決定は即時に効力を生ずる(同法51条)。

解放金の供託は,被保全債権や保全の必要性を争わなくても目的物を解放できる点で,保全執行の停止の裁判(同法27条)よりも確実な手段である。
ただし,取り消されるのは仮差押えの執行であって仮差押命令そのものではないから,供託した解放金を取り戻すには,保全異議や保全取消しで仮差押命令を取り消してもらう等の手続が別に必要になる。
詳しくは仮差押解放金とは―金額の決まり方,供託による執行の取消し及び債権者の回収方法で説明している。

2 本案で争う

仮差押えは本案の権利の実現を保全するための暫定的な手続であり,最終的な権利関係は本案訴訟で決まる。
債務者が本案訴訟で勝訴すれば,確定前であっても被保全権利の存在が否定される蓋然性があるとして,事情変更による保全取消しを申し立てることが考えられる(教材101頁)。

反対に,債権者が本案で勝訴して債務名義を得ると,仮差押えは本執行に移行し得る。
その段階での対抗手段は,強制執行に対する債務者の対抗手段―執行抗告,請求異議の訴え,執行停止,差押禁止債権の範囲変更の対象になる。

3 不当な仮差押えによる損害賠償

仮差押命令が保全異議等で取り消され,又は本案で債権者の敗訴が確定した場合には,債務者は債権者に対し,仮差押えによって生じた損害の賠償を求めることが考えられる。
最高裁判所第三小法廷昭和43年12月24日判決(昭和43年(オ)第260号,民集22巻13号3428頁)は,仮処分の事案について,仮処分命令が異議若しくは上訴手続において取り消され,又は本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡されて確定した場合には,他に特段の事情のないかぎり,申請人に過失があったものと推認するのが相当である旨を判示している(同事件では,申請人が相手方を取り違えたこと等の事情から,取消しの一事をもって過失があったとはいえないとされた)。

債権者が立てた担保は,このような損害賠償請求権を担保するものであり,債務者は担保について他の債権者に先立ち弁済を受ける権利を有する(民事保全法4条2項,民事訴訟法77条,教材107頁)。
債権者から担保取消しへの同意を求められたときは,損害賠償請求の可能性を検討してから応じるかどうかを判断することになる。
損害賠償については不当な仮差押えによる損害賠償―過失の推認と担保(供託金)からの回収で,担保の取消しについては仮差押えの担保(供託金)を取り戻す方法―担保取消しの3類型,簡易の取戻し及び所要期間で説明している。

4 保全執行の手続上の違法を争う場合

民事保全法46条は,民事執行法5条から14条まで(執行異議を定める11条,取消決定等に対する執行抗告を定める12条を含む。)等を保全執行に準用している。
民事執行法11条1項は,「執行裁判所の執行処分で執行抗告をすることができないものに対しては、執行裁判所に執行異議を申し立てることができる。執行官の執行処分及びその遅怠に対しても、同様とする。」と定めている。
保全執行でいえば,保全執行裁判所の執行処分で執行抗告をすることができないものや,執行官の執行処分(動産に対する仮差押えの執行は執行官が目的物を占有する方法により行われる。民事保全法49条1項)及びその遅怠について,手続上の違法を争うときに執行異議を申し立てることになる。
執行異議は保全執行の手続上の違法を争うものであり,被保全権利や保全の必要性が無いという保全命令の当否の主張は,保全異議又は保全取消しで行うことになると考えられる。
執行異議の申立てがあった場合には,執行抗告の場合と同様に,裁判所は原裁判の執行の停止等を命ずることができ(民事執行法11条2項,10条6項前段),その停止等の決定に対しては不服を申し立てることができない(同法11条2項,10条9項)。
なお,民事保全法46条が準用する民事執行法39条1項は1号から4号の2まで,6号及び7号に限られ,弁済受領文書を定める8号は準用されていないことは,前記第6の3のとおりである。

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第12 出典・参考資料

1 法令・裁判所規則

民事保全法(e-Gov法令検索)3条,5条,7条,17条,19条,20条,22条,23条,26条~29条,31条,32条,34条~44条,46条,49条,51条
民事保全規則(裁判所HP掲載PDF)1条,4条,24条,26条,28条
民事訴訟法(e-Gov法令検索)77条,188条,328条,332条,336条,337条
民事執行法(e-Gov法令検索)10条~12条,39条,40条
民事訴訟費用等に関する法律(e-Gov法令検索)別表第一の10の項,17の項,18の項

2 裁判例

最高裁判所第一小法廷昭和26年10月18日判決(昭和25年(オ)第63号,民集5巻11号600頁)
最高裁判所第一小法廷昭和27年11月20日判決(昭和24年(オ)第122号,民集6巻10号1008頁)
最高裁判所第三小法廷昭和43年12月24日判決(昭和43年(オ)第260号,民集22巻13号3428頁)
最高裁判所第一小法廷平成11年3月12日決定(平成10年(ク)第699号,民集53巻3号505頁)
最高裁判所第三小法廷平成29年12月19日決定(平成29年(許)第10号,民集71巻10号2592頁)
最高裁判所第三小法廷令和6年10月23日決定(令和6年(許)第1号,民集78巻5号1353頁)
⑦名古屋高等裁判所金沢支部平成3年5月27日判決(平成2年(ネ)第215号,判例タイムズ777号215頁,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)
⑧大阪高等裁判所平成11年7月15日決定(平成11年(ラ)第477号,金融法務事情1564号71頁,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)

3 裁判所等の案内

東京地方裁判所民事第9部「不服の申立て等(保全異議,保全取消し,保全抗告)(電子申立て不可)」(令和8年9月17日確認)
大阪地方裁判所第1民事部「保全部(第1民事部)」(令和8年9月17日確認)
大阪地方裁判所第1民事部「収入印紙、郵便切手、決定に係る目録数」(令和6年10月1日~)(令和8年9月17日確認)

4 文献

①司法研修所編『民事弁護教材 改訂 民事保全(補正版)』(日本弁護士連合会,平成25年3月1日発行)14頁,20頁,35頁,88頁~107頁,113頁