詐害行為取消しの相談では,「相手は悪意だった」という評価を,誰が,何を,いつ知っていたかという事実へ戻す必要がある。受益者と転得者では条文の組み方が異なり,不動産登記の対抗関係でいう背信的悪意者とも要件が異なる。現行条文に沿って,認識と証拠を整理する。
第1 「悪意」を認識の対象・時点・立証に分ける
民法でいう悪意は,通常,問題となる事実を知っていることをいう。相手への敵意や道徳的な非難だけでは,詐害行為取消しの要件を示したことにならない。民法424条1項で問題となるのは,債務者の行為が債権者を害することの認識である。
不動産の二重譲渡でも,先行売買の存在を知っていたことと,責任財産が不足して債権回収を害することを知っていたことは別の命題である。認識の対象を定めた上で,基準となる日と,その認識を示す資料を対応させる。
第2 受益者と転得者の条文の違い
| 確認する者 | 基準時 | 認識と立証の整理 |
|---|---|---|
| 債務者 | 処分行為をした時 | 債権者を害することを知って行為をしたことを債権者が示す(424条1項本文)。 |
| 受益者への請求 | 利益を受ける行為の時 | 債権者を害することを知らなかった場合はただし書で取消請求が排除される。受益者側はその不知を主張・立証する(同項ただし書)。 |
| 直接の転得者 | 自身の転得の時 | 債務者がした行為が債権者を害することを知っていたことが請求の条件となる。取消債権者がその知情を主張・立証する(424条の5第1号)。 |
| さらに後の転得者 | 各転得者それぞれの転得の時 | 現在の相手方と,その前の全ての転得者について知情が必要となる。途中の転得者の確認を省略できない(同条第2号)。 |
受益者に対する請求では,424条1項ただし書が行為時の不知を取消しの障害として定める。転得者に対する請求では,424条の5が転得時の知情を請求できる場合として定める。両者とも債権者を害することの認識が問題となるが,基準時と主張・立証の組み方を同じにしてはならない。
転得者への請求には,まず受益者に対して詐害行為取消請求をすることができる場合であることが必要である。受益者の善意によって受益者への請求ができないのに,後の転得者が事情を知っていたという理由だけで,現行424条の5の請求を認めることはできない。
相当の対価を得てした処分では,424条の2の特則にも注意する。財産の種類の変更により隠匿等の処分のおそれが現に生じたこと,債務者がその意思を有したこと,受益者がその意思を知っていたことが必要となる。通常の424条1項のただし書だけで,相当対価処分の主張・立証を済ませることはできない。
第3 背信的悪意者とは何が違うか
不動産の二重譲渡では,民法177条に基づいて第一買主の所有権を対抗できるかという問題と,424条以下に基づいて売主の責任財産を回復できるかという問題を分ける。先行売買を知っているという単純な悪意だけで,登記を得た者が177条の第三者から当然に排除されるわけではない。
最高裁平成8年10月29日第三小法廷判決(平成5年(オ)第956号)は,背信的悪意者から取得した転得者についても,転得者自身が第一買主との関係で背信的悪意者と評価されるかを別に判断するとした。前の買主の背信性により売買自体が無効になるわけではない。同判決は,転得者自身の背信性を改めて審理するため登記請求部分を差し戻しており,転得者の勝訴を最終確定したものではない。
したがって,背信性を基礎付ける妨害目的や取得経緯と,詐害性の認識を基礎付ける資力・財産流出の情報は,別々に整理する。177条で保護されるかという判断だけから,詐害行為取消しの成否を決めることはできない。
第4 証拠を取得者ごとの時系列に置く
1 行為日と情報を受け取った日を分ける
契約日,支払日,引渡日,登記申請・登記完了の日,通知を受領した日を区別する。受益者と転得者の基準時は条文に沿って確認し,登記の日を無条件に認識の基準日へ置き換えない。取得後に届いた通知は,それだけで取得時の認識を直接示すものではないが,返信やそれ以前の交渉記録と併せて検討できる。
2 資力・対価・説明内容を対応させる
実務上は,契約書,売買代金の支払記録,処分前後の資産・債務の資料,評価資料,交渉時の説明,電子メール,通知の送付・受領記録を,認識を示す命題ごとに整理するとよい。価格が低いこと,短期間で転売されたこと,当事者間に関係があることは調査の端緒となるが,単独で知情を確定する理由にはしない。
「誰から何を聞いたか」と「その説明が正しかったか」を分ける。債務者の資力に関する客観資料は詐害性の確認に使い,その資料を相手方が入手していたかは認識の確認に使う。証拠がない部分は,知っていたとも知らなかったとも決めず,その空欄がどの要件に影響するかを示す。
3 多段階の転売は途中の取得者も調べる
転得経路は,登記履歴と各契約・支払の対応を取得者ごとに確認する。424条の5第2号は,現在の転得者だけでなく,その前の全ての転得者の知情を要求する。現在の所有者の認識だけが明らかでも,途中の取得者が不明であれば,条文が要求する経路全体の確認を終えたことにはならない。
第5 取消対象・相手方・返還先を確定する
取消しの対象は債務者がした行為である。転得者を相手方とする場合も,債務者の処分と,受益者から転得者への取得を区別する。424条の6第2項は,債務者の行為の取消しとともに,転得した財産の返還又は,返還困難な場合の価額償還を請求できると定める。
被告は取消請求の相手方である受益者又は転得者であり,提訴後は債務者へ遅滞なく訴訟告知をする(424条の7)。不動産の返還として売主への登記回復を求める経路と,第一買主が所有権を対抗できることを前提として自己への登記を求める経路を混同しない。424条の9が認める自己への直接支払・引渡し等の対象は,不動産の所有権移転登記とは異なる。
最高裁昭和36年7月19日大法廷判決(昭和30年(オ)第260号)は,特定物引渡請求権も最終的に損害賠償債権へ変わり得ることを理由に,共同担保の保全を認めた。177条による取得の対抗と,無資力を要件とする共同担保の保全では,制度の目的と法律効果が異なる。同判決の不可分物・取消範囲に関する旧法下の判断まで,現在の全事件へ一律に当てはめるものではない。
第6 契約と交渉で残しておく資料
取得前の調査では,権利の競合,占有状況,登記未了の理由,売主の説明,価格算定の前提を記録する。取引の相手方へ確認した事項と,回答を得られなかった事項を分け,表明保証や補償条項に何を反映するか検討する。契約上の保証があること自体は,実際に知らされていた事実を消すものではない。
通知・交渉では,単に「悪意だ」と非難するのではなく,対象行為,保全する債権,責任財産への影響,基準時に相手方へ伝わっていた情報を具体化する。相手方が受益者か転得者かによって応答の構造を確認し,受益者は行為時の不知を裏付ける調査記録を,転得者への請求をする債権者は各転得時の知情を裏付ける資料を整理する。
訴えの期限は426条を確認する。債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを債権者が知った時から2年,行為の時から10年という二つの起算点を分け,交渉中であることだけで期限管理を止めない。
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第8 出典と適用範囲
① e-Gov法令検索「民法」177条,424条,424条の2,424条の5から同条の7まで,424条の9,425条,426条及び平成29年法律第44号附則19条。
② 上記最高裁平成8年10月29日判決の理由三3・4(公開PDF5~6頁)及び主文。
③ 上記最高裁昭和36年7月19日判決の多数意見(公開PDF1~2頁)。
令和8年10月8日に現行民法と公開判決を確認した。本記事は,平成29年改正後の取消権の規律を扱う。改正法附則19条により,令和2年4月1日の施行前に取消対象となる債務者の法律行為がされた場合は旧法によるため,訴えを起こす日や転売の日だけで現行法を適用しない。証拠整理と契約上の確認事項は,条文・判決を踏まえた実務上の提案であり,個別の証拠だけで悪意や取消しの成立を保証するものではない。