第1 二重譲渡には二つの検討経路がある
売主が同じ不動産を第一買主と第二買主へ売り、第二買主が先に所有権移転登記を得た場合には、①第一買主が所有権を第二買主に対抗できるかという民法177条の経路と、②第一買主が売主に対する債権を保全するため第二売買を詐害行為として取り消せるかという民法424条以下の経路を分けて考える。
前者は物権の優劣、後者は債務者の責任財産の回復を目的とする。第二買主が先行売買を知っていたという事実だけで、両方の要件を満たすわけではない。
第2 民法177条と背信的悪意者
民法177条により、不動産に関する物権の得喪及び変更は、登記をしなければ第三者に対抗できない。第二買主が第一売買を知っていたという悪意だけで、当然に「第三者」から排除されるわけではない。
最高裁判例は、登記の欠缺を主張することが信義に反する事情がある者を背信的悪意者として扱う。先行買主の長期間の占有、登記がないことに乗じて利益を得る目的、第一買主への妨害行為、価格及び交渉経過等を総合して判断する。
したがって、第一買主は、第二買主が先行売買を知っていたことに加え、なぜ登記の欠缺を主張することが信義に反するのかを具体的に立証する。
1 先買主が借地人だった場合
第一買主が売買前から土地の賃借人であったときは,土地所有権の登記の優劣だけで終わらない。最高裁昭和47年4月20日判決は,借地人が地主から土地を買いながら所有権移転登記を得ず,地主から重ねて買い受けた第三者が登記を得た事案で,借地人の賃借権は土地所有権との混同で消滅したものとして第三者に対抗できなくなるわけではないとした。第一買主の未登記所有権を第三者に対抗できると判示したものではない。
そこで,先行する賃貸借の成立・存続と第三者への対抗要件を別に調べる。現行法では,借地上の建物について借地人名義の登記があるか(借地借家法10条1項)などを確認し,賃借権に基づく占有・使用の主張と,民法177条に基づく所有権の主張を区別する。
2 民事上の悪意と刑事の共犯を分ける
第二買主が先行売買を知っていたという知情,登記の欠缺を主張することが信義に反する背信的悪意,債権者を害することの認識及び刑事上の共謀・幇助は,それぞれ対応する要件が異なる。
第一売買を知って取引したというだけで,売主の横領の共犯と決めることはできない。最高裁昭和31年6月26日第三小法廷判決(昭和29年(あ)第1447号・刑集10巻6号874頁)は,知情の代物弁済取得者について直ちに横領の共犯と認められないとした。
積極的な二重処分の提案,第一買主の登記の妨害及び売主との役割分担等は,単なる知情取得と区別して検討する。刑事責任と証拠の整理は「不動産の二重売買・無断抵当の刑事責任」を参照されたい。
3 背信的悪意者からの転得者
最高裁平成8年10月29日第三小法廷判決(平成5年(オ)第956号・民集50巻9号2506頁)は,第二買主が背信的悪意者であっても,そこから買い受けて登記を得た転得者は,第一買主との関係で転得者自身が背信的悪意者と評価されない限り,所有権取得を対抗できるとした。
第二買主の背信性によって売買自体が無効になるわけではなく,登記の欠缺を主張できるかは第一買主との関係で相対的に判断するからである(理由三3)。
同判決は,転得者自身の背信性を判断していない原審について,所有権移転登記手続請求に関する部分を破棄して差し戻した。転得者の勝訴を最終確定した判決ではない(主文及び理由三4)。
民法177条の対抗関係では取得者ごとに背信性を検討し,詐害行為取消しでは第4に記載した民法424条の5の認識要件を検討する。両者の「転得者」を同じ要件で処理しない。
判決の結論と理由,請求ごとの結果及び事案の相違点の整理方法は,判例を実務に使うための読み方で説明している。
第3 詐害行為取消しの基本要件
民法424条は、債務者が債権者を害することを知ってした行為について、一定の要件の下で取消しを認める。第一買主が売主に対して有する債権の内容、第二売買の時期、売主の資力及び第二買主の認識を確認する。
不動産売買では、第二売買後も相当額の代金が売主に残り、一般財産が減少していない場合がある。売買価格、実際の支払、代金の流出、他の資産・債務及び弁済可能性を調べ、第二売買によって責任財産がどのように変化したかを示す。
第二売買が相当の対価を得てされたときは、民法424条の2により、①その売買が、不動産の金銭への換価その他の財産の種類の変更により、売主において隠匿等の処分をするおそれを現に生じさせるものであること、②売主が、その当時、対価として取得した金銭等について隠匿等の処分をする意思を有していたこと、③第二買主が、その当時、売主が隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたことの全てを満たす場合に限り、取り消すことができる。第二買主の認識として問題となるのは、第一売買の存在ではなく、売主の隠匿等の処分をする意思である。
詐害行為取消権は、第一買主に直接所有権を移す制度ではなく、原則として債務者の責任財産を回復し、後の強制執行を可能にする制度である。第一買主への直接移転登記請求と混同しない。
第一買主の売主に対する所有権移転登記請求権のような特定物引渡し・登記請求も、最終的に金銭評価できる財産的請求であり、詐害行為取消権による保全対象となり得る。最高裁昭和36年7月19日大法廷判決(昭和30年(オ)第260号・民集15巻7号1875頁)は、特定物引渡請求権を有する者も、その目的物を債務者が処分することにより無資力となった場合には、その処分行為を詐害行為として取り消すことができるとした。したがって、取消債権者が単なる金銭債権者でないことだけで排除されるわけではないが、売主の資力と、第二売買による共同担保の不足・減少を主張立証する必要がある。処分前から資力が不足していた場合も、売買の前後の財産・債務を比較し、処分による不足の拡大や回収困難化を具体化する。
第一買主が登記を備えず、第二買主が民法177条の第三者として保護される場合でも、所有権を対抗できないことだけで詐害行為取消しが排除されるわけではない。上記昭和36年判決は、177条が所有権取得の対抗を規律するのに対し、債権者取消権は無資力を要件として総債権者の共同担保を保全し、法律効果も異なると説明した。第一買主の所有権を優先させるための請求と、売主の一般財産を回復する請求を、目的・要件・返還先まで分けて論じる。
被保全債権がいつ金銭賠償請求へ転化・具体化するか、第二売買時にその原因関係が存在したかも時系列で確認する。
第4 転得者に対する請求
第二買主がさらに第三者へ不動産を譲渡した場合、転得者に対する請求は民法424条の5の要件を検討する。受益者と転得者のいずれについても、債務者の行為が債権者を害することの認識が問題となる。ただし、受益者は債務者の行為の時、転得者はそれぞれの転得の時を基準とし、条文の組み方と主張・立証を区別する。
認識の対象・基準時・立証と証拠の整理は、詐害行為取消しの「悪意」と転得者―受益者との違い,認識の時点と証拠の整理で説明している。
受益者から直接取得した転得者については,その取得当時に,債務者がした行為が債権者を害することを知っていたかを検討する。
さらに他の転得者から取得した場合は,民法424条の5第2号により,現在の転得者と,その前に転得した全ての転得者が,それぞれの取得当時にそのことを知っていた必要がある。現在の所有者の認識だけを調べれば足りるわけではない。
登記履歴,価格,近接した転売,当事者の関係,占有状況,照会・説明及び資金の流れを取得者ごとに確認する。
単に転得者が第一売買の存在を知っていたというだけで結論を出さず、詐害行為取消しの要件に対応する認識を主張立証する。
売主Bから受益者C,さらに転得者Dへ不動産が移転した場合,CとDそれぞれに対する請求の成立要件を確認し,返還を求める相手方と登記の回復方法を請求の趣旨で具体化する。
受益者・転得者ごとの認識要件と,認容確定判決の効力が及ぶ範囲は別の問題である。現行民法425条は債務者及び全ての債権者にも効力が及ぶと定めており,旧法下の相対的取消しの説明をそのまま現行法の結論にしない。
第5 返還方法と判決の効果
民法424条の6以下は、財産の返還、価額償還及び受益者・転得者の権利関係を定めている。不動産が現存し原物返還が可能か、さらに処分されて価額償還が問題となるかを確認する。不動産の返還として登記を回復する場合は、原則として債務者である売主への回復を求める。民法424条の9が認める自己への直接支払・引渡し等の規定を、不動産の自己への移転登記請求に読み替えない。
民法425条により、詐害行為取消請求を認容する確定判決の効力は債務者及び全ての債権者に及ぶ。取消債権者だけに不動産を帰属させる判決ではないことを踏まえ、その後の強制執行まで設計する。
第6 請求設計と保全
訴えを提起する前に、次の請求を分ける。
① 第一買主が第二買主に所有権を対抗できることを前提とする登記請求
② 売主に対する債務不履行・損害賠償請求
③ 第二売買等の詐害行為取消請求と原状回復請求
④ 転得者に対する取消請求
⑤ 売主又は関係者に対する不法行為請求
⑥ 第一買主が借地人なら,賃借権の存続・対抗に基づく請求
登記がさらに移転する危険がある場合には処分禁止の仮処分を、金銭回収を確保する必要がある場合には仮差押えを検討する。保全命令の被保全権利、保全の必要性及び担保は本案請求ごとに整理する。
第7 証拠の時系列
① 第一売買契約、代金支払及び引渡し
② 第一買主が登記を得なかった理由
③ 第二売買の交渉開始、契約及び登記
④ 第二買主が第一売買・占有を知った時期
⑤ 第二売買価格、代金支払及び売主の資金使途
⑥ 売主の他の資産、債務及び支払能力
⑦ 転売の時期、価格及び当事者間の関係
⑧ 内容証明、登記照会、現地写真及び通信記録
⑨ 借地契約、地代支払、建物登記及び土地使用の履歴
⑩ 二重処分を誰が提案したか,登記妨害や役割分担に関する通信記録
⑪ 現金の支払額とは別に,抵当債務の引受け・弁済・抹消費用を含めた実質的な負担
登記事項証明書は現在事項だけでなく履歴を取得し、契約・支払・占有・登記・認識を一つの時系列表にする。
令和8年10月3日の追記では,刑事上の関与について上記昭和31年判決の本文を,転得者及び判決の効力について現行民法424条の5・425条の公式条文を確認した。契約,支払,登記及び各人が認識した時点を分けて記録する。
第8 法令・参考資料
① e-Gov法令検索「民法」177条、424条から426条まで。
② 司法研修所「司法研修所論集2024-4」所収論文(詐害行為取消権の制度趣旨及び平成29年民法改正後の効果に関する検討)。
③ 最高裁昭和43年8月2日第二小法廷判決(背信的悪意者)。
④ 最高裁平成18年1月17日第三小法廷判決(悪意だけでは足りないこと)。
⑤ 最高裁昭和36年7月19日大法廷判決(特定物債権者による詐害行為取消し)。
⑥ 最高裁昭和47年4月20日第一小法廷判決(借地人が未登記で底地を取得した後の二重譲渡と賃借権の存続)。
令和8年10月4日には,裁判所公開原文を確認して,平成8年10月29日判決と転得者自身の背信性に関する説明を第2の3へ追加した。
本記事の初稿は令和8年9月23日現在の法令及び公開資料に基づき,借地人の二重譲渡に関する追記は同年10月2日に裁判所公開判決と現行法を確認した。個別事件では、被保全債権、無資力、受益者・転得者の認識及び返還方法を確認する必要がある。平成29年法律第44号附則19条により、令和2年4月1日の施行前に取消対象となる債務者の法律行為がされた場合は旧法による。今回の認識要件・返還先の補充は、令和8年10月8日に現行民法と上記昭和36年判決の多数意見を確認した。