第1 2日間で指定された7法人
2026年11月5日と6日,ロシアは二つの大統領令で,日本たばこ産業(JT)グループに関係する現地7法人の株式・出資持分を一時管理の対象に加えた。
最初の4社については,複数の持主に分かれた持分を含め,各社の出資持分の全体が対象である。
翌日の3社については,1社の株式と2社の出資持分が,それぞれ100%対象になった。
本記事は,ロシア連邦の法令公式公表ポータルに掲載された両令の公布PDFを基に,2026年11月8日(日本時間)までに確認できた資料で整理する。
第817号(法令公式公表ポータル),第832号(法令公式公表ポータル)
指定された財産について,管理者は処分を除く所有者の権限を行使する。
したがって,株式・持分の所有権と,会社を支配するために株主・社員として権限を行使できるかは,分けて読む必要がある。
第302号第5項
1 11月5日付第817号の4社
第817号は,一時管理の対象を定める第302号の一覧の第Ⅳ部に7項目を追加した。
対象はすべて有限責任会社(ООО)の定款資本における出資持分である。
JTIのロシア語公式サイトによると,ペトロとドンスコイ・タバクは完成品の工場,エレツとクレス・ネヴァはたばこ原料の加工工場である。
第817号第1項(公布PDF2~3頁),JTIロシアの会社紹介
| 一覧の第Ⅳ部 | 出資持分の対象法人 | 持主と割合 |
|---|---|---|
| 93・94 | JTIドンスコイ・タバク(Дж.Т.И. Донской табак) | JTIロシア99.9999%,ペレスラヴリ・タバク0.0001% |
| 95~97 | JTIエレツ(Дж.Т.И. Елец) | JT International Holding B.V. 65.64%,JTIロシア18.85%,ペトロ15.51% |
| 98 | クレス・ネヴァ(Крес Нева) | JTI Investments Sarl 100% |
| 99 | ペトロ(Петро) | JTI Investments Sarl 100% |
ドンスコイ・タバクは2項目,エレツは3項目を足すと,それぞれ100%になる。
JTIロシアとペレスラヴリ・タバクは,この時点では,製造会社の持分を持つ側として一覧に登場する。
第817号第1項
2 11月6日付第832号の追加3社
第832号は,JTIロシアとペレスラヴリ・タバク自身の株式・持分を対象に加え,JTIイノベーション・プロダクツの持分も指定した。
追加3社の指定対象は,いずれも JTI Investments Sarl が保有する各社の株式又は持分の100%である。
第832号第1項(公布PDF2頁)
| 一覧の部・番号 | 株式・持分の対象法人 | 資産の種類 |
|---|---|---|
| 第Ⅲ部57 | ペレスラヴリ・タバク(АО «Переславль-Табак») | 株式会社の株式 |
| 第Ⅳ部100 | JTIイノベーション・プロダクツ(ООО «Дж.Т.И. Инновационные продукты») | 有限責任会社の出資持分 |
| 第Ⅳ部101 | JTIロシア(ООО «Дж.Т.И. Россия») | 有限責任会社の出資持分 |
指定は2日間で7法人・10項目となった。
両令の第2項は公式公表の日から効力を生ずると定めており,法令公式公表ポータル上の公表日は,第817号が2026年11月5日(公表番号0001202611050002),第832号が同月6日(公表番号0001202611060040)である。
管理者欄は10項目とも株式会社「プロムィシュレンヌィエ・アクチーヴィ」(АО «Промышленные активы»)である。
第817号,第832号
第2 2023年の第302号は何を定めているか
1 制度の背景と発動要件
2023年4月25日の第302号の前文は,米国とこれに同調する外国・国際機関が,ロシア連邦やロシアの法人・個人の所有権を違法に剝奪し又は制限する行為をしているというロシア側の立場を示し,国益を保護するための緊急措置と位置付けている。
第1項の発動事由には,ロシア連邦やロシアの法人・個人が,同令のいう「非友好的な外国」の領域にある財産の所有権を奪われる場合,財産上の権利を奪われる場合,これらの権利が制限される場合やそのおそれに加え,ロシアの国家・経済・エネルギーその他の安全保障や防衛能力への脅威も含まれる。
前文が述べる制度一般の背景から,JTが選ばれた個別の理由まで読み取ることはできない。
第302号前文・第1項
第1項は,非友好的な外国と関係する外国の者やその支配下にある者の財産について,ロシア国内の動産・不動産,これらの者が保有する有価証券やロシア法人の定款資本の持分,これらの者に属する財産上の権利を対象として挙げる。
ロシア政府が「非友好的な行為を行う」国・地域として定めた一覧には,日本も載っている。
今回の個別の対象と管理者は,第302号の一覧を改めた第817号・第832号の各項目で決まる。
第302号第1項・第2項,ロシア政府指令第430-р号の一覧
2 管理者が行使する権限と終了の条件
第302号第3項・第4項は連邦国有財産管理庁を管理者とする一方,大統領が別の者を管理者に定めることができるとしている。
第5項により,管理者は対象財産について処分の権限を除く所有者の権限を行使する。
第6項・第7項は対象財産の棚卸し・保全と,その利用による収入で管理の費用を賄うことを定め,第8項は管理の終了を大統領の決定に委ねている。
第302号は,一律の終了日を置いていない。
第302号第3項~第8項
第3 所有権と経営支配はどう変わるか
今回の両令が対象にしたのは,7法人の株式・出資持分である。
第302号と両令は,その所有権を管理者に移す規定を置かず,管理者が処分を除く所有者の権限を行使する仕組みをとっている。
株式・持分の全部が対象に入れば,その持主による経営支配は実質的に制約され得ると考えられる。
会社の代表者の交代,工場の操業,販売契約,会計上の連結範囲にどのような変化が生じたかは,それぞれ実施の記録や企業の開示で判断する事項である。
第302号第5項,第832号第1項
株式については,ロシア銀行の2026年8月28日の取締役会決定が具体的な手続を定めている。
同決定によると,一覧に載った有価証券の権利を記録する株主名簿管理人・預託機関は,保有者の口座に管理者のために設定される負担を記録し,一覧から外れたときはその負担の終了を記録する。
同決定の手続は証券口座に関するもので,有限責任会社の出資持分の取扱いは別に考える必要がある。
同決定が定める2026年12月31日までの期間は,この口座記録手続の要件の期間である。
ロシア銀行取締役会決定第1項・1.2・1.6
第4 ダノン,バルチカ,アリストンの経過
1 ダノンとバルチカ
2023年7月16日の第520号は,ダノン・ロシアの普通株式と,カールスバーグ傘下のバルチカの出資持分を,それぞれ連邦国有財産管理庁の一時管理の対象に加えた。
両事例とも,その後の大統領令による指定の解除と,売却の取引は別の出来事である。
第520号第1項
ダノンについては,2024年3月13日付の第186号が,ダノン・ロシア株式に関する一覧の2項目を失効させた。
ダノンは同年5月17日,ロシアの乳製品・植物性製品事業を Vamin R LLC に売却する取引が完了したと発表した。
同社が事業の運営支配を移す方針を公表したのは,一時管理に先立つ2022年10月である。
第186号,ダノンの売却完了の発表,ダノン・ロシアの2022年の発表
バルチカについては,2024年12月2日付の第1021号が,バルチカの持分に関する一覧の3項目を失効させた。
カールスバーグは翌日に現地経営陣側への売却の合意を公表し,年次報告書に12月4日の売却完了を記載している。
同報告書では,一時管理の間も持分の権原は保持していた一方,経営に対する支配・影響力を失ったと説明している。
第1021号,カールスバーグの売却合意の発表,カールスバーグの2024年年次報告書5.3節
2 アリストン
2025年3月26日付の第176号は,一覧の第Ⅳ部20と,同項目を加えた第294号第1項аを失効させた。
アリストン・グループは同日,ロシア子会社 Ariston Thermo Rus LLC の持分の占有と全面的な管理を回復したと発表している。
解除後に従前のグループが支配を取り戻した事例である。
第176号のロシア語原文,アリストン・グループの発表
第5 JTと日本政府が公表した範囲
JTは11月6日,5日に署名された大統領令でロシアの現地法人のうち製造会社4社が一時管理の対象とされていることを確認し,詳細情報,今後取り得る対応及びグループへの影響の確認を進めていると発表した。
日本語・英語の発表は,いずれも最初の4社に関するものである。
追加3社の指定は第832号の条文で確認でき,JTの11月6日の発表にその3社についての説明はない。
2026年11月8日(日本時間)にJTのIR更新情報を確認した時点では,最新の更新は11月6日であった。
JTの日本語の発表(東証掲載),JTの英語の発表,JTのIR更新情報
片山財務大臣は11月6日の閣議後記者会見で,5日の大統領令に関し,日本政府が既に外交ルート等でロシア政府に抗議し,措置の撤回等の対応を至急求めたと説明した。
赤澤経済産業大臣も同日の閣議後記者会見で,詳細を精査しているとした上で,経済産業審議官と外務省欧州局審議官がロシアを訪問中であり,ロシア政府に抗議して措置の撤回等の対応を至急取るよう求めたと述べた。
両大臣の会見録で確認できるのは,いずれも11月5日の最初の措置に対する日本政府の対応である。
財務省の11月6日の会見録,経済産業省の11月6日の会見録
第6 出典・関連記事
ロシア連邦大統領令2026年11月5日第817号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202611050002)
ロシア連邦大統領令2026年11月6日第832号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202611060040)
ロシア連邦大統領令2023年4月25日第302号「一部の財産の一時管理について」(КонсультантПлюс,2026年11月5日改正版)
ロシア連邦政府指令2022年3月5日第430-р号の一覧(КонсультантПлюс)
ロシア銀行取締役会決定(2026年8月28日)
ロシア連邦大統領令2023年7月16日第520号(ГАРАНТ)
ロシア連邦大統領令2024年3月13日第186号(КонсультантПлюс)
ロシア連邦大統領令2024年12月2日第1021号(ГАРАНТ)
ロシア連邦大統領令2025年3月26日第176号(ロシアNIS貿易会掲載の原文)
日本たばこ産業「当社グループのロシア事業について」(2026年11月6日)
Japan Tobacco Inc., Regarding the JT Group’s Business in Russia(2026年11月6日)
JTI, JTI Россия
財務省「片山財務大臣兼内閣府特命担当大臣閣議後記者会見の概要(令和8年11月6日)」
経済産業省「赤澤経済産業大臣の閣議後記者会見の概要」(2026年11月6日)
Danone, Completion by Danone of the sale of its EDP business in Russia(2024年5月17日)
Danone Russia プレスリリース(2022年10月14日)
Carlsberg Group, Carlsberg Group divests shares in Baltika Breweries
Carlsberg Breweries Group, Annual Report 2024
Ariston Group, Ariston Holding N.V. reinstated into possession and full management of Ariston Thermo Rus LLC(2025年3月26日)