第1 指定・解除・企業の経過の比較
ロシアの一時管理を解除する大統領令が出た後,元の親会社は経営に戻るのか,事業を売却するのか。
企業の開示を追うと,売却や支配の回復に加え,裁判所の判決等に基づいて株式・持分が国庫に帰属した後に指定が外れた例もある。
本記事は,大統領令第302号の一覧から項目が外れた7つの事例について,指定と解除の大統領令をロシア連邦の法令公式公表ポータルで確認し,その後の経過を企業の公表資料で確認して,2026年11月8日(日本時間)までに確認できた範囲で整理する。
対象の7事例は,指定と解除の大統領令を確認できたものであり,解除された事例を網羅したものではない。
一時管理の指定と解除は,大統領令で確認できる。
売却の合意・完了,経営支配の回復,国庫への帰属などの経過は,企業の公表資料や別の決定で確認する。
次の表では,両者の日付と根拠を分けて示す。
| 事例 | 指定の大統領令と対象 | 解除の大統領令 | 解除令以外の資料で確認した経過 |
|---|---|---|---|
| ダノン | 2023年7月16日付第520号。ダノン・ロシアの普通株式(一覧の2項目) | 2024年3月13日付第186号 | 2022年10月に運営支配の移転手続の開始を発表。2024年3月22日に売却に必要なロシア当局の承認の取得を発表し,5月17日に売却完了を発表 |
| バルチカ(カールスバーグ傘下) | 2023年7月16日付第520号。バルチカの出資持分(一覧の3項目) | 2024年12月2日付第1021号 | 12月3日に売却合意を発表。決算資料によると12月4日に売却完了 |
| アリストン | 2024年4月26日付第294号。ロシア子会社の出資持分100% | 2025年3月26日付第176号 | 3月26日に,親会社が持分の占有と全面的な管理を回復したと発表。2025年4月から連結範囲に戻した |
| CANPACK | 2025年12月31日付第1012号(2026年1月13日公式公表)。ロシア2法人の出資持分各100% | 2026年8月24日付第602号 | 8月27日に,売却を可能にするため解除されたと開示。9月10日に第三者への売却完了を発表 |
| ロルフ | 2023年12月22日付第982号。ロルフの株式と関係会社の出資持分 | 2024年9月30日付第830号 | 会社の年次報告書によると,解除前の2024年7月30日に裁判所の判決等に基づき国庫に帰属し,8月29日に別の会社が取得 |
| HMSグループ | 2024年12月30日付第1130号。グループ各社の株式・出資持分 | 2025年8月20日付第577号 | 同日付の大統領指令第324-рп号が2社の株式の取得を許可。2026年6月の会社開示でうち1社の単独株主を確認 |
| グラヴプロドゥクト | 2024年10月15日付第890号。関係会社の株式・出資持分 | 2026年6月28日付第456号 | 解除令は,解除後の権利の帰属を定めていない |
第2 ダノン 指定前から事業譲渡を計画
ダノン・ロシアが掲載した2022年10月14日のプレスリリースによると,ダノンは,ロシアの乳製品・植物性製品事業の運営支配を移転する手続を始める決定を発表した。
その後,第520号第1項аは,Produits Laitiers Frais Est Europe と有限責任会社「ダノン・トレード」が持つ株式会社「ダノン・ロシア」の普通株式を一覧の第Ⅲ部第4号・第5号に加え,連邦国有財産管理庁を管理者とした。
ダノン・ロシアの2022年10月14日の発表,第520号(法令公式公表ポータル)
第186号は2024年3月13日,この2項目と第520号第1項аを失効させた。
ダノンは同年3月22日,Vamin R LLC への事業の譲渡に必要なロシア当局の承認を得たと発表し,5月17日に売却の完了を発表した。
事業譲渡の方針の発表,指定の解除,当局の承認の取得,売却の完了は,それぞれ別の段階である。
第186号(法令公式公表ポータル),ダノンの2024年3月22日の発表,ダノンの売却完了の発表
ダノンの2024年株主総会向けの書面回答によると,ロシア当局は2023年7月18日,ダノン・ロシアの取締役会と最高経営責任者が交代したことを示した。
ダノンは,経営の支配を失った一方で法律上の所有者であり続け,同年7月にこの事業を連結対象から外したと説明している。
ダノンの2024年株主総会向けの書面回答
第3 バルチカ 持分の権原を保持しながら支配を喪失
同じ第520号の第1項бは,一覧の第Ⅳ部を改め,有限責任会社「ビール醸造会社バルチカ」の出資持分を第1号から第3号に掲げた。
各項目の割合は98.56%,1.35%,0.09%で,合計100%となる。
カールスバーグの2024年の決算資料は,大統領令によればカールスバーグは持分の権原を保持していたが,それ以外には事業の経営に対する支配・影響力を失っていたと説明し,連結対象から外した時期を2023年7月としている。
第520号第1項б(公布PDF),カールスバーグの2024年決算資料・注記9
第1021号は2024年12月2日,この3項目と第520号第1項бの第3段落から第5段落までを失効させた。
カールスバーグは12月3日に売却の合意を発表し,決算資料では12月4日に売却を完了したと記載している。
解除令の日付,合意の発表日,実際の売却日を区別すると,指定から外れた日だけで取引の完了を判断できないことが分かる。
第1021号(法令公式公表ポータル),カールスバーグの12月3日の発表,カールスバーグの2024年決算資料・注記9
第4 アリストン 親会社が経営支配を回復
2024年4月26日付の第294号第1項аは,Ariston Holding N.V. が保有するロシア子会社 Ariston Thermo Rus LLC の出資持分100%を一覧の第Ⅳ部第20号に加え,株式会社「ガスプロム・ブィトヴィエ・システムィ」を管理者とした。
2025年3月26日付の第176号は,第Ⅳ部第20号と第294号第1項аを失効させた。
第294号が同時に第Ⅳ部第21号に加えた別会社の項目は,第176号の失効の対象に含まれていない。
第294号(法令公式公表ポータル),第176号(法令公式公表ポータル)
アリストン・グループは同日,ロシア子会社の持分の占有と全面的な管理を回復したと発表した。
同社の2025年の年次報告書は,2025年3月26日にこの子会社の完全な所有と業務上の支配を回復し,同年4月から連結範囲に含めたと記載している。
アリストン・グループの発表,アリストン・グループの2025年年次報告書25頁
第5 CANPACK 解除後に売却を完了
2025年12月31日付の第1012号は,CANPACK S.A. とTAPON FRANCE が持つロシア2法人の出資持分各100%を,一覧の第Ⅳ部第50号と第51号に加え,有限責任会社「スタリエレメント」を管理者とした。
同令は2026年1月13日に公式公表され,同日施行された。
同年8月24日付の第602号は,この2項目と第1012号を失効させた。
第1012号(法令公式公表ポータル),第602号(法令公式公表ポータル)
CANPACKの8月27日の決算開示によると,同社はフランスとポーランドの子会社を通じてロシア事業の持分を第三者に売却する契約を結び,その売却を見込み,可能にするため,8月24日に一時管理を解除する大統領令が出された。
同社は9月10日,必要な政府・規制当局の承認を得て売却を完了したと発表した。
同社によると,一時管理により財務・業務・経営の支配を全て失った後も,グループの一部の会社は名目上の出資者であり続け,その後ロシア事業を連結対象から外していた。
CANPACKの2026年第2四半期決算の開示,CANPACKの売却完了の発表
第6 ロルフ 国庫への帰属が解除に先行
2023年12月22日付の第982号は,自動車販売会社ロルフ(株式会社「ロルフ」)の株式と関係会社3社の出資持分を,一覧の第Ⅲ部第10号・第11号と第Ⅳ部第5号~第9号に加え,連邦国有財産管理庁を管理者とした。
第982号(法令公式公表ポータル)
ロルフの2024年の年次報告書の注37によると,この4社の株式・持分の100%は,2024年7月30日,サンクトペテルブルク市モスクワ地区裁判所の同年2月21日の判決(サンクトペテルブルク市裁判所が同年7月11日に維持したもの)と,同年8月21日付のロシア連邦政府の決定に基づき,ロシア連邦の国庫に帰属した。
同じ年次報告書は,2024年12月31日時点でこの4社の株式・持分の100%を株式会社「アフトモビリヌィエ・テフノロギイ」(АО «Автомобильные Технологии»)が保有し,その取得日を同年8月29日と記載している。
第830号が第Ⅲ部第10号・第11号,第Ⅳ部第5号~第9号及び第982号を失効させたのは,同年9月30日である。
ロルフの2024年年次報告書(74頁・注37),第830号(法令公式公表ポータル)
年次報告書は,国庫に帰属した日(7月30日)より後の日付の政府決定(8月21日)も根拠に挙げており,両者の関係は同報告書の記載からは分からない。
9月の解除令が定めたのは一時管理の対象から外すことであり,会社が報告する国庫への帰属と別の会社による取得は,それより前の出来事である。
第7 HMSグループ 解除と同日に別の文書で取得を許可
2024年12月30日付の第1130号は,HMSグループ(ロシア語の社名はGMSグループ)の持株会社や関係会社の株式を一覧の第Ⅲ部第15号~第40号に,有限責任会社「管理会社GMSグループ」の出資持分を第Ⅳ部第33号~第38号に加え,連邦国有財産管理庁を管理者とした。
2025年8月20日付の第577号は,これらの項目と第1130号を失効させた。
同日付の大統領指令第324-рп号は,株式会社「ルスガスドブイチャ」又はその支配下にある者(その両方を含む。)に,株式会社「GMSネフチェマシュ」と株式会社「ギドロマシュサービス」の特定の株式の取得を許可した。
第1130号(法令公式公表ポータル),第577号(法令公式公表ポータル),第324-рп号(法令公式公表ポータル)
ギドロマシュサービスが2026年6月16日に開示した単独株主の決定(同月15日付)では,議決権のある全株式を持つ単独株主として有限責任会社「ギドロインドゥストリヤ」が記載されている。
この開示からは,ギドロインドゥストリヤとルスガスドブイチャとの関係は分からない。
解除令,2社の株式を対象とする取得許可,1社の株主が分かる会社開示は,それぞれ対象と証明する事実が異なる。
ギドロマシュサービスの2026年6月16日の開示
第8 グラヴプロドゥクト 解除令から分かる範囲
2024年10月15日付の第890号は,株式会社「グラヴプロドゥクト」とその関係会社の株式・出資持分を,一覧の第Ⅲ部第12号~第14号と第Ⅳ部第24号~第32号に加え,連邦国有財産管理庁を管理者とした。
2026年6月28日付の第456号は,これらの項目と第890号を失効させた。
第456号の本文から分かるのは指定が外れた範囲までであり,取引の完了や解除の時点の株主は,別の資料で確認する必要がある。
第890号(法令公式公表ポータル),第456号(法令公式公表ポータル)
第9 JTの事例を読むときの比較点
解除令から確認できるのは,指定を外した財産とその範囲である。
親会社に経営支配が戻ったか,第三者への売却が成立したか,連結範囲が変わったかは,それぞれ会社の公表資料などで確認する必要がある。
これらの事例は解除後の経過の類型を示すものであり,JT関連の法人の今後を推し量る根拠にはならない。
一時管理の法的な仕組みは大統領令第302号と根拠法の解説に,JT関連7法人で指定された財産はJTロシア関連7社の一時管理の記事に掲載している。
第10 出典・関連記事
ロシア連邦大統領令2023年7月16日第520号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202307160001)
ロシア連邦大統領令2024年3月13日第186号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202403130019)
ロシア連邦大統領令2024年12月2日第1021号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202412020006)
ロシア連邦大統領令2024年4月26日第294号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202404260021)
ロシア連邦大統領令2025年3月26日第176号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202503260009)
ロシア連邦大統領令2025年12月31日第1012号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202601130009)
ロシア連邦大統領令2026年8月24日第602号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202608240003)
ロシア連邦大統領令2023年12月22日第982号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202312220001)
ロシア連邦大統領令2024年9月30日第830号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202409300025)
ロシア連邦大統領令2024年12月30日第1130号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202412300037)
ロシア連邦大統領令2025年8月20日第577号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202508200010)
ロシア連邦大統領指令2025年8月20日第324-рп号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202508200011)
ロシア連邦大統領令2024年10月15日第890号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202410150008)
ロシア連邦大統領令2026年6月28日第456号(法令公式公表ポータル,公表番号0001202606280002)
Danone Russia プレスリリース(2022年10月14日)
Danone, Update from Danone on its EDP business in Russia(2024年3月22日)
Danone, Completion by Danone of the sale of its EDP business in Russia(2024年5月17日)
Danone, Answers to written questions, Shareholders’ Meeting 2024
Carlsberg Group, Carlsberg Group divests shares in Baltika Breweries(2024年12月3日)
Carlsberg Group, Financial statement as at 31 December 2024(2025年2月6日)
Ariston Group, Ariston Holding N.V. reinstated into possession and full management of Ariston Thermo Rus LLC(2025年3月26日)
Ariston Group, Annual Report 2025
CANPACK Group Reports Q2 2026 Results(2026年8月27日)
CANPACK Completes Exit from Russia(2026年9月10日)
РОЛЬФ, Годовой отчет 2024
АО «ГИДРОМАШСЕРВИС», Решения единственного акционера(2026年6月16日開示)
ロシアの外国資産の一時管理とは―大統領令第302号と根拠となる3つの連邦法(AI作成)
JTロシア関連7社の一時管理とは―大統領令第302号・第817号・第832号を原文で読む(AI作成)