第1 仮の地位を定める仮処分の目的
1 現在生じる重大な損害に暫定的に対応する
仮の地位を定める仮処分は,争いのある権利関係について,債権者に生じる著しい損害又は急迫の危険を避けるために必要な場合に発せられる命令である(民事保全法23条2項)。
将来の金銭回収のため財産を確保する仮差押えや,将来の明渡し等に備えて現状を守る係争物の仮処分とは,必要性の着眼点が異なる。
判決を待つ間に何が起きるのか,その損害や危険をどの措置で避けるのかを具体的に検討する。
本記事の法令・裁判所案内の確認日は令和8年10月8日である。
2 仮払いと差止めでは求める措置が異なる
裁判所は,仮処分の目的を達するため,一定の行為を命じ,又は禁止し,給付を命ずる等の必要な処分をすることができる(民事保全法24条)。
仮払いでは必要な金員の給付,差止めでは特定の侵害行為の禁止等が問題となる。
もっとも,金銭や禁止を求めれば認められるわけではなく,権利関係と必要性を疎明し,実効性のある措置の内容を定める必要がある。
民事保全の3類型と手続全体の比較は,民事保全とはで説明している。
第2 権利関係と必要性の疎明
1 最終的に主張する権利関係を確認する
民事保全法13条は,保全すべき権利又は権利関係と保全の必要性を明らかにし,疎明することを求めている。
仮払いなら支払請求権の根拠,差止めなら行為の禁止を求める権利の根拠を検討する。
相手方が権利を争っているという事情だけでは,申立てをする側の権利や必要性を説明したことにはならない。
2 判決まで待てない事情を示す
求める措置が相手方に大きな影響を及ぼす場合には,その影響を踏まえて必要性を慎重に検討することが重要である。
仮払いでは,収入,支出,手持ち資金,他の給付,支払期限等を整理し,必要な額と期間を説明する。
差止めでは,行為の具体的な内容,頻度,継続・再発の危険,生じる損害と求める禁止の範囲を整理する。
| 求める措置 | 準備する事実・資料の例 | 検討する点 |
|---|---|---|
| 当面の金員の仮払い | 請求権の資料,収支・資産の資料,治療や生活上の支払の資料 | 必要な額・期間,他の給付で賄えるか |
| 侵害行為の差止め | 行為の日時・内容の記録,写真,通知,具体的な陳述書等 | 現在の危険,再発可能性,禁止する行為の特定 |
上記は資料を検討するための例であり,全ての事件に同じ資料を提出すれば足りるという一覧ではない。
個々の権利関係と求める措置に応じて,資料の範囲と説明を組み立てる必要がある。
第3 審尋と発令までの手続
1 原則として相手方が立ち会える期日を経る
仮の地位を定める仮処分は,原則として口頭弁論又は債務者が立ち会える審尋の期日を経なければ発することができない(民事保全法23条4項本文)。
そのため,相手方に反論の機会を設けずに行う仮差押え等と,同じ日程を当然に想定することはできない。
申立ての段階から,予想される反論とその裏付け資料,期日で説明する事項を準備することが大切である。
2 期日を経ない例外と所要期間を区別する
期日を経ることにより申立ての目的を達成できない事情がある場合には,期日を経ない例外がある(同項ただし書)。
単に早く解決したいという希望だけで,この例外が当然に認められるわけではない。
裁判所の予定,資料の充足,相手方への連絡・反論等により所要期間は変わるため,一律に何日で発令されると考えない必要がある。
第4 担保,執行と本案訴訟
1 担保は措置と事件に応じて判断される
民事保全法14条は,担保を立てさせて発令する方法,担保を執行の条件とする方法,担保を立てさせずに発令する方法を認めている。
仮払いなら全件無担保,差止めなら一律の金額という定めではない。
担保を求められる可能性,相手方に与える影響,命令の執行方法を含めて準備する必要がある。
物の給付や一定の作為・不作為を命ずる仮処分については,その命令を債務名義とみなす(民事保全法52条2項)。
具体的にどの執行を行うか,必要な申立てや資料,保全執行の期間制限がどう関係するかは,命令の内容と執行方法に応じて確認する。
2 仮処分と本案の最終判断は別である
仮処分は暫定的な措置であり,本案訴訟による権利関係の最終判断を代替するものではない。
債務者からの保全異議,起訴命令,事情変更等による保全取消しもあり得るため(民事保全法26条,37~39条),本案で何を求めるかを合わせて準備する。
仮払いを受けた場合にも,後の判断による返還等の問題を含め,最終的な支払が確定したと扱わないことが重要である。
第5 他の手続・和解との選択
1 緊急の措置と最終解決を分けて比較する
野村創の参考文献は,労働事件で労働審判だけでなく仮処分も検討するという手続選択の視点を示している。
もっとも,同書の所要日数は事例や著者の経験であり,仮処分が常に労働審判より速いことを示すものではない。
当面の給付や差止めが必要か,権利関係の最終確定を求めるか,金銭的な和解を目指すかによって選択は変わる。
2 和解の可能性があっても必要性の検討を省略しない
審尋の過程で和解による解決に至る場合もあるが,和解の機会を得ることだけで保全の必要性を代替することはできない。
和解する場合は,支払や行為の条件だけでなく,申立て・執行の取扱い,担保がある場合の取戻し,本案の処理も確認することが大切である。
交通事故の仮払いは,交通事故の仮払い仮処分―要件,申立書,必要資料及び自賠責の仮渡金との違いで詳しく説明する。
財産の確保を目的とする手続との比較は,仮差押えの総論を参照する。
第6 出典・参考資料
①e-Gov法令検索・民事保全法(13・14条,23・24条,26条,37~43条,52条)。
②東京地方裁判所民事第9部の概要(仮の地位を定める仮処分及び要審尋事件の説明。令和8年10月8日確認)。
③野村創『失敗事例でわかる!民事保全・執行のゴールデンルール30〈改訂版〉』(学陽書房,令和6年)第4章28(186頁~191頁)。必要性,審尋,和解及び他の手続との比較を検討する参考とした。掲載された経験上の期間や担保の取扱いを全国共通の保証として用いるものではない。