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仮差押えの取下げ―債務者の同意の要否,書面での取下げ,執行の解放及び担保の取戻し(AI作成)

第1 本記事の対象と結論

1 本記事の対象

本記事は,債権者が仮差押命令の申立てを取り下げる場合について,債務者の同意の要否,取下げの方式,取下げによる仮差押えの執行の解放(登記の抹消や第三債務者への通知),担保の取戻し,和解条項,再申立て及び時効との関係を扱う。
調査基準日は令和8年9月17日であり,法律の条文はe-Gov法令検索の現行条文,民事保全規則は裁判所ウェブサイト掲載の規則本文で確認した。
東京地方裁判所民事第9部(保全部)と大阪地方裁判所第1民事部(保全部)の運用は,いずれも令和8年9月17日に確認した各部の案内による。

仮差押えの全体像は仮差押えとは―要件・手続の流れ・担保・効力・解放金・担保の取戻しの全体像を参照されたい。
仮処分の取下げ,債務者側が申し立てる保全異議の取下げ及び本案訴訟の訴えの取下げは,本記事の対象外である。

2 結論

① 仮差押命令の申立ての取下げに,債務者の同意は要らない(民事保全法18条)。
保全異議や保全取消しの申立てがされた後でも同じである。
保全命令の申立てに対する裁判には既判力が生じず,取下げによって債務者が特段の不利益を受けないからである(司法研修所編『民事弁護教材 改訂 民事保全(補正版)』23頁)。

② 取下げは,口頭弁論又は審尋の期日でする場合を除き,書面でしなければならない(民事保全規則4条1項)。
審尋期日の呼出し又は保全命令の送達を受けた債務者には,裁判所書記官が取下げを通知する(同条2項)。
東京地方裁判所民事第9部の案内によれば,保全事件の取下げは令和8年5月21日から始まった民事訴訟の全面電子化の対象外であり,書面を提出する。

③ 不動産や債権の仮差押えは発令裁判所が執行機関となるため,保全命令の申立ての取下書を出せば,保全執行の申立ても同時に取り下げたものとして扱われる(東京地方裁判所民事第9部の案内)。
不動産は裁判所書記官が仮差押登記の抹消を嘱託し,債権は裁判所が第三債務者に取下げを通知する。
抹消登記には,東京・大阪の案内とも,物件1個(大阪の案内では1筆)につき1,000円の登録免許税(収入印紙)と郵便切手が必要とされている(登録免許税法別表第一の一(十五))。

④ 取下げをしただけでは担保(供託金)は戻らない。
登記の嘱託前や第三債務者への送達の着手前に取り下げた場合等は,民事保全規則17条1項の簡易の取戻しで担保を取り戻せる。
第三債務者に送達された後の取下げでは,陳述書で預金等が無いと回答されていても簡易の取戻しは認められない運用であり(同教材114頁),担保取消し(民事訴訟法79条)によることになる。

⑤ 和解で取り下げるときは,仮差押命令の申立ての取下げ,担保取消しへの同意及び担保取消決定に対する抗告権の放棄を条項に入れておくと,担保を早く取り戻せる。

⑥ 取下げによって仮差押えが終了すると,時効の完成猶予はその時から6か月で終わる(民法149条1号)。
終了の時点を登記の抹消時等とみる余地もあるが,改正後に取下げの場面を判断した裁判例は確認した範囲で見当たらないので,取下書の提出時から6か月で管理するのが安全である。
令和2年4月1日より前にした仮差押えは改正前の民法により,取下げによって時効中断の効力が生じなかったことになる可能性もある(改正前の民法154条)。
いずれにしても,取下げの前に,本案訴訟の提起など時効の完成を防ぐ手当てが済んでいるかを確認する必要がある。

第2 取下げが問題になる場面

1 目的を達した場合

債務者と和解が成立した場合や,債務者が被保全債権を弁済した場合には,仮差押えを続ける理由がなくなる。
この場合,債務者からは,不動産の仮差押登記の抹消や預金口座の凍結の解除を早く求められることが多い。

和解や弁済が成立しても,仮差押えの執行が当然に消えるわけではない。
債権者が取下書を提出して初めて,後記第5の抹消登記の嘱託や第三債務者への通知が行われる。

2 仮差押えが空振りに終わった場合

仮差押えが空振りに終わる典型例は,次のとおりである。
① 登記の嘱託が却下され,仮差押えの登記ができなかった。
② 第三債務者(銀行等)への送達ができなかった。
③ 第三債務者に送達できたが,陳述書で預金債権等が存在しないと回答された。

この場合,債権者の関心は担保(供託金)を取り戻すことにある。
①と②は取下げによって簡易の取戻しを使える可能性があるが,③は使えないことに注意を要する(後記第6)。

3 本案で敗訴した場合又は本案を断念した場合

本案訴訟で債権者が敗訴した場合や,本案訴訟を提起しないことにした場合も,仮差押えを取り下げることになる。
この場合,担保を取り戻すには,債務者の同意を得るか,権利行使催告による担保取消し(民事訴訟法79条3項)を使うことになり,後者では保全命令の申立ての取下げが前提となる(後記第6の3)。

第3 取下げに債務者の同意は要らない

1 民事保全法18条

民事保全法18条は,「保全命令の申立てを取り下げるには、保全異議又は保全取消しの申立てがあった後においても、債務者の同意を得ることを要しない。」と定める。
したがって,債権者は,保全命令の発令前でも発令後でも,債務者の同意なく仮差押命令の申立てを取り下げることができる。

2 同意が不要とされる理由

司法研修所の教材は,保全命令の申立てに対する裁判には既判力が生じないから,債権者が申立てを取り下げても債務者は特段不利益を受けるわけではなく,そのため取下げについて債務者の同意は必要としないと説明している(同教材23頁~24頁)。

訴えの取下げについて,相手方が本案について準備書面を提出する等した後は相手方の同意が必要とされている(民事訴訟法261条2項)のと異なる点である。

3 保全異議等の申立て後の取下げ

債務者が保全異議や保全取消しを申し立てた後でも,債権者は債務者の同意なく取り下げることができる(民事保全法18条)。
保全異議等で仮差押命令が取り消される見込みが高いときに,債権者が先に取り下げるという選択もありうる。

もっとも,取下げによって,仮差押えの執行により債務者に生じた損害についての責任が消えるわけではない。
不当な仮差押えによる損害賠償は不当な仮差押えによる損害賠償―過失の推認と担保(供託金)からの回収を,保全異議等の手続は仮差押えを受けた債務者の対抗手段―保全異議,起訴命令,事情変更による保全取消し及び保全抗告を参照されたい。

第4 取下げの方式

1 書面でする

民事保全規則4条1項は,「第一条各号に掲げる申立ての取下げは、口頭弁論又は審尋の期日においてする場合を除き、書面でしなければならない。」と定める。
同規則1条1号は保全命令の申立てを,同条6号は保全執行の申立てを掲げているから,仮差押命令の申立ても,保全執行の申立ても,期日外では書面で取り下げることになる。

東京地方裁判所民事第9部の案内によれば,執行取消し(取下げ等)の手続は,令和8年5月21日から始まった民事訴訟の全面電子化の対象外であり,従前どおり書面を提出する必要がある。
同案内には,債権仮差押えの取下書,不動産仮差押え・仮処分の取下書,登記権利者義務者目録及び保全執行申立取下書の書式が掲載されている。

2 債務者への通知

民事保全規則4条2項は,保全命令の申立てが取り下げられたときは,裁判所書記官は,「口頭弁論若しくは審尋の期日の呼出し又は保全命令の送達を受けた債務者」に対し,その旨を通知しなければならないと定める。

仮差押命令は,債務者に送達される前に執行することができ(民事保全法43条3項),教材は,実務では執行完了後又は執行が行われる相当な期間を経過した後に債務者に送達する運用になっていると説明している(同教材40頁)。
規則の文言からすると,債務者への送達前に取り下げた場合は,同項による債務者への通知の対象にならない。
もっとも,債権仮差押えでは第三債務者に取下げが通知されるから,債務者が仮差押えの存在を知る可能性はある。

3 保全執行の申立ての取下げ

民事保全規則4条4項は,保全執行裁判所に対する保全執行の申立てが取り下げられたときは,裁判所書記官は,保全執行を開始する決定の送達を受けた債務者に対し,その旨を通知しなければならないと定める。

東京地方裁判所民事第9部の案内は,発令裁判所が執行機関となる保全執行(不動産仮差押えなど)については,保全命令の取下書が提出されると保全執行申立ての取下げも同時にされたものとして取り扱われるので,別途保全執行申立ての取下書を提出する必要はないとしている。
同案内は,保全執行の申立てだけを取り下げることは認められないと解されているとも説明している。

4 取下書と添付書類

(1) 東京地方裁判所民事第9部

東京地方裁判所民事第9部の案内では,保全命令申立ての取下げに必要な書類は次のとおりとされている。
① 債権仮差押え:取下書の正本1通(当事者目録及び仮差押債権目録を合綴したもの),副本(債務者及び第三債務者の数),郵便切手(債務者及び第三債務者の数×110円)
② 不動産仮差押え(抹消登記が必要な場合):取下書の正本1通(当事者目録及び物件目録を合綴したもの),副本(債務者の数),法務局用の登記権利者義務者目録及び物件目録(法務局1か所につき各2通),郵便切手(法務局1か所につき590円×2組と,債務者の数×110円),登録免許税の収入印紙(物件1個につき1,000円。法務局1か所につき20筆以上の場合は定額20,000円)
③ 滞納処分庁がある場合:通知用の目録及び当事者目録各2通と郵便切手110円

登録免許税の額は,登録免許税法別表第一の一(十五)が,登記の抹消について「不動産の個数一個につき千円」とし,同一の申請書により20個を超える不動産について登記の抹消を受ける場合には「申請件数一件につき二万円」としていることによる。

不動産仮差押えで保全命令の発令から3年を経過した事件や登記に変更がある場合には,1か月以内の不動産全部事項証明書が必要とされている。
取下げの場合の登記権利者義務者目録では,債権者が登記義務者,債務者が登記権利者となる(同案内)。

(2) 大阪地方裁判所第1民事部

大阪地方裁判所第1民事部の案内では,保全事件の取下げに共通して必要な書類は,取下書の正本及び副本(副本は債務者及び第三債務者の数)と郵便切手(110円×債務者及び第三債務者の数)とされ,不動産仮差押え,不動産仮処分及び債権仮差押えの取下書の書式が掲載されている。
滞納処分庁がある場合は,物件目録又は仮差押債権目録2通,当事者目録2通及び郵便切手110円が追加で必要とされている。

同部の「保全執行解放に必要な書類」の案内では,不動産登記による保全執行で抹消登記が必要な場合は,登記権利者・義務者目録及び物件目録(法務局1か所につき各2通),郵便切手(法務局1か所につき590円2組),登録免許税の収入印紙(物件1筆につき1,000円)及び1か月以内の不動産全部事項証明書が必要とされている。

(3) 取下げに許可が必要な場合

大阪地方裁判所第1民事部の案内では,債権者が破産管財人である場合は,破産裁判所の許可書謄本(担保金額が100万円を超える場合)と破産管財人証明書が,債権者が相続財産管理人である場合は,家庭裁判所の許可書謄本と相続財産管理人証明書が必要とされている。

破産法78条2項は,破産管財人が同項各号の行為をするには裁判所の許可を得なければならないとし,12号に「権利の放棄」,15号に「その他裁判所の指定する行為」を掲げている。
同条3項1号は,同条2項7号から14号までの行為については,「最高裁判所規則で定める額以下の価額を有するものに関するとき」は許可を要しないとし,破産規則25条はその額を100万円と定めている。
案内の100万円という基準はこの額と一致するが,案内は,取下げが同項のどの号に当たるかや,価額を担保金額で判断する理由までは説明していない。
破産管財人が取り下げる場合は,破産裁判所の許可の要否を事前に確認しておくことになる。

(4) 発令から長期間が経過している場合

東京地方裁判所民事第9部の案内によれば,保全事件の記録は決定原本以外は原則として5年で廃棄され,決定原本は10年で廃棄される。
そのため,発令から5年以上経過した事件の取下げでは,委任状(代理人による場合),当事者の商業登記事項証明書又は住民票等が追加で必要とされ,10年以上経過した事件では決定正本とその写しも必要とされている。

当事者の住所,商号,代表者の変更や死亡がある場合も,つながりの分かる住民票,登記事項証明書,戸籍謄本等が必要とされている(同案内)。
何年も前の仮差押登記が残っている不動産を処理するときは,この点を前提に書類を集めることになる。

5 取下げの証明

東京地方裁判所民事第9部の案内によれば,取下書の提出時には取下書提出証明を,取下書の審査後に適法な取下げと判断された場合には取下書受理証明を受けることができ,証明申請手数料として150円の収入印紙が必要とされている。
和解の相手方に取下げを済ませたことを示す場合などに使うことが考えられる。

6 一部の取下げ

複数の不動産のうち一部の物件だけ,複数の第三債務者のうち一部の第三債務者の分だけ,又は請求債権額の一部だけを取り下げたい場合もある。
しかし,東京地方裁判所民事第9部の「執行取消し(取下げ等)」の案内と,大阪地方裁判所第1民事部の「保全事件の取下げに必要な書類」及び「保全執行解放に必要な書類」の案内には,一部の取下げについての記載は見当たらない(令和8年9月17日確認)。
一部の取下げをするときは,取下書での目的物や債権額の特定の仕方,抹消する物件の目録及び担保の扱いを,事前に担当部に確認することになる。

第5 取下げと執行の解放

1 執行機関によって手続が異なる

保全執行の執行機関は,強制執行の場合と同じく裁判所又は執行官である(民事保全法2条2項,同教材37頁)。
仮差押えの登記をする方法による不動産仮差押えの執行と,債権に対する仮差押えの執行は,仮差押命令を発した裁判所が保全執行裁判所となる(民事保全法47条2項,50条2項)。
これに対し,動産の仮差押えの執行は執行官が行う(同教材38頁)。

発令裁判所が執行機関となる場合は,保全命令の発令に引き続いて当然に執行手続が開始され,保全執行の申立ては必要ないとされている(同教材37頁,51頁)。
前記第4の3のとおり,取下げの場面でも,保全命令の申立ての取下書を出せば執行の申立ても取り下げたものとして扱われる。

2 不動産の仮差押え

不動産の仮差押えの登記は裁判所書記官が嘱託する(民事保全法47条3項)。
取下げによって登記が自動的に消えるわけではなく,東京地方裁判所民事第9部の案内の「保全執行の取消原因及び執行取消しの方法の概略」では,保全命令の申立ての取下げがあった場合,規則4条2項の債務者への通知と抹消登記の嘱託がされるとされている。

抹消までの期間について,同案内は,取下書に不備等がなければ,原則として取下書を受け付けた翌開庁日に管轄の法務局に抹消の嘱託書を発送しているとしつつ,繁忙状況によっては翌開庁日に発送できないことがあるとし,抹消までの期間は法務局に問い合わせるよう案内している。

競売等によって仮差押えの登記が既に抹消されている場合は,仮差押えの登記とその抹消の登記の両方が記載された登記事項証明書を提出し,取下書にその旨を記載すれば,抹消嘱託用の収入印紙と郵便切手は不要とされている(同案内)。

3 債権の仮差押え

債権に対する仮差押えの執行は,保全執行裁判所が第三債務者に対し債務者への弁済を禁止する命令を発する方法により行われる(民事保全法50条1項)。
東京地方裁判所民事第9部の案内の概略表では,保全命令の申立ての取下げがあった場合,債務者への通知と第三債務者への通知がされるとされている。

同案内は,債権仮差押命令申立事件を取り下げた場合,取下書に不備等がなければ,取下書を受け付けた翌開庁日に金融機関に取下通知書を発送しているとし,その後は金融機関で内部処理がされるので,口座が使えるようになる時期は金融機関に確認するよう案内している。
預金口座の凍結解除を急ぐ債務者との和解では,取下書の提出日を和解条項や合意書で明確にしておくことが考えられる。

4 動産など執行官による執行

執行官が執行機関となる仮差押え(動産の仮差押えなど)では,保全命令の申立ての取下げとは別に,執行官に対する保全執行の取下げが問題になる。
東京地方裁判所民事第9部の担保取消しの案内は,執行官が保全執行機関となっている事件について,権利行使催告による担保取消しを申し立てる場合は,保全執行を取り下げて執行官に執行取消証明書を作成してもらい,これを提出するなどの必要があるとしている。
大阪地方裁判所第1民事部の案内も,執行官による保全執行の場合の執行解放を証する書面として,執行不能調書の写しや執行取下げ証明書を挙げている。
もっとも,執行官に対する執行の取下げの書式や費用は,両部の案内には記載がないので,執行官室に確認することになる。

5 債権者が取り下げない場合

和解で取下げを約束した債権者が取り下げない場合に備えて,債務者側の手段も確認しておく。
民事保全法46条は民事執行法39条1項4号及び40条を保全執行に準用しており,強制執行をしない旨又はその申立てを取り下げる旨を記載した裁判上の和解の調書の正本等が提出されたときは,既にした執行処分も取り消される。
東京地方裁判所民事第9部の案内の概略表も,債務者の申立てによる執行取消しの原因として,保全命令の申立ての取下げを証する裁判所書記官の作成した文書の提出や,保全執行をしない旨等を記載した裁判上の和解等の調書正本の提出を挙げ,上申書により抹消登記の嘱託や第三債務者への通知がされるとしている。

このほか,債務者は,仮差押解放金を供託して仮差押えの執行の取消しを求めることもできる(民事保全法51条1項)。
解放金は仮差押解放金とは―金額の決まり方,供託による執行の取消し及び債権者の回収方法を参照されたい。

第6 取下げと担保の取戻し

1 取下げだけでは担保は戻らない

債権者が立てた担保は,仮差押えによって債務者が被る可能性のある損害を担保する性質を有する(同教材24頁)。
そのため,仮差押命令の申立てを取り下げても,担保を取り戻すには,別に簡易の取戻しの許可か担保取消決定を得る必要がある。
担保の取戻し全般は仮差押えの担保(供託金)を取り戻す方法―担保取消しの3類型,簡易の取戻し及び所要期間を参照されたい。

2 簡易の取戻し

(1) 要件

民事保全規則17条1項は,「保全執行としてする登記若しくは登録又は第三債務者に対する保全命令の送達ができなかった場合その他保全命令により債務者に損害が生じないことが明らかである場合において、法第四十三条第二項の期間が経過し、又は保全命令の申立てが取り下げられたときは、債権者は、保全命令を発した裁判所の許可を得て、法第十四条第一項の規定により立てた担保を取り戻すことができる。」と定める。

保全命令の申立ての取下げは,執行期間(債権者に保全命令が送達された日から2週間。民事保全法43条2項)の経過と並ぶ要件の一つである。
執行期間の経過を待たずに担保を取り戻したいときは,取下げをすることになる。

(2) 運用基準

司法研修所の教材に資料として掲載された「担保取戻しの運用基準」(同教材114頁)では,仮差押えについて次の場合に許可するとされている。
① 不動産等の登記又は登録による執行:発令前の取下げ,登記(登録)嘱託前の取下げ,登記(登録)嘱託が却下された場合における取下げ又は執行期間の経過
② 債権等の第三債務者等への送達による執行:発令前の取下げ,送達着手前の取下げ,送達が不能となった場合における取下げ又は執行期間の経過
③ 動産等の執行官による執行:発令前の取下げ,執行申立て前の取下げ又は執行期間の経過,執行官が執行に着手する前の取下げ又は執行期間の経過(着手していないことが執行調書等により明らかな場合に限る)

東京地方裁判所民事第9部の案内にも同じ趣旨の運用基準の表が掲載されており,取下げを理由とする場合の添付書類として,保全命令申立ての取下書,保全命令の決定正本,執行機関の不受理証明書,執行着手前執行取下げ証明書等が事由ごとに挙げられている。

(3) 陳述書で債権が無いと回答された場合

同教材114頁の運用基準の備考には,「第三債務者の提出した陳述書に債権が不存在である旨の記載があっても,取戻しは認めない」とある。
第三債務者への送達ができた以上,預金が無いと回答されて仮差押えが空振りに終わっても,取下げによる簡易の取戻しはできず,担保取消しの手続によることになる。

3 送達・登記の後に取り下げた場合

(1) 同意による担保取消し

登記がされ,又は第三債務者に送達された後に取り下げた場合は,民事訴訟法79条の担保取消しによる(民事保全法4条2項)。
最も早いのは債務者の同意による担保取消し(民事訴訟法79条2項)であり,東京地方裁判所民事第9部の案内では,申立てから供託原因消滅証明書の交付までの目安は約1週間とされている。

(2) 権利行使催告による担保取消し

債務者の同意が得られないときは,訴訟の完結後に権利行使催告による担保取消し(民事訴訟法79条3項)を申し立てることになる。
東京地方裁判所民事第9部の案内では,民事保全の場合には,本案訴訟が確定していること(本案未提起の場合を除く)に加え,保全命令の取下げが必要とされ,取下書と担保取消申立書を同時に提出してもよいが,取下書の処理を先行させるとされている。
大阪地方裁判所第1民事部の案内も,前提要件として保全事件の取下げと保全執行の解放を挙げている。

同案内(東京地方裁判所民事第9部)での目安は約2か月とされている。
したがって,債務者の同意が得られない事案では,取下げから担保が戻るまで相当の期間がかかることを前提に準備する必要がある。

第7 和解で取り下げる場合の条項

1 和解だけでは足りない

本案訴訟や保全異議の手続で和解が成立しても,仮差押えの執行が当然に消えるわけではなく,担保も当然には戻らない。
和解条項の作り方一般は民事訴訟の和解案・和解条項案の作り方-確認・給付・清算・執行のチェックリストを参照されたい。

2 入れておくべき条項

債権者側からみて,仮差押えがある事件の和解には,次の趣旨の条項を入れておくことが考えられる。
これは裁判所の公式の文例ではなく,条項に盛り込むべき内容を示したものである。
① 債権者は,仮差押命令申立事件(事件番号で特定する)を取り下げる。
② 債務者は,債権者が同事件について立てた担保の取消しに同意する。
③ 債務者は,前記②の担保取消決定に対し抗告しない。

東京地方裁判所民事第9部の案内では,裁判上の和解による同意の場合,和解調書正本とその写し及び郵便切手(110円×被申立人数)で担保取消しを申し立てることができるとされている。
大阪地方裁判所第1民事部の案内も,担保取消同意条項を含む和解調書の正本と写しを同意を証明する書類として挙げている。

担保取消決定に対しては即時抗告ができる(民事訴訟法79条4項)から,抗告権の放棄がないと決定の確定を待つ必要がある。
東京地方裁判所民事第9部の案内が,同意書による場合に「即時抗告権放棄の上申書」を必要書類に挙げているのはこのためと考えられる。

3 債務者側からみた条項

債務者側からみると,取下げの期限(「和解成立の日から◯日以内に」など)を明記しておくことが重要である。
取下げの約束が守られない場合に備えて,前記第5の5の民事執行法39条1項4号の文書として使えるよう,仮差押えの執行をしない旨又はその申立てを取り下げる旨を調書に明確に記載しておくことが考えられる。

訴訟外の合意書で和解する場合は,同意書を別に作成する必要がある。
東京地方裁判所民事第9部の案内では,同意書による同意の場合,同意書,被申立人の印鑑証明書(代理人が作成する場合は委任状),担保取消決定正本の受書及び即時抗告権放棄の上申書が挙げられている。

第8 取下げ後の再申立て

1 既判力が生じないこと

保全命令の申立てに対する裁判には既判力が生じない(同教材23頁)。
また,本記事で確認した範囲では,民事保全法に,取下げ後の同一の申立てを禁止する規定は見当たらない。
したがって,取り下げた後に事情が変わり,改めて保全の必要性が生じた場合には,再度仮差押命令を申し立てることは妨げられないと考えられる。

取下げ後の再申立てそのものを扱った裁判例は,本記事では確認できていない。
参考になるのは,最高裁判所第二小法廷平成15年1月31日決定(平成14年(許)第23号,民集57巻1号74頁)である。
同決定は,特定の目的物について既に仮差押命令を得た債権者でも,異なる目的物について更に仮差押えをしなければ強制執行をすることができなくなるおそれ又は著しい困難を生ずるおそれがあるときは,同一の被保全債権に基づき,異なる目的物に対し,更に仮差押命令の申立てをすることができるとした。
同決定からは,仮差押命令を重ねて申し立てることができるかどうかが,保全の必要性の問題として判断されていることが分かる。

2 再申立ての注意点

もっとも,再申立ては新たな申立てであるから,被保全権利と保全の必要性を改めて疎明し,担保も改めて立てることになる。
前の仮差押えの担保をそのまま流用できるかについて,本記事では公式の案内を確認できていない。

また,前の申立ての審尋期日の呼出しや保全命令の送達を受けた債務者には取下げが通知されている(民事保全規則4条2項)から,再申立ての時点では債務者が警戒し,財産の移転等が進んでいる可能性がある。
取下げをする前に,再度の仮差押えが必要になる可能性がないかを検討しておくべきである。

債務名義を得た後にも仮差押えができるかについては,債務名義があっても仮差押えはできるか―保全の必要性と東京高裁平成24年11月29日決定を参照されたい。

第9 時効との関係

1 現行民法

(1) 民法149条と148条の違い

民法149条は,「次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了した時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。」と定め,1号に「仮差押え」を掲げている。
仮差押えは時効の完成猶予事由であり,取下げによって仮差押えが終了すれば,その時から6か月を経過すると完成猶予の効果は終わる。

これに対し,強制執行等について定める民法148条1項は,「その事由が終了する(申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによってその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。」とし,同条2項ただし書は,申立ての取下げ等によって終了した場合には時効の更新が生じないとしている。
民法149条には,このような申立ての取下げについての特則はない。
仮差押えはもともと更新の効力を持たないから,条文の構造上,取下げによって終了した場合も,他の理由で終了した場合と同じく,終了の時から6か月の完成猶予が残ることになる。

取下げの時点で本案訴訟を提起していなければ,被保全債権の消滅時効がその6か月の経過で完成するおそれがある。

(2) 「その事由が終了した時」は取下書の提出時か,執行の解放時か

問題は,取下げの場合に「その事由が終了した時」が,取下書を提出した時か,それとも登記の抹消や第三債務者への取下げの通知によって執行が解放された時か,である。

改正前の民法の下で,最高裁判所第三小法廷平成10年11月24日判決(平成7年(オ)第1413号,民集52巻8号1737頁)は,仮差押えによる時効中断の効力は,仮差押えの執行保全の効力が存続する間は継続するとした。
また,最高裁判所第二小法廷昭和59年3月9日判決(昭和58年(オ)第824号,集民141号287頁)は,第三者の申立てによる強制競売で建物が競落され,仮差押えの登記が抹消された事案について,「本件仮差押による時効中断の効力は、右仮差押の登記が抹消された時まで続いていたものというべく」と判示した。
改正の審議でも,立案担当者は,保全執行の効力が継続している限り時効中断の効力が継続するという判例法理を変更する意図はなく,「その事由が終了した時」も従来の判例法理における終了時点と同じ時点を指す趣旨である旨を説明している(法制審議会民法(債権関係)部会第79回会議議事録24頁)。
文献にも,昭和59年判決を,仮差押えの登記の抹消時を完成猶予の事由の終了時としたものと位置付けるものがある。

これらからすると,取下げの場合も,登記の抹消時や第三債務者への通知時まで完成猶予の事由が続くとする考え方もありうる。
しかし,昭和59年判決は競落による抹消の事案であり,債権者自身が申立てを取り下げた事案ではない。
また,東京地方裁判所民事第9部の案内は,債権者は保全命令の申立てを取り下げることにより「その効果を遡及的に消滅させることができます。」としており,取下げの時点で仮差押えが終了したとみる考え方も十分にありうる。
裁判所ウェブサイトの裁判例検索及び判例秘書で確認した範囲では,改正後の民法149条の下で,取下げの場合の「その事由が終了した時」を判断した裁判例は見当たらなかった。

したがって,時効期間の管理は,早い方である取下書の提出時から6か月で管理しておくのが安全であると考えられる。
東京地方裁判所民事第9部の案内によれば,抹消の嘱託書や金融機関への取下通知書は原則として取下書を受け付けた翌開庁日に発送されるので,通常はどちらの考え方でも終了時点の差は大きくないが,登記が抹消されるまでの期間は案内上も明らかにされておらず,法務局に問い合わせるよう案内されている。

仮差押えと時効の関係の詳細は仮差押えと差押えの違い―処分禁止の効力,時効の完成猶予及び破産手続開始による失効を,時効の完成猶予と更新の全体像は消滅時効に関するメモ書き――起算点,完成猶予・更新,経過措置を参照されたい。

2 令和2年4月1日より前の仮差押え

(1) 改正前の民法が適用される

平成29年法律第44号による改正前の民法では,仮差押えは時効の中断事由であった(改正前の民法147条2号)。
同法附則10条2項により,改正法の施行日(令和2年4月1日)前に中断の事由が生じた場合は,その効力について従前の例による。
したがって,令和2年4月1日より前にした仮差押えを現在取り下げる場合も,時効への影響は改正前の民法で考えることになる。

(2) 改正前の民法154条

改正前の民法154条は,「差押え、仮差押え及び仮処分は、権利者の請求により又は法律の規定に従わないことにより取り消されたときは、時効の中断の効力を生じない。」と定めていた。
この規定に当たると,仮差押えによる時効の中断は,さかのぼって生じなかったことになる。
現行民法148条1項の「申立ての取下げ」のような文言はないが,債権者自身が申立てを取り下げて仮差押えが効力を失うことは,文言上,「権利者の請求により」「取り消されたとき」に当たると読む余地がある。

昭和59年判決は,競落による登記の抹消について,仮差押えが「被上告人の請求によつて取り消されたのでないのはもとより」,法律の規定に従わなかったことによって取り消されたものでもないとして,同条所定の事由に当たらないとした。
同判決は債権者の請求による取消しを同条の典型として対比しているが,申立ての取下げが同条に当たるかを判断したものではない。
判例秘書で改正前の民法154条と仮差押えの取下げの関係を検索した結果によっても,これを正面から判断した裁判例は見当たらなかった。

(3) 実務上の対応

改正前の民法154条に当たるとされた場合,仮差押えによる中断が初めから無かったことになるから,仮差押えから長期間が経過していると,取下げによって既に時効期間が満了していたことになるおそれがある。
令和2年4月1日より前にした仮差押えを取り下げる場合は,本案訴訟の提起や債務の承認など,仮差押え以外の事由で時効を管理できているかを確認してから取り下げるべきである。

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⑬ 電子記録債権(でんさい)の仮差押え―債権の特定,送達及び決済停止の実務

第11 出典・参考資料

1 法令・裁判所規則

① 民事保全法(平成元年法律第91号)2条,4条,18条,43条,46条,47条,50条,51条
② 民事訴訟法(平成8年法律第109号)79条,261条
③ 民事執行法(昭和54年法律第4号)39条,40条
④ 民法(明治29年法律第89号)148条,149条
⑤ 平成29年法律第44号による改正前の民法147条,154条(e-Gov法令検索の令和2年3月1日施行時点の版)
⑥ 民事保全規則(平成2年最高裁判所規則第3号)1条,4条,17条
⑦ 登録免許税法(昭和42年法律第35号)別表第一の一(十五)
⑧ 破産法(平成16年法律第75号)78条
⑨ 破産規則(平成16年最高裁判所規則第14号)25条

2 裁判例

① 最高裁判所第二小法廷昭和59年3月9日判決(昭和58年(オ)第824号,集民141号287頁)
② 最高裁判所第三小法廷平成10年11月24日判決(平成7年(オ)第1413号,民集52巻8号1737頁)
③ 最高裁判所第二小法廷平成15年1月31日決定(平成14年(許)第23号,民集57巻1号74頁)

3 裁判所等の案内

① 東京地方裁判所民事第9部「執行取消し(取下げ等)」
② 東京地方裁判所民事第9部「担保取消しの手続」
③ 東京地方裁判所民事第9部「担保の簡易の取戻しの手続」
④ 大阪地方裁判所第1民事部「保全事件の取下げに必要な書類」
⑤ 大阪地方裁判所第1民事部「保全執行解放に必要な書類」
⑥ 大阪地方裁判所第1民事部「担保取消しの手続」

4 文献

① 司法研修所編『民事弁護教材 改訂 民事保全(補正版)』(日本弁護士連合会,平成25年3月1日発行)23頁~24頁(取下げ,担保の性質),37頁~40頁(保全執行),44頁~45頁(不動産の仮差押えの執行),51頁~52頁(債権の仮差押えの執行),114頁(担保取戻しの運用基準 Ⅰ 仮差押)
② 法制審議会民法(債権関係)部会第79回会議(平成25年10月29日)議事録24頁