第1 本記事の対象と結論
1 対象とする手続
本記事は,電子記録債権のうち,株式会社全銀電子債権ネットワークが取り扱う「でんさい」を仮に差し押さえる手続を対象とする。
調査基準日は令和8年8月29日であり,仮差押えの申立てから発令後の送達,支払期日前の決済停止及び本執行への移行までを,現行の法令,裁判所規則及びでんさいネットの規程に基づいて整理する。
裁判所ウェブサイトの裁判例検索では,「電子記録債権」と「仮差押」又は「でんさい」と「仮差押」を組み合わせた検索によって直接該当する掲載裁判例を確認できなかった。
もっとも,同検索は全裁判例を収録するものではないため,裁判例が存在しないことを意味するものではなく,本記事では個別裁判例に基づく全国一律の運用があるとは記載しない。
2 最初に押さえる結論
電子記録債権の仮差押命令は,第三債務者に対する支払禁止と,電子債権記録機関に対する電子記録禁止を中心とする(民事保全規則42条の2)。
でんさいの場合,仮差押債権者,債務者,第三債務者及び電子債権記録機関であるでんさいネットを区別し,さらに窓口金融機関における決済停止の状況を確認する必要がある。
対象となるでんさいの記録番号が判明している場合は,その番号を用いるのが最も確実である。
記録番号が分からない場合の抽象的な特定方法は公開実務書の見本に例があるものの,採用の可否を一律に確認できる公的資料はなく,第三債務者,支払期日,金額及び順位等によって機械的に識別できる目録案を作成して申立裁判所に確認する必要がある。
仮差押えの効力一般はでんさいネットに命令が送達された時に生じ,第三債務者に対する支払禁止の効力は第三債務者に送達された時に生じる。
両者の送達時点は別々に管理すべきであり,支払期日が近いときは,強制執行等記録の有無に加えて,決済情報が窓口金融機関へ既に通知されたかを直ちに確認する必要がある。
第2 当事者と命令の構造
1 四者と窓口金融機関
仮差押えを申し立てる者が「仮差押債権者」であり,仮差押債権者に対して金銭債務を負い,対象となるでんさいの債権者として記録されている者が「債務者」である。
そのでんさいについて支払義務を負う者が「第三債務者」であり,でんさいネットが「電子債権記録機関」に当たる。
窓口金融機関は電子債権記録機関そのものではないが,利用者からの申出の受付や口座間送金決済の中止に関与する。
したがって,当事者目録と債権目録では法的な四者を正確に区別し,発令後の実務では関係する窓口金融機関も把握する必要がある。
2 仮差押命令が禁止する行為
裁判所は,第三債務者に対して債務者への支払を禁止し,でんさいネットに対して対象となる電子記録債権について電子記録をすることを禁止する(民事保全規則42条の2第1項)。
でんさいネットは,電子記録債権の処分を制限する書類の送達を受けたときは,遅滞なく強制執行等記録をする(電子記録債権法49条,でんさいネット業務規程38条)。
もっとも,支払等記録や,処分制限の効力に抵触しない変更記録等は例外的に許されるため,命令後に全ての電子記録が一律に不可能になるわけではない(民事保全規則42条の2第2項,民事執行規則150条の10第5項~第9項)。
許される記録の範囲は記録内容によって異なるため,具体的な記録請求を予定するときはでんさいネットに確認すべきである。
3 通常の差押命令との相違
電子記録債権に対する通常の差押命令では,債務者による取立てその他の処分,第三債務者による支払及び電子債権記録機関による電子記録を禁止する仕組みが採られている(民事執行規則150条の10第1項)。
これに対し,仮差押命令について定める民事保全規則42条の2第1項は,第三債務者への支払禁止と電子債権記録機関への電子記録禁止を定め,同条2項は民事執行規則150条の10第1項を準用していない。
そのため,通常の差押命令に関する資料にある「債務者の取立て等の禁止」という説明を,仮差押命令の内容としてそのまま転記すべきではない。
また,仮差押債権者には仮差押命令だけで対象債権を取り立てる権限はないため,保全と回収を区別する必要がある。
第3 管轄,申立て及び執行期間
1 管轄裁判所
仮差押命令の申立ては,本案の管轄裁判所又は仮に差し押さえるべき物の所在地を管轄する地方裁判所にすることができる(民事保全法12条1項)。
債権の所在地は,原則として第三債務者の普通裁判籍の所在地によって定まる(同条4項)。
したがって,でんさいネットの所在地だけを基準に管轄を決めるものではない。
本案の管轄と第三債務者の普通裁判籍を確認し,複数の管轄が考えられる場合は送達と支払期日までの時間も踏まえて申立先を選択することになる。
2 申立書と疎明資料
申立書には,当事者の氏名又は名称及び住所,申立ての趣旨,保全すべき権利並びに保全の必要性を記載し,保全すべき権利と保全の必要性を事実ごとに疎明する必要がある(民事保全法13条,民事保全規則13条)。
電子記録債権を対象とするときは,第三債務者の氏名又は名称及び住所,代表者の氏名並びに電子債権記録機関の名称及び住所も申立書に記載する(民事保全規則4条4項)。
仮差押えは,金銭債権について,強制執行ができなくなるおそれ又は著しく困難になるおそれがあるときに認められる(民事保全法20条1項)。
請求債権の契約書,請求書その他の成立資料だけでなく,財産散逸,資金繰り,支払拒絶その他の保全の必要性を基礎付ける事実を,入手経緯が説明できる資料によって示す必要がある。
3 申立方法と2週間の執行期間
東京地方裁判所の案内では,令和8年8月29日現在,保全事件の電子申立てはできず,申立手数料は原則として1申立てにつき2,000円とされている。
これは東京地方裁判所の案内であり,郵便料,当事者目録の部数,面接,担保決定後の供託その他の運用は,実際に申し立てる裁判所へ確認する必要がある。
仮差押命令は,仮差押債権者に対して正本が送達された日から2週間を経過したときは執行できない(民事保全法43条2項)。
支払期日が近いでんさいでは,申立て,担保提供,命令正本の受領及び関係先への送達を一体として工程管理し,2週間の期間と決済日程の双方を確認すべきである。
第4 対象となるでんさいの特定
1 記録番号が判明している場合
強制執行等記録には,対象となる電子記録債権の記録番号その他の法定事項が記録される(電子記録債権法49条,電子記録債権法施行令別表15)。
記録番号が判明している場合は,記録番号,債権金額,支払期日,債権者,第三債務者及びでんさいネットを相互に対応させ,別紙債権目録に記載するのが最も確実である。
記録番号を示す資料があっても,名義,残額,支払期日又は分割記録等によって現況が変わっている可能性がある。
申立て直前の通知書,利用明細その他の資料によって,申立時点の対象と一致するかを確認する必要がある。
2 記録番号が分からない場合
田辺総合法律事務所及び弁護士法人色川法律事務所編『Q&A 民事保全・執行 実務の勘どころ110―申立てから事件終了まで―』の公開見本112頁~114頁は,記録番号を原則的な特定方法としつつ,番号が分からない場合に客観的な条件と順位を定めて抽象的に特定する方法があり得ると説明する。
同見本が示すのは実務書の見解及び記載例であり,最高裁判所規則が特定の書式を定めたものでも,全ての裁判所が同じ目録を採用することを示すものでもない。
抽象的に特定する目録案では,少なくとも次の要素を組み合わせ,でんさいネットが外部資料や裁量的判断を用いずに対象を識別できるかを検討すべきである。
①第三債務者を一義的に特定すること。
②債務者が債権者として記録されているでんさいに限定すること。
③支払期日の期間,債権額,記録順又は支払期日の順位等の客観的な基準を置くこと。
④質権,既存の差押え又は仮差押え等の負担がある債権を含めるかを明示すること。
⑤請求債権額及び執行費用の限度を明示すること。
単に「支払期日が最も早いもの」とすると,既に支払期日を経過した回収困難な債権を先に捕捉する可能性があるとの指摘もある。
支払期日を命令送達の前後で区切るなど,目的とする将来の決済債権を捕捉できる条件になっているかを確認する必要がある。
3 申立てを進める条件と再設計する条件
記録番号がなくても,第三債務者,支払期日の範囲,概算額及び債務者がでんさいの債権者であることを裏付ける資料があり,客観的な順位を設定できる場合は,目録案を作成して申立裁判所への事前確認を進める余地がある。
記録番号の開示を求めるだけで支払期日を徒過するおそれがあるときは,抽象的特定案と記録番号を追加取得する方策を並行して検討すべきである。
他方,第三債務者を特定できない場合,対象期間や順位を定めても複数債権を機械的に区別できない場合又はでんさいの存在自体を裏付ける資料が乏しい場合は,申立てを急ぐだけでは対象不特定又は疎明不足となる可能性がある。
この場合は,対象債権の特定方法を再設計し,他の財産に対する保全も比較検討する必要がある。
第5 送達,効力発生及び陳述
1 送達先と効力発生時点
仮差押命令は,債務者,第三債務者及び電子債権記録機関に送達される(民事保全規則42条の2第2項,民事執行規則150条の10第3項)。
仮差押えの効力一般はでんさいネットに命令が送達された時に生じ,第三債務者に対する支払禁止の効力は第三債務者に命令が送達された時に生じる(民事執行規則150条の10第4項)。
したがって,送達報告を単に「全て送達済み」と一括して扱うべきではない。
でんさいネットへの送達日時,第三債務者への送達日時及び債務者への送達状況を分けて確認し,支払期日との時間関係を記録する必要がある。
2 第三債務者とでんさいネットの陳述
電子記録債権の仮差押えでは,第三債務者と電子債権記録機関の双方に対する陳述が予定されている。
第三債務者については債権の存否や支払意思等が,でんさいネットについては債権額,支払期日,記録番号その他の対象を特定する事項が確認対象となる(民事保全規則42条の2第2項,民事執行法147条,民事執行規則136条及び150条の10第10項)。
両者の回答は対象の存否,残額,支払期日及び競合する処分制限を確認するための別個の資料である。
回答内容が一致しないときは,名義変更,分割記録,既存の強制執行等記録又は支払等記録の有無を確認し,本執行や供託への対応を再検討する必要がある。
第6 支払期日前の決済停止
1 強制執行等記録と決済情報
でんさいネットは,処分を制限する書類の送達を受けると,遅滞なく強制執行等記録をする(でんさいネット業務規程38条)。
でんさいネットは,原則として支払期日の2銀行営業日前に決済情報を債務者側の窓口金融機関へ通知するが,強制執行等記録がされている場合は決済情報を通知しない(同業務規程細則37条)。
そのため,支払期日が迫っているときは,暦日だけでなく銀行営業日で残日数を計算する必要がある。
でんさいネットへの送達と強制執行等記録が決済情報の通知より前であるか,通知後であるかによって,確認すべき対応が変わる。
2 決済情報が既に通知された場合
でんさいネット業務規程細則41条3項は,強制執行等に関する書類の送達を受けた利用者に対し,送達を受けた事実及び送達日を窓口金融機関へ速やかに申し出て,口座間送金決済を中止するでんさいを特定するよう求めている。
決済情報が既に窓口金融機関へ通知されている可能性があるときは,送達を受けた利用者,窓口金融機関及びでんさいネットの間で,対象でんさいと決済中止の処理状況を直ちに確認する必要がある。
でんさいネットの公開FAQは,通常の債権差押命令を受けた場合について,第三債務者が窓口金融機関へ連絡し,命令の写しと所定の依頼書を提出する運用を案内している。
同FAQは仮差押命令を直接の対象としていないため,仮差押えで用いる書式名,提出者及び添付書類が同一であるとは限らず,関係する窓口金融機関へ個別に確認すべきである。
第7 供託,取立て及び本執行
1 第三債務者による供託
電子記録債権の仮差押えでも,差押え又は仮差押えが競合する場合等には,第三債務者による供託に関する規定が準用される(民事保全規則42条の2第2項,民事執行法156条,民事執行規則150条の12)。
供託義務の有無,供託額及び事情届の提出先は,競合する命令の内容,送達の先後及び対象債権額を確認して判断する必要がある。
債務者は,仮差押命令で定められた解放金額を供託して,仮差押えの執行の取消しを求めることができる(民事保全法22条,51条)。
第三債務者による供託と,債務者が仮差押解放金を供託する場合は,目的と効果が異なるため区別すべきである。
2 仮差押債権者の取立てと本執行
民事保全法50条5項が債権仮差押えに準用する民事執行法の条文には,差押債権者の取立権を定める民事執行法155条が含まれていない。
したがって,仮差押債権者は仮差押命令だけで対象となるでんさいを取り立てることはできず,仮差押えは将来の強制執行のために対象財産を保全する手続であると整理される。
本案で債務名義を取得した後は,電子記録債権に対する強制執行へ移行する。
強制執行により電子記録債権の効力が失われて通常の債権に移行した場合の処理も規定されているため,仮差押命令,強制執行等記録,第三債務者及びでんさいネットの陳述を引き継いで申立てを設計する必要がある(民事執行規則150条の16)。
第8 実務チェックリストと関連情報
1 申立て前の確認
申立て前には,少なくとも次の事項を一つの工程表で確認する。
①保全すべき金銭債権の発生原因,金額及び弁済期を整理する。
②強制執行が不能又は著しく困難となるおそれを裏付ける資料を収集する。
③本案管轄又は第三債務者の普通裁判籍に基づく管轄を確認する。
④債務者,第三債務者,でんさいネット及び関係する窓口金融機関を区別する。
⑤記録番号,債権金額,支払期日,残額及び既存の負担を可能な限り確認する。
⑥記録番号が不明なときは,客観的な条件と順位による目録案を作成し,申立裁判所に確認する。
⑦支払期日までの銀行営業日数と,担保提供及び送達に要する期間を確認する。
2 発令後の確認
発令後は,命令を得たことだけで保全が完了したと考えず,次の事項を確認する。
①仮差押債権者への命令正本送達日から2週間の執行期間を管理する。
②でんさいネットと第三債務者への各送達日時を別々に確認する。
③強制執行等記録の有無及び記録日を確認する。
④第三債務者とでんさいネットの陳述内容を照合する。
⑤支払期日が近いときは,決済情報の通知状況と決済中止の処理状況を確認する。
⑥競合する差押え,仮差押え,質権その他の負担と供託の要否を確認する。
⑦本案訴訟,債務名義取得後の本執行及び担保取消しまで期限管理する。
3 関連する既存記事
一般的な保全の必要性,担保及び不服申立てについては,民事保全としての仮差押えを参照されたい。
通常の債権差押えにおける取立てや供託については,債権差押えに関するメモを参照されたい。
でんさいの決済後における銀行の相殺及び商事留置権については,でんさいの決済金は銀行の相殺・商事留置権で回収できるか(AI作成)を参照されたい。
本記事は,これらの記事と異なり,電子記録債権そのものを仮に差し押さえる場合の対象特定,送達及び決済停止に対象を限定する。
第9 出典・参考資料
1 法令・裁判所規則
①e-Gov法令検索・民事保全法
②裁判所・民事保全規則
③e-Gov法令検索・民事執行法
④裁判所・民事執行規則
⑤e-Gov法令検索・電子記録債権法
⑥e-Gov法令検索・電子記録債権法施行令
2 裁判所の運用案内
①東京地方裁判所・民事第9部(保全部)における保全事件の申立て
②裁判所・裁判例検索
3 でんさいネットの規程・案内
①でんさいネット・業務規程及び業務規程細則
②でんさいネットFAQ・債権差押命令を受けた場合
③でんさいネット・こんな場合のご対応&よくあるご質問26頁
4 その他の文献
①田辺総合法律事務所・弁護士法人色川法律事務所編『Q&A 民事保全・執行 実務の勘どころ110―申立てから事件終了まで―』新日本法規出版,令和5年,公開見本112頁~114頁(書籍案内,公開見本PDF)