事業譲渡契約で「旧債務は引き受けない」と定めても,旧債権者から譲受会社への請求が当然に排除されるわけではない。契約での負担配分,商号・屋号等の使用,会社法上の登記・通知を別々に確認し,実行後の証拠まで残す必要がある。
本記事は,会社が事業を譲り受ける場面について,令和8年10月20日に確認した会社法と公開判決を基に,契約・免責措置・実行管理を整理する。
契約で負担を配分することと,債権者に対する責任を免れることを区別し,資料保存等の実務上の提案は法令上の要件と分けて示す。
第1 契約上の除外と債権者への責任を分ける
会社法22条1項は,譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合に,譲渡会社の事業によって生じた債務について譲受会社にも弁済責任を負わせる。したがって,譲渡会社との内部的な債務不承継合意だけを,債権者への免責の根拠にしてはならない。
法務担当者は,①契約上引き受ける債務,②契約上除外する債務,③法定責任が生じ得る債務を別欄に置く。債務の発生原因,金額,弁済期,係争の有無及び元の債務者を確認し,譲渡対象の事業との関係を記録する。把握できない債務を「存在しない」と処理せず,調査資料と照会結果を残す。
第2 免責登記と個別通知は要件・相手を確認する
1 登記の対象と時期
会社法22条2項前段は,事業を譲り受けた後,遅滞なく,譲受会社がその本店所在地で譲渡会社の債務について責任を負わない旨を登記した場合に,同条1項を適用しないと定める。会社の商号変更登記や契約書への記載を,この登記と混同しない。
条文の「遅滞なく」を一律の日数に置き換えない。実行前に司法書士等と必要書類・申請担当・本店所在地・実行日との関係を確認し,実行後に申請記録と登記内容を確かめる。申請を予定したことだけで登記の完了を扱わない。
2 両会社からの通知と受領者
同項後段は,譲受会社及び譲渡会社から第三者に対し,事業譲受け後遅滞なく免責の旨を通知した場合に,その通知を受けた第三者について同じ扱いを認める。譲受会社だけの発信で両会社からの通知を満たしたと決め付けず,通知名義と内容を確認する。
通知先を漏れなく整理し,対象債務,両会社の名称,事業譲渡との関係,旧債務を弁済する責任を負わない旨が分かる文面を準備する。通知の原本,送付先,送付日及び受領を確認できる資料を一組にして保存する。通知を受けていない第三者についても免責されたと一括処理しない。
3 他の責任まで一括して消えるわけではない
22条2項は同条1項についての例外である。債務引受契約その他の責任根拠がある場合や,23条・23条の2が問題になる場合は,各根拠を別に確認する。通知文に免責と書いたことだけで全ての対外責任が消えるとはいえない。
第3 商号を変えても屋号・ブランドの表示を調べる
会社の商号を変えても,続用する屋号やブランドが営業主体を示す機能を果たしていれば,商号続用責任の類推適用が問題となり得る。
同じ商品名・ロゴが残るだけで直ちに責任が決まるわけではなく,契約書,請求書,看板,ウェブサイト及び顧客案内の実際の表示を調べる。
最高裁平成16年2月20日第二小法廷判決は,ゴルフクラブ名の続用について旧商法26条1項の類推適用を示し,特段の事情の審理のため差し戻した。
判決の射程と,商品を示す表示・営業主体を示す名称の区別は,事業譲渡で屋号・ブランドを続用すると旧債務を負うかで説明する。
実行前後の表示案は法務が確認し,営業・広報・ウェブ担当が同じ内容へそろえる。
契約の債務除外と対外的な案内の食い違い,変更前後の版,顧客への説明日を記録することが望ましい。
第4 承継広告と詐害的な資産移転を別に点検する
会社法23条1項は,商号を続用しない場合でも,旧事業債務を引き受ける旨を広告した譲受会社への弁済請求を認める。
事業・商品の承継を知らせる表示と,旧債務を引き受ける表示は区別し,ウェブサイトやプレスリリースの文言を契約条件と照合する。
会社法23条の2は,残存債権者を害することを知って行われた事業譲渡について,承継財産の価額を限度とする譲受会社への履行請求を定める。
商号変更や22条2項の免責登記・通知だけでこの問題を処理せず,譲渡会社に残る資産・債務,対価の支払先及び両会社の認識を確認する。
要件・期間・倒産手続開始後の制限は,詐害的事業譲渡と残存債権者の請求で整理している。
第5 契約交渉では実行担当と回収可能性を決める
以下は実務上の準備項目であり,これらの条項を入れるだけで債権者への免責が成立するものではない。
承継債務・除外債務の一覧では,対象債務を特定する資料と,金額が確定していない場合の処理を対応させる。
補償条項では,請求を受けたときの連絡期限,資料提供,防御・和解の判断権限,補償の範囲・期限と支払原資を具体化することが望ましい。
譲渡会社に資力が残らない場合には補償の約束だけでは回収できないため,対価の支払条件や担保等も含めて交渉する。
① 承継・除外する債務を一覧化し,未払金,保証,顧客預り金,係争債務及び簿外債務の照会対象を決める。
② 旧債務について譲受会社が請求を受けた場合の通知,防御への協力,資料提供,和解の承認及び当事者間の補償を定める。
③ 登記と通知について,書類作成者,提出・発信者,費用負担,実行時期,完了確認者及び証拠の保存先を決める。
④ 契約上の補償を得ても譲渡会社から回収できるとは限らないため,支払原資を調べ,必要に応じて対価の支払条件や担保を交渉する。
⑤ 屋号・商標の使用,顧客案内及びウェブ表示を契約条件と合わせる。表示変更ができない事情があるときは,実行の条件・代替表示・残るリスクを決裁者に示す。
実行準備では,債権者への対外責任とは別に,売手・買手それぞれの社内決定と株主保護の手続を確認する。
会社法22条2項の免責通知は第三者に対するものであり,同法469条の株主への通知とは,根拠・相手方・目的が異なる。
一方の通知をしたことだけで他方も済んだと扱わず,担当者と期限を別々に管理する。
株主総会承認,取締役会等の決定,承認省略の条件及び株主通知の日程は,事業譲渡で必要となる社内手続―株主総会・取締役会の承認,省略の条件及び株主通知を参照されたい。
第6 請求を受けたときは相手・根拠・期間を分ける
請求を受けたときは,請求者,元の債務者,債権の発生原因・弁済期,請求の法的根拠を一覧にする。
事業譲渡日,名称・表示の使用状況,登記,両会社からの通知の内容・受領,個別の債務引受けの有無を照合し,免責通知があるとの説明だけで一律に請求を拒まない。
社内では契約上の連絡・防御協力・和解承認の手順を確認し,関係資料を保存する。
会社法22条3項・23条2項の2年の規定は譲渡会社の責任についてのものであり,譲受会社の責任が一律に2年で消えるわけではない。
請求根拠ごとの調査と期間管理は,事業譲渡で残存債権者は譲受会社に請求できるかを参照されたい。
第7 関連記事
① 事業譲渡で残存債権者は譲受会社に請求できるか
② 事業譲渡で屋号・ブランドを続用すると旧債務を負うか
③ 詐害的事業譲渡と残存債権者の請求
④ 事業譲渡で必要となる社内手続
⑤ 令和4年度司法試験民事系第2問の模範解答と評価項目
第8 出典と判断の範囲
① 会社法(平成17年法律第86号)22条・23条・23条の2。令和8年10月20日取得の条文を確認した。
https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
② 最高裁平成16年2月20日第二小法廷判決(平成14年(受)第399号,民集58巻2号367頁)。公式事件情報と判決本文全3頁を確認した。
https://www.courts.go.jp/hanrei/57044/detail2/index.html
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-57044.pdf
本記事は公開法令と公開判決に基づく一般的な確認手順である。登記の具体的な申請書類,遅滞の評価,通知の到達及び個別の債務承継は,実行日と事実関係を確認して判断する。