事業譲渡契約で「旧債務は引き受けない」と定めても,旧債権者から譲受会社への請求が当然に排除されるわけではない。契約での負担配分,商号・屋号等の使用,会社法上の登記・通知を別々に確認し,実行後の証拠まで残す必要がある。
本記事は,会社が事業を譲り受ける場面について,令和8年10月8日に確認した会社法と公開判決を基に整理する。契約・表示・記録の準備手順は,法令から直接義務付けられるものと,紛争予防のための実務上の提案を区別して示す。
第1 契約上の除外と債権者への責任を分ける
会社法22条1項は,譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合に,譲渡会社の事業によって生じた債務について譲受会社にも弁済責任を負わせる。したがって,譲渡会社との内部的な債務不承継合意だけを,債権者への免責の根拠にしてはならない。
法務担当者は,①契約上引き受ける債務,②契約上除外する債務,③法定責任が生じ得る債務を別欄に置く。債務の発生原因,金額,弁済期,係争の有無及び元の債務者を確認し,譲渡対象の事業との関係を記録する。把握できない債務を「存在しない」と処理せず,調査資料と照会結果を残す。
第2 免責登記と個別通知は要件・相手を確認する
1 登記の対象と時期
会社法22条2項前段は,事業を譲り受けた後,遅滞なく,譲受会社がその本店所在地で譲渡会社の債務について責任を負わない旨を登記した場合に,同条1項を適用しないと定める。会社の商号変更登記や契約書への記載を,この登記と混同しない。
条文の「遅滞なく」を一律の日数に置き換えない。実行前に司法書士等と必要書類・申請担当・本店所在地・実行日との関係を確認し,実行後に申請記録と登記内容を確かめる。申請を予定したことだけで登記の完了を扱わない。
2 両会社からの通知と受領者
同項後段は,譲受会社及び譲渡会社から第三者に対し,事業譲受け後遅滞なく免責の旨を通知した場合に,その通知を受けた第三者について同じ扱いを認める。譲受会社だけの発信で両会社からの通知を満たしたと決め付けず,通知名義と内容を確認する。
通知先を漏れなく整理し,対象債務,両会社の名称,事業譲渡との関係,旧債務を弁済する責任を負わない旨が分かる文面を準備する。通知の原本,送付先,送付日及び受領を確認できる資料を一組にして保存する。通知を受けていない第三者についても免責されたと一括処理しない。
3 他の責任まで一括して消えるわけではない
22条2項は同条1項についての例外である。債務引受契約その他の責任根拠がある場合や,23条・23条の2が問題になる場合は,各根拠を別に確認する。通知文に免責と書いたことだけで全ての対外責任が消えるとはいえない。
第3 商号を変えても屋号・ブランドの表示を調べる
最高裁平成16年2月20日第二小法廷判決(平成14年(受)第399号,民集58巻2号367頁)は,ゴルフクラブ名が営業主体を表示するものとして使われ,譲受人が続用する場合について,旧商法26条1項の類推適用を認める法理を示した。譲受後遅滞なく会員の施設優先利用を拒否したなどの特段の事情を審理させるため,破棄差戻しとしている。
この判決から,全ての商品商標や屋号の続用に同じ責任が生じるとは断定できない。現在の会社法22条への類推を検討する場合にも,単に商品を識別する表示なのか,営業主体を表示する機能を果たすのかを具体的に調べる必要がある。
実務では,実行前後の契約書,請求書,店頭表示,ウェブサイト,顧客向け案内を保存し,どの会社が何を提供し,誰が旧債務を負担すると表示していたかを比較する。法務は表示案を審査し,営業・広報・ウェブ担当は承認された版へそろえる。名称が同じという事情と,個々の債権者の認識を分けて記録し,条文にない個別の信頼要件を当然に追加しない。
第4 承継広告と詐害的な資産移転を別に点検する
会社法23条1項は,商号を続用しない場合でも,旧事業債務を引き受ける旨を広告した譲受会社への弁済請求を認める。事業や商品の承継の告知と,旧債務を引き受ける広告は区別する。ウェブサイトやプレスリリースの文言を確認し,契約の債務除外と顧客向けの説明を矛盾させない。
会社法23条の2第1項は,譲渡会社が残存債権者を害することを知って事業譲渡をした場合に,残存債権者から譲受会社に対する,承継財産の価額を限度とする履行請求を認める。ただし,効力発生時に譲受会社が残存債権者を害する事実を知らなかったときは,同項の責任を負わない。商号続用や22条2項の措置だけでこの問題を処理しない。対価の支払先,譲渡会社に残る資産・負債及び弁済原資を財務担当と確認する。
譲渡会社について破産手続開始,再生手続開始又は更生手続開始の決定があるときは,同条3項により残存債権者は同条1項の請求権を行使できない。個別請求と倒産手続上の対応を分けて検討する。
第5 契約交渉では実行担当と回収可能性を決める
以下は実務上の準備項目であり,これらの条項を入れるだけで債権者への免責が成立するものではない。
① 承継・除外する債務を一覧化し,未払金,保証,顧客預り金,係争債務及び簿外債務の照会対象を決める。
② 旧債務について譲受会社が請求を受けた場合の通知,防御への協力,資料提供,和解の承認及び当事者間の補償を定める。
③ 登記と通知について,書類作成者,提出・発信者,費用負担,実行時期,完了確認者及び証拠の保存先を決める。
④ 契約上の補償を得ても譲渡会社から回収できるとは限らないため,支払原資を調べ,必要に応じて対価の支払条件や担保を交渉する。
⑤ 屋号・商標の使用,顧客案内及びウェブ表示を契約条件と合わせる。表示変更ができない事情があるときは,実行の条件・代替表示・残るリスクを決裁者に示す。
第6 請求を受けたときは相手・根拠・期間を分ける
請求書が届いたら,旧債務の成立資料,事業譲渡日,商号・表示の使用状況,登記,通知の受領及び債務引受けの有無を確認する。免責通知があるとの説明だけで請求を拒絶せず,その通知が当該債権者に対するものかを調べる。
会社法22条3項と23条2項の2年の規定は,それぞれの要件の下で譲渡会社の責任を消滅させるものである。譲受会社の責任も一律に2年で消えると読まない。23条の2第2項には別の起算点と10年の規定があるため,誰に対する,どの根拠の請求かを先に確定し,消滅時効その他の期間も別途管理する。
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第8 出典と判断の範囲
① e-Gov法令検索「会社法」。令和8年8月12日施行版の22条,23条,23条の2を確認した。
② 最高裁平成16年2月20日第二小法廷判決・公式事件情報及び判決全文。本文全3頁を確認した。旧商法のゴルフ場事案に関する判決であり,個別の商標・屋号への適用結論は,表示の機能等により異なる。
本記事は公開法令と公開判決に基づく一般的な確認手順である。登記の具体的な申請書類,遅滞の評価,通知の到達及び個別の債務承継は,実行日と事実関係を確認して判断する。