第1 証拠収集手段を選ぶ前に整理する事項
1 本記事の対象
民事事件で必要な資料が相手方や第三者の手元にある場合,利用できる制度は一つではない。
弁護士会照会,提訴前照会,提訴前の証拠収集処分,当事者照会,調査嘱託,文書送付嘱託及び文書提出命令は,対象,利用できる時期,求める内容,強制力及び不回答時の効果が異なる。
本記事は,これらの制度を現行の民事訴訟法及び弁護士法に沿って比較し,制度を選ぶ前に整理すべき事項をまとめるものである。
条文は令和8年9月17日時点のe-Gov法令検索で確認した。
申立てさえすれば裁判所や弁護士会が必要な証拠を網羅的に探してくれる制度はないから,最初に「何を証明するため,誰が,どの資料又は情報を持っているか」を具体化し,本人による取得や任意交渉で足りるかを確認した上で,目的に合う制度を選ぶ必要がある。
2 立証命題から逆算する
最初に決めるべきなのは制度名ではなく,証明したい事実である。
例えば「取引の経過」を証明する場合でも,契約書,注文履歴,入出金記録,電子メール,アクセスログ等では,保有者,保存期間及び適切な取得手段が異なる。
資料候補ごとに,少なくとも次の事項を整理する。
① 証明すべき事実
② 資料又は情報の名称,内容及び対象期間
③ 作成者,保有者,担当部署及び保存システム
④ 契約番号,口座,端末,日時等の識別情報
⑤ 本人が取得できるか,既に取得を試みたか
⑥ 保存期間,上書き又は消去の可能性
⑦ 第三者の個人情報,営業秘密その他の秘密を含むか
3 事実の回答と既存資料の送付を区別する
「特定日の登録住所を回答してほしい」という要求と,「特定期間の取引明細を送ってほしい」という要求は性質が違う。
前者は一定事項の報告を求める照会又は調査嘱託に適し,後者は既存文書の送付嘱託又は提出命令が問題になりやすい。
新しい意見書や調査報告書を作らせることと,既に存在する資料を送らせることも分けて検討する。
第2 本人による取得と任意の開示請求
本人が法令,契約又は事業者の開示手続によって取得できる資料については,まずその方法を検討する。
民事訴訟法226条ただし書は,当事者が法令により文書の正本又は謄本の交付を求めることができる場合を,文書送付嘱託の対象から除いている。
任意請求では,対象期間,資料名,識別情報,利用目的及び回答期限を具体化する。
広すぎる請求は,対象を特定できない,第三者情報を含む,作業負担が大きいなどの理由で回答されにくくなる。
もっとも,任意請求を続けている間に資料が消去されるおそれがある場合や,消滅時効その他の期限が迫っている場合には,取得交渉だけに時間を費やすべきではない。
保全,提訴及び裁判上の証拠収集手続を並行して検討する。
第3 弁護士会照会
1 制度の仕組み
弁護士法23条の2第1項は,弁護士が受任している事件について,所属弁護士会に対し,公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができると定める。
照会を行う主体は申出弁護士ではなく弁護士会であり(同条2項),弁護士会は申出が適当でないと認めるときは拒絶できる(同条1項)。
訴訟提起の前後を問わず利用を検討できるが,受任事件との関係,照会事項の必要性及び相当性を示す必要がある。
依頼者本人が弁護士会へ直接申し込む制度ではない。
制度の詳細は,弁護士会照会で説明している。
2 回答が保証される制度ではない
照会先が回答を拒むことはあり,弁護士法は回答拒絶に対する制裁を定めていない。
最高裁平成30年12月21日判決(平成29年(受)第1793号)は,弁護士会が照会先に対して報告義務の確認を求めた訴えについて,確認の利益を欠くものとして不適法とした。
したがって,照会事項は必要な範囲へ絞り,他の取得手段では足りない理由と,回答によって何を明らかにできるかを具体的に記載することが重要である。
第4 提訴前照会と提訴前の証拠収集処分
1 提訴前照会
民事訴訟法132条の2第1項は,訴えを提起しようとする者が,被告となるべき者に対し訴えの提起を予告する通知を書面でした場合に,その予告通知をした日から4か月以内に限り,訴えを提起した場合の主張又は立証を準備するために必要であることが明らかな事項について,書面で照会できると定める。
予告通知を受けた者が返答をした場合には,その者からの照会も認められている(同法132条の3)。
照会できない事項も定められている。
当事者照会で許されない照会(同法163条各号)のほか,相手方又は第三者の私生活上の秘密に関する事項で回答により社会生活に支障を生ずるおそれがあるもの,相手方又は第三者の営業秘密に関する事項は,照会の対象から除かれる(同法132条の2第1項ただし書)。
したがって,相手方の秘密や負担を無視した探索的な質問を行える制度ではない。
2 提訴前の証拠収集処分
同法132条の4第1項は,予告通知に係る訴えが提起された場合の立証に必要であることが明らかな証拠となるべきものについて,申立人が自ら収集することが困難であると認められるときに,裁判所が,文書の送付嘱託,調査嘱託,専門家への意見陳述の嘱託及び執行官による現況調査の処分をすることができると定める。
申立ては予告通知がされた日から4か月の不変期間内にしなければならず(同条2項本文),収集に要する時間や嘱託を受ける者の負担が不相当となる場合等には処分がされない(同条1項ただし書)。
研究会ではこれらの制度の利用が低調であるとの認識から見直しが検討されているが,現行事件では現行法の要件を満たす必要がある。
第5 当事者照会
民事訴訟法163条の当事者照会は,訴訟の係属中,当事者が相手方に対し,主張又は立証を準備するために必要な事項について,相当の期間を定めて,書面等で回答するよう照会する制度である。
照会事項は,争点及び証明すべき事実と結び付けて具体化する。
同条は,具体的又は個別的でない照会,相手方を侮辱し又は困惑させる照会,既にした照会と重複する照会,意見を求める照会,回答に不相当な費用又は時間を要する照会,証言拒絶ができる事項と同様の事項についての照会をすることはできないとしている。
現行法には,回答をしないことだけを理由として過料等を科す規定はない。
研究会報告書は,裁判所が回答を促し又は命ずる仕組みを含めて検討しているが,これは将来制度の案である。
第6 調査嘱託
民事訴訟法186条1項は,裁判所が必要な調査を官庁若しくは公署,外国の官庁若しくは公署又は学校,商工会議所,取引所その他の団体に嘱託することができると定める。
当事者は裁判所に申立てを行い,採否と嘱託事項は裁判所が判断する。
調査嘱託は,既存の文書そのものを書証として送らせる制度ではなく,特定の調査事項について報告を求める場面に適する。
嘱託先,調査事項,争点との関連性及び必要性を具体化し,回答可能な形へ絞る必要がある。
裁判所が嘱託しても,嘱託先から必ず十分な回答が得られるとは限らない。
個人情報,職務上の秘密,回答作業の負担,資料の不存在等が問題になることがある。
第7 文書送付嘱託
民事訴訟法226条本文は,書証の申出を,文書の所持者にその文書の送付を嘱託することを申し立ててすることができると定める。
既に存在する文書を裁判所へ送付してもらう場面で利用される。
申立てでは,文書名,作成期間,所持者及び文書を識別できる事項を記載する。
病院の診療録,企業の取引記録その他の第三者保有文書について問題になることが多いが,送付嘱託に応じなかったことを理由とする過料等の制裁は定められていない。
医療記録を対象とする場合の具体的な論点は,医療記録の文書送付嘱託で整理している。
また,送付された文書が直ちに当事者の主張事実を証明するとは限らない。
必要部分を確認し,書証として提出する範囲,成立及び立証趣旨を整理する。
第8 文書提出命令
1 申立てに必要な事項
民事訴訟法221条1項は,文書提出命令の申立てでは,文書の表示,文書の趣旨,文書の所持者,証明すべき事実及び文書の提出義務の原因を明らかにしなければならないと定める。
相手方が持っていると思われる全資料を無限定に探索する制度ではない。
文書の表示又は趣旨を明らかにすることが著しく困難な場合には,同法222条の文書特定手続を検討する。
この場合も,文書の所持者が申立てに係る文書を識別することができる事項を明らかにする必要がある(同条1項)。
2 提出義務と除外文書
同法220条は文書提出義務を定める一方,同条4号イからホまでで,公務秘密文書,職務上の秘密等が記載された文書,専ら文書の所持者の利用に供するための文書,刑事事件に係る訴訟に関する書類等を除外している。
対象文書の作成目的,記載内容,所持に至る経緯及び開示による不利益を個別に検討する。
最高裁平成19年11月30日決定(平成19年(許)第5号)は,銀行が法令により義務付けられた資産査定の前提として債務者区分を行うために作成し,保存している資料について,監督官庁の検査において資産査定の正確性を裏付ける資料として必要とされ,銀行以外の者による利用が予定されているとして,専ら文書の所持者の利用に供するための文書には当たらないとした。
主要な最高裁判例は,文書提出命令に関する最高裁判例で条文別に整理している。
3 命令に従わない場合
当事者が文書提出命令に従わないときは,裁判所は,当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができ(同法224条1項),一定の場合には,その文書により証明すべき事実に関する相手方の主張を真実と認めることもできる(同条3項)。
第三者が文書提出命令に従わないときは,20万円以下の過料に処せられる(同法225条1項)。
第9 各制度の比較
各制度の主な時期,対象及び強制力等を並べると,次のとおりである。
① 弁護士会照会=提訴前・提訴後/公務所・公私の団体から必要事項の報告を得る/回答拒絶への制裁規定なし
② 提訴前照会=提訴前/予定される相手方へ必要事項を照会する/予告通知,4か月の期間,除外事項等の要件あり
③ 提訴前の証拠収集処分=提訴前/自ら収集することが困難な証拠を裁判所を通じて収集する/必要性の明白性,自己収集の困難性,不変期間等の要件あり
④ 当事者照会=提訴後/相手方へ主張・立証の準備に必要な事項を照会する/不回答だけを理由とする制裁規定なし
⑤ 調査嘱託=主に提訴後/官公署・団体等から特定事項の報告を得る/採否は裁判所が判断し,十分な回答は保証されない
⑥ 文書送付嘱託=主に提訴後/所持者から既存文書を裁判所へ送付してもらう/不送付への制裁規定なし
⑦ 文書提出命令=主に提訴後/提出義務のある特定文書を提出させる/当事者には真実擬制,第三者には過料の規定あり
この比較は一般的な整理である。
個別事件では,対象資料,所持者,秘密性,期限及び取得目的によって選択が変わる。
第10 電磁的記録,個人情報及び秘密への対応
1 電磁的記録
電子メール,チャット,アクセスログ,クラウド上のファイル等については,アカウント,保存場所,ファイル形式,期間,検索語,管理者及び削除・上書きの可能性を確認する。
名称だけでなく,保有者が対象を識別できる情報を示すことが重要である。
2 個人情報を含むことだけで取得できなくなるわけではない
個人情報を含むという理由だけで,すべての照会・嘱託・提出が当然に否定されるわけではない。
他方,本人の同意,第三者の利益,利用目的,必要な範囲及びマスキングの可否が問題になる。
「裁判に必要」とだけ記載するのではなく,必要性と範囲を具体化する。
3 法律相談通信と既存資料を混同しない
依頼者と弁護士との間の法律相談の内容を文書提出義務の除外事由とすることは,現行の民事訴訟法には規定がなく,研究会で検討されている将来制度の案である。
研究会の参考資料として添付された委員提案(参考資料9)も,依頼者が相談とは関わりなく存在する文書の提出を求められる場合には,依頼者と弁護士の間の通信秘密であることを理由として開示を拒むことはできないとしている(研究会資料PDF実頁3頁)。
したがって,実務上は,①依頼者が元から保有する契約書,電子メール,帳簿等の一次資料,②依頼者と弁護士との法律相談の内容,③弁護士の評価,争点メモその他の訴訟準備資料を分けて管理することが有用である。
弁護士の守秘義務と証言・文書提出の拒絶権の関係は,弁護士の守秘義務で説明している。
第11 よくある失敗と申立て前の確認事項
1 よくある失敗
よく見られる失敗は,次のとおりである。
① 立証命題を示さず,相手方が保有する資料の一切を求める。
② 事実の回答と既存文書の送付を区別していない。
③ 本人が取得できる資料について,直接の取得を検討していない。
④ 保存期間や消去のおそれを確認しないまま任意交渉を続ける。
⑤ 回答拒絶や不送付の場合に次に使う手段を決めていない。
⑥ 第三者の秘密を含む資料について,範囲の限定やマスキングを検討していない。
2 申立て前の確認事項
申立て前には,次の事項を確認する。
① 証明すべき事実を一文で説明できるか。
② 求めるものが事実の回答か,既存文書か,電磁的記録か。
③ 所持者と対象期間を特定できているか。
④ 本人による取得,任意請求その他の代替手段を確認したか。
⑤ 取得した資料をどの主張・証拠の申出に用いるか。
⑥ 秘密部分を限定し,又はマスキングできるか。
⑦ 不回答の場合に別の制度へ切り替える基準を決めたか。
第12 証拠収集法制の見直しとの関係
公益社団法人商事法務研究会に設置された「証拠収集手続の拡充等を中心とした民事訴訟法制の見直しのための研究会」の報告書(令和8年2月)は,提訴前の証拠収集手続,被告の特定・送達先情報,提訴後の当事者間の情報取得,文書提出命令,第三者の専門的知見及び秘密保護について,見直しの案を示している。
令和8年9月14日に開催された法制審議会第206回会議では,法務大臣から発せられた「民事訴訟制度の見直しに関する諮問第131号」について,新設の「民事訴訟法(証拠収集等関係)部会」に付託して審議することとされた。
もっとも,研究会の案や法制審議会への諮問は,成立した法律又は施行済みの制度ではない。
現在の事件では,本記事で説明した現行制度の要件に従って検討する必要がある。
研究会報告書の内容は,民事訴訟の証拠収集法制見直し―早期開示・文書提出命令・秘密保護の現在地で詳しく整理している。
第13 一次資料と裁判例の確認範囲
本記事で引用した民事訴訟法及び弁護士法の条文は,e-Gov法令検索で確認した。
最高裁平成30年12月21日判決及び最高裁平成19年11月30日決定は,裁判所ウェブサイトの掲載内容を確認した。
証拠収集法制の見直しについては,商事法務研究会の報告書及び研究会資料並びに法務省の法制審議会第206回会議のページを確認した。
判例秘書による関連裁判例の網羅的な検索は実施していない。
個別事件への適用に当たっては,具体的な争点ごとに追加の確認が必要である。
第14 出典
1 法令・裁判例
① 民事訴訟法(e-Gov法令検索)
② 弁護士法(e-Gov法令検索)
③ 最高裁平成30年12月21日判決(平成29年(受)第1793号)
④ 最高裁平成19年11月30日決定(平成19年(許)第5号)
2 法改正関係資料
① 公益社団法人商事法務研究会「証拠収集手続の拡充等を中心とした民事訴訟法制の見直しのための研究会報告書」(令和8年2月)
② 同研究会資料(参考資料9「依頼者と弁護士の間の通信秘密保護制度の確立に関する提案」ほか)
③ 法務省「法制審議会第206回会議(令和8年9月14日開催)」