訴えられた被告が相手方に対する請求を持っているとき,その請求を必ず反訴として提起しなければならないわけではありません。他方,抗弁として述べるだけでは,相手方に支払等を命じる判決を得られない場合があります。
反訴と別訴を選ぶ前に,自分の目的が相手の請求を防ぐことか,自分の請求について債務名義を得ることかを確認します。本記事は,第一審の通常の民事訴訟を中心に,請求の同一性,関連性,審理の進み方,管轄及び回収の必要性を整理します。
第1 抗弁と請求を区別する
1 同時履行の抗弁だけでは回収できない
買主が売主に目的物の引渡しを請求し,売主が「代金の提供があるまで引き渡さない」と抗弁を出す場合を考えます。抗弁が認められて引換給付判決がされても,それは通常,売主に条件付きで引渡しを命じる判決です。
その判決が当然に買主に代金の支払を命じるわけではありません。売主が預金差押え等によって代金を回収するには,支払請求を反訴又は別訴として審判対象にし,その請求に対応する債務名義を得る必要があります。
2 相殺で消すことと残額を請求することも異なる
相殺の抗弁は,相手方の請求債権を自分の債権と対当額で消滅させるための主張です。相殺によって防御できても,自分の債権の残額について,相手方に支払を命じる判決が当然にされるわけではありません。
また,民事訴訟法114条2項による既判力の範囲と,反訴として求める支払請求の範囲を確認します。相殺と反訴を併用する場合は,同じ額を二重に回収する請求にならないよう,主張の順序と請求額を整理します。
第2 別訴が重複起訴になるかの判断
1 関連する事件というだけでは禁止されない
民事訴訟法142条は,裁判所に係属する事件について,更に訴えを提起することを禁止しています。しかし,同じ当事者間の同じ契約を巡る紛争であっても,すべて同一事件になるわけではありません。
目的物引渡請求権と代金支払請求権は,契約上関連していても,通常は別の権利です。一方が引渡しを請求していることだけから,他方の代金支払請求の別訴が142条に反すると結論付けることはできません。
逆に,既に反訴で求めている代金について,同じ範囲の支払を別訴でも求める場合は,重複起訴の問題になります。給付請求とその債務の不存在確認などでは,当事者の立場の逆転や請求の形式だけで同一性を否定しないようにします。
2 相殺が関わる場合は別に検討する
別訴で請求している債権を,もう一つの訴訟で相殺の自働債権として主張する場合は,同時履行の抗弁とは異なる検討が必要です。相殺の判断には114条2項の既判力が生じ得るため,審理と判断の重複・抵触が問題になるからです。
本訴と反訴が併合審理されている場合の相殺や,相殺の抗弁が先に出された場合を含め,裁判例ごとの射程を確認します。別訴係属債権による相殺についての結論を,「関連する別訴はすべて禁止」という説明に広げないようにします。
第3 反訴の要件と別訴を選ぶ余地
1 関連性と審理の遅延を確認する
民事訴訟法146条1項は,本訴の目的である請求又は防御の方法と関連する請求について,口頭弁論終結まで,本訴が係属する裁判所への反訴を認めています。ただし,他の裁判所の専属管轄や,著しい訴訟手続の遅滞等の制限があります。
例えば,売買代金と目的物引渡しの請求は,契約の成立,代金額,履行状況などの資料が共通することが考えられます。一つの手続で審理する利益がある一方,反訴にだけ必要な複雑な損害論が加わる場合は,本訴の進行への影響も確認します。
特許等に関する専属管轄の特則,国際裁判管轄及び反訴に訴えの規定を適用する関係は,同条の各項と具体的な事件に即して確認します。関連性があることだけで,すべての要件を満たすわけではありません。
2 反訴が可能であることは一般的な義務を意味しない
146条が反訴の提起を認めることから,関連する請求を反訴にしなかった者が,常に別訴を提起できなくなるわけではありません。別訴を選ぶ場合も,その請求自身について管轄,訴訟要件及び時効等を確認します。
本訴の進行が速く,反訴の資料がまだ整っていないとき,別の裁判所に管轄があるとき,請求の立証に独立した審理が必要なときなどは,別訴の利点と不利益を比較します。反訴を選べば必ず早く安く解決する,という説明も避けます。
第4 別訴と弁論の併合
1 別訴の適法性と併合の必要性を分ける
民事訴訟法152条1項は,裁判所が弁論の分離又は併合を命じることができるとしています。別訴が適法であることと,双方を併合審理すべきことは,同じ問題ではありません。
別の裁判所に係属している事件を,当事者の希望だけで直ちに一つにできるわけではありません。管轄と移送の要件を確認し,その後に併合審理を検討します。同じ裁判所でも,進行状況や審理対象の違いがある場合には,併合されるとは限りません。
2 共通する証拠と食い違う進行を示す
併合を求める場合は,契約書,請求額の計算,履行の時期,証人等の共通性を示すとともに,各事件の主張整理と証拠調べがどこまで進んでいるかを説明します。
「矛盾する判決を防ぎたい」という抽象論だけでなく,どの事実認定が共通するか,併合しても不要な遅延が生じないかを具体化します。逆に,別訴を維持するときは,共通争点についての双方の主張と判決時期を把握します。
第5 前訴の確定後に別訴を起こす場合
1 先に既判力の範囲を確認する
前訴が確定している場合は,係属中の事件の重複起訴とは局面が異なります。前訴の請求の趣旨,訴訟物,口頭弁論終結時,主文と理由を読み,後訴が前訴の確定判断と抵触するかを検討します。
引渡請求についての引換給付判決の額を,そのまま代金支払請求権についての既判力と扱ってはいけません。判決主文に引換額が書かれることと,代金を審判対象にして支払を命じたことは異なります。
2 信義則を反訴の一般的強制にしない
既判力の範囲外でも,前訴の蒸し返し等が信義則に反すると評価されることはあります。ただし,「前訴で反訴を提起できた」という一事情だけで,後訴を常に禁止する扱いにはできません。
前訴での争点と審理の程度,主張立証の機会,前訴後の履行,主張を変える理由,相手方の信頼を確認します。前訴では支払請求自体が審判対象にならなかったことなど,後訴を許す方向の事情も検討します。
法務省の平成29年司法試験の採点実感も,後訴を制限する事情だけでなく,主張を許す事情を比較する検討を求めています。試験の評価資料を,具体的事件についての最高裁判決そのものとして引用しないことにも注意します。
第6 依頼者と決めておくこと
1 勝訴の意味と必要な債務名義
依頼者が求める成果を,「相手の請求を棄却してもらう」「反対給付があるまで履行を拒める」「自分の債権を確定させる」「実際に強制執行して回収する」に分けて確認します。抗弁による防御で足りるのか,積極的な請求が必要なのかが変わります。
反訴・別訴それぞれの請求額,手数料,追加の主張立証,判決を得るまでの見通しを説明します。訴訟代理人が反訴を提起するときは,特別の委任も確認します。
2 提出前に一枚で整理する
本訴と自分の請求について,当事者,請求の趣旨,請求権の根拠,対象額,契約・証拠の共通部分,管轄,進行状況,時効,必要な債務名義を並べます。相殺を併用する場合は,どの債権をどの額で使うのかを明示します。
mintsでの入力は,この方針を決めた後に行います。新法・旧法事件の区別,提出先,送達及び追加手数料の操作は,関連記事の説明と裁判所の最新案内を参照してください。
第7 出典・関連記事
1 公式資料
民事訴訟法114条・142条・146条・152条については,e-Gov法令検索及び法務省の日本語条文PDFを参照してください。
司法研修所「4訂 紛争類型別の要件事実」8頁(PDF29頁)は,同時履行の抗弁と引換給付判決を説明しています。
平成29年司法試験の採点実感の民事系科目第3問6~7頁(PDF31~32頁)は,引換給付判決と後訴の代金支払請求についての区別を説明しています。
令和8年10月2日の確認時点でe-Govはメンテナンス画面となったため,上記の法務省資料と司法研修所資料でも照合しました。相殺と別訴・反訴に関する各裁判例の詳しい整理は,以下の相殺の記事を参照してください。
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