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相手方の相殺にどう反論するか―弁済の再抗弁,訴訟外の相殺通知と債権を失うリスク(AI作成)

第1 相殺への反論は,自分の債権を使う前に整理する

相手方から相殺を主張されたとき,別の債権を持っているからといって,直ちにそれで相殺し返すのは危険である。
訴訟上の相殺と訴訟外の相殺では,債権が消滅する仕組みが異なるからである。
以下では,XがYに対して200万円の甲債権を請求し,YがXに対する300万円の乙債権で相殺を主張した場合を考える。
Xは,乙債権が既に弁済されていると反論できるほか,Yに対する別の300万円の丙債権を持っているものとする。
金額の違いを見やすくするため,利息等を除き,各債権の当事者・相殺適状には問題がない場合を前提とする。

この記事は令和8年10月3日時点の法令を基準とし,裁判所が公表する判決全文に基づいて説明する。
金額例と依頼者への説明項目は,条文と判例を踏まえた実務上の整理であり,その数値例を直接判断した判決の紹介ではない。

第2 まず,乙債権の成立と弁済を争えるか確認する

1 請求された債権と,相殺に使われた債権を分ける

甲債権の発生原因・支払期限と,乙債権の発生原因・金額・支払期限を別々に整理する。
相殺に使う自己の債権を自働債権,相殺によって消滅させる相手方の債権を受働債権という。
Yの相殺では乙が自働債権,甲が受働債権になる。
乙の契約が成立していない,金額が違う,既に支払済みであるといった反論と,Xが丙を使って乙を消滅させる主張とは,事実も証拠も異なる。

2 弁済の再抗弁に必要な資料をそろえる

乙について支払済みと主張する場合は,支払日,支払者,受領者,金額,どの債務への支払だったかを特定する。
振込明細だけでなく,請求書,領収書,送金前後の連絡,複数債務がある場合の充当合意も確認する。
振込があったことと,乙が消滅したことは同じではない。
乙が弁済によって消滅していると認められれば,丙を消費せずにYの相殺を排斥できる。
この選択肢の検討を終える前に丙による相殺通知を送ると,後から弁済の証拠が見つかっても,通知の法的効果が別に問題になる。

第3 訴訟上の相殺に,訴訟上の相殺を重ねることはできない

最高裁平成10年4月30日判決は,訴訟上の相殺の抗弁に対して,原告が別の債権による訴訟上の相殺を再抗弁として主張することを許さなかった。
訴訟上の相殺は,その相殺について裁判所が判断することを条件に実体法上の効果が生じるという性質を持つ。
これを重ねると仮定的な判断が積み重なり,審理が複雑になることに加え,再抗弁の債権の判断にまで既判力を広げる根拠がないことが理由である。

ただし,同判決は,訴訟外で相殺の意思表示をして確定的に相殺の効果が生じたことを,再抗弁として主張する方法まで禁止していない。
また,原告は別の債権について訴えの追加的変更又は別訴の提起をする方法も検討できる。
「相殺の再抗弁はできない」とだけ説明せず,禁止される方法と,実体法上の効果を先に発生させてその消滅事実を主張する方法を区別する必要がある。

第4 訴訟外の相殺通知を送る前に確認すること

1 相殺通知は,相手方への意思表示である

民法506条1項によれば,相殺は一方から相手方への意思表示によって行い,その意思表示には条件又は期限を付けることができない。
意思表示の効力は,原則として通知が相手方に到達した時に生じる(同法97条1項)。
そして,有効な相殺の効力は双方の債務が相殺に適するようになった時にさかのぼる(同法506条2項)。
発送日,配達日,受領者及び通知の内容を証拠として残すことが重要である。

「裁判で不利になった場合に限って相殺する」という条件付きの通知を,通常の訴訟外相殺として安易に用いてはならない。
準備書面の送付と口頭弁論での相殺主張についても,文言と提出経過を確認し,訴訟上の主張なのか,別個の実体法上の意思表示なのかを整理する。
書面の名称だけで決めることはできない。

2 使う債権と消費する金額を先に確定する

通知には,自働債権と受働債権を具体的に特定し,相殺する範囲を明確にする。
民法505条の相殺の要件,契約上の禁止・制限,法令上の相殺禁止,差押えや倒産手続の有無も確認する。
差押え,債権譲渡,破産が関係するときは,通常の二者間の相殺と同じ判断では足りないため,それぞれの規定に即して検討する。

この例でXが丙300万円を使って乙300万円の全部を有効に相殺すれば,乙だけでなく丙も300万円消滅する。
後に甲の請求が認められなかったとしても,そのことだけで有効な訴訟外相殺がなかったことにはならない。
裁判で主張を撤回することと,既に生じた債権消滅の効果を取り消すことを同一視してはならない。
他方,乙がもともと存在しない,既に弁済で全部消滅しているなど相殺の要件を欠く場合には,通知をしたというだけで丙が当然に消滅するわけではない。

第5 訴訟外の相殺が実際に認められた事例

東京地裁令和3年2月17日判決の公式全文では,受信料を請求された被告が別事件の訴訟費用償還請求権を使って訴訟上の相殺を主張した。
これに対し,原告も別の訴訟費用償還請求権を使い,訴訟外の相殺によって被告の自働債権が消滅したと主張した。

裁判所は,訴訟費用額確定処分の告知と各通知の時期を検討し,原告による令和2年9月26日の相殺を有効と判断した。
その結果,被告が訴訟上の相殺に使った債権は口頭弁論終結時には消滅しており,被告の相殺の抗弁は認められなかった。
原告の受信料請求は認容された。

これは訴訟外相殺による消滅を再抗弁として用いた実例である。
ただし,訴訟費用償還請求権の金額確定・弁済期に関する判断を,通常の貸金等の発生・弁済期にそのまま当てはめることはできない。
判決の事実関係と,自己の事件の債権の種類・相殺適状・通知到達時期を照合する必要がある。

第6 実体法上の消滅と,既判力の範囲は別に計算する

民事訴訟法114条2項は,相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断について,相殺をもって対抗した額に限って既判力を認める。
以下は甲200万円の存在が認められ,相殺の判断に進んだ場合の比較である。
丙について追加の請求や別訴は提起されていないものとする。

判断・行為実体法上の効果相殺判断の既判力
乙300万円が全部弁済済みと判断丙は相殺に使用されない乙の不存在判断は対抗額200万円の範囲。残100万円に当然には及ばない
丙300万円で乙300万円全部を有効に訴訟外相殺乙・丙が各300万円消滅乙について対抗額200万円の不存在判断。丙には再抗弁の判断だけで既判力は生じない
甲の不存在を理由に,相殺を判断せず請求棄却その判決による乙・丙の相殺消滅はない乙について相殺判断の既判力は生じない

乙300万円全体について理由中に判断が書かれていても,既判力が自動的に300万円に広がるわけではない。
また,丙の300万円が実体法上消滅したことと,丙について既判力が生じないことは両立する。
残額の後訴では,前訴の判断の証拠価値や信義則も別に問題となり得るため,「既判力がないから自由に勝てる」と理解することも誤りである。

第7 依頼者と決めておく訴訟方針

相殺通知の送付前には,少なくとも次の点を説明し,選択した方針を記録に残す。
①相手方の自働債権を,成立否認や弁済の証拠で排斥できるか。
②自分の別債権をいくら消費し,通知後にいくら残るか。
③本訴で敗訴しても,訴訟外相殺の効果が残る場合があること。
④別債権の給付判決・債務名義が必要なら,請求の追加や別訴を検討すること。
⑤判決の確定前に,相殺判断の既判力まで含めて上訴の必要性を確認すること。

相殺は,支払を免れるための便利な手段である一方,回収できるはずだった自分の債権を消費する選択でもある。
書面を作る前に,請求額,自働債権,残額,消滅の時点,判決で拘束される金額を一枚の表にすることが有用である。

第8 出典・関連記事

一次資料は,上記の民法97条・505条・506条,民事訴訟法114条,最高裁平成10年4月30日判決(民集52巻3号930頁)及び東京地裁令和3年2月17日判決である。
判例部分は裁判所公式全文を確認した。
今回の作成では判例秘書を再検索したものではない。

①相殺の抗弁に関するメモ書き
②民事控訴の利益とは
③別件判決・先行訴訟の準備書面は後訴でどう使われるか
④反訴と別訴――重複起訴,弁論併合及び債務名義から考える選択
⑤平成16年度旧司法試験論文式試験の模範答案―全12問と出題趣旨を踏まえた解説。民事訴訟法第2問でこの論点を扱っている。