第1 手続上の不満を上訴理由にするための基本
釈明が足りなかったことや証人尋問が採用されなかったことは,それだけで判決の取消し・破棄を導くものではない。
争うべき点は,審理経過に照らして裁判所にどのような対応が求められ,その欠如によってどの反論・立証機会が失われ,それが判決のどの判断に影響したかである。
本記事は令和8年10月3日現在の民事訴訟法と裁判所が公開する判決原文に基づき,民事事件の代理人が期日中及び判決後に確認すべき事項を説明する。
同じ手続上の問題でも,期日中の求釈明・異議,終局判決に対する控訴,最高裁判所への上告及び上告受理申立ては,対象と要件が異なる。
手続中の異議を述べたことだけで,独立の抗告が可能になるわけではない。
基本的な手段の区別は,求釈明・訴訟指揮への異議・責問権と期日の記録も参照されたい。
第2 釈明義務違反を主張する場合
1 裁判所が採用した法的構成と審理経過を対照する
民訴法149条による釈明には裁判所の判断が伴うが,審理経過に照らして釈明すべき義務が生じる場合がある。
裁判所が当事者と異なる法律評価をしたというだけで直ちに違法となるものではなく,その構成が当事者に予測可能であったか,主張・反論・反証の機会を与えられていたかを確認する必要がある。
最高裁平成22年10月14日第一小法廷判決(平成20年(受)第1590号・集民235号1頁)は,定年を80歳とする合意の成否が争われた事件において,原審が,合意を認めずに信義則上の雇用継続義務を根拠として一定期間の給与支払を命じた場面を扱った。
当事者双方はその義務の存否を争点とせず,従前の争点整理と審理も合意の成否を中心としていた。
最高裁は,その構成を採用するのであれば,原告にその主張をするかどうか釈明するとともに,被告にも反論・反証の機会を与えるべきであったとし,釈明義務違反を理由に破棄差戻しとした(判決PDF1頁~4頁)。
この判決から,すべての事件で裁判所が判決前に結論や心証を開示する義務を負うとはいえない。
重視すべき点は,新しい構成に固有の攻撃防御をする機会が,実際の審理過程で確保されていたかである。
法的観点指摘義務と事実主張を促すこととの違いも併せて確認する必要がある。
2 失われた機会を具体的な主張・証拠で示す
上訴理由では,「不意打ちであった」との評価に先立ち,争点整理の内容,双方の主張,裁判所の発言,判決で初めて採用された判断枠組みを,記録の所在とともに示す。
その上で,機会があれば提出した反論,追加して主張した事実,申し出た証拠,その証拠により判断が変わり得る理由を特定することが有用である。
例えば,信義則上の義務を争点とするのであれば,義務の基礎とされた言動の趣旨・時期・権限,相手方の認識,信頼を否定又は限定する事情について,どの資料や尋問で反証したかを説明する。
これは一般的な記載の考え方であり,上記判決がすべての反論について提出可能性を認定したという意味ではない。
失われた機会と判決の判断を結び付けることで,抽象的な不公平感と,結論に関係する審理上の欠落とを区別できる。
第3 証人尋問の不採用を争う場合
1 証拠の必要性と裁量の限界
民訴法181条1項は,必要でないと認める証拠を取り調べることを要しないと定める。
申出があることだけで実施が義務付けられるわけではなく,立証命題,争点との関係,既存証拠では解明できない点を具体化する必要がある。
最高裁昭和56年11月13日第二小法廷判決(昭和56年(オ)第715号・集民134号227頁)は,唯一の証拠方法でない限り証拠申出の採否は裁判所の裁量に属する旨を述べ,当該事件では申出に係る証人尋問が唯一の証拠方法ではないことなどから違法を否定した(判決PDF1頁~2頁)。
しかし,証拠が複数あることを理由に,重要な尋問を省略する判断が常に適法になるものではない。
2 目撃証人に準ずる証人を調べなかった事例
最高裁平成20年11月7日第二小法廷判決(平成19年(受)第1878号・集民229号151頁)は,痴漢の申告が虚偽であるとして損害賠償を求めた民事事件を扱った。
問題となったAは,申告者と電話をしていた際に,電話を通して当事者の発言を聞いた者である。
その供述内容は申告者の供述と整合しない一方で原告の供述と合致し,目撃者が見付からない状況では目撃証人に準ずる立場にある唯一の人物と評価された。
最高裁は,このような事情の下でAの証人尋問を実施せずに申告者の供述の信用性を肯定した原審の判断について,審理不尽の違法を認め,破棄差戻しとした(判決PDF1頁~7頁)。
この判決は,当事者の希望する証人をすべて尋問しなければならないとしたものではない。
その証人が問題となる信用性判断をどのように検証でき,他の証拠ではなぜ代替しにくいのかが重要である。
3 期日中の申出に盛り込む事項
① 証明する具体的な事実と,判決で判断される争点との対応関係。
② 証人がその事実を知った経緯と,直接の見聞か伝聞かの区別。
③ 書証・既存供述の矛盾及び尋問で確認する質問事項。
④ 他の証拠で代替できない理由と,予定する尋問時間。
採用されなかった場合は,不採用の対象,理由について確認できた内容,立証上残る不足を記録し,必要に応じて補充の申出や弁論再開の申立てを検討する。
尋問をしなかったという結果だけでなく,その証拠の重要性が裁判所に伝わっていたことと,解明されないまま判決された点を記録上たどれるようにする。
尋問の必要性に関する講演と現在の実務上の注意も参照されたい。
第4 控訴・上告・上告受理申立ての区別
1 手続違反を述べるだけでは上訴経路は決まらない
| 手段 | 確認すべき点 | 本件の論点との関係 |
|---|---|---|
| 控訴 | 第一審判決の誤りと,控訴審で必要となる審理 | 釈明不足・重要証拠の不採用と判決の判断を対照し,具体的な反論・証拠申出を行う。 |
| 最高裁判所への上告 | 民訴法312条所定の理由 | 通常の釈明義務違反や証拠不採用を述べただけで,当然に同条の上告理由となるものではない。 |
| 上告受理申立て | 民訴法318条1項所定の判例抵触・法令解釈上の重要事項 | 問題となる法的基準と原判決の判断を示す。受理は裁判所の判断によるため,申立てだけで審理・破棄が保証されるものではない。 |
控訴審では,第一審で失われた機会について,追加主張・証拠申出により実際に審理を求めることが重要である。
民訴法306条は第一審判決の手続が法律に違反するときの取消しを定めるが,第一審の審理中に問題があったというだけで,常に同条による取消し・差戻しが必要になるとはいえない。
控訴審で必要な審理を行えるかを含め,控訴審の判断及び差戻しの規定との関係を検討する必要がある。
最高裁判所への上告と,高等裁判所を上告裁判所とする場合の民訴法312条3項の上告理由は,区別しなければならない。
前記平成22年判決及び平成20年判決は,いずれも上告受理申立てに係る事件である。
両判決の「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」という判断を,通常の法令違反ならすべて最高裁判所への上告理由になるという意味に読み替えてはならない。
2 上訴理由の記載順序
実務上は,①問題となる判断,②その判断に至る審理経過,③求められた釈明又は必要な証拠調べ,④失われた攻撃防御の内容,⑤結論に影響する理由,⑥適用条文・判例との関係の順に記載すると,違法の内容を把握しやすい。
上告受理申立てでは,事件固有の証拠評価への不満に終始せず,原判決が採用した法的基準と,判例が示した基準又は重要な法令解釈の問題を明らかにする。
民訴法325条2項の職権破棄の規定があることをもって,理由の適切な構成を省いてよいとはいえない。
また,上訴期間・理由書提出期間の管理は独立して必要であり,記録の訂正や異議の申立てをしたことだけで期間が延びるものではない。
上訴・抗告等の期限を参照し,事件ごとの送達日と適用規定を確認する必要がある。
第5 責問権と調書をどう位置付けるか
民訴法90条は,手続違反を知り又は知ることができたのに遅滞なく異議を述べなかった当事者について,異議権の喪失を定め,放棄できないものを例外とする。
ただし,証拠の採否に対する不同意,手続違反の主張及び90条による異議権の喪失は,同一の問題ではない。
個別の違反と放棄可能性を特定せずに,「異議を言わなかったから上訴できない」又は「後で主張すれば足りる」と一般化すべきではない。
口頭弁論の方式に関する規定の遵守は,新法事件では民訴法160条4項による電子調書の証明の問題となる(旧法事件では改正前160条3項)。
調書の記載内容に対する異議や明白な誤りの更正と,期日の訴訟行為・裁判に対する異議は区別する必要がある。
新旧事件の調書作成・更正の経過措置と,更正処分への異議の期間・効力については,裁判所書記官の処分に対する異議と調書の更正で説明する。
第6 調査範囲と出典
本記事で挙げた3判決は,裁判所掲載の判決原文及び事件情報を確認したものである。
判例秘書による追加の全文照合は今回行っていない。
各判決の射程はその事案と判断内容に限って説明しており,すべての釈明不足又は尋問不採用について違法となる境界を網羅したものではない。
① e-Gov法令検索・民事訴訟法149条,160条,181条,306条,312条,318条及び325条。令和8年10月3日確認。
② 最高裁昭和56年11月13日第二小法廷判決・昭和56年(オ)第715号・集民134号227頁。
③ 最高裁平成20年11月7日第二小法廷判決・平成19年(受)第1878号・集民229号151頁。
④ 最高裁平成22年10月14日第一小法廷判決・平成20年(受)第1590号・集民235号1頁。