第1 異議の前に対象と求める対応を特定する
民事訴訟の期日では,裁判所が予定する進行について意見を求められることがある。
進行への希望,相手方の説明を明確にするための求釈明,裁判長の命令等への異議,手続違反についての異議,調書の内容への異議は,目的と根拠が異なる。
「異議があります」とだけ述べるよりも,誰の,いつの,どの行為が問題なのか,何を変更し,又は確認してほしいのかを明らかにする必要がある。
本記事は,条文上の区別と期日の準備・記録の方法を整理したものであり,個々の異議が認められるかを一律に示すものではない。
1 期日で確認する四つの事項
① 対象となる行為は,裁判長の進行上の命令,裁判所の証拠に関する判断,相手方の主張,書記官の処分のどれか。
② 現在の手続は,口頭弁論,弁論準備手続,書面による準備手続等のどれか。
③ 求める対応は,説明の明確化,応答機会の確保,命令の変更,手続違反の是正,調書内容に対する異議の記録のどれか。
④ その対応が必要な理由と,実施に必要な期間・資料は何か。
2 応答時間が足りないときの伝え方
例えば,相手方の新たな主張にその場で回答できないときは,対象の書面・頁・主張を示し,確認を要する事実,依頼者への照会,追加資料の収集等を具体的に説明する。
「検討期間がほしい」という希望だけではなく,「この点について認否・反論をするには契約原本の確認が必要であり,○日までに書面を提出したい」と,必要な手続と期限を提案する方法が考えられる。
これは実務上の伝え方の例であり,その希望が当然に採用されるという意味ではない。
異議を述べる場合には,進行についての希望と,問題とする命令又は手続違反を分けて伝える。
第2 求釈明と訴訟指揮等に対する異議
1 求釈明は不明確な事項を明らかにするための手段である
民事訴訟法149条3項は,当事者が口頭弁論の期日又は期日外において,裁判長に対して必要な発問を求めることができると定める。
相手方の主張について求釈明をする場合には,不明確な箇所,明らかにしてほしい事項,その回答が認否・立証に必要な理由を対応させる。
例えば,「どの時点の,誰の発言を,契約成立の根拠として主張するのか」を明確にするよう発問を求めることが考えられる。
求釈明は,裁判所に自分の主張を作成してもらう手続でも,相手方に自分が望む回答をさせる手続でもない。
2 150条の異議は対象が限定されている
民訴法150条は,口頭弁論の指揮に関する裁判長の命令,又は149条1項・2項による裁判長若しくは陪席裁判官の処置に対し,当事者が異議を述べたときは,裁判所が決定で裁判すると定める。
異議の対象を「先ほどの発言を止める旨の命令」等と特定し,その理由と,求める変更を示すことが必要である。
裁判所のあらゆる判断が150条の対象になるわけではない。
特に,証拠申出の採否については,裁判長の進行上の命令なのか,裁判所の証拠に関する判断なのかを確認し,150条の異議と同一視しない。
弁論準備手続については,170条5項による149条・150条等の準用を確認する必要がある。
受命裁判官が担当する場合も含め,手続の種類と命令等の主体を確認して対応する。
3 書記官を通じた期日外釈明を受けたとき
民事訴訟規則63条1項は,裁判長又は陪席裁判官が,口頭弁論期日外の釈明に関する処置を裁判所書記官に命じて行わせることができると定める。
書記官からの連絡を受けたときは,裁判官の指示による釈明なのか,提出状況等の事務連絡なのかを区別し,質問の内容,回答方法及び期限を確認する。
裁判長又は陪席裁判官が,期日外に,攻撃又は防御の方法に重要な変更を生じ得る事項について釈明等の処置をしたときは,その内容を相手方に通知しなければならない(民訴法149条4項)。
同項の処置がされたときは,その内容を訴訟記録上明らかにしなければならない(民事訴訟規則63条2項)。
これらは裁判所側の通知・記録化に関する規定であり,単なる日程連絡等にも一律に同じ要件があるという意味ではない。
| 代理人の確認欄 | 記録する内容 |
|---|---|
| 連絡の特定 | 事件番号,日時,担当部署,裁判官の指示によるものか,質問の具体的な内容 |
| 応答の準備 | 回答期限,準備書面・証拠等の提出方法,不足する事実・資料 |
| 正式な資料 | 電話で説明した内容のうち,正式な主張・証拠として提出する部分とその所在 |
| 通知・記録 | 重要な期日外釈明について,相手方への通知と事件記録の該当箇所を必要に応じて確認 |
この表は,連絡を受けた代理人の内部確認例である。
電話メモを残しただけで,回答内容が正式な主張書面となり,相手方にも伝わったと扱わない。
通知や記録に疑問がある場合は,問題の処置と事件記録を特定して確認し,直ちに全ての手続が無効であると決め付けず,必要な対応を検討する。
第3 責問権と「意見・異議なし・同意」を区別する
1 90条は手続違反に対する異議権の喪失を定める
民訴法90条は,当事者が訴訟手続に関する規定の違反を知り,又は知ることができた場合に,遅滞なく異議を述べなければ,異議を述べる権利を失うと定める。
ただし,放棄できないものについては例外がある。
この規定に関する異議を述べる権利は,一般に責問権と呼ばれる。
手続違反を主張する場合には,違反とする事実,関係する手続規定,求める是正を特定し,知り得た時点も記録しておく必要がある。
不満を持っていたことや,書記官へ連絡したことだけで,裁判所に対する必要な異議が述べられたことになるとは限らない。
2 意見聴取と同意要件は同じではない
当事者の意見を聴く規定があることと,当事者の同意がなければ実施できないことは,区別して条文を確認する必要がある。
例えば,民訴法168条は,弁論準備手続に付する際に当事者の意見を聴くことを定める。
これに対し,205条1項は,証人尋問に代えて書面の提出をさせる方法について,当事者に異議がないことと,裁判所が相当と認めることを要件とする。
したがって,「意見を述べる機会があった」「異議を述べなかった」「同意した」という三つの事情を混同しないことが大切である。
90条による異議権の喪失の問題も,個別の手続に関する意見聴取・同意等の要件とは分けて検討する。
3 放棄できない違反と補正・追認を区別する
放棄できない手続違反を考える際は,当事者間の利害調整にとどまらず,適法な裁判機関や裁判の公開等を保障する規定かを確認する必要がある。
民訴法312条2項には,判決裁判所の構成の違反,法律上関与できない裁判官の関与,日本の裁判所の管轄権の専属に関する違反,専属管轄違反,代理権・授権の欠缺,口頭弁論の公開違反等が掲げられている。
この列挙のすべてを,例外のない「治癒不能な違反」として扱うのは正確でない。
同項ただし書は代理権・授権の欠缺について追認の例外を設け,34条・59条は補正や追認を定める。
専属管轄についても312条2項3号の例外に注意し,控訴審での管轄違いの主張については299条を確認する。
「職権で調査される事項」,「90条で放棄できないもの」,「追認等により効力を生じるもの」は,区別しなければならない。
他方,法定の除斥事由と忌避は同じではなく,忌避には24条2項による申立ての制限がある。
管轄についても,非専属管轄では12条の応訴管轄が問題となる。
遅滞なく異議を述べたかという90条の問題と,個別の申立制限・管轄発生・追認の問題を混同してはならない。
最高裁令和7年7月10日第一小法廷判決(令和7年(行ツ)第125号・年金額減額処分取消請求事件)は,裁判官が交代した後に弁論の更新をせずに判決した点について,249条1項違反,312条2項1号に該当するとして職権で原判決を破棄した。
これは適法な裁判所構成の問題を扱う具体例であり,尋問を採用しなかった場合や釈明が不足した場合まで同じ上告理由になるとしたものではない。
4 認識可能性を,違反の種類と審理経過に即して検討する
期日の呼出しや書面の送達に関する欠缺を,当事者が記録閲覧・書面受領等によって把握できた場面と,判決で初めて予測困難な法律構成が示された場面は区別する必要がある。
90条の検討では,いつ何を知ったか,いつ何を知り得たか,その時点で異議の対象となる違反を特定できたかを確認する。
後から違法だと評価した時点だけを,当然に認識時点と扱うことはできない。
最高裁平成22年10月14日判決は,争点整理・尋問・控訴理由等の経過に照らし,原審の法律構成が予測困難であったことと,反論・反証の機会の欠如を重視した。
同判決は90条の適用や釈明義務違反一般の放棄可能性を判示したものではない。
求釈明を申し出なかったことだけを理由に責問権喪失を断定せず,具体的違反の認識可能性と放棄可能性を別々に検討する必要がある。
第4 期日の記録と調書の内容への異議
1 自分のメモと裁判所の調書は役割が異なる
期日終了後には,裁判所の指示,異議の対象と理由,裁判所の対応,相手方の応答,提出期限,未解決の事項を整理する。
提出書面と期日の陳述が食い違うときは,どの書面のどの箇所を訂正したのかも確認する。
これらは依頼者への報告及び次回準備に役立つが,代理人のメモを残すことと,裁判所の調書に記録されることは別である。
民訴法160条は,口頭弁論の方式に関する規定の遵守は,原則として調書によってのみ証明できる旨を定めているため,重要な手続の経過については調書の確認が必要である。
2 記録を求める事項を具体的にする
民事訴訟規則67条は,弁論の要領のほか,裁判長が記録を命じた事項及び当事者の請求により記録を許した事項等を明確にすることを定める。
重要な異議等の記録を求めるときは,「対象の命令に対してこの理由で異議を述べ,この対応を求めた」というように,記録してほしい内容を示す。
記録を請求した事項がすべて自動的に全文記録されるという規定ではない。
弁論準備手続の調書については規則88条も確認し,証拠申出とその後の証拠調べで証明すべき事実の整理を,期日後の準備に反映する。
3 調書への異議は元の手続への異議を代替しない
民訴法160条は,調書の内容に異議が述べられた場合に,その旨を記録することも定める。
調書の内容への異議は,先の訴訟指揮等に対する異議とは対象が異なる。
「当該期日にこの異議を述べたが記録されていない」等と,調書のどの内容が実際の経過と異なるかを示す必要がある。
後日調書へ異議を述べることによって,期日に必要だった手続上の異議が当然にさかのぼって補われるとは考えない方がよい。
調書の更正及び書記官の処分に対する異議の詳細は,裁判所書記官の処分に対する異議申立てを参照されたい。
第5 証拠申出と上訴を見据えた準備
1 尋問の必要性を判断対象と対応させる
尋問を求めるときは,証明したい事実,その事実の争い,書証だけでは解明できない点,証人又は当事者本人がその事実を認識した根拠を示す。
民訴法181条1項は,必要でないと認める証拠は取り調べることを要しないと定めるため,申出をしたことだけで実施が保証されるものではない。
一方,裁判所が釈明・訴訟指揮をすることを理由に,当事者の主張立証の準備を省くことも適切ではない。
尋問の必要性についての講演資料を読む際の注意は,尋問の必要性等に関する東京高裁部総括の講演での発言を参照されたい。
2 その場の異議と上訴の可否を分けて検討する
異議に対する決定があったというだけで,常に独立の抗告ができるわけではない。
抗告の可否・種類・期間,終局判決への上訴で主張する問題との関係は,対象となる裁判と個別の規定に即して確認する必要がある。
その検討の前提として,異議を述べた経過,裁判所の判断,その判断が主張立証の機会と判決にどう影響したかを,書面と調書に即して整理しておく。
民事訴訟の争点整理で整理した主要事実・証拠との対応も,ここで役立つ。
3 上訴では失われた機会と判決への影響を示す
釈明義務違反や尋問不採用を争う場合は,①裁判所が判決で採用した判断,②それまでの争点整理と証拠申出,③機会があれば提出できた反論・証拠,④その結果が結論に影響する理由を記録と対応させる。
控訴審では追加主張・証拠申出による審理を求め,最高裁判所への上告と上告受理申立ては312条と318条の要件に即して区別する必要がある。
平成22年10月14日及び平成20年11月7日の最高裁判決は,それぞれ釈明義務違反と重要証人の不取調べを扱う上告受理事件である。
具体的な事案,判例の射程及び理由の記載方法は,釈明義務違反・証人尋問の不採用と上訴を参照されたい。
4 「追加立証なし」と,既存の尋問申出の撤回を分ける
最高裁昭和53年3月23日判決は,特定の主張について唯一の本人尋問の採否を明示せず弁論を終結した事案で,双方が「他に主張立証はない。」と述べたことも,不取調べを許す特段の事情にはならないとした。
この判決を90条の責問権一般の判断と読み替えることはできないが,未処理の申出の扱いを確認する必要性を示している。
例えば,「追加の主張立証はないが,○月○日付けの本人尋問申出は維持する。○○の事実について唯一の証拠方法であり,採否の確認と実施を求める」と,申出の維持と追加立証の有無を区別して伝える方法が考えられる。
不採用が示されたときは,必要性を説明した内容,不採用理由として確認できたこと,未解明の事実を記録する。
これは発言の例であって,採用又は上訴の成功を保証するものではない。
唯一の証拠方法・重要証拠不採用の事案比較も参照されたい。
関連する平成15年度旧司法試験の問題文・出題趣旨・模範答案は,平成15年度旧司法試験論文式試験の模範答案―憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の全12問と出題趣旨を踏まえた解説に掲載している。
第6 出典と本記事の対象範囲
① e-Gov法令検索・民事訴訟法。令和8年10月3日の追記では現行本文の90条,12条,24条,34条,59条,149条,150条,160条,249条,299条,312条及び318条等を確認した。
② 裁判所掲載の民事訴訟規則。主に67条及び88条を確認した。
③ 最高裁令和7年7月10日第一小法廷判決・令和7年(行ツ)第125号。
④ 最高裁平成22年10月14日判決・平成20年(受)第1590号・集民235号1頁。
⑤ 最高裁昭和53年3月23日判決・昭和52年(オ)第591号・集民123号283頁。
初稿は令和4年法律第48号までの改正を織り込んだ法務省掲載法令PDFを参照して作成したものであり,上記の現行条文・判決による説明を追記した。
具体的な手続違反の放棄可能性と上訴の成否は,事件の適用法令,審理経過及び判決の内容に即して検討する必要がある。
判例秘書による追加の全文照合は今回行っていない。