第1 不適切な行為を施行前に具体化する
1 犯罪事実確認だけでは予防は完結しない
こども性暴力防止法の施行前準備では,性犯罪前科の確認手続に加え,日常の業務で許される行為と避けるべき行為を具体化する必要がある。
「不適切な行為」とは,その行為自体は児童対象性暴力等に当たらなくても,業務上必ずしも必要とはいえず,続いたり発展したりすることで性暴力につながり得る行為である。
犯罪に当たらなければ放置してよいという考え方では,こどもの尊厳や安全を十分に守れない。
こども家庭庁の義務事業者用準備ガイドVer.1.1は,不適切な行為の範囲を検討・確定し,就業規則等へ反映して周知することを,施行までの最低限の準備に挙げている。
範囲の検討は,現場の従事者と対話しながら進めるものであり,公式の例を一律の禁止一覧として転記すれば足りるものではない。
2 この記事の対象と資料
本記事は,令和8年10月17日に確認した同年9月改訂の施行ガイドライン,義務事業者用準備ガイドVer.1.1及び公式研修資料に基づく。
主に学校・保育施設等の義務対象事業者と,認定を受ける民間教育保育等事業者が,行動基準を作る際の確認事項を扱う。
法の施行日は令和8年12月25日であり,義務対象事業者と認定対象事業者の制度上の区分は分けて確認する。
制度全体の対象,必要書類及び施行前準備の一覧は,こども性暴力防止法の対象・義務と施行準備を参照されたい。
以下の確認項目・整理例は,公式資料を実際の業務へ落とし込むための例であり,国が一律に指定する様式ではない。
第2 性暴力・不適切な行為・重大な不適切な行為を区別する
1 不適切な行為は性暴力に至る前の予防にも関わる
施行ガイドラインは,不適切な行為が繰り返される中で,公私の区別や児童等との適切な距離感が失われ,性暴力へ至る危険を説明している。
行為者が親切や指導のつもりであったと述べることだけで,業務上の必要性やこどもへの影響の確認を終えてはならない。
こどもが相談・拒否をしにくい関係にあることも踏まえ,行為の目的,方法,頻度及び周囲から見える状況を確認する必要がある。
2 公式の具体例は状況を踏まえて使う
同じ外形の行為でも,事業内容,こどもの発達段階・特性,現場の状況及び必要性によって評価は異なり得る。
例えば,未就学児の保育に必要な抱き上げや,理解を得た範囲で行うスポーツの身体的な補助まで,中高生との私的な接触と同じように扱うことはできない。
他方,必要な介助という説明があっても,その方法・範囲が適切か,こどもの意思や負担に配慮しているかを具体的に確認する。
3 重大性と防止措置の判断を軽視しない
ガイドラインは,加害認識,被害の重大性,悪質性等を踏まえ,「重大な不適切な行為」を判断する考え方を示している。
指導後も同じ行為を繰り返す場合や,こども・保護者の意思に反すると認識しながら執拗に行う場合などは,初回の比較的軽微な行為と同じ対応では足りないことがある。
状況によっては児童対象性暴力等にも当たり得るため,内部で付けた行為の名称だけで重大性を下げて扱わない。
第3 現場で確認したい具体例
1 SNS等の私的な連絡・面会
公式資料は,私的なSNS等の連絡先を交換してやり取りすることや,休日・放課後に二人きりで私的に会うことなどを例示している。
業務の連絡にオンラインの手段を使う場合は,使用するアカウント,連絡の目的,閲覧できる担当者,時間帯及び記録の扱いを決めることが考えられる。
「保護者が知らない私的な連絡」と「事業者の管理下で行う必要な連絡」を区別できる運用にする。
2 撮影・写真や動画の管理
ガイドラインは,私物のスマートフォンやルール外の方法による撮影・管理,業務上必要な範囲を超える撮影などを挙げている。
事業者は,撮影の目的,使用端末,撮影担当者,保存・共有先及び私的利用を防ぐ方法を確認する必要がある。
業務用端末を使っているという一点だけで,必要性や撮影方法の確認を省くことはできない。
3 身体接触・排せつ介助・更衣
身体接触や介助では,こどもの年齢・発達段階・特性と,その場面で必要な支援を対応させる。
必要以上に長時間抱きしめること,理由なく特定のこどもだけを介助しようとすること,不必要な更衣室への入室などは,必要な業務との区別を検討すべき例である。
必要な支援を一律に止めるのではなく,事前の説明,担当の分担,場所,周囲の見守り及び記録など,適切に実施する方法を定める。
4 個別指導・送迎・特別扱い
密室で二人きりになること,不必要に一人で送迎すること,正当な理由なく特定のこどもだけを担当・優遇することにも注意する。
災害等の緊急時の送迎と日常の私的な送迎を同一視せず,緊急時に例外的な対応をした場合の連絡・報告方法も決めておくことが考えられる。
特別扱いが続いていないかは,行為者本人の説明だけでなく,担当表,連絡記録及び周囲が把握した状況も踏まえて確認する。
第4 行動基準を作る手順
1 場面ごとに必要な業務を洗い出す
まず,保育,介助,授業,練習,送迎,更衣,宿泊及びオンライン対応など,こどもと接する場面を整理する。
次に,各場面で必要な行為と,必要性を説明しにくい行為を現場の従事者と検討する。
こどもの特性や業務の実態を把握せず,管理部門だけで実施困難な禁止事項を決めると,必要な支援の萎縮や,ルールと実際の運用の乖離につながり得る。
2 禁止・実施方法・報告先を対応させる
次の表は,行動基準を作る際の整理例である。
単に「適切に行う」と記載するのではなく,従事者が同じ場面で同じように判断・相談できる内容にする。
| 場面 | 具体化すること | 運用の確認例 |
|---|---|---|
| 私的な連絡 | 業務用の連絡手段と私的連絡の区別 | 使用アカウント,管理者,連絡記録 |
| 撮影 | 必要な目的・端末・保存先 | 私物端末や私的保存を避ける方法 |
| 身体接触・介助 | 必要な支援の範囲と方法 | 説明,担当者,こどもの意思への配慮 |
| 個別指導・送迎 | 場所,担当,見守りの方法 | 二人きりになる場面と代替手段 |
| 判断に迷う場合 | 相談先と不在時の代替先 | 相談・判断の経過を残す方法 |
3 規程・周知・研修をつなぐ
決めた行動基準は,就業規則等の服務規律,報告・対応ルール,相談窓口の案内と食い違わないようにする。
従事者だけでなく,こども・保護者にも,どのような行為を避けるのか,困ったときにどこへ相談できるのかを分かる言葉で知らせる。
規程や採用書式への反映は,就業規則・誓約書の見直しで説明している。
周知後は,判断に迷いやすい具体的場面を研修で取り上げ,現場で運用できるかを確認する。
担当者の異動,サービスの変更,新しい連絡ツールの導入などがあったときも,基準を見直す契機となる。
第5 疑いを把握した場合の対応
1 軽微という印象だけで様子見にしない
疑いを把握した従事者が一人で抱え込まないよう,報告先,報告内容及び対応する責任者を決めておく。
現在のこどもの安全,接触が続く可能性,医療や外部機関への相談の必要性を確認し,事業者の報告・対応ルールに従って対応する。
「不適切な行為かもしれない」という段階を,詳しい証言がそろうまで何もしない理由にしてはならない。
2 安全確保と処分の判断を分ける
ガイドラインは,比較的軽微な初回の行為では指導と経過観察などの段階的対応が考えられる一方,重大な場合には原則として対象業務へ従事させないことを求める考え方を示している。
どの防止措置が必要かは,具体的事実と危険を踏まえて検討する。
懲戒・解雇の有効性については,就業規則,事実認定,相当性及び手続を別に確認する必要があり,「不適切」と判断したことだけで自動的に結論が決まるわけではない。
こどもへの質問を関係者が繰り返すことも避ける必要がある。
安全確保,外部機関との連携及び聴き取りの留意点は,こども性暴力防止法の施行と弁護士の役割を参照されたい。
第6 よくある質問
1 身体接触はすべて禁止すべきか
一律に禁止すべきという説明ではない。
発達段階・特性や事業内容に応じて必要な支援の範囲は異なるため,必要性,方法,こどもの意思や負担及び見守りの方法を具体的に検討する。
2 保護者の承諾があれば問題はなくなるか
承諾の有無だけで,あらゆる行為が適切になるわけではない。
業務上の必要性,具体的な行為の態様,こどもの意思・負担,事業者のルールを併せて確認する。
性暴力等に当たる行為を,こどもや保護者の理解という説明で正当化することはできない。
3 犯罪事実確認で問題がなければ行動基準は不要か
不要にはならない。
犯罪事実確認は制度の一部であり,日常の行動基準,早期把握,相談,研修及び疑いが生じた際の対応を整えることも必要である。
第7 出典と確認範囲
1 こども家庭庁の公式資料
①こども性暴力防止法施行ガイドライン(令和8年9月改訂)印刷頁20~23,PDF実頁21~24。
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/80127231-8582-476e-a6e7-9347e725ed96/abc50df0/20260901_policies_child-safety_efforts_koseibouhou_72.pdf
②義務事業者用準備ガイドVer.1.1,PDF実頁2・4・6・8。
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/80127231-8582-476e-a6e7-9347e725ed96/773e4c5f/20260902_policies_child-safety_efforts_koseibouhou_84.pdf
③従事者向け研修教材・研修の手引き。
https://www.cfa.go.jp/policies/child-safety/efforts/koseibouhou/jujisya
2 個別の運用では最新資料と事実を確認する
本記事の行動基準の整理例は,個別施設の事情を確認して作成した規程ではない。
実際に導入する際は,最新の公式資料,事業・対象業務,こどもの特性及び既存の規程を照合する必要がある。
個別の性暴力該当性,防止措置及び労務上の処分の結論は,具体的な事実と法令に即して判断する。