第1 本記事の対象と基本的な考え方
店舗,会社又は集合住宅の管理者が保管する防犯カメラ映像について,警察や弁護士から提供を求められた場合の対応を,令和8年10月2日現在の個人情報保護委員会の公表資料に基づいて整理する。行政機関自身が保有する映像の取扱いは,本記事の対象外である。
映像の撮影,保存,社内での閲覧及び外部への提供は,それぞれ確認すべき事項がある。適法に撮影した映像であっても,誰に,どの範囲を,何のために渡すかを別に判断する必要がある。
対応の基本は,依頼者と法的根拠を確認し,上書き前に必要な映像を保全した上で,事件との関係が説明できる期間・カメラ・情報に提供範囲を絞ることである。本人同意が不要となる根拠があることと,求められた全映像をそのまま提供すべきことは,同じではない。
第2 映像が「個人情報」「個人データ」に当たるか
1 顔が判別できる映像と個人データの区別
特定の個人を識別できるカメラ画像は個人情報に当たる。顔が不鮮明でも,名札,制服,撮影場所又は他の情報との容易な照合によって個人を識別できる場合がある。
もっとも,個人情報であることから直ちに「個人データ」であるとはいえない。個人情報保護委員会のQ1-41は,特定の個人情報を検索できるよう体系的に構成していないカメラ画像は,個人情報データベース等を構成しないと説明している。録画装置の名称だけで判断せず,人物による検索,索引,顔照合その他の実際の構成を確認する。
個人データの第三者提供には個人情報保護法27条が関係する。一方,個人データに該当しない映像でも,利用目的による制限及びプライバシーの問題が消えるわけではない。
2 防犯目的と新しい利用目的
通常の防犯カメラと,顔の特徴から人物を識別するシステムは区別する。カメラに関するQ&Aは,防犯目的が設置状況から明らかな場合と,撮影を容易に認識できない場合を分け,顔識別機能を利用する場合にはその利用を含めた目的の特定を求めている。
社内の窃盗調査のため既存映像を保全することと,新たに隠しカメラ,録音又は顔照合を導入することも別の検討である。過去の映像提供依頼だけから,今後の継続監視まで承諾されたと扱ってはならない。
第3 警察から提供を求められた場合
1 捜査関係事項照会と任意の協力依頼
刑事訴訟法197条2項に基づく捜査関係事項照会に対する個人データの提供は,個人情報保護法27条1項1号の「法令に基づく場合」に当たり,本人の同意を要しない。個人情報保護委員会のQ1-63も,同照会を法令に基づく提供の例として扱っている。
ただし,照会への回答と,令状に基づく差押えは手続が異なる。「警察からの依頼」という呼び方だけで処理せず,照会の根拠,担当部署,対象事件及び求められた事項を確認する。
書面による照会がない依頼についても,常に本人同意が必要になるとは限らない。個人情報保護委員会の医療・介護分野のQ4-24は,任意の捜査協力は任意であるとしつつ,提供を受ける法令上の具体的根拠がある場合には,同号に該当すると説明している。
この説明を踏まえ,口頭依頼だから一律に拒否することも,警察を名乗れば無条件に提供することも避ける。具体的根拠と依頼内容が不明な場合は,書面化や担当部署への確認を求める。生命・身体の保護等の別の例外を検討する場合も,その要件を個別に確認する。
2 依頼者と範囲を確認する
依頼者の氏名,所属,連絡先及び照会番号を記録し,必要に応じて警察署の公表された代表番号から担当部署を確認する。メールに書かれた連絡先だけに依存しない。
期間,カメラ位置,対象場所,必要な画角,音声の要否及び提供方法を具体化する。「一か月分全部」といった依頼に対しては,事件との関係と範囲が必要な理由を確認し,絞込みが可能か協議する。緊急の保全が必要な場合は,まず消失を防ぎ,実際の提供範囲は別に確定する。
第4 弁護士会照会と弁護士個人の依頼
1 弁護士会照会
弁護士法23条の2に基づく照会は,受任弁護士の申出を受けた弁護士会が審査し,弁護士会として必要事項の報告を求める手続である。
個人情報保護委員会の弁護士会照会に関するQ5-7は,これに回答して個人データを提供する場合,本人同意は不要と説明する。同時に,具体的な回答内容によってはプライバシー侵害による損害賠償が問題となるため,照会理由と情報の性質を踏まえた慎重な判断を求めている。
したがって,「本人同意がない」という理由だけで回答を拒む扱いと,「弁護士会照会だから全て渡す」という扱いの双方を避ける。関係のない人物の映像,長期間の行動履歴,私生活又は秘密に関わる情報が含まれる場合は,照会事項と必要性を確認し,不明点を弁護士会へ照会する。
2 弁護士個人からの依頼
弁護士の名刺,受任通知又は法律事務所からの依頼書があるだけでは,弁護士会照会と同じ扱いにはならない。個人データを提供する場合は,本人同意,適用できる別の例外,又は本人の代理人としての開示請求等の根拠を確認する。
依頼者が映っている本人の代理人である場合でも,他人の映像を含む全記録を当然に受け取れるわけではない。代理権,本人確認,請求対象及び第三者の権利利益を確認する。提供する会社自身が委任した弁護士への業務上の情報提供は,外部の当事者の弁護士への提供と区別して検討する。
第5 第三者の映り込みと必要な前後関係
同じ映像には,事件関係者,目撃者,従業員,顧客及び無関係の通行人が写り得る。被疑者と会話していたというだけで,相手を共犯者と断定してはならない。一方,犯罪の嫌疑がない人物の映像でも,目撃者の特定や行動の前後関係を確認するため必要となることがある。
各人物について「何を証明するために必要か」を分け,対象期間と画角を絞る。事件と関係のない私生活や,他の時間帯の来店履歴までまとめて渡す扱いを避ける。
第三者への配慮として切出しやマスキングが役立つ場合があるが,一律に全員の顔を隠すと,人物の同一性,移動経路又は被疑者に有利な事情の確認を妨げることもある。誰をどの範囲で処理するかを依頼先と協議し,元の映像と提供用コピーを区別して保管する。
時間の切出しも,直前・直後の文脈を失わせないようにする。提供対象から外した部分がある場合は,その範囲と理由を記録する。必要な映像がない場合は,「その人物が来ていない」と断定せず,未保存,上書き,死角又は検索対象外など,分かっている理由を伝える。
第6 映像の保全と安全な受渡し
1 原記録と作業履歴を残す
提供前に,録画装置の時刻と実時刻の差,保存期間,機器・カメラの位置,書出し形式,書出し日時及び作業者を記録する。専用再生ソフトが必要な形式では,再生方法も確認する。
原記録を上書き又は編集せず,書き出した保全用データと提供用コピーを分ける。切出し,変換,静止画化又はマスキングを行ったときは,元ファイル,処理内容及び処理担当者を対応付ける。これらは本記事が推奨する証拠保全の実務であり,全項目が一律の法定義務という趣旨ではない。
ハッシュ値は,取得後のファイルが同じかを確認する助けになる。ただし,撮影時刻が正しいこと,編集前の光景が真実であること又は人物の同一性まで,ハッシュ値だけで証明できるわけではない。時刻設定,取得経路及び他の資料との照合を併せて残す。
2 受取人と受領を確認する
提供先の担当者,媒体又は共有先,アクセスできる者及び受取方法を確認する。公開リンクやSNSへの投稿を代替手段とせず,権限を限定した受渡し方法を選ぶ。共有期限を設定する場合は,捜査・訴訟上必要な受領が完了しているかも確認する。
提供日時,対象ファイル,対象時間帯,処理の有無及び受領確認を残す。事後に追加依頼が来た場合は,最初の依頼に含まれると決め付けず,追加範囲の必要性を再確認する。
第7 記録義務と本人からの開示請求
1 法定の第三者提供記録と社内の対応記録
個人情報保護法29条の第三者提供記録には例外があり,27条1項各号に該当する提供等は,同条の記録義務の対象から除かれる。ガイドライン(通則編)3-6-5で,適用範囲を確認する必要がある。
警察や弁護士会への回答について,「全ての提供記録を法律上必ず3年間保存する」と一律に説明してはならない。他方,法定義務が適用されない場合でも,照会書,判断の根拠,提供範囲及び受領記録を社内で残すことは,適法性の説明と誤提供の防止に役立つ。保存期間は,利用目的,案件の継続,社内規程及び安全管理を踏まえて定める。
2 「警察に渡したから開示できない」とは限らない
本人からの開示請求は,請求対象が保有個人データに当たるかを確認した上で,個人情報保護法33条の不開示事由を個別に判断する。第三者の権利利益等を害するおそれがある場合は,全部又は一部を開示しない扱いがあり得るが,その理由と対象を具体化する。
個人情報保護委員会のQ1-57は,警察の照会によって初めて得た対象者の個人データについて,その存否が明らかになることで捜査等に支障が及ぶ場合を説明している。既に事業者が保有していた通常の映像まで,警察へ提供したという理由だけで一律に開示対象外になるという説明ではない。元の映像と,照会への対応によって得た情報を分けて確認する。
第8 撮影の適法性と裁判での評価は別に確認する
民間事業者による撮影には,個人情報保護法,プライバシー及び職場での調査に関する問題がある。捜査機関の無断撮影に関する刑事訴訟法上の基準を,そのまま会社の調査権限として用いることはできない。
また,映像の提供が個人情報保護法上許されることから,刑事裁判での証拠能力や証明力まで当然に認められるわけではない。映像が何を記録したものか,取得方法,事件との関連性,同一性及び改変の有無を確認し,違法収集証拠の問題があれば別に検討する。
捜査機関の撮影については捜査機関による写真・動画撮影はどこまで許されるか,写真・動画と報告書の証拠能力については捜査報告書に書かれた警察官の意見・説明の証拠能力,会社の初動については社内で窃盗・横領が疑われたときの社内調査を参照されたい。
第9 対応前の確認事項
1 依頼者の所属,氏名,連絡先及び法的根拠を確認したか。
2 上書き前に必要な原記録を保全したか。
3 期間,カメラ,画角及び音声の要否を具体化したか。
4 各人物が事件とどう関係するかを分けて考えたか。
5 無関係な情報を除きつつ,必要な前後関係を残したか。
6 元の映像と加工・提供用コピーを区別したか。
7 作業履歴,時刻のずれ,提供先及び受領を記録したか。
8 法定の記録義務と,社内で推奨する記録を区別したか。
第10 資料の確認範囲と令和8年改正
本記事の個人情報保護法上の説明は,上記の個人情報保護委員会のガイドライン及び各Q&Aを根拠とする。運用上の確認手順や証拠保全方法は,その根拠と区別して実務上の提案として記載した。個別の照会案件の適法性を判断した判例秘書の裁判例本文は,本記事作成のためには確認していない。
令和8年改正個人情報保護法は,令和8年7月17日に公布された。新たな特定生体個人情報の規定等を含むが,改正法の附則は,一部を除き公布後2年以内の政令で定める日から施行すると定めている。本記事では,これらの未施行の規定を現在の映像提供の根拠として用いていない。
顔識別システムの導入又は更新を検討するときは,今後定められる施行日,政令,規則及びガイドラインを確認して,通知・公表,対象者の登録,保存及び提供の運用を改めて点検する必要がある。