第1 この記事が扱う対象と検討の順序
本記事は,株主名簿上の名義人と実質的な出資者・株主が異なる非上場株式,いわゆる名義株について,名義人が民法163条(所有権以外の財産権の取得時効)に基づき,10年又は20年の経過だけで当然に真の株主になるのかを検討する。名義株そのものの意義や,株主名簿上の名義人と実質的な株主のいずれが真の株主となるかの認定基準,証拠収集の方法及び名義書換えの手続については,別稿「名義株の株主は誰か―認定基準,証拠,名義書換え及び相続・M&Aの留意点」で扱っており,本記事ではこれを前提として重複を避け,時効取得という別の法律問題に絞って検討する。
検討の順序は次のとおりである。まず,株式が民法上どの条文による取得時効の対象となるか(第2)を確認したうえで,時効取得の成立要件,とりわけ「自己のためにする意思」をもって「平穏かつ公然」に「行使」するとはどのような事実を意味するかを,実際に時効取得が肯定された裁判例と否定された裁判例の対比によって具体化する(第3)。そのうえで,善意・無過失の場合の10年と,悪意又は過失がある場合の20年という期間の使い分け(第4),時効取得を認めた一審判決がその後控訴審でどのような扱いを受けたか(第5),時効取得を検討する以前の問題として,そもそも自分が真の株主であることの立証自体が容易ではないこと(第6)を順に確認し,最後に実務上の対応を整理する(第7)。
第2 時効取得の対象となりうるか―民法163条と株式
1 民法162条ではなく民法163条が問題となる理由
取得時効を定める民法の規定は,不動産や動産のような有体物の所有権について定めた民法162条と,所有権以外の財産権について定めた民法163条の二本立てになっている。民法162条は「二十年間,所有の意思をもって,平穏に,かつ,公然と他人の物を占有した者は,その所有権を取得する」(1項)と定め,善意かつ無過失で占有を開始した場合には10年で足りるとする(2項)。これに対し民法163条は,「所有権以外の財産権を,自己のためにする意思をもって,平穏に,かつ,公然と行使する者は,前条の区別に従い二十年又は十年を経過した後,その権利を取得する」と定める。
株式は,株主としての地位(社員権)であって,土地や建物のような有体物ではない。したがって,株式それ自体について「占有」を観念することはできず,民法162条の適用場面ではない。株式の時効取得が問題となるのは,株主権という「所有権以外の財産権」を対象とする民法163条によってである。民法205条が「この章の規定は,自己のためにする意思をもって財産権の行使をする場合について準用する」と定め,占有権に関する規定(占有の承継や訴えの保護など)を財産権の行使にも及ぼしていることも,この理解を裏付ける。
2 株券という有価証券自体の即時取得との違い
株券発行会社(会社法214条により株券発行を定款で定めた会社)では,株券という有価証券自体は動産であるから,これを盗んだ者から株券を譲り受けた第三者が民法192条の即時取得(「取引行為によって,平穏に,かつ,公然と動産の占有を始めた者は,善意であり,かつ,過失がないときは,即時にその動産について行使する権利を取得する」)によって権利を取得する場合がある。もっとも,これは株券という紙自体の占有を基礎とする即時(占有開始と同時)の権利取得であって,本記事が扱う,長期間にわたる株主権の継続的な行使を要件とする民法163条の時効取得とは制度趣旨が異なる。また,会社法128条1項により,株券発行会社の株式譲渡は株券の交付がなければ効力を生じないため,株券発行前の譲渡は別の規律に服する。現行の会社法では株券を発行しない会社が原則型であり(会社法214条は例外的に株券発行を認める規定である),この場合はそもそも株券という動産が存在しないから,即時取得の余地はなく,株主権そのものの時効取得(民法163条)だけが問題となる。
3 東京地方裁判所が示した適用肯定の判断枠組み
株式ないし株主権が民法163条の「所有権以外の財産権」に含まれるかどうかについて,正面から判断を示した裁判例がある。東京地方裁判所平成21年3月30日判決(平成17年(ワ)第19332号,株式持分確認請求事件,判例時報2048号45頁)は,同族企業グループの創業者の共同相続人間で,被告名義とされていた株式の帰属が争われた事案において,次のように判示した。
「民法163条の『所有権以外の財産権』に株式ないし株主権が含まれるか否かが問題となるが,上記文言にかんがみると,不継続又は不表現の地役権の取得時効を否定する同法283条のような特別の除外規定のない限り,広く財産権であれば同法163条の適用を認めるべきであるから,株式ないし株主権も『所有権以外の財産権』に含まれるものと解される。」
民法283条は「地役権は,継続的に行使され,かつ,外形上認識することができるものに限り,時効によって取得することができる」と定め,地役権について時効取得の対象を限定する特別規定を置いている。同判決は,このような限定を株式について定めた規定が会社法にない以上,株式も財産権である以上は民法163条の適用対象から除外する理由がないという論理を採っている。この判断は,本判決限りのものであり,最高裁判所が同様の判断を示した先例は確認できていないが,株式が財産権である以上,条文上株式を除外する根拠がないという理由付け自体は,条文の文言に即した理解といえる。
第3 成立要件―「自己のためにする意思」をもって「平穏かつ公然」に「行使」すること
1 会社に対する株主としての行動が中心的な判断要素となること
株式は不動産と異なり,そもそも「所有の意思をもって占有する」という状態を観念できない。そのため,民法163条の要件のうち,「自己のためにする意思をもって,平穏に,かつ,公然と行使する」という部分,とりわけ「行使」の有無をどのような事実で判断するかが実質的な争点となる。この点を正面から扱ったのが,東京地方裁判所平成15年12月1日判決(平成15年(ワ)第10519号,株主権確認請求事件,判例タイムズ1152号212頁)である。同判決の判示事項は,「株式について民法163条による時効取得はありうるが,そのためには会社に対して株主として行動していることが必要であると判断した事例」というものであり,時効取得の対象適格性自体は否定していないものの,成立要件の当てはめとしては,会社に対する外形的な株主としての行動の有無を中心的な判断基準としている。この判断枠組みは,民法163条を株式以外の財産権に適用した事案とも整合する。最高裁判所第一小法廷平成9年7月17日判決(平成4年(オ)第1443号,著作権侵害差止等請求事件,民集51巻6号2714頁)は,著作権法上の複製権の時効取得が問題となった事案において,継続的な行使があるというためには権利者と同様に権利を独占的,排他的に行使する状態が継続していることを要し,その立証責任は時効取得の成立を主張する者が負うと判示しており,「行使」の継続性とその立証責任の所在が時効取得を主張する側にあることは,株式に限らず財産権の時効取得一般に妥当する考え方であることがわかる。
同判決の原告は,平成5年に贈与を受けた譲渡制限株式360株について,贈与から10年以上が経過したことを理由に時効取得を主張し,「時効取得は会社に対する関係ではなく,元の権利者(贈与者)に対する関係で成立するものであるから,会社に対して株主として行動する必要はない」と主張した。裁判所はこの主張を採用せず,原告が被告会社に対して名義書換請求,議決権行使,配当受領のいずれも行っていなかった事実を重視し,次のとおり判示して時効取得の成立を否定した。
「原告が自己が本件株式を所有する者として,被告会社に対し,株主としての権利行使をしていたと認めることはできず,原告が本件株式を時効取得したとは認められない。」
2 時効取得が認められた事案で認定された行使の実態
これに対し,前記東京地方裁判所平成21年3月30日判決は,被告名義の株式について,被告が長年にわたり株主名簿に名義人として記載され,増資の際にこれを引き受け,株主総会で議決権を行使し,利益配当を受けていた事実を認定した。同判決は,被告が民法163条の長期取得時効(後記第4参照)の抗弁を主張したのに対し,被告がグループ中核会社の代表取締役という立場にありながら,株式が第三者名義で保有される仕組み(借用名義株)の存在を認識していたと認定したうえで,時効取得の主張を一部認め,対象株式75万7千株のうち74万2520株について時効取得の成立を認めた。同判決が重視した事実は,株主名簿への記載という形式的な事実にとどまらず,増資引受け,議決権行使及び配当受領という,会社に対する現実の株主としての行動が継続していたことである。
3 時効取得が否定された事案で欠けていた事実
前記東京地方裁判所平成15年12月1日判決では,原告は,贈与者から必要な委任状をいつでも取得できる立場にあったと主張したが,裁判所は,原告が平成5年に一度名義書換えを請求した後,平成15年に至るまで再度の名義書換請求をしていないこと,議決権を行使した事実も配当を受領した事実もないことを認定し,「会社に対する外形的な行動」が欠けていることを理由に時効取得を否定した。2つの判決を対比すると,時効取得の成否を分けたのは,株主名簿上の名義の有無そのものではなく,増資の引受け,議決権行使,配当受領といった,会社との関係で継続的かつ客観的に認識できる株主としての行動が存在したかどうかであったことがわかる。単に名義を保有しているだけで,株主としての行動を何ら伴わない状態が続いても,時効取得の要件を満たすとは限らない。
第4 善意・無過失の10年と,悪意・過失の20年
民法163条は,前条(民法162条)の区別に従い,20年又は10年の経過によって権利を取得すると定めている。民法162条の枠組みに引き直すと,占有(株式については権利の行使)の開始時に善意であり,かつ過失がなかったときは10年,それ以外(悪意又は過失がある場合)は20年である。株式の時効取得における「善意・無過失」とは,抽象的には,自己が株主権を行使する正当な権限を有すると誤信したことについての善意・無過失を意味すると解される。
前記東京地方裁判所平成21年3月30日判決の事案では,被告はグループ中核会社の代表取締役という立場にあり,借用名義株が組織的に管理されていた実態を踏まえ,被告がその存在を認識していたと認定された。すなわち被告は悪意と評価され,10年ではなく20年の経過が要件とされたが,同判決は,その20年の要件が満たされていると判断して時効取得の成立を認めた。名義株を巡る紛争では,名義人が会社の役員など内部事情に通じた立場にあることが少なくなく,このような場合には善意・無過失の10年ではなく,悪意又は過失を前提とする20年の経過が問題となりやすい。
第5 時効取得を認めた一審判決は,その後どうなったか
前記東京地方裁判所平成21年3月30日判決は控訴され,東京高等裁判所平成24年2月8日判決(平成21年(ネ)第2596号,株式持分確認請求控訴事件)が言い渡された。控訴審は,原判決を取り消したうえで,一審原告らの主位的請求に係る訴えを却下し,予備的請求を棄却した。控訴審が結論を左右したのは,時効取得の成否そのものではなく,本件株式が学校法人へ寄附されたことを内容とする遺産分割協議書が真正に成立していたと認定した点にある。すなわち,控訴審は,一審が判断した民法163条の適用の当否にまで立ち入ることなく,別の理由(有効な遺産分割協議による寄附の存在)によって原告らの請求を退けたものであり,一審の時効取得に関する判断枠組みそのものを否定したとまではいえない。
もっとも,この経過は,時効取得を肯定した一審判決の結論をそのまま鵜呑みにすることの危うさを示している。名義株を巡る紛争は,多くの場合,相続,贈与又は組織再編といった複数の法律関係が絡み合っており,時効取得の成否だけで最終的な帰属が確定するとは限らない。ある時点の判決で時効取得が認められたとしても,その後の審級で異なる理由により結論が変わる可能性があることは,記事の見出しにある「10年・20年で当然に株主になるのか」という問いに対し,慎重な答えを要求する事情の一つである。
第6 そもそも「誰が真の株主か」を立証すること自体が高い壁になる
名義株を巡る紛争では,前提として,株主名簿上の名義人ではなく実際に出資をした者が真の株主となるという考え方自体は,最高裁判所第二小法廷昭和42年11月17日判決(昭和42年(オ)第231号,株券引渡請求事件,民集21巻9号2448頁)が「他人の承諾を得てその名義を用いて株式の引受がされた場合においては,名義貸与者ではなく,実質上の引受人が株主となるものと解すべきである」と判示して以来,確立した判断枠組みとなっている。しかし,この枠組みのもとでも,時効取得の成否を検討する以前の問題として,自らが真の株主であることを立証すること自体が容易でないことが多い。この点を示す著名な裁判例として,東京高等裁判所平成24年12月12日判決(平成23年(ネ)第5926号,株主総会決議不存在確認等請求控訴事件,判例タイムズ1391号276頁,判例時報2182号140頁)がある。同判決は,企業グループの創業家の相続人が,グループ中核会社の株式の大半は株主名簿上の名義人ではなく被相続人の未分割遺産に帰属すると主張して,一連の組織再編行為の効力を争った事案である。裁判所は,「株主名義を有しない者が株主であるとして経験則上権利の存在を推認し得る間接事実を主張立証したが,事実上の権利推定をするには不十分であるとされた事例」と整理し,原告が前提となる株主であるとは認められないとして,原告適格を欠く等の理由で訴えを却下した一審判決に対する控訴を棄却した。
この判決は民法163条の取得時効そのものを扱ったものではないが,名義株を巡る紛争の実務上の困難さを示す点で重要である。真の株主であることの立証は,出資資金の出所,名義貸与に関する合意,議決権行使の実態,配当の受領状況等の間接事実を積み重ねて行われるほかなく,これらの事実関係が乏しい場合には,たとえ実質的には自分が出資者であったとしても,裁判上その地位を認めさせることは容易ではない。時効取得の主張は,このような立証の困難を補う手段として位置付けられることがあるが,前記第3のとおり,時効取得の成立要件自体も,会社に対する継続的な株主としての行動という,同様に立証の難しい事実に依拠している。
第7 名義株を巡る実務上の対応
1 実質株主が名義株を放置した場合のリスクと対応
出資資金を実際に負担した実質株主が,株式を長期間にわたり第三者名義のまま放置し,かつ名義人が株主総会での議決権行使や配当の受領などを現実に行っている状態が続くと,名義人の側から民法163条の時効取得を主張される可能性が生じ得る。もっとも,前記第3のとおり,時効取得が認められるためには,名義人が単に名義を有するだけでなく,会社に対して継続的に株主として行動していることが必要であり,名義人が名義を借りているにすぎないことを自覚し,実質株主の指示に従って行動してきた場合(他人の名義を借りているという認識を維持したまま行動してきた場合)には,時効取得の基礎となる「自己のためにする意思」を欠くと評価される可能性が高い。実質株主としては,名義株の存在を放置せず,名義貸与に関する合意書の整備,株主名簿の記載と実際の出資関係との照合,議決権行使及び配当受領の実態を実質株主自身が管理する体制の維持など,早期の名義訂正に向けた対応をとることが望ましい。具体的な証拠収集の方法及び名義訂正の手続については,前掲「名義株の株主は誰か」の記事で扱っている。
2 名義人の側から時効取得を主張する場合の高いハードル
反対に,株主名簿上の名義人が,自らが真の株主であると考え,時効取得を主張して権利の確定を図ろうとする場合には,前記東京地方裁判所平成15年12月1日判決が示すとおり,会社に対する名義書換請求,議決権行使,配当受領といった外形的な行動の積み重ねが必要になる。名義を有するだけで実際にはこれらの行動をとってこなかった名義人が,後になって時効取得を主張しても,認められる可能性は高くない。名義人の立場で時効取得の主張を検討する場合には,まず,株主名簿の記載,株主総会招集通知の受領及び出席の記録,配当金の受領記録,議決権行使書又は委任状の提出記録といった客観的資料が実際に存在するかを確認することが,訴訟提起前の初期調査として重要である。これらの資料が乏しい場合,時効取得の主張は立証段階で行き詰まる可能性が高く,合意による名義訂正や,実質株主との交渉による解決を優先的に検討すべきである。
3 会社に対する関係―株主名簿の名義書換
時効取得によって株主権を取得したとしても,これを会社その他の第三者に対抗するためには,別途,株主名簿の名義書換えが問題となる。会社法130条は,「株式の譲渡は,その株式を取得した者の氏名又は名称及び住所を株主名簿に記載し,又は記録しなければ,株式会社その他の第三者に対抗することができない」と定めており,株式取得者は,会社法133条に基づき,原則として株主名簿上の株主等との共同請求により,株主名簿記載事項の記載又は記録を会社に請求することができる。時効取得によって権利を取得した者が,会社に対してこれを主張するために改めて名義書換えの手続を要するかどうかは,本記事で確認できた裁判例の範囲では明確な判断が示されておらず,個別の事案ごとに検討を要する問題として留保せざるを得ない。
第8 出典・参考資料
1 法令
①民法第162条(所有権の取得時効),第163条(所有権以外の財産権の取得時効),第192条(即時取得),第205条,第283条(地役権の時効取得)(e-Gov法令検索)
②会社法第128条(株券発行会社の株式の譲渡),第130条(株式の譲渡の対抗要件),第133条(株主の請求による株主名簿記載事項の記載又は記録),第214条(株券を発行する旨の定款の定め)(e-Gov法令検索)
2 裁判例
①最高裁判所第二小法廷昭和42年11月17日判決(昭和42年(オ)第231号,株券引渡請求事件,民集21巻9号2448頁)
②最高裁判所第一小法廷平成9年7月17日判決(平成4年(オ)第1443号,著作権侵害差止等請求事件,民集51巻6号2714頁)
③東京地方裁判所平成21年3月30日判決(平成17年(ワ)第19332号,株式持分確認請求事件,判例時報2048号45頁)-裁判所ウェブサイト未掲載,判例秘書(LLI/DB)で全文確認
④東京地方裁判所平成15年12月1日判決(平成15年(ワ)第10519号,株主権確認請求事件,判例タイムズ1152号212頁)-裁判所ウェブサイト未掲載,判例秘書(LLI/DB)で全文確認
⑤東京高等裁判所平成24年2月8日判決(平成21年(ネ)第2596号,株式持分確認請求控訴事件)-裁判所ウェブサイト未掲載,判例秘書(LLI/DB)で全文確認
⑥東京高等裁判所平成24年12月12日判決(平成23年(ネ)第5926号,株主総会決議不存在確認等請求控訴事件,判例タイムズ1391号276頁,判例時報2182号140頁)-裁判所ウェブサイト未掲載,判例秘書(LLI/DB)で全文確認