第1 結論
取締役の任期を短縮する定款変更によって、在任中の取締役が変更後の任期を既に超えていることとなる場合、その取締役は定款変更の効力発生時に退任するとする裁判例がある。
しかし、特定の取締役を任期途中で退任させる結果となる以上、会社に「正当な理由」がなければ、会社法339条2項を類推適用して損害賠償を請求できる余地がある。請求額は、まず変更前の残存任期分の報酬を最大額として主張し得るが、裁判例には、残存任期分の全額を認めるものと、実際に在任を期待できた期間へ限定するものがある。
したがって、「定款を変えれば無償で退任させられる」「任期10年なら必ず10年分の報酬を請求できる」といういずれの理解も正確ではない。定款変更の目的、対象となった役員、再任の有無、報酬合意、従前の重任慣行及び会社・役員間の関係を個別に確認する必要がある。
第2 任期短縮で取締役は退任するか
会社法332条1項は、取締役の任期を原則として選任後2年以内に終了する事業年度に関する定時株主総会の終結時までとし、定款又は株主総会決議による短縮を認めている。公開会社でない株式会社では、定款により任期を選任後10年以内まで伸長できる。
東京地裁平成27年6月29日判決(判例時報2274号113頁)は、任期を10年から1年へ短縮する定款変更について、変更後の定款は在任中の取締役にも適用され、変更後の任期を既に満了している取締役は変更時に退任するとした。同判決は、地位の維持ではなく、解任の場合と同様の損害賠償によって取締役を保護する考え方を採った。
もっとも、任期短縮決議の招集手続又は決議方法に瑕疵がある場合は、株主総会決議取消し等の問題が別に生じる。退任の登記がされたことだけで、決議の有効性又は損害賠償の成否が決まるわけではない。
第3 会社法339条2項を直接適用・類推適用できるか
会社法339条1項は株主総会決議による「解任」を、同条2項は正当な理由のない解任によって生じた損害の賠償を定める。定款変更による任期満了は、形式上は同条1項の解任決議ではないため、2項を直接適用するか、類推適用するかを区別して検討する必要がある。
類推適用を肯定する理由は、任期途中で地位を失わせる点で解任と実質的に共通し、類推を否定すると、解任決議を避けて定款変更を用いることで取締役の任期に対する期待を無補償で失わせ得るからである。他方、全役員に一般的に適用される組織設計上の変更と、特定役員を排除するための変更とでは、339条2項の趣旨との近さが異なり得る。
令和4年司法試験の公式「出題の趣旨」及び「採点実感」も、定款変更による任期短縮の事案について、339条2項の直接適用又は類推適用を検討し、条文の趣旨と解任との共通性・相違を論じることを求めていた。
第4 「正当な理由」の判断
正当な理由は、取締役に職務を継続させることが困難な事情があるかという観点から判断される。典型的には、法令・定款違反、重大な任務懈怠、心身の故障又は職務への著しい不適任が問題となる。
単なる意見対立、経営方針の不一致又は支配株主との人間関係の悪化だけで直ちに正当な理由になるとは限らない。会社側は、問題となる行為、時期、職務への影響、改善要求及び代替策を具体化する必要がある。
任期短縮が全役員を対象とする一般的なガバナンス変更であっても、変更直後に特定の取締役だけを再任しなかった場合は、実質的な排除目的の有無が争点となり得る。議案作成過程、説明資料、議事録及び再任者の選定基準が重要である。
第5 損害額は残存任期分の全額か
請求する取締役の立場では、変更前の残存任期中に受け取るはずだった報酬額を、まず最大請求額として計算する。令和4年司法試験の公式資料も、10年の任期を前提とする残存期間分を請求した上で、従前の重任慣行などから期間を限定する反論を検討する構造を示している。
裁判例の結論は一様ではない。東京地裁平成27年6月29日判決は、会社の経営状況や職務内容が長期間変化しないとはいえないとして、約5年5か月の残存任期に対し2年分へ限定した。他方、東京高裁令和3年1月27日判決については、具体的に定まった報酬合意の拘束力を重視し、約8年3か月の残存任期分全額を認めたと紹介されている。
近時の下級審には、定款上の残存任期を出発点としつつ、取締役が実際に在任を期待できた期間を、就任経緯、業務への関与、任期伸長の目的、重任慣行及び当事者間の合意から限定するものもある。したがって、損害額は次の二段階で整理すると分かりやすい。
- 最大額:変更前の残存任期×具体的に定まった報酬
- 限定事情:従前の任期・重任慣行、報酬改定の合意、会社業績、職務内容、就任の前提及び再任期待を否定する事情
役員退職慰労金、業績連動報酬、他で得た収入又は中間利息を損害額へどう反映するかは、報酬規程と事案によって別途検討する。
第6 請求する取締役が確認すべき証拠
① 就任時及び重任時の定款
② 選任・重任の株主総会議事録
③ 任期短縮決議の招集通知、議案、説明資料及び議事録
④ 報酬を具体的に定めた株主総会決議、取締役会決議及び契約
⑤ 過去の重任周期と他の取締役の取扱い
⑥ 退任理由として示された事実と反証資料
⑦ 再任された役員・されなかった役員の選定基準
⑧ 退任後の収入、退職慰労金及び会社の支払能力
第7 会社側が任期を変更するときの手順
会社側は、任期短縮の事業上の目的を決議前に記録し、特定役員の排除を目的とする場合には、解任決議を正面から行う場合との差異を検討する。正当な理由を主張するなら、抽象的な「信頼関係の破壊」ではなく、職務継続を困難にする具体的事実を整理する。
また、残存任期、月額報酬、退職慰労金及び訴訟費用を試算し、決議取消しのリスク、仮差押えその他の保全及び和解案を含めて意思決定する。登記手続だけを先行させない。
第8 関連記事
①完全子会社の取締役・監査役が親会社に対抗する方法―解任・報酬・監査権限(AI作成)
②会社法等に関する最高裁判例―裁判所HP掲載判例の論点別索引
第9 出典と調査範囲
①e-Gov法令検索「会社法」332条・339条。
②法務省「役員の変更の登記を忘れていませんか?」。
③法務省「令和4年司法試験論文式試験出題の趣旨」。
④法務省「令和4年司法試験の採点実感(民事系科目)」。
⑤東京地裁平成27年6月29日判決・判例時報2274号113頁。
令和8年9月23日、上記公式資料と公開されている裁判例解説を確認した。東京地裁平成27年6月29日判決、東京高裁令和3年1月27日判決及び近時の下級審裁判例については、今回は認証済み判例データベースで判決全文を通読していない。そのため、各裁判例の紹介は確認できた判決概要の範囲に限る。