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改正前民法724条後段の除斥期間と最高裁令和6年7月3日大法廷判決―信義則・権利濫用による制限と判例変更の射程(AI作成)

第1 本記事の対象と結論

1 本記事の対象

本記事は,改正前民法724条後段が定めていた「不法行為の時から二十年」の期間制限について,これを除斥期間とした最高裁判所の判例と,その判例を一部変更した最高裁判所大法廷令和6年7月3日判決(旧優生保護法に基づく不妊手術に関する国家賠償請求事件)の内容と射程を整理するものである。
あわせて,現行民法724条2号との関係,平成29年法律第44号附則35条1項の経過措置,及び大法廷判決後に制定された旧優生保護法の補償金等の支給に関する法律を,現行条文で確認できた範囲で紹介する。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で取得した条文,判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で全文を確認したものに限っている。

不法行為の消滅時効の一般論は不法行為の損害賠償請求権の消滅時効―3年・5年・20年と「損害及び加害者を知った時」の意義,潜伏期間のある疾病の起算点は潜伏期間のある疾病と除斥期間・消滅時効の起算点―じん肺,B型肝炎,水俣病及び石綿で扱う。
消滅時効全体の見取り図は,消滅時効に関するメモ書きにまとめている。

2 結論

改正前民法724条後段の20年は,判例上,消滅時効ではなく除斥期間であり,大法廷令和6年7月3日判決もこの性質自体は維持した。
変更されたのは,①除斥期間の経過による請求権の消滅を裁判所が判断するには当事者の主張が必要であるとした点,②除斥期間の経過により請求権が消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し,到底容認することができない場合には,除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断できるとした点の2つである。
これと異なる趣旨の最高裁判所第一小法廷平成元年12月21日判決その他の判例は変更された。
もっとも,大法廷判決は,除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用とされる場合は「極めて限定される」とも述べている。

令和2年4月1日(改正民法の施行日)の時点で不法行為の時から20年が経過していた場合には,なお改正前民法724条後段の除斥期間が適用され(附則35条1項),上記の大法廷判決の枠組みで判断される。
経過していなかった場合には,現行民法724条2号の消滅時効が適用され,完成猶予・更新や援用の規定がそのまま働く。
不法行為から長い年月が経っていても,①いつの不法行為か(令和2年4月1日時点で20年経過か),②起算点が損害発生時まで後ろにずれないか,③民法158条・160条の法意による例外に当たらないか,④除斥期間の主張が信義則違反・権利濫用に当たらないかを順に検討する必要がある。

第2 条文と経過措置

1 改正前民法724条と現行民法724条

改正前民法724条は,「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。」と定めていた。
後段は「同様とする」とだけ定め,文言上は時効とも読めるため,その性質をめぐって学説・下級審裁判例が対立していた。

現行民法724条は,「不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。」と定め,2号で「不法行為の時から二十年間行使しないとき。」を掲げる。
平成29年法律第44号による改正によって,20年の期間は時効期間であることが明文化され,令和2年4月1日から施行されている。

2 附則35条1項の経過措置

平成29年法律第44号附則35条1項は,「旧法第七百二十四条後段(旧法第九百三十四条第三項(旧法第九百三十六条第三項、第九百四十七条第三項、第九百五十条第二項及び第九百五十七条第二項において準用する場合を含む。)において準用する場合を含む。)に規定する期間がこの法律の施行の際既に経過していた場合におけるその期間の制限については、なお従前の例による。」と定める。
したがって,令和2年4月1日の時点で不法行為の時(起算点)から20年が経過していた場合,すなわち原則として平成12年3月31日以前の不法行為については,改正前民法724条後段が適用され,判例上の除斥期間として扱われる。
それ以外の場合には,現行民法724条2号の消滅時効が適用される。

附則35条1項は,改正前民法724条後段が改正前民法934条3項(限定承認者の不当な弁済等による損害賠償責任。936条3項等で準用される場合を含む。)で準用される場合も対象に含めている。
経過措置の全体像は,消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するか―附則10条・35条の経過措置と振り分け表で整理している。

第3 大法廷判決以前の判例

1 平成元年判決(除斥期間説)

最高裁判所第一小法廷平成元年12月21日判決(昭和59年(オ)第1477号,民集43巻12号2209頁)は,昭和24年に不発弾の処理に伴う山林の防火活動に参加していた際,不発弾の爆発により重傷を負った被害者及びその妻が,28年10か月余りを経過した昭和52年12月に国家賠償を求めた事件である。
原審は,国の対応等から除斥期間の主張は信義則違反・権利濫用であるとして請求を一部認容していた。

最高裁は,「民法七二四条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当である。」と判示した。
理由として,同条後段で20年の長期の時効を規定していると解することは,不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の趣旨に沿わず,前段の3年の時効は被害者側の主観的な事情によって完成が左右されるが,後段の20年は被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であることを挙げた。
そのうえで,裁判所は,除斥期間の性質にかんがみ,請求権が除斥期間の経過により消滅した旨の主張がなくても,期間の経過により消滅したものと判断すべきであり,信義則違反又は権利濫用の主張は「主張自体失当であって採用の限りではない」として,原判決中国の敗訴部分を破棄し,その部分について被害者らの控訴を棄却した(請求を棄却した第一審判決が維持された)。

2 平成10年判決(民法158条の法意)

最高裁判所第二小法廷平成10年6月12日判決(平成5年(オ)第708号,民集52巻4号1087頁)は,生後5か月で受けた痘そうの集団予防接種の副反応により高度の精神障害等を負った被害者が,接種から20年以上経過した後に国家賠償を求めた事件である。
同判決は,平成元年判決の除斥期間説と主張自体失当の法理を確認しつつ,被害者が「不法行為の時から二〇年を経過する前六箇月内において右不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において、その後当該被害者が禁治産宣告を受け、後見人に就職した者がその時から六箇月内に右損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法一五八条の法意に照らし、同法七二四条後段の効果は生じない」と判示した。

理由は,心神喪失の常況が当該不法行為に起因する場合にまで,およそ権利行使が不可能であるのに20年の経過だけで一切の権利行使を許さず,心神喪失の原因を与えた加害者が損害賠償義務を免れるのは,著しく正義・公平の理念に反し,その限度で民法724条後段の効果を制限することは条理にもかなうというものである。
同判決には,裁判官1名の意見及び反対意見があり,平成元年判決の除斥期間説の理由が十分でないことを指摘している。
判断能力を欠く人に対する時効の完成猶予(民法158条の類推適用)は,判断能力を欠く人に対する時効の完成猶予―民法158条の類推適用と最高裁平成26年3月14日判決で扱う。

3 平成21年判決(民法160条の法意)

最高裁判所第三小法廷平成21年4月28日判決(平成20年(受)第804号,民集63巻4号853頁)は,昭和53年に被害者を殺害して自宅の床下に死体を埋め,約26年後に自首した加害者に対し,遺族が平成17年に損害賠償を求めた事件である。
同判決は,被害者を殺害した加害者が,被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し,そのために相続人はその事実を知ることができず,相続人が確定しないまま殺害の時から20年が経過した場合において,その後相続人が確定した時から6か月内に相続人が損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは,民法160条の法意に照らし,同法724条後段の効果は生じないと判示した。

同判決には裁判官1名の意見があり,民法724条後段は時効と解すべきであり,本件では民法160条が直接適用されるとしていた。
このように,平成元年判決の後,最高裁は除斥期間説を維持しつつ,時効の停止の規定の「法意」による例外を個別に認めてきたが,信義則違反・権利濫用の主張は主張自体失当とする法理は残っていた。

4 起算点に関する判例

除斥期間の起算点である「不法行為の時」についても,判例は,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,損害の全部又は一部が発生した時が起算点となるとしてきた(最高裁判所第三小法廷平成16年4月27日判決・民集58巻4号1032頁等)。
また,最高裁判所第三小法廷令和2年3月24日判決(平成30年(受)第388号,民集74巻3号292頁)は,家屋の評価の誤りに基づきある年度の固定資産税及び都市計画税の税額が過大に決定されたことによる損害賠償請求権に係る除斥期間は,当該年度の固定資産税等に係る賦課決定がされ所有者に納税通知書が交付された時から進行するとした。

下級審では,東京高等裁判所令和3年8月27日判決(令和元年(ネ)第3124号)が,強盗殺人事件で有罪判決が確定して服役した後に再審で無罪となった者の国家賠償請求について,逮捕から刑の執行までを国家刑罰権を実行するための一連一体の手続と捉え,除斥期間の起算点である「不法行為の時」を再審による無罪判決が確定した時とした。
これらの起算点の判断は,大法廷判決によって変更されたものではない。

第4 大法廷令和6年7月3日判決

1 5件の判決

令和6年7月3日,最高裁判所大法廷は,旧優生保護法の規定に基づいて不妊手術を受けた者やその配偶者が国に損害賠償を求めた5件の事件について,同日に判決を言い渡した。
裁判所ウェブサイトで確認できた5件は,次のとおりである。

事件番号原審結果
令和4年(受)第1050号大阪高等裁判所令和4年2月22日判決上告棄却
令和4年(受)第1411号東京高等裁判所令和4年3月11日判決上告棄却
令和5年(受)第1319号(民集78巻3号382頁)大阪高等裁判所令和5年3月23日判決上告棄却
令和5年(受)第1323号札幌高等裁判所令和5年3月16日判決上告棄却
令和5年(オ)第1341号,同年(受)第1682号仙台高等裁判所令和5年6月1日判決破棄差戻し

4件は,原審が除斥期間の経過による請求権の消滅を認めずに国の賠償責任を認めていたもので,国の上告受理申立てが退けられた。
仙台高等裁判所の事件は,原審が除斥期間の経過により請求権が消滅したとして請求を棄却していたもので,大法廷は,除斥期間の主張は信義則に反し権利の濫用として許されないとして原判決を破棄し,損害額等について更に審理を尽くさせるため差し戻した。
以下では,民集に登載された令和5年(受)第1319号の判決(以下「大法廷判決」という。)に即して説明する。

2 判示の内容

(1) 違憲性と国家賠償法上の違法

大法廷判決は,まず,優生保護法の不妊手術に関する規定(本件規定)は,特定の障害等を有する者が不良であるという評価を前提に,その者又は一定の親族関係を有する者に不妊手術を受けさせるもので,立法目的が正当とはいえないことが明らかであり,憲法13条及び14条1項に違反するとした。
そのうえで,本件規定の内容は国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白であったから,本件規定に係る国会議員の立法行為は,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるとした。

(2) 除斥期間の性質の維持と判例の変更

大法廷判決は,「不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する改正前民法724条の趣旨に照らせば、同条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、同請求権は、除斥期間の経過により法律上当然に消滅するものと解するのが相当である。」と述べ,除斥期間という性質は維持した。
もっとも,平成元年判決の法理を維持した場合には,本件のような事案において,著しく正義・公平の理念に反し,到底容認することのできない結果をもたらすことになりかねないとし,「同条の上記趣旨に照らして除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用とされる場合は極めて限定されると解されるものの、そのような場合があることを否定することは相当でない」とした。

そして,「裁判所が除斥期間の経過により上記請求権が消滅したと判断するには当事者の主張がなければならないと解すべきであり、上記請求権が除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができると解するのが相当である。」と判示し,これと異なる趣旨をいう平成元年判決その他の判例をいずれも変更すべきであるとした。

(3) 信義則違反・権利濫用とされた事情

大法廷判決は,本件では,立法という国権行為によって国民が重大な被害を受けたのであるから,法律関係を安定させることによって関係者の利益を保護すべき要請は大きく後退せざるを得ず,国会議員の立法行為という加害行為の性質上,時の経過とともに証拠の散逸等によって加害者側の立証活動が困難になるともいえないとして,改正前民法724条の趣旨が妥当しない面があるとした。
そのうえで,次の事情を挙げている。
① 国は,昭和23年から平成8年までの約48年もの長期間にわたり,国家の政策として,正当な理由に基づかずに特定の障害等を有する者等を差別してこれらの者に重大な犠牲を求める施策を実施してきたこと
② 国は,身体の拘束,麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合がある旨の昭和28年の次官通知を発出するなどして,優生手術を積極的に推進していたこと
③ 少なくとも約2万5000人もの者が本件規定に基づいて不妊手術を受け,生殖能力を喪失するという重大な被害を受けたこと
④ 法律の規定は憲法に適合しているとの推測を強く国民に与え,対象者の多くが権利行使について種々の制約のある立場にあったと考えられることから,損害賠償請求権の行使を期待するのは極めて困難であり,速やかな行使を期待することができたと解すべき特別の事情もうかがわれないこと
⑤ 国は,平成8年に本件規定が削除された後も長期間にわたって,本件規定による不妊手術は適法であり,補償はしないという立場をとり続け,平成31年に成立した一時金支給法も,国の損害賠償責任を前提とせずに一時金320万円を支給するにとどまるものであったこと

以上の諸事情に照らし,大法廷判決は,訴えが除斥期間の経過後に提起されたということの一事をもって国が損害賠償責任を免れることは,著しく正義・公平の理念に反し,到底容認することができないとして,国の除斥期間の主張は信義則に反し,権利の濫用として許されないとした。

3 補足意見と意見

(1) 三浦守裁判官の補足意見

三浦守裁判官の補足意見は,判例を変更すべき範囲について,改正前民法724条後段の期間を除斥期間とする点まで改めるべきかを検討し,改めることが相当とまではいえないとした。
その理由として,除斥期間の法理が判例として確立して多くの裁判例が積み重ねられ,規範として通用してきたこと,改正後民法が20年を時効期間としたのは被害者の救済という立法政策上の判断によるものであって,それによって上記法理の合理性が当然に失われるものではないこと,停止の規定については改正前民法158条又は160条の法意に照らして724条後段の効果が生じない場合があることを挙げる。
さらに,附則35条1項は,施行の際既に20年が経過していた場合の法律関係はそのまま維持されるものとしているのであり,除斥期間とする法理まで変更した場合には,施行までの間に消滅したものと認識されてきた請求権について改めて時効に関する諸規定によってその存否を確定すべきことになるが,改正法がこのような法律関係の遡及的な見直しを意図したものとは解されないと述べている。
同補足意見は,国に対し,必要な措置を講じて全面的な解決が早期に実現することを期待するとも付言している。

(2) 草野耕一裁判官の補足意見

草野耕一裁判官の補足意見は,多数意見の結論と理由に賛成したうえで,改正前民法724条の立法趣旨を検討し,本件では国会議員の立法行為という公開の場での活動が不法行為を構成しているから,半世紀以上前のことであっても証拠の確保が困難になっているとは考え難いとした。
さらに,違憲であることが明白な規定を含む法律が全会一致で成立したことに触れ,除斥期間の主張を信義則違反・権利濫用とすることは同条の立法趣旨に反しないばかりか,これを積極的に推進するものであると述べている。

(3) 宇賀克也裁判官の意見

宇賀克也裁判官の意見は,当事者の主張を要すること,信義則違反・権利濫用の主張を許すこと及び本件がこれに当たることについては多数意見に賛成しつつ,改正前民法724条後段は消滅時効を定めるものと解すべきであり,除斥期間と解する点は多数意見と意見を異にするとした。
同意見は,平成10年判決の意見及び反対意見と平成21年判決の意見を引用し,時効と解する場合には平成10年判決・平成21年判決も併せて変更することになるとする一方,平成16年4月27日判決等の起算点に関する判例は,除斥期間であることを理由とするものではなく損害の性質に鑑みて起算点を判断したものであるから,判例変更は不要であるとしている。

第5 判例変更の射程と実務上の注意点

1 変更された点と維持された点

大法廷判決によって変更されたのは,①裁判所が当事者の主張なしに除斥期間の経過を判断できるとした点と,②除斥期間の主張に対する信義則違反・権利濫用の主張を主張自体失当とした点である。
維持されたのは,改正前民法724条後段の20年が除斥期間であり,請求権は期間の経過により法律上当然に消滅するという性質論である。
したがって,除斥期間には時効の完成猶予・更新(改正前民法の中断・停止)の規定は適用されず,承認や催告によって期間の経過を止めることはできないという点は,従前と変わらないと考えられる。
平成10年判決・平成21年判決による民法158条・160条の法意に基づく例外は,三浦補足意見が述べるとおり,引き続き機能すると考えられる。

2 当事者の主張が必要になったこと

大法廷判決により,除斥期間の経過による請求権の消滅は,加害者側が主張しなければ判断されない。
加害者側の訴訟代理人は,改正前民法724条後段が適用される事案では,除斥期間の経過を明示的に主張する必要がある。
被害者側は,除斥期間の主張がされた場合に,起算点が損害発生時等まで後ろにずれないか,民法158条・160条の法意による例外に当たらないか,除斥期間の主張が信義則違反・権利濫用に当たらないかを検討することになる。

3 信義則違反・権利濫用とされる場面の限定

大法廷判決は,信義則違反・権利濫用とされる場合は「極めて限定される」と明言している。
大法廷判決が考慮した事情は,加害行為が立法という国権行為であること,約48年にわたる国家の施策であること,被害の規模と重大性,権利行使を期待することの困難さ,国が長期間にわたって責任を否定し続けたことなど,極めて特殊なものである。
私人間の不法行為で単に長期間が経過したというだけでは,同じ結論になるとは限らない。
被害者側は,権利行使が期待できなかった具体的な事情と,加害者側が権利行使を妨げ又は責任を否定し続けた事情等を,事案に即して主張立証する必要がある。

4 現行民法724条2号が適用される場合

不法行為の時(起算点)が平成12年4月1日以後であれば,現行民法724条2号の20年の消滅時効が適用される。
この場合は,時効の援用(民法145条)が必要であり,裁判上の請求,強制執行,催告,協議を行う旨の合意,承認等による完成猶予・更新の規定(民法147条~161条)も適用される。
時効の援用が信義則違反・権利濫用に当たるかどうかは,時効一般の問題として判断されることになる。
完成猶予・更新の全体像は,時効の完成猶予と更新の違い―旧法の中断・停止との対応関係と事由の一覧で整理している。

5 計算例

例えば,平成10年5月1日の不法行為については,令和2年3月31日の経過までに20年が経過している(平成30年5月1日の経過で満了)から,改正前民法724条後段の除斥期間が適用される。
これに対し,平成13年5月1日の不法行為については,令和2年4月1日の時点で20年が経過していないから,現行民法724条2号の消滅時効が適用され,令和3年5月1日の経過によって時効期間が満了するが,それまでに完成猶予・更新の事由があれば完成は妨げられ,満了後も時効の援用がなければ裁判所は時効による消滅を前提に判断できない。
なお,潜伏期間のある疾病のように損害が遅れて発生する場合には,起算点は損害発生時となるから,加害行為の日ではなく損害発生の日を基準に上記の振り分けをすることになる。

第6 旧優生保護法に関する補償金等の支給法

大法廷判決の後,令和6年法律第70号として「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者等に対する補償金等の支給等に関する法律」が制定された(令和6年10月17日公布,令和7年1月17日施行)。
同法1条は,大法廷判決の5件の事件番号を掲げ,これらの判決において国の責任が認められた者と同様の苦痛を受けている者の損害の迅速な賠償を図るための補償金等の支給について定めるとしている。

同法による補償金の額は,旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者について1500万円,その配偶者(特定配偶者)について500万円である(同法4条)。
このほか,優生手術等一時金(320万円。同法11条)及び人工妊娠中絶一時金(200万円。同法16条)が定められている。
補償金の請求は,同法の施行日から起算して5年を経過したときはすることができない(同法5条3項)。
また,同法21条は,国により同一の事由について損害の塡補がされた場合の補償金との調整と,国が補償金を支給した場合の損害賠償責任との調整を定めている。

平成31年に制定された旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律(平成31年法律第14号)による認定等は,補償金等支給法の相当規定による認定等とみなす経過措置が置かれている(令和6年法律第70号附則3条)。

第7 関連記事

消滅時効に関するメモ書き
不法行為の損害賠償請求権の消滅時効―3年・5年・20年と「損害及び加害者を知った時」の意義
潜伏期間のある疾病と除斥期間・消滅時効の起算点―じん肺,B型肝炎,水俣病及び石綿
消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するか―附則10条・35条の経過措置と振り分け表
判断能力を欠く人に対する時効の完成猶予―民法158条の類推適用と最高裁平成26年3月14日判決
時効の完成猶予と更新の違い―旧法の中断・停止との対応関係と事由の一覧
類型ごとの戦後補償裁判に関する代表的な最高裁判例
平成21年度から令和6年度までの最高裁民事破棄判決の分析
弁護士の懲戒手続の除斥期間―3年の起算点と手続開始時(名称は似ているが,弁護士法上の別の制度である。)

第8 出典・参考資料

1 法令

① 民法(明治29年法律第89号)145条,147条~161条,724条(e-Gov法令検索で取得した現行条文により確認)
② 民法(令和2年3月31日時点の改正前の条文)724条(e-Gov法令APIで同日時点の条文を取得して確認)
③ 民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則35条
④ 旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者等に対する補償金等の支給等に関する法律(令和6年法律第70号)1条,4条,5条,11条,16条,21条,附則1条,附則3条(e-Gov法令APIで令和7年1月17日施行時点の条文を取得して確認)
⑤ 旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律(平成31年法律第14号)(e-Gov法令APIで取得して確認)

2 裁判例

① 最高裁判所第一小法廷平成元年12月21日判決(昭和59年(オ)第1477号,民集43巻12号2209頁)裁判所ウェブサイト
② 最高裁判所第二小法廷平成10年6月12日判決(平成5年(オ)第708号,民集52巻4号1087頁)裁判所ウェブサイト
③ 最高裁判所第三小法廷平成16年4月27日判決(平成13年(受)第1760号,民集58巻4号1032頁)裁判所ウェブサイト
④ 最高裁判所第三小法廷平成21年4月28日判決(平成20年(受)第804号,民集63巻4号853頁)裁判所ウェブサイト
⑤ 最高裁判所第三小法廷令和2年3月24日判決(平成30年(受)第388号,民集74巻3号292頁)裁判所ウェブサイト
⑥ 東京高等裁判所令和3年8月27日判決(令和元年(ネ)第3124号)裁判所ウェブサイト
⑦ 最高裁判所大法廷令和6年7月3日判決(令和4年(受)第1050号)裁判所ウェブサイト
⑧ 最高裁判所大法廷令和6年7月3日判決(令和4年(受)第1411号)裁判所ウェブサイト
⑨ 最高裁判所大法廷令和6年7月3日判決(令和5年(受)第1319号,民集78巻3号382頁)裁判所ウェブサイト
⑩ 最高裁判所大法廷令和6年7月3日判決(令和5年(受)第1323号)裁判所ウェブサイト
⑪ 最高裁判所大法廷令和6年7月3日判決(令和5年(オ)第1341号,同年(受)第1682号)裁判所ウェブサイト