第1 弁護士法63条の除斥期間
1 懲戒の事由があった時から3年であること
弁護士法63条は,懲戒の事由があった時から3年を経過した場合,懲戒の手続を開始することができないと定めている。
この3年は,懲戒請求者が非行を知った時からではなく,客観的に懲戒の事由があった時から進行する。懲戒請求者が後になって事実を知ったことだけを理由として,起算点が繰り下がるものではない。
弁護士法63条は懲戒権の行使可能期間を画する除斥期間であり,時効のような中断又は更新は予定されていない。したがって,3年の満了前に懲戒請求書を所属弁護士会へ提出しただけで,当然に期間の進行が止まるわけではない。
2 3年を経過した場合の処理
3年を経過して懲戒の手続を開始できない場合,弁護士会は非行の有無について実体判断をするのではなく,除斥期間の経過を理由として手続を終えることになる。この場合の結論は,対象弁護士の行為が適切であったことを意味しない。
反対に,3年以内に懲戒の手続が適法に開始されていれば,その後に3年が経過しても,直ちに懲戒できなくなるわけではない。もっとも,弁護士会が相当の期間内に手続を終えないときは,懲戒請求者は弁護士法64条に基づき日本弁護士連合会へ異議を申し出ることができる。
3 民法上の消滅時効との違い
弁護士法63条の3年と,弁護士に対する損害賠償請求その他の民事上の請求権の消滅時効は別の制度である。懲戒手続を開始できなくなっても民事上の請求権が当然に消滅するものではなく,民事上の請求権が時効により消滅しても懲戒手続の可否が当然に決まるものではない。
旧民法171条は弁護士の職務に関する債権について2年の短期消滅時効を定めていたが,令和2年4月1日に施行された改正民法により削除された。現行の民法166条は,債権者が権利を行使できることを知った時から5年又は権利を行使できる時から10年という一般的な期間を定めている。個別の請求では不法行為その他の特則や経過措置も確認する必要があるため,「弁護士の作成書類の保存期間は一律5年である」と説明することはできない。
第2 除斥期間の起算点
1 行為が終了した時が原則であること
懲戒の事由となる非行が一定期間継続する場合,除斥期間はその行為が終了した時から進行する。東京高等裁判所平成13年11月28日判決(平成12年(行ケ)第239号・判例時報1775号31頁)は,弁護士法上の「懲戒の事由があった時」を非行行為が終了した時と解し,行為が継続している限り除斥期間は進行しないと判示した。
刑事事件の公訴時効又は民事上の請求権の消滅時効がいつから進行するかは,弁護士法63条の起算点を直接決めるものではない。対象となる非行行為の性質,継続性及び終了時を,懲戒制度の目的に即して判断する必要がある。
2 預り金又は預り品を返還しない場合
東京高等裁判所平成13年11月28日判決(平成12年(行ケ)第239号・判例時報1775号31頁)は,弁護士が依頼者から預かった財産を正当な理由なく返還しない行為について,委任関係が存続している間は返還しない状態が継続し,非行行為も終了していないとした。
したがって,預り金を受領した日だけを基準として機械的に3年を計算することは適切でない。返還義務の発生時期,返還請求の有無,委任関係の存続又は終了,精算の状況及び占有を継続する理由を具体的に確認する必要がある。
3 委任関係が終了した場合
同判決は,委任関係が終了した場合には,依頼者と弁護士との間の法律関係を早期に確定させる必要があることなどから,遅くとも委任関係の終了時から除斥期間が進行するとした。
もっとも,あらゆる非行の起算点が委任関係の終了時になるわけではない。委任関係の終了後も別の非行行為が継続している場合や,複数の行為が問題となる場合は,各行為の内容に即して終了時を判断する必要がある。
4 複数の行為がある場合
複数の懲戒事由が併せて審理される場合でも,原則として各行為について個別に起算点と3年の経過を判断する。一つの申立てにまとめられたことだけを理由として,全ての行為の期間を最後の行為から計算することはできない。
ただし,複数の行為が時間的及び内容的に密接に関連し,全体として一個の継続的又は一体的な非行と評価できる場合は,全体が終了した時から期間を計算する余地がある。単に同じ依頼者又は同じ受任事件に関する行為であるだけでは足りず,行為相互の関連性を具体的に検討する必要がある。
第3 「懲戒の手続を開始する」の意味
1 懲戒請求書の提出時ではないこと
弁護士法58条1項に基づく懲戒請求は,所属弁護士会に調査と判断を求める端緒である。しかし,懲戒請求書が提出された時点又は弁護士会がこれを受け付けた時点が,直ちに弁護士法63条の手続開始時になるわけではない。
東京高等裁判所平成13年6月12日判決(平成12年(行ケ)第237号)は,旧弁護士法64条について,所属弁護士会の綱紀委員会が事案の調査を開始した時に懲戒の手続が開始すると判示した。綱紀委員会の調査が懲戒委員会の審査に先行する不可欠の手続であることなどを理由とする。
2 平成15年改正による明文化
平成15年法律第128号(司法制度改革のための裁判所法等の一部を改正する法律)による弁護士法改正は,懲戒手続の透明化及び迅速化を図り,平成16年4月1日に施行された。現行の弁護士法58条2項は,弁護士会が懲戒の事由があると思料するとき又は懲戒請求があったときは,対象弁護士等を懲戒の手続に付し,綱紀委員会に事案の調査をさせなければならないと定めている。
この規定により,懲戒請求という端緒と,対象弁護士等を懲戒の手続に付して綱紀委員会に調査させる段階との区別が条文上も明確になった。弁護士法63条の適用では,3年以内に懲戒請求をしたかだけでなく,3年以内に綱紀委員会による調査が開始されたかを確認する必要がある。
3 手続開始の通知
弁護士法64条の7第1項は,弁護士会が綱紀委員会に事案の調査をさせたとき,対象弁護士等,懲戒請求者及び日本弁護士連合会などに対し,その旨及び事案の内容を書面で速やかに通知することを定めている。
除斥期間が問題となる事案では,懲戒請求書の提出日だけでなく,この通知書に記載された事案の内容及び手続の経過を確認することが重要である。通知の対象とされた事案と,後に懲戒判断の対象となった行為との同一性も検討する必要がある。
第4 除斥期間を検討する際の実務上の注意点
1 行為ごとに時系列を作ること
まず,問題となる行為ごとに,行為日,継続の有無,終了日,委任関係の終了日,懲戒請求日,綱紀委員会の調査開始日及び通知日を時系列に整理する必要がある。預り金又は預り品の返還拒絶が問題となる場合は,返還義務が生じた時点と非返還状態が終了した時点を区別する。
複数の行為を一体的な非行と評価するかは結論を左右するため,各行為の目的,方法,時間的接着性及び相互依存関係を明らかにする。除斥期間内の行為と期間経過後の行為が同じ申立書に記載されている場合でも,一括して扱わないことが重要である。
2 早期に懲戒請求すること
弁護士法63条は,懲戒請求者が非行を知った時から3年を保障する規定ではない。また,懲戒請求書の提出だけでは手続開始にならないため,期間満了の直前に請求すると,綱紀委員会の調査開始前に3年が経過する危険がある。
懲戒請求を検討する場合は,資料を可能な限り早く整理して所属弁護士会に提出し,手続開始の通知を確認することが望ましい。もっとも,懲戒請求の相当性は除斥期間だけで決まるものではなく,懲戒事由を裏付ける客観的資料と具体的な事実の記載が必要である。
第5 司法書士の懲戒手続との違い
1 現行法は7年の期間を定めていること
現行の司法書士法50条の2は,懲戒事由があった時から7年を経過した場合,懲戒の手続を開始することができないと定めている。旧記事で紹介していた「司法書士には除斥期間がない」という説明は,現在の法制度には当てはまらない。
令和元年法律第29号による改正は,懲戒権者を法務局又は地方法務局の長から法務大臣へ変更するとともに,7年の除斥期間を設け,令和2年8月1日に施行された。法務省は司法書士法及び土地家屋調査士法の一部を改正する法律の概要を公表している。
2 弁護士制度との単純比較はできないこと
司法書士の懲戒では法務大臣が懲戒権者となり,戒告,2年以内の業務停止又は業務禁止をしようとするときは聴聞を行う。立法審議では,7年以内に聴聞の通知がされなければ懲戒手続を開始できないという制度として説明されている。
弁護士については弁護士自治の下で所属弁護士会及び日本弁護士連合会が手続を担い,綱紀委員会による調査開始が基準となる。したがって,期間の長さだけでなく,懲戒権者及び手続開始時点が異なることを踏まえて比較する必要がある。
第6 関連記事
1 弁護士の懲戒制度
② 弁護士の懲戒事由
③ 弁護士の非行
第7 出典・参考資料
1 法令及び立法資料
④ 衆議院「司法制度改革のための裁判所法等の一部を改正する法律(平成15年法律第128号)」
2 裁判例
① 東京高等裁判所平成13年6月12日判決(平成12年(行ケ)第237号)
② 東京高等裁判所平成13年11月28日判決(平成12年(行ケ)第239号・判例時報1775号31頁)
3 公的機関の資料
② 法務省「司法書士法及び土地家屋調査士法の一部を改正する法律について」
4 書籍
① 日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法〔第5版〕』(弘文堂,2019年)482頁,496頁,530頁~534頁及び544頁
② 日本弁護士連合会調査室編『弁護士懲戒手続の研究と実務〔第3版〕』(日本弁護士連合会,2011年)158頁~160頁