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企業法務・民事実務

図面・ノウハウ・生産データを無償で求められたとき―知財取引指針と契約・証拠の実務(AI作成)

目次第1 この記事の対象と結論第2 何を求められているかを分ける1 完成品と関連情報は同じではない2 開示・利用許諾・譲渡を分ける第3 優越的地位の濫用を検討する資料1 取引関係から拒否の難しさを確認する2 無償であることと不当であることを区別する第4 提供前に契約と現場を整える1 NDAを締結しても開示範囲は別に決める2 工場見学と継続データ取得を具体化する3 既存技術と新たな成果を混同しない第5 要請を受けたときの初動と証拠第6 提供済みの図面・ノウハウ等を取り戻し,使用を止める1 契約に基づく請求と不正競争の請求を分ける2 判決から分かる保護の範囲と限界3 差止め・廃棄と緊急の仮処分4 損害賠償と訴訟前に確保する証拠第7 提供情報がAIへ組み込まれた場合の停止・削除と仮処分1 原データ,検索用データ,モデルを別々に特定する2 著作権のモデル廃棄と,契約・営業秘密の救済を分ける3 請求文言と暫定措置は実行できる単位にする4 学習の事実と保全の必要性を別々に疎明する第8 出典・確認範囲と関連記事
第1 この記事の対象と結論

製品を発注したことと,受注者の図面,製造ノウハウ,機械の稼働データまで自由に利用できることは,別の問題である。
令和8年6月24日に公正取引委員会,中小企業庁及び特許庁が公表した知財取引指針は,特許権等だけでなく,成果物の作成過程で生じるノウハウやデータも対象にしている。

無償提供の要請があるだけで,直ちに優越的地位の濫用になるわけではない。
取引上の優越,正当な理由の有無,提供を受け入れざるを得ない事情及び正常な商慣習に照らした不利益を確認する必要がある。
本記事は令和8年10月3日を基準とし,同指針と契約書ひな形を用いて,提供前の交渉と証拠保全の手順を説明する。

第2 何を求められているかを分ける
1 完成品と関連情報は同じではない

納入対象の完成品,完成品の仕様確認に必要な資料,加工可能な設計データ,製造工程,試作過程の中間成果物,継続取得する生産データを区分する。
「図面一式」「関連資料全部」という表現では,納入物の確認に必要な情報と,第三者への転注や発注者の内製化に使える情報との境界が消えてしまう。

指針16頁~19頁は設計図面,工場見学及び産業データを別々に取り上げ,44頁~45頁は契約に含まれない中間成果物等の無償提供を扱っている。
完成品を納めた後に追加で求められたものも,当初の注文内容,対価及び利用目的と照合する。

2 開示・利用許諾・譲渡を分ける

情報を見せること,特定目的に利用させること,第三者へ提供させること,知的財産権を移転することを,それぞれ独立した合意事項にする。
データについては,一律に「所有権が誰にあるか」だけで処理せず,取得,アクセス,複製,分析,再提供及び派生データの利用権限を具体化する。

指針28頁~34頁は,成果物の取引対価と関連する知的財産権等の対価の明確化,ライセンスと譲渡等の選択を示している。
対価を別欄に記載していないことだけで違法と判断するのではなく,実際の利用範囲が何であり,その価値が価格に反映されているかを確認する。

第3 優越的地位の濫用を検討する資料
1 取引関係から拒否の難しさを確認する

指針4頁~5頁に沿い,売上の取引依存度,相手方の市場における地位,取引先を変更できる可能性,専用設備への投資等の具体的事情を整理する。
大企業と中小企業という規模の差だけで結論を出さず,代替顧客の獲得に要する期間や,取引を失った場合の事業への影響を資料で示す。

提供要請に対し,受注者が対価又は範囲の協議を求めた経過,取引終了・発注減少を示唆された内容,契約ひな形の変更を拒まれた理由を残す。
取引終了を明示的に告げられた場合だけに限定せず,継続取引への影響を懸念して受け入れざるを得なかった事情を確認する。

2 無償であることと不当であることを区別する

指針14頁の注記は,商品販売に付随して当然に提供され,その価値が商品価格に既に反映されている利益について,無償提供の形式だけで問題になるものではないと説明している。
他方,監査・安全確保を掲げていても,目的に必要な範囲を超えて配合比率や加工条件を要求し,内製化等に用いる場合には,目的の表示だけでは足りない。

取適法又はフリーランス法についても,それぞれの適用対象取引に該当するかを先に確認する。
独占禁止法の優越的地位の濫用の要件と,これらの法律の対象要件・禁止行為を一つにまとめてはならない。

第4 提供前に契約と現場を整える

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会社備品を盗んで転売した社員への対応―証拠保全,懲戒解雇と預金仮差押えを並行して進める方法(AI作成)

目次第1 最初に分けるべき3つの判断1 逮捕と,会社が証明できる行為を分ける2 懲戒,損害賠償及び仮差押えを別々に検討する第2 発覚直後に確保する証拠と被害品の台帳1 会社所有と持出し・転売の対応を確認する2 原資料を残し,調査権限の限界を守る第3 懲戒解雇の根拠,手続及び重さを確認する1 行為時の就業規則と周知を確認する2 拘禁中でも,可能な弁明方法を検討する第4 解雇予告除外認定と本人への通知1 懲戒解雇でも解雇予告の問題は残る2 通知の到達と未払賃金を別に管理する第5 品物ごとの損害額と回収済み部分を整理する1 帳簿価額,転売代金及び新品価格を混同しない2 返還,弁償及び保険金の二重回収を避ける第6 預金仮差押えの申立てを準備する1 請求権と保全の必要性を疎明する2 銀行,取扱店舗及び対象債権を特定する3 申立先と提出資料を確認する第7 発令後の送達,本訴及び回収1 銀行への送達と2つの期間を混同しない2 仮差押えは回収完了ではない3 刑事手続中の被害弁償と示談第8 出典・確認範囲1 法令2 公的資料
第1 最初に分けるべき3つの判断
1 逮捕と,会社が証明できる行為を分ける

会社の工場から備品が繰り返し持ち出され,転売の疑いで社員が逮捕された場合,会社は,証拠保全,雇用上の処分及び損害回収を並行して検討することになる。
しかし,逮捕の事実だけで,その社員が全ての在庫不足を生じさせたこと,懲戒解雇が有効であること,又は預金の仮差押えが認められることまで決まるわけではない。
本記事は,令和8年10月3日時点の法令と公的資料に基づき,会社が確認すべき事実と手続を一般向けに整理するものである。

2 懲戒,損害賠償及び仮差押えを別々に検討する

懲戒解雇では,就業規則上の根拠,周知,処分対象行為の証拠,処分の重さ及び所定の手続を確認する。
損害賠償では,本人の行為,会社の権利侵害,故意・過失,品物ごとの損害額及び因果関係を確認する。
仮差押えでは,その賠償請求権に加え,将来の強制執行ができなくなり,又は著しく困難になるおそれと,差し押さえる預金債権の特定が必要となる。

会社が民法709条に基づく損害賠償請求権を有する場合,その保全を検討するために,懲戒解雇の完了を待つ必要はない。
資産処分の危険が具体的であれば,処分の検討や本人の弁明の確認と並行して,証拠のそろった範囲で保全申立てを準備することが考えられる。

第2 発覚直後に確保する証拠と被害品の台帳
1 会社所有と持出し・転売の対応を確認する

被害品の品名,型番,製造番号,取得日,保管場所,管理担当者,最終確認日及び不足が判明した日を記録する。
購入資料,固定資産台帳,棚卸記録,写真,入退室記録,防犯カメラ映像,持出し承認及び廃棄・払下げの記録を突き合わせ,会社の物であることと,無断で持ち出されたことを分けて確認する。
古い備品であっても,帳簿価額が零であることだけで会社所有ではなくなったり,損害が零になったりするわけではない。

転売先の取引記録と会社の備品を結び付けるには,製造番号,特徴,数量,売却日及び持込み人物等の対応が重要である。
在庫不足の総額を,逮捕された社員1人の被害額として直ちに扱うべきではない。
他の持出し,記帳漏れ,正規の廃棄・譲渡等の可能性も確認し,本人の行為と結び付く品物を特定する。

原材料や薬品については,倉庫から担当者への払出しと,機台・工程への実投入を区別する。
払出し時点で使用済みと記帳している場合,帳簿と倉庫在庫が合っていても,その後の持出しを把握できない可能性があるが,実際の記帳方法と担当者の説明による確認が必要である。
長期間発覚しなかったというだけで,大量購入していたはずと説明する必要が常にあるわけではない。

会社が提供できる購入・実在庫・工程投入・回収・製品検査の資料と,その依頼理由は,工場の原材料が長期間盗まれていたときの被害立証―購入・在庫・工程使用量・売却記録から数量と損害額を組み立てる(AI作成)で整理している。
社外の買取台帳や本人の口座明細が会社にあるとは限らないため,会社保有資料の依頼と,社外資料の取得手続を分ける。

2 原資料を残し,調査権限の限界を守る

防犯カメラは自動上書きの期限を確認し,必要な期間の原映像と日時設定を保全する。
ログやメールも取得者,取得日時,取得元及び複製の方法を記録し,調査用のコピーと原資料を区別する。
私物端末や個人アカウントについて,会社が当然に強制調査できると考えてはならない。

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従業員の窃盗・横領被害を受けた会社が捜査・刑事裁判の情報を確認する方法(AI作成)

目次第1 会社が確認できる情報と窓口1 5段階の見取り図第2 捜査中―警察から捜査の経過を知る方法第3 検察処分―告訴人への通知と被害者等通知制度1 告訴人に対する処分の通知と不起訴理由の告知2 被害者等通知制度の利用第4 公判中―傍聴と公判記録の閲覧・謄写1 被害者参加を利用できなくても情報を確認する方法はある2 第一回公判期日前に検察官へ証拠の開示を求める場合
3 自社の被害が起訴されている場合4 他社分だけが起訴され,自社分は起訴されていない場合第5 不起訴後―損害回復に必要な記録の取得第6 裁判終了後―保管検察官への閲覧請求第7 会社が照会・申請前に整理する事項第8 関連記事第9 出典・参考資料
第1 会社が確認できる情報と窓口

従業員による窃盗・横領の被害を受けた会社は,警察に相談した後も,事件が検察庁に送られたのか,起訴されたのか,裁判がいつ行われるのか,損害回復に使う記録を取得できるのかを確認する必要がある。

確認先と利用できる制度は,捜査中,検察処分,公判中,不起訴後及び裁判終了後で異なるため,まず現在の段階を把握した上で,経過の通知と記録の取得を分けて照会することが適切である。

本記事は,20歳以上の従業員による通常の窃盗・横領について,直接被害を受けた会社が情報を確認する方法を整理したものである。

少年法の対象となる20歳未満の従業員の事件は,本記事の対象外である。

基準日は令和8年10月3日である。

従業員による窃盗又は横領の被害にあった会社は,捜査の進み具合,起訴・不起訴の結果,刑事裁判の日程及び結果を知る方法と,損害回復に必要な刑事記録を入手する方法を分けて考える必要がある。

経過や処分結果の通知を受けられることは,従業員の供述調書や捜査機関の保有する資料全部を受け取れることを意味しない。

会社の金銭又は物が直接被害を受けた場合には,会社自身が被害者として情報提供や記録の閲覧・謄写を求めることを検討できる。

その際には,被害会社の名称,代表者,事件の概要及び会社の窓口を明確にし,代理人弁護士に依頼している場合には委任関係を示すことが適切である。

事情聴取を受けた担当社員が参考人として情報を受けることと,会社のために記録の取得を申し出ることは同じではないため,担当社員の権限をどの資料で確認するかは,担当する警察署,検察庁又は裁判所に確認する必要がある。

刑事記録の取得を待つ間も,会社が適法に保有する会計資料,振込記録,在庫資料,防犯カメラ映像及び業務用アカウントの操作ログについて,消失を防ぐための対応を並行して検討することが重要である。

社内の証拠保全や事情聴取の方法については,社内で窃盗・横領が疑われたときの社内調査-初動,証拠保全,事情聴取及び調査の限界(AI作成)で説明している。

1 5段階の見取り図
事件の段階主な確認先会社が求める事項と注意点警察が捜査している段階担当捜査員・警察署捜査経過,送致の状況及び送致先を確認するが,捜査上の秘密等による回答制限がある検察庁が処分を検討する段階担当検察官・検察庁の被害者支援窓口処分結果等の通知希望を伝え,告訴人に当たる場合は法定の通知・理由告知も区別して確認する公判請求後担当検察庁・係属裁判所公判日時・結果の通知,公開法廷の傍聴,第一回公判期日後の公判記録の閲覧・謄写を検討する不起訴処分後事件を扱った検察庁損害回復に必要な客観的証拠を特定して開示を求めるが,全記録の一律開示制度ではない裁判の確定・事件終結後第一審裁判所に対応する検察庁の記録担当記録の保管状況,閲覧及びコピーの方法を確認する

公判請求と略式命令請求では手続が異なり,略式命令のみで第一回公判期日がない場合に,第一回公判期日後の公判記録閲覧制度を当然に利用できると考えてはならない。

第2 捜査中―警察から捜査の経過を知る方法

犯罪捜査規範10条の3は,被害者等に刑事手続の概要を説明するとともに,捜査の経過その他救済又は不安の解消に資すると認められる事項を通知することを定めている。

もっとも,捜査,警察の事務若しくは公判に支障を及ぼし,又は関係者の名誉その他の権利を不当に侵害するおそれがある場合には例外がある。

会社としては,担当捜査員に連絡先を伝え,捜査経過の連絡を希望する旨と,送致先など今後の照会に必要な事項を具体的に伝えることが考えられる。

ただし,警察庁が説明する被害者連絡制度は,原則として身体犯や重大な交通事故事件の被害者等を対象とするものであるため,通常の窃盗・横領でも同じ頻度・範囲の連絡が当然に行われるとまではいえない。

このことから財産犯では一切連絡を求められないと考えるのも適切ではなく,当該事件について対応可能な範囲を確認することになる。

第3 検察処分―告訴人への通知と被害者等通知制度
1 告訴人に対する処分の通知と不起訴理由の告知

会社が告訴をした事件について,検察官が起訴又は不起訴の処分をした場合には,告訴人等に速やかにその旨を通知しなければならない(刑訴法260条)。

不起訴処分について告訴人等から請求があったときは,検察官は速やかにその理由を告げなければならない(同法261条)。

被害届を提出しただけで,当然にこれらの条文の告訴人として扱われるわけではないため,提出した書類とその取扱いを確認する必要がある。

告訴をすれば起訴や有罪判決が保証されるわけでも,理由の告知によって不起訴記録全部が交付されるわけでもない。

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古物商の継続買取りと後続の窃盗―民法719条1項前段・後段及び2項の責任要件(AI作成)

目次第1 民法719条の三つの責任構成と本記事の対象1 継続買取りだけで責任が決まるわけではない2 1項前段・1項後段・2項は,何を問題とするか3 資料と説明の範囲4 要件事実・評価・証拠を分けて読む第2 民法719条1項前段―共同して損害を生じさせた責任1 1項前段では,各人の行為と共同性を具体化する2 共謀が証明できなくても成立し得るが,無過失責任ではない3 継続買受業者の責任を肯定―東京高裁令和元年9月19日判決4 継続買受けの肯定判決から,古物商の役割をどう検討するか5 連帯責任の範囲と,業者間・犯人との求償6 1項前段の主張事実と継続買受け判決の判断を対応させる第3 民法719条1項後段―誰の行為が損害を生じさせたか不明な場合1 前段との違いは,個別の因果関係が不明である点にある2 直接適用の条件と因果関係の立証責任の転換3 類推適用は,直接適用と事実関係・責任範囲を分けて読む4 売却先不明の古物取引に,そのまま適用できるわけではない5 業者の関与,盗難数量及び損害の原因の不明を区別する6 1項後段の適用要件と,立証責任が転換する位置第4 民法719条2項―教唆・幇助によって侵害を支えた責任1 教唆者・幇助者を共同行為者とみなす規定2 既に完了した窃盗と,その後の処分3 継続取引が後続の窃盗を促したという主張4 犯行前の注文・買受約束が後続の窃盗を支える場合5 カラオケ装置のリース業者の確認義務―最高裁平成13年3月2日判決6 貸出しと複写設備による過失の幇助―知財高裁平成20年9月30日判決7 過失幇助の関与前の被害を除外―東京地裁令和3年7月7日判決8 無権限の自動車担保提供を支えた例―東京簡裁平成19年12月20日判決9 裁判例から古物取引へ当てはめる際の確認順序10 2項の要件事実と,過失幇助の肯定・否定判断の対応第5 古物商自身の不法行為と各構成に共通する注意義務・因果関係1 民法709条の要件と,719条の検討の土台2 法令上の義務と民事責任の要件3 靴を34回買い取った事例4 酒類を89回買い取った事例5 盗品とは知らなかったが,不審な事情を看過した場合6 盗品と知りながら処分に関与し,回収を妨げる場合7 警告後も確認・申告等をしなかった場合8 法令違反がある場合と,確認をしていた場合9 責任が成立しても,過去の全被害を当然に負担するわけではない10 刑事責任・取戻しとの関係11 双方に709条の責任がある場合,なぜ不真正連帯の関係となるか12 1項前段とは別に709条を主張する意味第6 三つの責任構成の主張と,取引・被害の証拠を対応させる1 前段・後段・2項の主張をどう組み立てるか2 責任対象の始期と物品の特定3 保存・確認する資料4 否認・評価障害事実・抗弁と,証拠の位置付け第7 結論と裁判例を適用する際の留意点第8 関連記事第9 出典
第1 民法719条の三つの責任構成と本記事の対象
1 継続買取りだけで責任が決まるわけではない

窃盗犯人が同じ業者に繰り返し盗品を売却していた場合,被害者は,その業者にも窃盗被害の賠償を求められるか。
本記事では,既に盗まれた物の処分に関与する場合と,継続的な換金先となることでその後の窃盗を容易にする場合を区別し,民法709条及び719条1項・2項に基づく民事責任を検討する。

本記事は,民法719条1項前段の共同不法行為,1項後段の加害者不明の場合及び2項の教唆・幇助を主軸とする。第2から第4で,それぞれの役割,責任要件,古物取引への当てはめ及び参考となる裁判例を分けて説明する。
ただし,繰り返し買い取ったことや,結果として換金が容易になったことだけから,当然に全ての窃盗被害について責任を負うとはいえない。
どの行為がどの窃盗を促したのか,業者の故意又は過失を基礎付ける事情は何か,その関与と請求する損害が結び付くかを具体的に検討する必要がある。

2 1項前段・1項後段・2項は,何を問題とするか

719条1項前段は,複数人の行為が共同の不法行為として被害を生じさせた場合の連帯責任を定める。
1項後段は,共同行為者のうち誰が損害を加えたか分からない場合を扱う。
2項は,教唆者・幇助者を共同行為者とみなして1項の規定を適用する。
したがって,業者が現場で盗まなかったから,検討できるのは2項だけである,とは限らない。
第2の3の東京高裁判決は,商品の取得と継続買受けという異なる役割を,1項前段の共同不法行為と評価した例である。

古物取引では,①実行者と業者の行為を共同の権利侵害として捉える構成,②実行者の侵害を業者が容易にしたとして2項を適用する構成,③業者自身の処分等を709条で捉える構成を,認定し得る事実に応じて検討する。
どの構成でも,同じ損害を重ねて回復することはできない。
1項後段は,これらの構成で足りない証拠を無条件に補う規定ではなく,第3の適用条件を確かめる必要がある。

3 資料と説明の範囲

基準日は令和8年10月3日である。
法令はe-Gov法令検索の現行条文,後記の裁判例は裁判所の公開判決本文又は判例秘書の判決本文による。
反復買取りの過失等を否定した東京地裁2判決に加え,過失による幇助や継続買受けの責任を認めた関連裁判例を第2及び第4で検討する。
この2判決は反復買取りの過失等を否定した事例であり,後続窃盗について民法719条2項の責任を肯定した判決ではない。

本記事で確認した資料から,継続買取りによる後続窃盗の幇助責任について,確立した判例の認定基準があるとまでは述べられない。
以下の時系列及び証拠の整理は,条文と確認済み裁判例を踏まえた検討方法であり,その各項目を裁判所が定めた一律の成立要件として示すものではない。

4 要件事実・評価・証拠を分けて読む

要件事実とは,請求権の発生等を定める法律要件に該当する具体的事実である。
「共同不法行為である」「過失で幇助した」という結論だけでは,争点となる事実が明らかにならない。誰が,いつ,どの物について,何を行い,その際に何を知り又は確認できたかを記載する。
過失等の規範的要件については,評価を支える具体的な評価根拠事実と,それと両立しながら評価を妨げる評価障害事実を整理する。司法研修所民事裁判教官室の「要件事実-応用編-」(令和7年3月)第2は,この具体的事実を主要事実とする一般的な見解を説明している(冊子2頁から4頁,PDF18頁から20頁)。

例えば,「警察から被害品の製造番号を知らされていたのに,照合せず買い取った」という事実と,その事実を裏付ける通知書・買取帳簿という証拠は区別する。
通知書があることだけを要件として挙げるのではなく,通知の内容と受領時期,照合可能性及び実際の対応を主張し,その証明に通知書等を用いる。

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店舗・法律事務所に防犯カメラを設置するとき―画角,録音,顔識別,保存期間及びクラウド契約(AI作成)

目次第1 設置前に決めること1 防犯の目的と撮影の範囲2 従来型カメラの表示と利用目的第2 顔識別・従業者の監視を追加するとき1 顔識別機能を通常の録画と区別する2 従業者の監視に関するルール3 職場の監視を問題とした労働委員会命令4 自衛目的の記録と保存・共有を分ける5 不在中の録音と自らの会話の録音を分ける第3 保存期間と証拠保全1 一律の日数ではなく必要性から決める2 映像とログを別に保全する第4 クラウド契約とアクセス管理1 契約前に確認する項目2 閲覧権限と委託先の確認第5 導入・変更時の確認と資料の範囲1 導入前に行う試験2 現行法と改正法を区別する3 関連記事
第1 設置前に決めること
1 防犯の目的と撮影の範囲

防犯カメラを導入するときは,機器の価格や画質だけでなく,何を防ぎ,どの場所を撮影し,誰が映像を確認するかを先に決める必要がある。本記事は,店舗や法律事務所での設置・運用を扱う。映像を警察や弁護士へ提供するときの判断は,防犯カメラ映像を警察・弁護士に提供するときで別に説明している。

実務上は,入口,駐車区画,レジ周辺等について,撮影によって確認したい事実を一つずつ書き出すとよい。例えば,無断駐車への対応なら,車両の出入りと駐車位置の確認が目的になる。隣家の室内や必要のない道路部分まで撮ることを当然の前提にせず,画角の変更やマスキングを検討する。これは目的に沿った運用設計の提案であり,全ての施設に同一の画角を義務付ける趣旨ではない。

法律事務所では,相談者の来訪自体や相談内容に配慮し,面談室の撮影・録音を受付の防犯と一緒に決めないことが大切である。音声が必要な理由,録音される場所,閲覧者,保存期間を別に検討し,必要性を説明できなければ録音機能を停止する運用を検討する。「防犯カメラ作動中」という表示だけで,あらゆる会話の録音や利用が許されるわけではない。

弁護士法23条は,職務上知り得た秘密の保持を弁護士の権利・義務として定めている。相談内容を録音する場合は,個人情報保護だけでなく守秘義務との関係も確認する。実務上の提案として,受付の防犯記録と相談の記録を分け,必要な場合には録音の目的,範囲,保存,閲覧者及びクラウド事業者のアクセスを具体的に説明し,録音を止めて相談できる方法も検討する。以下の職場の事例は法律相談室を直接扱うものではなく,相談室の常時録音の適法性を保証しない。

2 従来型カメラの表示と利用目的

個人情報保護委員会のカメラに関するQ&AQ1-13によれば,個人を識別できる画像を取得する場合は,利用目的を特定し,その範囲で利用する必要がある。設置状況から防犯目的が明らかな場合には利用目的の通知・公表の例外がある一方,撮影されることを容易に認識できない場合には,認識できるようにする措置が必要である。認識できる設置状況でも,掲示等を行うことが望ましいとされている。

入口の掲示,施設のウェブサイト及び運用規程の内容をそろえ,運用主体,目的及び問合せ先を案内すると,利用者からの質問に対応しやすい。表示が実際の運用と一致しているかを,導入時だけでなく,機能追加時にも確認する。

第2 顔識別・従業者の監視を追加するとき
1 顔識別機能を通常の録画と区別する

前記Q&AのQ1-14は,顔識別機能を使う場合,その使用を利用目的に明らかにし,通知又は公表を行う必要があると説明している。同Q1-15によれば,防犯目的で取得した画像や顔特徴データをマーケティング等の商業目的に転用するときは,事前の本人同意が必要になる。

導入判断では,「録画だけ」「顔を照合して通知」「来店分析」の機能を分けて確認する。防犯用の顔照合に登録する対象,登録理由の記録,誤登録の訂正,解除の判断者も決めておく。単に不審に見えたという担当者の印象だけで登録を広げる運用は避けるべきである。

2 従業者の監視に関するルール

個人情報保護委員会Q5-7は,個人データの取扱いに関する従業者の監督としてモニタリングを行う場面について,目的の特定・明示,責任者と権限,運用ルール及び適正な実施の確認を挙げている。重要事項について労働組合等への通知・必要に応じた協議や従業者への周知が望ましいとも説明している。

このQ&Aは,全ての職場監視の適法性を一括して認める資料ではない。社内不正の調査で映像を使う場合は,調査の対象期間と場所を絞り,関係のない映像へのアクセスを制限する。勤怠評価や懲戒に用いるなら,撮影目的との関係,規程,説明及び調査の相当性を別に検討する必要がある。調査の進め方は,社内で窃盗・横領が疑われたときの社内調査も参照されたい。

3 職場の監視を問題とした労働委員会命令

鹿児島県労働委員会平成26年1月9日命令〔平成24年(不)第2号〕は,組合員の職場を映すカメラ等について,画角・録音機能,説明,設置時期,労使関係及び主張された目的との整合性を検討し,組合員の行動監視を目的とする不利益取扱いを認定した。救済は,対象の7台について団体交渉に応じること等と,うち3台について一定の措置まで使用しないことを含む。全ての職場カメラの禁止や,7台全部の撤去を一律に命じたものではない。

これは裁判所の判決ではなく,労働委員会の命令である。防犯・事故防止という名目や事前の表示だけで判断せず,実際の撮影対象と監視の程度を確認する必要がある,という実務上の学びになる。カメラ配置図,必要性を示す事故等の記録,音声・ズーム機能の設定及び閲覧場所も,設置の検討資料として残すとよい。

4 自衛目的の記録と保存・共有を分ける

京都地裁令和6年5月14日判決〔令和2年(ワ)第1858号〕は,労働者が自衛目的で行った限られた範囲・期間の撮影や,自らの会話の無断録音について,その事案の就業規則上の懲戒事由には当たらないとした。一方,削除を指示された動画を削除したと偽り,第三者もアクセスできる共有サーバー内に保存した点は,懲戒事由に当たるとした。判決全体では,ほかの非違行為も踏まえて懲戒解雇を有効としている。

無断撮影・録音が一般に適法であるとか,一定期間以内なら問題がない,という判断ではない。記録の目的,撮影・録音の範囲,規程・指示に加え,その後の保存先,共有及び報告を別々に評価することが重要である。証拠を残す必要がある場合も,アクセスを制限した保全方法や削除指示への対応を個別に検討し,虚偽報告によって解決しようとしない。

5 不在中の録音と自らの会話の録音を分ける

大阪地裁令和5年12月7日判決〔令和3年(ワ)第6483号・令和4年(ワ)第350号,判例時報2612号55頁,判例秘書L07851277〕は,自分がいない間の従業員休憩室に録音機を置き,約4か月にわたり20回,1回約3時間,会話を広く秘密録音した証拠(甲6)を排除した。休憩室の利用状況,録音の方法・範囲等を踏まえてプライバシーを著しく侵害し,証拠として採用することが訴訟上の信義則に反すると判断したものである。

同じ判決は,別の従業員が自分の参加する会話を自衛目的で録音した証拠(甲8)については,侵害の程度や証拠の重要性等を検討して採用した。秘密録音という名称だけで一律に決めず,録音者が会話に参加しているか,場所,期間,対象,目的,取得の経緯及び立証上の必要性を具体的に確認する必要がある。

また,不在中の休憩室を録音した者には,録音に関するプライバシー侵害による慰謝料として,相手2名それぞれに5万円が認められた。証拠として使えるか,取得行為が不法行為になるか,就業規則上の懲戒事由に当たるかは,分けて検討する。甲8を採用したことは,自分の会話なら常に適法であるとか,録音者の損害賠償責任が一切ないと判断したという意味ではない。この事例も,法律相談室の常時録音を直接扱うものではない。

第3 保存期間と証拠保全
1 一律の日数ではなく必要性から決める

個人情報保護委員会Q5-4は,個人情報保護法22条に基づき,利用の必要性を考慮して保存期間を設定し,不要になった個人データを遅滞なく消去するよう努める必要があると説明している。「法律上,防犯映像は全て30日保存しなければならない」という整理にはならない。

(続きを読む...)店舗・法律事務所に防犯カメラを設置するとき―画角,録音,顔識別,保存期間及びクラウド契約(AI作成)

店舗・私有地の無断駐車にどう対応するか―利用権の確認,証拠保全,損害賠償及び自力撤去の限界(AI作成)

目次第1 無断駐車と判断する前の確認1 場所・時間・利用関係を確認する2 警察への相談と民事対応を分ける第2 残すべき証拠1 車両と利用妨害の記録2 防犯映像は消える前に保全する第3 撤去を求める連絡と金銭請求1 事実を示して撤去を求める2 看板の金額が当然に請求できるわけではない第4 自力撤去・車輪止め・処分の限界1 自力救済についての最高裁判例2 所有者不明と所有権放棄を混同しない3 連絡で解決しない場合4 有料駐車場の留置権を一般の無断駐車と分ける5 留保所有権者の撤去責任を確認する第5 再発防止と資料の確認範囲1 予防措置は必要な範囲で行う2 裏付けと未確認の事項3 関連記事
第1 無断駐車と判断する前の確認
1 場所・時間・利用関係を確認する

店舗や会社の駐車場に見慣れない車があっても,それだけで無断駐車や犯罪と決まるわけではない。来客,納入業者,従業者,時間帯によって利用権を持つ者等の可能性がある。本記事は,店舗・会社・個人が管理する私有地における初動と,自力で撤去することの限界を整理する。

まず,駐車場所と区画,発見日時,出入りの時間,施設の営業時間,利用契約,許可の記録及び過去の対応を確認する。土地所有者,賃借人,駐車場管理会社等の誰が利用を認め,誰が相手に連絡するかも整理する。ナンバープレートや登録上の所有者と,実際に駐車した運転者が一致するとは限らない。

2 警察への相談と民事対応を分ける

盗難車,犯罪への関与,危険物,切迫した人身の危険等が疑われる場合は,警察への相談を優先する。相談の日時,相談先,伝えた事実及び回答を記録しておく。

大阪府の私有地における放置自動車の対応資料も,盗難車等の可能性から警察への相談を案内し,所有者への指導等によって撤去される場合があると説明している。ただし,警察へ相談すれば必ず撤去されるという制度ではない。警察が対応できないという回答も,私人による撤去・処分の許可を意味しない。

第2 残すべき証拠
1 車両と利用妨害の記録

安全に撮影できる範囲で,車両全体,ナンバープレート,駐車位置,区画表示,入口や通路との関係及び注意表示を記録する。同じ車が繰り返し駐車している場合は,日ごとの確認時刻と,判明した入出庫時刻を分けて残す。確認していない時間帯まで連続して駐車していたと断定しないことが大切である。

損害を検討するには,車両の写真だけでなく,どの利用が妨げられたかを残す必要がある。例えば,契約者が区画を使えず代替駐車場を利用した場合の領収書,搬入口が塞がれた状況,対応に要した作業の記録等である。営業上の損失については,具体的な注文・取消し等との関係を確認し,推測した売上をそのまま損害額としない。

2 防犯映像は消える前に保全する

防犯カメラがある場合は,必要な前後の時間を含む映像を,上書き・自動削除の前に保全する。取得者,取得日時,対象カメラ,表示時刻のずれ,書出し条件及び保存先を記録し,再生できることを確認する。保存依頼を出したことと,対象映像を実際に確保できたことは区別する。

撮影した画像を相手への連絡,警察相談又は弁護士への相談に使うことと,SNSで顔やナンバーを公開することは別の判断である。一般への公開を先に行うと,関係のない者の情報まで広がることがある。提供先と必要な範囲の検討は,防犯カメラ映像を警察・弁護士に提供するときを参照されたい。

第3 撤去を求める連絡と金銭請求
1 事実を示して撤去を求める

利用権がないことを確認したら,判明した相手に,対象車両,駐車場所,確認日時,管理者の連絡先及び撤去を求める理由を伝える。通知とその到達・回答の記録を残す。車に連絡文を置く場合も,塗装を傷める粘着物等を使わず,車両を損傷しない方法を選ぶべきである。

通知の文面で「期限後は処分する」と宣言しても,それだけで適法に処分できる権限が生じるわけではない。連絡に応じない場合は,次の手続を弁護士に相談するため,連絡経過と現在の支障を整理する。

関東運輸局の登録事項等証明書の案内には,私有地の放置車両について,場所,見取図,放置期間及び写真等を示して,登録番号のみで請求できる例外がある。通常の請求条件と異なるため,必要書類と対象を窓口で確認する。同局の専用の案内は軽自動車・二輪車を対象外としている。登録情報は相手方調査の出発点であり,登録上の所有者が運転者であることや,契約・不法行為責任を負うことまで証明するものではない。

2 看板の金額が当然に請求できるわけではない

民法709条による損害賠償では,権利・利益の侵害,故意又は過失,損害及び因果関係を検討する。看板に「無断駐車は罰金○万円」と書いたという事実だけで,その金額の民事上の支払義務が当然に成立するわけではない。私人の表示で刑罰としての罰金を科すこともできない。

利用契約がある場合は,契約の成立・内容と,賠償額の予定等の合意を確認する。民法522条及び420条を参照して検討するが,単に表示があったことと,表示された条件が契約内容になったことは同じではない。契約に基づく請求と不法行為に基づく請求を分け,駐車時間や損害の根拠を説明できるようにする。

岐阜地裁平成21年10月21日判決〔平成21年(レ)第15号〕は,有料駐車場のフラップ板が上がらないように駐車し料金を支払わなかった事案で,契約の成立を認めず,掲示された10万円の違約金の契約に基づく請求を退けた。ただし,全ての掲示条件が無効という判断でも,不法行為等による請求を一律に否定した判断でもない。現在の事案では現行法を前提に契約成立・条件の組入れ・条項の有効性を順に検討し,この一判決だけで結論を決めない。

これに対し,岡山地裁平成25年8月27日判決〔平成24年(レ)第221号,判例タイムズ1417号226頁,判例秘書L06850884〕は,駐車契約の成立に争いがない事案で,料金不払時の違約金5万円を認めた。条件が容易に読める形で掲示され,運転者にも過去の利用経験があることなどから契約内容への組入れを認め,違反者の調査・特定等の事情を踏まえて,その事案では消費者契約法10条・民法90条による無効とはしなかった。

同判決は,別途請求された弁護士の着手金5万2500円については相当因果関係を否定した。したがって,「5万円なら常に有効」「10万円なら常に無効」といった金額だけの基準にはならない。契約の成立,表示条件の組入れ,条項の有効性及び上乗せ費用を別々に検討する。両判決は現行民法の契約関係の改正前の事案であり,現在の条項は現行法と具体的な利用状況に照らして確認する。

第4 自力撤去・車輪止め・処分の限界
1 自力救済についての最高裁判例

最高裁第三小法廷昭和40年12月7日判決〔昭和38年(オ)第1236号,民集19巻9号2101頁〕は,自力救済が例外的に認められるためには,法定の手続では違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難となる緊急やむを得ない特別の事情があり,行為も必要な限度内であることを要するとした。判決原文では,板囲を実力で撤去・破壊した行為について,その限界を超えるとして不法行為責任を認めた判断が維持されている。

これは無断駐車の車両を扱った判決ではなく,自力救済についての一般的な判断枠組みを確認するために挙げたものである。店舗に迷惑であること,所有者が自分であること,相手が連絡に応じないことだけで,レッカー移動,車輪の固定,又は車両を閉じ込める行為が当然に適法になるとはいえない。車両の損傷,移動後の保管及び相手の利用を妨げたことに関する責任が問題になる可能性がある。

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名板貸の許諾撤回・営業主交替後に何を止め、誰に知らせるか―名義人の実務対応(AI作成)

目次第1 問題を「撤回日」と「取引時の外観」に分ける第2 裁判例から分かること1 撤回を告げても主要な外観が残れば責任が問題になる2 営業主交替と取引先への表示を時系列で調べる3 相手方が誰を営業主と信じたかが不可欠である第3 名義人が取る手順1 許諾と終了の対象を特定する2 使用の停止と外観の除去を記録する3 取引先への通知は接触資料に合わせる4 事業譲渡の別の責任と混ぜない第4 取引先・代理人の確認事項第5 出典と調査の限界
第1 問題を「撤回日」と「取引時の外観」に分ける

自己の商号を他人の営業に使わせた者の責任は、現行の商法14条及び会社法9条に定められる。平成18年会社法施行前の旧商法23条は「氏、氏名又ハ商号」を対象としていた。個人名やブランドを貸した事案に現行の両条を用いるときは、商号としての使用か、外観についての類推適用が問題になるかを別に検討する。
許諾の撤回又は営業主の交替後に生じた債務については、終了の合意書の日付だけでは足りない。取引時に誰の営業に見えたか、その外観を名義人が作り、又は存続させたか、債権者が誰を営業主と理解したかを確かめる。本記事は令和8年10月3日現在に確認できた法令と下記判決の範囲で、実務上の確認手順を示す。

第2 裁判例から分かること
1 撤回を告げても主要な外観が残れば責任が問題になる

東京地裁平成7年4月28日判決(平成6年(ワ)第7519号、判時1559号135頁、判例秘書L05030146)は、名刺・ゴム印を回収し、肩書使用を禁じて営業所から退去させた後の取引を扱う。名義人が、同じビルの別階で従前の名義による営業が続いていることを知りながら、基本的な外観を残した事情の下で、旧商法23条の責任を認めた。使用禁止の意思表示や一部物品の回収だけで、常に責任が消えるという判決ではない。判例秘書掲載の判決本文を確認したが、裁判所サイトの公開本文は確認できていない。

2 営業主交替と取引先への表示を時系列で調べる

大阪地裁昭和56年3月18日判決(昭和54年(ワ)第5278号、金商622号39頁、判例秘書L03650134)は、営業譲渡後も同じ場所・従業員・営業名で発注や納品が続き、取引先への交替通知が遅れた事案で、旧営業主の名板貸責任を認めた。ただし、譲渡前に供給契約が成立した余地にも言及している。譲渡後の債務と断定して一般化せず、発注、契約成立、納品及び請求の各日を照合する必要がある。判例秘書掲載の判決本文を確認したが、裁判所サイトの公開本文は確認できていない。

大阪地裁昭和46年5月27日判決(昭和45年(手ワ)第551号ほか、判タ266号264頁、判例秘書L02650416)は、旧営業主が経営から排除された後も氏名・届出印による手形取引が続くことを知り、取引先への交替周知もしなかった事情から、黙示の使用承認を認めた。判例秘書で確認した表示は判決理由中心の抄録であり、判決全文を確認したものではない。裁判所サイトの公開本文も確認できていない。

3 相手方が誰を営業主と信じたかが不可欠である

東京地裁平成15年10月9日判決(平成14年(ワ)第27281号、判例秘書L05834154)は、共同営業から退いた被告について、広告業者が研究所を会社組織、被告をその代表者と考えており、被告個人を営業主と信じていなかったことから名板貸責任を否定した。営業主交替後に旧名義が現れたという事情だけで、取引相手の誤認を飛ばしてはならない。判例秘書掲載の判決本文を確認したが、裁判所サイトの公開本文は確認できていない。

最高裁平成7年11月30日判決(民集49巻9号2972頁)は、テナントが営業していても、施設運営者が自己の営業の一部門であるような外観の作出に関与した場合に旧商法23条の類推適用を問題にし、破棄差戻しとした。営業譲渡の事案ではないが、名義の直接使用許諾がない場合にも、名義人側の外観への関与を独立に調べる根拠となる。

第3 名義人が取る手順
1 許諾と終了の対象を特定する

契約書、再許諾条項、対象店舗、許された名称・肩書・媒体、終了日及び営業主交替日を確定する。旧債務、交替後の新債務、取引継続中の債務を分ける。旧法時代の取引には当時の条文を用いる。

2 使用の停止と外観の除去を記録する

旧使用者と新営業主の双方へ、看板、名刺、印章、契約書式、領収書、ウェブサイト、SNS、電話案内等の使用停止と訂正を具体的に求める。名義人が管理できる表示は自ら改め、第三者管理の媒体は運営者に訂正を依頼する。撤去前後の写真、画面保存、通知の到達記録を残す。撤去を求めた事実と、実際に外観が消えた事実は別々に証明する。

3 取引先への通知は接触資料に合わせる

継続的な仕入先、金融機関、顧客など、旧表示に接した可能性のある相手を特定し、営業主が誰に変わったか、名義人が新営業主の取引を引き受ける意思の有無を正確に伝える。契約締結前後の相手方の認識に関わるため、通知先、内容、送信日、到達日及び相手の返答を保存する。通知だけで全取引先について一律に免責されるわけではなく、残る看板や書式との矛盾も点検する。

4 事業譲渡の別の責任と混ぜない

営業譲受人が譲渡人の旧債務を負うかは、商法17条又は会社法22条の商号続用等の問題である。名義人が譲受人の新債務を負うかとは、債務者と判断時点が異なる。関連記事「個人名・屋号を貸した後の事業譲渡」及び「事業譲渡で残存債権者は譲受会社に請求できるか」も参照されたい。

関連する平成15年度旧司法試験の問題文・出題趣旨・模範答案は、平成15年度旧司法試験論文式試験の模範答案―憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の全12問と出題趣旨を踏まえた解説に掲載している。

第4 取引先・代理人の確認事項

① 債権ごとの発生日、契約相手、発注者、請求書宛名及び支払口座。
② 交替の前後に相手方が実際に見た看板、広告、名刺、ウェブ画面及び通知。
③ 名義人が旧使用者又は新営業主へ何を許し、撤回後に何を知り、いつ是正したか。
④ 相手方が名義人自身を営業主と信じたか、別法人の代表者と理解したか。
⑤ 事業譲渡契約の効力発生、旧債務の引受け、商号・屋号続用及び免責通知。

記録の欠落を相手方の誤認や名義人の許諾の立証に置き換えない。各債権者が接した資料と認識を個別に調べる。

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居住用ローンで投資用不動産を購入した場合――金融機関の調査・説明義務と任意売却拒否(AI作成)

目次第1 貸手、借主、担保権者を分ける第2 融資時の賃借人調査義務第3 賃借人の先行入居と居住用ローンの申告第4 全額弁済を求める任意売却拒否第5 協議不調なら破産法186条を検討する第6 財団放棄と交渉文書第7 資料の集め方第8 一次資料と確認範囲

居住用の融資で投資用不動産を購入し、賃借人の存在が問題になったとき、金融機関にどのような調査・説明義務があるか。返済が滞り、担保権者が残債全額の弁済を求めて任意売却に応じない場合の検討方法は別の問題である。以下は判決の射程と破産手続上の選択肢を整理したもので、特定事件の当事者の過失や違法性を認定するものではない。

第1 貸手、借主、担保権者を分ける

融資をした金融機関、借主、売主・仲介業者、保証人、登記上の抵当権者、代位弁済後の債権者は、それぞれ立場が異なる。融資契約、保証・代位弁済資料、抵当権設定契約と登記を照合し、融資審査をした者、現在の債権・担保権者、抹消権限を持つ者を特定する。

金融機関が既存賃借人を調べなかったという主張と、現在の担保権者が任意売却を拒むという主張は、対象行為も相手方も異なる。前者が認められても、それだけで後者の抹消義務が生じるわけではない。

第2 融資時の賃借人調査義務

最一小判平成18年6月12日(平成16年(受)1219、集民220号403頁)は、建築後に土地の一部を売って返済する融資計画を扱った。返済資金の調達可能性は通常借主が検討すべきで、銀行が当然に土地の売却可能性を調査・説明する義務を負うわけではない。他方、銀行担当者が資金計画書を作成し、建築会社とともに説明し、売却実現に働き掛ける旨を述べたなどの事情が主張されていたため、その有無を審理せず義務を否定した原審を破棄差戻しとした。この判決は、既存賃借人の調査義務を直接判断していない。

東京地判令和6年3月22日(令和4年(ワ)6868、判例秘書L07930797。全文確認)は、投資用不動産融資につき、銀行が借主のために提出資料の正確性や購入価格の適正さを原則として調査・説明する義務を否定した。銀行担当者の資料改ざんへの関与・認識も立証されなかった。先行賃借人を調査すべきだったかは判断していない。

貸手の与信管理・担保評価のための審査と、借主の損害を避けるための私法上の調査・説明義務を混同できない。担当者が勧誘、事業計画、賃貸状況の説明にどこまで関与し、何を知り、借主がどの説明に依拠したかを個別に調べる。

第3 賃借人の先行入居と居住用ローンの申告

賃貸借の契約日、建物の引渡し、抵当権設定登記、融資実行、差押命令・送達の各日時を並べる。先行賃借人の対抗力は買主の承継負担と価格に関係する。所有者の賃料債権への抵当権の物上代位とは別の問題であり、賃借人が先に入居したことだけで賃料差押えが無効になるわけではない。最二小判令和5年11月27日は、先行する賃貸借・引渡しがある事案で、後発の賃料債権等との相殺を抵当権者に対抗できるかを判断した。

居住用融資で投資用物件を購入した場合、申込書の資金使途・居住予定、借主の認識、売主・仲介業者の勧誘、貸手が受けた情報を分けて証拠化する。東京地判令和5年2月6日(令和3年(ワ)22636、判例秘書L07830628。全文確認)は、借主が投資利用とフラット35の自己居住要件違反を認識していた事案で、仲介業者に対する損害賠償請求を棄却した。任意売却拒否に関する記載は原告の主張であり、裁判所が拒否の適法性を判断したものではない。

第4 全額弁済を求める任意売却拒否

買主に担保のない所有権を移すには、通常、担保権者との抹消条件の合意が必要である。売却額が残債を下回ることや貸手に審査上の問題が疑われることだけで、担保権者が不足額を放棄し任意売却に同意する義務があるとはいえない。確認した判例秘書の検索範囲では、全額弁済要求という事情だけで拒否を違法とした判断は確認できなかった。ただし検索結果の全件本文を読んだわけではなく、類似裁判例の不存在を意味しない。

管財人は具体的買付け、費用控除後の配分、競売と賃料差押えを続ける場合の回収額・期間を比較して提示する。査定には先行賃借人、敷金、管理費・修繕費、税、媒介費、買主の資金調達、管理契約終了を反映させ、交渉経過、回答者の権限及び拒否理由を記録する。

東京高決平成24年5月24日(平成24年(ラ)967、判例秘書L06720273。全文確認)は、破産法188条の買受け申出を、土地利用権のない建物部分の分離取得等の特殊事情から権利濫用とした。一般的な任意売却拒否を違法としたものではない。

第5 協議不調なら破産法186条を検討する

破産法186条は、破産財団の財産を任意売却して担保権を消滅させることが破産債権者の一般の利益に適合するとき、管財人による裁判所への許可申立てを認める。ただし担保権者の利益を不当に害するときは許されない。拒否や担保割れだけで当然に許可される制度ではない。

買主、売得金、担保権者への配分、財団組入れ額、費用、査定根拠と交渉経過を具体化する。破産規則57条の記載事項、破産法187条・188条以下の担保権者の手続上の選択肢、破産裁判所の運用も確認する。詳しい処理順序は担保割れの賃貸マンションを破産管財人がどう処理するかを参照されたい。

第6 財団放棄と交渉文書

売却・担保権消滅許可の見込みと管理費用を比較し、財団に利益を残せない場合は財団放棄を検討する。破産法78条2項12号・3項の許可要否と例外を確認する。放棄によって抵当権や既存の賃料差押えが当然に消えるわけではない。破産規則56条の放棄に関する担保権者への2週間前の通知は、条文上、破産者が法人の場合を対象とする。

最三小決令和5年2月1日は、法人破産で管財人が受戻し交渉等に際して被担保債務を承認した場合の旧民法上の時効中断を扱う。交渉が常に承認になるとの判断ではないが、債権の存否・金額・時効に争いがあるときは交渉文書の表現を慎重に検討する。

第7 資料の集め方

融資時の義務を検討するには、申込書、資金使途、金融機関と仲介業者の説明、担当者の関与、賃貸借契約・引渡し、各人の認識を確認する。任意売却拒否を検討するには、現在の債権・担保権者、残高、抹消権限、具体的買付け、複数査定、配分案、競売・賃料回収の見込み及び交渉記録を確認する。

特定事件の詐欺、金融機関の過失、賃借人の対抗力、損害・因果関係、拒否の違法性は、これらの原本と時系列がなければ判断できない。

第8 一次資料と確認範囲

公表資料として最一小判平成18年6月12日、最二小判令和5年11月27日、最三小決令和5年2月1日の各全文、破産法の該当条項及び破産規則56条・57条を確認した。破産法はe-Gov検索結果で該当箇所を確認したが、作業環境では全文画面を閲覧できていない。

判例秘書INTERNETで東京地判令和6年3月22日・L07930797、東京地判令和5年2月6日・L07830628、東京高決平成24年5月24日・L06720273の全文を確認した。2026年10月3日の民事検索では「融資 AND 賃借人 AND 調査義務」40件、「任意売却 AND 抵当権 AND 拒否」176件、「担保権抹消 AND 拒否 AND 権利濫用」3件が表示された。前二者は第1頁、3件は要旨・争点を確認した範囲であり、網羅的な不存在調査ではない。

交通事故の加害者が自己破産した場合の損害賠償請求権-免責と保険請求(AI作成)

目次第1 加害者が破産したときの結論1 破産手続開始と免責の確定は異なる2 免責されない請求権と,実際に支払を受けられるかは別である第2 人身損害と物損で異なる非免責の要件1 悪意による不法行為-破産法253条1項2号2 故意・重大な過失による生命・身体の侵害-同項3号3 車両修理費などの物損第3 自賠責保険と任意保険への請求1 自賠責保険・共済の被害者請求2 任意保険の直接請求と先取特権第4 被害者が先に確認する資料と期限1 保険契約と破産手続の現在地2 自賠責の請求期限を先に確認する第5 出典・参考資料1 法令2 所管行政機関の解説3 業界団体の解説
第1 加害者が破産したときの結論
1 破産手続開始と免責の確定は異なる
(1) 開始決定だけでは賠償責任はなくならない

交通事故の加害者が自己破産を申し立てたり,破産手続開始決定を受けたりしただけで,被害者の損害賠償請求権が直ちになくなるわけではない。
被害者への支払責任が免責の対象になるかは,免責許可決定の確定と,その請求権が破産法253条1項の例外に当たるかによって分かれる。

事故が破産手続開始後に起きた場合,その事故に基づく請求権は,開始前の原因に基づく破産債権ではない。
そのため,当該破産手続の免責許可決定によって,この事故の賠償責任を免れることはない。

(2) 本記事が扱う事故と破産の当事者

本記事は,令和8年10月2日を調査の基準日として,破産するのが加害者である場合の請求先と法的な限界を扱う。
被害者自身が破産した場合の請求権の帰属は,交通事故の被害者が自己破産した場合の損害賠償請求権の帰属で扱っている。

2 免責されない請求権と,実際に支払を受けられるかは別である
(1) 非免責債権となり得る損害賠償請求権

交通事故による損害賠償請求権のうち,破産者が悪意で加えた不法行為によるもの,または故意・重大な過失で人の生命・身体を害する不法行為によるものは,破産法253条1項2号・3号の非免責債権となり得る。
非免責と認められても,加害者に支払原資がなければ,そのことだけで賠償金を回収できるわけではない。

(2) 債権者名簿への記載漏れも確認する

破産法253条1項6号は,破産者が知りながら債権者名簿に記載しなかった請求権も免責の例外とする。
ただし,被害者が破産手続開始決定を知っていた場合は,同号の例外から除かれる。
事故後に加害者の破産手続を知った被害者は,自分の請求権が名簿に記載されているか,いつ開始決定を知ったかも確認する必要がある。

(3) 保険からの支払を別に確認する

そこで,被害者は,加害者本人への請求の見通しと並行して,自賠責保険・共済,任意保険その他の補償経路を確認することになる。
保険による支払は,事故が契約の補償対象に入るか,保険金額はいくらか,どの請求方法を使えるかによって決まる。

第2 人身損害と物損で異なる非免責の要件
1 悪意による不法行為-破産法253条1項2号

破産法253条1項2号は,破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権を免責の例外とする。
この規定は損害の対象を人の生命・身体に限定していないが,通常の交通事故について,加害者に過失があるというだけで2号に当たるわけではない。

2号の「悪意」に関する判断と主張立証の一般論は,破産法253条1項2号の「悪意で加えた不法行為」で説明している。
交通事故では,故意の加害行為であったのか,どの損害がその行為から生じたのかを,事故状況に即して分けて考える。

2 故意・重大な過失による生命・身体の侵害-同項3号

破産法253条1項3号は,破産者が故意又は重大な過失により加えた,人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権を免責の例外とする。

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防犯カメラ映像を警察・弁護士に提供するとき―捜査関係事項照会,弁護士会照会,第三者の映り込みと提供範囲(AI作成)

目次第1 本記事の対象と基本的な考え方第2 映像が「個人情報」「個人データ」に当たるか1 顔が判別できる映像と個人データの区別2 防犯目的と新しい利用目的第3 警察から提供を求められた場合1 捜査関係事項照会と任意の協力依頼2 依頼者と範囲を確認する第4 弁護士会照会と弁護士個人の依頼1 弁護士会照会2 弁護士個人からの依頼第5 第三者の映り込みと必要な前後関係第6 映像の保全と安全な受渡し1 原記録と作業履歴を残す2 受取人と受領を確認する第7 記録義務と本人からの開示請求1 法定の第三者提供記録と社内の対応記録2 「警察に渡したから開示できない」とは限らない第8 撮影の適法性と裁判での評価は別に確認する第9 対応前の確認事項第10 資料の確認範囲と令和8年改正
第1 本記事の対象と基本的な考え方

店舗,会社又は集合住宅の管理者が保管する防犯カメラ映像について,警察や弁護士から提供を求められた場合の対応を,令和8年10月2日現在の個人情報保護委員会の公表資料に基づいて整理する。行政機関自身が保有する映像の取扱いは,本記事の対象外である。
映像の撮影,保存,社内での閲覧及び外部への提供は,それぞれ確認すべき事項がある。適法に撮影した映像であっても,誰に,どの範囲を,何のために渡すかを別に判断する必要がある。

対応の基本は,依頼者と法的根拠を確認し,上書き前に必要な映像を保全した上で,事件との関係が説明できる期間・カメラ・情報に提供範囲を絞ることである。本人同意が不要となる根拠があることと,求められた全映像をそのまま提供すべきことは,同じではない。

第2 映像が「個人情報」「個人データ」に当たるか
1 顔が判別できる映像と個人データの区別

特定の個人を識別できるカメラ画像は個人情報に当たる。顔が不鮮明でも,名札,制服,撮影場所又は他の情報との容易な照合によって個人を識別できる場合がある。
もっとも,個人情報であることから直ちに「個人データ」であるとはいえない。個人情報保護委員会のQ1-41は,特定の個人情報を検索できるよう体系的に構成していないカメラ画像は,個人情報データベース等を構成しないと説明している。録画装置の名称だけで判断せず,人物による検索,索引,顔照合その他の実際の構成を確認する。

個人データの第三者提供には個人情報保護法27条が関係する。一方,個人データに該当しない映像でも,利用目的による制限及びプライバシーの問題が消えるわけではない。

2 防犯目的と新しい利用目的

通常の防犯カメラと,顔の特徴から人物を識別するシステムは区別する。カメラに関するQ&Aは,防犯目的が設置状況から明らかな場合と,撮影を容易に認識できない場合を分け,顔識別機能を利用する場合にはその利用を含めた目的の特定を求めている。
社内の窃盗調査のため既存映像を保全することと,新たに隠しカメラ,録音又は顔照合を導入することも別の検討である。過去の映像提供依頼だけから,今後の継続監視まで承諾されたと扱ってはならない。

第3 警察から提供を求められた場合
1 捜査関係事項照会と任意の協力依頼

刑事訴訟法197条2項に基づく捜査関係事項照会に対する個人データの提供は,個人情報保護法27条1項1号の「法令に基づく場合」に当たり,本人の同意を要しない。個人情報保護委員会のQ1-63も,同照会を法令に基づく提供の例として扱っている。
ただし,照会への回答と,令状に基づく差押えは手続が異なる。「警察からの依頼」という呼び方だけで処理せず,照会の根拠,担当部署,対象事件及び求められた事項を確認する。

書面による照会がない依頼についても,常に本人同意が必要になるとは限らない。個人情報保護委員会の医療・介護分野のQ4-24は,任意の捜査協力は任意であるとしつつ,提供を受ける法令上の具体的根拠がある場合には,同号に該当すると説明している。
この説明を踏まえ,口頭依頼だから一律に拒否することも,警察を名乗れば無条件に提供することも避ける。具体的根拠と依頼内容が不明な場合は,書面化や担当部署への確認を求める。生命・身体の保護等の別の例外を検討する場合も,その要件を個別に確認する。

2 依頼者と範囲を確認する

依頼者の氏名,所属,連絡先及び照会番号を記録し,必要に応じて警察署の公表された代表番号から担当部署を確認する。メールに書かれた連絡先だけに依存しない。
期間,カメラ位置,対象場所,必要な画角,音声の要否及び提供方法を具体化する。「一か月分全部」といった依頼に対しては,事件との関係と範囲が必要な理由を確認し,絞込みが可能か協議する。緊急の保全が必要な場合は,まず消失を防ぎ,実際の提供範囲は別に確定する。

第4 弁護士会照会と弁護士個人の依頼
1 弁護士会照会

弁護士法23条の2に基づく照会は,受任弁護士の申出を受けた弁護士会が審査し,弁護士会として必要事項の報告を求める手続である。
個人情報保護委員会の弁護士会照会に関するQ5-7は,これに回答して個人データを提供する場合,本人同意は不要と説明する。同時に,具体的な回答内容によってはプライバシー侵害による損害賠償が問題となるため,照会理由と情報の性質を踏まえた慎重な判断を求めている。

したがって,「本人同意がない」という理由だけで回答を拒む扱いと,「弁護士会照会だから全て渡す」という扱いの双方を避ける。関係のない人物の映像,長期間の行動履歴,私生活又は秘密に関わる情報が含まれる場合は,照会事項と必要性を確認し,不明点を弁護士会へ照会する。

2 弁護士個人からの依頼

弁護士の名刺,受任通知又は法律事務所からの依頼書があるだけでは,弁護士会照会と同じ扱いにはならない。個人データを提供する場合は,本人同意,適用できる別の例外,又は本人の代理人としての開示請求等の根拠を確認する。
依頼者が映っている本人の代理人である場合でも,他人の映像を含む全記録を当然に受け取れるわけではない。代理権,本人確認,請求対象及び第三者の権利利益を確認する。提供する会社自身が委任した弁護士への業務上の情報提供は,外部の当事者の弁護士への提供と区別して検討する。

(続きを読む...)防犯カメラ映像を警察・弁護士に提供するとき―捜査関係事項照会,弁護士会照会,第三者の映り込みと提供範囲(AI作成)

個人名・屋号を貸した後の事業譲渡―名板貸人は譲受人の債務まで負うか(AI作成)

目次第1 誰の、いつの債務かを先に確定する第2 旧商法と現行法で条文の対象が違う第3 最初の営業者への名義使用許諾第4 事業譲渡後の使用は改めて判断する第5 旧債務と新債務を混同しない第6 実務で収集する資料第7 名義人・譲受人が備えるべきこと第8 参照した一次資料と判断の範囲

名義を貸した相手が事業を第三者に譲り渡し、その第三者も同じ名前で取引を始めたとき、名義人はどこまで責任を負うのか。最初の使用許諾と譲渡後の使用を分けて判断する。以下は令和8年10月2日現在の法令に基づく整理である。平成15年度司法試験商法第2問のような旧法事案には、出題当時の条文を適用する。

第1 誰の、いつの債務かを先に確定する

甲がAに名称の使用を認め、AがBに事業を譲渡した場合、①甲とAの名義使用、②甲とBの名義使用、③AとBの事業譲渡という三つの関係がある。Aと取引したCの債権、譲渡後にBと取引したDの債権は、成立時期も責任根拠も異なる。

BがAの債務を負うかは、事業譲渡契約、商号続用、債務引受広告などの問題である。甲がBの新しい債務を負うかは、Bによる名義使用を甲に帰属させられるかという別の問題である。事業譲渡の事実だけで、甲のAへの許諾が当然にBへ移るわけではない。

第2 旧商法と現行法で条文の対象が違う

平成15年当時の旧商法23条は、自己の「氏、氏名又ハ商号」を他人に使用させて営業を行うことを許諾した者の責任を定めていた。著名人が個人名を貸した設例では、この文言が出発点となる。

現行の商法14条と会社法9条の文言は「自己の商号」である。単なる個人名やブランド名を貸しただけで、現行の両条を当然に直接適用できると書くのは正確でない。個人名を商号として用いているか、名義人自身が誤認を生む外観の作出に関与したかを個別に検討する。旧法の結論を現行法にそのまま移さない。

第3 最初の営業者への名義使用許諾

名板貸人の責任を検討するには、名義人がAによる営業上の使用を許諾した範囲、顧客から見た営業主体の表示、相手方の誤認を確認する。書面契約だけでなく、看板、広告、契約書、領収書、ウェブサイト、名義人の発言や関与も重要である。

名前が商品や店の品質を示すだけなのか、それとも甲自身が営業するように見せるものなのかを分ける。裁判所公開の平成15年2月28日判決では、ゴルフクラブの表示だけで結論を出さず、入会案内、通知、振込先、領収書に実際の契約主体が明示されていたことなどが検討された。個々の表示が誰を営業主体と示していたかが要点である。

第4 事業譲渡後の使用は改めて判断する

Aへの許諾があっても、Bがその許諾の相手方になるとは限らない。甲がBへの譲渡を承認したか、譲渡後の名称使用を明示又は黙示に認めたか、広告・開店・取引に関与したかを時系列で確かめる。単にBの使用を知らず、差止めをしていないだけで、黙示の許諾が成立したと即断してはならない。

逆に、甲が譲渡を知り、Bを自ら紹介し、甲の名を冠した新店舗の広告や取引書類を承認したなどの事情があれば、Aへの当初の許諾とは別に、Bとの関係で責任の基礎となるかを検討する。名義使用許諾が立証できない場合も、甲が営業主体について誤認を招く外観を自ら作ったかという問題は残る。ただし、外観への関与と第三者の誤認を具体的な証拠で示す必要がある。

営業者交替後の新債務を扱った大阪地裁昭和56年3月18日判決(昭和54年(ワ)第5278号、金商622号39頁、判例秘書L03650134)は、旧営業主が営業譲渡後も同じ場所・従業員・営業名による取引を続けさせ、取引先への通知が遅れた事情から旧商法23条の責任を認めた。ただし、判決は譲渡前に供給契約が成立した余地にも言及する。名義人・旧営業主と譲受人との関係、契約成立日を事案ごとに調べる必要がある。

東京地裁昭和62年4月30日判決(昭和59年(ワ)第12999号ほか、判時1266号31頁、判例秘書L04230148)は、店舗賃貸後に従前の看板・従業員を続用させた事案で黙示の名称使用許諾を認めた。反対に、東京地裁平成15年10月9日判決(平成14年(ワ)第27281号、判例秘書L05834154)は、相手方が被告個人を営業主と信じていなかったため名板貸責任を否定した。いずれも最初の名板借人から別人への典型的な三者間事業譲渡ではなく、許諾と誤認を個別に吟味する参考例である。

第5 旧債務と新債務を混同しない

Aと取引したCが甲に請求する場合、Cの取引時点で甲の名義がどう使われ、甲が何を許し、Cが誰を営業主体と理解したかを調べる。譲渡後にBと取引したDが甲に請求する場合は、Bの取引時点での甲の許諾又は外観作出への関与を別途立証する必要がある。Cに対する責任を認めることと、Dに対する責任を認めることは同義ではない。

一方、CがBにAの旧債務を請求する場合は、会社法22条、商法17条の商号続用責任や債務引受広告を検討する。商号以外の屋号や名称でも、それが営業主体を表示する機能を持つ場合には類推適用が争点となり得る。

最高裁平成16年2月20日判決は、ゴルフクラブ名の続用について、会員が同一主体による営業継続、又は主体は変わっても旧債務を引き受けたと信じることが無理からぬ場合を示し、譲受人が譲受後遅滞なく会員の施設優先利用を拒否したなどの特段の事情を検討させた。この判決は平成15年度試験の出題後のものであり、当時の判例として扱わない。

第6 実務で収集する資料

① 名称使用契約の原本、許諾範囲、譲渡・再許諾の条項
② AからBへの譲渡契約、効力発生日、甲への通知と回答
③ 譲渡前後の看板、広告、ウェブ画面、SNS、ドメイン、電話番号
④ C・Dそれぞれの契約書、請求書、領収書、振込先
⑤ 誰が店舗を運営すると説明したかを示すメール、案内、録音
⑥ 甲が名称使用を承認、宣伝、抗議又は中止要求した日時と記録
⑦ 債権者が当該表示をいつ見て、誰を営業主体と理解したかの資料

取引相手の誤認や、その認識に著しい落ち度があったかは、実際に相手方が接した資料に即して判断する。看板やウェブ画面の存在だけで誤認を推定せず、契約書や振込先に記載された主体との整合も調べる。

第7 名義人・譲受人が備えるべきこと

名義使用契約には、許諾する名称、用途、対象店舗、期間、事業譲渡時の扱い、再許諾の可否、表示の事前承認、終了後の撤去・周知を具体的に定める。譲渡時には、甲がBの使用を認めるかを改めて書面化する。認めない場合は、Bへの中止要求と、取引先に対する営業主体の明確な告知を検討する。

Bは、名称を続用する前に、甲の許諾、Aの旧債務、顧客・取引先への表示を調査する。営業主体の変更と旧債務の扱いを契約書、ウェブサイト、店頭表示、顧客通知で矛盾なく伝える。商号続用については法定の登記・通知の要件と時期も確認する。事業譲渡に伴う旧債権者の請求については、関連記事「事業譲渡で残存債権者は譲受会社に請求できるか」も参照されたい。

名義使用の許諾を撤回した後の表示撤去、営業主交替の通知と証拠保存については、関連記事「名板貸の許諾撤回・営業主交替後に何を止め、誰に知らせるか」で扱う。

関連する平成15年度旧司法試験の問題文・出題趣旨・模範答案は、平成15年度旧司法試験論文式試験の模範答案―憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の全12問と出題趣旨を踏まえた解説に掲載している。

第8 参照した一次資料と判断の範囲

① e-Gov法令検索・商法14条、17条、同・会社法9条、22条、23条。
② 最高裁平成16年2月20日判決本文(ゴルフクラブ名と旧債務)。
③ 裁判所公開の平成15年2月28日判決本文(表示・契約書類と名板貸責任)。

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取締役の競業取引を承認し損害を立証する実務――取締役会議事録・取引台帳・会社法423条2項(AI作成)

目次第1 兼任の承認と取引の承認を分ける第2 承認前に特定する取引1 会社の現実の事業と兼任先の取引を照合する2 在任期間と取引時期を確定する第3 取締役会に提出する資料と議事録1 重要な事実を具体化する2 議事録の記載例は事実に合わせる第4 損害賠償請求の組み立て1 請求原因と423条2項の位置付け2 顧客別・期間別に利益を計算する第5 相談時の確認順序と別論点第6 出典と調査範囲
第1 兼任の承認と取引の承認を分ける

取締役が競合会社の代表者を兼ねる場合,会社がその兼任を知っていたという事実だけで,兼任先の具体的な競業取引を承認したとはいえない。会社法356条1項1号は,取締役が自己又は第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき,その取引の重要な事実を開示して承認を受けることを求める。取締役会設置会社の承認機関は取締役会であり,取引後には重要な事実の報告も必要となる(365条)。

実務では,①誰がいつまで取締役であったか,②どの会社のために,誰と,何を取引したか,③承認の対象と範囲,④取引後の報告,⑤当該取引から得た利益を,別々の資料で確認する。本記事は令和8年10月2日時点の裁判所公開資料と判例秘書で確認した判決本文を基に,承認の準備と損害賠償請求の立証を扱う。兼任と競業取引の基本的な区別は関連記事で整理した。

第2 承認前に特定する取引
1 会社の現実の事業と兼任先の取引を照合する

定款の事業目的や兼任先への就任だけで結論を出さない。会社が現に扱う商品・役務,顧客,地域,時期と,兼任先が行おうとする取引を対比する。取締役が競合会社を代表して顧客と契約する場合も,兼任先のためにする取引として356条1項1号の対象となり得る。

大阪地裁令和5年4月17日判決25~27頁は,兼任先の請求書データの作成時期,振込先,取引相手の回答等を吟味し,在任中の契約締結も取引の申出も認めなかった。単なる兼任や営業上の接触から売買契約が成立したと推認しない。他方,勧誘の態様により秘密情報の持出し等が別途問題となり得る。同判決があらゆる勧誘を適法としたわけではない。

2 在任期間と取引時期を確定する

登記,選任・辞任に関する議事録,辞任届,会社との合意,報酬の終了日及び顧客別の契約日を1本の時系列に置く。大阪地裁令和7年4月24日判決47~49頁は,勤務と報酬が先に終わっていても,合意された辞任日までは取締役の義務が続くと判断した。同判決56~58頁は,在任中に始まった取引とこれに連続する退任後の取引について,因果関係が及ぶ期間を令和2年6月30日までと認定した。退任後の売上を一律に除外することも,全期間を算入することもできない。

第3 取締役会に提出する資料と議事録
1 重要な事実を具体化する

承認議案には,兼任先の商号・事業,対象の商品・役務,予定する顧客又は顧客群,地域,期間,価格決定の方法,原会社との競合の程度を記載する。取引が継続するなら,取引の類型と上限,条件が大きく変わった際の再審議の方法も示す。抽象的に「兼任を了承する」と記録するだけでは,後に問題となる取引が決議の範囲内か検証しにくい。これらは紛争予防のための記載事項の提案であり,会社法が一律の議事録文言を定めたという意味ではない。

当該取締役が決議について特別の利害関係を有するかを検討し,該当するときは議決に加えない(369条2項)。兼任の事実だけで個々の議案についての結論を決めず,兼任先での地位と当該取引の利益を記録する。取締役会非設置会社では,356条1項の承認機関は株主総会である。

東京地裁令和5年6月29日判決(令和3年(ワ)第7256号・第8178号,判例秘書L07832687)第3の2は,競業・利益相反取引の承認は原則として取引ごとに必要であり,同種同型の取引を反復継続する場合には合理的な限度を定めた包括承認が可能である一方,限度のない抽象的・概括的な承認は許されないとした。争われたのは,代表者が自己の支配する会社へ,方法を問わず利益を移せるとの合意であり,裁判所はそのような合意の存在も認めなかった。継続取引の承認をすべて否定した判決ではない。

東京地裁令和6年11月13日判決(令和2年(ワ)第15957号・第32403号・第32498号,判例秘書L07932270)は,両社の代表取締役を兼ねる者について,代表取締役への就任と競業行為を認める決議があっても,事業譲渡まで承認したものではないと判断した。また,ライセンス契約を追認する決議とは別に,不要なロイヤルティ負担や不正確な説明による任務懈怠を検討した。競業の承認と,貸付け・ライセンス・知的財産の移転等の利益相反取引の承認を,同じ議案に曖昧にまとめない。

承認の有無は議事録だけで機械的に判断しない。東京地裁令和6年1月31日判決(令和4年(ワ)第11964号,判例秘書L07930305)第3の3は,取締役会非設置会社で,無報酬の取締役が従前の個人事業を会社の設備で続けることにつき,連絡役への具体的な相談,供述の信用性,一人株主側が異議を述べなかった事情等から,一人株主の了承を認めた。単なる沈黙が常に承認になるという判断ではない。反対に,東京地裁令和7年3月13日判決(令和元年(ワ)第31100号・令和2年(ワ)第10745号・令和3年(ワ)第27359号,判例秘書L08030637)第3の3は,以前の出版活動を容認していたこと等から,会社の顧客を別の一般社団法人へ移す将来の取引まで一括して了承していたとは認めなかった。同事件の兼任先は一般社団法人であり,競合株式会社の代表取締役兼任の事例そのものではない。

2 議事録の記載例は事実に合わせる

例えば「取締役BはC社の代表取締役として,令和○年○月から○月まで,○地域で○商品を○顧客群へ販売する予定である。Bは予定取引の内容,価格条件及び当社事業との競合について資料○を示した。取締役会は,取引先・商品・期間及び金額上限○円を資料○で特定した範囲の取引を承認した。新規顧客群の追加,商品・期間・上限の変更は改めて審議する。原会社との貸付け,ライセンス又は事業・権利の移転は,本議案の承認対象に含めない」と記録し,実際に提出した資料を特定することが考えられる。決議への参加者,特別利害関係の判断,条件変更時の扱いも個別事情に応じて記録する。これは記載の発想を示す例であり,この文面だけで承認が有効になるとの保証ではない。

取引後は,365条2項に基づき,実際の相手方,契約日,売上・費用及び当初予定からの変更を報告する。承認を得た取引でも,会社への情報提供や善管注意義務が当然に免除されるわけではない。後者は東京地裁民事第8部の訴状記載例の注記にも示されているが,これは判決ではない。

第4 損害賠償請求の組み立て
1 請求原因と423条2項の位置付け

会社は,取締役の在任,会社の現実の事業,対象となる競業取引,必要な承認の欠如,損害を取引ごとに特定する。東京地裁民事第8部の訴状記載例10~13頁も,承認を得ていないことと,取締役又は競業会社がその取引によって得た利益を分けて記載する。

356条1項に違反して同項1号の取引をしたときは,その取引によって取締役又は第三者が得た利益の額が,会社の損害額と推定される(423条2項)。推定の対象は取引から得た「利益」であり,兼任先の総売上そのものではない。取引が認定されない場合や,在任期間外の取引について,同項による計算へ直ちに進むことはできない。

2 顧客別・期間別に利益を計算する

会社側は,契約書,見積り・発注書,請求書,入金記録,納品・役務提供記録,顧客との通信及び兼任先の会計資料を対応付ける。請求書データの作成履歴や取引先の回答も確認する。取締役側は,承認議事録,事後報告,対象外の顧客・期間の売上,取引に対応する費用を区分する。売上減少を主張する場合も,それが当該取引によるかを別途検討する。

大阪地裁令和7年4月24日判決55~58頁は,立証された1顧客との在任中の取引及びそれに連続する退任後の一定期間の取引に範囲を絞り,売上262万9110円と利益率約61.08%を基に利益160万5977円を算定した。別顧客との取引や調査費用はそのまま認めなかった。これは当該事件の証拠に基づく算定であり,他事件で一律に同じ算定期間や利益率を用いる根拠ではない。

東京地裁令和6年6月26日判決(令和3年(ワ)第479号・第27130号,判例秘書L07931067)第3の2・3は,クリエイティブ業務を行う取締役が個人で受託した8件について,会社の実際の業務内容を証拠から認定し,株主総会の承認がない競業取引と判断した。報酬合計1380万8700円を取締役の利益として423条2項の推定を適用し,顧客が会社には発注しなかったとの主張等による反証を認めなかった。これは個人受託の事例であり,兼任先の全売上を利益と扱ったものではない。

東京地裁令和5年6月29日判決第3の6は,会社の事業に属する匿名組合出資を,取締役が代表する別会社で無承認に行った事案で,実際の利益分配金から源泉所得税を控除した5290万6905円について423条2項による損害額の推定を認めた。他方,将来20年間の予定分配額を基にする請求のうち口頭弁論終結後の部分は,将来の給付の訴えの要件を満たさないとして却下した。実際に得た利益と将来の予定収益,出資払戻金を区別して資料を整理する。

損害の算定方法も区別する。東京地裁令和7年3月13日判決第3の5は,失った契約の1年分の収入から,履行に必要な外注費50%を控除して549万4186円の損害を認めた。この箇所は423条2項による競業先の利益額推定ではなく,会社の逸失利益の算定である。また,令和6年1月31日判決は,了承がないと仮定しても,従前から取締役個人の顧客であった取引先から会社が受注したであろう証拠がないとして,主張された損害との因果関係を認めなかった。

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競合会社の代表取締役を兼ねる取締役の競業取引――兼任・取引・承認・損害を分けて考える(AI作成)

目次第1 兼任の事実だけで結論を出さない第2 何が競業取引となるか1 会社の事業と取引の中身を対比する2 就任・準備・勧誘と取引成立第3 承認手続と兼任者の立場第4 取引が認められた裁判例と在任期間第5 損害と立証資料第6 依頼時の確認順序と関連論点第7 出典と確認範囲
第1 兼任の事実だけで結論を出さない

ある会社の取締役が、同業他社の代表取締役にも就任した場合、兼任という地位と、その他社のために具体的な取引を行うことを分けて検討する必要がある。
会社法356条1項1号が承認の対象とするのは、取締役が自己又は第三者のために「株式会社の事業の部類に属する取引」をしようとする場合である。
兼任の登記は取引の当事者と時期を調べる重要な端緒となるが、それだけで個々の競業取引の成立や損害額まで証明するものではない。

本記事は令和8年10月2日時点の裁判所公開資料と判例秘書で確認した判決本文を基に、取締役の任務懈怠責任を検討する手順を整理する。
同日の確認ではe-Gov法令検索の会社法本文を直接表示できなかったため、条文は逐語引用せず、裁判所の訴状記載例及び後掲の裁判所公開判決に照らして要点を示す。

第2 何が競業取引となるか
1 会社の事業と取引の中身を対比する

まず、兼任先の定款上の目的だけではなく、両社が現実に扱う商品・役務、顧客、地域、取引時期を確認する。
次に、問題の取締役が兼任先を代表して締結した契約、受注、納品など、どの行為を会社の事業の部類に属する取引と主張するのかを特定する。
第三者である競合会社のために取引した場合も356条1項1号の検討対象となる。

2 就任・準備・勧誘と取引成立

大阪地裁令和5年4月17日判決・令和3年(ワ)第11560号25頁~27頁は、原告会社の取締役が競合会社の代表取締役を兼ねた事案である。
裁判所は、在任中の売買契約の証拠とされた請求書データについて、ファイル作成時期、振込先、相手方の回答などを検討し、契約締結も取引の申出も認めなかった。
また、展示会の来場者への名刺交付や取引の勧誘について、在任中に取引が行われていなければ356条・365条違反の競業取引には当たらないとし、この事件では善管注意義務・忠実義務違反も認めなかった。

この判断から、単なる兼任や勧誘を直ちに「取引」と言い換えることはできない。
ただし、準備・勧誘の態様によっては秘密情報の持出しや忠実義務違反など別の問題が生じ得るし、個々の勧誘が取引の申出に至ったかは証拠に即して判断する必要がある。
同判決の結論を、在任中の顧客勧誘が常に適法という一般論に広げてはならない。

第3 承認手続と兼任者の立場

取締役会設置会社では、競業取引に先立ち重要な事実を示して取締役会の承認を受け、取引後にも重要な事実を報告する(会社法356条1項1号、365条)。
取締役会を置かない会社では、事前承認の機関は株主総会である。
兼任先の商号・事業、取引相手、商品・役務、地域、期間、価格その他の重要な条件を具体化し、取引前の議事録に残すことが実務上重要である。
「兼任を了承した」ことと「どの競業取引を承認したか」は同じではない。

取締役会の決議では、当該取締役の特別利害関係の有無を検討し、該当するときは議決に加えない(会社法369条2項)。
競合会社の代表者であるという事実を踏まえ、当該取引についての利害を議事録上明らかにして判断すべきである。
また、競合会社と元の会社が互いに契約する場合には、競業取引の問題とは別に、356条1項2号・3号の利益相反取引にも該当するかを検討する。

承認を得ても、顧客情報の流用や会社に対する説明不足が当然に免責されるわけではない。
東京地裁民事第8部の訴状記載例13頁も、承認済みの競業取引についてなお善管注意義務違反が問題となり得る旨を注記している。
これは訴状の記載例であり、個別事件の判決ではない。

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担保割れの賃貸マンションを破産管財人がどう処理するか――賃料差押え、任意売却、担保権消滅許可、財団放棄(AI作成)

目次第1 問題を四つに分ける第2 登記・契約・差押えを時系列に置く1 担保権者と債権者を特定する2 賃借人・賃料債権・差押命令を特定する3 融資時の賃借人調査と借主への義務を分ける第3 任意売却の資料を「売れる額」で整える第4 協議不調なら担保権消滅許可を検討する第5 財団放棄を検討するとき第6 交渉文書と時効に関する注意第7 資料と判断の順序第8 一次資料と確認範囲
第1 問題を四つに分ける

賃貸中の不動産が担保割れとなり,抵当権者が賃料を差し押さえ,任意売却のための担保権抹消にも応じない場合,破産管財人は何から検討すべきか。賃料からの回収,賃借権が売却価値に及ぼす影響,担保権を消して売る方法,破産財団からの放棄を別々に検討する必要がある。

担保権者が債権全額の弁済を条件に任意売却への協力を拒む場合も,それだけで拒否が違法になるわけではない。他方,協議が成立しなければ必ず財団放棄になるわけでもない。価格,費用,一般の破産債権者の利益及び担保権者の利益を資料で示し,法定の選択肢を検討する。

第2 登記・契約・差押えを時系列に置く
1 担保権者と債権者を特定する

登記事項証明書から所有権,抵当権の順位,抵当権者及び設定日を確認する。融資契約,保証契約,代位弁済通知等から,現在の債権者,被担保債権額及び抹消手続に関与する者を特定する。融資を行った者と登記上の抵当権者が異なる場合は,誰がどの権限で回答しているかも確認する。

2 賃借人・賃料債権・差押命令を特定する

賃貸借契約,賃借人への引渡し,賃料の支払先,管理委託契約及び差押命令・送達記録を並べる。賃借権の対抗力と買受人が承継する負担は物件評価の問題であり,所有者の賃料債権に対する抵当権者の物上代位とは区別する。賃貸借が抵当権設定より早いという一事だけから,賃料差押えが無効になるとはいえない。転貸借がある場合は所有者の原賃料債権と賃借人の転貸賃料債権も分ける。

裁判所は抵当権に基づく物上代位としての賃料差押えの手続を案内している。転貸賃料については抵当権者は転貸賃料を差し押さえられるかを参照されたい。

最二小判平成元年10月27日(昭和60年(オ)1270,判例秘書L04410095)は,抵当不動産の賃料について物上代位を認め,賃借人が供託した賃料の還付請求権にも行使できるとした。ただし,同判決は賃貸借と抵当権設定の先後を一般的に判断したものではない。最二小判令和5年11月27日(令和3年(受)1620,判例秘書L07810114)は,賃貸借・引渡しが抵当権登記に先行した事案で,登記後取得債権と差押え後の将来賃料債権についての相殺合意を抵当権者に対抗できないとした。賃料差押えを争うには,賃借人の占有だけでなく,差押対象・送達・相殺等の具体的抗弁を確認する。

3 融資時の賃借人調査と借主への義務を分ける

貸手が担保評価や与信審査のために賃貸状況を調べる必要性と,借主に対する私法上の調査・説明義務は同じではない。最一小判平成18年6月12日(平成16年(受)1219)は,返済計画に用いる土地売却可能性について銀行が当然に調査・説明する義務を負うとはせず,銀行担当者による計画書作成や売却への働き掛けの約束など,個別事情を審理すべきとして破棄差戻しとした。既存賃借人の調査義務は直接判断していない。

東京地判令和6年3月22日(令和4年(ワ)6868,判例秘書L07930797)は,投資用不動産融資について,銀行が借主のために提出資料や購入価格を原則として調査・説明する義務を否定した。担当者の資料改ざんへの関与・認識も立証されなかった。これも先行賃借人の調査義務を判断したものではない。貸手の実際の関与と認識,借主の知識・依拠,損害と因果関係を別々に証拠化する。

第3 任意売却の資料を「売れる額」で整える

査定額だけでなく,賃貸中の条件,賃借権の対抗関係,敷金,管理費・修繕積立金の滞納,固定資産税,原状回復・修繕,媒介費及び買主の融資可能性を明記する。複数の査定と具体的な買付けがあれば,その条件と有効期限も記録する。

担保権者には,任意売却の総額と費用控除後の額を示し,競売と賃料差押えを続けた場合の回収見込み,必要期間及び管理費用と比較する。「ローン全額では売れない」との意見だけでは,実現可能な売却価格や破産財団への利益を十分に示せない。売却に関する連絡と拒否理由は,日時,回答者及び提案条件を記録する。

破産管財人による不動産売却には,原則として裁判所の許可が必要である(破産法78条2項1号・3項)。登記された担保権の目的不動産を任意売却するときは,破産規則56条の担保権者への事前通知も確認する。これは任意売却の手続上の通知であり,通知だけで担保権が消えるものではない。

居住用ローンを投資目的に使った場合,借主が資金使途違反を認識していたかも別に確認する。東京地判令和5年2月6日(令和3年(ワ)22636,判例秘書L07830628)は借主がフラット35の自己居住要件違反を認識していた事案を扱うが,任意売却拒否の適法性は判断していない。残債全額を求める拒否についても,融資時の調査不足や担保割れだけで直ちに違法とはいえない。現在の担保権者の権限と拒否理由を確認し,具体的買付け・配分案を示す。詳しくは居住用ローンで投資用不動産を購入した場合の調査・説明義務と任意売却拒否を参照されたい。

第4 協議不調なら担保権消滅許可を検討する

破産法186条は,破産財団に属する財産を任意売却して担保権を消滅させることが破産債権者の一般の利益に適合するとき,管財人による裁判所への許可申立てを認める。ただし,担保権者の利益を不当に害すると認められるときは許されない。担保権者が任意売却に同意しない場合に検討する法定手段だが,担保割れや拒否だけで当然に許可される制度ではない。

申立ての検討には,買主,売得金,費用,財団組入れ額,担保権者への配分,査定の前提及び協議経過を具体化する。破産規則57条は交渉経過の記載を求め,裁判所が価額を明らかにする資料の提出を命じ得ると定める。担保権者には破産法187条・188条以下の担保権実行申立て・買受け申出などの手続保障がある。期間,費用及び見込まれる財団利益を踏まえ,破産裁判所の運用を確認する。

東京高決平成24年5月24日(平成24年(ラ)967,判例秘書L06720273)は,管財人が土地建物を一体として売却する破産法186条の申立てに対し,建物の一部に商事留置権を主張する者の同法188条の買受け申出を,土地利用権の欠如などの固有事情から権利濫用とした。具体的な買主・代金・配分案を示して手続を進めた事例として参考になるが,抵当権者が全額弁済を求めて任意売却に同意しないだけで権利濫用になるとの判断ではない。

第5 財団放棄を検討するとき

売却の実現可能性がなく,維持管理の支出や危険が財団利益を上回ると見込まれる場合は,権利の放棄を検討する。破産法78条2項12号・3項の許可要否と例外を確認し,管財人として収支,管理上の危険,賃借人・管理組合への対応及び所有者への説明を記録する。財団放棄によって,抵当権,賃貸借又は既存の賃料差押えが当然に消滅するとは扱わない。

破産規則56条が担保権者への2週間前の通知を定める放棄は,文言上「破産者が法人である場合」である。個人破産にこの規定をそのまま適用しない一方,個別の権利関係や裁判所の運用に照らして必要な連絡を検討する。

旧破産法下の法人破産について,最二小決平成16年10月1日(平成16年(許)5,判例秘書L05910081)は,任意売却への協力が得られず時価を大幅に超える被担保債権がある不動産を,管財人が別除権者に通知した上で財団放棄した事案を扱う。判示の中心は放棄後に旧代表取締役に対してした別除権放棄の意思表示の効力であり,個人破産の放棄後管理や賃料差押えの帰趨を直接決めるものではない。

第6 交渉文書と時効に関する注意

最高裁令和5年2月1日決定は,法人破産の事案で,管財人が別除権目的不動産の受戻し交渉等に際して被担保債権について債務を承認した場合の旧民法上の時効中断を扱った。交渉や放棄通知が常に承認に当たるとの判断ではない。債権の存否・額・時効に争いがある場合,根拠を確認せず債務を認める文言を用いない。現行民法の時効制度への当てはめは別途検討する。

第7 資料と判断の順序

(続きを読む...)担保割れの賃貸マンションを破産管財人がどう処理するか――賃料差押え、任意売却、担保権消滅許可、財団放棄(AI作成)

会社が別会社の債務を保証するときの取締役会決議と利益相反―確認資料と争い方(AI作成)

目次第1 結論と本記事の対象第2 多額の借財・重要な業務執行第3 利益相反取引との区別第4 取締役会の審査と議事録第5 金融機関等の確認事項第6 承認・決定を欠く場合の効力第7 紛争時の証拠と取締役の責任第8 関連記事第9 出典と確認範囲
第1 結論と本記事の対象

会社Aが別会社Cの銀行借入れを保証する場合,最初に①Aの保証が会社法362条4項2号の「多額の借財」又は同項柱書の重要な業務執行に当たり,取締役会の決定を要するか,②AとC又はAの取締役との具体的関係から,別途,356条1項3号の利益相反取引にも当たるかを分けて検討する。Cの債務は法人格上,取締役個人の債務ではない。「Aの取締役がCの役員・株主だから利益相反」と即断することも,「主債務者が別会社だから取締役会は不要」と即断することもできない。

本記事は取締役会設置会社を中心に,令和8年10月2日時点の会社法と公開一次資料を基礎として,契約前・訴訟前に確認すべき資料を整理する。会社法356条の評価には個々の利害関係と保証条件が必要であり,以下の事例評価は条文からの検討である。個別保証の効力を一律に結論付けるものではない。

第2 多額の借財・重要な業務執行

取締役会設置会社では,取締役会は重要な業務執行を決定し,そのうち「多額の借財」などを取締役に委任できない(会社法362条4項)。保証は会社に現実の借入金を入れる取引ではないが,主債務者が返済できなければ保証会社が支払う債務を負う。昭和56年の商法改正審議で政府委員は,旧商法260条2項の「多額ノ借財」に保証債務を含める趣旨を説明した。この国会答弁は旧法の立法資料であり,現行法の個別事案について多額性を自動認定する資料ではない。

多額性・重要性は保証限度額だけでなく,Aの総資産,売上高,純資産,既存保証残高,返済不能時の資金繰り,保証期間,求償権の回収見込み,反対給付及び通常の取引慣行と比較して判断する。金額が小さくても事業上重要な取引であれば同項柱書の問題が残る。逆に,金額だけから直ちに結論を出さず,決定時点の財務資料を保存する。

第3 利益相反取引との区別

会社法356条1項3号は,株式会社が取締役の債務を保証する場合を明示し,その他,取締役以外の者との間で会社と当該取締役との利益が相反する取引を対象とする。取締役個人が主債務者の保証と,別会社が主債務者の保証では,出発点が異なる。

例えばAの取締役BがCの監査役である,あるいはC株式を多数保有する場合は,BがCの資金調達から得る利益の内容と大きさを確認する。BがCの借入れを個人保証しているなら,Aの保証によってBの負担が軽くなる可能性がある。AがCから相応の保証料・担保を得るのか,Cの倒産時にAがどれだけ負担するのかも重要である。役職名や持株比率だけで356条1項3号該当性,特別利害関係,又は契約無効を確定させてはならない。

利益相反取引に当たると判断した場合,取締役会設置会社では重要事実を開示して取締役会の承認を得る(365条1項)。承認決議に特別の利害関係を有する取締役は議決に加われず(369条2項),取引後には重要な事実を取締役会へ報告する(365条2項)。利益相反に当たらない場合でも,362条4項の取締役会決定の要否は独立して残る。

BがCの代表取締役を兼ね,CがAと競合する商品を顧客へ販売するなら,その販売はBによる兼任先のための競業取引(356条1項1号)として別途検討する。他方,AがCの借入れを保証する行為は,Aにとっての間接利益相反取引(同項3号)の成否と,重要な業務執行に関する取締役会決定(362条4項)を検討する。兼任,Cの販売及びAの保証を一つの「承認」で処理しない。

第4 取締役会の審査と議事録

決議資料には,主債務者・債権者,借入額,保証限度額,保証期間,元本・利息・遅延損害金の範囲,担保,既存保証,求償権の保全,Aが保証する事業上の利益,Cの返済原資及びAの資金繰りへの影響を記載する。複数の保証があるときは個別額と合計負担額を示す。議事録には審議の対象となった契約書案,利害関係を申告した取締役,議決に参加した者,決議の結論を対応付ける。

Cの株主・役員との兼職関係は取引ごとに更新する。借入れの増額,保証の更新,担保の追加等があれば,当初決議の射程に入るかを契約書と決議文で再確認する。形式上の「包括承認」だけでは,後に争われる保証の条件を特定できないことがある。

第5 金融機関等の確認事項

保証を受ける金融機関等は,①保証会社の登記事項証明書と定款,②保証契約書・主債務契約書,③保証条件を特定した取締役会議事録,④取締役と主債務会社の役員・株主・個人保証関係,⑤会社規模と保証額の関係を示す資料を確認する。議事録がない,又は契約条件と食い違う場合は,その理由と追加確認の経過を記録する。代表取締役の「承認済み」という説明のみで決議の存在が証明されるわけではない。

特に保全申立てを予定する場合,被保全権利である保証債権の成立・有効性と,保全の必要性を分けて検証する。不当な仮差押えによる損害賠償リスクもあるため,決議欠缺の疑いを把握した経緯と調査結果を保存する。

第6 承認・決定を欠く場合の効力

最高裁昭和40年9月22日判決は,取締役会決議を要する一般の対外取引について,決議を欠いても原則有効とし,相手方が欠缺を知り又は知り得べかりし場合に無効とした。他方,最高裁大法廷昭和43年12月25日判決は,取締役が自己のためにした旧商法265条の取引につき,会社が第三者に承認欠缺による無効を主張するには,相手方が欠缺を知っていたことの主張立証を要するとした。両判決は対象と相手方の主観的要件の表現が異なる。

別会社の債務保証でどちらの法的経路が成立するかを先に特定する。356条の利益相反該当性を十分検討せず昭和43年判決を直接当てはめたり,利益相反の問題を昭和40年判決だけで処理したりしない。相手方の認識は,決議の提出要求,回答,稟議,契約の停止条件,人的関係など締結時の具体的証拠で検討する。

第7 紛争時の証拠と取締役の責任

会社側は,保証契約,借入契約,決議・議事録,財務諸表,取締役とCの関係,銀行等の照会記録を時系列で整理する。利益相反承認の欠缺と,多額の借財・重要な業務執行に関する決定欠缺は分けて主張する。銀行等は承認を確認した日時・担当者・受領資料を示す。決議がなかった事実だけで対外効を断定できない。

保証により会社に損害が生じたときは,取締役の任務懈怠に基づく会社法423条1項の責任を検討する。利益相反取引に該当する場合には同条3項の任務懈怠推定が問題となる。保証履行額全額を当然に損害とせず,保証料,主債務者からの回収,担保実行,求償権の価値を調べる。東京地裁の公開参考書式は,取締役個人債務の保証と競業取引の請求原因の立て方を示すが,別会社債務保証の全事案への答えを示すものではない。

第8 関連記事

①会社が取締役個人の債務を保証した場合―利益相反取引,取締役会決議と取引相手の確認事項
②不当な仮差押えによる損害賠償―過失の推認と担保からの回収
③競合会社の代表取締役を兼ねる取締役の競業取引
④取締役の競業取引を承認し損害を立証する実務

関連する平成15年度旧司法試験の問題文・出題趣旨・模範答案は,平成15年度旧司法試験論文式試験の模範答案―憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の全12問と出題趣旨を踏まえた解説に掲載している。

第9 出典と確認範囲

①e-Gov法令検索「会社法」356条,362条,365条,369条,423条。
②第94回国会衆議院法務委員会昭和56年4月21日会議録(保証債務と旧商法260条2項に関する政府答弁)。
③最高裁昭和40年9月22日判決全文。
④最高裁大法廷昭和43年12月25日判決全文。
⑤東京地方裁判所民事第8部・取締役の任務懈怠責任の参考書式。

令和8年10月2日,国会会議録及び裁判所公開資料を確認した。e-Gov法令検索は同日の確認時にメンテナンス中であり,会社法条文の掲載画面は再確認できていない。昭和40年・43年判決は旧商法下の判断であり,現行会社法への適用は対象を確かめて行う。判例秘書の網羅検索は本記事作成時に行っておらず,別会社の債務保証をめぐる後続裁判例の有無・射程は未確定である。

遺言による金銭信託の受益権を放棄した場合―代替取得者・遺産分割協議・課税関係(AI作成)

目次第1 問題の所在と結論第2 銀行の遺言信託と遺言による信託第3 信託が効力を生ずる時期第4 受益権放棄と遺言の代替条項第5 相続人全員の協議で変更する場合第6 相続税・贈与税の検討順序第7 設例による整理第8 実務上の確認資料第9 関連記事と出典
第1 問題の所在と結論

遺言に「一定の金銭を信託し,甲を受益者とする」と書かれているとき,甲が受益権を放棄することと,信託銀行に遺言執行を依頼しないことは別の行為である。遺言が「甲が受益権を放棄した場合は信託を設定せず,その金銭を乙らに分ける」と定めていれば,代替条項の文言,信託の効力が生じた時期,受託者への通知と引受け,乙らの取得原因を順に確認する必要がある。受益権の放棄だけで,常に遺産全体が未分割に戻るとはいえない。

税務上も「遺言を執行しなかったから贈与税はない」「全員で協議したから常に相続税だけである」とは決められない。遺言の代替条項による被相続人からの取得なのか,成立後の信託に関する権利の無償移転なのか,信託終了による残余財産取得なのか,別の取得原因なのかを,民事上の経過とともに検討する。本記事は一般的な整理であり,代替条項を伴う遺言による信託の受益権全部放棄について,同一事実関係の税務判断を示した裁決・判決を確認したものではない。

第2 銀行の遺言信託と遺言による信託

銀行の商品名である「遺言信託」は,遺言書の保管・遺言執行等のサービスをいうことがある。他方,信託法3条2号の遺言による信託は,遺言により受託者に財産を管理・処分させ,受益者に受益権を与える制度である。一つの遺言に両方が登場することもあるため,銀行が「遺言執行者」なのか「受託者」なのかを条項ごとに特定する。遺言執行契約を解約しても,それだけで信託の設定条項や代替取得者の指定が消えるわけではない。

第3 信託が効力を生ずる時期

信託法4条2項は,遺言による信託は遺言の効力の発生によって効力を生ずると定める。受託者への送金を信託の成立時点と当然に捉えてはならない。受託者となるべき者が引き受けない場合は信託法5条の手続と遺言の代替条項を確認する。受託者の不引受けと受益者の放棄は当事者も法的効果も異なる。

信託法4条4項は,信託行為に停止条件又は始期が付されている場合,その成就又は到来によって信託が効力を生ずると定める。したがって,遺言の効力発生時に当然に信託が効力を生ずるという原則と,条項に基づく例外を区別する。受託者への送金前であるという事実だけでは,信託が未発効であることの根拠にならない。

第4 受益権放棄と遺言の代替条項

信託法99条1項は,受益者が信託行為の当事者である場合を除き,受託者に対する意思表示によって受益権を放棄できるとし,同条2項は放棄した者が初めから受益権を有しなかったものとみなす。したがって,放棄の相手方,時期,書面の到達を記録する必要がある。もっとも,この民事上の遡及効から,あらゆる税務関係が自動的に相続開始時に遡って決まると即断できない。

遺言に「受益者が放棄した場合は信託を設定しない」とあるときは,その文言が信託設定の条件・失効事由をどう定めるか,既に効力を生じた信託の扱いをどう整理するかが問題となる。さらに,代替条項が指定する取得者と割合を確認する。代替条項により他の相続人が金銭を取得するなら,単に「信託をやめる」案でも,遺産全体の取得割合が変わり得る。

遺言本文に「受益権を放棄した場合は信託を設定せず,金銭を指定した者に取得させる」とある一方,遺言に組み込まれた別紙信託条項に「受益権放棄により信託が終了し,残余財産を指定した者に分配する」とある場合,両条項の整合性を検討しなければならない。前者は遺言者からの直接の代替取得を,後者は効力を生じた信託の終了と残余財産の取得を示す読み方があり,同じ取得者・割合であっても取得原因は同じとは限らない。本文と別紙の一体性,適用順序,信託の効力発生条件,放棄の意思表示の到達及び執行状況を確認する。このような併存条項に対する判断を,文言の一部又は送金の有無だけで確定しない。

第5 相続人全員の協議で変更する場合

遺言と異なる最初の相続人全員の協議を行う場合,預貯金,証券,不動産を財産別に特定し,信託に充てる予定の金銭と受益権の扱いも明記する。遺言執行者への指図だけで,既に生じた受益権や受託者との法律関係を変更したことにはならない。必要な受益者・受託者の意思表示や信託行為の変更・終了の可否を別途検討する。

国税庁No.4176は「特定の相続人に全部の遺産を与える」遺言と異なる全員協議の例であり,金銭信託の代替条項と受益権放棄が組み合わさる事例を直接判断していない。金融資産だけ遺言どおり執行して残りを協議する場合には,財産ごとの取得時点・取得原因・金銭の移動を追える資料を残す。

第6 相続税・贈与税の検討順序

相続税法9条の2第1項は,受益者等が適正な対価を負担せずに信託に関する権利を取得した場合,信託の効力が生じた時に,委託者から贈与又は遺贈により取得したものとみなす。受益者が後に放棄し,別の人が対価なしで利益を受けるなら,同条2項・3項・4項のどの場面に当たるかを調べる。国税庁の相続税法基本通達9の2-4は,一部の権利の放棄・消滅後に他の受益者等が取得したものとみなされる場合を説明する。国税庁の解説は全部放棄にも同様の課税関係が生じ得ると述べる一方,信託の終了事由にもなり得るとする。

遺言の代替条項によって遺言者から直接金銭を取得する場合は,その相続又は遺贈について相続税を検討する。一方,受益者等の存する信託が終了し,他の者が適正な対価を負担せずに残余財産を受けるべき又は帰属すべき者となる場合には,相続税法9条の2第4項により,終了直前の受益者等からの贈与とみなされることが問題となる。終了直前の受益者等であった取得者が,従前の信託に関する権利に相当する残余財産を取得する部分は除かれる。従前の受益者等の死亡に基因する終了の場合は,みなし遺贈となる。遺言者の死亡後に受益者が放棄したというだけで,その終了が受益者等の死亡に基因するものになるわけではない。

相続税法基本通達9の2-5は,同項の対象を,信託行為で指定された残余財産受益者等に限定していない。受益権を他の相続人へ譲渡する契約がなくても,信託終了と残余財産取得によるみなし贈与の問題は残る。信託法99条2項の民事上の遡及効と,税法上の取得時点・移転元の判定を同一視しない。ただし,遺言本文の不設定条項と別紙の終了条項が併存する場合に,どちらの取得原因として取り扱うべきかを直接判断した同一事実関係の裁決・判決は,本記事で確認できていない。上記の一般規定だけから個別事案の贈与税を確定しない。

第7 設例による整理

遺言者が金銭の一部を信託してAを受益者とし,「Aが受益権を放棄するときは信託を設定せず,その金銭をA・B・Cに所定割合で取得させる」と定めたとする。まずAが放棄しなければ,原則としてAの受益権と受託者の地位を確認する。Aが放棄する場合は,放棄の意思表示と到達,代替条項の発動,金銭の帰属を確認する。B・Cが金銭を取得するなら,Aが放棄したこととB・Cが無償で利益を得たことの税法上の関係も検討する。A・B・Cがその後に遺産全体の別の配分を協議する場合は,先の取得と後の協議を時系列で記録する。

例えば,本文が放棄時の金銭の直接取得を定め,別紙が放棄による信託終了と同じ割合の残余財産分配を定める設例では,まず双方の条項を対照して取得原因を確定する。直接の相続・遺贈と整理できる場合は相続税の検討となり,既に効力を生じた信託の終了と整理される場合は相続税法9条の2第4項を検討する。金銭額に分配割合を掛けただけで,各取得者の贈与税の課税価格が直ちに確定するわけではない。信託終了直前の受益者等,従前の権利に相当する部分の除外,財産評価及び取得時点を確認する。

第8 実務上の確認資料

確認する資料は,①遺言全文と変更遺言,②信託設定条項・放棄時の代替条項,遺言本文と別紙信託条項の対応表,停止条件・始期及び終了条項,③遺言執行者と受託者の就職・引受け・辞退資料,④受益権放棄書と受託者への到達記録,⑤信託口座と一般の遺産口座の移動記録,⑥全員協議書案,⑦相続税評価資料と申告書の取得者別内訳である。協議前の段階では,放棄や送金を先行させることで選択肢が変わらないかを確かめる。

第9 関連記事と出典

関連記事:清算型遺言の清算金から信託を設定する場合,遺言を一部執行し残りを遺産分割協議で変更する場合,遺言と異なる遺産分割協議はできるか。

法令:信託法3条,4条,5条,99条,163条,164条,182条。相続税法9条の2。
国税庁:相続税法基本通達9の2関係,同通達9の2関係の解説,信託終了時の課税に関する通達解説,タックスアンサーNo.4176。

会社の破産と解雇予告手当―財団債権か優先的破産債権か,東京地裁・大阪地裁の運用と申立前の支払(AI作成)

目次第1 この記事の対象と結論1 対象と基準日2 結論第2 解雇予告手当の基本1 労働基準法20条2 予告なしに解雇した場合の効力3 付加金第3 破産手続での位置づけ1 関係する条文2 二つの考え方3 全国の運用第4 東京地方裁判所の運用第5 大阪地方裁判所の運用第6 破産手続開始後に解雇した場合第7 申立前に支払う場合1 未払賃金立替払制度の対象にならない2 滞納税金がある場合3 付加金の危険を避ける意味4 東京地裁平成26年判決が示す限界第8 実務で確認する事項第9 関連記事第10 出典1 法令2 裁判例3 文献第11 確認状態
第1 この記事の対象と結論
1 対象と基準日

本記事は,会社が破産するに当たって従業員を解雇する場合に,解雇予告手当が破産手続でどう扱われるか,破産手続開始の申立ての前に支払ってよいかを整理する。
法令は,判例秘書の現行法令アーカイブ(令和8年8月1日現在の法令データ)で条文を確認し,最高裁判所の判決は裁判所ウェブサイトで確認した。
裁判所ごとの運用は,裁判官等が執筆した実務書の原本で確認した。
東京地方裁判所の運用は『破産管財の手引〔第2版〕』(平成27年)で確認しており,その後の版は確認していない。

2 結論

①予告期間を置かず予告手当も支払わない解雇は,即時解雇としては効力を生じないが,使用者が即時解雇に固執する趣旨でない限り,通知後30日を経過するか予告手当を支払った時に効力を生ずる(最高裁昭和35年3月11日判決)。
②破産手続開始前に解雇した従業員の解雇予告手当が,財団債権となる「給料」(破産法149条1項)に当たるか,優先的破産債権となる「雇用関係に基づいて生じた債権」(民法308条)にとどまるかは争いがあり,裁判所ごとに運用が分かれている。
③東京地方裁判所は,破産管財人が「給料」に当たるとして財団債権の承認許可を申し立てれば,これを適法なものと認める運用をしている。
④大阪地方裁判所は,解雇予告手当は「給料」に当たらないとしつつ,破産法101条1項(労働債権の弁済許可)を類推適用して,配当手続によらずに弁済できるとしている。
⑤破産手続開始後に破産管財人が解雇した場合の解雇予告手当は,財団債権(破産法148条1項8号)となる。
⑥解雇予告手当は未払賃金立替払制度の対象にならない。
そのため,申立前に労働債権の一部しか支払えない場合には,解雇予告手当から支払うことが望ましいとする実務書がある。
⑦滞納公租公課が残る場合でも解雇予告手当の先行支払に不当性・有害性がないとする実務上の考え方はあるが,無条件の安全港ではない。労働者性,支払根拠・適正額,財団充足見込み及び判断資料を支払前に確認する必要がある。

第2 解雇予告手当の基本
1 労働基準法20条

労働基準法20条1項は,「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。」と定めている。
ただし書は,天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合又は労働者の責めに帰すべき事由に基づいて解雇する場合を除外している。
会社の資金繰りが行き詰まって破産を申し立てる場合は,通常この例外には当たらないと考えられるため,即時に解雇するなら解雇予告手当の支払が問題になる。

2 予告なしに解雇した場合の効力

最高裁判所第二小法廷昭和35年3月11日判決(昭和30年(オ)第93号,民集14巻3号403頁)は,使用者が予告期間を置かず,予告手当の支払もしないで解雇の通知をした場合,その通知は即時解雇としては効力を生じないが,使用者が即時解雇を固執する趣旨でない限り,通知後30日の期間を経過するか,又は予告手当の支払をしたときに解雇の効力を生ずるとした。
破産を申し立てる状況では,従業員は解雇の効力を争わず,解雇予告手当を請求するのが通常であるとされている(『破産管財の手引〔第2版〕』210頁)。

3 付加金

労働基準法114条は,裁判所が,同法20条等に違反した使用者に対し,労働者の請求により,未払金のほかこれと同一額の付加金の支払を命ずることができ,この請求は違反のあった時から5年以内にしなければならないと定めている。
前記の最高裁判所昭和35年3月11日判決は,付加金の支払義務は労働者の請求により裁判所が支払を命ずることによって初めて発生するものであるから,使用者が予告手当に相当する金額の支払を完了した後は,労働者は付加金の請求をすることができないとした。

第3 破産手続での位置づけ
1 関係する条文

破産法149条1項は,「破産手続開始前三月間の破産者の使用人の給料の請求権は、財団債権とする。」と定めている。

(続きを読む...)会社の破産と解雇予告手当―財団債権か優先的破産債権か,東京地裁・大阪地裁の運用と申立前の支払(AI作成)

土地の実測面積が売買契約より不足したときの請求と証拠―旧数量指示売買・現行契約不適合責任(AI作成)

目次第1 まず契約日と面積表示の意味を確かめる第2 旧法の数量指示売買と不足面積1 数量指示売買に当たるか2 代金減額・解除・損害賠償第3 現行法では契約不適合の内容と救済を分ける1 追完,代金減額,損害賠償,解除2 1年通知と消滅時効を混同しない第4 実務でそろえる証拠1 契約上の面積と実際の面積2 利用目的と損害第5 通知・請求の順番と関連する記事第6 出典と判例の射程
第1 まず契約日と面積表示の意味を確かめる

土地の登記簿上の面積(公簿面積)より実測面積が小さくても,その差だけで代金減額や損害賠償が決まるわけではない。まず,①いつ売買契約を結んだか,②売主が一定の実測面積を契約内容として引き受けたか,③不足面積とその影響をどの資料で示せるかを分ける。令和2年4月1日より前の契約には改正前民法,それ以後の契約には現行民法を基本として適用する(平成29年法律第44号附則34条1項)。

「公簿売買」「実測売買」という契約書の表題だけで判断せず,地積の記載,単価と総額の決め方,実測清算条項,説明資料,交渉経過及び買主の利用目的を併せて読む。境界未確定や測量方法の違いもあり得るため,不足面積の数字自体も図面と測量成果で確かめる。

第2 旧法の数量指示売買と不足面積
1 数量指示売買に当たるか

改正前民法565条の数量指示売買とは,実際に一定の数量があることを確保するため,売主が契約でその数量を表示し,その数量を基礎として代金を定めた売買をいう。最高裁平成13年11月22日判決の全文転載は,契約書が「公簿面積」と記していた土地についても,住宅敷地としての購入,坪単価による代金交渉,双方の面積認識,説明資料等から数量指示売買を認めた。公簿面積の記載だけで一律に結論を出した判決ではない。このリンクは裁判所原本ではなく,裁判所掲載判決に基づく転載資料である。

2 代金減額・解除・損害賠償

買主が不足を知らなかった場合,改正前民法565条は同563条・564条を準用する。買主は不足割合に応じた代金減額を求められ,不足部分がなければ契約しなかったと認められる場合には解除も問題となる。代金を全額支払済みなら,減額で過払いになった部分の返還請求も組み立てる。損害賠償は減額・解除と別に検討する。どの請求も,旧564条の「事実を知った時から1年以内に行使」という期間に注意する。これは現行566条の「通知」と同じではない。

最高裁昭和57年1月21日判決は,面積の表示が代金額決定の基礎にとどまり,契約目的を達する上で特段の意味を持たない場合,表示面積があれば得られたはずの土地値上がり益の賠償を認めなかった。したがって転売利益等を請求するなら,面積が利用計画にどのような意味を持ち,その利益がどのように得られたかを具体的に主張立証する。同判決は全ての面積不足について損害賠償を否定したものではない。

第3 現行法では契約不適合の内容と救済を分ける
1 追完,代金減額,損害賠償,解除

現行民法562条1項は,種類・品質・数量が契約内容に適合しないとき,不足分の引渡し等の追完を認める。ただし,土地の一部を追加で引き渡せるとは限らない。563条の代金減額は原則として相当期間を定めた追完の催告とその不履行を要し,追完不能や明確な拒絶など同条2項の事由があれば催告を要しない。損害賠償は564条・415条,解除は564条・541条・542条に沿って,帰責事由や不履行の程度など各要件を別に検討する。旧法の数量指示売買に関する結論を現行法へそのまま移さない。

2 1年通知と消滅時効を混同しない

現行民法566条の「知った時から1年以内の通知」は,条文上,種類又は品質の不適合に限られ,数量不足には及ばない。ただし,無期限に請求できるという意味ではない。追完・損害賠償等の請求権については民法166条の消滅時効を,代金減額・解除については形成権の性質と各行使要件を確認する。商人間の売買なら商法526条の検査・通知,契約に実測清算や責任期間の特約があればその文言も別に調べる。期間全体は契約不適合責任の期間制限で整理している。

第4 実務でそろえる証拠
1 契約上の面積と実際の面積

売買契約書・重要事項説明書・広告・媒介資料・価格交渉の記録を時系列に並べ,どの面積が売主の表示で,単価・総額とどう結び付いたかを確認する。登記事項証明書,公図,地積測量図,境界確認書,現況測量図,確定測量図及び測量者の説明から,不足の有無と測定条件を検証する。隣地との境界争いがあるときは,単なる面積計算と所有権の範囲の争いを分ける。

2 利用目的と損害

住宅建築なら配置図,建ぺい率・容積率の計算,設計変更,許認可又は融資条件,転売なら売却交渉や費用の記録を確保する。面積不足により契約目的が達せられない,あるいは特定の利益を失ったという主張は,契約時に共有された目的と,不足から結果までの因果関係を示して初めて検討できる。値上がり率に不足面積を掛けただけの損害計算では,上記昭和57年判決の問題を超えられない。

第5 通知・請求の順番と関連する記事

不足が分かったら測量の根拠と発見日を記録し,適用法・契約条項・請求の種類を確定する。売主への連絡には不足面積,根拠資料,求める追完・減額・解除・賠償を区別して記載し,到達の証拠を残す。旧法の1年内の権利行使や,現行法の請求権の時効を見越して,必要な手続を遅らせない。売主側は,契約書の文言に加え,面積の保証・価格決定・買主目的について実際に何を説明したかを復元する。

実測面積が逆に超過した場合は,数量指示売買で実測面積が超過したときを参照されたい。超過と不足では出発点となる請求権が異なる。

関連する平成15年度旧司法試験の問題文・出題趣旨・模範答案は,平成15年度旧司法試験論文式試験の模範答案―憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の全12問と出題趣旨を踏まえた解説に掲載している。

第6 出典と判例の射程

①民法・改正前法令を含む時点指定563条~565条,及び現行民法166条,415条,541条,542条,562条~566条。
②民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則34条1項。
③最高裁平成13年11月22日判決・全文転載(旧565条の数量指示売買該当性。本記事のリンク先は転載資料)。
④最高裁昭和57年1月21日判決・裁判所PDF(面積表示が代金算定の基礎にとどまる事案の値上がり益)。

本記事は令和8年10月2日現在の確認資料に基づく。個別事件の結論は,契約時期,面積表示の合意内容,測量の確かさ及び請求する損害の立証で変わる。

(続きを読む...)土地の実測面積が売買契約より不足したときの請求と証拠―旧数量指示売買・現行契約不適合責任(AI作成)

犬を避けて転倒した事故の損害賠償――飼主・散歩者・自転車運転者の責任と証拠(AI作成)

目次第1 まず誰に、どの根拠で請求するか1 犬の占有者と管理を引き受けた人2 自転車運転者、使用者、複数の責任者第2 接触しない転倒についての最高裁判例1 犬を避けた児童の転倒――昭和58年判決2 犬が驚いた散歩者の転倒――平成元年判決3 犬と二輪車が接触した事例第3 過失相殺と被害者の事情第4 事故直後に確保する証拠と請求の進め方1 事故態様を復元する資料2 損害と保険を分けて確認する第5 出典と射程

犬にかまれたり接触したりしていなくても、犬の動きが原因で人が転倒した場合には、飼主等が損害賠償責任を負うことがある。反対に、犬が驚いて人が倒れたという結果だけで、近くを通った自転車の運転者に過失があるとはいえない。事故直前の犬・自転車・歩行者の位置と動き、誰が犬を管理していたかを分けて調べる必要がある。

第1 まず誰に、どの根拠で請求するか1 犬の占有者と管理を引き受けた人

民法718条1項は、動物の占有者がその動物の加えた損害を賠償する責任を負うと定める。占有者が動物の種類・性質に応じて相当の注意をもって管理したときは免責される。同条2項は、占有者に代わって動物を管理する者にも同じ責任を定める。

「飼主」という呼び名や所有名義だけで責任者を決めず、普段の飼育、事故時の散歩の委託、リードの保持、犬の行動を制御できた者と範囲を確認する。占有者が散歩を他人に任せた場合、占有者の責任が当然に消えるわけでも、リードを一時的に持った人が当然に718条2項の管理者になるわけでもない。委託の内容と管理の実態を調べる。最高裁昭和40年9月24日判決(昭和39年(オ)1336号・判例秘書L02010338)は、占有者と保管者の責任を検討した事例であり、対象動物は馬である。犬の散歩への当てはめは個別判断となる。

2 自転車運転者、使用者、複数の責任者

自転車運転者については民法709条により、具体的な通行状況に照らした注意義務違反と転倒との因果関係を検討する。接触の有無だけで結論は出ない。業務中の散歩などで使用者がいる場合は、別に民法715条の「事業の執行について」等の要件を調べる。家族・雇用・委託という呼称だけでは足りない。

各人について718条、709条、715条などの責任が成立した後に、行為の関連性と一個の損害を検討して民法719条の共同不法行為を論じる。719条が独立の責任根拠の不足を常に補うわけではない。被害者への賠償範囲と、支払った者同士の内部負担も分ける。一般的な整理は共同不法行為の要件・過失相殺・求償関係を参照されたい。

第2 接触しない転倒についての最高裁判例1 犬を避けた児童の転倒――昭和58年判決

最高裁昭和58年4月1日第二小法廷判決(昭和57年(オ)993号)では、7歳の児童が自転車で通行中、飼主の手を離れた小型犬が道路上で児童に近づき、児童が操縦を誤って転落し左眼を失明した。最高裁の多数意見は、犬を怖がる児童がおり、犬が飼主の手を離れればこのような事故も予測できないことではないとして、民法718条の責任を認めた原審を是認した。犬と児童が接触した事案ではない。

もっとも、犬の動作と受傷との相当因果関係を否定する反対意見がある。多数意見も、犬を見た人が転んだすべての場合に飼主が責任を負うという一般命題を示してはいない。犬の位置・動き、道路の幅、被害者との距離、回避行動、転倒までの時間を確かめる必要がある。判決本文は裁判所掲載情報を基にした上記の複製資料で確認し、判例秘書L03810042とも照合した。

2 犬が驚いた散歩者の転倒――平成元年判決

最高裁平成元年10月27日第二小法廷判決(昭和62年(オ)209号)では、自転車が犬2匹を連れた歩行者と接触せずに追い抜いた後、犬が驚いて不規則に動き、歩行者が転倒した。最高裁は、雨の中で傘と犬2匹を持って歩く不安定な姿勢や、犬の反応を一般に予測し難いことを重視し、特段の事情もないとして自転車運転者の不法行為上の注意義務違反を否定した。

これは非接触での追越しの事案であり、自転車が犬に衝突した場合や、犬の異常な動きを事前に知っていた場合の結論を直接定めていない。事故態様が違えば、速度、側方間隔、視認可能性、制動・回避の余地を改めて評価する。判決本文は上記複製資料と判例秘書L04410096で照合した。

3 犬と二輪車が接触した事例

最高裁昭和56年11月5日第一小法廷判決(昭和56年(オ)523号)は、檻から出した犬が公道へ飛び出し、原動機付自転車に接触して運転者が転倒・負傷した事案で、飼主の718条責任と過失相殺を是認した。接触事例の結論を、そのまま非接触の事例へ当てはめないことが重要である。

第3 過失相殺と被害者の事情

民法722条2項の過失相殺では、転倒前に被害者が危険を認識できたか、進路・速度・姿勢をどう選んだか等を具体的に検討する。昭和58年判決は、児童側の事情も事故原因として争われた事案であるが、最高裁が「犬を避けたら常に何割減額する」と示したものではない。平成元年判決では、自転車運転者の過失自体が否定されており、認容額を過失相殺で調整した判決ではない。

被害者の障害、疾病、犬への恐怖感などの属性から直ちに過失割合を決めない。まず事故回避行動への具体的な影響を認定し、損害の拡大を問題にする場合は、医学資料等を踏まえて素因減額の可否を別に検討する。同じ事情を過失相殺と素因減額で二重に引かない。素因減額の要件・判例・主張立証と計算方法も参照されたい。

関連する平成15年度旧司法試験の問題文・出題趣旨・模範答案は、平成15年度旧司法試験論文式試験の模範答案―憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の全12問と出題趣旨を踏まえた解説に掲載している。

第4 事故直後に確保する証拠と請求の進め方1 事故態様を復元する資料

現場の道路幅、勾配、見通し、犬と人・自転車の位置、リードの長さ、ブレーキ痕、転倒地点を写真・動画と現場図で残す。防犯カメラやドライブレコーダーは保存期間を確認し、目撃者の連絡先と事故直後の説明を記録する。犬の種類・大きさ・普段の行動だけでなく、事故時に誰がリードを持ち、どのように犬を制御していたかを確認する。

2 損害と保険を分けて確認する

診療録、画像、休業・収入資料、介護や通院の記録を集め、受傷と事故との関係、治療経過、後遺障害を検討する。犬の飼主側の個人賠償責任保険、自転車側の賠償責任保険、被害者自身の傷害保険等について、それぞれ被保険者・事故の範囲と保険金の填補対象を約款で確認する。保険の有無と法的責任の有無は別問題である。

複数の相手へ請求する場合は、各相手の責任根拠、請求する損害項目、既払金、共同不法行為と内部負担の主張を整理する。事故直後の説明で「犬がぶつかった」「自転車がぶつかった」「驚いて避けた」を混同すると、判例の当てはめが変わるため、証拠で確かめる。

第5 出典と射程

法令はe-Gov法令検索の民法の709条、715条、718条、719条、722条を参照した。裁判例は最高裁昭和40年9月24日・昭和56年11月5日・昭和58年4月1日・平成元年10月27日判決を確認した。リンクしたRETIO資料は裁判所掲載情報を基にした判決本文の複製であり、裁判所の現行掲載URLではない。各判決は上記の事実関係について判断したものであり、個別事件の責任割合や保険適用をそのまま決めるものではない。

東京国税局の税理士専門官だより(令和4年~令和6年)-税理士等情報せん,にせ税理士,国税OB税理士の業務制限及び調査妨害(AI作成)

目次第1 この記事の対象と資料1 税理士専門官だよりとは2 この資料を読むときの注意第2 税理士等情報せん1 作成を求める場面と主な違反行為2 作成の流れ3 情報せんの活用第3 にせ税理士への対応1 にせ税理士とは2 端緒の例3 税理士事務所職員と記帳代行業者ができる業務4 税理士証票の確認5 想定される違反行為と罰則6 にせ税理士に関する裁判例第4 退職した税務職員の業務制限1 税理士法42条の内容と趣旨2 「職の所掌に属すべき事件」の範囲3 期間の数え方と違反の具体例4 違反の効果と広告の表示第5 調査妨害への対応1 調査妨害の類型と税務職員の対応例2 調査非協力との区別3 記録の重視と受忍義務第6 令和4年度改正の紹介第7 弁護士及び依頼者にとっての意味第8 資料確認の範囲と限界第9 出典・関連記事1 検討した資料2 法令及び告示3 裁判例4 関連記事
第1 この記事の対象と資料
1 税理士専門官だよりとは

本記事は,東京国税局の税理士専門官が局内及び管内税務署の職員向けに発行している「税理士専門官だより」のうち,令和4年分から令和6年分までの各号を読み,税務署が税理士法違反をどのように把握し,懲戒処分や告発につなげようとしているかを整理するものである。
調査の基準日は令和8年10月2日である。

当サイトに掲載している写しは,令和4年分(12頁),令和5年分(16頁)及び令和6年分(15頁)の3点である。
各号には,7月の第1号から翌年6月の第5号までの通し番号と,「特別号」又は「号外」があり,文書分類は「共通(法令・通達)」,「情報通信類」とされている。

主な号と題名は次のとおりである。
①令和4年2月第3号「にせ税理士防止月間」,令和4年3月第4号「退職した税務職員に対する税理士業務の制限」,令和4年5月第5号「「税理士事務功績者」への表彰」,令和4年5月特別号「税理士法の一部が改正されました。」,令和4年7月第1号「「税理士等情報せん」を作成しましょう」,令和4年11月第2号「「税理士証票」を確認していますか?」
②令和5年2月第3号「にせ税理士防止月間」,令和5年3月第4号「退職した税務職員に対する税理士業務の制限」,令和5年6月第5号「「税理士事務功績者」への表彰」,令和5年6月特別号(令和5年4月施行の改正の紹介),令和5年7月第1号「「税理士等情報せん」はこうして活用されます!」,令和5年11月第2号「「税理士証票」を確認していますか?」
③令和6年2月第3号「その人、本当に税理士ですか??」,令和6年3月第4号「退職した税務職員に対する税理士業務の制限」,令和6年6月第5号「「税理士事務功績者」への表彰」,令和6年6月号外「税理士の調査妨害には、「毅然とした対応」と「詳細な記録」を!」,令和6年7月第1号「税理士等に対する懲戒処分の実施に向けて」,令和6年11月第2号「調査最盛期!増える調査妨害に向けて」

2 この資料を読むときの注意

税理士専門官だよりは,東京国税局の職員に向けた内部の広報であり,税理士や納税者に対する法令上の義務を定めたものではない。
証拠資料の具体例,表彰を受けた職員が把握した違反の内容,調査妨害に対する税理士調査側の対応等は黒塗りとなっており,その部分は本記事でも扱わない。
表彰を受けた職員の氏名と所属は掲載されているが,本記事では記載しない。

各号に書かれた条文の説明には,現行法と異なる部分がある。
例えば,罰則の「懲役」は,令和7年6月1日から拘禁刑に改められている。
本記事では,税理士専門官だよりの記載と,現行の税理士法及び財務省告示で確認できる事項とを区別して記載する。
本記事で引用した税理士法の条文は,e-Gov法令検索がメンテナンス中であったため,判例秘書の現行法令アーカイブ(令和8年8月1日現在)で確認した。

第2 税理士等情報せん
1 作成を求める場面と主な違反行為

各号に共通する依頼は,税理士法違反行為に関する情報を把握したときは,違反事実に限らず「疑い」も含めて,速やかに「税理士等情報せん」を作成することである。

違反行為を把握する場面として,次の3つが挙げられている。
①調査・滞納整理事務
②面接,電話,投書等による情報提供
③申告書の収受や郵便開封事務(申告書の「控」の送付先が,納税者でも関与税理士でもない第三者の住所である場合など)

主な違反行為として紹介されているのは,次の4類型である。
①脱税相談等をした場合の懲戒(税理士法45条):脱税相談・指示等,事実に反することを知りながら正しくない内容の申告書を作成すること
②信用失墜行為の禁止(同法37条):税理士本人(税理士が代表者である法人を含む。)の脱税や申告漏れ,関与先の書類を預かったまま申告を怠る業務懈怠,令和6年分からは調査妨害
③非税理士に対する名義貸しの禁止(同法37条の2):非税理士が作成した税務書類への署名押印

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税理士の懲戒処分の手続と量定-税理士懲戒処分等事務取扱規程,聴聞事務取扱規程及び税理士事務提要を現行法で読む(AI作成)

目次第1 この記事の対象と資料1 取り上げる資料2 資料を読むときの注意第2 懲戒処分の種類と対象となる行為1 懲戒処分の種類2 脱税相談等をした場合の懲戒(税理士法45条)3 一般の懲戒(税理士法46条)4 税理士法人と通知弁護士第3 端緒の把握から処分までの流れ1 端緒の把握2 実態確認と税理士法上の調査3 税務署長の報告から財務大臣への進達まで4 予告通知と弁明又は聴聞5 国税審議会への諮問と処分6 公告と国税庁の公表第4 処分の量定1 財務省告示の総則2 類型ごとの量定3 量定についての裁判例第5 処分の効力と処分後の措置1 効力の発生時期2 処分を受けた税理士への説明事項3 登録抹消の制限,除斥期間及び税理士であった者に対する決定第6 不服申立てと取消訴訟第7 実務上の着眼点1 税理士の不正を疑う依頼者から相談を受けた場合2 懲戒の手続に付された税理士を代理する場合3 通知弁護士として税理士業務を行う弁護士第8 公開後に確認した事項と確認の範囲1 公開後に確認した事項2 なお確認できていない事項第9 出典・関連記事1 検討した資料2 法令及び告示3 裁判例4 関連記事
第1 この記事の対象と資料
1 取り上げる資料

本記事は,税理士に対する懲戒処分が,税務署での端緒の把握から財務大臣の処分と公告に至るまで,どのような手続で行われるかを,国税当局の内部規程と現行法に沿って整理するものである。
調査の基準日は令和8年10月2日である。

中心となる資料は,当サイトに掲載している次の4点である。
①税理士懲戒処分等事務取扱規程(昭和57年7月8日大蔵省訓令特第13号。平成25年7月時点の写し)
②税理士法聴聞事務取扱規程(平成7年4月13日大蔵省訓令特第8号。平成25年7月現在の写し)
③税理士法事務取扱規程(昭和26年12月22日国税庁訓令特第29号。平成25年7月時点の写し)
④国税庁総務課の税理士事務提要(表紙は平成14年7月。本文は平成20年から平成23年までの事務運営指針等を引用しており,その頃までの改正を反映した版である)

税理士事務提要は,国税局及び税務署で税理士事務を担当する職員の標準的な事務手続を定めたものであり,総則,税理士会,情報の収集,調査等,指導,懲戒処分等,税理士法52条違反への対応,税理士登録に係る確認等,臨時の税務書類の作成等の許可,通知弁護士等,退職予定者に対する指導等,犯罪収益移転防止法及び中小企業等協同組合の各章から成る。
当サイトに別に掲載している「税理士事務提要(平成14年7月)」のPDFも,各頁の画像が④と同じであり,別の版ではない。

2 資料を読むときの注意

上記①から④までは,いずれも平成25年頃までの内容であり,その後の税理士法の改正を反映していない。
本記事では,資料に書かれた手続と,現行の税理士法,行政手続法,行政不服審査法及び財務省告示で確認できる事項とを区別して記載する。

特に注意すべき違いは,次の4点である。
①税理士業務の停止の上限は,資料では「1年以内」であるが,現行の税理士法44条2号は「二年以内」である。
②処分に対する不服申立ては,資料の通知書様式では財務大臣に対する異議申立てであるが,現行法では審査請求である。
③懲戒処分の公告は,資料では官報によるものとされているが,現行の税理士法47条の4は,財務省令で定める方法により閲覧できる状態に置く措置と官報による公告の両方を求めている。
④税理士であった者に対する「懲戒処分を受けるべきであつたことについての決定」(同法48条)と懲戒の除斥期間(同法47条の3)は,資料の作成後に設けられた制度である。

本記事で引用した税理士法,行政手続法及び行政不服審査法の条文は,e-Gov法令検索がメンテナンス中であったため,判例秘書の現行法令アーカイブ(令和8年8月1日現在)で確認した。

第2 懲戒処分の種類と対象となる行為
1 懲戒処分の種類

税理士法44条は,「税理士に対する懲戒処分は、次の三種とする。」とし,「戒告」,「二年以内の税理士業務の停止」及び「税理士業務の禁止」を掲げる。
処分をするのは財務大臣である(同法45条,46条)。

税理士業務の禁止の処分を受けた者は,処分を受けた日から3年を経過するまで税理士となる資格を有しない(同法4条6号)。
これに対し,業務の停止の処分を受けた者は,停止期間の満了によって税理士業務を再開することができる。

2 脱税相談等をした場合の懲戒(税理士法45条)

税理士法45条1項は,税理士が「故意に、真正の事実に反して税務代理若しくは税務書類の作成をしたとき、又は第三十六条の規定に違反する行為をしたとき」は,「二年以内の税理士業務の停止又は税理士業務の禁止の処分をすることができる」と定める。
同条2項は,「相当の注意を怠り、前項に規定する行為をしたとき」は,「戒告又は二年以内の税理士業務の停止の処分をすることができる」と定める。

(続きを読む...)税理士の懲戒処分の手続と量定-税理士懲戒処分等事務取扱規程,聴聞事務取扱規程及び税理士事務提要を現行法で読む(AI作成)

所有権留保の新しいルール―譲渡担保法109条~111条の対抗要件,留保所有権の実行と売買契約の解除,倒産解除特約と附則16条(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 対象と基準日2 結論第2 所有権留保契約の範囲1 売主が留保する型と第三者が留保する型2 対象は動産(登録自動車を含む)第3 対抗要件(109条)1 原則は引渡し2 代金債務等だけを担保する場合(109条2項)3 拡大された所有権留保4 所有権留保登記と附則5条2項第4 他の担保権との競合1 動産譲渡担保権と留保所有権の競合(111条3項)2 代金債務だけを担保する留保所有権の優先と,拡大された所有権留保の劣後3 留保買主による処分と重ねての担保設定第5 留保所有権の実行と売買契約の解除1 現行法(判例)2 施行後の実行の方法3 解除との併存4 実行と解除の比較5 引渡命令を使った後の解除第6 倒産手続での扱い1 別除権・更生担保権と中止命令2 倒産解除特約の無効(110条)3 110条の射程4 附則16条(施行前の特約)第7 自動車の所有権留保1 登録が対抗要件2 信販会社が留保する型と最高裁判例3 サブディーラーから買ったユーザー4 駐車場に置かれた自動車第8 経過措置の一覧第9 契約と実務の確認事項1 売主(留保売主)の側2 信販会社等(第三者が留保する型)の側3 買主(留保買主)の側第10 関連記事第11 出典1 法令2 裁判例3 立法資料・国会会議録4 公的資料
第1 本記事の対象と結論
1 対象と基準日

本記事は,代金を完済するまで売った物の所有権を売主や信販会社に残しておく所有権留保について,令和7年に成立した「譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律」(令和7年法律第56号。以下「譲渡担保法」という。)が定めるルールを整理する。
対象は,機械・在庫・自動車などを所有権留保付きで売る売主,代金を立て替えて所有権の留保を受ける信販会社等,留保付きで買う事業者と,その倒産事件に関わる者である。

譲渡担保法の条文は,令和8年9月29日にe-Gov法令検索で取得した未施行の条文と,法務省が掲載している法律の本文で確認した。
立法の経緯は,法制審議会担保法制部会の部会資料・議事録,法務省民事局参事官室「担保法制の見直しに関する中間試案の補足説明」(令和5年1月)及び国会の会議録で確認した。
最高裁判例は裁判所ウェブサイトで確認した。

譲渡担保法は,附則1条により,一部の規定を除き,公布の日(令和7年6月6日)から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行される。
令和8年9月29日の時点では,施行日を定める政令はe-Gov法令検索では確認できなかった。
施行されるまでは,所有権留保は現行の判例法理によって処理される。

2 結論

①譲渡担保法の所有権留保契約には,売主が自ら所有権を留保する型(2条16号イ)と,信販会社等の第三者が代金を支払って所有権を留保する型(同号ロ)がある。
目的物は動産であり,登録自動車も含まれる。

②所有権留保は,原則として引渡し(登記・登録が対抗要件となる動産では,留保売主等を所有者とする登記・登録)がなければ第三者に対抗できない(109条1項)。
ただし,代金の支払債務やその立替払による償還債務だけを担保する所有権留保は,引渡しがなくても対抗できる(同条2項)。
他の債務も担保する「拡大された所有権留保」は,動産譲渡担保と同じく対抗要件が必要になる。

③所有権留保には,動産譲渡担保の規定が広く準用される(111条1項)。
留保所有権を実行するときは,帰属清算・処分清算の通知,見積価額,2週間の猶予,清算金の支払といった動産譲渡担保の実行のルールに従う。

④他方,法務省の中間試案の補足説明は,留保所有権の実行と売買契約の解除を「異なる制度として併存させる」ことを前提に,両者の関係について規定を置かないとしている。
売主は,代金の不履行があれば,実行と解除のどちらを選ぶこともできる。
解除なら清算金は要らないが受け取った代金を返すことになり,実行なら代金は返さないが清算金が生じることがある。

⑤留保買主について再生手続・更生手続の申立て又はその開始の原因となる事実が生じたことを解除事由とする特約は,無効になる(110条)。
ただし,対象は売主が自ら留保する型(2条16号イ)に限られ,破産手続開始の申立てを理由とする特約は対象になっていない。

⑥110条は,施行日前にされた特約には適用されない(附則16条)。
施行前に結んだ契約の倒産解除特約は,施行後も,最高裁昭和57年3月30日判決等の判例により個別に効力が判断される。

⑦自動車の所有権留保では,留保売主等を所有者とする登録が対抗要件であり,代金債務だけを担保する場合でも,登録なしで対抗できる特例は使えない。

第2 所有権留保契約の範囲
1 売主が留保する型と第三者が留保する型

譲渡担保法2条16号は,所有権留保契約を次の2つの型に分けて定義している。

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組織再編税制の適格判定と欠損金の引継制限―東京国税局審理課「組織再編税制一問一答」(平成24年6月)の41問と現行法との違い(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 対象とする資料2 結論第2 一問一答の構成第3 共通事項1 支配関係と完全支配関係2 適格か非適格かは選べない3 資産等の移転の取扱い4 「同一の者」と「一の者」第4 適格合併の判定1 3つの類型と対価要件2 外国法人が株主である子会社同士の合併3 合併後に合併法人が他社から資本参加を受ける場合4 無対価合併5 合併後に更に合併を予定している場合6 事業規模要件の比較期間7 三角合併と親法人株式第5 適格分割と現物出資1 無対価分割は分割型分割か分社型分割か2 孫会社への無対価分割は適格にならない3 分割後の資本参加と分割後の合併4 「主要な資産及び負債」の判定5 外国法人による国外資産の現物出資第6 未処理欠損金額の引継ぎと制限1 引継ぎの原則と繰越期間2 引継制限がかからない3つの場合3 設立日を基準にする場合の除外4 制限される欠損金額5 支配関係の起算は当事者の間で見る6 合併法人自身の欠損金額の使用制限第7 包括的否認規定(法人税法132条の2)1 一問一答の問72 最高裁平成28年2月29日の2判決3 5年を超える支配関係があっても否認された下級審の例4 実務上の意味第8 合併後の会計処理・申告・消費税1 棚卸資産の評価方法2 減価償却資産の取得日と償却方法3 申告期限の延長4 消費税第9 一問一答と現行法の主な違い第10 実務上の判断手順と注意点1 判断手順2 注意点第11 本記事で扱わない事項第12 関連記事第13 出典1 本記事で読んだ資料2 法令・通達3 裁判例
第1 本記事の対象と結論
1 対象とする資料

本記事は,当ブログに掲載している次の資料を読んで,組織再編税制(合併,分割,現物出資等に係る法人税等の取扱い)の実務上の要点を整理するものである。
基準日は令和8年10月1日である。

東京国税局課税第一部審理課「組織再編税制一問一答(平成24年6月)」

資料は,冒頭の「組織再編税制関係インデックス」4頁と,41問の一問一答から成る全115頁のスキャンPDFである。
インデックスの各行には,掲載区分として「組織再編税制一問一答(平成24年6月)」,作成部署として「東京国税局課税第一部審理課」と記載されており,インデックスの欄外には「2013/9/11」の印刷日時が付いている。
各問は【質問】【回答】【解説】【関係法令通達】の順で書かれ,末尾に「平成23年7月1日現在の法令・通達に基づいて作成しています。」という注記がある。

以下,この資料を「一問一答」と呼び,問の番号はインデックスの番号(001から041まで)に従って「問1」のように示す。
一問一答は,国税局の職員が作成した解説資料であり,法令でも国税庁長官の通達でもないので,納税者や裁判所を拘束するものではない。
もっとも,課税庁の担当部署が組織再編税制をどのように読んでいるかを具体例で示している点で,実務上の参考になる。

本記事では,一問一答の結論が現在も使えるかを確かめるため,法人税法,法人税法施行令及び消費税法施行令の現行条文を照合した。
照合には,判例秘書の「現行法令アーカイブ」(画面の表示では「令和8年8月1日 現在の現行法令」)を用いた。
本記事の作成時は,e-Gov法令検索がシステムメンテナンス中で利用できなかったため,e-Govでの照合はしていない。

2 結論

結論は次のとおりである。
①組織再編成が適格か非適格かは,法令の要件に当たるかどうかで決まり,納税者が選ぶことはできない(問3)。
②適格要件は,合併等の当事者の関係(完全支配関係,支配関係又は共同事業)ごとに異なり,再編後に資本関係が変わる予定や,再編後に更に合併する予定があるときは,その予定まで含めて判定する(問8,問11,問12,問18から問22まで)。
③未処理欠損金額の引継ぎと合併法人自身の欠損金額の使用は,5年前の日からの支配関係又はみなし共同事業要件がなければ制限され,設立日を基準にする特例にも,制限を免れるための迂回を封じる除外規定がある(問25から問34まで)。
④形式的に要件を満たしても,組織再編成を利用した租税回避と認められると,法人税法132条の2により否認され得る(問7)。
最高裁判所は,平成28年2月29日の2つの判決で,その判断基準を示している。
⑤一問一答は平成23年7月1日現在の法令に基づくので,欠損金額の繰越期間(現在は10年),無対価合併・無対価分割の適格要件,再編後の再編の扱い,親法人株式のみなし譲渡の項番号,減価償却の方法等は,現行法に読み替えて使う必要がある。

第2 一問一答の構成

一問一答の41問は,インデックスの分類によると次のとおりである。

分類問主な内容共通問1~問5支配関係と完全支配関係,適格・非適格の選択の可否,資産等の移転の取扱い,「同一の者」と「一の者」合併問6~問12,問14,問15,問25~問34合併の適格判定,三角合併,未処理欠損金額の引継ぎと制限分割問16~問23,問38無対価分割,分割後の資本参加・合併,主要な資産負債,新設法人の償却率現物出資問24外国法人による現物出資その他問13,問35~問37,問39~問41事業規模要件,棚卸資産・減価償却資産,申告期限の延長,消費税
第3 共通事項
1 支配関係と完全支配関係

一問一答は,「支配関係」を,一の者が法人の発行済株式等の50%を超えて直接又は間接に保有する関係と,一の者との間にその関係がある法人相互の関係であると説明する(問1)。
「完全支配関係」は,これを100%にしたものである(問2)。

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中小M&Aにおける弁護士報酬の決め方―仲介・FA手数料との違い,取引額連動報酬と委任契約書(AI作成)

目次第1 この記事の対象と結論第2 仲介・FAと弁護士の仕事を分ける1 仲介・FAの手数料について公表されていること2 弁護士が担う法律事務第3 弁護士報酬を決める規律1 経済的利益は考慮要素の一つである2 基準,見積り,説明及び委任契約書第4 報酬方式を選ぶ1 時間制,固定額及び工程別固定額2 取引額連動と併用第5 取引額連動報酬の算定基礎を具体化する1 何を「取引額」と呼ぶか2 価格調整,分割実行及び不成立第6 裁判例の射程1 報酬額の合意がない訴訟委任2 事業譲渡額を基礎とした民事再生事件第7 受任前と請求時の確認手順1 依頼者と弁護士が受任前に確認すること2 進行中と請求時に確認すること第8 確認できることと残る資料上の限界第9 出典・関連記事
第1 この記事の対象と結論

本記事は,中小企業の株式譲渡・事業譲渡に関与する弁護士の報酬を,仲介者・フィナンシャル・アドバイザー(FA)の手数料と区別して検討する。調査基準日は令和8年10月1日である。上場会社の大型買収における報酬相場や外国法律事務所の時間単価を示すものではない。

結論は,取引額だけを先に見て報酬を決めるのではなく,①誰のために,②どの工程で,③どの法律事務を担当し,④どの危険を分析・交渉し,⑤取引中止時に何を清算するかを先に定めることである。時間制,固定額,工程別固定額,取引額に連動する報酬及びこれらの併用にはそれぞれ適する場面と注意点がある。いずれを選んでも,報酬額の適正妥当性と受任時の説明が必要となる。

第2 仲介・FAと弁護士の仕事を分ける
1 仲介・FAの手数料について公表されていること

中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)は,仲介者・FAの着手金,月額報酬,中間金,成功報酬及び最低手数料を説明する。同ガイドライン63頁~65頁によれば,成功報酬にレーマン方式を用いる場合でも,譲渡額,移動総資産額,純資産額など「基準となる価額」の選び方によって手数料は変わる。表面上の料率だけを比べても,実際の支払額は比較できない。

同ガイドラインが説明するのは仲介・FAの業務と手数料である。弁護士報酬の法定料率,標準額又は適法性を定めた資料として使うことはできない。登録支援機関が公表する標準的な手数料体系も,個々の案件で現実に支払われた額と同一ではない。

仲介者が取引の相手方から受ける手数料も確認しておく必要がある。中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)に関するQ&A(④No.4)は,相手方が支払う手数料の額は依頼者の利益に影響する構造にあるとして,仲介者に,相手方の手数料に関する事項も契約締結前に説明するよう求めている。同Q&A(⑩No.1)は,両当事者から手数料を受領する仲介者である旨の説明も求めている。依頼者自身が負担する手数料,相手方の手数料及び弁護士への報酬を分けて確認し,同ガイドラインの仲介・FAの説明を弁護士報酬の料率規制に読み替えない。仲介・FA契約の締結前の確認事項は「中小M&Aの仲介・FA契約を締結する前に(AI作成)」で整理している。

2 弁護士が担う法律事務

弁護士への依頼には,法務デュー・ディリジェンス(DD),発見した危険の評価,株式譲渡契約・事業譲渡契約の作成又は審査,表明保証・補償・解除・価格調整の交渉,クロージングの法的確認,契約後の紛争対応などがあり得る。依頼者が譲渡側か譲受側かによって,重点も異なる。中小M&Aガイドライン(第3版)34頁~35頁及び50頁も,法的問題や契約後のトラブルに関して弁護士への相談を想定している。

仲介・FAと弁護士が同じ取引に参加しても,担当する仕事の範囲と依頼者に対する責任は一致しない。報酬を比較するときは,紹介・候補探索・条件調整・法務DD・契約交渉・税務・登記の担当者を一枚の業務表に分け,それぞれの見積りが何を含むかを確認する。

候補先を実際に探し,依頼者の条件に合う相手との接点を作る業務には,契約審査とは異なる時間と成果がある。比較する際には,単に誰かを紹介したのか,候補の調査,絞込み,接触及び条件調整まで行うのかを具体化する。契約書を作る作業時間だけを比較して,探索業務の価値又は報酬の適否を判断しない。

弁護士への依頼に候補探索を含める場合は,対象となる事業・地域・取引条件,探索期間,候補先の調査方法,接触の範囲及び報告の頻度を委任契約書に記す。依頼者の名称や非公開情報をいつ誰に示してよいか,秘密保持契約を誰が締結するか,依頼者を拘束する提案を行う権限があるかも定める。成約相手の選択,価格及び取引実行は,依頼者の判断と必要な社内決裁に戻す。

探索への固定報酬・月額報酬・成功報酬を設ける場合は,各報酬がどの業務に対応するかを説明する。候補が見つからない場合,中途終了,他の経路での成約,探索だけを他の支援機関へ依頼する場合の費用と成果物の引継ぎも合意する。法務DDや契約交渉の見積りと区別することで,重複した請求の確認ができる。

取引相手の候補探索と,弁護士への依頼者紹介は,同じ行為ではない。実際の役務への対価と,依頼者紹介への謝礼は区別して確認する。弁護士職務基本規程13条は依頼者紹介への対価の授受を禁止し,12条は弁護士等でない者との報酬分配を制限する。名称を「FA業務」又は「探索支援料」に変えたことだけでこれらの問題が解消するものではない。誰が依頼者のために何を行い,誰から誰へ何の対価が支払われるかを確認する。以上の業務分解は契約設計上の提案であり,特定の報酬契約の適法性を一律に認めるものではない。

第3 弁護士報酬を決める規律
1 経済的利益は考慮要素の一つである

日本弁護士連合会の弁護士の報酬に関する規程2条は,経済的利益,事案の難易,時間及び労力その他の事情に照らし,報酬を適正かつ妥当なものとするよう求める。弁護士職務基本規程24条も,適正かつ妥当な弁護士報酬の提示を求める。取引額は一つの要素であるが,それだけで報酬が決まるわけではない。

この二つの規程は,すべてのM&A法律事務を時間制で受任するよう命じていない。他方,取引額の一定割合を合意すれば,個別の事情を問わずその額が適正になるとも定めていない。本記事では,報酬方式の選択と,選んだ金額・算定過程の適正妥当性を分けて考える。

2 基準,見積り,説明及び委任契約書

報酬規程3条は,事務所に備える報酬基準に種類,金額,算定方法,支払時期等を明示するよう求める。4条は,依頼を検討する者から申出があった場合,内容に応じた見積書の作成・交付に努めるものとする。5条は受任時の報酬・費用の説明及び委任契約書の作成を規律し,同条4項は業務の表示と範囲,報酬の種類・金額・算定方法・支払時期,委任の終了前に解除できる旨並びに中途終了時の清算方法を記載事項とする。職務基本規程29条及び30条も受任時の説明と委任契約書を規律する。

M&Aでは作業範囲と取引条件が途中で変わり得る。契約書に報酬の名称だけを書くのでなく,初期見積りの前提,追加業務の発注方法,費用が増える際の連絡・再協議方法を明示することが,後日の認識違いを減らす。

第4 報酬方式を選ぶ
1 時間制,固定額及び工程別固定額

時間制では,担当者ごとの単価,対象作業,見込時間,報告単位,予算上限又は超過時の連絡方法を決める。調査資料や交渉回数が読みにくい案件では作業量に対応しやすいが,依頼者は総額を予測しにくい。受任時の見込みを大幅に超えそうなときに,理由と今後の見込みを共有する運用が重要である。

固定額では,含まれる工程,対象契約書,DDの対象資料,交渉回数,成果物及び対象外事項を明確にする。工程別固定額では,基本合意,DD,最終契約,クロージング等に分け,各段階の開始・終了と次段階へ進む際の合意を定める。いずれも範囲外の追加作業を曖昧にしたまま進めない。

2 取引額連動と併用

取引額に連動する報酬を検討するときは,取引規模だけでなく,担当業務,難易,作業量,依頼者が得る利益,途中で取引が消滅する可能性を一緒に評価する。固定額又は時間制と成約時報酬を併用する場合は,既払額を成約時報酬に充当するかも決める。

譲受側では,単純に買値が高いほど報酬が増える方式が,値下げの交渉や買収見送りの助言と利益の方向を異にする可能性がある。これは特定の方式を一律に違法とする記述ではなく,報酬の誘因を契約設計時に点検するための実務上の視点である。

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特定財産承継遺言と異なる最初の相続人全員の協議――登記原因と課税関係(AI作成)

目次第1 検討の対象と結論1 「最初の協議」であることの意味2 本記事の資料上の限界第2 まず確認すべき判決・裁決1 最高裁平成3年4月19日判決――遺言による取得の時点2 さいたま地裁平成14年2月7日判決――最初の全員協議の民事上の効力3 最高裁平成22年12月16日判決――中間の権利移転を省略する登記の限界4 国税不服審判所の裁決――後のやり直しを「最初の協議」と混同しない第3 事例別にみた協議の位置付け1 特定財産承継遺言があり、執行・登記前に最初の全員協議をする場合2 全遺産を一人に取得させる遺言を、最初の分割で変更する場合3 一部の財産について遺言を執行し、残部だけを協議する場合4 遺言どおりの取得後、又は最初の分割後に変更する場合5 金銭信託の代替条項がある場合第4 登記原因の検討1 民事上の有効性と登記原因は別の確認事項である2 登記前に確認する資料第5 課税関係の検討1 真正な代償分割である場合2 別個の低額譲渡・贈与と評価される場合3 後の再分割・申告訂正の場合第6 実務上の確認順序1 合意前に作る資料第7 出典
第1 検討の対象と結論
1 「最初の協議」であることの意味

特定の財産を特定の相続人に「相続させる」と定めた遺言がある場合でも、相続開始後、相続人全員がその財産を別の相続人に取得させることについて最初に合意することがある。この合意を、有効な遺産分割として扱えるか、遺言によりいったん取得した相続人からの贈与・交換・譲渡として扱うべきかは、登記と税務の双方に影響する。
結論を先に述べると、「全員による最初の協議」という形式だけで登記原因や課税関係が一律に確定するわけではない。遺言の文言、対象財産の範囲、遺言執行の状況、全員の合意内容、対価の性質及び従前の申告・登記を分けて確認する必要がある。

2 本記事の資料上の限界

本記事で確認した裁判例・裁決には、特定財産承継遺言がある不動産について、最初の全員協議により別の相続人が代償金を支払って取得した事案の登記原因と相続税・贈与税・所得税のすべてを一体として確定したものはない。民事上の協議の効力を認めた判決を、直ちに税務又は登記の先例として扱うことはできない。
以下では、資料が直接判断した事項と、実務上検討すべき事項を区別する。

第2 まず確認すべき判決・裁決
1 最高裁平成3年4月19日判決――遺言による取得の時点

最高裁平成3年4月19日判決は、特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言について、特段の事情がない限り、その遺産は被相続人の死亡時に直ちに当該相続人に承継されると判断した。後の協議を検討する出発点は、遺言によるこの権利移転である。
もっとも、この判決自体は、その後の相続人全員による最初の合意の効力、登記原因又は課税関係を判断したものではない。

2 さいたま地裁平成14年2月7日判決――最初の全員協議の民事上の効力

同判決の事案では、土地全部を一人の相続人に相続させる遺言があったが、相続人全員は、別の相続人に土地の74%、残る二人に各13%を帰属させる内容の協議をした。裁判所は、遺言が協議を禁じておらず、第三者の権利も害しないなどの事実関係の下で、協議の効力を認めた。判決は、その合意に贈与や交換を含む混合契約の性質があり得ることにも触れた上で、通常の遺産分割と同様に取り扱うことが適切と述べている。
これは当該協議の民事上の効力に関する判断である。登記申請の原因を一律に「遺産分割」とできることや、贈与税・譲渡所得税が生じないことまで判示したものではない。また、代償金を伴う事案の税務を判断したものでもない。

3 最高裁平成22年12月16日判決――中間の権利移転を省略する登記の限界

同判決は、贈与を受けた者が死亡して相続が生じた事案について、贈与と相続という中間の権利移転を飛ばし、最終取得者に「真正な登記名義の回復」を原因として直接移転登記をすることは認められないとした。
これは特定財産承継遺言と全員協議の事案ではない。したがって、同判決をそのまま当てはめることはできないが、実際に生じた権利移転と異なる登記原因を便宜的に選べないことを検討する資料となる。

4 国税不服審判所の裁決――後のやり直しを「最初の協議」と混同しない

平成17年12月15日裁決では、有効に成立した最初の遺産分割の後で、錯誤を理由に再分割したと主張された事案につき、贈与税の課税が維持された。平成23年12月6日裁決は、全財産を各2分の1とする遺言、相続税申告後の紛争及び遺留分をめぐる和解に関するもので、相続税法55条等の適用が争われた。
両裁決は「遺言と異なる最初の全員協議」そのものを判断したものではない。協議がいつ成立したのか、従前の申告・分割が何を前提にしていたかによって論点が変わることを示す資料である。

第3 事例別にみた協議の位置付け
1 特定財産承継遺言があり、執行・登記前に最初の全員協議をする場合

相続人全員の合意により遺言と異なる帰属を定める協議は、さいたま地裁判決のように民事上有効と評価され得る。ただし、遺言による死亡時の権利承継を踏まえると、合意の法的構成にはなお検討を要する。対象財産の取得者を変更した理由、他の遺産との調整、支払金の位置付け、第三者の権利及び遺言執行者の権限を確認すべきである。
協議書の表題を「遺産分割協議書」としたことだけで、登記及び税務の取扱いは決まらない。

2 全遺産を一人に取得させる遺言を、最初の分割で変更する場合

国税庁タックスアンサーNo.4176は、遺言で財産全部を一人の相続人に取得させることとされていたが、相続人全員の協議で遺言と異なる分割をした場合、取得財産について相続税の課税対象として扱い、相続人間の贈与税の問題は生じないと説明する。関連する質疑応答は、全財産の包括遺贈を題材にしている。
この説明を、特定の土地だけを取得させる遺言と、別途執行される預貯金等がある事案へ無条件に拡張することはできない。個別の遺言と協議の構造を示して税務上の確認を要する。

3 一部の財産について遺言を執行し、残部だけを協議する場合

預貯金等は遺言どおりに払い戻し、土地だけを別の相続人が金銭を支払って取得する場合、土地の移転を遺産全体の分割調整として説明できるかが問題となる。協議書に「代償金」と記載しただけでは、遺言に基づいて土地を承継した者からの別個の移転という評価を排除できない。

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法人である政党は解散前にも破産できるか―最高裁令和7年10月20日決定と政党交付金の論点(AI作成)

目次第1 結論と本記事の範囲1 最高裁決定の結論2 対象となる政党第2 事件の経過と争点1 債権者による申立て2 政党側の主張第3 最高裁の判断1 権利能力を有する者の破産適格2 破産手続開始と解散は別の問題3 政治活動の自由と政党交付金第4 政党交付金と個々の財産の帰属1 交付金・基金という会計上の区分2 破産財団への組入れは権利ごとに判断する3 調査資料の突合せ第5 使途報告・返還命令と破産手続1 支出の定義と帳簿・報告2 返還命令は当然発生と同義ではない第6 配当の方法と残る論点1 破産法の配当手続2 交付金由来の資金から債権者に配当する場合3 申立人・管財人の確認順序第7 本決定から直ちには導けない結論1 個別の返還額・債権順位2 他の団体や内部処分への一般化第8 出典・参考資料1 裁判例2 法令3 確認範囲
第1 結論と本記事の範囲
1 最高裁決定の結論

本記事では、政党交付金の交付を受ける政党等に対する法人格の付与に関する法律を「法人格付与法」という。
最高裁判所第一小法廷令和7年10月20日決定(令和6年(許)第17号)は、法人である政党等は、法人格付与法10条1項又は2項によって解散していなくても、破産手続開始の決定を受けるべき適格を有すると判断した。
ここでいう適格は、その法人を破産手続の対象にできるという入口の問題である。
個々の申立てについて破産手続開始の原因があるか、政党交付金をどのように処理するかまでを一括して決めたものではない。

2 対象となる政党

本決定の対象は、政党交付金の交付を受ける政党等に対する法人格の付与に関する法律7条の2第1項にいう「法人である政党等」である。
法人格を有しない政治団体一般について同じ結論を示した決定として扱ってはならない。

第2 事件の経過と争点
1 債権者による申立て

本件では、法人である政党等の債権者が破産手続開始を申し立てた。
対象政党はまだ解散しておらず、原審は、その政党に破産手続開始の決定を受けるべき適格があると判断した。
最高裁は許可抗告を棄却し、原審の判断を是認した。

2 政党側の主張

政党側は、解散前に破産手続が始まると、政党交付金を含む財産の管理処分権を失い、政治活動の自由を尊重する政党助成法4条1項の趣旨に反すると主張した。
また、破産手続での配当が同法14条1項の「政党交付金による支出」に当たらなければ、同法33条2項1号による返還命令を受け得ることなども挙げた。
法人格付与法10条2項が破産手続開始を解散事由としていない点も、適格を否定する根拠だと主張した。

第3 最高裁の判断
1 権利能力を有する者の破産適格

最高裁は、破産法13条が準用する民事訴訟法28条を踏まえ、民法上の権利能力を有する者は、原則として破産手続開始の決定を受けるべき適格を有するとした。
法人格付与法10条の9が解散後の政党について破産手続を予定していることからも、法人である政党等がおよそ破産の対象にならない性質の法人とはいえないとした。
解散前でも、破産手続開始の原因となる事実があれば手続の必要性が生じ得るという判断である。

2 破産手続開始と解散は別の問題

法人格付与法10条2項は、破産手続開始の決定を解散事由に掲げていない。
最高裁は、このことは、破産手続開始によって政党が解散せず、手続終了時にも法人格を失わないことを意味するにすぎないとした(破産法35条参照)。
したがって、「破産開始が解散事由ではない」ことから「解散前には破産できない」とは導けない。

3 政治活動の自由と政党交付金

最高裁は、政党助成法4条1項の趣旨目的を、国が政党交付金を交付する際に政党の政治活動の自由を阻害しないことにあると捉えた。

(続きを読む...)法人である政党は解散前にも破産できるか―最高裁令和7年10月20日決定と政党交付金の論点(AI作成)

確定申告期の税務署の事務運営-令和5年分の大阪国税局長指示に見る申告相談・還付審査・照会文書(AI作成)

目次第1 この記事の対象と資料1 資料の名称と構成2 この資料を読むときの注意第2 確定申告会場の運営方針1 開設期間,相談受付時間及び入場整理券2 自力作成とスマホ申告の推進3 会場で受けない相談第3 申告相談の場面で税務署が確認していた事項1 納税者を代理する理由のない者2 源泉徴収と印紙税3 納付と還付の口座4 他の税務署の管内に住む納税者第4 インボイス制度と消費税の申告相談1 消費税の申告相談の流れ2 2割特例の選択に関する注意3 登録状況を伝えるときの本人確認第5 還付申告の審査と支払先への照会1 還付までの期間2 還付審査の体制3 支払先への照会と,文書の根拠の表示4 住宅借入金等特別控除の確認第6 提出事実と個人情報の管理1 収受日付印の扱い2 利用者識別番号を誤って送信した場合3 マイナンバーの本人確認第7 依頼者に助言するときの確認事項第8 本記事で扱わない事項第9 出典・関連記事1 検討した資料2 法令3 国税庁の公表資料4 関連記事
第1 この記事の対象と資料
1 資料の名称と構成

本記事は,大阪国税局長が管内の各税務署長に宛てた「令和5年分確定申告期における事務実施上の留意事項について(指示)」(令和5年12月12日付け)を読み,確定申告期に税務署がどのような方針で申告相談,申告書の収受及び還付審査を行っていたかを整理するものである。
調査の基準日は令和8年10月1日である。

当サイトに掲載している写しは全582頁であり,鑑文の後に,本文に当たる「別冊」(目次6頁,本文52頁),別添1から別添18まで,別冊様式(チラシ,チェック表,照会文書の様式等)及び国税庁の公表資料(インボイス制度の手引,Q&A等)が続く。
鑑文によれば,同指示は,令和5事務年度の課税部門の事務運営に関する指示,閉庁日対応に関する指示,個人課税事務提要,資産税事務提要等の通達に定めるところによるほか,別冊のとおり実施するよう求めるものである。

不正還付の未然防止に関する審査の着眼点(別冊45頁から47頁まで)及び別冊様式の一部は黒塗りとなっており,その部分の内容は本記事でも扱わない。

2 この資料を読むときの注意

同指示は,令和5年分の確定申告期(令和6年2月から3月まで)について,大阪国税局管内の税務署に向けた内部の事務運営を示すものである。
現在の法令,全国の税務署の運用又は令和8年現在の会場運営を直接示すものではない。
例えば,申告書等の控えへの収受日付印の押なつは,令和7年1月から取りやめられており,同指示が前提とした取扱いとは異なる。

そのため,本記事では,同指示に書かれた事項と,法令又は国税庁の現行の公表資料で確認できる事項を区別して記載する。
同指示から,税務署が何を重視し,どのような場面で別の部門へ引き継ぐのかを読み取ることは,依頼者に申告や照会への対応を助言するときの背景知識として役立つ。

第2 確定申告会場の運営方針
1 開設期間,相談受付時間及び入場整理券

同指示では,確定申告会場の開設期間を2月16日から3月15日まで,相談受付時間を16時までとし,全署統一としていた(別冊7頁)。
入場には整理券を要し,当日配付のほか,国税庁のLINE公式アカウントを通じたオンラインの事前発行を行い,電話や対面での事前発行は行わないとしていた(別添1)。
オンライン発行は1日当たり発行数の6割から8割を目安とし,申告期限間際は2割程度に減らすとされていた。

京都市内,大阪市内及び神戸市内の3か所には,合わせて20署を対象とする合同会場が置かれた(別冊14頁)。
閉庁日の対応は令和6年2月25日(日曜日)に管内56署で行い,そのうち41署は合同会場で対応するとされていた(別冊44頁)。
同指示は,令和8事務年度の全署を対象とした内部事務のセンター化と次世代システムの運用開始による部内業務のペーパーレス化を見据え,署外会場を署内へ戻すことなどの検討も求めていた(別冊44頁)。

2 自力作成とスマホ申告の推進

同指示の基本的な考え方は,マイナンバーカードを利用した自宅等からのe-Tax申告と,振替納税やスマホアプリ納付を中心とするキャッシュレス納付を強力に推進するというものである(別冊1頁)。
会場でも,来場者が自分でスマホやパソコンを操作して申告書を作成し,職員等は操作補助と税法の質問への対応に回るという「自力作成」の考え方が採られていた。

スマホコーナーについては,故障や破損のトラブルを防ぐため,スマホの操作は来場者本人が行い,職員等は操作しないとされていた(別冊25頁,別添11)。
ID・パスワード方式の発行について,別添11は,配偶者等の親族を含む本人以外の者には発行できないことに留意するとしている。
また,スマホコーナーの利用者については送信前確認を実施せず,事後審査の対象とするとされていた(別添11)。
会場でスマホ申告をしたからといって,職員が内容を確認済みであるとは限らないということになる。

3 会場で受けない相談

(続きを読む...)確定申告期の税務署の事務運営-令和5年分の大阪国税局長指示に見る申告相談・還付審査・照会文書(AI作成)

国税職員の身上把握とは―国税庁の手引書「的確な身上把握のために」(平成26年7月)と大阪国税局の事務運営指針(令和元年7月31日)(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 対象とする2つの資料2 結論第2 身上把握の根拠と目的1 手引書が挙げる根拠2 手引書が引く政府答弁書は警察職員に関するもの3 身上把握の目的第3 「身上」の範囲と種類1 範囲は私生活と心身の両面に及ぶ2 身上の種類第4 身上把握の方法1 方法の全体像と前提となる信頼関係2 個別面談3 家計の状況の聴取4 他の職員からの情報収集5 動向把握(観察)の着眼点第5 大阪国税局の事務運営指針(令和元年7月31日)1 基本的な考え方2 対象者と実施者3 時期と方法4 場所,意識の醸成,留意事項及び情報の管理5 手引書との対応関係第6 情報の取扱い,引継ぎ及び監督責任1 報告と自ら調査をしないこと2 情報の引継ぎと引受け3 監督責任第7 プライバシーとの関係1 手引書が示す限界2 手引書が挙げる裁判例3 現在の法令から見た留意点第8 実務上の意味1 国税職員やその家族から相談を受けたとき2 民間企業の人事管理への応用と限界3 情報公開請求で得られる資料第9 関連記事第10 本記事で扱わない事項第11 出典1 本記事で読んだ資料2 法令3 公的資料4 裁判例
第1 本記事の対象と結論
1 対象とする2つの資料

本記事は,国税庁及び国税局が「身上把握」と呼んでいる職員の人事管理の仕組みについて,次の2つの資料を読んで整理するものである。
基準日は令和8年10月1日である。

①国税庁長官官房人事課・監察官室「的確な身上把握のために」(平成26年7月)
②大阪国税局長「職員の身上の的確な把握について(事務運営指針)」(令和元年7月31日付け大局総人二(服)第255号)

①は,表紙,はじめに,目次,本文23頁及び参考文献から成る全27頁の冊子であり,管理者に対する研修の資料として作られたものである(はじめに)。
②は,大阪国税局の各部長及び各税務署長に宛てた全2頁の事務運営指針である。
いずれも当ブログに掲載しているPDFであり,表紙等に,①は「共通(研修関係)」「各種手引書(正本)」,②は「共通(法令・通達)」「事務運営指針及び事務運営指針関係書類(正本)」という行政文書の分類が記載されている。
以下,①を「手引書」,②を「大阪国税局指針」と呼び,手引書の頁は冊子に印字された頁で示す。

2 結論

結論は次のとおりである。
①国税組織では,身上把握は上司である管理者の「当然の職務」とされ,非行防止だけでなく,職員の能力や適性に応じた配置及び業務配分にも使う人事管理の手段と位置付けられている。
②把握の対象は,勤務時間外の私生活と心身の状態にまで及び,特に家計の状況(借財)は,重大な職務関連非行を防ぐために積極的に聴き取るべき事項とされている。
③大阪国税局指針は,人事評価の評価者等が,定期人事異動後と身上申告書の提出時期の年2回,非常勤職員を除く全職員と個室等で個別面談をするよう定めている。
④他方で,人種・本籍・思想・信条等のいわゆるセンシティブ情報は,特段の事由がない限り聴き取らず,把握した情報は厳格に管理することとされている。
⑤部下職員の非行の兆候を知った管理者は,自ら調査をせず,直ちに上司等へ報告すべきものとされ,報告を怠ったり身上把握が不十分であったりした管理者自身も,監督責任を問われ得る。

第2 身上把握の根拠と目的
1 手引書が挙げる根拠

手引書は,身上把握を直接定めた法律は無いとした上で,国家行政組織法10条を根拠に挙げる(1頁)。
手引書は,同条を「各省大臣,各委員会及び各庁の長官は,その機関の事務を統括し,職員の服務について,これを統督する。」と引用している。
もっとも,法務省の日本法令外国語訳データベースに収録された同条の日本語本文は「各省大臣、各委員会の委員長及び各庁の長官は、その機関の事務を統括し、職員の服務について、これを統督する。」であり,手引書の引用には「の委員長」が欠けている。
国税庁では,国税庁長官が国税組織全体の職員の服務を統督し,実際の運用では,各階層の管理・監督の地位にある者がこれに当たるという説明である。
その上で,手引書は,部下職員の服務を監督することは管理者の当然の職務であり,その手段の一つとして身上把握が行われていると述べる。

手引書は,「服務」の意味について,日本人事行政研究所編『服務・勤務時間・休暇関係質疑応答集(第8次改訂版)』3頁の説明を引いている。
それによれば,服務とは,組織の秩序を維持し,その目的を統一的・能率的に達成するために組織の構成員に求められる規律であり,必要に応じて勤務時間外,職場外で守るべきものまで含むとされている。

2 手引書が引く政府答弁書は警察職員に関するもの

手引書は,身上把握が「職員の指導監督上,必要な人事管理」の一環として行われることの出典として,平成19年の2つの政府答弁書を挙げている(2頁の注2)。
しかし,衆議院ウェブサイトで原文を確認すると,これらは,鉢呂吉雄衆議院議員が提出した「警察職員の不祥事に関する質問主意書」及び同再質問主意書に対する答弁書であった。

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パソコンを操作するAIで動画・ゲーム・3Dモデルを請け負う副業の法律問題―著作権,不正競争防止法,素材の利用規約,メールアドレスの取得及びフリーランス法(AI作成)

目次第1 この記事の対象1 取り上げる四つの副業の型2 パソコンを操作するAIの位置付け第2 動画編集を請け負う場合1 AIが自分で探してきた素材の権利2 完成した動画の権利と納品第3 既存の有名ゲームに似せたゲームを作る場合1 似せてよい部分と似せてはいけない部分2 作品名やキャラクター名をAIに指示する危険3 名称,ロゴ及び商品の外観第4 写真から3Dモデルや内見動画を作る場合1 建物そのものを3Dにすること2 物件写真を素材にすること3 写真から3Dプリント用データを作ること第5 ゲームでメールアドレスを集める場合1 個人情報保護法2 特定電子メール法第6 受注する個人の契約上の立場1 依頼どおりに作っても責任を負う場合2 フリーランス法と取適法3 仲介サイトとAIサービスの利用規約第7 受注前の確認事項第8 関連記事第9 出典1 法令2 裁判例3 所管行政機関等の資料4 事業者の公表資料・利用規約(令和8年10月1日確認)第10 本記事で扱わない事項
第1 この記事の対象
1 取り上げる四つの副業の型

令和8年9月には,パソコンの画面を見ながらアプリを操作する生成AIが公表され,これを使って動画編集,ブラウザゲームの制作,3Dモデルの制作を請け負う副業を勧める動画も公開されている。
本記事は,そのような公開動画の一つで紹介された次の四つの型を素材にして,受注する個人が契約前に確かめるべき法律上の論点を整理するものである。

①撮影素材をAIに渡し,動画編集アプリでカット,テロップ,差し込み素材の追加まで行わせる動画編集
②有名な既存ゲームに似せたゲームをAIに作らせる制作
③不動産サイトの物件写真から家の3Dモデルとバーチャル内見動画を作る制作,写真から3Dプリント用データを作る制作
④短時間で遊べるブラウザゲームを作り,遊んだ人にメールアドレスを登録してもらって商品の販売につなげる集客

本記事は令和8年10月1日時点の公開資料に基づく。
副業の勧誘そのもの(無料相談会から有料サポート契約へ進む流れ)の法律問題は,別記事の「AIで稼げる」副業の勧誘と契約トラブルで扱う。

2 パソコンを操作するAIの位置付け

OpenAIは,令和8年9月3日,GPT‑6 Astraを発表した。
同社の発表(OpenAI「GPT‑6 Astra:新世代の応答性能」)は,Astraがオンラインフォームへの入力,CRMの顧客レコードの更新,Webサイトの作成とその動作確認,ソフトウェアのインストールとテスト等を行えると説明し,作例としてゲーム開発,Blenderモデル,Unreal Engineのウォークスルー等を挙げている。

同じ発表は,安全性の確認によって作業が一時停止されることがあり,ChatGPT又はCodexでは続行の前に操作の確認を求められることがあるとし,Enterprise(法人向けプラン)では管理者が有効にするまで既定で利用できない状態にしていると説明している。
AIが自分でアプリを操作できるようになっても,何を作り,何を素材に使い,誰に渡すかを決めるのは利用者である。
以下で扱う権利侵害や契約上の責任は,AIの性能が上がったことで軽くなるものではない。

第2 動画編集を請け負う場合
1 AIが自分で探してきた素材の権利
(1) 他人の著作物である素材

AIが編集の途中でロゴ,画像,効果音,音楽を自分で探して差し込んだ場合でも,その素材に他人の著作権があれば,複製(著作権法21条)や,完成した動画を配信・投稿すること(同法23条1項の公衆送信)に権利者の許諾が要る。
素材を集めたのがAIであることは,許諾が要らない理由にならない。

(2) 編集アプリが用意している素材

編集アプリが用意している素材にも条件がある。
例えば,CapCutの利用規約(日本語版。令和8年4月15日最終更新)は,テンプレート,ステッカー,効果音等を同社のコンテンツとし,その商用利用の可否を別の素材ライセンス契約に委ねている。
同社の素材ライセンス契約(Materials License Agreement。英語版。令和8年1月22日最終更新)は,非商用に限る素材を一つでも含めた作品は非商用の範囲でしか使えないとし,一般の音楽ライブラリを個人・非商用の利用に限っている。
依頼主の会社の宣伝動画を作る仕事は商用利用に当たるので,AIが差し込んだ素材を一つずつ,出所とライセンスの条件で確かめる必要がある。

2 完成した動画の権利と納品
(1) 編集した動画が著作物になるか

撮影素材の選択,カットの配列,テロップの入れ方に創作性があれば,編集された動画は映画の著作物(著作権法10条1項7号)になり得る。

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「AIで稼げる」副業の勧誘と契約トラブル―無料相談会・Web会議での勧誘,クーリング・オフ,取消し及び借入れの勧め(AI作成)

目次第1 この記事の対象1 問題になる勧誘の流れ2 相談件数と契約金額第2 どの取引に当たるかで救済が変わる1 電話勧誘販売2 業務提供誘引販売取引3 通信販売にとどまる場合第3 契約をやめる方法1 クーリング・オフ2 特定商取引法による取消し3 消費者契約法による取消し4 不法行為による損害賠償第4 支払方法ごとの対応1 クレジットで支払った場合2 借入れを勧められた場合第5 勧誘の場で出てくる言葉と法律上の位置付け第6 証拠の残し方と相談先第7 法改正の動き第8 関連記事第9 出典1 法令2 裁判例3 行政処分・注意喚起4 所管行政機関等の解説・資料第10 本記事で扱わない事項
第1 この記事の対象
1 問題になる勧誘の流れ

生成AIの新しいモデルが公表されるたびに,「このAIを使えば副業で稼げる」と紹介する動画や広告が公開され,その中には,公式LINEへの登録,特典資料の受取り,無料の個別相談会への参加を呼びかけるものがある。
無料の相談会や資料の配布そのものは違法ではない。
しかし,国民生活センターや消費者庁の公表資料には,無料又は安価な入口から始まり,Web会議での個別説明を経て,数十万円から数百万円の講座,サポート契約又はコンサルティング契約へ進む相談や処分の例が多数載っている。

国民生活センターの調査報告「消費生活センターにおける解決困難事例の研究~起業・副業をめぐる消費者トラブルの被害救済を中心に~」(令和5年3月22日)は,副業サポート契約の相談事例について,「当初、安価な情報商材等を購入し、その後、不意に電話勧誘が始まり、高額な副業のサポートに関する契約を勧められる例が目立ちました。」としている。
本記事は,令和8年10月1日時点の公開資料に基づき,このような流れで契約した人が,どの法律でどのように契約をやめ,支払ったお金を取り戻せるかを整理するものである。
AIを使って請け負う副業そのものの法律問題(著作権,素材の利用規約,フリーランス法等)は,パソコンを操作するAIで動画・ゲーム・3Dモデルを請け負う副業の法律問題で扱う。

2 相談件数と契約金額

国民生活センター「ビジネス講座のトラブルにご注意-広告・勧誘と実際の講座内容が異なる、Web会議での思わぬ勧誘に気をつけましょう-」(令和8年9月16日)は,AI講座を含む「ビジネス講座」の相談件数と平均契約購入金額を次のとおり示している(PIO-NETの令和8年7月31日までの登録分)。

年度相談件数通信販売の平均契約購入金額電話勧誘販売(Web会議での勧誘を含む)の平均契約購入金額2020年度1,169件44万円60万円2021年度1,831件47万円69万円2022年度2,106件59万円84万円2023年度2,510件57万円88万円2024年度2,682件64万円99万円2025年度3,551件64万円87万円2026年度(7月31日まで)1,121件48万円79万円

同じ資料は,「近年はSNS広告で知った事業者からWeb会議サービス等を利用して勧誘を受け契約したケースに関する相談が見られます。このようなケースは特定商取引法における電話勧誘販売に該当する場合があります。」としている。
紹介されている事例には,「AIを使って副業で稼ぐ」というSNS広告から安価な情報商材を買い,上位プランを勧められ,Web会議での説明で「講座代は1、2カ月ですぐに取り戻せる」と言われて約80万円の講座を個別クレジットで契約したもの,副業の面接と思って参加したWeb会議で講座の契約を勧められ,後に「事業者間契約だから解約はできない」と言われたもの等がある。

第2 どの取引に当たるかで救済が変わる
1 電話勧誘販売
(1) Web会議は「電話」に当たる

特定商取引法2条3項は,電話勧誘販売を,販売業者又は役務提供事業者が「電話をかけ又は政令で定める方法により電話をかけさせ、その電話において行う売買契約又は役務提供契約の締結についての勧誘」により,郵便等で申込みを受け,又は契約を締結して行う販売又は役務の提供と定めている。
消費者庁の通達「特定商取引に関する法律等の施行について」(令和6年11月19日)は,同項の「電話」について,インターネット回線を使って通話する形式(映像を伴う場合を含む。)を用いた場合も「電話」に当たるとしている。
同庁の「電話勧誘販売の解釈に関するQ&A」Q5は,事業者がWeb会議のURLを送った場合は「電話をかけ」に当たると説明している。

(2) 消費者から接続した場合

消費者が自分から相談会に申し込んだ場合でも,それだけで電話勧誘販売から外れるわけではない。
特定商取引法施行令2条1号は,電話,電磁的方法,ウェブページ等を利用して,契約の締結について勧誘をするためのものであることを告げずに電話をかけることを要請することを,「電話をかけさせ」る方法として定めている。
同じQ&AのQ5は,情報商材の購入後にSNSで相談し,Web会議で別の商材を勧誘された事例について,消費者から依頼した場合でも通常は適用除外(同法26条7項1号)に当たらず,クーリング・オフができるとしている。

(3) Web会議の勧誘を電話勧誘販売とした処分例

消費者庁は,令和6年9月,Web会議ツールを用いたオンラインのコンサルティングに参加するためのURLをメール等で送信して電話をかけたとして,営業スキルの教材と研修を販売していた事業者を電話勧誘販売と認定し,「契約後のクーリング・オフできませんよ」等の不実告知(同法21条1項)や書面の不交付(同法19条1項)を理由に業務停止命令等をした(消費者庁の公表資料(令和6年9月5日))。
令和7年12月には,関東経済産業局が,SNS運用及びAIを活用したビジネスのスキル習得に係る動画コンテンツとサポートサービスを提供するオンラインスクール事業者について,SNS等で無料のコンサルティングをうたって申し込んだ消費者にウェブ会議のURLを送付する方法で電話をかけていると認定し,指示処分をした(消費者庁の公表資料(令和7年12月25日))。
この事案では,月収が多くても5万円程度の18歳の消費者に消費者金融からの借入れを勧めて支払総額約77万円の契約を締結させたことが,消費者の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当な勧誘(同法22条1項5号,同法施行規則64条3号)とされている。

2 業務提供誘引販売取引

「講座を受ければ仕事を紹介する」「サポート契約をすれば案件を回す」と言われて契約した場合は,業務提供誘引販売取引に当たることがある。

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名誉毀損に過失相殺はあるのか-交通事故との違いと慰謝料算定(AI作成)

目次第1 名誉毀損における過失相殺の位置付け1 過失相殺は名誉毀損で一律に排除されない2 被害者側の事情には異なる働きがある第2 最高裁判決が区別した損害の発生と慰謝料額1 後の有罪判決によって既発生の損害は消えない2 後の事情を慰謝料額では考慮できる第3 報道の契機と過失相殺を分けて扱った裁判例1 東京高裁平成14年3月28日判決2 反論可能性を慰謝料額で考慮した東京地裁判決第4 交通事故との違いと,額を判断する順序1 交通事故では割合が表に出やすい2 名誉毀損では最初の評価額にも諸事情が入る第5 出典・関連記事1 法令2 裁判例3 関連記事
第1 名誉毀損における過失相殺の位置付け

本記事は,民事上の名誉毀損について,被害者側の事情が損害賠償額にどう影響するかを扱う。
交通事故の過失割合との違いを,最高裁判例と報道事件の裁判例に即して説明する。
調査の基準日は令和8年10月1日である。

1 過失相殺は名誉毀損で一律に排除されない

民法722条2項は,被害者に過失があった場合に,裁判所がその事情を考慮して損害賠償額を定めることができるとする規定である。
同項は名誉毀損を適用対象から除くとは定めていないが,ある行動が報道のきっかけになっただけで,直ちに被害者の過失が認められるわけではない。

2 被害者側の事情には異なる働きがある

被害者の行動や社会的評価に関する事情は,①表現が名誉を毀損したか,②当該表現によってどのような損害が生じたか,③その損害を慰謝料としていくらに評価するか,④被害者の過失によって賠償額を調整するかという,異なる判断に関係し得る。
本記事ではこの順序で整理するが,これは裁判例を比較するための整理であり,四段階の審査を命じた最高裁判例があるという意味ではない。

第2 最高裁判決が区別した損害の発生と慰謝料額
1 後の有罪判決によって既発生の損害は消えない

最高裁平成9年5月27日第三小法廷判決は,新聞記事による名誉毀損の損害は,新聞が発行され,読者が記事を読める状態になった時点で生じるとした。
その後,被害者が別の事件で有罪判決を受けても,記事の発行時に生じた損害賠償請求権は消滅しないと判断し,請求を棄却した原判決を破棄して差し戻した。

同判決は,記事で摘示された事実と有罪判決の理由となった事実に同一性があるとき,後の有罪判決を記事の違法性又は発行者の故意・過失の判断でどう扱うかは別問題であるとも留保した。
問題の記事と有罪判決の対象は同種の事実であっても同一ではない,というのが当該事案についての判断である。

2 後の事情を慰謝料額では考慮できる

他方,最高裁は,名誉毀損の慰謝料額を事実審の口頭弁論終結時までの事情から裁量によって算定できるとした。
名誉毀損以外の理由で被害者の社会的評価がさらに低下した事実も,その事情に含まれる。
したがって,後の有罪判決は既に生じた請求権を消さないが,慰謝料額を決める際には考慮し得るという区別になる。

第3 報道の契機と過失相殺を分けて扱った裁判例
1 東京高裁平成14年3月28日判決
(1) 過失相殺の主張

週刊誌の報道で名誉を毀損されたプロ野球選手が出版社等に謝罪広告と損害賠償を求めた事件で,出版社側は,選手自身が報道の原因を作ったとして過失相殺を主張した。
東京高裁平成14年3月28日判決の全文転記によれば,裁判所は,選手が報道の契機となった酒席に同席した事実は認めながら,同席相手が暴力団の幹部であると知らなかったことなどを踏まえ,選手の過失を否定した。
この判断は,「報道のきっかけを作った」という事実と,損害を分担させるべき過失とを区別している。

(2) 慰謝料額における扱い

同じ判決の転記は,その酒席への同席を慰謝料算定上は出版社側に有利な事情としながら,大きく減額すべき事情とは評価しなかった。
一審が認めた慰謝料600万円と週刊誌への謝罪広告について,出版社側の控訴は棄却された。

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中国現地法人の従業員データを日本本社・海外SaaSへ送るときの中国個人情報保護法―越境人事管理の手続免除と残る義務(AI作成)

第1 この記事の対象と結論1 対象2 結論第2 国内での処理と国外提供の主体を分ける1 国内処理の根拠2 提供者・受領者・委託先第3 国外提供の経路と手続免除1 基本的な経路2 越境人事管理等の免除3 免除に該当しないときの人数基準4 手続免除後にも確認する義務第4 研修・内部通報システムの確認順序1 データの流れを記録する2 契約と運用の確認第5 出典

第1 この記事の対象と結論

1 対象

中国の現地法人が,従業員向けの研修システムや内部通報システムを利用し,日本本社又は国外のSaaS事業者と情報を共有する場合を取り上げる。
ここでの例は公開資料から作った一般的な確認場面であり,特定の会社の運用や事件を記述するものではない。

本記事は令和8年10月1日までに公表された中国の法令及び国家インターネット情報弁公室の資料を基準とする。
中国語原文を基礎にした実務上の確認順序であり,個々のシステムについて手続が不要だと判定するものではない。

2 結論

最初に,誰のどの情報が,中国国内のどの主体から,どの国の誰に,何のために提供されるかを図にする。
次に,①国内での処理根拠,②国外提供について安全評価・標準契約・認証のどの経路が必要か,又は手続免除に当たるか,③告知・個別同意・影響評価等をどう履行するかを,別々に確認する。

中国個人情報保護法38条~40条は国外提供の基本的な条件を定める。
他方,「データ越境流動の促進及び規範化に関する規定」5条は,一定の越境人事管理等について安全評価の申告,標準契約の締結,個人情報保護認証を免除する。
免除に該当するかと,個人情報の取扱い全体が適法かは,同じ問いではない。

第2 国内での処理と国外提供の主体を分ける

1 国内処理の根拠

中国個人情報保護法3条は,中国国内における自然人の個人情報処理を同法の対象とし,一定の国外での処理にも適用を及ぼす。
同法13条1項2号は,本人を一方当事者とする契約の締結・履行に必要な場合のほか,適法に制定された就業規則及び適法に締結された集団契約に従う人事管理に必要な場合を処理根拠としている。
人事管理という名称を付けるだけで,研修履歴,通報情報又は調査資料の全てがこの根拠に含まれるわけではない。

同法17条は,処理目的,方法,個人情報の種類,保存期間等の告知事項を定める。

(続きを読む...)中国現地法人の従業員データを日本本社・海外SaaSへ送るときの中国個人情報保護法―越境人事管理の手続免除と残る義務(AI作成)

結婚式場の解約料で再販率をどう確かめるか―大阪高裁令和8年4月23日判決の公表要旨とBIAモデル約款(AI作成)

目次第1 対象と結論第2 消費者契約法9条と損害の区分第3 神戸地裁・大阪高裁判決の公表要旨1 計算の枠組み2 1年以上前の解約と実績資料第4 BIA改訂モデル約款の使い方第5 相談・交渉で確認する資料第6 関連記事と資料の限界第7 出典
第1 対象と結論

結婚式場の解約料を検討するとき、「挙式日まで長いから逸失利益はない」「業界のモデル約款より高いから無効」といった一つの事情だけでは結論を出せない。消費者契約法9条1項1号が問題にするのは、解除の事由・時期等の区分に応じ、同種の契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害である。再販率、粗利率、解約時見積額、既手配費用を、同じ区分に対応させて検討する必要がある。

本記事は、消費者庁の公表する神戸地裁令和7年4月24日判決及び大阪高裁令和8年4月23日判決の紹介文と、公益社団法人日本ブライダル文化振興協会(BIA)の改訂モデル約款を扱う。両判決の全文は本記事の作成時に確認していないため、公表要旨を超える判示、訴訟で提出された資料の内容や上訴後の確定状況は断定しない。

第2 消費者契約法9条と損害の区分

同法9条1項1号は、解約料等の合計が、条項に設定された解除の事由・時期等の区分に応じた平均的な損害を超えるとき、超える部分を無効とする。消費者庁の逐条解説は、平均値を事業者ごとに捉え、業界全体の水準とは区別している。

挙式予定日までの日数だけでなく、解約の意思表示がいつ相手方へ届いたか、約款上の時期区分、別途手配済みの商品・役務、同じ日時・会場の再予約の可能性を確かめる。申込金が解約料へ充当されるか、実費が加算されるかも約款で確認する。

第3 神戸地裁・大阪高裁判決の公表要旨
1 計算の枠組み

消費者庁の神戸地裁判決紹介によれば、同裁判所は、解約に伴う逸失利益に再販売による利益と支出を免れた費用を反映し、解除時見積額の平均×粗利率×非再販率という計算式を示した。この式は公表された当該事件の判断であり、あらゆる式場について同じ入力値又は同じ損害額を認めるものではない。神戸地裁は差止請求を棄却した。

2 1年以上前の解約と実績資料

消費者庁の大阪高裁判決紹介によれば、同高裁は令和8年4月23日、過去5年間の早期解約に関する再販・非再販実績から再販できなかったものが一定数あったことを重視し、「1年以上前だから逸失利益は生じない」とする主張を採用せず、第一審を維持して控訴を棄却した。また、役務等ごとの積算がされた見積額を損害算定の基礎とし得るとした。早い時期の解約ほど再販されやすい傾向は考慮しつつ、再販率が時期に機械的に比例するわけではないとして、時期区分の設け方も検討した。

この訴訟は適格消費者団体による条項の差止請求である。個別の利用者が負担する額を自動的に確定する判決ではない。早期解約で常に逸失利益が発生するとの一般命題にも、式場側の主張が常に通るとの一般命題にも読み替えない。

第4 BIA改訂モデル約款の使い方

BIAの改訂モデル約款は、365日前までの解約料を「申込金の25%又は3万円の低い額」、364日前から180日前までを「申込金の50%及び別表の商品代金」とする例を載せる。同資料自身が、モデルの数値を各事業者の料率とは区別し、各事業者が自ら算出した平均的損害を根拠に具体的な額と期間を定めるよう求めている。モデルの金額は法定上限ではない。

同資料は、想定利益に非再販率を乗じ、既に発注・手配した商品等の実費を加える考え方を示す。相談時には、モデル表と対象式場の約款を並べるだけで終えず、対象式場の区分別実績と費目の中身を確かめる。通常の営業経費、解約により支出を免れた費用、既に発生した実費を重複計上しないことも必要である。

第5 相談・交渉で確認する資料

契約書、申込書、約款、申込金の領収記録と説明資料。
挙式予定日、解約意思表示の到達日、約款の時期区分。
初回・変更後・解約時の見積書と、人数・商品・役務の変更履歴。
同種契約の範囲、同一日時・会場の時期別再販率、実績の対象期間及び除外事由。
粗利率の計算に含めた原価・経費、解約で不要となった支出、既手配品の発注日と取消条件。

これらは争点整理の確認事項であり、式場にすべての資料を当然に開示させられるという意味ではない。同法9条2項は、消費者から求められたときの算定根拠の概要の説明努力義務を定める。個別の開示方法と証拠収集は、契約関係と手続段階に応じて検討する。

第6 関連記事と資料の限界

契約の成立、旧来の裁判例、特定商取引法との関係は、結婚式場のキャンセル料はどこまで払う必要があるかで整理している。

本記事は公開資料から一般的な検討順序を示すものであり、特定の利用者・式場の交渉経過を扱わない。判決の全文、提出証拠、上訴・確定状況は未確認である。今後、判決本文を入手した場合には、公表要旨と照合する必要がある。

第7 出典

(続きを読む...)結婚式場の解約料で再販率をどう確かめるか―大阪高裁令和8年4月23日判決の公表要旨とBIAモデル約款(AI作成)

節税目的の養子縁組は無効か―最高裁平成29年1月31日判決と相続税上の養子数制限(AI作成)

目次

第1 本記事の対象と結論第2 最高裁平成29年1月31日判決1 民法802条1号2 最高裁の判断3 動機と法律行為の意思を分ける第3 養子縁組の民法上の効果第4 相続税上の養子数制限1 民法上の相続人と相続税計算上の人数は同じとは限らない2 実子として扱われる養子がある3 相続税法63条による否認第5 孫養子と相続税額の2割加算第6 縁組意思をめぐる主張立証1 証拠化する事項2 意思能力と縁組意思は別に検討する第7 相続対策として検討する際の注意第8 出典・参考資料
第1 本記事の対象と結論

本記事は,相続税の節税を主な目的として行われた養子縁組が民法上無効となるかを,最高裁平成29年1月31日第三小法廷判決(平成28年(受)第1255号),現行民法及び相続税法から整理するものである。
法令及び国税庁資料の基準日は令和8年10月1日である。

最高裁は,節税の動機と縁組意思は併存し得るため,専ら相続税の節税目的で養子縁組をしたというだけで,直ちに民法802条1号の「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとはいえないとした。

もっとも,民法上の縁組が有効であることと,相続税計算で養子をどの範囲まで法定相続人の数に算入できるかは別問題である。
税務上は養子数の制限,相続税額の2割加算及び相続税法63条による否認可能性を分けて確認する必要がある。

第2 最高裁平成29年1月31日判決

1 民法802条1号

民法802条1号は,人違いその他の事由によって当事者間に縁組をする意思がないとき,養子縁組を無効とする。
問題は,節税を目的とすることが,親子関係を作る意思と両立するかである。

2 最高裁の判断

最高裁は,養子縁組をすることによる相続税の節税効果を発生させることを動機として縁組をする場合でも,直ちに縁組意思がないとはいえず,節税の動機と縁組意思は併存し得るとした。
そして,専ら相続税の節税目的で縁組をしたというだけで,直ちに民法802条1号の無効事由に当たるとはいえないと判断した。

本判決は,「節税目的の養子縁組は常に有効」と判示したものではない。
個別の事実から当事者間に縁組意思がなかったと認められる場合は,同号による無効が問題となり得る。

3 動機と法律行為の意思を分ける

相続税額を下げたいという動機があっても,当事者が法律上の親子関係を成立させる意思を有していれば,両者は併存し得る。
逆に,届出の外形があり税務資料が作成されていても,当事者が親子関係を作る意思を欠いていたと立証されれば,縁組無効の余地は残る。

したがって,訴訟では「節税目的だったか」だけでなく,「届出時に法律上の親子関係を成立させる意思があったか」を,直接・間接事実から検討する。

第3 養子縁組の民法上の効果

民法809条は,養子が縁組の日から養親の嫡出子の身分を取得すると定める。
そのため,普通養子は原則として養親の子として相続人となり,実親との親族関係も原則として残る。

養子縁組の有効性を検討するときは,縁組意思だけでなく,年齢,配偶者の同意,未成年者を養子とする場合の家庭裁判所の許可その他の成立要件を個別に確認する。
本判決は,これら他の要件を不要とするものではない。

第4 相続税上の養子数制限

1 民法上の相続人と相続税計算上の人数は同じとは限らない

相続税法15条2項は,遺産に係る基礎控除などの計算に用いる「相続人の数」について,一定の普通養子を算入できる人数を制限している。
国税庁の説明によれば,被相続人に実子がいる場合は1人まで,実子がいない場合は2人までが原則である。

この制限は,人数を超える養子縁組を民法上無効にする制度ではない。
養子が民法上の相続人であることと,相続税の基礎控除,生命保険金・死亡退職金の非課税限度額及び相続税総額の計算で何人を算入するかを分ける必要がある。

2 実子として扱われる養子がある

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マンション管理組合の理事長を理事会で解職できるか―最高裁平成29年12月18日判決と令和7年改正標準管理規約(AI作成)

目次

第1 本記事の対象と結論第2 最初に三つの地位を分ける1 理事2 理事長3 区分所有法上の管理者・管理組合の代表者第3 最高裁平成29年12月18日判決1 本件規約の構造2 最高裁の判断3 破棄差戻しであったこと第4 現行法と令和7年改正標準管理規約1 区分所有法25条2 令和7年改正標準管理規約35条第5 解職を検討する側の手順1 規約を横断して読む2 議案を「理事長解職」と「理事解任」に分ける3 手続証拠を残す第6 解職された側の確認事項第7 実務上の注意第8 出典・参考資料
第1 本記事の対象と結論

本記事は,マンション管理組合の理事会が,理事の地位を残したまま理事長職を解くことができるかを,最高裁平成29年12月18日第一小法廷判決(平成29年(受)第84号),現行の建物の区分所有等に関する法律及び令和7年改正マンション標準管理規約(単棟型)から整理するものである。
法令及び公的資料の基準日は令和8年10月1日である。

結論は,理事長の解職権限は,「理事」「理事長という役職」「区分所有法上の管理者」の各地位と,実際の管理規約の選任・解任条項を分けて判断する必要がある,ということである。
最高裁判決は,問題となった規約の全体解釈に基づき理事会による理事長職の解職を認めたものであり,すべての管理組合に同じ結論を当然に適用するものではない。

第2 最初に三つの地位を分ける

1 理事

理事は,管理組合の業務執行に関与する役員である。
総会が理事を選任・解任すると定める規約の下では,理事会が理事そのものを解任できるとは限らない。

2 理事長

理事長は,理事の中から選ばれる役職である。
理事長職を解かれても理事にとどまる場合と,理事自体を解任される場合とは,決議主体,手続及び効果が異なる。

3 区分所有法上の管理者・管理組合の代表者

管理規約が理事長を区分所有法上の管理者とし,管理組合の代表者と定めることが多い。
理事長職の交代は,管理者又は代表者の交代,総会・理事会の招集権限,金融機関・管理会社等への届出に連動するため,役職名だけの内部問題として扱えない。

第3 最高裁平成29年12月18日判決

1 本件規約の構造

本件規約は,理事及び監事を組合員の中から総会で選任し,理事長及び副理事長等は理事の互選で選任すると定めていた。
また,理事長を区分所有法上の管理者とし,役員の選任及び解任を総会の決議事項としていた。

理事会は,新たな理事長を選任するとともに,従前の理事長の役職を理事長から理事に変更する決議をした。
従前の理事長は,この理事会決議が規約違反であるなどと主張した。

2 最高裁の判断

区分所有法25条1項は,規約に別段の定めがない限り,集会の決議により管理者を選任・解任できるとする。
最高裁は,同法が,集会決議以外の方法で管理者を解任できるか,またその方法をどうするかを,区分所有者の自治的規範である規約に委ねているとした。

その上で,本件規約は,理事長を理事が就く役職の一つとし,総会で選任された理事に,互選によって理事長職に就く者を決めることを委ねたものと解した。
この規約の下では,理事の過半数の一致により従前の理事長の職を解き,別の理事を理事長に定めることも理事に委ねられているとして,理事会決議の内容は規約に違反しないと判断した。

3 破棄差戻しであったこと

最高裁は,理事会決議の内容が規約に違反しないとしたが,決議手続の瑕疵の有無などを更に審理させるため,原判決の関係部分を破棄して差し戻した。
したがって,本判決を「当該理事会決議が最終的にすべて有効と確定した判決」と表現するのは正確でない。

第4 現行法と令和7年改正標準管理規約

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仲裁人の利益相反開示義務とコンフリクト・チェック―最高裁平成29年12月12日決定から考える調査・記録の実務(AI作成)

目次

第1 本記事の対象と結論第2 最高裁平成29年12月12日決定1 事案の概要2 抽象的な一般開示では足りない3 認識又は合理的調査による判明可能性が必要である第3 現行仲裁法とJCAA商事仲裁規則1 仲裁法18条及び44条2 JCAA商事仲裁規則24条第4 当事者・代理人側の実務1 最初に関係者地図を作る2 開示を受けたら評価と期限管理を分ける3 後から判明した事実を時系列化する第5 仲裁人・法律事務所側のコンフリクト・チェック1 就任前チェック2 継続チェック3 具体的な追加開示第6 主張立証のチェックリスト第7 本決定の射程第8 出典・参考資料
第1 本記事の対象と結論

本記事は,仲裁人の利益相反に関する最高裁平成29年12月12日第三小法廷決定(平成28年(許)第43号)を出発点として,仲裁人候補者・仲裁人,当事者及び代理人が行うべき開示,調査及び記録化を整理するものである。
法令及び規則の基準日は令和8年10月1日である。

結論として,将来利益相反が生じる可能性を抽象的に述べるだけでは,具体的な利益相反事実を開示したことにはならない。
他方,開示義務違反を主張する側も,法律事務所内に情報が存在したというだけでは足りず,仲裁人が実際に認識していたか,又は合理的な範囲の調査をすれば通常判明し得たことを,調査態勢と情報経路に即して主張立証する必要がある。

第2 最高裁平成29年12月12日決定

1 事案の概要

本件は,JCAAの仲裁事件においてされた仲裁判断について,仲裁人の所属する国際法律事務所の別オフィスの弁護士が,当事者の関連会社を別訴で代理していた事実が開示されなかったことなどを理由に,仲裁判断の取消しが申し立てられた事案である。

当該仲裁人は就任時に,所属事務所の弁護士が将来,本件と関係のない事件で当事者又は関連会社と利益相反する依頼者を代理し,又は当事者若しくは関連会社を代理する可能性がある旨を一般的に表明していた。
しかし,問題となった別訴代理の事実自体は開示していなかった。

2 抽象的な一般開示では足りない

最高裁は,仲裁法18条4項の開示制度が,当事者に具体的な事実に基づく忌避判断の資料を与え,忌避制度の実効性を確保する趣旨であることを重視した。
そのため,利益相反事実が将来生じる可能性を抽象的に述べただけでは,同項の「既に開示した」事実には当たらないとした。

実務上は,「当事者又は関係会社との関係が将来生じることがある」という包括文言だけで終わらせず,判明した関係主体,案件類型,関与者,関与時期及び関係の性質を,守秘義務に配慮しながら具体化する必要がある。

3 認識又は合理的調査による判明可能性が必要である

最高裁は,仲裁人が開示対象事実を現に認識している場合だけでなく,合理的な範囲の調査により通常判明し得る事実についても開示義務を負い,その義務は仲裁手続が終了するまで継続するとした。

もっとも,開示義務違反があったというためには,仲裁手続終了までに仲裁人が当該事実を認識していたか,又は合理的な範囲の調査を行えば通常判明し得たことが必要である。
本件では,仲裁人本人の認識,所属事務所内での認識及び利益相反確認態勢が明らかでなかったため,最高裁は原決定を破棄し,更に審理させるため差し戻した。

したがって,本決定は仲裁判断の取消しを最終的に確定したものではない。
また,法律事務所に情報があれば当然に仲裁人も知っていた,という擬制を示したものでもない。

第3 現行仲裁法とJCAA商事仲裁規則

1 仲裁法18条及び44条

現行仲裁法18条4項は,仲裁人に対し,仲裁手続の進行中,既に開示したものを除き,自己の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実の全部を遅滞なく開示することを求めている。
同条1項2号は,公正性又は独立性を疑うに足りる相当な理由があるときを忌避事由とする。

開示対象は忌避事由そのものより広い。
「疑いを生じさせるおそれのある事実」を開示させ,忌避するかどうかを当事者の判断に委ねる仕組みだからである。

仲裁法44条1項6号は,仲裁廷の構成又は仲裁手続が日本法上の強行規定に違反する場合を仲裁判断取消事由の一つとしている。
ただし,個別事案で取消しが認められるかは,開示対象事実,認識・調査可能性,手続への影響及び同条の要件を具体的に検討する必要がある。

2 JCAA商事仲裁規則24条

JCAA商事仲裁規則(2021年)は,仲裁人候補者に合理的な調査を求め,問題となり得る事実が判明した場合には,就任辞退又は書面による開示を求めている。
仲裁人就任後も合理的な調査と遅滞のない書面開示を求め,就任時に将来の可能性を一般的に開示しただけでは義務を履行したことにならないと明記している。

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グループ企業のコンプライアンス相談窓口と親会社の責任―受付後の調査・対応義務と証拠保存(AI作成)

目次第1 結論第2 最高裁平成30年2月15日判決第3 親会社が当然に雇用主と同じ義務を負うわけではない第4 制度設計と具体的な申出によって義務が生じ得る第5 受付から回答までの証拠保存第6 相談窓口の運用設計第7 公益通報者保護法との関係第8 請求側・会社側のチェックリスト第9 出典と確認範囲

第1 結論

親会社がグループ共通のコンプライアンス相談窓口を設けても,そのことだけで,親会社が全ての子会社従業員に雇用主と同じ職場環境配慮義務を負うわけではない。
しかし,窓口の制度設計と具体的な申出内容によっては,受付後の事実確認・是正等の義務が生じ得る。

責任の有無は,「グループ窓口があるか」だけでなく,次の順序で判断する。

① 親会社と相談者の雇用・指揮命令関係
② 窓口規程が定める利用者,対象事項及び受付部署の権限
③ 実際に窓口へ伝えられた事実と資料
④ 親会社が調査・連絡・是正を行うべき契機が生じたか
⑤ 実施した調査・回答が時期と内容の両面で相当だったか

第2 最高裁平成30年2月15日判決

最高裁判所第一小法廷平成30年2月15日判決(平成28年(受)第2076号)は,親会社が自社及びグループ会社の役職員等を対象とする相談窓口を設けていた事案を扱った。

最高裁は,親会社が子会社従業員の雇用主ではなく,その指揮監督権を行使する地位にもなかった事情の下で,グループ窓口を設けたことだけから,子会社従業員に対して雇用主と同一の職場環境配慮義務を当然に負うとはしなかった。

他方で,窓口制度の趣旨・仕組み及び具体的な申出内容によっては,申出を受けた親会社に,その内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務が生じる場合があるとした。
同判決は,在職中の行為について被害者が本件相談窓口へ申出をした事情はうかがわれないとし,退職後の行為については,他の従業員から申出があったものの,職場外で職務執行との直接の関係がうかがわれず,8か月以上が経過していたことなどを踏まえて義務違反を否定した。
申出に対して一定の聞き取り調査が行われていたことも判決の前提事実であるが,申出人が求める全ての聴取方法を採用すべき制度であったとは認定されていない。

第3 親会社が当然に雇用主と同じ義務を負うわけではない

子会社従業員の雇用契約上の相手方は通常子会社である。
親会社が株式を100%保有すること,グループ方針を示すこと,又は相談窓口を共通化することだけで,個々の労働契約上の全義務が親会社へ移るわけではない。

請求を検討する場合は,抽象的な「実質的支配」ではなく,誰が採用・配置・評価・懲戒を決め,問題行為者へ指示できたか,親会社が具体的な業務指揮や人事権を行使していたかを事実ごとに示す。

第4 制度設計と具体的な申出によって義務が生じ得る

窓口規程が,子会社従業員からの相談を直接受け,親会社部署が調査し,子会社へ是正を求め,結果を回答する制度として設計されていれば,受付後の対応義務を基礎付ける事情となる。

ただし,義務の内容は申出によって特定された範囲に左右される。
誰のどの行為が,いつ,どこであり,どの証拠があり,現在どの危険が続いているかが伝わっていなければ,後に訴訟で主張された全事実について調査しなかったことを直ちに義務違反とはいえない。

第5 受付から回答までの証拠保存
1 相談者側

ウェブフォームの入力内容,送信完了画面,受付番号,メール,添付資料,電話日時,担当者名及び回答を保存する。
口頭相談は,直後に日時・相手・発言内容をメモし,可能なら確認メールを送って内容を記録する。

2 会社側

受付原文を改変せず保存し,対象判定,利益相反,緊急性評価,担当者,聴取,資料確認,暫定措置,調査結論,是正措置及び回答理由を時系列で残す。

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業法違反は契約を無効にするか―宅建業の名義貸し・利益分配合意と公序良俗(AI作成)

目次

第1 結論
第2 業法違反と契約効力は別問題である
第3 最高裁令和3年6月29日判決

1 名義貸しと利益分配の合意
2 公序良俗違反とした理由
3 差戻判決であること

第4 契約無効を判断する手順
第5 契約審査・紛争対応の実務
第6 無効となった場合の清算
第7 まとめ
第8 出典

許認可、資格、名義貸し禁止等を定める業法に違反した契約は、当然に無効になるのでしょうか。結論は一律ではありません。行政処分や刑事罰の対象となることと、当事者間の契約が私法上無効になることは区別して検討する必要があります。最高裁令和3年6月29日判決は、宅建業者と無免許者の名義貸し・利益分配合意について、免許制度を潜脱する反社会性の強い行為であるとして、公序良俗違反による無効の判断枠組みを示しました。

第1 結論

業法違反があっても、直ちに全ての関連契約が無効になるわけではありません。まず、①禁止規定の文言、②法令の目的、③違反に対する行政処分・刑事罰、④契約を有効とした場合に規制目的が害される程度、⑤当事者・第三者への影響、⑥違反部分と他の合意との一体性を確認します。

最高裁令和3年6月29日判決は、無免許者が宅建業者の名義を借りて宅地建物取引業を営み、その取引利益を分配する合意は、宅地建物取引業法12条1項・13条1項の趣旨に反し、公序良俗違反として無効になるとの一般法理を示しました。本件合意がこの法理に当たるかについては、更に審理させるため差し戻しています。単なる手続違反ではなく、免許制度そのものを潜脱する名義貸しが問題となった事案です。

第2 業法違反と契約効力は別問題である

業法は、事業者の資格、許認可、営業方法、表示、書面交付、監督処分及び罰則等を定めます。違反した場合に許可取消し、業務停止、指示、過料又は刑罰が定められていても、関連する契約の無効が明文で定められているとは限りません。

契約の効力は、当該規定が当事者間の契約効力まで否定する趣旨か、公序良俗に反するか、違反部分を除いて契約を存続させられるか等により判断します。「強行法規だから無効」「罰則があるから無効」「行政法規にすぎないから有効」という短い説明だけで結論を出すのは危険です。

第3 最高裁令和3年6月29日判決
1 名義貸しと利益分配の合意

無免許者は、宅建業者名義で不動産を購入・売却し、自ら売却先の選定や契約書案・重要事項説明書案の作成等を行う計画を立てました。当事者間では、売却代金から購入代金・費用等を差し引いた利益を分配し、宅建業者へ名義貸し料を支払う旨の合意がされました。

利益の支払をめぐって本訴・反訴が提起され、原審は合意を有効としました。最高裁は、業法違反の主張について十分に審理判断しなかった原判決を破棄しました。

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会計限定監査役の監査義務―残高証明書の偽造と従業員横領に関する最高裁令和3年7月19日判決(AI作成)

目次

第1 結論
第2 最高裁令和3年7月19日判決の事案
第3 最高裁が示した監査義務

1 帳簿と計算書類の一致だけでは足りない場合がある
2 基礎資料と会計管理体制を確認する
3 公認会計士監査と同じ義務ではない

第4 監査手続を決める実務上の要素
第5 会社側・監査役側の証拠
第6 横領等を発見した後の対応
第7 まとめ
第8 出典

会計限定監査役は、会計帳簿と計算書類の数字が一致していることを確認すれば、常に任務を尽くしたことになるでしょうか。最高裁令和3年7月19日判決は、従業員が預金残高証明書を偽造して横領を隠していた事案で、このような一律の考え方を否定しました。本記事は、同判決が示した判断枠組みと、中小会社の会計監査で残すべき証拠を整理します。

第1 結論

会計限定監査役は、会計帳簿に計上された数字が計算書類へ正しく転記されていることを確認するだけで、常に任務を尽くしたことになるわけではありません。計算書類が会社の財産・損益の状況を重要な点で適正に表示しているかを確かめるため、預金等の重要性、管理状況、内部統制、過去に受けた報告等に応じ、帳簿作成状況の報告を求めたり、残高証明書その他の基礎資料を確かめたりすべき場合があります。

他方、同判決は、会計限定監査役に公認会計士又は監査法人と同じ監査を常に要求したものではありません。具体的な任務懈怠、発見可能性、損害及び因果関係は、個別事情に基づく審理事項です。

第2 最高裁令和3年7月19日判決の事案

会社の経理担当従業員は、会社名義の当座預金口座から自己名義の口座へ多数回送金し、長期間にわたり合計2億円を超える金員を横領しました。従業員は送金を会計帳簿へ計上せず、帳簿上の残高と実際の残高の不一致を隠すため、預金残高証明書を偽造していました。

監査範囲を会計に限定された監査役は、従業員から提出された残高証明書が偽造であることに気付かないまま、残高証明書と会計帳簿を照合し、計算書類等の情報が帳簿の内容と合致していることを確認しました。会社は、横領発覚の遅れによる損害について、会社法423条1項に基づき監査役へ損害賠償を請求しました。

原審は、帳簿の信頼性欠如が明らかである等の特段の事情がなければ、計算書類と帳簿の一致を確認すれば足りるとして請求を棄却しました。最高裁はこの判断を破棄し、さらに審理させるため事件を差し戻しました。

第3 最高裁が示した監査義務
1 帳簿と計算書類の一致だけでは足りない場合がある

監査役は、計算書類等に表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめ、会社の財産及び損益の状況を重要な点で適正に表示しているかについて意見等を記載した監査報告を作成します。この監査には、独立した監査役に確認を担わせることにより、計算書類等の信頼性を高める役割があります。

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債務不履行と弁護士費用―契約の履行・仮処分・訴訟・強制執行に要した費用を請求できるか(AI作成)

目次

第1 結論
第2 最高裁令和3年1月22日判決の事案と判断

1 問題となった費用
2 最高裁が弁護士報酬を損害と認めなかった理由
3 判決が判断していないこと

第3 不法行為の弁護士費用との違い
第4 契約実務で費用負担を設計する方法

1 契約条項を置く
2 弁護士費用以外の実費を分ける
3 請求原因ごとに構成する

第5 訴訟・保全・執行前の確認事項
第6 まとめ
第7 出典

契約の相手方が任意に履行しないため、弁護士へ依頼して交渉、仮処分、訴訟又は強制執行を行った場合、その弁護士費用を債務不履行による損害として相手方へ請求できるでしょうか。最高裁令和3年1月22日判決は、土地売買契約の履行を実現するための弁護士報酬について、請求を否定しました。本記事は、この判決の射程と契約・訴訟実務上の対応を整理します。

第1 結論

最高裁令和3年1月22日第三小法廷判決(令和元年(受)第861号)は、土地売買契約の買主が、売主の引渡し・所有権移転登記義務の履行を求めるため、訴訟、保全命令及び強制執行等を弁護士に委任した事案で、その弁護士報酬を売主の債務不履行による損害として請求できないとしました。

ただし、この判決から「債務不履行では弁護士費用を一切請求できない」という一般命題を導くのは広すぎます。少なくとも、①どの契約上の義務が不履行になったのか、②求める費用が契約の履行を実現するためのものか、別の権利利益の侵害を回復するためのものか、③契約に費用負担条項があるか、④不法行為その他の請求原因が併存するかを分ける必要があります。

第2 最高裁令和3年1月22日判決の事案と判断
1 問題となった費用

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消費者被害の集団的回復手続―共通義務確認訴訟と最高裁令和6年3月12日判決(AI作成)

目次
第1 制度の全体像とこの記事の要点

1 消費者被害を集団的に回復する二段階の手続
2 最高裁令和6年3月12日判決の要点

第2 二段階の手続

1 第1段階の共通義務確認訴訟
2 第2段階の簡易確定手続等
3 個別訴訟及び差止請求との違い

第3 共通義務確認の訴えの入口要件

1 共通性と多数性
2 法3条4項の「困難性」

第4 最高裁令和6年3月12日判決

1 事案の概要
2 原審が訴えを却下した理由
3 最高裁が示した判断
4 判決の射程

第5 訴える側の実務

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大学教員の有期雇用と無期転換―大学教員任期法の10年特例と最高裁令和6年10月31日判決(AI作成)

目次
第1 結論とこの記事の対象

1 結論
2 最高裁令和6年10月31日判決の位置付け

第2 無期転換の原則と大学教員任期法の特例

1 労働契約法18条の5年ルール
2 大学教員任期法7条の10年特例
3 大学教員であれば一律に10年ではない

第3 最高裁令和6年10月31日判決の事案

1 採用及び契約更新の経過
2 原審の判断
3 最高裁の判断

第4 判決の射程と誤解しやすい点

1 実務家教員なら必ず10年となるわけではない
2 10年特例と雇止めは別問題である
3 5年を超えた後の申込みが常に無効とは限らない

第5 大学側の実務対応

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トランスジェンダー職員の職場トイレ利用―最高裁令和5年7月11日判決と使用者の対応(AI作成)

目次

第1 本判決の位置付け第2 事案と最高裁の結論第3 最高裁が重視した具体的事情第4 民間企業で判決を使うときの注意第5 使用者側の対応手順第6 記録に残す事項第7 ハラスメントとプライバシー第8 判決の射程を超えないための注意第9 出典と確認範囲

トランスジェンダー職員から,性自認に沿った職場トイレの利用を希望されたとき,使用者は「戸籍」「手術の有無」「他の職員が不安に思うかもしれない」といった一つの事情だけで結論を固定すべきではありません。最高裁令和5年7月11日第三小法廷判決は,国家公務員についての人事院判定を違法とした事例判決ですが,具体的な支障と本人の不利益を調査し,暫定措置を定期的に見直すという実務上の考え方を示しています。

第1 本判決の位置付け

最高裁令和5年7月11日第三小法廷判決(令和3年(行ヒ)第285号)は,一般職の国家公務員が国家公務員法86条に基づいてした行政措置要求について,人事院の判定のうち職場トイレの利用に関する部分を取り消した判決です。

したがって,この判決は,民間企業に対し,性自認に沿ったトイレ利用をあらゆる場合に無条件で認めることを直接命じたものではありません。他方で,抽象的な不安だけを重く見て本人の具体的な不利益を長期間固定することの危険は,民間企業の人事労務対応でも重要な示唆になります。

第2 事案と最高裁の結論

上告人は,性同一性障害である旨の医師の診断を受け,女性ホルモンの投与等を受けていましたが,健康上の理由から性別適合手術を受けていませんでした。経済産業省は,上告人が執務する階とその上下の階の女性トイレの利用を認めず,それ以外の階の女性トイレの利用を認める取扱いをしました。

最高裁は,人事院の判定には裁量があるとしつつ,本件の具体的事情を踏まえないまま他の職員への配慮を過度に重視し,上告人の不利益を不当に軽視したとして,裁量権の範囲を逸脱・濫用した違法があると判断しました。

第3 最高裁が重視した具体的事情

本人の日常的な不利益:自認する性別と異なる男性用トイレを使うか,執務階から離れた女性トイレ等を使わざるを得ず,相応の不利益が続いていました。
実際のトラブルの有無:説明会後,女性の服装等で勤務し,離れた階の女性トイレを使用しても,トラブルは生じていませんでした。
他の職員の意思の確認:説明会では,数名が違和感を抱いているように見えたにとどまり,明確に反対した職員がいたとは認められませんでした。
再調査と見直し:説明会から人事院判定まで約4年10か月,特段の配慮を要する他の職員がいるかを改めて調査し,取扱いの見直しを検討した形跡がありませんでした。
具体的危険の評価:医師の診断,勤務状況及び利用実績に照らし,判定時にトラブルが生ずることは想定し難い状態でした。

要点は,利益衡量を感覚的・抽象的に行わず,その時点の客観的事実で行うことです。導入時に暫定的な制限が必要であったとしても,時間の経過と実績に応じて見直す必要があります。

第4 民間企業で判決を使うときの注意

民間企業では,雇用契約,就業規則,施設管理,安全配慮,ハラスメント防止及びプライバシー保護の観点から対応を検討します。本判決の直接の審査対象は人事院判定であり,民間企業の個別措置の有効性を一律に決めたものではありません。

そのため,「最高裁判決があるから直ちに全面利用を認める」又は「戸籍上の性別が変わるまで一切認めない」という二者択一を避け,職場の設備,利用人数,個室化の状況,勤務場所,本人の希望,他の利用者に具体的な配慮を要する事情があるか,代替措置による負担及び見直し時期を個別に確認します。

第5 使用者側の対応手順

本人の希望を確認する:希望する利用方法,避けたい開示範囲,通称名・服装・更衣室等の関連事項を,本人の同意を得て必要最小限の担当者で確認します。
事実と推測を分ける:実際に生じた支障,設備上の制約,具体的な申出と,「問題が起きるかもしれない」という推測を区別します。

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医薬用途発明の進歩性と予測できない顕著な効果―最高裁令和元年8月27日判決(AI作成)

目次

第1 結論第2 進歩性と有利な効果の位置づけ1 特許法29条2項2 現在の特許庁審査基準第3 最高裁令和元年8月27日判決1 事件の概要2 原審の判断3 最高裁の判断第4 判断枠組みを実務に落とす1 比較対象を固定する2 非予測性と顕著性を分ける3 基準時を優先日に固定する4 構成容易性と効果を混同しない第5 主張立証のチェックリスト第6 出願・審判・訴訟での使い分け第7 出典と資料の確認状況1 一次資料・行政一次資料2 専門誌目次で所在を確認した評釈3 判例秘書
第1 結論

医薬用途発明の進歩性における「予測できない顕著な効果」は,構造の異なる他の化合物が同程度の効果を示していたという理由だけで否定できない。優先日当時,本願発明の構成が奏すると当業者に予測できた効果の範囲を定め,実際の効果がその範囲を超えるかを検討する必要がある。

最高裁令和元年8月27日第三小法廷判決は,進歩性を最終的に肯定したのではなく,原審の効果判断が不十分であるとして破棄差戻しとした判決である。実務では,構成の容易想到性と効果の顕著性を混同せず,比較対象,基準時及び推認過程を証拠に即して示すことが重要である。

第2 進歩性と有利な効果の位置づけ

1 特許法29条2項

特許法29条2項は,特許出願前に当業者が先行技術に基づいて容易に発明できたときは,特許を受けられないと定める。進歩性判断では,主引用発明と本願発明の相違点を認定し,当業者がその相違点に容易に到達できたかを検討する。

2 現在の特許庁審査基準

特許・実用新案審査基準「第Ⅲ部第2章 新規性・進歩性」は,引用発明と比較した有利な効果が,異質で予測できない場合,又は同質でも際立って優れ,予測できない場合には,進歩性を肯定する方向に働く有力な事情になると説明する。同基準は,最高裁令和元年8月27日判決を参考判決として明示している。

ただし,有利な効果があっても,容易想到性の論理付けが十分である場合に常に進歩性が肯定されるわけではない。効果は進歩性判断の一要素として,発明の構成,先行技術及び技術常識と一体で評価される。

第3 最高裁令和元年8月27日判決

1 事件の概要

最高裁令和元年8月27日第三小法廷判決(平成30年(行ヒ)第69号)は,「アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物」に関する特許無効審判の審決取消訴訟である。

本件発明は,公知の化合物を,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離を抑制する用途に適用する医薬用途発明であった。先行する審決取消判決により,この用途への適用自体は容易に想到できたとの判断が確定していた。その後,予測できない顕著な効果の有無が争点となった。

2 原審の判断

原審は,優先日当時,本件化合物とは異なる複数の化合物が70%から90%程度の高いヒスタミン遊離抑制率を示すことなどを考慮し,本件発明の効果は予測できる範囲を超えて顕著とはいえないとした。

3 最高裁の判断

最高裁は,他の各化合物が本件化合物と構造を異にし,引用発明にも引用例2にも関係しないことを重視した。構造の異なる他の化合物に同程度の効果が知られていたことだけから,本件化合物の効果の程度を当業者が予測できたとはいえないとした。

原審は,優先日当時,本件発明の構成が奏するものとして当業者が予測できた効果は何か,実際の効果がその予測範囲を超える顕著なものかという観点から十分に検討していなかった。そのため,最高裁は原判決を破棄し,顕著な効果の有無等を更に審理させるため知的財産高等裁判所へ差し戻した。

第4 判断枠組みを実務に落とす

1 比較対象を固定する

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登記申請を受任した司法書士の注意義務―委任範囲・疑念の程度・第三者の正当な期待と最高裁令和2年3月6日判決(AI作成)

第1 結論と判決の射程第2 最高裁令和2年3月6日判決の事案1 三つの売買と連件申請2 司法書士が認識した問題点3 原審の判断第3 委任者に対する注意義務第4 委任者でない第三者に対する注意義務第5 注意義務の範囲を決める事情第6 破棄差戻しを「責任なし」と読まない第7 取引実務のチェックポイント1 受任範囲と役割分担を記録する2 疑念を発見した後の対応を記録する3 責任論では要件を分ける第8 関連記事第9 出典・確認状況

登記申請を受任した司法書士の注意義務は、登記書類を形式的に確認することだけで常に尽きるわけではありません。他方、取引に関係したというだけで、前件取引の本人性を全面的に調査し、代金決済の中止まで勧告する義務が当然に生じるわけでもありません。
最高裁令和2年3月6日第二小法廷判決は、委任契約の内容、取引への関与、疑いの程度、依頼者又は第三者の知識経験、他の資格者代理人・仲介業者の関与等を総合考慮する枠組みを示しました。

第1 結論と判決の射程

この判決から実務上導けるのは、「司法書士は必ず前件申請まで調査すべきである」又は「具体的委任がなければ何もしなくてよい」という一律の結論ではありません。誰との関係で、どの役割が正当に期待され、どの疑念を認識し、どの措置を合理的に取り得たかを事実ごとに分ける必要があります。

最高裁は原審を破棄して差し戻しており、司法書士に注意義務違反がないことを最終確定したものではありません。本記事は、最高裁が示した判断枠組みと、受任・取引記録への落とし込みを扱います。

第2 最高裁令和2年3月6日判決の事案
1 三つの売買と連件申請

所有名義人Aから合同会社、合同会社から被上告人、被上告人から別会社へ、不動産の売買契約が順次締結されました。後二つの売買に係る所有権移転は中間省略登記の方法により処理され、前件申請と後件申請は連件申請とされました。

前件申請は弁護士が受任し、上告人である司法書士は、合同会社と最終買主から約13万円の報酬で後件申請を受任しました。司法書士が受任した時点で、一連の売買契約と前件・後件登記の内容等は既に決定されていました。

2 司法書士が認識した問題点

書類確認等の会合で、所有名義人Aと称する者が述べた生年と、あらかじめ提示されていた印鑑証明書の生年が食い違いました。別の印鑑証明書が示されましたが、コピーに「複製」の文字が確認できないという問題もありました。

一方、前件申請については弁護士が受任し、委任状には公証人による本人確認に関する認証が付されていました。被上告人は不動産業者で、その代表者と仲介業者等も会合に出席し、問題点を確認していました。後に印鑑証明書の偽造が判明し、後件申請は取り下げられ、前件申請は却下されました。

3 原審の判断

原審は、司法書士が前件申請についてさらに調査し、後件登記が実現しない危険を警告し、代金決済の中止等を勧告すべき注意義務を負っていたとして、3億2400万円等の支払を認めました。

最高裁は、被上告人との関係で司法書士に正当に期待された役割の内容や関与の程度等を十分に審理せず、直ちに注意義務違反を認めた点を違法として、原判決の司法書士敗訴部分を破棄しました。

第3 委任者に対する注意義務

最高裁は、登記申請の委任を受けた司法書士は、委任者との関係で、登記申請に用いる書面相互の整合性を形式的に確認する義務だけを負うものではないとしました。

確認の過程で、その申請が申請人となるべき者以外による申請であること等を疑うべき相当な事由がある場合には、注意喚起を始めとする適切な措置を取る義務を負うことがあります。

ただし、その措置の要否・合理的な範囲・程度は委任契約の内容に従って定まり、委任の経緯、取引への関与、委任者の知識経験、他の資格者代理人・仲介業者等の関与、疑いの程度、関係者の認識と言動を総合考慮します。

第4 委任者でない第三者に対する注意義務

第三者との関係では、委任者に対する義務と同じ判断をそのまま当てはめることはできません。

もっとも、第三者が登記に係る権利の得喪・移転について重要かつ客観的な利害を持ち、そのことを司法書士が認識でき、さらに第三者が司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を持つ場合には、司法書士が第三者に対しても適切な措置を取る義務を負い、不法行為責任を問われることがあります。

第三者に対する義務では、特に、疑いの程度、第三者の不動産取引に関する知識経験、第三者の利益を保護する他の資格者代理人・仲介業者等の関与を十分に検討し、司法書士の役割と関与に応じて判断します。

第5 注意義務の範囲を決める事情
確認項目具体的に確認する資料・事実委任契約委任状、見積書、受任時メール、具体的指示、報酬、調査対象取引への関与取引設計への参加時期、契約交渉、会合出席、決済への関与疑念の内容本人確認資料の不一致、書面の外観、説明の変遷、警告兆候依頼者・第三者の属性不動産業者か、取引経験、担当者の専門性、自ら確認した事項他の専門家等前件・後件を担当する弁護士・司法書士、仲介業者、公証人の役割期待と伝達誰が司法書士に何を期待し、その期待を司法書士が認識できたか可能な措置注意喚起、追加資料要求、担当専門家への照会、決済延期の提案、辞任

これらを一括して「司法書士は専門家だから責任を負う」「依頼者でないから責任を負わない」と処理せず、義務の相手方と内容ごとに評価します。

第6 破棄差戻しを「責任なし」と読まない

最高裁は、司法書士が問題点を認識し、相応の疑いを有していたと考えられることも指摘しています。他方で、前件申請の調査について具体的委任を受けていなかったこと、前件を弁護士が受任し公証人認証付き委任状があったこと、被上告人が不動産業者で仲介業者等と問題点を確認していたことも重視しました。

したがって、判決は注意義務の存在を全面否定したのではなく、注意義務の相手方、正当に期待された役割、関与の程度等をさらに審理すべきだとしたものです。破棄差戻しという結論から「司法書士は責任を負わない」という一般命題を導くことはできません。

また、最高裁判決には草野耕一裁判官の意見があります。多数意見と結論は同じですが、委任者でない者に対する職業的専門家の義務について独自の整理を示しているため、多数意見の一般論と区別して読む必要があります。

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マンション建替え補償金の差押えと混合供託―最高裁令和4年10月6日判決(AI作成)

目次

第1 結論
第2 最高裁令和4年10月6日判決の事案
第3 二つの供託義務が競合する理由

1 マンション再生円滑化法76条3項の供託
2 民事執行法156条2項の執行供託
3 混合供託が必要になる

第4 旧法76条3項だけの供託では足りない
第5 供託金の払渡しと優先関係
第6 第三債務者・差押債権者の実務
第7 法律名の変更と判決の読み方
第8 出典と確認範囲

マンション建替事業の補償金請求権について,担保権者保護のための法定供託義務があるだけでなく,複数の差押命令による差押えの競合が生じた場合,施行者である第三債務者は,双方の供託原因を記載した混合供託をしなければなりません。

最高裁令和4年10月6日第一小法廷判決は,当時の「マンションの建替え等の円滑化に関する法律」76条3項と民事執行法156条2項の各供託義務は併存し,一方の法条だけを根拠にした供託では,差押債権者に対抗できないと判断しました。

令和8年4月1日,法律名は「マンションの再生等の円滑化に関する法律」に変わりました。本記事では,判決当時の法律を「旧マンション建替円滑化法」,現行法を「マンション再生円滑化法」と表記し,判決の規律と現行法の確認を区別します。

第1 結論
最高裁令和4年10月6日判決(令和2年(受)第1462号)の要点は,次のとおりです。

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無権代理人が本人を共同相続した場合―追認権,相続分と信義則(最高裁平成5年1月21日判決)(AI作成)

目次第1 結論第2 最高裁平成5年1月21日判決の事案第3 無権代理と追認の基本第4 無権代理人が本人を共同相続した場合第5 単独相続の場合との違い第6 当事者別の主張立証1 相手方・債権者側2 無権代理人以外の共同相続人側3 無権代理人側第7 保証・担保設定・売買での実務チェック第8 反対意見と判決の読み方第9 関連記事第10 出典と確認状況

無権代理人が本人を他の相続人と共同相続したとき,無権代理人の相続分だけ契約が当然に有効になるのか,追認権は誰が行使するのかを,最高裁平成5年1月21日第一小法廷判決の全文に基づいて整理する。法令は令和8年10月1日現在の民法を前提とする。

第1 結論

① 無権代理人が本人を他の相続人と共同相続した場合,追認権は,その性質上,共同相続人全員に不可分的に帰属する。
② 共同相続人全員が共同して追認しない限り,無権代理行為は本人との関係で有効にならない。
③ 無権代理人が承継した相続分に相当する部分だけが,何らの追認もなく当然に有効になるものでもない。
④ ただし,無権代理人以外の共同相続人全員が追認した場合に,無権代理人だけが追認を拒むことは,信義則上許されないことがある。
⑤ したがって,「無権代理人も相続人になった」という一事だけで債務の一部を認めたり否定したりせず,共同相続人の範囲,各人の追認・追認拒絶の意思表示,その時期及び信義則を基礎付ける事実を分けて確認する必要がある。

第2 最高裁平成5年1月21日判決の事案

本人の子は,本人から代理権を与えられていないのに,預かっていた本人の実印を用い,本人名義で850万円の貸金債務を連帯保証する契約を締結した。本人はその後死亡し,妻と無権代理人である子が各2分の1の割合で共同相続した。

原審は,無権代理人が相続した本人の地位の限度では,本人が自ら契約したのと同様の効果が生じるとして,無権代理人に請求額の2分の1を支払うよう命じた。

最高裁はこの判断を破棄し,請求を棄却した。共同相続人全員による追認の主張立証がない以上,無権代理人の2分の1の相続分に相当する部分についても,連帯保証契約が当然に有効になったとはいえないとしたためである。

第3 無権代理と追認の基本

民法113条1項は,代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は,本人が追認をしなければ本人に対して効力を生じないと定める。追認は,相手方に対してしなければ,相手方が追認の事実を知ったときを除き,相手方に対抗することができない(同条2項)。

相手方は,本人に対し,相当の期間を定めて追認するかどうかを確答するよう催告でき,期間内に確答がなければ追認を拒絶したものとみなされる(民法114条)。本人が追認しない間,相手方は,契約時に無権代理であることを知っていた場合を除き,契約を取り消すことができる(同法115条)。

無権代理人は,代理権を証明し,又は本人の追認を得た場合を除き,相手方の選択に従い,履行又は損害賠償の責任を負う(民法117条1項)。もっとも,相手方の悪意・過失や無権代理人の行為能力について同条2項の例外がある。本人に対する契約上の請求と無権代理人に対する117条の請求は,根拠と要件を分けて検討する必要がある。

第4 無権代理人が本人を共同相続した場合

最高裁は,追認には,本人に対して効力を生じていなかった法律行為を,本人との関係で有効にする効果があることを出発点とした。そのため,共同相続が生じたときの追認権は,相続分に応じて分割される金銭債権のようなものではなく,共同相続人全員に不可分的に帰属するとした。

この不可分性から,次の順序で結論が導かれる。

本人が死亡し,追認権を複数の相続人が承継する。
共同相続人全員が共同して追認権を行使しない限り,無権代理行為は有効にならない。
無権代理人が共同相続人の一人であっても,その相続分だけが当然に有効になるわけではない。
他の共同相続人全員が追認した場合には,無権代理人だけの追認拒絶が信義則に反しないかを検討する。

連帯保証債務が相続により法定相続分に応じて承継され得ることと,追認前の無権代理行為が相続分の限度で当然に有効になるかは別問題である。まず契約が本人との関係で有効になったかを確定し,その後に相続による債務承継を検討する。

第5 単独相続の場合との違い

無権代理人が本人を単独相続した場合については,最高裁昭和40年6月18日第二小法廷判決(民集19巻4号986頁)が,本人が自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じるとした。

共同相続の場合には,無権代理人以外の相続人が本人の保護のための追認権を承継している。無権代理人の事情だけで契約の一部を有効とすると,他の相続人の追認権を害するため,平成5年判決は単独相続の法理をそのまま相続分ごとに分割して適用しなかった。

したがって,相続関係の調査では,戸籍により法定相続人を確定するだけでなく,相続放棄,相続分の譲渡,遺産分割,数次相続及び遺言の有無を確認し,追認時点で追認権を有する者を確定する必要がある。

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借地上建物の名義を譲渡担保で移した場合の借地権の対抗力―最高裁平成元年2月7日判決(AI作成)

目次

第1 判決の結論
第2 事案の時系列
第3 基準時は土地取得者が登記を備えた時点である
第4 譲渡担保による所有権移転登記
第5 弁済と抹消登記は当然に遡及しない
第6 差戻審に残された背信的悪意者・権利濫用
第7 現行法との関係
第8 相談・訴訟で確認する資料
第9 契約・登記実務への示唆
第10 関連する山中弁護士ブログ記事
第11 参考資料

借地上建物を譲渡担保に供して所有権移転登記をした後、土地が第三者へ譲渡され、その第三者が所有権移転登記を備えた場合の借地権の対抗力について、最高裁平成元年2月7日第三小法廷判決を基に整理する。

第1 判決の結論

最高裁平成元年2月7日第三小法廷判決(昭和60年(オ)第1496号)は、土地取得者が所有権移転登記を備えた時点で、借地人が借地上建物について自己名義の登記を有していなかった以上、借地人は旧建物保護法1条により借地権を土地取得者へ対抗できないとした。

借地人が後に被担保債務を弁済し、譲渡担保権者から建物名義を回復しても、土地取得者に対する関係で当然に過去へ遡って対抗力を回復するものではない。他方、土地取得者がいわゆる背信的悪意者に当たるか、その明渡請求等が権利濫用となるかについては、更に審理させるため事件を差し戻した。

第2 事案の時系列

判決理由から把握できる主要な時系列は、次のとおりである。

① 昭和52年、借地人は土地を賃借し、借地上建物について自己名義の保存登記を備えた。
② 昭和57年1月27日、借地人は債務を担保するため建物を譲渡担保に供し、譲渡担保権者へ所有権移転登記をした。
③ 同年8月30日、土地取得者は土地について所有権移転登記を備えた。
④ 同年10月、借地人は被担保債務を弁済した。
⑤ 同年10月29日、建物の所有権移転登記が抹消され、借地人名義が回復した。

この事案では、土地取得者が登記を備えた③の時点で、借地上建物の登記名義が誰にあったかが決定的である。⑤の回復登記だけを見て対抗力を判断してはならない。

第3 基準時は土地取得者が登記を備えた時点である

借地権の対抗力は、土地取得者との優劣が問題となる時点で判定する。借地上建物の登記が対抗要件として機能する制度では、建物が存在するだけでなく、誰の名義で登記されていたかを登記事項証明書の履歴から確認する。

契約締結時又は訴訟提起時に借地人名義であっても、それだけでは足りない。土地所有権の移転登記時に名義が第三者へ移っていれば、その時点の対抗力が問題となる。

第4 譲渡担保による所有権移転登記

譲渡担保は、債権担保を目的として目的物の所有権を形式上移転する仕組みである。しかし、借地権の公示を第三者に対抗する場面では、内部的な担保目的だけでなく、外部に現れた登記名義が重要となる。

融資契約又は担保契約に「実質的所有者は借地人である」と記載されていても、土地取得者がその内部関係を当然に引き受けるとは限らない。借地上建物を担保に供する前に、土地所有者の承諾、借地契約上の制限、登記名義が借地権の対抗力へ与える影響及び代替担保を検討する。

第5 弁済と抹消登記は当然に遡及しない

(続きを読む...)借地上建物の名義を譲渡担保で移した場合の借地権の対抗力―最高裁平成元年2月7日判決(AI作成)

年休・産前産後休業等を稼働率に算入する賃上げ条項の効力―最高裁平成元年12月22日判決(AI作成)

目次

第1 判決の結論
第2 事案と80%条項
第3 制度目的の合理性と権利行使の抑制を分ける
第4 対象となった休暇・休業等
第5 一部無効と残部の効力
第6 不利益は一年度で終わらないことがある
第7 就業規則・労働協約の点検方法
第8 現在の実務での使い方
第9 関連する山中弁護士ブログ記事
第10 参考資料

年間稼働率が80%以下の従業員を翌年度の賃上げ対象から除外する条項について、法が保障する休暇・休業等を欠勤として算入する部分の効力を判断した最高裁平成元年12月22日第二小法廷判決を基に、制度設計と訴訟実務の要点を整理する。

第1 判決の結論

最高裁平成元年12月22日第二小法廷判決(昭和59年(オ)第303号)は、年間稼働率80%以下の従業員を翌年度の賃上げ対象から除外する条項について、年次有給休暇、生理休暇、産前産後休業、育児時間、業務上災害による休業及び正当な争議行為等を欠勤として算入する部分は、公序に反し無効であるとした。

他方、稼働率制度全体を当然に無効とはせず、無効部分を除いた残部は、当事者の合理的意思に反しない限り有効であるとした。その上で、各労働者の稼働率と賃金額を再計算させるため原判決を破棄し、事件を差し戻した。

第2 事案と80%条項

会社と労働組合の間では、一定期間の稼働率が80%以下の従業員について翌年度の賃上げを行わない旨の取扱いが定められていた。稼働率の計算では、現実に勤務しなかった日を広く欠勤として扱い、法令上保障された休暇・休業や正当な組合活動に伴う不就労も算入されていた。

争点は、稼働率という勤務実績を賃上げ条件に用いること自体が許されるかだけではない。どの不就労原因を同じ「欠勤」として扱うか、その結果として法定権利の行使を抑制する効果が生じるか、違法部分を除いた残部を維持できるかが中心となった。

第3 制度目的の合理性と権利行使の抑制を分ける
1 稼働率基準に一定の合理性があり得る

最高裁は、従業員の出勤率又は勤務実績を賃上げの条件とする制度について、企業の経済的観点から一定の合理性を有する場合があることを否定していない。したがって、稼働率を用いたという一事だけで制度全体を無効とする判決ではない。

2 保護された休暇等を一律に不利益算入できない

しかし、法律が労働者に保障する休暇・休業等を取得した日を欠勤として算入し、その結果として翌年度の賃上げ対象から外すことは、権利行使に大きな経済的不利益を結び付ける。権利を形式上残しても、行使すれば継続的な賃金差が生じるなら、その行使を抑制し、法の趣旨を実質的に失わせるおそれがある。

第4 対象となった休暇・休業等

本判決が問題としたのは、年次有給休暇、生理休暇、産前産後休業、育児時間、業務上災害による休業及び正当な争議行為等である。

これらは根拠法、要件、賃金支払の有無及び保護目的が同一ではない。実務では、「勤務しなかった日」という一つの列にまとめず、休暇・休業・休職・遅刻早退・争議行為等を根拠別に分類し、それぞれについて不利益取扱いを禁ずる法令、制度目的及び裁判例を確認する。

第5 一部無効と残部の効力

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新株発行不存在確認の訴えと確認の利益―新株発行無効の訴えとの違いと最高裁平成4年10月29日判決(AI作成)

目次

第1 結論
第2 三つの訴えを区別する

1 新株発行無効の訴え
2 新株発行不存在確認の訴え
3 株主総会決議の不存在・無効確認

第3 最高裁平成4年10月29日判決

1 事案と原審
2 最高裁の判断
3 判決から得られる実務上の意味

第4 現在の会社法上の手続

1 被告・管轄・必要的併合
2 認容判決の対世効
3 無効判決の将来効との違い

第5 不存在か無効かを分けるための証拠
第6 確認の利益を基礎付ける事情
第7 訴え提起前後のチェックリスト
第8 出典及び確認限界
第9 まとめ

(続きを読む...)新株発行不存在確認の訴えと確認の利益―新株発行無効の訴えとの違いと最高裁平成4年10月29日判決(AI作成)