第1 本記事の対象と結論
本記事は,マンション管理組合の理事会が,理事の地位を残したまま理事長職を解くことができるかを,最高裁平成29年12月18日第一小法廷判決(平成29年(受)第84号),現行の建物の区分所有等に関する法律及び令和7年改正マンション標準管理規約(単棟型)から整理するものである。
法令及び公的資料の基準日は令和8年10月1日である。
結論は,理事長の解職権限は,「理事」「理事長という役職」「区分所有法上の管理者」の各地位と,実際の管理規約の選任・解任条項を分けて判断する必要がある,ということである。
最高裁判決は,問題となった規約の全体解釈に基づき理事会による理事長職の解職を認めたものであり,すべての管理組合に同じ結論を当然に適用するものではない。
第2 最初に三つの地位を分ける
1 理事
理事は,管理組合の業務執行に関与する役員である。
総会が理事を選任・解任すると定める規約の下では,理事会が理事そのものを解任できるとは限らない。
2 理事長
理事長は,理事の中から選ばれる役職である。
理事長職を解かれても理事にとどまる場合と,理事自体を解任される場合とは,決議主体,手続及び効果が異なる。
3 区分所有法上の管理者・管理組合の代表者
管理規約が理事長を区分所有法上の管理者とし,管理組合の代表者と定めることが多い。
理事長職の交代は,管理者又は代表者の交代,総会・理事会の招集権限,金融機関・管理会社等への届出に連動するため,役職名だけの内部問題として扱えない。
第3 最高裁平成29年12月18日判決
1 本件規約の構造
本件規約は,理事及び監事を組合員の中から総会で選任し,理事長及び副理事長等は理事の互選で選任すると定めていた。
また,理事長を区分所有法上の管理者とし,役員の選任及び解任を総会の決議事項としていた。
理事会は,新たな理事長を選任するとともに,従前の理事長の役職を理事長から理事に変更する決議をした。
従前の理事長は,この理事会決議が規約違反であるなどと主張した。
2 最高裁の判断
区分所有法25条1項は,規約に別段の定めがない限り,集会の決議により管理者を選任・解任できるとする。
最高裁は,同法が,集会決議以外の方法で管理者を解任できるか,またその方法をどうするかを,区分所有者の自治的規範である規約に委ねているとした。
その上で,本件規約は,理事長を理事が就く役職の一つとし,総会で選任された理事に,互選によって理事長職に就く者を決めることを委ねたものと解した。
この規約の下では,理事の過半数の一致により従前の理事長の職を解き,別の理事を理事長に定めることも理事に委ねられているとして,理事会決議の内容は規約に違反しないと判断した。
3 破棄差戻しであったこと
最高裁は,理事会決議の内容が規約に違反しないとしたが,決議手続の瑕疵の有無などを更に審理させるため,原判決の関係部分を破棄して差し戻した。
したがって,本判決を「当該理事会決議が最終的にすべて有効と確定した判決」と表現するのは正確でない。
第4 現行法と令和7年改正標準管理規約
1 区分所有法25条
現行区分所有法25条1項は,規約に別段の定めがない限り,集会の決議によって管理者を選任し,又は解任することができると定める。
そのため,規約に「別段の定め」があるか,誰を管理者と定めているか,理事長の選任・解任方法がどう書かれているかを確認する必要がある。
同条2項は,管理者に不正な行為その他職務を行うに適しない事情があるとき,各区分所有者が裁判所に解任を請求できると定める。
これは,規約又は集会・理事会による内部の交代手続とは別の司法上の解任手続である。
2 令和7年改正標準管理規約35条
国土交通省の令和7年改正マンション標準管理規約(単棟型)35条2項は,理事及び監事を総会決議で選任・解任すると定め,同条3項は,理事長,副理事長及び会計担当理事を,理事会決議によって理事の中から選任・解任すると明記している。
現在の標準管理規約にこの文言があるからといって,個々のマンションの現行規約が自動的に改正されるわけではない。
まず,当該管理組合で有効な規約原本と改正履歴を確認する。
第5 解職を検討する側の手順
1 規約を横断して読む
次の条項を一つの表に並べ,決議主体,定足数,議決要件及び通知方法を確認する。
①理事・監事の選任及び解任
②理事長・副理事長・会計担当理事の選任及び解任
③理事長と区分所有法上の管理者・代表者との関係
④理事会及び総会の招集権者,招集通知及び議題
⑤欠員,職務代行及び引継ぎ
⑥役員任期,辞任及び再任
⑦総会専決事項及び理事会決議事項
2 議案を「理事長解職」と「理事解任」に分ける
従前の理事長を理事に残すのか,理事からも外すのかを議案段階で明確にする。
理事長職だけを解くのであれば,後任理事長の選任,効力発生日及び代表権の切替えを同時に決める必要がある。
理事自体を解任する場合は,総会決議の要否,招集通知に記載した目的,弁明機会の要否,規約上の議決要件を別に確認する。
「理事長を解任する」という一語で両方を処理しない。
3 手続証拠を残す
招集権者,招集日,通知到達日,議題,出席者,議決権数,利害関係,賛否及び議事録署名を記録する。
決議内容が許される場合でも,招集・決議手続に瑕疵があれば紛争は残る。最高裁判決も,手続の瑕疵の有無を差戻し後の審理事項とした。
第6 解職された側の確認事項
解職された側は,規約解釈だけでなく,次の事項を順に確認する。
①決議時点で有効な規約及び細則の版
②理事会を招集した者の権限
③招集通知の期間,方法及び議題の特定
④定足数,議決要件及び議決権の計算
⑤解職対象が理事長職だけか,理事の地位も含むか
⑥後任者の選任と代表権の切替え
⑦総会・理事会の議事録,録音,メール及び管理会社の記録
決議の有効性を争う場合は,後続する総会・理事会決議への影響,確認の利益,仮処分の必要性及び管理業務の継続性も併せて検討する。
第7 実務上の注意
最高裁判決は,「理事長は理事の互選で選ぶ」という一文だけから当然に解職権を導いたものではない。
理事長を理事が就く役職と位置付ける規約全体,理事の選任・解任,管理者及び代表権の条項を整合的に解釈したものである。
管理規約の改正を検討するときは,令和7年改正標準管理規約35条3項のように,理事会が理事長等を「選任し,又は解任する」と明記する方が,権限争いを減らしやすい。
ただし,規約改正の決議要件と手続,既存役員への適用時期は別途確認する。
第8 出典・参考資料
①最高裁平成29年12月18日第一小法廷判決(平成29年(受)第84号)
②e-Gov法令検索・建物の区分所有等に関する法律(令和8年4月1日施行版)
③国土交通省・令和7年改正マンション標準管理規約(単棟型)
④国土交通省・マンション管理について
裁判例の判示は①,現行法は②,標準管理規約の現行モデルは③・④に基づく。
判例秘書.JPは令和8年10月1日にログイン画面まで確認したが,認証済み本文の検索・閲覧はできていないため,本記事は判例秘書による裏付けを得たものではない。