第1 本記事の対象と結論
本記事は,仲裁人の利益相反に関する最高裁平成29年12月12日第三小法廷決定(平成28年(許)第43号)を出発点として,仲裁人候補者・仲裁人,当事者及び代理人が行うべき開示,調査及び記録化を整理するものである。
法令及び規則の基準日は令和8年10月1日である。
結論として,将来利益相反が生じる可能性を抽象的に述べるだけでは,具体的な利益相反事実を開示したことにはならない。
他方,開示義務違反を主張する側も,法律事務所内に情報が存在したというだけでは足りず,仲裁人が実際に認識していたか,又は合理的な範囲の調査をすれば通常判明し得たことを,調査態勢と情報経路に即して主張立証する必要がある。
第2 最高裁平成29年12月12日決定
1 事案の概要
本件は,JCAAの仲裁事件においてされた仲裁判断について,仲裁人の所属する国際法律事務所の別オフィスの弁護士が,当事者の関連会社を別訴で代理していた事実が開示されなかったことなどを理由に,仲裁判断の取消しが申し立てられた事案である。
当該仲裁人は就任時に,所属事務所の弁護士が将来,本件と関係のない事件で当事者又は関連会社と利益相反する依頼者を代理し,又は当事者若しくは関連会社を代理する可能性がある旨を一般的に表明していた。
しかし,問題となった別訴代理の事実自体は開示していなかった。
2 抽象的な一般開示では足りない
最高裁は,仲裁法18条4項の開示制度が,当事者に具体的な事実に基づく忌避判断の資料を与え,忌避制度の実効性を確保する趣旨であることを重視した。
そのため,利益相反事実が将来生じる可能性を抽象的に述べただけでは,同項の「既に開示した」事実には当たらないとした。
実務上は,「当事者又は関係会社との関係が将来生じることがある」という包括文言だけで終わらせず,判明した関係主体,案件類型,関与者,関与時期及び関係の性質を,守秘義務に配慮しながら具体化する必要がある。
3 認識又は合理的調査による判明可能性が必要である
最高裁は,仲裁人が開示対象事実を現に認識している場合だけでなく,合理的な範囲の調査により通常判明し得る事実についても開示義務を負い,その義務は仲裁手続が終了するまで継続するとした。
もっとも,開示義務違反があったというためには,仲裁手続終了までに仲裁人が当該事実を認識していたか,又は合理的な範囲の調査を行えば通常判明し得たことが必要である。
本件では,仲裁人本人の認識,所属事務所内での認識及び利益相反確認態勢が明らかでなかったため,最高裁は原決定を破棄し,更に審理させるため差し戻した。
したがって,本決定は仲裁判断の取消しを最終的に確定したものではない。
また,法律事務所に情報があれば当然に仲裁人も知っていた,という擬制を示したものでもない。
第3 現行仲裁法とJCAA商事仲裁規則
1 仲裁法18条及び44条
現行仲裁法18条4項は,仲裁人に対し,仲裁手続の進行中,既に開示したものを除き,自己の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実の全部を遅滞なく開示することを求めている。
同条1項2号は,公正性又は独立性を疑うに足りる相当な理由があるときを忌避事由とする。
開示対象は忌避事由そのものより広い。
「疑いを生じさせるおそれのある事実」を開示させ,忌避するかどうかを当事者の判断に委ねる仕組みだからである。
仲裁法44条1項6号は,仲裁廷の構成又は仲裁手続が日本法上の強行規定に違反する場合を仲裁判断取消事由の一つとしている。
ただし,個別事案で取消しが認められるかは,開示対象事実,認識・調査可能性,手続への影響及び同条の要件を具体的に検討する必要がある。
2 JCAA商事仲裁規則24条
JCAA商事仲裁規則(2021年)は,仲裁人候補者に合理的な調査を求め,問題となり得る事実が判明した場合には,就任辞退又は書面による開示を求めている。
仲裁人就任後も合理的な調査と遅滞のない書面開示を求め,就任時に将来の可能性を一般的に開示しただけでは義務を履行したことにならないと明記している。
仲裁法上の義務とJCAA規則上の手続義務は,根拠と適用場面を区別して記載する必要がある。
他の仲裁機関又はアドホック仲裁では,適用される仲裁規則及び当事者合意を別途確認する。
第4 当事者・代理人側の実務
1 最初に関係者地図を作る
当事者名だけで検索すると,親会社,子会社,兄弟会社,合併前会社,事業承継会社,主要役員及び実質的利害関係者が漏れる。
仲裁申立前又は仲裁人選任前に,少なくとも次の範囲を事件ごとに一覧化する。
①当事者の正式商号,旧商号及び商号の外国語表記
②直接・間接の親会社,子会社及び重要な関連会社
③紛争対象事業の承継会社,販売会社及び主要取引先
④主要な役員,証人候補,専門家及び代理人
⑤相手方が主張する関係会社の範囲と,その根拠
2 開示を受けたら評価と期限管理を分ける
開示を受けたときは,直ちに仲裁人の不公正を断定するのではなく,①開示事実の正確性,②関係の時期・継続性,③同一事務所内の情報遮断,④経済的・人的な近さ,⑤当該仲裁への影響可能性を確認する。
同時に,適用規則上の忌避申立期間を確認し,調査のために期間を徒過しない。
開示がないことを問題とするときは,仲裁人の認識だけでなく,合理的な調査をすれば通常判明したといえる資料を集める。
例えば,事務所の公開プロフィール,案件公表,関係会社一覧の提出時期,コンフリクト・チェック照会への回答及び追加開示の経過が対象となる。
3 後から判明した事実を時系列化する
利益相反関係が仲裁人就任後に発生することはある。
その場合は,関係の発生日,事務所内登録日,仲裁人への通知可能日,当事者が知った日,追加質問日及び回答日を時系列にし,どの時点で何を調査・開示できたかを分けて検討する。
第5 仲裁人・法律事務所側のコンフリクト・チェック
1 就任前チェック
候補者本人の記憶だけに依存せず,依頼時点で検索対象を固定する。
検索対象には,当事者名,関係会社名,旧商号,主要役員,代理人,事件名及び対象事業を含め,検索日,データベース,検索語,結果及び判断者を記録する。
検索結果があるときは,開示対象か,忌避事由に当たり得るか,就任を辞退すべきかを別々に判断する。
「開示すること」と「不公正であること」は同じではなく,開示を要するが就任可能な場合もある。
2 継続チェック
継続義務を実行可能にするには,仲裁事件を一度検索して終わりにせず,少なくとも新規受任,新規当事者・関係会社の追加,事業承継,担当弁護士の異動及び仲裁判断前の最終確認を再検索の契機として定める必要がある。
国際事務所では,オフィス,法人又はネットワークが異なる場合の検索範囲,守秘義務により案件名を共有できない場合の照会経路,ヒットを仲裁人へ伝える責任者を定める。
検索システムの存在だけでなく,誰が,いつ,どのデータを,どの検索語で調べ,誰に報告したかを後から説明できる記録が重要である。
3 具体的な追加開示
追加開示には,守秘義務の許す範囲で,関係する主体,関係の種類,担当オフィス,関与の時期及び当該仲裁との無関係性を記載する。
開示できない情報がある場合は,その制約自体と,必要に応じて仲裁機関を通じた確認方法を示す。
第6 主張立証のチェックリスト
仲裁人の開示義務違反を主張し,又は反論するときは,次の順に証拠を整理する。
①適用される仲裁法,仲裁規則及び仲裁合意
②仲裁人選任日,表明書,開示書及び当事者の照会・回答
③当事者・関係会社の構造と,問題となる別案件との関係
④仲裁人本人が知った事実,時期及び情報経路
⑤法律事務所内で把握されていた情報,登録時期及び閲覧可能者
⑥利益相反確認の対象範囲,データ,検索語,検索日及び結果
⑦合理的な調査をすれば通常判明したといえる具体的根拠
⑧事実判明後の追加開示,質問,忌避申立て及び仲裁判断の日
第7 本決定の射程
最高裁決定が確定したのは,抽象的な一般開示では具体的事実の開示にならないこと,開示義務が合理的な範囲の調査により通常判明し得る事実にも及び得ること,及び当該仲裁人の認識・調査可能性を確定せずに義務違反とした原審判断が不十分であることである。
したがって,所属事務所の別案件が一つあれば直ちに仲裁判断が取り消される,あるいは事務所内データがあれば仲裁人の認識が当然に推定される,と一般化してはならない。
個別事件では,適用規則,関係の具体性,調査態勢及び手続経過を証拠に即して検討する。
第8 出典・参考資料
①最高裁平成29年12月12日第三小法廷決定(平成28年(許)第43号)
②e-Gov法令検索・仲裁法
③JCAA商事仲裁規則(2021年)
④JCAA・仲裁規則一覧
裁判例の判示は①,現行法は②,JCAAを選択した場合の手続規則は③・④に基づく。
判例秘書.JPは令和8年10月1日にログイン画面まで確認したが,認証済み本文の検索・閲覧はできていないため,本記事は判例秘書による裏付けを得たものではない。