第1 本記事の対象と結論の要旨
1 本記事が扱う場面
本記事は,産前産後休業や育児休業を終えて職場に戻る社員を,休業前より低い役職や職位で復職させる場面を扱う。
店長や課長の役職を外し,それに伴って役職手当や基本給が下がる扱いが典型であり,会社の側からは「休業中に後任を置いたので空きがない」という事情が主張されることが多い。
基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で,裁判例は裁判所ウェブサイト又は判例秘書の判決全文で,行政解釈は厚生労働省の法令等データベース又は同省ウェブサイト掲載の通達で確認したものに限っている。
2 結論の要旨
①妊娠・出産や産前産後休業を理由とする不利益取扱いは男女雇用機会均等法9条3項が,育児休業を理由とする不利益取扱いは育児・介護休業法10条が禁止しており,いずれも強行規定と解されている。
②休業を契機として降格させた場合は,原則として禁止される不利益取扱いに当たり,例外は,本人の自由な意思に基づく承諾があったといえる合理的な理由が客観的に存在する場合か,業務上の必要性から降格しないことに支障があり,法の趣旨・目的に実質的に反しないといえる特段の事情がある場合に限られる(最高裁平成26年10月23日判決)。
③育児休業からの復帰時の降格については,本人に利益がないのでむしろ厳格に判断すべきだとして,「後任がいてポストに空きがない」という事情だけでは特段の事情を認めず,差額賃金と慰謝料の支払を命じた裁判例がある(津地裁令和8年3月27日判決)。
④基本給や役職の等級が下がらない配置でも,業務の内容の質が著しく下がり,将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねないものは不利益な取扱いに当たり得るとして,部下を付けない業務への配置を違法とした裁判例がある(東京高裁令和5年4月27日判決)。
第2 禁止規定と強行規定であることの意味
1 二つの禁止規定
(1) 均等法9条3項
男女雇用機会均等法9条3項は,事業主が,女性労働者が妊娠したこと,出産したこと,労働基準法65条1項の産前休業を請求し,又は同条1項・2項の休業をしたことその他の妊娠・出産に関する事由で厚生労働省令で定めるものを理由として,解雇その他不利益な取扱いをすることを禁止している。
妊娠中の女性が請求した場合の軽易な業務への転換(労働基準法65条3項)を契機とする降格も,この規定の問題として扱われた(第3の2)。
(2) 育児・介護休業法10条
育児・介護休業法10条は,事業主が,労働者が育児休業の申出をし,又は育児休業をしたこと等を理由として,解雇その他不利益な取扱いをすることを禁止している。
男性が育児休業を取得した場合もこの規定の対象であり,産前産後休業に続けて育児休業を取った女性が復職する場面では,均等法9条3項と育児・介護休業法10条の両方が問題になる。
2 強行規定であることの意味
(1) 均等法9条3項と育児・介護休業法10条の性質
最高裁平成26年10月23日第一小法廷判決は,均等法9条3項を強行規定とし,これに反する不利益取扱いは違法であり無効であるとした。
育児・介護休業法10条については最高裁の判断はないが,津地裁令和8年3月27日判決は,同条の文言や趣旨,同法に基づく指針(平成21年厚生労働省告示第509号)が降格を不利益な取扱いの例に挙げていること等から,同条も強行規定と解するのが相当であるとした。
(2) 無効であることの帰結
強行規定に反する降格は無効であるから,社員は,降格がなかったものとして,本来の役職・職位を前提とする賃金を請求することができる。
差額分を損害賠償として請求する構成に限られないことは,請求の立て方を考えるうえで重要である(第6の1)。
第3 「理由として」の判断――契機と原則・例外
1 行政解釈(平成27年1月23日通達)
(1) 契機としたときは原則として「理由として」に当たる
厚生労働省は,平成27年1月23日付け雇児発0123第1号通達で,均等法と育児・介護休業法の解釈通達を改め,妊娠・出産等や育児休業の申出・取得を契機として不利益取扱いが行われた場合は,原則としてそれを理由として不利益取扱いがなされたと解されるとした。
この改正は,平成26年10月23日の最高裁判決を踏まえたものであると通達自身が述べている。
(2) 「契機として」の判断
同通達は,「契機として」については,基本的に,その事由が発生している期間(育児休業ではその申出又は取得)と時間的に近接して不利益取扱いが行われたかどうかで判断するとしている。
例として,定期的に人事考課・昇給等が行われている場合には,請求後から休業等の満了後の直近の人事考課・昇給等の機会までの間に不利益な評価が行われたときは,「契機として」行われたものと判断するとしている。
(3) 現行の育児・介護休業法の施行通達
育児・介護休業法の現行の施行通達(令和7年1月20日付け職発0120第2号・雇均発0120第1号。令和7年10月1日適用版)も,同法10条について,育児休業申出又は取得を契機とする不利益取扱いは原則としてそれを理由とするものと解されること,二つの例外及び「契機として」を時間的な近接で判断することを,同じ内容で示している(第2の39(3),同通達60頁~61頁)。
同通達は,同条に該当する解雇その他不利益な取扱いは民事上無効と解されることも明記している(同(2))。
(4) 昇進・昇格の要件と原職相当職
同通達は,休業期間を人事考課の選考対象としないことは不利益取扱いに当たらないが,休業期間を超える一定期間昇進・昇格の選考対象としない人事評価制度とすることは不利益取扱いに当たるとし,例えば「三年連続一定以上の評価」という昇格要件について,休業前に2年連続で要件を満たしていたのに,休業後に改めて3年連続を求めることは不利益な取扱いに該当するとしている(同62頁)。
他方で,同通達は,指針が不利益な配置の変更に当たらないとする復職先の範囲は「原職又は原職相当職」より広く,別の事業所や別の職務への復職でも,通常の人事異動のルールから十分に説明できるものであれば不利益な配置の変更には当たらないとしている(同62頁)。
「原職相当職」については,休業後の職制上の地位が休業前より下回っていないこと,職務内容が異なっていないこと,勤務する事業所が同一であることのいずれにも該当する場合には「原職相当職」と評価されるとしている(同129頁)。
2 最高裁平成26年10月23日判決の判断枠組み
(1) 事案
病院の副主任であった理学療法士が,妊娠中に軽易な業務への転換を請求して異動した際に副主任を外され,産前産後休業と育児休業の後も副主任に戻されなかった事案である。
同判決は,降格を有効とした原判決を破棄し,審理を広島高等裁判所に差し戻した。
(2) 原則と二つの例外
同判決は,妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる措置は,原則として均等法9条3項の禁止する取扱いに当たるとした。
そのうえで,例外として,①労働者が軽易業務への転換及び降格により受ける有利な影響・不利な影響の内容や程度,事業主による説明の内容その他の経緯や労働者の意向等に照らして,労働者が自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき,又は,②事業主において降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって,その業務上の必要性の内容や程度及び有利・不利な影響の内容や程度に照らして,降格が同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは,同項の禁止する取扱いに当たらないとした。
②の例外は,業務上の必要性が不利益を上回るかどうかを比べるだけのものではない。
前提として,降格しないで軽易業務へ転換させることに業務上の支障があることが必要であり,そのうえで,必要性と影響の内容・程度から,法の趣旨・目的に実質的に反しないといえるかが問われる。
第4 育休復帰時の降格に関する津地裁令和8年3月27日判決
1 事案
通信機器の販売代理店で店長を務めていた社員が,第2子の育児休業から復帰する際に副店長として復職し,職位が一段階下がって基本給が月額2万2500円下がった事案である。
会社は,復帰後3か月間は差額を調整手当で補っていたが,その後は支給をやめ,店長ポストに空きが出ても社員を店長に任命しないまま推移し,社員はその後退職した。
社員は,差額賃金と慰謝料等を請求した(令和6年(ワ)第384号)。
2 判断枠組み
(1) 原則と特段の事情
同判決は,育児・介護休業法10条を強行規定とし,育児休業の申出又は取得を契機として降格させる措置は原則として同条の禁止する取扱いに当たるとした。
例外は,復帰後の配置等が円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性に基づく場合で,その必要性の内容や程度が同条の趣旨・目的に実質的に反しないと認められる特段の事情があるときに限られるとし,その判断では,配置後の業務の性質・内容,職場の組織・業務態勢・人員配置の状況,本人の知識・経験等を考慮すべきだとした。
(2) 最高裁平成26年判決を及ぼすことへの反論
会社は,最高裁平成26年判決は軽易業務への転換の事案であり,育休復帰の場面には当てはまらないと主張した。
同判決は,軽易業務への転換は本人の請求に基づく本人に利益のある措置であるのに対し,育休復帰時の降格には本人の利益が基本的に存在しないから,判断はむしろ厳格になされるべきだとして,この主張を退けた。
3 特段の事情を否定した事情
(1) ポストの空きと調整手当の打切り
同判決は,店長は各店舗に1人配置すれば足りるため,復帰直後に店長とすることが困難な場合があること自体は認めた。
しかし,復帰後3か月を過ぎてもなお店長職に戻せないほどの支障が続いていたかは疑問であり,本当に支障が続いていたのなら3か月で調整手当をやめることの合理性に疑問があるとした。
(2) 復帰の条件と会社の規程
会社は,改めて人事評価で高い評価を2回続けて得ることを店長への復帰の条件とする運用をとっていた。
同判決は,この運用は原職復帰への事実上の制約であり,育児休業を取らなかった同じ等級の社員と比べて不利益な扱いになることは明らかだとした。
また,会社の規程では降格は低い評価が2回続いた場合に行うものとされていたから,育休復帰時の降格はそれ自体が会社の規程にも反するとした。
(3) 評価の根拠と事前の準備
会社は店長として不適格な事情があったと主張したが,同判決は,その事実は立証されておらず,指摘や指導の記録も評価シートにないとし,事実上の偏見をもって処遇したことが強く疑われると述べた。
さらに,会社は復帰時期をあらかじめ知っていながら,復帰後の配置や労働条件を事前に検討した様子がなく,本人にも示していなかったとして,育児・介護休業法の雇用管理上の努力義務(判決が挙げた21条・22条。現行法では,休業後の賃金・配置その他の労働条件をあらかじめ定めて周知する努力義務は21条の2に,配置その他の雇用管理に関する努力義務は22条3項に置かれている)の趣旨を踏まえた態勢の不備を指摘した。
4 認められた請求
同判決は,降格は育児・介護休業法10条に反して無効であるとして,令和6年9月分から令和8年3月分まで毎月2万2500円の差額賃金の支払を命じた。
さらに,違法な措置が続き社員が退職に至った経過から,差額賃金の支払だけでは精神的苦痛が慰謝されないとして,慰謝料100万円と弁護士費用10万円の支払も命じた。
第5 降格を伴わない配置も不利益取扱いになり得ること(東京高裁令和5年4月27日判決)
1 事案と判断枠組み
(1) 事案
クレジットカード会社で37人の部下を率いるチームリーダーであった社員が,産前産後休業と育児休業から復職すると,休業中の組織変更でチームがなくなっており,新設部門で部下を持たないアカウントマネージャーとして新規販路の開拓を担当し,その後は電話リストを使った電話営業を優先して行うよう指示された事案である。
職務等級は変わらず,基本給と特別営業手当も減額されなかったが,業績連動給は大きく減少した。
東京高裁令和5年4月27日判決(令和元年(ネ)第5013号,判例タイムズ1523号129頁,労働判例1292号40頁)は,一審判決を一部変更して,会社に220万円の支払を命じた。
(2) 判断枠組み
同判決は,均等法9条3項と育児・介護休業法10条をいずれも強行規定とした。
そのうえで,基本給や手当等の面で直ちに経済的な不利益を伴わない配置の変更であっても,業務の内容面で質が著しく低下し,将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねないものは,労働者に不利な影響をもたらす処遇に当たり,妊娠・出産や育児休業等を理由とするそのような配置の変更は原則として両条の禁止する取扱いに当たるとし,例外については最高裁平成26年判決と同じ二つの場合を挙げた。
2 当てはめと認められた請求
(1) 違法とされた範囲
同判決は,休業中にチームをなくした組織変更自体は業務上の必要に基づくもので,年度の途中で直ちに他のチームのチームリーダーにできなかったこともやむを得ないとした。
しかし,復職前の面談で副社長が「チームリーダーは乳児を抱えて定時で帰宅することができる職務ではない」旨を述べ,別の副社長も休業によるブランクや休暇の多さを理由に挙げていたことから,部下を付けない業務に就けたのは育児休業等を理由とするものと認めた。
社員は戸惑いながら受け入れたにとどまり,自由な意思による承諾を認める合理的な理由はなく,37人の部下を率いていた社員に一人の部下も付けずに電話営業をさせる業務上の必要性も高くないとして,その限度で両条の禁止する不利益な取扱いに当たり,人事権の濫用として公序良俗にも反するとした。
その結果として行われた人事評価で,リーダーシップの項目を最低評価としたことも,同じく違法とした。
(2) 認められた損害
同判決は,違法な取扱いがなければどの程度の歩合給等を得られたかは明らかでないとして逸失利益は認めず,キャリア形成への期待が害されたこと等を理由に慰謝料200万円と弁護士費用20万円を認めた。
役職の等級や基本給が維持されていても,業務の中身とキャリア形成の面で不利益な取扱いと評価され得ること,他方でその場合の金銭的な救済は慰謝料が中心になり得ることを示す例である。
第6 請求の立て方と会社の側の対応
1 社員の側の請求
(1) 降格が無効であることを前提とする賃金請求
降格が均等法9条3項又は育児・介護休業法10条に反して無効であれば,社員は,本来の役職・職位を前提とする役職手当や基本給との差額を,賃金として請求することができる。
津地裁令和8年3月27日判決も,差額を賃金として毎月の支払を命じている。
差額を損害賠償として請求する構成しかないと考える必要はない。
他方で,東京高裁令和5年4月27日判決のように基本給等が下がらない配置の場合は,差額賃金ではなく,慰謝料が請求の中心になる。
(2) 慰謝料の請求
降格そのものが不法行為に当たる場合は,差額賃金とは別に慰謝料を請求することが考えられる。
同判決は,違法な措置が改められず,不公正な評価と処遇が続いた結果として退職に至った事情を重視して,慰謝料を認めた。
2 会社の側で整えておくこと
(1) 復帰前の準備と説明
津地裁令和8年3月27日判決が不備として指摘した事情からすると,会社の側では,次の対応をとっておくことが考えられる。
①休業の申出を受けた段階で,復帰時期と復帰後の配置・労働条件を検討し,書面で本人に示す。
②休業中の代替要員は,原職に戻すことを前提とした期間限定の配置にする。
③原職に空きがないため一時的に別の職に就けるときは,原職に戻す時期と条件を具体的に示し,その運用を実際に守る。
④差額を補う手当を設けるなら,その打切りの時期を原職に戻す時期と合わせる。
⑤評価や適性を理由にするなら,指導の記録や評価シートの具体的な記載を残し,本人に伝える。
⑥休業前に満たしていた昇格・復帰の要件を,休業後に改めて一から満たすよう求める運用をしない(第3の1(4))。
⑦役職や給与を維持する場合でも,部下の有無や担当業務の中身が休業前と比べて著しく低下しないかを確認する(第5)。
(2) 原職相当職の考え方
平成18年10月11日付け雇児発第1011002号通達(平成27年1月23日改正後のもの)は,配置の変更の場面で,「原職相当職」の範囲は企業や事業所ごとに様々であるとしつつ,一般的には,休業後の職制上の地位が休業前を下回っていないこと,職務内容が異ならないこと,勤務する事業所が同一であることのいずれにも該当する場合には「原職相当職」と評価されるとしている。
復帰後の配置がこの三つを満たすかどうかは,会社の側で降格に当たらないと説明できるかどうかの目安になる。
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男女雇用機会均等法の内容・改正経過・主要判例は,均等法の全体像,妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止及び最高裁平成26年10月23日判決を扱っている。
職場のハラスメント防止-種類・事業主の措置義務・主要最高裁判例は,妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントの防止措置を扱っている。
事業主自身による不利益取扱い(本記事)と,上司・同僚の言動によるハラスメントは,根拠条文が異なる。
第8 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」9条
②e-Gov法令検索「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」10条,21条の2及び22条
③e-Gov法令検索「労働基準法」65条
2 裁判例
①最高裁平成26年10月23日第一小法廷判決,平成24年(受)第2231号,民集68巻8号1270頁(広島中央保健生活協同組合事件)
②津地裁令和8年3月27日判決,令和6年(ワ)第384号
3 判例秘書で確認した裁判例(裁判所ウェブサイト未掲載)
①東京高裁令和5年4月27日判決,令和元年(ネ)第5013号,判例タイムズ1523号129頁,労働判例1292号40頁,判例秘書L07820168(アメリカン・エキスプレス事件)
4 行政解釈
①厚生労働省法令等データベース「「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」及び「育児休業・介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律の施行について」の一部改正について」(平成27年1月23日雇児発0123第1号。参考資料2として平成18年10月11日雇児発第1011002号の改正後の全文を収録)
②厚生労働省「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律の施行について」(令和7年1月20日職発0120第2号・雇均発0120第1号,令和7年10月1日適用版)60頁~62頁及び129頁