第1 親の土地の賃料を子へ移す方法と裁判所の判断
親が所有する駐車場用地を子に無償で貸し(使用貸借),子が賃貸人となって第三者から賃料を受け取る形にすれば,賃料は子の不動産所得になるのか。
同じ事案について,大阪地裁令和3年4月22日判決は子らの所得と判断し,控訴審の大阪高裁令和4年7月20日判決は親の所得と判断した。
結論が分かれたのは,使用貸借が成立したかどうかではない。
控訴審も使用貸借の成立は認めた上で,子らは所得税法12条の「単なる名義人」に当たるとした。
相続税対策と所得税の節税を目的として,親の存命中は所有権を親に残したまま賃料だけを子へ移す方法は,控訴審の判断に従えば,親の所得として課税されることになる。
本記事は,令和8年9月19日を基準に,両判決の全文と所得税法12条を基に,判断の分かれ目と,同じ方法を取っている場合に確認すべき事項を説明する。
親族間の土地の貸し借りと贈与税・相続税の評価は親族間で土地を使わせる場合の課税-使用貸借と相当の地代で,地代の水準から使用貸借と賃貸借を見分ける方法は使用貸借と賃貸借の区別-固定資産税程度の支払,相場より安い地代・家賃は賃料かで扱っている。
第2 所得の帰属を決める所得税法12条
1 実質所得者課税の原則
所得税法12条は,次のとおり定める。
「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であつて、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律の規定を適用する。」
この規定は,見出しのとおり実質所得者課税の原則と呼ばれる。
問題になるのは,収益の法律上の帰属者(本件では賃貸人となった子)が「単なる名義人」に当たるかどうかである。
2 所得税基本通達12-1
国税庁の所得税基本通達12-1は,同条の適用について次のように定める。
「法第12条の適用上、資産から生ずる収益を享受する者がだれであるかは、その収益の基因となる資産の真実の権利者がだれであるかにより判定すべきであるが、それが明らかでない場合には、その資産の名義者が真実の権利者であるものと推定する。」
通達は国税庁長官が職員に示す法令解釈であり,裁判所を拘束するものではない。
後記のとおり,第一審は使用借主を「真実の権利者」とみてこの通達を当てはめ,控訴審は同じ通達を所有者に帰属させる方向で引用した。
第3 大阪地裁令和3年4月22日判決は子らの所得とした
1 事案
親は大阪府枚方市に多数の不動産を所有し,平成16年頃から4筆の土地を駐車場として賃貸していた。
駐車場の賃貸借契約の事務と賃料の受領は,管理会社2社に報酬を払って委託していた。
平成25年11月以降,長男が親の意向を受けて税理士法人に不動産の節税対策と相続税対策を相談した。
平成26年1月25日付けで,親と長男,親と長女の間でそれぞれ「使用貸借契約書」と題する契約書が作られた。
契約書には,期間を平成26年2月1日から10年間とし,子が固定資産税等の相当額を親に支払うこと,親の承諾により転貸できることが記載されていた。
同日,土地上のアスファルト舗装等を子に贈与する契約も結ばれ,平成26年2月以降の駐車場の賃料は子らの口座に振り込まれるようになった。
税務署長は,平成26年分の駐車場の賃料は親に帰属するとして,親に対し所得税等の増額更正処分と過少申告加算税の賦課決定処分をした。
親がその取消しを求めたのが本件である。
2 使用貸借は成立したとした
第一審は,親の署名押印のある使用貸借契約書が真正に成立しており,契約書の記載どおりの行為がされたとの推認を妨げる特段の事情はないとして,使用貸借の成立を認めた。
子が固定資産税等の相当額を支払う約定については,使用収益の対価の意味を持つものとは認められないとし,最高裁昭和41年10月27日判決(民集20巻8号1649頁)を参照して,民法上の使用貸借の性質を有するとした。
3 子らは形式上も実質上も収益を享受しているとした
第一審は,子らが使用貸借に基づいて土地の使用収益権を与えられ,賃貸人として賃料を得ている以上,所得税法12条の「単なる名義人」には当たらないとした。
国は,不動産所得は資産の所有に担税力を見いだすものであること,使用借権は弱い権利で収益の基因にならないこと,子らの賃料収入は親が使用収益を承認した反射的効果にすぎないことなどを主張した。
第一審は,所得税が個人の所得に対する租税であることから,民法上の所得の帰属を離れて担税力の有無だけで帰属を決めることはできないとして,これらの主張を退けた。
判決は,子らについて「民法上,形式上も実質上もその収益を享受しているのであるから,所得税法上においても,収益の帰属主体であるとみるべきである。」と述べた。
その上で,増額更正処分のうち親が更正の請求で主張した額を超える部分と,過少申告加算税の賦課決定処分を取り消した。
第4 大阪高裁令和4年7月20日判決は親の所得とした
1 使用貸借の成立は認めた
控訴審は,アスファルト舗装は土地の構成部分となって独立の所有権が成立しないから,舗装を子に贈与する部分は原始的に不能で無効であるとした。
しかし,契約書の記載からは,舗装部分を含む土地全体を駐車場として使用させる使用貸借が成立したと解するのが合理的であるとした。
そのため,子らは土地から「生ずる収益の法律上帰属するとみられる者」に当たり,次に「単なる名義人」に当たるかを検討するという順序で判断した。
2 子らを単なる名義人とした理由
(1) 賃料は所有者に帰属すべき法定果実であること
控訴審は,駐車場の賃料について「法定果実であり(民法88条2項)、駐車場賃貸事業を営む者の役務提供の対価ではないから、所有権者がその果実収取権を第三者に付与しない限り、元来所有権者に帰属すべきものである。」とした。
使用借主が第三者に使用収益させるには貸主の承諾が必要であり(民法594条2項),無償の使用貸借では,貸主はその承諾を撤回して将来に向かって付与しないことができると考えられるとした。
そのため,使用貸借で法定果実の収取権を与えられたことだけで,当然に実質的にも収益を享受する者とはいえないとした。
(2) 取引の目的と子らの負担
控訴審は,取引の経緯について,相続税の納付のために遺産の売却を余儀なくされる事態を避けるため,親名義の遺産の増加を抑えることを企図し,当面の所得税の節税も企図したものと認定した。
子らは特段の出捐をしておらず,管理会社への有償の委任も続いていたから,管理に必要な役務を提供したとも認められないとした。
さらに,子らは親所有の土地建物に無償で住み,その固定資産税も親が負担していたことから,親族間の情誼による援助の関係にあったとした。
(3) 収益を支配していたのは親であるとした
以上から,控訴審は,取引は「Aの相続にかかる相続税対策を主たる目的として、Aの存命中は、本件各土地の所有権はあくまでもAが保有することを前提に、本件各土地によるAの所得を子である被控訴人B及び同Cに形式上分散する目的で、同人らに対して本件各使用貸借契約に基づく法定果実収取権を付与したものにすぎない」とした。
賃料が子らの口座に振り込まれていても,それは親が所有者として享受すべき収益を子に無償で処分している結果であり,収益を支配していたのは親であるとした。
控訴審は,所得税法12条の趣旨に沿うものとして所得税基本通達12-1を引用し,原判決のうち国の敗訴部分を取り消して,訴訟を承継した親の相続人らの請求を棄却した。
国税庁の税務訴訟資料には,この控訴審判決が確定した旨の表示がある。
第5 両判決の分かれ目と,同じ方法が否認されやすい事情
1 民法上の帰属を基準にするか,収益の支配を見るか
第一審は,使用貸借が成立して子が賃貸人として賃料を受け取っている以上,民法上の帰属がそのまま所得税法上の帰属になるとみた。
控訴審は,使用貸借の成立を認めつつ,所得税法12条を形式と実質が異なる場合に実質で帰属を判定する規定と解し,無償で撤回可能な果実収取権の付与にとどまる限り,収益を支配しているのは所有者であるとみた。
控訴審の判断は一つの高裁判決であり,最高裁の判断ではない。
もっとも,同判決は確定しており,所得税基本通達12-1とも同じ方向の判断であるから,同じ方法を検討するときは,控訴審の判断を前提にしておくのが安全である。
2 控訴審の判断で重視された事情
控訴審の説示に沿って整理すると,子の所得と認められにくくなる事情は次のとおりである。
①所有権を親に残したまま,賃料を受け取る権利だけを無償で子に与えている。
②取引の目的が,相続税対策や所得の分散として説明されている。
③子が土地の取得や設備に出捐せず,管理も従前の管理会社に委ねたままである。
④親が子に住居を無償で使わせるなど,親族間の援助の関係がほかにもある。
⑤既に親が営んでいた賃貸事業を,そのまま子に引き継がせている。
逆に,これらの事情と異なる場合に子の所得と認められるかは,本件の両判決からは直接には分からない。
土地そのものを子に贈与すれば,賃料は所有者となった子の所得になると考えられるが,その場合は贈与税の問題になる。
使用貸借と賃貸借のどちらに当たるかによって借主の地位も変わるので,地代の水準の見方は前記の使用貸借と賃貸借の区別の記事を確認されたい。
第6 既に同じ方法を取っている場合の手続と期間
1 親に対する更正と加算税
税務署長は,親の所得として申告が過少であれば,更正処分をすることができる。
更正は,原則として法定申告期限から5年を経過した日以後はすることができない(国税通則法70条1項)。
偽りその他不正の行為によって税額を免れた場合は,7年に延びる(同条5項1号)。
更正があれば,過少申告加算税が課され得る(国税通則法65条)。
加算税の割合は,原則として増加した税額の10%であり,一定額を超える部分には5%が加算される(同条1項・2項)。
本件でも,親に対して過少申告加算税の賦課決定処分がされていた。
2 子が申告していた賃料の更正の請求
子が賃料を自分の不動産所得として申告し納税していた場合,子は,法定申告期限から5年以内であれば,過大な申告として更正の請求をすることができる(国税通則法23条1項1号)。
その所得が親に帰属するとして親に更正があったときは,5年を過ぎた後でも,その更正があった日の翌日から2か月以内であれば更正の請求をすることができる(同条2項2号)。
2か月は短いため,親に対する調査が始まった段階で,子の側の申告の扱いも併せて検討しておく必要がある。
3 契約をどうするか
控訴審の判断を前提にすると,使用貸借契約書を作っただけでは,賃料を子の所得にすることは難しい。
既に同じ方法を取っている場合は,①契約書と通帳の入金記録,②管理会社との契約の名義,③固定資産税と修繕費を誰が負担しているか,④取引を始めた時の相談記録を確認し,今後も続けるか,親の所得として申告し直すかを検討することになる。
続けるか改めるかの判断は,所得税だけでなく,前記の記事で扱う贈与税と相続税の評価にも影響するので,税理士と併せて検討するのが相当である。
第7 出典
1 法令・通達
①所得税法12条
②民法88条・593条・594条
③国税通則法23条・65条・70条
④所得税基本通達12-1(国税庁)
法令は令和8年9月19日を基準とする。
2 裁判例
①大阪地裁令和3年4月22日判決(平成31年(行ウ)第51号,税務訴訟資料271号順号13553)
②大阪高裁令和4年7月20日判決(令和3年(行コ)第64号,税務訴訟資料272号順号13735)
③最高裁昭和41年10月27日判決(民集20巻8号1649頁。①の判決が参照したもの)
税務訴訟資料272号順号13735の冒頭は第一審を「令和3年5月6日判決」と表示しているが,裁判所ウェブサイト及び税務訴訟資料271号順号13553によれば,第一審は大阪地裁令和3年4月22日判決である。