第1 本記事の概要
本記事は,最高裁判所,司法研修所及び東京地方裁判所で裁判官を対象に行われた研究会・勉強会について,講師の氏名,話題事項,講演録及び講義の動画がどこまで開示されるかを,最高裁判所の情報公開・個人情報保護審査委員会の答申4件から整理するものである。
基準日は令和8年10月25日である。
扱う答申は,令和8年度(最情)答申第9号(労働基本・実務研究会),令和7年度(情)答申第108号(東京地方裁判所の「労働問題の研究者とのクロストーク」),令和7年度(最情)答申第51号(行政基礎研究会・行政実務研究会)及び令和3年度(最情)答申第2号(生活保護基準引下げの事案を含む研究会)である。
外部講師の氏名は,いずれの答申でも行政機関情報公開法5条1号の個人識別情報に相当するとして,不開示が妥当とされた。
話題事項の提出理由や,講演録のうち講師の担当事件に触れた部分も,同条6号の支障を理由に不開示が妥当とされた。
他方で,話題事項の見出しの行は開示すべきとした答申(令和7年度(情)答申第108号)もある。
裁判官研修の全体像は裁判官研修実施計画で,答申の調べ方は情報公開の答申を調査・引用する方法―公表答申書,頁番号,判断主体及び射程の確認で説明している。
第2 裁判所の司法行政文書の開示と答申
1 取扱要綱による開示と苦情
裁判所の司法行政文書の開示は,「裁判所の保有する司法行政文書の開示に関する事務の取扱要綱」(以下「取扱要綱」という。)に基づいて行われている。
令和8年度(最情)答申第9号によれば,取扱要綱記第2に定める開示の申出に対する判断について,取扱要綱記第11の1に定める苦情が申し出られると,取扱要綱記第11の3に定める諮問がされる。
この諮問に対して判断を示すのが,情報公開・個人情報保護審査委員会の答申である。
2 不開示の判断の枠組み
答申は,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「行政機関情報公開法」という。)5条の各号に定める不開示情報に「相当する」かどうかという形で判断している。
本記事の答申で問題になったのは,個人識別情報(5条1号),法人等の正当な利益を害するおそれがある情報(5条2号イ)及び事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある情報(5条6号)である。
第3 答申4件の一覧
| 答申 | 答申日 | 対象となった研究会等 | 委員会の結論 |
|---|---|---|---|
| 令和8年度(最情)答申第9号 | 令和8年4月30日 | 最高裁判所又は司法研修所で平成31年4月から令和6年3月までに行われた労働事件等に関する勉強会・研究会 | 一部不開示の原判断は妥当 |
| 令和7年度(情)答申第108号 | 令和8年3月9日 | 東京地方裁判所で令和2年4月から令和6年3月までに行われた労働事件等に関する勉強会・研究会 | 原判断は妥当だが,話題事項の見出しの行は開示すべき |
| 令和7年度(最情)答申第51号 | 令和8年1月16日 | 司法研修所の行政基礎研究会及び行政実務研究会(令和6年9月24日から同月26日まで) | 一部不開示は妥当,全部不開示は結論において妥当 |
| 令和3年度(最情)答申第2号 | 令和3年5月20日 | 平成26年度行政基礎研究会Ⅰ及び同年度行政実務研究会の講演録・レジュメ | 苦情の対象部分を不開示とした原判断は妥当 |
第4 外部講師の肩書・氏名
1 個人識別情報に当たるとされた
令和8年度(最情)答申第9号は,外部講師の肩書及び氏名について,「これらの情報は法5条1号に規定する個人識別情報に相当し、同号ただし書イからハまでに掲げる情報に該当する事情は認められない。」とした。
令和7年度(情)答申第108号と令和7年度(最情)答申第51号も,講師の肩書及び氏名について同じ判断をしている。
2 「事業を営む個人」との主張は退けられた
令和8年度(最情)答申第9号の苦情申出人は,講師は著名な労働法又は労働問題等の研究者で,著作物の執筆や講演活動を事業として行っているから,講師の肩書及び氏名は「事業を営む個人の当該事業に関する情報」に当たると主張した。
最高裁判所事務総長は,外部講師は機関に所属する研究者等であって「事業を営む個人」に当たらないと説明した。
委員会は,「見分結果を踏まえても本件不開示部分1及び4が「事業を営む個人の当該事業に関する情報」に該当するとは認められない。」とした。
令和7年度(情)答申第108号でも同じ主張が退けられている。
同答申では,クロストークは100名を超える裁判官が参加できるから5条1号ただし書イに当たるとの主張もあったが,事務総長は,限られた者を対象として開催された非公開のものであると説明し,委員会も,ただし書イからハまでに掲げる情報に該当する事情は認められないとした。
3 著書名と講義の動画
令和7年度(最情)答申第51号は,講師の肩書及び氏名に加えて著書名等も,その内容から特定の個人を識別することができるとして,不開示を妥当とした。
同答申は,外部講師が行った講義の動画データについて,全編にわたって外部講師の容貌及び音声が記録されており,容易に区分して除くことができないとして,全部不開示を妥当とした。
事務総長は,講師には研修等で動画を配信することの了解をとっているが,そのまま公開することは予定しておらず,公開すれば講師との信頼関係が損なわれ,今後講師等を引き受けてもらうことが困難になると説明した。
委員会は,「この説明内容に不合理な点があるとは認められない」として,動画データは全体として5条6号柱書きにも相当するとした。
第5 話題事項とテーマの詳細
1 話題事項の提出理由
令和8年度(最情)答申第9号によれば,司法研修所における裁判官の研究会には,裁判官としての職務遂行上の疑問点等について話題事項を募集した上で,率直な意見交換を行うことにより,裁判官の自己研さんを支援するカリキュラムがある。
委員会は,話題事項の提出理由を公にすると,「裁判官が率直な提出理由を記載することに消極的になるなどして、同種のカリキュラムにおいて、具体的な提出理由を記載することひいては話題事項を提出することを控えることとなり、率直な意見交換が阻害されるなどの影響が生じるおそれがある」として,5条6号柱書きに定める不開示情報に相当するとした。
研究会は既に終了しているとの主張についても,今後の研究会で率直な意見交換を行うことに支障が生じるなどのおそれがあるとして退けた。
2 見出しの行は開示すべきとされた例
令和7年度(情)答申第108号は,東京地方裁判所のクロストークの話題事項とテーマの詳細について,詳細な記載がされている部分は5条6号柱書きに定める不開示情報に相当するとした。
他方で,論点ごとに「第1」などから始まる行に記載された部分は,既に開示されている部分から容易に推測が可能な内容であるか,議論の対象となる事項の詳細が明らかとなる程度に具体的な記載ではないとした。
その上で,この部分は「公にしても、裁判所による研修や講演の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるとは認められないから、開示(部分開示)するのが相当である。」とした。
開示すべきとされた部分は,答申の別紙2に頁と行で特定されている。
第6 講演録とレジュメ
1 講師の担当事件に触れた部分
令和8年度(最情)答申第9号は,講演録のうち,講師となった裁判官が自己の担当した事件の内容や日々の執務に当たって考えている事項等に言及した部分について判断した。
委員会は,これを公にすると「講演内容等について様々な立場からの指摘や誤解に基づく非難等がされる可能性のあることに加えて、これらの指摘や非難等が拡散される等して、当該講師である裁判官のみならず、広く司法に対する信頼を損なうことになる可能性もある。」とした。
また,講師が「萎縮し、一般的な書籍に記載されているような公開に馴染むことのみを講演内容とするなどのおそれも否定できない。」とした。
さらに,閲覧者が講師の事件処理に関する情報に接した場合に,講演内容及び裁判手続について不正確な理解がされ,実際の裁判手続に混乱を生じさせるおそれもあるとして,研修と裁判事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある情報(5条6号)に相当するとした。
2 講師への意見照会
令和3年度(最情)答申第2号では,最高裁判所が,開示の判断に先立ち,講師に意見を照会した。
講師は,既に別の論文で公表した議論と照合すれば講師を推測できること,講演に示した見解を将来自ら希望する時期及び方法により発表する利益を害されることを理由に,不開示を求めた。
委員会は,講演名,講師名,講演内容及びレジュメの内容等の不開示を,5条1号及び6号に相当するとして妥当とした。
外部講師との信頼関係について,講師の了承を得ない利用方法は信頼関係を損ね,講師の招へいに応じてもらえなくなるなど研修事務の適正な遂行に重大な支障を及ぼすおそれがあるとの事務総長の説明を,「十分肯認することができるもの」としている。
3 一覧文書との違い
同じ答申では,別の申出人に対して,司法研修所が作成した「講演録・結果概要等の掲載順一覧」の講演の標題と要旨が,原則として講師名を除いて開示されていたことも取り上げられた。
委員会は,一覧文書の標題と要旨を開示しても直ちに特定の講師が識別されるものではなく,講演録とは文書の性格及び記載内容に相違があるとして,不平等であるとの苦情申出人の主張を退けた。
第7 有料の判例情報サービスの論考は開示手続の対象外
令和7年度(最情)答申第51号は,民間の株式会社が運営する有料の判例情報等提供サービスのウェブサイトに掲載された論考について判断した。
事務総長は,その著作権は会社に属すると考えられ,公開すれば会社の正当な利益を害するおそれがあるとして,5条2号イを理由に全部不開示としていた。
委員会は,取扱要綱記第1の1が不特定多数の者に販売することを目的として発行されるものを司法行政文書開示手続の対象外としていることを挙げ,これには「インターネット上で不特定多数の者に有償で販売されるものも含まれると解するのが相当である」とした。
その上で,この論考はそもそも開示手続の対象とならない文書であるとして,全部不開示とした原判断を結論において妥当とした。
第8 開示を求める側の実務上の留意点
本記事では,答申4件から次のように整理する。
①外部講師の氏名は4件の答申で,肩書は令和8年度(最情)答申第9号等で不開示が妥当とされ,講義の動画は令和7年度(最情)答申第51号で全部不開示が妥当とされた。
②話題事項やテーマの見出しの行は,議論の詳細が明らかになる程度に具体的でなければ開示すべきとされた例がある(令和7年度(情)答申第108号)。
日程表等で不開示とされ苦情の対象となったのも,外部講師の肩書・氏名の部分であった(令和8年度(最情)答申第9号)。
③講演録やレジュメそのものではなく,司法研修所が作成した一覧文書の標題・要旨を対象にすると,講師名を除いて開示された例がある(令和3年度(最情)答申第2号で取り上げられた別件)。
④有料の判例情報サービスに掲載された論考は,開示手続の対象にならない。
同じ委員会の他の答申は,最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会の答申で一覧にしている。
第9 出典
情報公開・個人情報保護審査委員会「令和8年度(最情)答申第9号」(令和8年4月30日)
情報公開・個人情報保護審査委員会「令和7年度(情)答申第108号」(令和8年3月9日)
情報公開・個人情報保護審査委員会「令和7年度(最情)答申第51号」(令和8年1月16日)
情報公開・個人情報保護審査委員会「令和3年度(最情)答申第2号」(令和3年5月20日)
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