第1 書記官事務のデジタル化で見直すもの
書記官事務のデジタル化は,紙の記録や従来の作業を,そのままシステムに置き換えるだけの問題ではない。
どの事務が裁判に必要か,誰が担当するのが適切か,裁判官と書記官がどう協働するかを,事務の目的から考え直す問題でもある。
当ブログで公開している令和6年度の開示資料は,検討の視点を3つ示した上で,事務を「システムを利用した定型的な事務」と「審理運営に密接に関わる非定型的な事務」に大別している。
本記事では,この整理の意味と,令和8年5月以降の制度・通達との関係を説明する。【資料1・PDF実頁2,4~6】
ここでいう令和6年度は掲載ファイル名の表示による。
資料に記された導入予定や整備目標は,当時の検討経過として読み,現在の実施状況とは区別する。
第2 書記官事務を検討する3つの視点
1 よい裁判をするために必要・有益な事務か
第1の視点は,その事務が,よい裁判のために必要又は有益かという点である。
資料は,合理性や効率性も含めて検討することを求めている。
従来から続いている作業でも,目的と効果を説明できるかを確かめる必要がある。
例えば,記録の確認や情報共有という目的が同じでも,電子記録を利用できる場面で,紙の取扱いと同じ工程を重ねる必要があるかは別に検討することになる。
この例は,資料の検討視点を実務に当てはめた説明であり,個々の作業の廃止を定めたものではない。
2 書記官でなければできない事務か
第2の視点は,その事務に,書記官の法的素養や,事件手続・実務慣行に関する知識と経験が必要かという点である。
システムの操作を伴うというだけで,書記官の専門性が不要になるとはいえない。
裁判所の公式説明でも,書記官は,調書作成等のほか,裁判官と連携して訴状の補正や期日の準備を促すなど,訴訟の進行を支える役割を担っている。
操作の手順と,その操作を行うための手続上の判断を分けて考えることが必要である。【資料1・PDF実頁2,4/資料2】
3 書記官が行うことが相当な事務か
第3の視点は,裁判官と書記官の役割を踏まえ,その事務を誰が行うのが相当かという点である。
書記官にできる作業であることと,書記官が担当するのが適切であることは,同じではない。
裁判官と書記官が,必要な情報,準備の内容,担当する範囲を話し合うことが重要になる。
協働を進めることによって,裁判内容の判断主体まで入れ替わるわけではない。【資料1・PDF実頁2,4~5】
第3 定型的な事務と非定型的な事務の違い
1 システムを利用した定型的な事務
資料は,受付,送達,通知,手数料,記録等の事務を,システムを利用した定型的な事務の例として挙げている。
これらについては,システムの機能を踏まえ,事務処理の流れや取扱いを整理し,共通の手順や執務要領につなげる方向が示されている。
ただし,「定型的」であることは,すべてを自動処理できることや,手続上の点検が不要になることを意味しない。
資料自身も,3つの検討視点に照らして事務を整理することを前提としている。【資料1・PDF実頁2,4】
2 審理運営に密接に関わる非定型的な事務
非定型的な事務の例は,期日間の準備を含む,争点整理への関与である。
事件の内容,進行状況,裁判官との役割分担によって,必要な働きかけが変わる事務が問題になる。
資料は,この領域について,詳細な事務を一律に定めることになじみにくい性質を踏まえ,裁判官と書記官の議論,首席書記官の方針の共有,実践結果の分析・評価及び言語化を重視している。
各庁での検討と,全国的な共通理解を深める取組をつなぐ考え方である。【資料1・PDF実頁2,5~6】
実際の民事裁判での訴状審査,期日前準備,争点整理及び和解への関与は,次の記事で具体的に説明している。
・裁判所書記官の民事裁判での仕事(AI作成)
第4 裁判官との協働と首席書記官の役割
1 システムに合わせて従来の作業を移すだけでは足りない
開示資料は,各事務の根拠や目的に立ち返り,デジタル化後の姿を柔軟に検討する方向を示している。
従来の紙の取扱いを前提とした工程を,そのまま残すことが出発点ではない。【資料1・PDF実頁1】
紙記録では,編成,保管,閲覧,送達が,物理的な記録の取扱いによって結び付いていた。
媒体と仕組みが変われば,記録管理と事務の分担も整理し直す必要がある。
この問題は,従前の紙記録を前提とした裁判実務をそのままでは電子化できない理由(AI作成)で説明している。
2 実践結果を共有し,継続して見直す
資料に示された検討は,システムの導入や全面施行の時点で終わるものではない。
実際の機能や運用が想定と異なる場合も考慮し,事務の在り方を継続的に見直していくことが予定されている。【資料1・PDF実頁6】
首席書記官には,担当者ごとの工夫を庁内で共有し,裁判部相互の調整や研修につなげる役割がある。
現行の運用通達でも,システム等の利用と障害対応,事務のデジタル化に係る研修及び情報通信技術の利用についての部の支援が,首席書記官の訟廷事務として掲げられている。【資料3・PDF実頁2】
第5 令和8年5月以降の制度・通達との関係
1 検討資料と,実施された通達を読み分ける
令和6年度の開示資料には,令和7年3月を目標とする執務要領の整備や,民事訴訟手続の全面施行に向けた工程が記されている。
この記載だけで,目標どおりに執務要領が完成したことや,記載された各システムが実際に導入されたことまで確認できるわけではない。【資料1・PDF実頁2~4】
これに対し,現行の「大法廷首席書記官等に関する規則の運用について」は,令和8年2月27日改正分を同年5月21日から実施すると定めている。
「書記官事務等の査察について」の同日改正分も,同年5月21日から実施され,別表第2には電磁的記録やシステム等の利用,デジタル化の研修・部の支援に関する項目がある。【資料3・PDF実頁1~2,7/資料4・PDF実頁3,5~6】
ただし,通達に点検項目があることと,各庁の個々の事務がどの程度改善されたかは,別の問題である。
査閲と査察の区別や,現行の点検項目については,書記官事務の査察(AI作成)及び裁判所の首席書記官とは(AIリライト)を参照されたい。
2 mintsの義務化はいつからか
裁判所の案内によれば,改正民事訴訟法の全面施行日は令和8年5月21日であり,対象となる事件では,弁護士等の訴訟代理人によるオンライン提出が義務化された。
本人訴訟を含むすべての事件・関係者に同じ義務が生じるわけではないため,対象事件と提出者を区別する必要がある。【資料5】
義務化の対象者,施行前の事件及び紙提出の例外は,mintsの義務化はいつからか(AI作成)で確認できる。
第6 書記官事務のデジタル化に関する疑問
1 デジタル化すると書記官の仕事はなくなるのか
本記事の資料から,書記官の仕事がなくなると結論付けることはできない。
資料は,定型的な事務の整理とともに,争点整理への関与など,書記官の専門性を生かす非定型的な事務の検討も扱っている。
将来の定員や採用数を判断するには,別途,その時点の定員・採用関係資料を確認する必要がある。
2 事務官と書記官の違いは何か
書記官は,記録の作成・保管や裁判の準備・進行などを担う専門職であり,事務官は,裁判部での事務の補助や,司法行政部門等の事務を担当する。
デジタル化によって操作方法が共通になっても,それだけで両者の職務上の違いがなくなるものではない。
職務と採用・養成の経路は,裁判所書記官とは―仕事内容,裁判所事務官との違い,なり方と役職(AI作成)で説明している。
第7 出典・関連資料
1 業務整理の検討資料
資料1:当ブログ掲載の「デジタル化後の書記官事務の検討と書記官事務の整理の考え方(令和6年度の文書)」というファイル名の開示資料,全6頁。
検討視点と事務の区分はPDF実頁2・4,工程は実頁3,非定型的な事務と継続的な検討は実頁5~6を参照した。
文書の黒塗り部分から作成者や具体的な発出日を補っていない。
・https://yamanaka-bengoshi.jp/wp-content/uploads/2025/11/デジタル化後の書記官事務の検討と書記官事務の整理の考え方(令和6年度の文書).pdf
当ブログには,同趣旨の題名で黒塗りの多い別の3頁PDFも掲載している。
頁数と開示範囲が異なるため,本記事の頁の参照先は上記6頁版に統一する。
・https://yamanaka-bengoshi.jp/wp-content/uploads/2026/04/デジタル化後の書記官事務の検討と書記官事務の整理の考え方→黒塗りが多い。.pdf
2 現在の職務・制度・通達
資料2:裁判所ウェブサイト「裁判所書記官」。
・https://www.courts.go.jp/saiban/zinbutu/syokikan/index.html
資料3:「大法廷首席書記官等に関する規則の運用について」。
平成6年7月18日総一第183号,令和8年2月27日総一第108号改正分を含む。
・https://www.courts.go.jp/assets/daihouteisyusekisyoikanntounikannsurukisokunounnyounituite.pdf
資料4:「書記官事務等の査察について」。
昭和61年6月30日総三第15号,令和8年2月27日総三第114号改正分を含む。
・https://www.courts.go.jp/assets/080227syokikanjimutounosasatsunitsuite.pdf
資料5:裁判所ウェブサイト「改正民訴法等で変わる民事訴訟手続の概要」。
・https://www.courts.go.jp/saiban/minjidejitaruka/minso_gaiyou/index.html
制度の実施日とシステムの導入経過を比較した資料は,裁判所DXのグランドデザインの計画と実績(AI作成)を参照されたい。