◯裁判記録の受付・編成・保存・廃棄を規律する規程・通達の全体像については「裁判文書の文書管理に関する規程及び通達」を参照されたい。
◯mintsを用いた電子申立て・証拠提出・送達の具体的な運用については「mintsの実務解説 弁護士向けQ&A」を参照されたい。
目次
第1 本記事の対象と従前の紙記録実務
1 本記事が扱う範囲
民事訴訟手続の全面デジタル化は,民事訴訟法等の一部を改正する法律(令和4年法律第48号)により令和8年5月21日に全面施行された(同改正法附則1条)。
本記事は,この全面施行を踏まえ,従前の紙記録を前提とした裁判所の処理を,なぜそのまま電子化することができないのかを,現行の民事訴訟法の条文,記録の編成・保存を定める最高裁判所の規程・通達,及び法制審議会の審議資料に即して整理する。
本記事は制度の構造を扱うものであり,本テーマを直接基礎づける裁判例は確認できなかった。
そのため,以下の記述は法令・規程通達・公的資料を根拠とし,記録作成者による分析にわたる部分はその旨を文末で示す。
2 従前の紙記録を前提とした処理
従前の民事訴訟では,原告が訴状を紙媒体で持参又は郵送して手続が開始され,当事者は準備書面や証拠書類の写しを紙媒体で裁判所と相手方に提出・送付し,裁判所は提出された紙媒体を記録として保存管理し,当事者は原則として裁判所に出頭していた。書面の提出方法は持参・郵便・ファクシミリであった。
この点は,最高裁判所の「裁判手続のデジタル化の今とこれからⅡ」が,従前の手続の姿として整理している。
この紙媒体を軸として,事件記録の受付,記録の編成,閲覧・謄写,保管,保存,廃棄という各段階の事務が組み立てられている。
次章のとおり,これらの事務は,物理的に一綴りの単一物としての記録を前提として精緻に規律されており,記録の媒体が電子データに変われば,その前提が失われる。
第2 紙記録を前提とした事務の構造
1 記録の編成――3分類による物理編綴
紙の民事訴訟記録の綴じ方は,事務総長通達「民事訴訟記録の編成について」(平成9年7月16日総三第77号,その後累次改正)が定めている。
同通達は,訴訟に関する書類を,第1分類(弁論関係書類),第2分類(証拠関係書類),第3分類(その他の書類)に分け,各群を編年体でつづり込むものとする。
各分類は,更に群に細分される。第1分類は,調書群・判決書群・訴状群の3群を,その順につづる。第2分類は,目録群・証拠説明書群・書証群・証拠調べ調書群・嘱託回答書群・証拠申出書群の6群を,その順につづり,書証の写しは甲・乙・丙等の号証の順かつ番号の順につづり込む。第3分類には,代理及び資格証明関係書類,訴訟費用関係書類その他が入る。
上訴審では,原審の事件記録を上訴審記録の第1分類の直前に一括してつづり込む。
ここで重要なのは,記録が「どの書類を,どの群に,どの順序で,一綴りにするか」という論理構造をもって編成される点である。
紙記録を単に画像として読み取っても,この群分け・順序・編年体という編成の論理は自動的には再現されない。編成は裁判所書記官の事務の一つであり,媒体が電子データに変われば,この事務そのものを組み替える必要が生じる。
2 保存期間――媒体を前提とした管理
紙記録の保存期間は,事件記録等保存規程(昭和39年12月12日最高裁判所規程第8号)の別表が定めている。
通常訴訟事件その他の事件について,記録は5年,判決の原本は50年,和解・請求の放棄又は認諾を記載した調書は30年とされている。事件の種類や書類の性質によって期間は異なるため,個別の保存期間は同規程の別表で確認する必要がある。
これらは,物理的な媒体を保存場所に置いて管理することを前提とした期間管理である。
電子事件記録については,別に保存に関する規程が設けられており,紙記録の規律とは別の体系で管理される。紙記録と電子記録とで保存の規律が二本立てになるため,個別の事件では,媒体と事件の種類に応じてどの規律が適用されるかを確認する必要がある。
第3 電子記録で前提が変わる局面
1 記録の一体性・作成者の真正・到達
全面施行後の民事訴訟法は,紙を前提とした各局面を電子的な規律に置き換えている。
記録の一体性の面では,民事訴訟法91条の2が電磁的訴訟記録の閲覧・複写等を定めており,電磁的訴訟記録は,裁判所の電子計算機のファイルに記録された事項に係る部分をいう。紙記録が一綴りの物理物であるのに対し,電磁的訴訟記録はファイルに記録された事項の集合であり,物理的な編綴という概念に対応しない。
作成者の真正の面では,紙の書面は押印・署名や原本という物理的な徴表によって作成者を示していた。
これに対し,民事訴訟法132条の10第4項は,電子情報処理組織を使用する申立て等について,署名等に代えて,最高裁判所規則で定めるところにより氏名又は名称を明らかにする措置を講じなければならないと定める。真正の担保が,物理的な徴表からシステム上の措置へと置き換わる。
到達の面でも前提が変わる。
紙の書面は物理的に裁判所へ到達することを要したが,民事訴訟法132条の10第3項は,電子情報処理組織を使用する申立て等について,その事項がファイルに記録された時に裁判所に到達したものとみなすと定める。到達の判断が,物理的な受領からファイルへの記録という事象に変わる。
2 閲覧・複製・送達
閲覧・複製の面では,媒体ごとに条文が分かれている。
民事訴訟法91条は,非電磁的訴訟記録について,何人も裁判所書記官に対しその閲覧を請求することができると定める。民事訴訟法91条の2は,電磁的訴訟記録について,何人も閲覧を請求でき,当事者及び利害関係を疎明した第三者は複写等を請求することができると定める。紙記録では物理的占有を伴うため同時に閲覧できるのは原則として一人であったのに対し,電磁的訴訟記録は同時かつ複数人による閲覧・複製が構造的に可能になる。
送達の面では,紙は物理的な交付又は郵送によっていた。
これに対し,民事訴訟法109条の2は電子情報処理組織による送達(システム送達)を定め,民事訴訟法109条の3は,その効力発生の時期を,送達を受けるべき者が電磁的記録を閲覧した時,その電子計算機のファイルに記録をした時,又は通知が発せられた日から1週間を経過した時のいずれか早い時とする。送達が到達したかどうかの判断が,物理的な受領から,システム上の閲覧・記録の事実又は一定期間の経過へと変わる。
第4 そのままでは電子化できない理由
1 紙という単一物で各事務が接続していること
前章までの各局面は,それぞれが独立して紙を用いているのではなく,紙という物理的な単一物を共通の媒介として相互に接続して設計されている。
受付から編成,閲覧,送達,保管までが,同じ一綴りの記録を対象として噛み合っているため,一つの事務だけを電子化しても,隣接する事務が紙を前提としたままであれば,その接合部で紙が残ることになる。
この点は,全面施行に先立って導入された民事裁判書類電子提出システム(mints)についての説明にも表れている。
前掲の最高裁判所の資料は,mintsについて,このシステムによっても裁判所において紙の記録を作成しており,この点が改正法の前後で異なる点であると説明していた。書面の一部を電子的に提出できるようにしても,記録全体が紙で編成・保管される限り,裁判所側では紙の記録が作られ続ける。紙記録を前提とした処理を単に読み取って画像化するだけでは電子化は完結せず,受付・編成・閲覧・送達・保存の全体を電子記録を前提として組み替えて初めて紙が不要になると考えられる。
2 書記官事務の再構築という課題
記録の編成・保管・閲覧は,いずれも裁判所書記官の事務である。
法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会の審議資料は,今般のIT化により,訴訟記録の保管をはじめ様々な職掌を担う裁判所書記官の事務は大きく変わると見込まれるとし,IT化を契機として,裁判所内部の裁判官と裁判所書記官との職務分担の在り方をより合理化することなどが検討課題であるとしていた。
したがって,紙記録の電子化は,媒体を差し替える作業ではなく,紙を前提として組み立てられた事務そのものを設計し直す作業を伴う。
例えば,紙記録では,当事者が記録の内容を確認するには閲覧の手続をとる必要があったが,電子記録では,誰がいつ閲覧したかがデータとして残り,その閲覧の事実が送達の効力発生と結び付く(民事訴訟法109条の3第1項第1号)。従前の編成・閲覧を前提とした運用は,このような電子記録の性質に合わせて組み替える必要があると考えられる。
第5 電子化に伴い設計し直された規律
1 記録の閲覧と当事者・第三者の別
訴訟記録の電子化は,記録へのアクセスの容易さを大きく変えるため,閲覧の規律も見直された。
法制審議会の審議資料は,全面電子化を機に何人もいつでもシステムにログインして閲覧できるとすることについて,裁判の公開の趣旨を徹底する一方で,訴訟記録中の当事者のプライバシー等の保護の観点から問題があり,多くの国民にとって受け入れ難いとも思われると整理し,即応性の利便とプライバシー等の保護の均衡を図る観点から規律を設けることを提案していた。
現行法は,媒体ごとに閲覧・複製の規律を置いている。
民事訴訟法91条の2は,電磁的訴訟記録について,何人も閲覧を請求でき,当事者及び利害関係を疎明した第三者は複写等を請求することができると定める。閲覧の可否や複製の範囲は,当事者か第三者か,利害関係の疎明があるかによって異なるため,第三者の立場で記録の閲覧・複製を求める場合には,これらの要件を確認する必要がある。
2 閲覧等の制限の実効性
秘密保護のための閲覧等の制限は,民事訴訟法92条が定めている。
同条1項は,訴訟記録中に当事者の私生活についての重大な秘密が記載・記録され,第三者の閲覧等により当事者が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがある場合,又は当事者の営業秘密が記載・記録されている場合に,当事者の申立てにより,秘密記載部分の閲覧等を請求できる者を当事者に限ることができると定める。
記録が電子化されると,当事者は自己の端末から記録を随時複製できるため,複製が容易になる。
このため,閲覧等の制限の決定があっても,制限の趣旨をどのように実効的に維持するかが問題となることが,立法過程で指摘されていた。閲覧等制限の対象となり得る秘密を含む書面を提出する場合には,提出前に,秘匿すべき情報の範囲,マスキングの要否,及び関連付けられた当事者から閲覧される範囲を確認する必要がある。
第6 弁護士実務への影響と確認事項
1 電子提出義務と障害時の救済
全面施行後は,委任を受けた訴訟代理人その他一定の者は,電子提出の義務を負う(民事訴訟法132条の11第1項)。
同条3項は,裁判所の使用に係る電子計算機の故障その他その責めに帰することができない事由により電子情報処理組織を使用する方法により申立て等を行うことができない場合には,この義務を適用しないと定める。書面提出が許される場面は,この例外事由がある場合に限られる。
不変期間との関係では,救済の枠組みが条文上用意されている。
民事訴訟法97条1項は,当事者が裁判所の使用に係る電子計算機の故障その他その責めに帰することができない事由により不変期間を遵守することができなかった場合には,その事由が消滅した後1週間以内(外国に在る当事者については2月以内)に限り,訴訟行為の追完をすることができると定める。さらに,時効の完成猶予との関係では,天災その他避けることのできない事変による時効の完成猶予を定める民法161条による対応が考えられる。控訴期間や時効期間の管理に当たっては,これらの救済規定の存在と,それが「責めに帰することができない事由」に限られるという限界を踏まえておく必要がある。
2 送達の効力発生と事務所内の管理
システム送達の効力は,前記のとおり,閲覧した時,ファイルに記録をした時,又は通知が発せられた日から1週間を経過した時のいずれか早い時に生ずる(民事訴訟法109条の3第1項)。
通知に気づかないまま放置しても,1週間の経過により効力が生じ得るため,通知の確認と期間計算の管理が実務上の要点となる。
この管理は,事務所内の補助者の運用とも関わる。
最高裁判所事務総局民事局の「民事訴訟フェーズ3に向けた準備の手引」によれば,補助者の操作は法的には親ユーザである弁護士が行ったものとみなされ,補助者による記録の閲覧・ダウンロードも弁護士本人の閲覧として扱われる。したがって,補助者が受領通知を確認した時点で送達の効力が生じ得ることを前提に,事務所内で通知確認と期間計算の担当をあらかじめ定めておくことが有用である。あわせて,受任時及び申立て前には,本件テーマとの関係で少なくとも次の点を確認しておくことが実務上有用と考えられる。
- 当該手続が現時点でmintsの対象か(人事訴訟・家事事件・保全・執行等は,別の改正法により順次デジタル化される予定である。)。
- 提出予定の証拠が電子化に適する形式か,原本の取扱いを要するものが含まれるか。
- 秘匿すべき情報の有無と,閲覧等の制限・マスキングの要否。
- システム送達を受けるための届出と,通知を受ける連絡先。
- システム障害が生じた場合の代替手段と,期間徒過時の追完の可否。
第7 出典・参考資料
1 法令
- 民事訴訟法(91条,91条の2,92条,97条,109条の2,109条の3,132条の10,132条の11。e-Gov法令検索で現行条文を確認)。記録の閲覧,送達の効力,到達,作成者の真正,電子提出義務及び追完の各根拠。
- 民法(161条=天災その他避けることのできない事変による時効の完成猶予)。障害時の時効の完成猶予の根拠。
- 民事訴訟法等の一部を改正する法律(令和4年法律第48号)附則1条。全面施行日(令和8年5月21日)の根拠。
2 規程・通達・公的資料
- 民事訴訟記録の編成について(平成9年7月16日総三第77号事務総長通達)。第1分類から第3分類までの区分及び編年体による編綴の根拠。
- 事件記録等保存規程(昭和39年12月12日最高裁判所規程第8号)。別表による保存期間(記録5年,判決の原本50年,和解・放棄・認諾の調書30年)の根拠。
- 法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会資料7「訴訟記録の閲覧等及びその制限,IT化に伴う書記官事務の見直し」。訴訟記録の定義,全面電子化時の閲覧規律とプライバシー保護の均衡,閲覧等制限の実効性,及び書記官事務の見直しに関する審議内容。
- 最高裁判所「裁判手続のデジタル化の今とこれからⅡ」。従前の紙記録を前提とした処理,及びmintsによっても裁判所が紙の記録を作成している旨。
- 最高裁判所事務総局民事局「民事訴訟フェーズ3に向けた準備の手引」(令和8年6月19日版)。補助者の操作が弁護士本人の操作とみなされる旨。