第1 本記事の対象と基準日
1 情報単位論とは何が問題か
行政機関に情報公開請求をすると,文書の一部が黒塗りにされて開示されることが多い。
黒塗りの範囲を決める考え方の一つに,いわゆる情報単位論(独立一体説)がある。
これは,文書に記録された情報を「独立した一体的な情報」という単位でとらえ,その単位の中に不開示情報が含まれていれば,単位全体を不開示にできるとする考え方である。
最高裁平成13年3月27日判決に由来し,最高裁の個別意見で批判が繰り返されながらも,下級審では広く用いられてきた。
本記事は,最高裁第三小法廷令和7年6月3日判決(民集79巻4号1389頁)が情報単位論について何を判示し,何を判示しなかったのかを中心に整理する。
あわせて,同判決に至る判例の流れ,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)5条6号の「おそれ」に関する最高裁判決,及び実務上の留意点を扱う。
2 基準日と資料
本記事の基準日は令和8年9月25日である。
裁判例は裁判所HPの全文で,条文はe-Gov法令検索で確認した。
扱う判決の多くは改正前の情報公開法を適用しているが,判決が文言を引用している部分(5条4号,5条6号イ及び6条2項の各一部)は現行法と同じ文言である。
令和7年6月3日判決及び同月6日判決で裁判長を務めた宇賀克也最高裁判所判事(当時。令和7年7月定年退官)は,『管見 最高裁判所』(有斐閣,2026年)で,自らの個別意見と最高裁の審理の実際を解説している。
同書を用いる箇所ではその旨を本文で示し,頁は「宇賀・前掲◯頁」と表記するが,在任中の体験や評価に関する記述は一次資料では裏付けられないものである。
同書の全体像は,宇賀克也『管見 最高裁判所』から分かる最高裁判所の審理で紹介している。
本記事は,生成AIを用いて作成したものである。
第2 情報単位論とは何か
1 情報公開法の不開示情報と部分開示の定め
(1) 不開示情報を定める5条
情報公開法5条柱書きは,「行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下『不開示情報』という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならない。」と定める。
1号は個人に関する情報であって特定の個人を識別することができるもの等を,3号は国の安全等が害されるおそれ等があると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報を,それぞれ不開示情報とする。
本記事に特に関係する号の文言は,次のとおりである(6号は柱書きで事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれを定め,イ以下でその例を掲げる。)。
①4号「公にすることにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」
②6号イ「監査、検査、取締り、試験又は租税の賦課若しくは徴収に係る事務に関し、正確な事実の把握を困難にするおそれ又は違法若しくは不当な行為を容易にし、若しくはその発見を困難にするおそれ」
3号から6号までは,情報の種類に加えて,公にすることによる「おそれ」を要件としている。
これに対し,1号は,特定の個人を識別することができる情報であれば,「おそれ」を要件とせずに不開示情報としている。
(2) 部分開示を定める6条と裁量的開示を定める7条
6条1項は,「行政機関の長は、開示請求に係る行政文書の一部に不開示情報が記録されている場合において、不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができるときは、開示請求者に対し、当該部分を除いた部分につき開示しなければならない。」と定める(ただし書は,残りの部分に有意の情報が記録されていない場合の例外である。)。
6条2項は,「開示請求に係る行政文書に前条第一号の情報(特定の個人を識別することができるものに限る。)が記録されている場合において、当該情報のうち、氏名、生年月日その他の特定の個人を識別することができることとなる記述等の部分を除くことにより、公にしても、個人の権利利益が害されるおそれがないと認められるときは、当該部分を除いた部分は、同号の情報に含まれないものとみなして、前項の規定を適用する。」と定める。
7条は,「行政機関の長は、開示請求に係る行政文書に不開示情報(第五条第一号の二に掲げる情報を除く。)が記録されている場合であっても、公益上特に必要があると認めるときは、開示請求者に対し、当該行政文書を開示することができる。」と定める。
この公益上の理由による裁量的開示は,令和7年6月3日判決の宇賀意見で,別件で既に開示された部分の説明をめぐって問題となる(後記第4の5)。
2 平成13年判決が示した「独立した一体的な情報」
(1) 大阪府知事交際費第2次上告審判決の判示
最高裁第三小法廷平成13年3月27日判決(平成8年(行ツ)第210号,第211号,民集55巻2号530頁)は,大阪府知事の交際費に関する公文書の公開請求の事案である。
当時の大阪府公文書公開等条例10条は,非公開事由に該当する情報が記録されている部分を容易に分離できるときは,その部分を除いて公開しなければならないと定めていた。
同判決は,同条について,「非公開事由に該当する独立した一体的な情報を更に細分化し,その一部を非公開とし,その余の部分にはもはや非公開事由に該当する情報は記録されていないものとみなして,これを公開することまでをも実施機関に義務付けているものと解することはできない」と判示した。
そして,実施機関が細分化せずに一体として非公開決定をしたときは,裁判所も,そのような部分公開をすべきであることを理由に非公開決定の一部を取り消すことはできないとした。
当てはめとして,現金出納簿の支出ごとの記載部分や,支出ごとの支出証明書・領収書等の情報全体を「独立した一体的な情報」とし,交際の相手方に関する記載部分だけを非公開として残りを公開すべきとした原審の判断を違法とした。
(2) 補足意見が情報公開法6条2項を参照したこと
同判決の補足意見は,情報公開法6条2項が個人識別情報に限って個人識別部分だけを除いて開示する方法を特に定めていることを挙げ,同項に相当する定めを欠く条例の下では,相手方識別部分だけを非公開とする部分公開は義務付けられないと述べた。
他方,法廷意見は,実施機関が裁量でそのような部分公開を任意に行うことは条例の許容するところであるとしている。
この「6条2項のような規定がなければ,一体的な情報を細分化して開示する義務はない」という読み方が,後に情報単位論として批判の対象となる。
3 平成14年判決による踏襲
最高裁第一小法廷平成14年2月28日判決(平成9年(行ツ)第136号,第137号,民集56巻2号467頁)は,愛知県知事の交際費に関する公文書の非公開決定が争われた事案である。
裁判所HPの判示事項は,対象の公文書が書証として提出されても非公開決定の取消しを求める訴えの利益は消滅しないという点を掲げている。
もっとも,同判決は,判決理由の中で,愛知県公文書公開条例6条2項(部分公開)には情報公開法6条2項のような定めがないとして,平成13年判決を参照し,「独立した一体的な情報」を細分化して公開する義務はないと判示している。
こうして,平成13年判決の考え方は,民集に登載された二つの判決で示されることになった。
第3 個別意見による批判の積み重ね
1 平成19年判決の補足意見
(1) 法廷意見の判断
最高裁第三小法廷平成19年4月17日判決(平成18年(行ヒ)第50号,集民224号97頁)は,愛知県の食糧費の予算執行書等に,公務員の懇談会出席に関する情報(非公開情報に当たらない。)と,公務員以外の者の出席に関する情報(非公開情報に当たる。)とが記録されていた事案である。
原審は,平成14年判決を引用しつつ,公務員の氏名のみを公開することは情報を更に細分化することになるから許されないとした。
法廷意見は,公務員の懇談会出席に関する情報は文書のどの箇所に記載されているかを問わずすべて公開すべきであるとして,原審の判断を違法とした。
(2) 補足意見の内容
同判決には,情報単位論を正面から批判する補足意見が付されている。
補足意見は,記載された情報それ自体は不開示情報に当たらないことが明確であるのに,より包括的な情報の一部を構成するにすぎないことを理由に開示義務の対象から外れるとする解釈は,「およそ理論的根拠の無いものであると言わざるを得ない」と述べた。
また,文書に記載された有意な情報は最小単位の情報から包括的な情報に至るまで「重層構造を成す」のであり,行政機関がそのいずれかの位相をもって開示に値するかを決める権限を持つことは,現行の情報公開法制の想定するところではないとした。
さらに,情報公開法6条2項は念のために置かれた確認規定にすぎないとし,平成13年判決と平成14年判決は,その限りにおいて本来変更されて然るべきものであるということもできると述べた。
他方で,判例のいう「一体的な情報」の範囲を最小限の有意な情報という意味に限定して取り扱う限り,結論において矛盾は生じないとも述べて,判例との調整を図っている。
2 平成30年判決と山本庸幸裁判官の意見
(1) 法廷意見の判断
最高裁第二小法廷平成30年1月19日判決(平成29年(行ヒ)第46号,集民258号1頁)は,内閣官房報償費の支出に関する行政文書の不開示決定が争われた事案である。
法廷意見は,調査情報対策費等の各支払年月日や支払金額等は5条3号又は6号の不開示情報に当たるとする一方,政策推進費の繰入れの時期及び金額等は当たらないとして,記録部分ごとに結論を分けた。
(2) 山本庸幸裁判官の意見
同判決には,山本庸幸裁判官の意見が付されており,裁判所HPの全文でも補足意見ではなく「意見」とされている。
意見は,平成13年判決の「独立一体的情報論」について,「第一に,その独立一体と捉える情報の範囲が論者あるいは立場によって異なるばかりか,第二に,情報公開の観点からの個々の情報の牽連性を十分に考慮できないという技術的な問題があることに加えて,第三に,そもそも不開示の範囲が無用に広がり過ぎるおそれがあるという情報公開法の本旨に反する本質的な問題があるように考えている」と述べた。
その上で,意見は,「一般的に,文書の場合であれば文,段落等を,図表の場合であれば個々の部分,欄等を単位として,相互の関係性を踏まえながら個々に検討していき,それぞれが情報公開法5条各号に該当するか否かを判断する。」ということで必要かつ十分であるとした。
図表については欄等を単位とすることを想定している点で,欄単位の判断それ自体を批判する後述の宇賀意見とは力点が異なると考えられる。
3 令和4年5月17日判決と宇賀克也裁判官の補足意見
(1) 内容の異なる記載を一体として判断した原審の違法
最高裁第三小法廷令和4年5月17日判決(令和2年(行ヒ)第340号,第341号,集民267号53頁)は,和牛預託商法を行っていた会社に関する行政文書の一部開示決定等が争われた事案である。
同判決は,附帯上告受理申立て理由に対する判断で,別紙目録記載1の部分は2項目で構成されて各項目に異なる情報が記録されていることがうかがわれ,記載2の部分も記載内容の相互の関係や構成等が明らかでないとした。
その上で,原審がこれらの部分をそれぞれ一体的に5条6号イ該当性を判断したことは,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反であるとした。
(2) 補足意見が示した6条2項の理解
裁判長を務めた宇賀克也裁判官は,補足意見で,6条2項が個人に関する情報についてのみ特別の部分開示規定を置いたのは,5条1号が特定の個人が識別されることという事項的基準だけで不開示情報を定めているため,一律に不開示とすると範囲が広くなりすぎるおそれがあるからであると説明した。
その他の不開示情報は,「おそれ」という定性的基準を組み合わせて範囲を限定しているので,6条2項のような規定は不要とされたとする。
そのため,5条6号イの該当性は,支障を及ぼすおそれがあるのはどの部分かを吟味し,内容の異なる複数の情報は個別に判断しなければ,不開示の範囲が必要以上に広がってしまうおそれがあるとした。
宇賀克也氏は,著書で,令和4年判決の原審も情報単位論を採っていたが,上告受理申立て理由で情報単位論自体を争うことが論旨として明確にされていなかったため,補足意見では明示的に触れず,実質的にその問題を指摘する意図にとどめたと説明している(宇賀・前掲65頁)。
4 判例集登載と裁判集登載の違い
平成13年判決と平成14年判決は最高裁判所民事判例集(民集)に登載されたが,平成19年判決,平成30年判決及び令和4年判決は,いずれも最高裁判所裁判集民事(集民)への登載にとどまる(各判決の裁判所HPの詳細ページによる)。
宇賀克也氏は,著書で,判例集登載判例には担当調査官の解説が公刊されるなど実務への影響が大きく,判例集登載判例が変更されない限り,裁判集登載判決の個別意見で問題を繰り返し指摘しても下級審実務にはほとんど影響しないと述べている(宇賀・前掲62頁~65頁)。
同書は,その後も下級審では情報単位論に従う裁判例が大多数で,令和4年判決,令和7年6月3日判決及び同月6日判決の各原審も情報単位論を採っていたとする(宇賀・前掲64頁~65頁)。
その上で,同書は,判例集登載判例に重要な疑問を呈する個別意見が付いた判決は判例集に登載する運用をすべきであるとし,令和7年6月3日判決については,第三小法廷で判例集への登載を提案することに全員が同意したと記している(宇賀・前掲65頁)。
同判決は,実際に民集79巻4号1389頁に登載されている。
第4 最高裁令和7年6月3日判決
1 事案の概要
(1) 保有個人情報管理簿の一部不開示決定
最高裁第三小法廷令和7年6月3日判決(令和5年(行ヒ)第335号,民集79巻4号1389頁)は,警察庁の保有個人情報管理簿122通の一部不開示決定が争われた事案である。
同管理簿は,個人情報ファイル1件ごとに,「名称」,「利用の目的」,「記録される項目」,「保存場所」,「備考」等の各欄を設けた表形式の文書である。
警察庁長官は,平成28年7月15日付けで,各欄の項目名の部分を開示し,各項目の内容の部分は5条3号又は4号の不開示情報が記録されているとして不開示とする決定(以下「本件決定」という。)をした。
上告人は,不開示部分の取消しと開示決定の義務付けを求めて提訴した。
(2) 別件の開示決定と変更決定
警察庁長官は,別の開示請求に対し,同じ管理簿のうち30通の一部を開示する決定(以下「別件各決定」という。)をしていた。
さらに,訴訟係属中の令和4年4月28日,本件決定を変更して新たに一部を開示する決定(以下「本件変更決定」という。)をし,上告人は,新たに開示された部分に係る訴えを取り下げた。
開示された「備考」欄には,「取り扱う権限を有する者の範囲」,「保存すべき場所」等の複数の小項目が設けられているものがあった。
国は,「備考」欄は欄ごとに一体的に判断すれば足りると主張し,上告人が情報ごとの主張立証を求めても応じず,原審も国に主張立証を促さなかった。
2 不開示決定の時点を基準とする判示
原審(東京高裁令和5年5月17日判決)は,本件変更決定時を基準に判断すべきであるとし,本件決定後に加筆又は変更がされた部分(別紙目録記載1及び2の部分)について,加筆又は変更後の情報で判断した。
最高裁は,不開示決定の取消訴訟においては,「当該不開示決定がされた時点において当該行政文書に不開示情報が記録されていたか否かを審理判断すべきものと解される」と判示した。
そして,上告人が求めているのは本件決定のうち不開示部分の取消しであるから,本件決定の時点を基準とすべきであり,原審の判断は違法であるとした。
3 「備考」欄を合理的に区切られた範囲ごとに判断すべきとする判示
(1) 原審の判断と最高裁の判示
原審は,別件各決定でも開示されていない「備考」欄(別紙目録記載2及び3の部分)について,記録内容を特定することが困難であるとして,欄ごとに一体的に判断した。
最高裁は,情報公開法5条と6条1項に照らせば,開示請求に係る行政文書に記録された情報は原則として公開されるべきものであるとし,「上記行政文書が表形式のものであるからといって、常に各欄ごとに不開示情報該当性についての判断をすれば足りるということはできない」とした。
特に「備考」欄には,主要な情報に付随し又は関連する多様な情報が記録されることが一般的に想定されるとした。
その上で,原審としては,国に対し,文書ごとに,小項目が設けられているか否か,設けられている場合にそれでもなお「備考」欄に一体的に不開示情報が記録されているといえるか否か等を明らかにするよう求めた上で,「合理的に区切られた範囲ごとに」不開示情報該当性を判断すべきであったとし,原審には審理不尽の違法があるとした。
最高裁は,原審自身が,別件各決定で小項目とその内容が判明した「備考」欄については細分化して判断していたことも,この結論の理由に挙げている。
(2) 主文と個別意見
主文は,原判決のうち別紙目録記載1から3までの部分に関する部分を破棄して東京高裁に差し戻し,上告人のその余の上告を棄却するものである。
その余の上告が棄却されたのは,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたためである。
判決は裁判官全員一致の意見によるもので,林道晴裁判官の補足意見(渡邉惠理子裁判官及び平木正洋裁判官が同調)と,宇賀克也裁判官の意見が付されている。
なお,判決文では,渡邉惠理子裁判官の氏名は「渡辺惠理子」と表記されている。
4 林道晴裁判官の補足意見
(1) 多数意見は情報単位論それ自体を誤りとしたものではないこと
補足意見は,情報単位論に依拠して部分開示の範囲を必要以上に狭めた裁判例があることは否定できないとしつつ,多数意見は,情報単位論の考え方自体やその適用を原審の誤りとしたわけではないとする。
問題とされたのは,裁判所側からの働きかけが不十分なまま判断方法を誤った点,つまり審理や釈明の在り方であると説明している。
(2) 被告の主張立証と裁判所の釈明
補足意見によれば,不開示情報が記録されていることは一般に被告が主張立証責任を負い,被告は,不開示部分に一般的・類型的にどのような情報が記録されているかと不開示情報に当たる理由を,文書を見ることができない裁判所や原告にも理解可能な形で主張立証すべきものとされる。
その際,原則公開という情報公開法の趣旨に照らし,被告は不開示部分を「できる限り細かく区切って」主張立証することが求められるとする。
原告から,より細分化して主張立証すべきであるとの指摘があった場合等には,裁判所は,原告による的確な反論反証が可能かといった観点も踏まえて被告に適切に釈明権を行使し,合理的な区切り方を見いだしていくことが求められるとする。
そして,文や文章として社会的に意味を成す範囲を過度に広くとらえた上で,その一部に不開示情報が含まれていれば全体を不開示にできるという考え方は採用できず,累次の最高裁判例もこのような考え方を採用したものではないと述べる。
(3) 情報単位論が妥当する限度と区切りが不合理な場合
補足意見は,適切に区切られた範囲に不開示情報が記録されていると判断すれば,更に細分化して開示可能な字句等がないかを検討する必要はないとし,情報単位論も「この限度においては妥当性を有するものといえる」とする。
弊害が生ずるのは,対象文書が過度に広く区切られた場合であるという整理である。
他方,審理を尽くしても被告の区切り方が合理的と認められず,不開示情報の部分とそうでない部分とを区分できないときは,被告の主張立証が成功していないとして,その範囲の全体について取消請求を認容するのが相当であろうとする(処分庁は区切り方を再検討して一部に限って開示決定をすることもできると付言する。)。
5 宇賀克也裁判官の意見
(1) 違法判断の基準時
宇賀意見は,多数意見の結論に賛同した上で,基準時について理由を補足し,原判決が採った情報単位論の誤りを論じるものである。
基準時について,情報公開制度は開示決定の時点で存在する文書について不開示情報該当性を判断する制度であり,その後に記載の追加・削除があっても,決定時点の文書を対象に判断すべきであるとする。
その根拠の一つとして,公文書等の管理に関する法律施行令9条1項4号が,開示請求があった行政文書ファイル等について,開示決定等の日の翌日から起算して1年間は保存期間を延長して保存しなければならないとしていることを挙げる。
また,本件変更決定は本件決定の一部取消しと位置付け得るから,本件決定の取消しを求める訴えの利益は失われていないとする。
(2) 情報単位論は立法者意思の誤解であるとの批判
宇賀意見は,情報公開法制定前の情報公開条例には6条2項のような規定を置くものは皆無であったが,地方公共団体は特定の個人を識別できる部分だけを不開示にする実務を行ってきたとする。
例えば,知事がAに餞別を支出したという記述であれば,Aの部分だけを不開示にするのが実務であり,6条2項はその実務を明確化した確認規定であって,創設的規定ではないと説明する。
その上で,6条2項が置かれていない5条2号から6号までについて,同項を反対解釈して部分開示の範囲を狭める解釈を採ることは,「最大限の開示を実現するために同法6条2項を設けた立法の趣旨に真っ向から反する」とした。
(3) 5条3号・4号でも「おそれ」のある部分だけが不開示になること
宇賀意見は,5条3号・4号が不開示情報としているのは「おそれ」のある部分のみであり,それに当たらない部分は,容易に区分できるときは6条1項により開示が義務付けられるとする。
行政機関の長が情報の単位を決め,その中に支障が生ずる部分がわずかでもあれば単位全体を不開示にできるという解釈は,開示による支障がない部分は最大限開示するという情報公開法の精神に反するとした。
(4) 別件で開示済みの部分と7条の裁量的開示
宇賀意見は,本件では,別件各決定で警察庁長官自身が支障がないとして開示した部分についてまで,1審判決が情報単位論を採ったため,国が不開示情報に当たると主張するに至ったと指摘する。
例えば,「備考」欄の小項目の1から5までが開示されている文書に,不開示情報に当たる6番目の小項目が加わっていれば,情報単位論によれば1から5までも不開示にできてしまうという。
また,国は別件各決定での開示を任意の開示と説明せざるを得なかったが,不開示情報の開示は7条の公益上の裁量的開示に限られ,同条はきわめて例外的な場合を想定した規定であるから,別件各決定の開示をこれとみることには無理があるとする。
(5) 欄や小項目の設け方は文書の作成者が操作できること
宇賀意見は,欄や小項目の設け方は文書の作成者が操作できるから,欄・小項目単位の判断を裁判所が採れば,行政機関は小項目を設けない大括りの文書を作ることで,開示できるはずの情報を恣意的に不開示にできてしまうとする。
その例として,20枚の事業報告が2項目だけで構成され,5条6号イに当たる情報が各項目に2行しかない場合でも,全体を不開示にできてしまうことを挙げている。
(6) インカメラ審理ができないこととヴォーン・インデックス
最高裁第一小法廷平成21年1月15日決定(平成20年(行フ)第5号,民集63巻1号46頁)は,情報公開訴訟において,不開示とされた文書を目的とする検証を被告に受忍義務を負わせて行うことは,原告が立会権を放棄するなどしたとしても許されず,文書の提示を命ずることも許されないとした。
宇賀意見は,インカメラ審理ができないことは情報単位論を正当化しないとし,米国の情報公開訴訟の大半は,不開示情報の箇所,条項及び理由をまとめたヴォーン・インデックスを含む被告の宣誓供述書等によって処理されるという。
宇賀意見は,被告が不開示情報該当性の立証責任を負う以上,欄や小項目単位ではなく,「おそれ」のある部分を具体的に特定して(何頁何行目の何文字目から何文字目まで等)ヴォーン・インデックスを提出すべきであるとする。
そして,そのような特定と理由の説明がない場合には,裁判所は釈明権を行使して説明させる釈明義務を負うと考えられるとし,国が必要ないと回答するとそれ以上の釈明を求めなかった原審の対応について,立証責任が被告にある以上,そのような消極的対応をすべきではなかったとしている。
6 多数意見と宇賀意見の違い
多数意見の判決理由には,「情報単位論」という言葉は用いられていない。
林補足意見は,多数意見は情報単位論の考え方自体を誤りとしたものではないと明言しており,宇賀意見は,情報単位論そのものが立法者意思に反すると論じている。
宇賀克也氏は,著書で,多数意見は情報単位論の運用に批判的な点で宇賀意見と共通するが,考え方自体は否定せず運用を戒めることで改善を期待するものであり,宇賀意見は判例変更が必要であるとする立場であると説明している(宇賀・前掲263頁)。
したがって,令和7年6月3日判決は,平成13年判決を変更したものではない。
もっとも,表形式の文書でも常に欄ごとの判断で足りるわけではなく,被告に区切りを明らかにさせた上で「合理的に区切られた範囲ごとに」判断すべきことは,法廷意見として示され,民集にも登載された判断である。
情報公開訴訟で欄単位の一体的判断を争う場合には,まずこの法廷意見の判示を援用することになると考えられる。
第5 5条6号の「おそれ」の判断
1 令和4年5月17日判決―調査結果の情報と5条6号イ
(1) 客観的事実に関する情報でも不開示情報に当たり得るとした判示
令和4年判決の原審は,預託法違反等に係る調査の結果の内容等の客観的な事実に関する情報は,検査事務に支障を及ぼす蓋然性があるとはいえないとして,5条6号イの不開示情報に当たらないとした。
最高裁は,調査の担当者が結果をまとめた報告書等には調査目的が反映されていると考えられるから,規制の潜脱を図ろうとする業者が,記載の重点の置き方などを分析して調査の着眼点や手法等を推知し得る場合があることは否定できないとした。
そして,その観点から審理を尽くさずに,調査の結果に関する情報であることから直ちに不開示情報に当たらないとした原審の判断を違法とした。
この部分は国の上告を,前記第3の3の部分は原告の附帯上告を容れたものであり,いずれも情報ごとの審理を求めて差し戻された。
(2) 宇賀補足意見が示した個別判断の必要性
補足意見は,行政調査の結果として不利益処分や行政指導に至った場合に,その内容と原因事実を公表することは,調査の着眼点が間接的に推知される場合があっても,行政の透明性の確保や説明責任の履行の観点から望ましいとする。
また,法廷意見も「監査、検査…に係る事務」に関する情報であれば不開示情報該当性が推認されるという立場ではないとする。
他方,客観的な事実に関する情報から機微な情報を推知し得る場合もあるので,客観的な事実に関する情報についても個別に5条6号イ該当性を判断すべきであるとした。
2 令和7年6月6日判決―機能性表示食品の検証事業報告書
(1) 「おそれ」を認めた原審の判断を違法とした判示
最高裁第三小法廷令和7年6月6日判決(令和6年(行ヒ)第94号,判例タイムズ1540号9頁)は,消費者庁が外部の機関に委託した機能性表示食品に関する検証事業の報告書について,検証の手法や基準,問題点等の情報を5条6号柱書き及びイの不開示情報に当たるとした原審の判断を違法とし,東京高裁に差し戻したものである。
裁判所HPの詳細ページでは,同判決の掲載誌の欄は空欄である。
原審は,開示により検証機関が問題視した点等が推知され,事業者が事後監視や指摘を免れることを容易にするおそれ等があるとしていた。
最高裁は,報告書に検証機関がガイドラインにどのように依拠したかを示す情報が記録されていることをうかがわせる事情は見当たらず,検証機関の用いた知見が事業者において通常知り得るような一般的なものである可能性も否定し難いから,そのようなおそれがあると直ちにいうことはできないとした。
(2) 宇賀補足意見が示した「おそれ」の判断方法
補足意見は,5条6号イの「おそれ」は「抽象的な可能性では足りず、法的保護に値する程度の蓋然性が要求される」こと,その判断に行政機関の長の裁量は認められないこと,国が立証責任を負うこと,6号柱書きの「適正」の判断では開示による支障だけでなく開示による公益も比較衡量しなければならないことについて,異論がないとする。
その上で,分析方法の情報に不足等があるとされた届出(平成27年度68件,平成28年度242件)は変更・撤回の届出等で対応され,行政指導や行政処分に至った例はないことを挙げる。
そして,問題点のコメントの開示が検証事務に支障を及ぼす「法的保護に値する程度の蓋然性」について,原審は審理を尽くしていないとした。
また,開示による公益を原審は全く考慮した形跡がないとした。
(3) 判決後の全部開示
宇賀克也氏の著書によれば,本判決の後,消費者庁長官は令和7年9月9日に不開示部分を全部開示する決定をした(宇賀・前掲267頁)。
この事実は同書の記載によるものであり,本記事では消費者庁の公表資料等では確認していない。
同書の記載どおりであれば,差戻し後の判決を待たずに行政機関が全部開示に転じた例となる。
第6 情報公開請求・情報公開訴訟の実務上の留意点
1 取消しの対象と基準時を不開示決定の時点に固定する
令和7年6月3日判決により,不開示決定の取消訴訟では,不開示決定がされた時点で不開示情報が記録されていたか否かを判断することが明らかになった。
訴訟の途中で追加開示や文書の加筆・変更があっても,取消しを求めているのは当初の決定の不開示部分であることを,訴状や準備書面で明確にしておくことが考えられる。
宇賀克也氏は,著書で,変更後の情報を基準にすると,違法に不開示とした部分を後で削除すれば開示の道が閉ざされてしまうとも指摘している(宇賀・前掲262頁)。
2 区切った範囲ごとに主張し,開示済みの部分を活用する
国が欄ごとの一体的判断で足りると主張した場合,原告としては,令和7年6月3日判決の「合理的に区切られた範囲ごとに」との判示と,林補足意見の「できる限り細かく区切って」との説示を援用し,小項目や情報ごとの主張立証を求めることが考えられる。
別件の開示請求や変更決定で既に開示された部分があれば,それを証拠として提出し,同じ欄の中に支障のない情報が含まれていることを具体的に示すことが考えられる(令和7年6月3日判決も,この事情を理由の一つに挙げている。)。
国が既に開示した部分を不開示情報に当たると主張するときは,宇賀意見が指摘する7条の裁量的開示との関係を問うことも考えられる。
なお,非公開とされた文書自体が訴訟で書証として提出されても,非公開決定の取消しを求める訴えの利益は消滅しない(平成14年判決)。
3 被告に区切りと理由を明らかにさせる釈明を求める
情報公開訴訟では裁判所によるインカメラ審理ができないため(平成21年決定),原告は不開示部分の中身を見ないまま主張立証をすることになる。
そこで,被告に対し,不開示部分をできる限り細かく区切った上で,区切った範囲ごとに,①記録されている情報の一般的・類型的な内容,②該当するとする5条の号,③該当すると判断した理由を明らかにするよう求め,被告が応じないときは,裁判所に釈明権の行使を求めることが考えられる。
①から③までは,林補足意見が被告に求める主張立証の内容と,宇賀意見が述べるヴォーン・インデックスの項目に対応する。
もっとも,裁判所が釈明義務を負うとまで述べているのは宇賀意見であるから,釈明の申立てでは,法廷意見の判示と林補足意見の説示を中心に据えることになると考えられる。
5条6号が問題となる場合は,令和7年6月6日判決の補足意見が示したように,「おそれ」が法的保護に値する程度の蓋然性に達しているかと,開示による公益との比較衡量を具体的に争うことになる。
同補足意見が挙げた届出の件数と処分の有無のように,過去の運用の実績を示す具体的な数字は,「おそれ」が抽象的な可能性にとどまることを示す材料となり得る。
4 審査会の段階で求めること
開示決定等について審査請求があったときは,原則として情報公開・個人情報保護審査会への諮問が必要である(情報公開法19条1項)。
情報公開・個人情報保護審査会設置法9条1項は,審査会が諮問庁に行政文書等の提示を求めることができるとし,同条3項は,行政文書等に記録されている情報の内容を審査会の指定する方法により分類又は整理した資料の作成・提出を求めることができるとする。
宇賀意見は,同条3項が審査会にヴォーン・インデックスの作成・提出を諮問庁に求める権限を明示的に付与したものであると説明している。
審査会は裁判所と異なり文書を直接見ることができるから,審査請求の段階で,不開示部分を細かく区切って審理するよう意見書で求めておくことが考えられる。
宇賀克也氏は,著書で,審査会等での自らの経験上,情報単位論による黒塗りの例はなかったと述べている(宇賀・前掲263頁)。
審査会の手続の概要は,行政機関等に対する情報公開請求の基礎で説明している。
5 上告受理申立てでは情報単位論の誤りを論旨として立てる
宇賀克也氏は,著書で,上告受理申立て事件では,原判決に重大な問題があっても申立て理由に記載がなければ職権で取り上げることはできないとする。
そして,情報単位論自体の誤りを論旨として主張していれば,法廷意見や個別意見で情報単位論の是非に言及できるが,部分開示を十分審理せず拒否したことが違法であるという論旨では,情報単位論自体が論旨になっているとみることは難しいと述べ,令和4年判決を参照している(宇賀・前掲33頁)。
他方で,同書は,情報単位論は講学上の用語なので,実質的にその是非を問題にしていると解し得る場合には,その用語が使われていないことを理由に論旨でないと扱うべきではないとも述べ,令和7年6月3日判決を参照している(同頁)。
実際,令和7年6月3日判決の宇賀意見も,論旨は実質的にみれば情報単位論が誤っているという主張にほかならないと述べている。
上告受理申立て理由を書く場合は,情報単位論の誤りを名指しで論旨に掲げた上で,令和7年6月3日判決の判示との抵触を具体的に主張することが考えられる。
上告不受理決定の意味については,上告不受理決定は原判決を正しいと認めたことになるかで扱っている。
第7 出典
1 法令
①e-Gov法令検索・行政機関の保有する情報の公開に関する法律(5条,6条,7条,19条)
②e-Gov法令検索・情報公開・個人情報保護審査会設置法(9条)
③e-Gov法令検索・公文書等の管理に関する法律施行令(9条1項4号)
2 裁判例
①最高裁平成13年3月27日第三小法廷判決・平成8年(行ツ)第210号,第211号・民集55巻2号530頁
②最高裁平成14年2月28日第一小法廷判決・平成9年(行ツ)第136号,第137号・民集56巻2号467頁
③最高裁平成19年4月17日第三小法廷判決・平成18年(行ヒ)第50号・集民224号97頁
④最高裁平成21年1月15日第一小法廷決定・平成20年(行フ)第5号・民集63巻1号46頁
⑤最高裁平成30年1月19日第二小法廷判決・平成29年(行ヒ)第46号・集民258号1頁
⑥最高裁令和4年5月17日第三小法廷判決・令和2年(行ヒ)第340号,第341号・集民267号53頁
⑦最高裁令和7年6月3日第三小法廷判決・令和5年(行ヒ)第335号・民集79巻4号1389頁
⑧最高裁令和7年6月6日第三小法廷判決・令和6年(行ヒ)第94号・判例タイムズ1540号9頁(裁判所HPの掲載誌欄は空欄)
3 文献
①宇賀克也『管見 最高裁判所』(有斐閣,2026年)33頁,62頁~65頁,262頁~263頁,267頁
第8 関連記事
①行政機関等に対する情報公開請求の基礎——対象外の書類,審査会,情報公開訴訟,公文書管理法
②裁判所の情報公開――通達・司法行政文書の開示手続と判決情報の公開
③宇賀克也『管見 最高裁判所』から分かる最高裁判所の審理
④上告不受理決定は原判決を正しいと認めたことになるか
⑤宇賀克也の経歴