第1 本記事の概要
1 結論
上告不受理決定は,最高裁判所が原判決の判断を正しいと認めたことを意味するものではない。
不受理決定は,上告受理の申立ての理由に「法令の解釈に関する重要な事項」を含むとは認められないとして,最高裁判所が事件に介入しないことを示すものにとどまる。
宇賀克也最高裁判所判事(当時。令和7年7月定年退官)も,著書で,原審の判断に問題があると考えつつ介入するほどではないとして不受理とされることや,判断の機が熟していないことを理由に不受理とされることがあると説明している(宇賀克也『管見 最高裁判所』(有斐閣,2026年)35頁~36頁)。
本記事は,上告受理の申立てをした当事者,申立てを受けた相手方及びその代理人を読者として想定し,①上告受理申立て制度の条文上の仕組み,②最高裁判所の内部での審理の流れ,③受理・不受理の判断要素,④不受理決定の意味と反対意見付きの不受理,⑤受理決定での論旨の排除と職権調査,⑥口頭弁論期日の指定の意味,⑦依頼者への説明を含む実務上の留意点を順に説明する。
本記事は,AIを用いて作成したものである。
2 資料と基準日
条文は,令和8年9月25日にe-Gov法令検索で確認した民事訴訟法及び裁判所法の現行条文による。
裁判例は,裁判所ウェブサイトの裁判例検索で書誌を確認し,判決文は同サイト掲載の全文PDFから引用した。
最高裁判所の内部の運用については,宇賀氏の前掲書に依拠する。
同氏は,平成31年3月に最高裁判所判事に就任し,令和7年7月に定年退官するまで第三小法廷に所属していた(宇賀・前掲2頁,10頁)。
内部の運用は公的資料では裏付けられないため,本記事では,本書に依拠する部分を「宇賀氏は……と述べている」などの形で示し,条文や判決文から確認できる事項と区別する。
本書が説明する運用は,著者の在任期間中のもの,特に第三小法廷のものであり,他の小法廷や現在の運用が同じであるとは限らない。
第2 上告受理申立て制度の仕組み
1 上告と上告受理申立ての違い
(1) 上告の理由は憲法違反と絶対的上告理由に限られる
高等裁判所の判決に対して最高裁判所に不服を申し立てる方法には,上告と上告受理の申立ての二つがある。
民事訴訟法312条1項は,「上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる。」と定める。
同条2項は,判決裁判所の構成の違法,代理権の欠缺,判決の理由不備・理由の食違い等の事由(いわゆる絶対的上告理由)を掲げる。
最高裁判所への上告では,単なる法令違反は上告の理由にならない。
(2) 上告受理は最高裁判所の裁量による
法令違反を最高裁判所に主張する手段が上告受理の申立てである。
民事訴訟法318条1項は,「上告をすべき裁判所が最高裁判所である場合には、最高裁判所は、原判決に最高裁判所の判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは控訴裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件について、申立てにより、決定で、上告審として事件を受理することができる。」と定める。
同条2項は,上告受理の申立てにおいては「第三百十二条第一項及び第二項に規定する事由を理由とすることができない。」と定めており,憲法違反等は上告で,法令違反は上告受理の申立てで主張するという役割分担になっている。
条文は「受理することができる」と定めており,受理するかどうかは最高裁判所の判断に委ねられている。
宇賀氏も,受理のハードルは高く,大半の申立ては不受理になると述べている(宇賀・前掲32頁)。
2 申立ての期間と理由書
(1) 申立ては2週間の不変期間内にする
民事訴訟法318条5項は,「第三百十三条から第三百十五条まで及び第三百十六条第一項の規定は、上告受理の申立てについて準用する。」と定める。
同法313条は控訴の規定を上告に準用しており,控訴期間を定める同法285条により,上告受理の申立ても,判決書(電子判決書)等の送達を受けた日から2週間の不変期間内にしなければならない。
不受理決定の意味を考える以前に,この期間を過ぎると申立て自体ができなくなる点に注意を要する。
(2) 理由書の提出期間は最高裁判所規則で定まる
民事訴訟法315条1項は,上告状に上告の理由の記載がないときは「最高裁判所規則で定める期間内に、上告理由書を原裁判所に提出しなければならない。」と定め,同条2項は,上告の理由を最高裁判所規則で定める方式により記載しなければならないと定める。
これらは同法318条5項により上告受理の申立てに準用される。
期間と方式を定める民事訴訟規則はe-Gov法令検索に収録されていないため,本記事では条文を引用しない。
提出期間の起算点と性質は,控訴理由書・上告理由書の提出期限―50日の性質と原裁判所の審査範囲で説明している。
3 上告審の調査範囲
(1) 不服申立ての限度での調査
民事訴訟法320条は,「上告裁判所は、上告の理由に基づき、不服の申立てがあった限度においてのみ調査をする。」と定める。
宇賀氏は,敗訴部分の一部だけを不服とすることは珍しくなく,不服の対象外とした部分に誤りがあると気付いても,申立人に有利に変更することはできないと説明している(宇賀・前掲32頁)。
相手方からの附帯上告や附帯上告受理の申立てがなければ,申立人に不利益な変更もされない(同32頁~33頁)。
(2) 職権調査事項と職権破棄
民事訴訟法322条は,「前二条の規定は、裁判所が職権で調査すべき事項には、適用しない。」と定める。
また,同法325条2項は,最高裁判所は,同法312条1項又は2項の事由がない場合であっても,「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるときは、原判決を破棄し、次条の場合を除き、事件を原裁判所に差し戻し、又はこれと同等の他の裁判所に移送することができる。」と定める。
もっとも,宇賀氏は,同項による職権破棄は非常にまれであり,在任中の第三小法廷では上告事件について同項による職権破棄の例はなかったと述べている(宇賀・前掲42頁)。
第3 最高裁判所の審理の流れ
1 約95%は持ち回り審議で処理される
(1) 持ち回り審議の対象
宇賀氏によれば,最高裁判所の審議には,書面を回して行う持ち回り審議と,小法廷の裁判官全員が集まって口頭で行う期日審議がある(宇賀・前掲21頁)。
例文による上告棄却決定等の結論になると見込まれる事件や,簡易な理由による上告棄却判決が相当と見込まれる事件は持ち回り審議となり,実際には約95%の事件が持ち回り審議となる(同頁)。
上告受理申立て事件では,申立て理由が原審の事実認定を非難するものである場合や,法令違反を主張していても法令解釈に関する重要な事項を含まない場合が典型例とされている(同頁)。
最終的な判断権は裁判体にあるが,第一次的な判断は担当の最高裁判所調査官が行う(同頁)。
(2) 書面の回覧と押印
持ち回り審議では,決定案,調査官報告書及び資料を束ねた一件書類が主任裁判官から順に各裁判官に回され,各裁判官が処理方針に賛成であれば押印し,全員が押印すると決定案どおりの審議が成立する(宇賀・前掲21頁~22頁)。
上告棄却決定や不受理決定は,決定書に代えて決定の内容を調書に記載する調書決定の形で行われている(同22頁)。
宇賀氏は,持ち回り審議でも,賛成して押印する際にA4で1枚程度の意見が付記され,それに複数の裁判官がコメントすることもまれではないとして,粗雑な審理ではないと強調している(同23頁)。
2 第三小法廷の軽審議
(1) 裁判官1人の希望で口頭審議が開かれる
宇賀氏が所属した第三小法廷では,調査官報告書が持ち回り審議での不受理案を示していても,裁判官のうち1人でも期日審議を希望すれば,全員が集まる際に期日審議の案件とするかどうかを審議していた(宇賀・前掲24頁)。
これが「軽審議」と呼ばれ,期日審議と同じく評議室で行われた(同頁)。
通常は主任裁判官が審議用メモを提出し,主任以外の裁判官が申し出た場合はその裁判官もメモを提出する(同頁)。
宇賀氏の在任中は大半の裁判官が軽審議を申し出ており,同氏自身の申出は二桁にのぼり,メモはA4で2,3枚から20枚近くに及んだという(同頁)。
(2) 軽審議の結果
軽審議の結果,期日審議に多数が同意せず不受理となることもあれば,期日審議を経て原判決を破棄する判決が出され,最高裁判所判例集に登載されることもある(宇賀・前掲24頁)。
不受理に反対する結論が多数となった場合は,通常,担当調査官が追加報告書を提出した上で期日審議が行われる(同24頁~25頁)。
全員が集まった口頭の審議で受理の問題点を多数の裁判官から指摘され,結果として全員一致で不受理となることもある(同34頁)。
宇賀氏は,軽審議の日程がすぐに入って不受理となった場合,短期間でまともに審理されずに門前払いされたという印象を申立人に与えやすいとも指摘している(同34頁~35頁)。
3 期日審議
(1) 期日審議の対象
期日審議は,判例となる判決・決定が出るような重要な法律問題を含む事件が対象であり,破棄相当と見込まれる事件のほか,上告棄却であっても理由を示して判例とするのが相当な事件が中心である(宇賀・前掲25頁)。
期日審議の前には,持ち回り審議用より格段に詳しい調査官報告書が配布され,その厚さは平均5センチメートル程度とされる(同頁)。
(2) 期日審議の進め方
主任裁判官は審議用メモを配布し,他の裁判官も異なる意見を述べる予定のときは事前にメモを出すことが少なくない(宇賀・前掲26頁)。
審議は評議室で行われ,全員一致なら審議が成立し,意見が分かれた場合は多数決で決するか,期日を改めて続ける(同27頁~28頁)。
宇賀氏の経験では,最長の事案は10回を超えたという(同28頁)。
第4 受理・不受理の判断要素
1 条文上の要件
民事訴訟法318条1項の要件は,①原判決に最高裁判所の判例(これがない場合は大審院又は上告裁判所若しくは控訴裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある事件,②その他の法令の解釈に関する重要な事項を含む事件である。
判例違反は重要な事項の例示であり,判例違反がない場合に何が「重要な事項」に当たるかは条文からは明らかでない。
2 宇賀氏が挙げる七つの判断要素
宇賀氏は,「法令の解釈に関する重要な事項」に当たるかどうかは,次のような要素を総合考慮して判断されていると説明している(宇賀・前掲35頁)。
①法令解釈の誤りが原判決の結論に与える影響の程度
②当該法律問題が個別事件を超えた一般的な意義を有するか
③当該法律問題についての最高裁判所の判例の有無
④下級審の裁判例や学説が大きく分かれており,最高裁判所が見解を統一する必要が大きいか
⑤下級審に同種の法律問題を含む事件が多数係属しているか
⑥当該法律問題が傍論のみに関わるものでないか
⑦当該法律問題についての議論の成熟性
①と⑥は,その法律問題が事件の結論を左右するかという観点であり,②から⑤は,最高裁判所が判断を示すことに事件を超えた意味があるかという観点である。
⑦は,後記3のとおり,重要な問題であっても不受理とされる理由になり得る。
3 判断の機が熟していないことを理由とする不受理
宇賀氏によれば,重要な問題であっても判断の機が熟していないとして不受理にできるかについては議論があるものの,最高裁判所では,民事訴訟法318条1項の「受理することができる」という文言は,そのような場合にも不受理とする裁量を認める趣旨と解されている(宇賀・前掲35頁~36頁)。
学説の蓄積が乏しく下級審の裁判例も少ない中で,判断を示せばどのような社会的影響が生じるか不透明な場合に,現時点では判断を控える趣旨で不受理とされることもあるという(同36頁)。
この場合,最高裁判所は法律問題について何ら判断していないが,理由が示されないため,原審の判断を是認して申立人の見解を否定したかのように受け取られがちであると同氏は指摘している(同頁)。
4 経験則違反・採証法則違反による受理
「法令の解釈に関する重要な事項」にいう「法令」には経験則や採証法則も含まれるため,原審の経験則・採証法則に大きな問題があると考えるときは受理することがあると宇賀氏は説明している(宇賀・前掲36頁)。
同氏の在任中の第三小法廷でも,原判決の事実認定に大きな問題があると考えた場合に,経験則違反として受理して介入した例があったという(同頁)。
もっとも,持ち回り審議の典型例として原審の事実認定の非難にとどまる申立てが挙げられていること(第3の1)からすれば,事実認定への不服をそのまま述べるだけでは受理は期待しにくいと考えられる。
第5 不受理決定の意味と読み方
1 不受理決定は原審判断を是認したものではない
(1) 介入しないという判断にとどまる
宇賀氏は,原審の判断に問題があることは認めつつ,最高裁判所が介入するほどの不合理はないとして不受理とされることもまれではないと述べる(宇賀・前掲35頁)。
同氏によれば,不受理決定は原審の判断に介入しないというものであり,原審の判断を是認したと報じられるのは正確ではない(同頁)。
受理すれば原審の判断を是認する判決が確実となる事件で,そうなることを望ましくないと考える裁判官が不受理に賛成することもあるという(同頁)。
したがって,不受理決定を受けても,原判決の法律判断が最高裁判所の判例になるわけではなく,同種事件で同じ法律問題を争う余地は残ると考えられる。
(2) 定型文の外観と実際の審議
上告棄却決定・不受理決定は件数が膨大なため定型の書式・文例で作られ,受けた側から見ればいわゆる三行半決定である(宇賀・前掲34頁)。
宇賀氏は,詳細な理由書を作成したのに読まずに出したのかという不満は理解できるとしつつ,軽審議で激しい議論をした結果として不受理決定がされることもまれではないと述べている(同頁)。
不受理決定の文面が短いことは,審理が簡略であったことを直ちに意味しない。
平成18年から平成25年まで第三小法廷に在籍した田原睦夫氏も,持回り案件でも裁判官が1人でも求めれば正式審議に回り,正式審議を経て不受理となる事件もそれなりにあったと述べている(田原睦夫「最高裁生活を振り返って」金融法務事情1978号(平成25年)10頁)。
同氏は,原審判決が判例雑誌に掲載されている事件では,それを確定させてよいかを気にかけ,確定させるのが相当でない場合には受理して判断を示すことがあったこと,理屈の違いから受理・不受理の判断が3対2に分かれることもあったことも述べている(同17頁~18頁)。
2 不受理決定に反対意見を付けることをめぐる議論
(1) 現行民事訴訟法の制定時の議論
裁判所法11条は,最高裁判所の裁判書又は電子裁判書には「各裁判官の意見を表示しなければならない。」と定める。
不受理決定に反対する裁判官がその理由を決定書に書けるかについては明文の規定がなく,宇賀氏によれば,現行民事訴訟法の制定時の座談会で議論がされていた(宇賀・前掲36頁~37頁。本書は,ジュリスト増刊『研究会・新民事訴訟法――立法・解釈・運用』(1999年)432頁~433頁を挙げる)。
同氏は,その座談会では,不受理決定に少数意見を付すことは許されないとする意見はなく,付記を妨げないし,むしろ望ましいとする意見が支配的だったと整理している(同37頁)。
(2) 最高裁判所判事経験者の著作での言及
宇賀氏は,最高裁判所判事の経験者が著作で不受理決定への反対意見に触れた例として,次の三つを紹介している。
①及び②は本書の記述によるものであり,本記事では原著の該当頁を確認していない。
①泉徳治氏は,判例時報2135号(2012年)5頁に寄せた文章で,上告不受理決定に反対意見が付く例が若干あり,裁判集にも載らず当事者にしか示されないが,当事者の納得を得る方法としてもっと推奨されてよいという趣旨を述べている(宇賀・前掲37頁)。
②弁護士出身の最高裁判所判事経験者は,退官後の座談会で,不受理に反対なら理由を書かせてもらうという趣旨を述べ,自ら反対意見を書いてきたことを明らかにしている(宇賀・前掲37頁~38頁。本書は出典として『最高裁判所は変わったか』(岩波書店,2009年)155頁~157頁を挙げる)。
③学者出身の最高裁判所判事経験者である藤田宙靖氏は,回想録『最高裁回想録――学者判事の七年半』(有斐閣,2012年)218頁~219頁で,同氏の就任後まもなく,第二小法廷で不受理の結論に賛同できない裁判官2人が反対意見を書く例が生じ,その後各小法廷で認められるようになったこと,同氏自身も行政処分取消訴訟の不受理決定に反対意見を付けたことを記している(宇賀・前掲38頁。原著の該当頁も本記事で確認した。)。
同書219頁は,不受理決定への反対意見に対して,多数意見を支持する補足意見を書こうとする裁判官まで現れたが,首席調査官の説得により断念されたという経緯も記している。
また,同書217頁~220頁は,上告受理の判断に当たって調査官も裁判官も事案に実質的に重要な論点がないかを検討するため,旧制度下の上告審理と大差ない作業になることがあると指摘し,持ち回り審議事件を基本的に調査官に委ねて裁判官は審議事件に専念する仕組みが最も現実的な負担軽減策であるとしつつ,そのような案は現状では検討の対象となる可能性がないとも述べている。
3 反対意見付きの不受理の件数と令和3年の表記変更
(1) 件数
宇賀氏によれば,令和3年に確認が行われたところ,確認できただけでも,それまでに12名の裁判官が19件の反対意見を付していた(宇賀・前掲38頁)。
また,上告不受理決定に反対意見が付くことはまれであり,6件の反対意見が付された平成18年でも約0.2%であった(同39頁)。
(2) 表記の運用変更
宇賀氏は,不受理決定に反対意見があるのに全員一致で不受理と表記することは事実に反し,国民に誤解を与えると指摘する(宇賀・前掲39頁)。
不受理決定は裁判所ウェブサイトで公表されず当事者に通知されるだけであるが,当事者が報道機関に伝えれば「全員一致で不受理」と報じられ得るからである(同頁)。
この問題は令和3年にすべての小法廷で議論され,反対の具体的理由を付記することはできないが,反対の者がある場合は「全員一致で不受理とする」と表記するのではなく,「○○の反対意見があるほか裁判官全員一致の意見で不受理とする」という表記をするように運用が改められ,それ以来,第三小法廷ではこの方針で運用されているという(同頁)。
(3) 1人でも重要と考えれば受理すべきだという見解
宇賀氏は,学者出身の判事経験者に確認したところ,同氏の回想録の記述は,不受理に反対する者がいても全員一致と記載していた時代の運用に戻るべきという趣旨ではまったくなく,1人でも不受理に反対すれば「法令の解釈に関する重要な事項」があるとして受理すべきという趣旨であると明言されたと述べている(宇賀・前掲39頁)。
宇賀氏自身も,裁判体の判事が1人でも「法令の解釈に関する重要な事項」があると判断すれば受理する運用とすべきであるという見解を正論と評価している(同40頁)。
これは運用の提言であり,現在の受理の基準を示すものではない。
第6 受理決定と論旨の排除・職権調査
1 受理決定での論旨の一部排除
(1) 条文と運用
民事訴訟法318条3項は,「第一項の場合において、最高裁判所は、上告受理の申立ての理由中に重要でないと認めるものがあるときは、これを排除することができる。」と定める。
同条4項は,「第一項の決定があった場合には、上告があったものとみなす。」とした上で,同法320条の適用については,排除されたもの以外を上告の理由とみなすと定める。
宇賀氏によれば,受理決定の際に論旨の一部を排除することは多く,排除するかどうかで裁判官の意見が分かれることもまれではなく,最後は多数決で決まる(宇賀・前掲35頁)。
同氏自身は,在任中,論旨の一部排除に反対することが少なくなかったという(同頁)。
(2) 判決文に現れる排除
一部排除は,判決文にも現れる。
最高裁令和4年5月17日第三小法廷判決(令和2年(行ヒ)第340号,裁判集民事267号53頁)は,附帯上告受理の申立てについて「附帯上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について」という見出しで判断している。
最高裁令和7年6月3日第三小法廷判決(令和5年(行ヒ)第335号,民集79巻4号1389頁)は,原判決の一部を破棄した上で,「なお、上告人のその余の上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。」と述べている。
受理決定を受けても,排除された論旨については判断がされず,その部分の上告は棄却されるという帰結になる。
2 申立て理由に書かれていない誤りは取り上げられない
(1) 本書の説明
宇賀氏は,上告受理申立て事件では,受理決定によって最高裁判所の判断が可能になるので,原判決に重大な問題があっても,上告受理申立て理由書に記載されていない限り職権で取り上げることはできないと説明する(宇賀・前掲33頁)。
論旨として挙げていれば破棄の可能性があったのに,挙げていないために破棄できない事件があり,その場合,不受理決定の中で付言として原判決の重大な誤りを指摘することもできないという(同頁)。
(2) 論旨の読み方が争われた例
宇賀氏は,ある点が論旨として明確に取り上げられているかどうかで判決・決定の書き方に差異が生じる例として,情報公開訴訟における情報単位論を挙げ,前記の令和4年5月17日判決を参照している(宇賀・前掲33頁)。
その後の前記令和7年6月3日判決に付された宇賀克也裁判官の意見は,「論旨は、明示的には情報単位論(独立一体説)が誤りであると主張するものではないが」としつつ,申立ての主張は「実質的にみれば、原判決が採用した情報単位論が誤っているという主張にほかならない。」と述べている。
論旨を実質で読むべきだという見解が個別意見として示されたことになるが,申立てをする側としては,これを当てにせず,争いたい法的論点を名前を挙げて正面から論旨にしておく方が確実である。
情報単位論と令和7年6月3日判決については,情報単位論と最高裁令和7年6月3日判決で説明している。
3 職権調査事項は申立て理由に拘束されない
申立て理由に挙げられていない事項は審理の対象外という原則には,職権調査事項という例外がある。
宇賀氏は,職権調査事項の例として,裁判権の有無,判決・決定をした裁判体の構成,専属管轄違反,上訴期間の徒過,当事者適格,訴訟能力,訴えの利益,訴訟代理権,法人代表者の代表権の欠缺等を挙げている(宇賀・前掲34頁)。
受理された事件は上告があったものとみなされ(民事訴訟法318条4項),職権調査事項について誤りが見つかれば,申立て理由に指摘がなくても,同法325条1項により原判決が職権で破棄されることになる(宇賀・前掲34頁)。
同氏の在任中,第三小法廷では,上告事件で職権調査事項の誤りにより原判決を職権で破棄したことが何度かあったという(同頁)。
4 条約違反の主張の扱い
宇賀氏によれば,最高裁判所では,上告理由として条約違反が挙げられている場合に,これを「単なる法令違反の主張」にすぎないものとして扱う慣行が確立している(宇賀・前掲41頁)。
同氏は,憲法98条2項が条約の誠実な遵守を求めていることから,この慣行には疑問があるとしている(同頁)。
本書の記述を前提とすれば,条約違反を上告理由として主張しても,それだけでは民事訴訟法312条の上告理由として扱われにくいことになる。
条約違反を争う場合は,上告受理申立て理由で法令違反として構成することや,憲法の条項との関係を具体的に示すことを検討することになると考えられる。
第7 口頭弁論期日の指定の意味
1 口頭弁論が開かれる場合
民事訴訟法319条は,「上告裁判所は、上告状、上告理由書、答弁書その他の書類により、上告を理由がないと認めるときは、口頭弁論を経ないで、判決で、上告を棄却することができる。」と定める。
そのため,原判決を破棄・変更する場合は,原則として口頭弁論が必要になる(宇賀・前掲49頁)。
上告と上告受理の申立てを並行してした事件で上告棄却・受理とする場合は,上告棄却決定,上告受理決定等と口頭弁論期日の指定が同じ日にされるのが一般的であるという(同50頁)。
2 棄却見込みでも弁論を開く運用
(1) 運用が見直された経緯
宇賀氏によれば,かつては破棄・変更の場合にだけ口頭弁論を開き,上告棄却判決では開かない運用がほぼ定着していたため,期日の指定がそのまま破棄の見通しとなり,弁論で説得する誘因が生じず形骸化しているという批判があった(宇賀・前掲56頁)。
そこで,棄却判決では弁論を開かないという運用を見直すこととされ,事例の積み重ねにより,期日の指定が原判決の見直しと同じではないという認識が形成されることが期待されたという(同頁)。
(2) 最高裁令和4年4月19日判決
宇賀氏は,口頭弁論を開いた後に上告を棄却した著名な例として,マンションに係る相続税の事件(最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決・令和2年(行ヒ)第283号,民集76巻4号411頁)を挙げている(宇賀・前掲51頁~52頁)。
同氏によれば,この事件では口頭弁論期日が指定されたため,原判決が破棄されるかもしれないという予想の下で,弁論前に判決内容を予想する報道がみられた(同52頁)。
裁判所ウェブサイト掲載の判決文を見ると,同判決は「上告受理申立て理由について」判断した上で,主文で「本件上告を棄却する。」としており,受理されて上告があったものとみなされた事件でも上告が棄却されることを示している。
判決の内容については,財産評価基本通達6項(総則6項)の適用――最高裁令和4年判決の枠組みと不動産・株式の事例で説明している。
3 期日指定後の和解・取下げ
宇賀氏は,口頭弁論が開かれると統計的には原判決の破棄・変更が多いため,原判決を維持したい当事者が相手方に和解を働きかけ,上告や上告受理の申立てが取り下げられることがあると述べる(宇賀・前掲52頁)。
在任中の第三小法廷でも,口頭弁論期日の調整に入ったところで,原審で勝訴した被上告人が和解を申し入れ,取下げに至った事件があったという(同60頁)。
同氏は,このような事態を避けるためにも,上告棄却になるのではないかという印象を抱いている事案でも口頭弁論を行う例を増やしていくべきであると述べている(同52頁)。
第8 代理人・当事者の実務上の留意点
1 理由書では七つの判断要素に即して重要性を示す
上告受理申立て理由書では,原判決の誤りを指摘するだけでなく,その誤りが「法令の解釈に関する重要な事項」に当たることを示す必要がある。
宇賀氏が挙げる七つの判断要素(第4の2)に照らすと,①誤りが結論を左右すること,②個別事件を超えた意義,③最高裁判所の判例の有無,④下級審の裁判例や学説の分かれ,⑤同種事件の係属状況,⑥傍論でないこと,⑦議論が熟していることを,それぞれ具体的な資料で示すことが考えられる。
特に④と⑤は,裁判例の一覧や同種事件の状況を示すことで,判断を求める必要性を具体化しやすい。
判例違反を主張する場合は,民事訴訟法318条1項が掲げる判例と相反する判断があることを,判例の特定と原判決の該当部分の対比で示すことになる。
2 拾ってほしい誤りはすべて論旨にする
宇賀氏の説明によれば,申立て理由書に書かれていない誤りは,職権調査事項を除き,最高裁判所が取り上げることはできない(第6の2)。
そのため,最高裁判所に判断してほしい誤りは,重要性の低そうなものも含めて論旨として立てておく必要がある。
他方で,受理決定では重要でない論旨が排除され得る(民事訴訟法318条3項)ので,論旨ごとに,それぞれ独立して重要性を示すことが考えられる。
争いたい判例法理や解釈論がある場合は,論旨の実質から読み取ってもらうことを期待せず,その法理の名称と誤りの内容を正面から論旨に掲げるのが確実である。
3 依頼者への説明
(1) 不受理は是認ではない
依頼者から「最高裁判所も原判決が正しいと判断したのか」と問われた場合は,不受理決定は最高裁判所が事件に介入しないという判断であって,原判決の法律判断を是認したものではないと説明することになる(第5の1)。
同時に,不受理決定により原判決は確定し,最高裁判所の判断で結論が変わる見込みはなくなることも,誤解のないように伝える必要がある。
不受理決定の文面は定型文であり,受理されなかった具体的理由は示されないので,理由を推測して断定的に説明することは避けるべきである。
(2) 反対意見の有無の読み方
宇賀氏の説明によれば,令和3年以降,少なくとも第三小法廷では,不受理に反対した裁判官がいる場合,「○○の反対意見があるほか裁判官全員一致の意見で不受理とする」と表記される(第5の3)。
このような表記があれば,裁判体の中に受理すべきだと考えた裁判官がいたことが分かるが,反対の具体的理由は書かれない。
令和3年より前の不受理決定については,全員一致と表記されていても,反対者がいなかったと断定することは控えるのが無難である。
反対意見付きの不受理決定は裁判所ウェブサイトで公表されず当事者にしか通知されないため,決定書は手元で保管しておくことが望ましい。
(3) 期日指定の受け止め方
口頭弁論期日が指定されると,依頼者は原判決の破棄を期待しがちであるが,棄却見込みでも弁論を開く運用があり,実際に弁論後に上告が棄却された例がある(第7の2)。
期日の指定は破棄の予告ではないことを,指定を受けた段階で説明しておくことが考えられる。
相手方から期日指定後に和解の申入れがあった場合も,破棄が確実であるとの前提で判断しないことが必要である。
第9 出典
1 法令
①民事訴訟法(平成8年法律第109号)285条,312条,313条,315条,318条,319条,320条,322条,325条(e-Gov法令検索。令和8年9月25日確認)
②裁判所法(昭和22年法律第59号)11条(e-Gov法令検索。令和8年9月25日確認)
2 裁判例
①最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決(令和2年(行ヒ)第283号,民集76巻4号411頁)(裁判所ウェブサイト)
②最高裁令和4年5月17日第三小法廷判決(令和2年(行ヒ)第340号,裁判集民事267号53頁)(裁判所ウェブサイト)
③最高裁令和7年6月3日第三小法廷判決(令和5年(行ヒ)第335号,民集79巻4号1389頁)(裁判所ウェブサイト)
3 文献
①宇賀克也『管見 最高裁判所』(有斐閣,2026年)2頁,10頁,21頁~28頁,32頁~42頁,49頁~52頁,56頁,60頁
②藤田宙靖『最高裁回想録――学者判事の七年半』(有斐閣,2012年)217頁~220頁
③田原睦夫「最高裁生活を振り返って」金融法務事情1978号(平成25年)10頁,17頁~18頁
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⑧宇賀克也『管見 最高裁判所』から分かる最高裁判所の審理
⑨情報単位論と最高裁令和7年6月3日判決
⑩宇賀克也の経歴
⑪泉徳治裁判官の経歴
⑫最高裁判所判事の裁判以外の職務