第1 最高裁判所の民事口頭弁論の位置付け
1 書面審理が通常であること
民事訴訟法87条1項本文は,当事者が訴訟について裁判所で口頭弁論をしなければならないという原則を定めている。もっとも,上告審については特則がある。
最高裁判所の裁判手続は,最高裁判所が法律審であり,審理は通常書面によって行われること,上告理由がないと判断される事件は口頭弁論を経ないで上告を棄却できること,及び当事者から不服のある点を直接聴いた方がよい事件では口頭弁論を開いた後に判決を言い渡すことを説明している。したがって,最高裁判所に民事事件が係属しても,常に口頭弁論期日が指定されるわけではない。
2 上告棄却決定,不受理決定及び上告棄却判決の区別
最高裁判所で口頭弁論が開かれない場合を理解するには,次の裁判を区別する必要がある。
| 裁判 | 主な根拠 | 口頭弁論との関係 |
|---|---|---|
| 上告棄却決定 | 民事訴訟法317条2項 | 上告理由が同法312条1項又は2項の事由に明らかに該当しない場合に,決定で上告を棄却する。 |
| 上告不受理決定 | 民事訴訟法318条 | 法令解釈に関する重要な事項等を含むとは認められない上告受理申立てを受理しない。 |
| 上告棄却判決 | 民事訴訟法319条 | 上告状,上告理由書,答弁書その他の書類によって上告に理由がないと認めるときは,口頭弁論を経ないで判決により上告を棄却できる。 |
| 原判決の破棄又は変更 | 民事訴訟法87条1項本文等 | 原則として口頭弁論を経る。もっとも,後記の例外がある。 |
上告受理申立てが受理されると上告があったものとみなされるため,その後に口頭弁論を経て上告棄却判決が言い渡されることもある。「受理されたこと」と「最終的に原判決が破棄されること」は同じではない。
3 口頭弁論期日の指定は破棄の法的な予告ではないこと
最高裁判所が原判決を破棄又は変更する場合には,原則として口頭弁論を開く必要がある。このため,実務上は,口頭弁論期日の指定が原判決の見直しを予測させることが多いが,期日指定は原判決破棄の法的な予告ではない。
最高裁判所は口頭弁論を経た後に上告を棄却することができ,現にその公表例があるほか,重要な憲法問題を扱う大法廷事件等では,結論が上告棄却であっても口頭弁論が開かれることがある。また,記録上明白な手続違反等を理由とする場合には,例外的に口頭弁論を経ないで原判決が破棄されることもある。
したがって,本記事では,①口頭弁論を経ない上告棄却判決,②口頭弁論を経た上告棄却判決,③口頭弁論を経ない例外的な破棄判決を分けて整理する。
第2 口頭弁論期日の指定から期日まで
1 期日の調整及び呼出し
最高裁判所裁判部作成の「民事書記官実務必携(令和7年4月1日現在)」31頁によれば,審議の結果,口頭弁論を経ることになったときは,担当調査官から担当書記官へ連絡される。担当書記官は,裁判官の予定,答弁書提出までに必要な期間及び代理人等の出頭の便宜を考慮して期日を調整する。
同資料は,期日呼出し,答弁書提出及び答弁書副本の送達に必要な期間等を考慮し,原則として期日指定の日から約6週間先以降の開廷予定日を相当としている。上告受理事件では,原則として期日指定と同日付けで受理決定がされ,指定後は口頭弁論期日呼出状等が当事者へ送達される。
2 答弁書,弁論要旨等の準備
同実務必携31頁~33頁は,期日指定事件の理由書副本の送達,答弁書の取扱い,記録の再点検及び期日指定後に提出された書面の裁判官・担当調査官への供閲を定めている。実際の事件では,担当書記官が,答弁書及び弁論要旨の提出,出頭する代理人の人数,口頭説明をする者,説明時間及び順序等を当事者側と調整することがある。
最高裁判所における口頭説明は,上告理由書又は上告受理申立て理由書に記載した論旨を分かりやすく補足し,争点を明確にする機会である。法定期間内の理由書に記載しなかった新たな上告理由を口頭説明によって追加することは予定されておらず,受理決定で排除された論旨について弁論しないよう注意を要する。
3 民事裁判手続のデジタル化後の注意点
「民事書記官実務必携(令和7年4月1日現在)」は,令和8年5月21日に民事裁判手続のデジタル化に関する改正規定が全面施行される前の資料である。法務省の民事裁判手続のデジタル化に関する案内によれば,令和8年5月21日以後,弁護士等の訴訟代理人はオンラインによる申立て等を行うことが義務付けられた。
そのため,書面の提出,送達その他の事務処理の細部については,上記実務必携の記載が現在も全て同じであるとは限らない。現に期日指定を受けた事件では,担当書記官の案内及び最新の法令・規則を確認する必要がある。
第3 口頭弁論期日で行われること
1 実質的な口頭説明
村田一広「最高裁判所における口頭弁論の実情等について」(民事訴訟雑誌68号44頁~69頁)は,提出済みの理由書等及び答弁書を陳述した扱いとした上で,裁判長が上告理由又は答弁内容を補足する口頭説明を促し,多くの事件で代理人による実質的な弁論が行われていると説明している。
実務書には,最高裁判所の口頭弁論は通常1回であり,新たな主張・証拠の提出をする場ではないことから儀式的な要素が強いとの記述もある。もっとも,口頭弁論の実質には事件ごとの差があり,現在の運用を一律に儀式と評価することは相当でない。
2 裁判官からの質問
宇賀克也『管見 最高裁判所』(有斐閣,2026年)54頁によれば,裁判官から当事者への質問は従来例外的であったが,口頭弁論を活性化する観点から増えつつある。同書は,不意打ちを避けるため,裁判所の問題意識を事前に伝える場合があること,及び令和7年7月8日の第三小法廷の口頭弁論では質疑の骨子が口頭弁論調書に記載されたことも紹介している。
裁判官から質問が出る可能性を踏まえ,理由書の朗読だけではなく,争点,原判決の問題点及び相手方の反論に対する短く明確な回答を準備する必要がある。次の投稿は一事件の経験談にとどまるが,裁判長が代理人に主張内容について質問した例があることを伝えている。
今年はやはり最高裁で弁論したのが一番印象に残っている。意外にも裁判長は相手方代理人に対して主張の中身に関するかなり突っ込んだ質問をしていた。自分が体験する限りでは最高裁の口頭弁論は予定調和・儀式的なものでは全然なかった。
— obata (@obata_1115) December 24, 2022
3 口頭弁論後の審議及び判決
宇賀克也『管見 最高裁判所』53頁~55頁によれば,口頭弁論が終わると裁判官は直ちに評議室へ移動し,担当調査官も立ち会って弁論後の審議が行われる。同書が紹介する在任中の運用では,民事事件の口頭弁論は通常1回であり,弁論から判決言渡しまで約1か月であった。
また,「民事書記官実務必携(令和7年4月1日現在)」34頁によれば,口頭弁論を経た事件の判決言渡期日は,原則として弁論期日に指定・告知される。これらは過去又は特定時点の運用を示すものであり,全ての事件で同じ期間となることを保証するものではない。
4 口頭弁論の意義
口頭弁論は,当事者が最高裁判所の裁判官の面前で主張を尽くす最後の機会であり,裁判官が当事者へ直接質問できる場でもある。また,公開法廷で当事者の主張と裁判所の関心事項が示されることは,最高裁判所における判例形成過程の透明性にも資する。
口頭弁論の意義を,原判決破棄の告知又は理由書を形式的に陳述するだけの手続に限定して理解すべきではない。
第4 口頭弁論を経た上告棄却判決
1 確認できる公表例
(1) 一覧の読み方
口頭弁論を経ても,最高裁判所が原判決の結論を維持し,上告棄却判決を言い渡すことがある。次の表は,論文,判決PDF及び過去の開廷期日情報を照合して確認できた主な例である。
(2) 確認例
| 最高裁判決 | 事件番号・事件名 | 確認した結果 |
|---|---|---|
| 最高裁令和元年8月9日第二小法廷判決 | 平成30年(受)第1626号・執行文付与に対する異議 | 上告棄却 |
| 最高裁令和3年7月5日第二小法廷判決 | 令和元年(受)第2052号・株主総会議事録閲覧謄写請求 | 上告棄却 |
| 最高裁令和4年1月18日第三小法廷判決 | 令和2年(受)第1518号・損害賠償 | 上告棄却 |
| 最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決 | 令和2年(行ヒ)第283号・相続税更正処分等取消 | 上告棄却 |
| 最高裁令和4年10月24日第一小法廷判決 | 令和3年(受)第1112号・音楽教室における著作物使用に関わる請求権不存在確認 | 令和4年9月29日に口頭弁論,上告棄却 |
| 最高裁令和5年1月25日大法廷判決①・同② | 令和4年(行ツ)第103号等及び同第130号・衆議院議員選挙無効 | 令和4年12月14日に口頭弁論,各上告棄却 |
| 最高裁令和5年3月6日第一小法廷判決 | 令和4年(行ヒ)第10号・消費税及び地方消費税更正処分等取消 | 令和5年2月9日に口頭弁論,上告棄却 |
| 最高裁令和5年5月9日第三小法廷判決 | 令和4年(行ヒ)第150号・納骨堂経営許可処分取消等 | 令和5年4月7日に口頭弁論,上告棄却 |
| 最高裁令和5年10月18日大法廷判決 | 令和5年(行ツ)第54号等・参議院議員選挙無効 | 令和5年9月20日に口頭弁論,上告棄却 |
| 最高裁令和6年7月3日大法廷判決①・同②・同③・同④ | 令和5年(受)第1319号,令和4年(受)第1050号,同第1411号及び令和5年(受)第1323号・旧優生保護法国家賠償 | 令和6年5月29日に口頭弁論,4件は上告棄却 |
| 最高裁令和7年2月17日第二小法廷判決 | 令和5年(行ヒ)第177号・固定資産価格審査決定取消 | 令和7年1月17日に口頭弁論,上告棄却 |
| 最高裁令和7年6月30日第一小法廷判決 | 令和6年(受)第1067号・不当利得返還等 | 令和7年5月26日に口頭弁論,上告棄却 |
| 最高裁令和8年2月20日第三小法廷判決 | 令和6年(行ヒ)第362号・保有個人情報不開示決定処分取消 | 令和8年1月23日に口頭弁論,上告棄却 |
大法廷で選挙無効訴訟の口頭弁論が開かれる例として,次の報道動画がある。
2 併合事件及び併行事件の結果に関する注意
同じ日に口頭弁論又は判決が行われた事件でも,全事件の主文が同じとは限らない。例えば,最高裁令和2年10月15日第一小法廷判決①及び同②には,上告棄却と原判決の一部破棄が同一主文中に併存する一方,同③は上告棄却である。
また,最高裁令和3年5月17日第一小法廷判決及び最高裁令和4年6月17日第二小法廷判決は原判決破棄を含んでいるため,判決日又は事件群だけを基準に「口頭弁論後の上告棄却例」と分類することはできない。
旧優生保護法をめぐる最高裁令和6年7月3日大法廷判決でも,前記4件は上告棄却であるが,同日に言い渡された別の併行事件には原判決破棄のものがある。個々の事件番号と主文を確認する必要がある。
3 一覧の限界
裁判所の裁判例検索は,全ての判決等を掲載するものではない。また,最高裁判所の開廷期日情報は随時更新され,過去の期日が現在ページから消えるため,後日になって判決PDFだけから最高裁判所で口頭弁論が開かれたかを確認できない場合がある。
前記一覧は,公開資料から確認できた例であり,口頭弁論後に上告棄却となった事件の完全な一覧ではない。
第5 口頭弁論を経ない裁判
1 民事訴訟法319条による上告棄却判決
民事訴訟法319条は,上告裁判所が,上告状,上告理由書,答弁書その他の書類によって上告に理由がないと認めるときは,口頭弁論を経ないで判決により上告を棄却できると定めている。これは,判決は口頭弁論に基づかなければならないという同法87条1項本文の特則である。
判決言渡期日が指定されても,それに先立つ口頭弁論期日が指定されていなければ,民事訴訟法319条による上告棄却判決等が予定されている場合がある。もっとも,裁判所からの通知内容及び事件の手続経過を確認せず,結論を断定すべきではない。
2 口頭弁論を経ない例外的な破棄判決
(1) 法的な位置付け
民事訴訟法319条は口頭弁論を経ない「棄却」を定めた規定であり,口頭弁論を経ない原判決破棄を一般的に認める条文ではない。しかし,最高裁判例は,原判決を破棄すべきことが記録上明白であり,当事者の意見を改めて聴く必要性が乏しい場合等に,民事訴訟法319条又は140条の趣旨等を踏まえ,例外的に口頭弁論を経ない破棄を認めている。
(2) 公表例
公表例には次のものがある。
① 最高裁平成14年12月17日第三小法廷判決(平成13年(行ツ)第205号・平成13年(行ヒ)第202号)は,不適法で補正できない訴えを却下する前提として,口頭弁論を経ないで原判決の一部を破棄した。
② 最高裁平成18年9月4日第二小法廷判決(平成17年(オ)第1451号)は,当事者の死亡による訴訟終了を宣言する前提として,口頭弁論を経ないで原判決の一部を破棄した。
③ 最高裁平成19年1月16日第三小法廷判決(平成18年(オ)第1598号)は,判決の基本となる口頭弁論に関与していない裁判官が判決をした裁判官として署名押印していたことを理由に,口頭弁論を経ないで原判決を破棄した。
④ 最高裁平成19年3月27日第三小法廷判決(昭和62年(オ)第685号)は,職権探知事項である訴訟手続の中断事由を確認し,口頭弁論を経ないで原判決を破棄した。
⑤ 最高裁平成22年3月16日第三小法廷判決(平成20年(オ)第999号)は,固有必要的共同訴訟における合一確定の要請に反する原判決を,口頭弁論を経ないで破棄した。
口頭弁論を経ない破棄は例外であり,単に最高裁判所が書面から破棄相当と判断できるというだけで常に許されるものではない。
3 近時の破棄例
最高裁令和7年7月10日第一小法廷判決(令和7年(行ツ)第125号・年金額減額処分取消等請求)は,原審で裁判官1名が交代した後,従前の口頭弁論の結果が陳述されないまま弁論が終結され,交代後の裁判官によって原判決がされたことを,民事訴訟法312条2項1号の絶対的上告理由に当たるとした。
同判決は,最高裁平成19年1月16日第三小法廷判決を引用し,この理由によって原判決を破棄する場合には必ずしも口頭弁論を経る必要がないと明示して,原判決を破棄し,事件を東京高等裁判所へ差し戻した。口頭弁論を経ない破棄が過去の特殊な例だけではなく,近時にも行われたことを示す判決である。
第6 開廷期日情報及び傍聴
1 現在の開廷期日を確認する方法
最高裁判所開廷期日情報には,期日,事件番号,事件名,第一審・第二審の裁判所及び事件番号,弁論又は判決の別,開廷場所,裁判長名並びに傍聴方法が掲載される。事案の概要を説明するPDFが掲載される事件もある。
掲載される期日及び傍聴方法は変更されることがあるため,傍聴前に最新のページを確認する必要がある。
2 傍聴の方法
最高裁判所の案内によれば,傍聴希望者は南門へ行き,傍聴希望者が多い場合には傍聴できないことがある。抽選又は先着順の別は開廷期日情報の備考欄に掲載され,抽選の場合は所定時刻までに整列して整理券の交付を受け,先着順の場合は満席になるまで順に案内される。
法廷に持ち込める物には制限があり,所持品検査及びロッカーへの預入れが行われるため,開廷時刻だけでなく整理券交付締切時刻その他の注意事項を確認すべきである。
3 関連する記事及び動画
本記事と併せて,次の記事も参照されたい。
裁判所が公開している最高裁判所見学動画は次のとおりである。
第7 出典・参考資料
1 法令
① e-Gov法令検索「民事訴訟法」87条,312条,317条~319条
2 裁判所及び法務省の資料
① 最高裁判所「最高裁判所の裁判手続」
② 最高裁判所「最高裁判所開廷期日情報」
③ 最高裁判所裁判部「民事書記官実務必携(令和7年4月1日現在)」29頁及び31頁~34頁
④ 法務省「民事裁判手続のデジタル化」
3 裁判例
① 第4及び第5に掲載した各最高裁判決。裁判所の判決PDFへのリンクは本文中に付した。
② 過去の最高裁判所開廷期日情報の保存版。口頭弁論日と判決の事件番号を照合するために用いた。
4 書籍及び論文
① 村田一広「最高裁判所における口頭弁論の実情等について」民事訴訟雑誌68号(2022年)44頁~69頁
② 宇賀克也『管見 最高裁判所』(有斐閣,2026年)49頁~60頁
③ 松本博之『民事上告審ハンドブック』(日本加除出版,2019年)399頁~403頁
④ 秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法6』(日本評論社,2014年)365頁~367頁
⑤ 木山泰嗣『税務訴訟の法律実務〔第2版〕』(弘文堂,2014年)322頁~324頁