第1 本記事の対象と結論
1 対象と基準日
(1) 扱う問い
本記事は,弁護士が受任した事件を途中で辞任するときに守るべきルールを,民法の委任の規定,弁護士職務基本規程41条から45条まで,裁判例,日本弁護士連合会(日弁連)の懲戒事件の議決例の順に整理するものである。
想定しているのは,依頼者との関係が行き詰まって辞任を考えている弁護士と,弁護士から辞任を告げられた依頼者である。
国選弁護人と被害者参加弁護士については,辞任の仕組みが私選の代理人と異なるので,第5で別に扱う。
弁護士がそもそも事件を受任しない場合のルールは,「弁護士が事件の依頼を断るときの通知義務」で扱っている。
(2) 基準日と主な資料
法令は,令和8年9月25日現在の条文をe-Gov法令検索で確認した。
弁護士職務基本規程は,日弁連の「日本弁護士連合会関係法規集」(令和7年9月1日現在)で条文を確認した。
解釈については,解説「弁護士職務基本規程」第4版(日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著,2026年9月。以下「本書」という。)を主に参照したが,本書は,初版以来の版と同様に,本書で述べる見解は日弁連の公式見解ではないと明記している(はしがき)。
本書の法令等の基準日は令和8年3月1日である(凡例)。
2 結論の要旨
①委任は各当事者がいつでも解除できるから(民法651条1項),弁護士は辞任すること自体を禁じられてはいないが,依頼者に不利な時期に辞任すれば,やむを得ない事由がない限り損害賠償の問題が生じる(同条2項)。
②依頼者との信頼関係が失われ,かつ,その回復が困難なときは,弁護士は,その旨を説明した上で,辞任その他の事案に応じた適切な措置を採らなければならない(弁護士職務基本規程43条)。
③辞任の前に,信頼関係の回復に努め,依頼者に事態を理解させ,今後の対処法を検討させる機会を保障すべきであるとした裁判例があり(東京地裁立川支部平成23年4月25日判決),本書も43条の解説でこれを紹介している。
④複数の依頼者の間に受任後に利害対立が生じたとき(42条)と,共同受任した弁護士の間で意見が一致しないとき(41条)にも,辞任の前に説明の義務がある。
⑤辞任した後も,処理の状況又は結果の説明(44条)と,金銭の清算及び預り金・預り品の遅滞ない返還(45条)の義務が残る。
⑥国選弁護人は,辞任を申し出ただけでは地位を失わず,裁判所の解任によって地位を失う(最高裁昭和54年7月24日判決の裁判要旨)。
被害者参加弁護士についても,裁判所による選定の取消しという仕組みになっている。
第2 辞任の法的根拠――民法の委任の規定
1 弁護士も依頼者もいつでも委任を解除できる
(1) 民法651条1項の任意解除
弁護士と依頼者との事件の委任契約には,民法の委任の規定が適用される。
民法651条1項は,「委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。」と定めており,受任者である弁護士が辞任することは,同項に基づく委任の解除に当たる。
したがって,弁護士の辞任は,理由のいかんを問わず民法上は効力を生じ得る。
ただし,後述する損害賠償の問題と,弁護士職務基本規程上の手順の問題は,これとは別に生じる。
(2) 依頼者から解任する場合
同じ民法651条1項により,依頼者も,いつでも弁護士を解任することができる。
依頼者が解任したときに損害賠償の問題が生じるのは,弁護士に不利な時期に解除したとき(同条2項1号)と,「委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く。)をも目的とする委任を解除したとき」(同項2号)であり,いずれもやむを得ない事由があれば賠償責任を負わない(同項ただし書)。
同項2号の括弧書により,弁護士が報酬を得る利益を持っていることだけでは,同号の「受任者の利益」をも目的とする委任には当たらない。
2 不利な時期の辞任と損害賠償
(1) 民法651条2項の構造
民法651条2項は,同条1項の規定により委任を解除した者は,「相手方に不利な時期に委任を解除したとき」は相手方の損害を賠償しなければならないとし,ただし「やむを得ない事由があったときは、この限りでない。」と定める。
弁護士の辞任について見ると,依頼者に不利な時期に辞任した場合には,やむを得ない事由がない限り,依頼者に生じた損害の賠償が問題となる。
この規定は,辞任の効力を否定するものではなく,損害賠償によって調整する仕組みである。
(2) 弁護士の辞任で不利な時期が問題となる場面
どのような時期が依頼者に不利な時期に当たるかについて,民法は具体的に定めていない。
本記事では,後任の弁護士を探して事件の内容を引き継ぐ時間が足りない時期,例えば控訴期間(民事訴訟法285条により電子判決書等の送達を受けた日から2週間の不変期間)の途中や,重要な期日の直前は,依頼者に不利な時期に当たり得ると考える。
他方で,依頼者の側に信頼関係を失わせる事情がある場合には,やむを得ない事由の有無が争点になると考えられる。
いずれにしても,辞任の時期を選べる場合には,期限との関係を確認してから辞任するのが安全である。
3 辞任後も残る民法上の義務
(1) 報告と受取物の引渡し
受任者は,委任が終了した後は,遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない(民法645条)。
また,受任者は,委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければならない(民法646条1項)。
弁護士職務基本規程44条と45条は,これらの民法上の義務を前提とし,弁護士に固有の説明と清算の義務を定めたものである(本書152頁,153頁)。
(2) 急迫の事情がある場合の必要な処分
民法654条は,委任が終了した場合において急迫の事情があるときは,受任者は,委任者が委任事務を処理することができるに至るまで,必要な処分をしなければならないと定める。
辞任した後であっても,期限が迫っている事件では,同条の必要な処分が問題になり得る。
(3) 終了の通知と訴訟代理権の消滅
委任の終了事由は,相手方に通知したとき,又は相手方がこれを知っていたときでなければ,相手方に対抗することができない(民法655条)。
民事訴訟では,訴訟代理権の消滅は,本人又は代理人から相手方に通知しなければその効力を生じない(民事訴訟法59条による同法36条1項の準用)。
そのため,訴訟の係属中に辞任するときは,依頼者への通知だけでなく,相手方への通知が必要になる。
第3 職務基本規程が定める辞任前後の手順
1 信頼関係の喪失(43条)
(1) 条文と義務規定としての性格
弁護士職務基本規程43条は,「弁護士は、受任した事件について、依頼者との間に信頼関係が失われ、かつ、その回復が困難なときは、その旨を説明し、辞任その他の事案に応じた適切な措置を採らなければならない。」と定める。
同規程82条2項は,行動指針又は努力目標として解釈適用すべき規定を列挙しているが,41条から45条までは列挙されていない。
本書も,43条は,旧弁護士倫理34条の「その依頼関係の継続に固執してはならない」という表現を改め,義務規範であることとその内容を明確にしたものと説明している(本書149頁)。
82条の位置付けは,「弁護士職務基本規程82条の行動指針・努力目標-対象条文と懲戒判断」で扱っている。
(2) 「その旨を説明し」の意味
本書の説明では,43条の説明義務は,依頼者が不意打ちで代理人を失う事態を避け,自分の置かれた状況を知った上で次の手を考える余地を依頼者に残すためのものとされている(本書149頁)。
また,本書は,「辞任」は「事案に応じた適切な措置」の例示であり,信頼関係が失われた場合でも,弁護士は直ちに辞任するのではなく,その回復に向けて可能な限りの努力をすべきであるとする(本書149頁)。
本書の説明に従えば,辞任の前に説明と回復の努力を経るという順序が,43条の中心的な内容であると考えられる。
(3) 信頼関係は双方向のもの
本書によれば,43条の信頼関係は,依頼者が弁護士を信頼する関係だけでなく,弁護士が依頼者を信頼する関係も含んでおり,関係が壊れた原因がもっぱら依頼者にある場合であっても同条の対象となる(本書149頁)。
したがって,依頼者の言動が原因で辞任する場合であっても,説明を省略してよいことにはならない。
(4) 依頼者が終了を望む場合に居座らないこと
本書は,修復に努めても関係が戻らず,依頼者の側から委任をやめると申し出てきたときは,弁護士は速やかに解除に応じ,代理人辞任の手続を行うべきであり,報酬の未清算を理由に辞任手続を拒否し,又は不当に遅らせることは正当化されないとする(本書150頁)。
逆に,依頼者が委任をやめたいと切り出せずにいるのにつけ込み,報酬など自分の利益のために代理人を続けることも,本書は43条違反に当たるとする(本書150頁)。
43条は,弁護士が辞任しようとする場面だけでなく,辞任すべきなのにしない場面にも働く規定である。
2 受任後の利害対立(42条)
(1) 条文と受任時の説明義務
弁護士職務基本規程42条は,複数の依頼者があって,その相互間に利害の対立が生じるおそれのある事件を受任した後,依頼者相互間に現実に利害の対立が生じたときは,依頼者それぞれに対し,速やかにその事情を告げて,「辞任その他の事案に応じた適切な措置を採らなければならない。」と定める。
その前提として,同規程32条は,同一の事件について複数の依頼者があってその相互間に利害の対立が生じるおそれがあるときは,受任するに当たり,依頼者それぞれに対し,辞任の可能性その他の不利益を及ぼすおそれのあることを説明しなければならないと定めている。
受任時に32条の説明をしておくことが,42条の場面で辞任を円滑に進める前提になる。
(2) 辞任は例示であり守秘義務との調整が要る
本書は,42条の「辞任」も適切な措置の例示であって,辞任が必須とする趣旨ではなく,利害の調整がなお可能であれば依頼者と十分に協議して調整を試みることが必要であろうとする(本書148頁)。
調整ができず辞任せざるを得ない場合でも,全員の代理人を辞任するのか,他方の同意を得て一方の代理人を続けるのかは,生じた利害対立の内容と適用される利益相反の条項によって異なるとしている(本書148頁)。
また,本書は,事情を告げる際に守秘義務に反しないよう注意が必要であるとし,遺産分割で一方の相続人から打ち明けられた特別受益に関する事実を他方の依頼者に伝えることは守秘義務上問題があるという例を挙げている(本書148頁)。
(3) 議決例――利害対立が現実化した後も委任を続けた例
日弁連綱紀委員会平成23年8月26日議決(弁護士懲戒事件議決例集第14集168頁)は,2名の相続人から紛争解決の依頼を受けていた弁護士が,相続税に関する国税局との交渉も両名から受任した事案である。
議決は,国外への送金分を一方の相続人の妻への贈与と主張することは他方の相続人にとって不利益な主張となるのに,受任時に辞任の可能性その他の不利益を明確に説明しなかった点を32条違反とした。
さらに,他方の相続人が送金分のうち自分の法定相続分の支払を求めてほしいと弁護士に通知した段階で利害対立が現実化したとし,その後も両名の委任を受けて異議申立て及び審査請求を続け,問い詰められてようやく辞任したことを42条違反とした。
議決の結論は,原弁護士会の懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当とする懲戒審査相当である(その後の懲戒委員会の結論は,本記事では確認していない)。
本書も,この議決を42条違反の例として挙げている(本書148頁)。
3 受任弁護士間の意見不一致(41条)
(1) 条文と説明の内容
弁護士職務基本規程41条は,同一の事件を受任している他の弁護士等との間に事件の処理について意見が一致せず,これにより依頼者に不利益を及ぼすおそれがあるときは,依頼者に対し,その事情を説明しなければならないと定める。
本書は,共同受任者の間で意見が割れる例として,主張の要否,証拠提出の要否,和解の受諾の可否等を挙げている(本書146頁)。
依頼者に不利益が及ぶおそれがある場合について,本書は,事情を隠さずすぐに依頼者に伝え,対立点がどこにあり,それぞれの意見を採ればどのような得失があるのかを示す必要があるとする(本書147頁)。
(2) 辞任する場合の配慮
共同受任者との協調が続けられず,依頼者の意向にも沿えないときの辞任について,本書はこれを認めつつ,辞めるに当たっては依頼者の納得を得る努力をし,依頼者が辞任で損をしないよう手当てすることを求めている(本書147頁)。
また,本書は同規程40条の解説で,他の弁護士の参加に正当な理由から反対したのに依頼者がその参加を選んだという事情は,それ単独では辞任を正当化しないとしている(本書145頁)。
4 辞任後の説明と預り金の返還(44条・45条)
(1) 処理結果の説明(44条)
弁護士職務基本規程44条は,「弁護士は、委任の終了に当たり、事件処理の状況又はその結果に関し、必要に応じ法的助言を付して、依頼者に説明しなければならない。」と定める。
本書は,ここでいう委任の終了の原因は問わず,弁護士が中途で解任された場合や辞任した場合も含むとしている(本書152頁)。
また,本書は,民法645条の報告を受けただけでは依頼者が上訴や強制執行等の次の措置を採るべきかを的確に判断できない場合があるため,44条は法的助言を付した説明を求めていると説明している(本書152頁)。
辞任の場面では,事件がどこまで進んでいるか,次にどのような期限と選択肢があるかを説明することが,44条の内容になると考えられる。
(2) 清算と返還(45条)
弁護士職務基本規程45条は,「弁護士は、委任の終了に当たり、委任契約に従い、金銭を清算した上、預り金及び預り品を遅滞なく返還しなければならない。」と定める。
本書は,同条の前提に民法646条の引渡し義務があるとした上で,預り金と未払報酬・立替金との差引きによる清算もあり得るが,報酬の額や預り金の目的が委任契約書で特定されていないときは,同条違反が問題となる場合があるとしている(本書153頁)。
依頼者から預かった書類その他の物品は,同規程39条により善良な管理者の注意をもって保管すべき預り品であり,委任の終了に当たって45条の返還の対象となる。
(3) 議決例――承諾のない日当の控除
日弁連綱紀委員会平成29年4月19日議決(弁護士懲戒事件議決例集第20集82頁)は,敗訴判決を受けた後,依頼者に何ら説明を行わないまま訴訟の実費と日当の支払を求め,別件の預り金からこれを控除することを通知して,その範囲で預り金の返還を拒んだ弁護士について,少なくとも,「日当について異議申出人の承諾を得ないまま一方的に別件の預り金から控除することを通知して返還に応じない」行為は同規程45条に反するとした。
この議決は,委任契約書を作成しなかったことや訴訟の経過を報告しなかったこと等の同規程29条,30条及び36条の違反と併せて,全体として品位を失うべき非行と評価すべきであるとし,懲戒審査相当とした。
同集の付記によれば,原弁護士会は,その後,同会懲戒委員会の議決に基づき,この弁護士を戒告の処分とした(同集83頁)。
本書も,この議決を45条違反の例として挙げている(本書153頁)。
預り金からの控除と懲戒の例は,「弁護士報酬の請求と懲戒――時間制報酬・過大請求・預り金からの控除をめぐる懲戒例と日弁連の取消裁決」でも扱っている。
第4 東京地裁立川支部平成23年4月25日判決
1 事案と判断
(1) 事案の概要
東京地裁立川支部平成23年4月25日判決(平成22年(ワ)第1812号,判例タイムズ1357号147頁・判例時報2117号28頁)は,債務整理を受任した弁護士法人が辞任した事案である。
依頼者には分割金の滞納という債務不履行があった。
(2) 判断の内容
判決は,弁護士と依頼者の信頼関係に問題が生じた場合も,「できるだけ信頼関係の回復に努め、適切な説明で依頼者にその事態を理解させ、今後の対処法を検討させる機会を保障した上で辞任等の措置を取るのが相当であること(弁護士職務基本規程四三条参照)」を挙げた。
その上で,依頼者に債務不履行があっても,それが信頼関係を破壊するものではなく,辞任や解除が相当でない特段の事情があるときは,弁護士の帰責事由による委任契約の終了との評価を免れないとした。
ただし,将来に向かって委任を解除する効力そのものは妨げられないとしている。
判決は,預り金の一部の返還を命じた。
2 判決の読み方
(1) 本書による紹介
本書は,43条の解説の中でこの判決を取り上げ,債務整理を依頼した多重債務者に対して弁護士には後見的な配慮も求められること,及び関係がこじれても辞任の前に修復と説明を尽くすのが相当とされたことを紹介している(本書149頁~150頁)。
判決自身が43条を参照していることから,同条の説明義務と回復の努力は,懲戒の場面だけでなく,委任契約の終了をめぐる民事上の評価にも取り込まれ得ることが分かる。
(2) 改正前民法の下での判断であること
この判決は,平成29年法律第44号による民法改正(令和2年4月1日施行)の前の事案である。
改正前の民法648条3項は,「委任が受任者の責めに帰することができない事由によって履行の中途で終了したとき」に限って,既にした履行の割合に応じた報酬の請求を認めていた。
したがって,弁護士側の帰責事由による終了と評価されるかどうかは,当時の条文の下では,割合報酬の請求の可否に直接関わる問題であった。
現行の民法648条3項は,1号で「委任者の責めに帰することができない事由によって委任事務の履行をすることができなくなったとき」を,2号で「委任が履行の中途で終了したとき」を挙げており,2号は文言上,中途終了の原因を限定していない。
そのため,現行法の下では,弁護士側の帰責事由による終了と評価されても,それだけで既履行部分の報酬請求が文言上排除されるわけではないが,委任契約書の清算条項,民法651条2項の損害賠償及び債務不履行による損害賠償(民法415条1項)が別に問題となる。
中途終了と報酬の精算の一般論は,「準委任契約の中途終了と報酬精算-前払金・割合報酬・損害賠償の確認事項」で扱っている。
(3) 射程
この判決は,債務整理事件における一つの地裁支部の判断であり,辞任一般について確立した基準を示したものとまではいえない。
もっとも,判決が挙げた回復の努力と説明の機会の保障は,43条の文言と本書の解説に沿うものであり,債務整理以外の事件でも辞任の手順を考える上で参考になると考えられる。
第5 国選弁護人と被害者参加弁護士の辞任
1 国選弁護人
(1) 刑事訴訟法38条の3の解任事由
刑事訴訟法38条の3第1項は,裁判所が,裁判所若しくは裁判長又は裁判官が付した弁護人を解任することができる場合として5つの事由を定める。
このうち,辞任と関係が深いのは,2号の「被告人と弁護人との利益が相反する状況にあり弁護人にその職務を継続させることが相当でないとき。」,3号の「心身の故障その他の事由により、弁護人が職務を行うことができず、又は職務を行うことが困難となつたとき。」及び5号の「弁護人に対する暴行、脅迫その他の被告人の責めに帰すべき事由により弁護人にその職務を継続させることが相当でないとき。」である。
解任するには,あらかじめ弁護人の意見を聴かなければならず(同条2項),被告人の権利を不当に制限することがないようにしなければならない(同条3項)。
公訴の提起前は,裁判官が付した弁護人の解任は裁判官が行う(同条4項)。
(2) 辞任の申出と解任の裁判
最高裁昭和54年7月24日判決(昭和51年(あ)第798号,刑集33巻5号416頁)の裁判要旨三は,「国選弁護人は、辞任の申出をした場合であつても、裁判所が辞任の申出について正当な理由があると認めて解任しない限り、その地位を失うものではない。」とする。
この判決は現行の38条の3が設けられる前の判断であるが,国選弁護人は辞任の申出だけでは地位を失わないという点は,私選の代理人の辞任との大きな違いである。
被告人の暴行や脅迫を理由とする解任については,「弁護士に対する業務妨害と対策――日弁連の宣言,濫用的懲戒請求,国選弁護人の解任及び法律事務所のカスハラ対策」で,国選弁護人の制度全体は「弁護人の選任,国選弁護人及び接見交通権」で扱っている。
(3) 本書の見解
本書は,平成16年の刑事訴訟法改正で解任権,解任事由及び解任の手続が定められ,国選弁護人の解任は裁判所の解任命令によって初めて効力が生じることになったと説明している(本書150頁)。
その上で,解任事由は限定列挙とされているので,信頼関係が失われた場合の辞任は,特に38条の3第1項2号,3号及び5号の解釈適用の問題となるとし,被告人との信頼関係が崩れたままでは十分な弁護が望めず被告人のためにもならないことから,辞任したいという弁護人の意向を裁判所はなるべく尊重すべきであると述べている(本書150頁)。
この部分は本書の見解であり,裁判所の運用を示すものではない。
2 被害者参加弁護士
(1) 選定の取消し
犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律15条1項は,裁判所が被害者参加弁護士の選定を取り消すことができる場合として,被害者参加人が他の弁護士に委託したこと等により職務を行わせる必要がなくなったとき(1号),被害者参加人と被害者参加弁護士との利益が相反する状況にあり職務を継続させることが相当でないとき(2号),心身の故障その他の事由により職務を行うことができず又は困難となったとき(3号),被害者参加弁護士がその任務に著しく反したことによりその職務を継続させることが相当でないとき(4号),被害者参加弁護士に対する暴行,脅迫その他の被害者参加人の責めに帰すべき事由により職務を継続させることが相当でないとき(5号)を定める。
同条2項は,2号から4号までの事由により選定を取り消したときは,更に被害者参加弁護士を選定するものとしている。
また,同法13条1項3号は,被害者参加人がその責めに帰すべき事由により選定を取り消された者であるときは,新たな選定をしない場合として定めている。
(2) 本書の見解
本書は,被害者参加弁護士については辞任を定めた条文がないことを指摘した上で,15条1項2号,3号及び5号の取消事由を手掛かりに,被害者参加弁護士自身が関係の解消を望むときは,裁判所がその希望を最大限くむべきであるとしている(本書150頁~151頁)。
被害者参加弁護士の側から関係を終わらせたいときも,裁判所に選定の取消しを求めるという形になる。
第6 辞任の実務チェック項目
1 辞任を考えている弁護士のチェック項目
(1) 辞任を決める前
本記事では,43条の説明義務と本書の解説を踏まえ,次の順序で確認することを基本形とする。
①辞任の理由が,信頼関係の喪失(43条),依頼者相互の利害対立(42条),共同受任者間の意見不一致(41条)のいずれに当たるかを特定する。
②信頼関係の回復のために行った面談や説明の日時と内容を記録しておく。
③控訴期間その他の不変期間,次回期日,時効の完成時期等,辞任によって影響を受ける期限を洗い出す。
④辞任の時期が依頼者に不利な時期に当たらないか,当たるとすればやむを得ない事由があるかを整理する(民法651条2項)。
⑤複数の依頼者がいる事件では,説明の相手方と,説明の中で触れてはならない秘密の範囲を確認する。
(2) 辞任を告げるとき
①依頼者に対し,信頼関係の回復が困難であること,辞任の理由と時期,今後の対処法及び期限を説明し,説明した内容を書面で残す(43条)。
②訴訟の係属中であれば,相手方への通知をして訴訟代理権の消滅の効力を生じさせ(民事訴訟法59条・36条1項),裁判所にも辞任を届け出る。
③国選弁護人又は被害者参加弁護士であれば,辞任の申出だけでは地位を失わないことを前提に,裁判所に解任又は選定の取消しを求める。
④依頼者から解任の意思表示を受けたときは,報酬の未清算を理由に辞任の手続を遅らせない。
(3) 辞任した後
①事件処理の状況又は結果と,次に採るべき措置について,必要に応じ法的助言を付して説明する(44条)。
②委任契約に従って金銭を清算し,清算の内訳を示して,預り金を遅滞なく返還する(45条)。
③報酬や日当を預り金から差し引くときは,委任契約書の根拠を確認し,依頼者の承諾のない一方的な控除をしない。
④依頼者から預かった原本や証拠書類等の預り品を返還する(45条,民法646条1項)。
⑤急迫の事情があるときは,依頼者が自ら処理できるようになるまで必要な処分をする(民法654条)。
⑥依頼者が後任の弁護士を選任したときは,依頼者の意向に沿って引継ぎに協力する。
2 辞任を告げられた依頼者の確認事項
(1) 期限と後任の弁護士
①辞任の理由と,辞任の効力がいつ生じるかの説明を求める。
②控訴期間(電子判決書等の送達を受けた日から2週間)その他の期限と次回期日を確認し,後任の弁護士の選任を急ぐ。
③国選弁護人の辞任の場合は,裁判所が解任するまでは従前の国選弁護人が地位を失わないので,裁判所の判断を待つことになる。
(2) お金と記録
①預り金の清算の内訳と返還の時期を確認する(45条)。
②預けた原本や証拠書類等の返還を求める。
③事件処理の状況と今後の選択肢の説明を求める(44条)。
清算や説明に納得できないときは,弁護士会の紛議調停という手続がある。
弁護士職務基本規程26条は,弁護士に対し,依頼者との紛議が生じたときは所属弁護士会の紛議調停で解決するように努めることを求めている。
第7 関連記事
弁護士の職務と辞任に関係する記事として,次のものがある。
①弁護士の業務停止処分に関する取扱い(業務停止を受けた弁護士の辞任と依頼者との関係)
②弁護士に対する業務妨害と対策――日弁連の宣言,濫用的懲戒請求,国選弁護人の解任及び法律事務所のカスハラ対策
③弁護士報酬の請求と懲戒――時間制報酬・過大請求・預り金からの控除をめぐる懲戒例と日弁連の取消裁決
④弁護士が事件の依頼を断るときの通知義務
⑤弁護士職務基本規程82条の行動指針・努力目標-対象条文と懲戒判断
⑥準委任契約の中途終了と報酬精算-前払金・割合報酬・損害賠償の確認事項
⑦弁護人の選任,国選弁護人及び接見交通権
第8 出典
1 法令・会規
①民法(明治29年法律第89号)415条,645条,646条,648条,651条,654条及び655条(e-Gov法令検索。改正前の648条3項及び651条2項は,e-Gov法令APIで令和2年3月31日時点の条文を確認)
②民事訴訟法(平成8年法律第109号)36条,59条及び285条(e-Gov法令検索)
③刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)38条の3(e-Gov法令検索)
④犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(平成12年法律第75号)13条及び15条(e-Gov法令検索)
⑤弁護士職務基本規程(平成16年会規第70号)26条,29条,30条,32条,36条,39条から45条まで及び82条(日本弁護士連合会関係法規集(令和7年9月1日現在))
2 裁判例・弁護士懲戒
①最高裁昭和54年7月24日第三小法廷判決(昭和51年(あ)第798号,刑集33巻5号416頁)
②東京地裁立川支部平成23年4月25日判決(平成22年(ワ)第1812号,判例タイムズ1357号147頁・判例時報2117号28頁)裁判所HP未掲載,判例秘書で確認
③日弁連綱紀委員会平成23年8月26日議決(平成23年綱第100号,弁護士懲戒事件議決例集第14集168頁)
④日弁連綱紀委員会平成29年4月19日議決(平成28年綱第729号,弁護士懲戒事件議決例集第20集82頁)
3 職能団体の委員会による解説
①日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著「解説『弁護士職務基本規程』第4版」(日本弁護士連合会,2026年9月)はしがき,凡例,145頁~153頁