第1 本記事の対象
1 扱う問い
本記事は,弁護士が事件の依頼を受けたときに,受けるか断るかを依頼者へ知らせる義務(受任の諾否の通知)を扱う。
根拠は,弁護士法29条と弁護士職務基本規程34条の二つである。
あわせて,法律事務所がウェブサイトやメールの問い合わせをAI(人工知能)で一次判定する場合に,この義務との関係で何に気を付けるべきかを整理する。
法令及び規程の内容は,令和8年9月13日時点で確認したものである。
2 結論の要旨
弁護士は事件の依頼を受ける義務を負わないが,受けないときは,速やかにその旨を依頼者に知らせなければならない。
日本弁護士連合会の解説書は,知らせる内容は受けるか断るかだけで足り,理由を述べる必要はなく,方法も書面に限られないと説明している。
AIによる判定は対応の順番を決める道具にとどめ,断る判断とその連絡は弁護士の責任で行う形にしておくのが安全だと考えられる。
第2 受任の諾否の通知を定める規定
1 弁護士法29条(依頼不承諾の通知義務)
弁護士法29条は,「弁護士は、事件の依頼を承諾しないときは、依頼者に、すみやかに、その旨を通知しなければならない。」と定める。
法律が直接定める義務であり,同法56条1項は,弁護士がこの法律に違反したときを懲戒の事由の一つとしている。
2 弁護士職務基本規程34条(受任の諾否の通知)
(1) 条文の内容
弁護士職務基本規程34条は,「弁護士は、事件の依頼があったときは、速やかに、その諾否を依頼者に通知しなければならない。」と定める。
弁護士法29条が承諾しない場合の通知を定めるのに対し,34条は「諾否」,つまり受ける場合も含めて通知を求めている。
『解説弁護士職務基本規程 第3版』は,34条は旧弁護士倫理21条とほぼ同じ規定であり,弁護士法29条に沿ったものだと説明している(115頁)。
(2) 努力目標ではなく義務として定められていること
弁護士職務基本規程82条2項は,同規程のうち行動指針又は努力目標として解釈適用すべき条項を列挙している。
34条はこの列挙に含まれていないから,努力目標ではなく,義務を定めた規定として扱われる。
同じ受任時の規律でも,33条(法律扶助制度等の説明)は列挙に含まれており,扱いが異なる。
(3) 弁護士法人にも準用されること
弁護士職務基本規程69条は,第1章から第3章まで(一部の条項を除く。)の規定を弁護士法人に準用している。
34条は第3章第3節の規定であり,除外されていないから,弁護士法人が依頼を受けた場合にも同じ規律が及ぶ。
3 刑事事件の弁護人選任の申出と不受任の通知
刑事事件では,被告人又は被疑者が弁護士会に対して弁護人の選任を申し出る制度がある(刑事訴訟法31条の2第1項)。
弁護士会は,申出を受けたときは速やかに弁護人となろうとする者を紹介しなければならず,そのような者がいないときや,紹介した弁護士が選任の申込みを拒んだときは,申出をした者に速やかにその旨を通知しなければならない(同条2項・3項)。
ここでの通知義務は弁護士会に課されたものであり,弁護士法29条及び職務基本規程34条が個々の弁護士に課す義務とは主体が異なる。
第3 通知義務の中身
1 義務の趣旨
前記解説書は,34条の趣旨を,依頼者が他の弁護士に依頼する機会を失わないようにする点に求めている(115頁)。
依頼をした者は受けてもらえるかを早く知りたいと考えるのが通常であり,事件によっては早く手を打たないと取り返しがつかなくなるから,断る場合は速やかに知らせるべきだという説明である。
2 通知すべき内容と方法
前記解説書によれば,通知すべき事項は受けるか断るかだけであり,断る理由まで伝える必要はない(115頁)。
通知の方法も書面に限られないとされているから,電話や電子メールで伝えることもできる。
もっとも,後に「断られたと聞いていない」と争われる場合に備えて,電話で伝えたときも日時と相手を記録しておくことが考えられる。
3 面識のない者からの依頼
前記解説書は,面識のない者からの依頼申込みについて,真剣な依頼かどうかを弁護士が主観で見分けて通知の要否を決めるのは好ましくないとし,真剣な依頼かどうかを問わず通知をすべきであると解している(115頁)。
理由として,通知するのは諾否だけで理由は要らず,方法も書面に限られないから,弁護士に過重な負担にはならないことを挙げている。
他方で同書は,勾留中の者が面識のない弁護士約17名に手紙で弁護を依頼した事案で,既に私選弁護人1名が付いており特段の不利益があったとは認め難いとして,回答しなかったことが直ちに非行と評価されるものではないとした日本弁護士連合会懲戒委員会の議決(昭和62年7月6日議決・議決例集6集94頁)も紹介している。
したがって,通知しなかったことが懲戒の対象になるかどうかは,依頼者に生じた不利益その他の事情によっても左右されると考えられる。
第4 受任するかどうかの自由とその例外
1 弁護士は依頼を受ける義務を負わない
前記解説書は,職務基本規程20条(依頼者との関係における自由と独立)の解説で,受任の諾否は原則として弁護士の自由であり,弁護士は事件の受任義務を負わないと説明している(44頁)。
理由として,弁護士と依頼者の間には高度の信頼関係が必要であり,信頼関係を築けないおそれがあると判断した場合には受任を断ることができる点を挙げている。
これに対し,司法書士法21条は「司法書士は、正当な事由がある場合でなければ依頼(簡裁訴訟代理等関係業務に関するものを除く。)を拒むことができない。」と定め,行政書士法11条も「行政書士は、正当な事由がある場合でなければ、依頼を拒むことができない。」と定めている。
医師法19条1項も,診療に従事する医師は正当な事由がなければ診察治療の求めを拒んではならないと定めるが,前記解説書は,これは患者の生命身体を守る見地からのものであり,趣旨が異なると説明している(44頁)。
2 弁護士会や官公署から委嘱された事項
受任の自由には例外がある。
弁護士職務基本規程79条は,正当な理由なく,会則の定めるところにより日本弁護士連合会,所属弁護士会等から委嘱された事項を行うことを拒絶してはならないと定め,80条は,正当な理由なく,法令により官公署から委嘱された事項を行うことを拒絶してはならないと定める。
前記解説書は,これらを受任の諾否の自由の例外として挙げている(44頁)。
第5 断る連絡を急ぐべき理由
1 期間制限が迫っている相談
(1) 裁判手続の不変期間
判決に対する控訴は,判決書等の送達を受けた日から2週間の不変期間内にしなければならない(民事訴訟法285条)。
即時抗告は,裁判の告知を受けた日から1週間の不変期間内にしなければならない(同法332条)。
不変期間を過ぎた後に救済される場面は限られており,民事訴訟法97条1項の追完の要件と裁判例は,訴訟行為の追完(民事訴訟法97条)で説明している。
(2) 消滅時効
債権は,権利を行使することができることを知った時から5年間,又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときは,時効によって消滅する(民法166条1項)。
不法行為による損害賠償請求権は,損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき等に時効によって消滅する(同法724条)。
時効の完成が近い相談を受けるかどうかの判断に時間がかかると,依頼者が他の弁護士を探す時間も失われる。
消滅時効の起算点や完成猶予・更新は,消滅時効に関するメモ書きで整理している。
2 断るときに添えると役立つ事項
断る理由を伝える義務はないが,期限が迫っている可能性があることを伝えておけば,依頼者は他の弁護士を急いで探すことができる。
職務基本規程33条は,依頼者に対し,事案に応じ,法律扶助制度,訴訟救助制度その他の資力の乏しい者の権利保護のための制度を説明するよう努めると定めている。
同条は受任する依頼者を想定した努力目標の規定であるが,費用の面で依頼を受けられないときにも,これらの制度があることを伝えることは同条の趣旨に沿うと考えられる。
第6 問い合わせをAIで一次判定する場合
1 AIの判定は対応の順番を決める道具にとどめる
(1) 義務を負うのは弁護士であること
法律事務所の中には,ウェブサイトの問い合わせを事務所の基準に沿ってAIに一次判定させ,判定理由と対応の優先度を担当者に知らせる仕組みを導入するところがある。
しかし,弁護士法29条と職務基本規程34条の義務を負うのは弁護士であり,AIが「対応不要」と判定したことは通知をしない理由にならない。
問い合わせが事件の依頼に当たる場合は,AIの判定にかかわらず,弁護士が諾否を判断して速やかに知らせる必要がある。
(2) 期間の要素を判定基準に入れること
AIに優先度を付けさせる場合は,控訴期間,時効の完成時期等,期限が迫っていることを示す事情を判定基準に明示しておくことが考えられる。
基準に期間の要素がないと,文面の長さや案件の分野だけで優先度が決まり,急ぐべき相談ほど後回しになるおそれがある。
判定結果を待つ間に通知が遅れないよう,一定の時間内に人が確認しなかった問い合わせを担当弁護士に知らせる運用も考えられる。
2 問い合わせ内容を外部のAIに送るときの守秘義務と個人情報
問い合わせには,相談者の氏名や事件の内容が含まれる。
弁護士法23条は,弁護士が職務上知り得た秘密を保持する権利を有し義務を負うと定め,職務基本規程23条も,正当な理由なく依頼者について職務上知り得た秘密を他に漏らしてはならないと定める。
個人情報保護委員会の「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(令和5年6月2日)は,個人情報取扱事業者が本人の同意なく個人データを含むプロンプトを入力し,その個人データが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合は個人情報保護法に違反する可能性があるとして,提供事業者が個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認するよう求めている。
外部の生成AIに問い合わせの内容を送る場合の守秘義務と個人情報保護法上の整理は,学習オフの生成AIに秘密情報を入力することは第三者開示に当たるかで詳しく説明している。
3 事務職員に連絡を任せる場合
断る旨の連絡を事務職員に任せることもあり得るが,職務基本規程19条は,弁護士が職務に関与させた事務職員等について,違法若しくは不当な行為に及び,又は業務に関して知り得た秘密を漏らし,若しくは利用することのないよう指導及び監督をしなければならないと定める。
同条は82条2項の列挙に含まれない義務規定であり,連絡を任せた場合も,誰にいつ何を伝えたかを弁護士が把握できるようにしておく必要がある。
19条の内容は,事務職員の生成AI利用と弁護士職務基本規程19条で説明している。
4 電話や電子メールで受任する場合の広告の表示事項
弁護士等の業務広告に関する規程9条の2は,電話,電子メールその他の通信手段により法律事務を受任する場合について広告をするときは,氏名等の表示事項(同規程9条)のほか,受任する法律事務の表示及び範囲,報酬の種類・金額・算定方法及び支払時期,並びに委任事務の終了まで委任契約を解除できる旨及び中途で終了した場合の清算方法を表示しなければならないと定めている。
問い合わせの受付からそのまま受任に進む導線を持つ事務所サイトでは,この表示事項も併せて確認しておく必要がある。
第7 関連記事
①弁護士職務基本規程-現行条文,82条及び判例上の位置付け
②訴訟行為の追完(民事訴訟法97条)
③事務職員の生成AI利用と弁護士職務基本規程19条
④学習オフの生成AIに秘密情報を入力することは第三者開示に当たるか
⑤弁護士の守秘義務
⑥消滅時効に関するメモ書き
第8 出典・参考資料
1 法令
①弁護士法(e-Gov法令検索)23条・29条・56条1項
②民事訴訟法(e-Gov法令検索)97条1項・285条・332条
③民法(e-Gov法令検索)166条1項・724条
④刑事訴訟法(e-Gov法令検索)31条の2
⑤司法書士法(e-Gov法令検索)21条,行政書士法(e-Gov法令検索)11条,医師法(e-Gov法令検索)19条1項
2 職能団体の規程
①弁護士職務基本規程(平成16年11月10日会規第70号,日本弁護士連合会)19条・20条・23条・33条・34条・69条・79条・80条・82条2項
②弁護士等の業務広告に関する規程(平成12年3月24日会規第44号,日本弁護士連合会)9条・9条の2
3 所管行政機関の資料
①生成AIサービスの利用に関する注意喚起等(令和5年6月2日,個人情報保護委員会)
4 文献
①日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編『解説弁護士職務基本規程 第3版』(日本弁護士連合会,2017年12月)44頁,115頁