目次
- 第1 調査結果-ルールを定めず個人判断に委ねている事務所が最多である
- 第2 弁護士職務基本規程19条
- 第3 生成AIの利用は19条の問題になるか
- 第4 共同事務所の場合-55条は努力目標にとどまる
- 第5 指導監督として何をするか
- 第6 違反事例の調べ方
- 第7 関連記事
- 出典・参考資料
第1 調査結果-ルールを定めず個人判断に委ねている事務所が最多である
1 アンケート調査の概要
2026年9月5日に福岡市で開催された第24回弁護士業務改革シンポジウム第2分科会の配布資料のうち,資料2-1は,日本弁護士連合会弁護士業務改革委員会事務職員関連小委員会による「事務職員と生成AIに関するアンケート調査 報告書」である。
調査は2026年3月23日から同年4月27日までの間に行われ,有効回答は223件である。
配布資料は,日本弁護士連合会のウェブサイトで公開されている。
この調査の対象は「主に事務職員を雇用する会員,または生成AIの利用に関心のある会員」である。
したがって全弁護士の縮図ではなく,生成AIへの関心が高い層に偏った母集団である。
報告書自身がこの限定を明示しているから,引用する際も「事務職員を雇用する会員又は生成AIに関心のある会員223名の回答」という限定を付す必要がある。
事務所における生成AIの導入状況は,弁護士と事務職員がともに利用しているものが26.7パーセント,弁護士のみが利用しているものが43.4パーセント,利用していないものが29.4パーセント,利用を禁止しているものが0.5パーセントである(回答221件)。
事務所の方針については,「ルールを定めておらず個人の判断に委ねている」が31.8パーセントで最多であった(回答151件)。
研修又はガイドラインについては,策定済みが10.1パーセント,検討中が33.1パーセント,予定なしが41.2パーセントである(回答148件)。
2 母数が設問ごとに異なる
この報告書を引用するときに最も注意を要するのは,母数が設問ごとに異なることである。
有効回答223件がそのまま母数になるのは一部の設問だけであり,事務所の方針を尋ねた設問の母数は151件,研修及びガイドラインを尋ねた設問の母数は148件である。
報告書は添付資料2で設問ごとの回答数を開示しているから報告書自体に不備はないが,本文のパーセントだけを取り出して「223名のうち何パーセント」と書けば誤りになる。
本記事では,数値を挙げるときに母数を併記する。
3 使わせている事務所ほどルールがある
クロス集計によれば,事務職員にも使わせている57件では研修又はガイドラインの策定済みが24.6パーセントである一方,弁護士のみが利用している91件では1.1パーセント(1件)にとどまる。
報告書は,ルールを定めていない状態を,判断自体がなされていない状態にあると評価している。
もっとも,報告書は,この状態について弁護士職務基本規程上の評価には触れていない。
規程上どう位置付けられるかは,事務職員に生成AIを使わせるかどうかを決める上で避けられない論点である。
本記事では,この点を同規程19条から検討する。
第2 弁護士職務基本規程19条
1 条文
弁護士職務基本規程(平成16年11月10日会規第70号。改正平成26年12月5日,令和3年6月11日)19条は,次のとおり定める。
日本弁護士連合会のウェブサイトに規程全文のPDFが掲載されており,認証を要せずに参照することができる。
「(事務職員等の指導監督)
第十九条 弁護士は、事務職員、司法修習生その他の自らの職務に関与させた者が、その者の業務に関し違法若しくは不当な行為に及び、又はその法律事務所の業務に関して知り得た秘密を漏らし、若しくは利用することのないように指導及び監督をしなければならない。」
2 19条は努力目標ではなく義務規定である
同規程82条2項は,一定の条項について「弁護士の職務の行動指針又は努力目標を定めたものとして解釈し適用しなければならない」と定める。
列挙されているのは,第1章並びに20条から22条まで,26条,33条,37条2項,46条から48条まで,50条,55条,59条,61条,68条,70条,73条及び74条である。
19条はこの列挙に含まれていない。
したがって,19条は努力目標ではなく,「指導及び監督をしなければならない」という義務を定めた規定である。
この区別は実務上重要である。
後述する共同事務所に関する55条は努力目標にとどまるのに対し,19条は義務であるから,履行しなければ規程違反となりうる。
生成AIに関する事務所内のルールを作らない理由として「まだ手探りの段階だから」と説明しても,19条の義務そのものが軽くなるわけではない。
3 指導監督の内容
日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編『解説弁護士職務基本規程 第3版』(日本弁護士連合会,2017年12月)41頁~42頁は,19条の対象について,事務職員及び司法修習生のほか,法科大学院生や,履行補助者として職務に関与させた場合の隣接士業を含みうるとする。
そして,指導監督の内容について,時に具体的事例を示すなどしながらしっかりと教えていくことが必要であるとする。
すなわち,19条は,規則を文書で配布して周知したことにするという履行の仕方を想定していない。
同書が挙げる違反例は,事務職員が弁護士名義で内容証明郵便を発送して示談交渉をした事案(日本弁護士連合会綱紀委員会平成19年7月18日議決・議決例集10集131頁)及び遺産管理を事務員に任せきりにした事案(日本弁護士連合会懲戒委員会平成24年2月13日議決・議決例集15集18頁)である。
いずれも,事務職員に任せた業務の内容を弁護士が把握していなかった事案である。
生成AIの利用について当てはめれば,事務職員が何をどのように入力しているかを弁護士が把握していない状態が,これらと同じ構造にある。
第3 生成AIの利用は19条の問題になるか
1 生成AIそれ自体は19条の対象ではない
19条が指導監督の対象とするのは「事務職員、司法修習生その他の自らの職務に関与させた者」であり,「者」である。
生成AIは人ではないから,19条の直接の対象ではない。
生成AIの出力をそのまま用いたことによる弁護士の責任は,19条ではなく,依頼者との委任契約上の受任者の注意義務(民法644条)及び債務不履行による損害賠償(民法415条)の問題として検討することになる。
2 事務職員に使わせる場合は19条の対象になる
これに対し,事務職員に生成AIを使わせる場合は,事務職員が19条の対象であるから,19条の問題になる。
指導監督すべき対象は生成AIではなく事務職員であり,その指導監督の内容に「生成AIをどのように使わせるか」が含まれることになる。
前記の調査で,事務職員にも使わせている事務所の方が研修及びガイドラインの策定率が高く(24.6パーセント),弁護士のみが利用している事務所では1.1パーセントにとどまるという結果が出ているのは,19条の構造と整合する。
事務職員に使わせていなければ,19条の問題が顕在化しないからである。
逆に言えば,事務職員に使わせながらルールも研修もない状態は,19条の履行として不十分と評価されうる。
「ルールを定めておらず個人の判断に委ねている」が31.8パーセントで最多という調査結果は,この評価を受けうる事務所が相当数あることを示している。
3 「秘密を漏らし」への該当性
19条は,指導監督の対象となる行為として,①その者の業務に関する違法又は不当な行為,②法律事務所の業務に関して知り得た秘密を漏らすこと,③その秘密を利用すること,の3つを挙げる。
生成AIに依頼者情報を入力する行為が②に含まれるかは,条文上明示されていない。
本記事では,入力先のサービスが入力内容をモデルの学習に用いる設定になっている場合や,入力内容が事務所の管理を離れた場所に保存される場合には,②に該当しうると考える。
これは条文及び解説に基づく当職の当てはめであり,日本弁護士連合会の公式見解ではない。
また,この点を判断した懲戒事例も確認できていない。
なお,同規程18条は,弁護士は事件記録を保管し又は廃棄するに際して秘密及びプライバシーに関する情報が漏れないように注意しなければならないと定める。
前記『解説弁護士職務基本規程 第3版』の18条の解説には,オンライン・ストレージを利用する場合の業者の選択やアクセス制限に関する記述がある。
同書は2017年12月のものであり生成AIを想定していないが,外部のサービスに情報を預けるときに何を確認するかという発想は,生成AIサービスの選択にも及ぶと考えられる。
第4 共同事務所の場合-55条は努力目標にとどまる
同規程55条は,共同事務所において所属弁護士を監督する権限のある弁護士は,所属弁護士がこの規程を遵守するための必要な措置を採るように努める,と定める。
文言が「努める」であり,82条2項の列挙にも含まれているから,55条は努力目標である。
これに対し,19条は義務である。
したがって,共同事務所においては,他の所属弁護士に対する措置は努力目標にとどまるが,自らの職務に関与させた事務職員に対する指導監督は,各弁護士の義務である。
共同事務所で事務職員を共用している場合に,事務所としてルールを作っていないことを理由として,各弁護士の19条の義務が軽くなるわけではない。
むしろ,複数の弁護士が同じ事務職員に依頼する形態では,弁護士ごとに指示が異なると事務職員の側で判断が生じるから,19条の観点からは共通のルールを置く必要が高い。
第5 指導監督として何をするか
19条は具体的な措置を定めていない。
前記解説が「時に具体的事例を示すなどしながら」としていることを踏まえると,少なくとも次の事項を明文化し,実際に説明することが考えられる。
①使用してよいサービスを列挙し,それ以外を使わせないこと
②各サービスの利用規約及びデータの取扱いを確認し,入力内容がモデルの学習に用いられない設定にしてあることを確認すること
③入力してよい情報と入力してはならない情報を区別すること(依頼者の氏名,事件を特定しうる事実,健康情報等)
④出力を成果物に用いる場合の確認方法を決めること(条文はe-Gov法令検索,裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索又は判例データベースで原文を確認する)
⑤事務所の外に出る手前に弁護士が確認する工程を1か所置くこと
⑥会話の評価機能(サムズアップ等)を押させないこと
⑦事務職員が現に何をどのように使っているかを定期的に確認すること
④を挙げる理由は,生成AIが誤りやすい箇所が数字,固有名詞及び同音異義語であり,これが書面において最も間違えてはならない箇所と一致するからである。
⑥を挙げる理由は,サービスによっては,学習に用いない設定にしていても評価機能を使うと当該会話が学習の対象となりうると説明されているからである。設定では防げず,操作の規律でしか防げない。
⑦を挙げる理由は,前記調査において,雇用している事務職員の保有資格を「分からない」と答えた割合が48.8パーセント(84件中41件)に達したことである。指導監督の前提として,相手の能力と実際の作業内容を把握する必要がある。
第6 違反事例の調べ方
生成AIの利用が19条違反として問題とされた事例があるかを調べようとすると,調べ先が限られる。
弁護士の懲戒事例は日本弁護士連合会の会報「自由と正義」の懲戒公告に掲載されるが,判例秘書の判例検索の収録範囲に「自由と正義」は含まれていない。
2026年9月6日に確認した限り,判例秘書の判例検索の収録は,最高裁判所判例集,下級審判例集,判例時報,判例タイムズ,金融・商事判例,金融法務事情,労働判例,裁決事例集等であり,日本弁護士連合会の懲戒委員会及び綱紀委員会の議決は対象外である。
したがって,懲戒及び綱紀の事例を調べるには「自由と正義」の懲戒公告を直接見る必要がある。
なお,同日に判例秘書で生成AIに関する裁判例を検索したところ,本件に関係しうるものは実質7件であり,弁護士の責任又は懲戒に関する事案は含まれていなかった。
裁判所ウェブサイトの裁判例検索でも同様である。
したがって,本記事の第3の3の当てはめを裏付ける公刊裁判例も懲戒事例も,現時点では存在を確認できない。
第7 関連記事
①学習オフの生成AIに秘密情報を入力することは第三者開示に当たるか(AI作成)
②シャドーAIの問題点――営業秘密,個人情報保護法及び懲戒処分をめぐる法的枠組み(AI作成)
③弁護士の守秘義務(AI作成)
④個人情報漏洩に関する弁護士会の懲戒事例(AI作成)
⑤第24回弁護士業務改革シンポジウム(2026年9月5日・福岡)の分科会一覧――生成AIをめぐる3企画を中心に(AI作成)
⑥法律事務所のAIポリシー整備率は日米でほぼ同じ-米国9パーセント,日本10.1パーセント(AI作成)
出典・参考資料
①弁護士職務基本規程(日本弁護士連合会)18条・19条・55条・82条
②日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編『解説弁護士職務基本規程 第3版』(日本弁護士連合会,2017年12月)41頁~42頁
③第24回弁護士業務改革シンポジウム(日本弁護士連合会)及び第2分科会の配布資料(資料2-1「事務職員と生成AIに関するアンケート調査 報告書」)
④民法(e-Gov法令検索)644条・415条
⑤e-Gov法令検索及び裁判所ウェブサイトの裁判例検索