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シャドーAIの問題点――営業秘密,個人情報保護法及び懲戒処分をめぐる法的枠組み(AI作成)

第1 この記事が扱う対象

シャドーAI(野良AI)とは,会社が把握していないところで従業員が生成AIを業務に用いている状態をいう。私用のスマートフォンで資料の下書きを作らせる,個人のアカウントで議事録を要約させるといった使い方が典型であり,情報システム部門が承認していない機器やサービスを従業員が業務に用いる「シャドーIT」の一類型として位置付けられる。本記事は,令和8年8月21日現在の法令,行政資料,統計及び裁判例に基づき,この状態が不正競争防止法上の営業秘密の保護,個人情報保護法上の義務及び懲戒処分の効力にどのように影響するかを整理するものである。生成AIを用いて,条文はe-Gov法令検索で,裁判例は裁判所ウェブサイトが公開する判決全文で,統計は所管省庁が公表する図表で,それぞれ原資料を確認した上で構成した。

先に結論の方向を示しておくと,日本企業について最も多いのは「禁止しているのに使われている」状態ではなく「方針を定めないまま使われている」状態であり,シャドーAIが存在すること自体は直ちに営業秘密の保護を失わせるものでもない。他方で,個人が自分のアカウントで生成AIに情報を入力する形態は,個人情報保護法が用意している委託の枠組みに乗せることができず,会社が漏えいの発生自体を認識できないという点で,会社契約による利用とは質的に異なる問題を生じさせる。以下,実態,用語の位置,営業秘密,個人情報保護法,懲戒処分,AI推進法及び外国法の順に検討する。

なお,弁護士が自らの業務で生成AIを用いる場合の守秘義務の検討は,学習オフ設定のClaudeコード及びGoogle AI Ultraの利用は弁護士の守秘義務等に違反しないという個人的意見及び弁護士の守秘義務で扱っており,本記事は使用者である企業側の法的枠組みを対象とする。

第2 日本企業における生成AI利用の実態

1 業務利用は1年で55.2%から86.4%へ

総務省の令和8年版情報通信白書のデータ集には,日本,米国,ドイツ及び中国の企業を対象とする調査結果が掲載されている。生成AIを一つ以上の業務で利用している割合は,日本86.4%,米国90.9%,ドイツ91.6%及び中国98.1%であり,参考として併記された前年度調査では日本55.2%,米国90.6%,ドイツ90.3%及び中国95.8%であった。米独中がいずれも横ばいであるのに対し,日本だけが1年で30ポイント以上上昇しており,利用が先に広がって統制が後から追う形になっていることが数値上も確認できる。

2 禁止は3.5%,方針を定めていない企業が20.2%

同じデータ集に掲載された生成AI活用方針の策定状況は,日本について,積極的に活用する方針30.1%,活用する領域を限定して利用する方針38.8%,利用を禁止している3.5%,方針を明確に定めていない20.2%,わからない7.4%である。米国は順に34.6%,48.2%,9.1%,7.8%,0.3%,ドイツは40.5%,41.7%,7.8%,9.7%,0.3%,中国は49.8%,45.6%,1.9%,0.3%,2.3%であった。

ここから読み取れるのは,日本で生成AIを禁止している企業が3.5%にとどまり,むしろ方針を明確に定めていない企業が20.2%とその約6倍あるという構造である。方針未策定の割合は米国7.8%,ドイツ9.7%及び中国0.3%と比べて突出して高い。シャドーAIは「禁止しても現場は隠れて使う」という文脈で語られることが多いが,日本企業について実際に多いのは,禁止されたので隠れて使うという状態ではなく,可否の判断基準が示されないまま各自の判断で使われている状態である。したがって,社内で対策を検討する際の最初の問いは,禁止の実効性をどう確保するかではなく,どの情報をどのサービスに入力してよいかの線をそもそも引いているか,ということになる。

3 懸念は最も強く,対策は最も薄い

生成AIの活用に関して懸念されるリスクを尋ねた図表では,日本の回答は,社内情報の漏洩などのセキュリティリスクがある46.4%,出力結果の精度に問題がある35.3%,著作権等の権利を侵害する可能性がある31.3%,出力結果に倫理上不適切な内容や偏りが含まれる可能性がある24.7%,個人情報の取り扱いなどプライバシーの侵害の可能性がある24.5%,ブラックボックス化により判断理由などの説明が不足する可能性がある20.2%,わからない16.5%,リスクはない2.9%であった。社内情報の漏洩を挙げた割合は,米国36.9%,ドイツ31.7%及び中国42.7%より高く,4か国中最も高い。他方で「わからない」を選んだ割合も日本が16.5%であり,米国1.0%,ドイツ1.3%及び中国1.6%とは桁が違う。

リスク対策の実施状況を尋ねた図表では,この懸念と実装の落差がさらにはっきりする。日本の回答は,全社的な指針やガイドラインを整備している41.1%,AIガバナンスの取組を推進する部署や責任者が明確になっている35.9%,導入後に定期的な評価・検証が行われている29.1%,企画・導入段階で専門的な知見から審査する体制がある26.1%,生成AIへの入力データを学習データとして利用できない仕組みを導入している19.9%,AIガバナンスツールを導入しリスク検知や攻撃の防御が行われている10.4%,特に実施している施策はない又は把握していない16.3%である。入力データを学習に利用させない仕組みの導入率は,米国32.2%,ドイツ34.1%及び中国47.8%であり,日本の19.9%は最も低い。「特に実施している施策はない・把握していない」は,米国1.8%,ドイツ2.2%及び中国1.0%に対し日本16.3%であり,企業規模別では大企業13.8%,中小企業24.1%である。

後述するとおり,個人情報保護委員会は,個人データを含むプロンプトを入力する場合に,当該サービスの提供事業者がそのデータを機械学習に利用しないことを十分に確認するよう求めている。日本企業の8割はその仕組みを持たないまま生成AIを業務に用いていることになり,シャドーAI以前に,会社が承認して使わせている利用の段階で行政が求める確認が果たされていない可能性が高い。

4 情報処理推進機構の脅威ランキングでの位置

独立行政法人情報処理推進機構が令和8年1月29日に決定した「情報セキュリティ10大脅威 2026」では,組織向けの脅威の第3位に「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が初めて選出された。第1位はランサム攻撃による被害,第2位はサプライチェーンや委託先を狙った攻撃であり,第7位に内部不正による情報漏えい等,第8位にリモートワーク等の環境や仕組みを狙った攻撃が並ぶ。脅威名として「シャドーAI」が用いられているわけではないが,AI利用に伴うリスクが,従来から上位を占めてきた脅威と同列の項目として扱われる段階に入ったことを示している。

第3 「シャドーAI」は法令用語ではないこと

シャドーAIという語を手掛かりに法令や裁判例を探しても,ほとんど何も出てこない。国立国会図書館の国会会議録検索システムで全期間を検索しても,「シャドーAI」「シャドーIT」及び「野良AI」はいずれも1件も存在しない。裁判所ウェブサイトの裁判例検索でも,「シャドーIT」「ChatGPT」及び「私用端末」はいずれも該当がなく,「生成AI」で該当するのは知的財産高等裁判所の特許料納付書に関する事件3件と,被差別部落に関する記事の削除等が問題となった事件1件にとどまる。

百科事典の項目としても独立していない。ウィキペディアには,日本語版・英語版のいずれにも「シャドーAI」ないし「Shadow AI」という項目は存在せず,記載はシャドーIT及びShadow ITの項目に含まれている。日本語版の項目は,シャドーITの例として外部ストレージ,個人アカウントのコミュニケーションツール及び個人所有のデバイスと並べて「生成AI:ChatGPTなどの対話型AIへの業務データの入力」を挙げ,対策としては,完全な禁止は現実的に困難であるとして「可視化と制御」及びサンクションIT(現場が求める利便性の高いツールを会社が正式に承認して提供すること)を挙げている。もっとも,日本語版の項目には出典が付されておらず,記載内容をそのまま根拠として用いることはできない。

これに対し,法律実務の場面では既に用いられ始めている。中川直政弁護士による2026最新!株主総会の想定問答と解説 買収への対応方針ほかは,AIの利活用に関する株主からの質問を想定した解説の中で,生成AIについて著作権の侵害,個人情報の漏えい,機密情報の漏えい並びに偽情報及び誤情報の生成・拡散といったリスクを挙げた上で,「また,一律にAIの利用を禁止することも,いわゆる『シャドーAI』のリスクを伴います」と述べ,対応の拠り所として総務省・経済産業省のAI事業者ガイドライン(第1.2版)を挙げている。株主総会の想定問答として準備される水準に達している一方,裁判所と国会には届いていない,というのが令和8年8月時点での位置である。

したがって,この問題を法的に検討するには,シャドーAIという語のまま資料を探すのではなく,営業秘密の秘密管理性,個人データの安全管理措置及び従業者の監督,並びに懲戒権の行使という既存の枠組みに翻訳して考える必要がある。

第4 営業秘密としての保護が失われるか

1 不正競争防止法2条6項と秘密管理性の判断枠組み

不正競争防止法2条6項は,営業秘密を「秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないもの」と定義する。秘密管理性,有用性及び非公知性の三要件をすべて満たさなければ,差止め(3条),損害賠償額の推定(5条)及び営業秘密侵害罪(21条)による保護を受けられない。営業秘密を使用する行為に対する差止請求権は,その事実及び行為者を知った時から3年間,行為の開始時から20年で時効消滅する(15条1項)。

経済産業省の営業秘密管理指針(平成15年1月30日策定,最終改訂令和7年3月31日)は,秘密管理性の要件について,「営業秘密保有者の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され,当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要がある」とし,その趣旨を,秘密として管理しようとする対象が明確化されることによって従業員等の予見可能性を確保することにあると説明する。中小企業に「鉄壁の」秘密管理を求めることは現実的ではないとも述べており,高度な管理体制を要求するものではない。重要なのは,同指針が脚注で,秘密管理性は従来アクセス制限と認識可能性の2要素で判断されると説明されてきたが,「アクセス制限」は「認識可能性」を担保する一つの手段であって別個独立の要件ではない,と整理している点である。同指針は法的拘束力を持たず,また秘密管理性について最高裁判所の判例は改訂時点で存在しない,と自ら明記している。

2 営業秘密管理指針が令和7年3月に加えた生成AIの記述

同指針の令和7年3月改訂の理由として掲げられているのは,テレワーク勤務の実施により自宅等において営業秘密に触れる機会が増えたこと,派遣労働者が営業秘密に接する機会が増えたこと,兼業・副業の動きが見られること,及びクラウド技術・環境を前提とした管理が進んだことである。シャドーAIが生じる前提条件そのものが,改訂の理由として明示されている。

改訂により加えられた記述のうち,本記事の主題に直結するのは,営業秘密の管理単位に関する注記である。同指針は,ある管理単位で秘密管理されている情報を生成AIに利用していた場合に,その後に当該生成AIから同じ情報がAI生成物として出力されることがあっても,その一事をもって当該管理単位における秘密管理性が否定されることはないと考えられるとした上で,脚注において「ただし,当該企業にとどまらず,当該情報αが当該企業以外の第三者(例えば,生成AI提供事業者等)に提供される場合は,秘密管理性が否定される場合もあり得る」と述べている。生成AIを名指しした行政解釈としては,現在のところこれが唯一のものである。自社内で完結する利用と,情報が生成AIの提供事業者に渡る利用とを区別する立場であり,従業員が個人のアカウントで入力するシャドーAIは,会社が関知しないまま後者に該当する類型である。

外部クラウドの利用一般については,同指針は,秘密として管理されていれば秘密管理性が失われるわけではないとし,情報の重要性が明らかな場合には,クラウドにアクセスするためのID・パスワードが設定されている程度の技術的な管理措置や,就業規則・誓約書において漏えいを禁止しているといった規範的な管理措置で足りる場合もあるとする。他方で,メーラーの設定変更による私用メールへの転送制限や,物理的にUSBやスマートフォンを接続できないようにすることは,不正利用・不正取得のリスクが顕在化している場合に秘密管理意思の明示をより確固たるものにする追加的措置であって,通常の状況においては秘密管理性を充足するための必須のものではない,とも述べている。技術的な遮断の不足が直ちに保護の喪失に結び付くわけではない,という整理である。

私物端末を業務に用いる局面については,経済産業省のテレワーク時における秘密情報管理のポイント(令和2年5月7日)が正面から扱っている。同資料は,私物端末機器での利用を認めるデータを厳選すること,保存に上長等の事前許可を要すること,勤務先が承認していないソフトをインストールさせないこと,私用・家族との共用を許可しないこと等を挙げた上で,関連規程の内容を再確認するとともに「その実施状況の確認をすることが有用です」と結んでいる。規程の整備と実施状況の確認とを並べている点は,シャドーAIへの対応を設計する際にもそのまま当てはまる。

3 裁判例が秘密管理性を否定した場合と肯定した場合

裁判例は,私用端末や個人アカウントが関与する場面で,結論の分かれる判断をしている。

秘密管理性を否定した近時の例として,大阪地方裁判所令和7年2月13日判決(令和5年(ワ)第5749号)がある。住宅販売会社の元従業員による顧客情報の利用が問題となった事案で,同判決は,当該顧客情報は基幹業務システムに「見込客」として登録され,削除されるまではIDとパスワードを入力してログインすれば全従業員が閲覧可能であり,IDとパスワードは全従業員が知っていたこと,そして「かかる閲覧は,原告の社用パソコンのみならず,従業員の私用パソコンやスマートフォンからも可能であった」ことを認定した。その上で,特段の秘密管理措置がとられていたとも認められないとし,括弧書きで「原告は,就業規則○条○項○号等の規定を指摘するが,かかる一般的な規定で秘密管理措置として足りるものではない」と述べて,秘密管理性の要件を欠くと判断した。原告が,自由競争を逸脱した取引を行っている被告らが秘密管理性の欠缺を主張すること自体が信義則に反すると主張した点についても,「秘密管理性の有無は飽くまで原告における情報の管理体制等の問題である」として退けている。就業規則に一般的な秘密保持条項があることを根拠に営業秘密としての保護を期待することはできない,という点を明示した判断である。

同様に否定した例として,東京地方裁判所令和3年2月26日判決(令和元年(ワ)第25455号)は,価格情報について,これにアクセスしていたのが代表者と被告のみであった事実は他の従業員にアクセスする機会や必要性がなかったことを意味するにすぎないとした上で,当該情報を含むインボイス等が「被告A個人のメールアドレス宛てに送付され,同被告の個人用のパソコンなどに他のメールと混然一体のものとして保管されていた」ところ,私的なメールと分別されアクセス制限がかけられていたと認めるに足りる証拠はない,として秘密管理性を否定した。業務上の情報が個人の端末上で私的な情報と混ざっている状態それ自体が,否定方向の事情として評価されている。

管理の運用実態を立証できないことを理由とする否定例も複数ある。東京地方裁判所平成26年3月18日判決(平成25年(ワ)第127号)は,電子メールの送受信に利用者ID及びパスワードを要するとして一応の管理をしていたことはうかがわれるとしつつ,実際に各従業員の電子メールのデータがどのように管理されていたかは明らかでないとして,秘密管理性を認めなかった。大阪地方裁判所平成25年7月16日判決(平成23年(ワ)第8221号)も,顧客情報について,販売管理システムの秘密の管理に関する具体的機能,内容及び運用方法を明らかにする的確な証拠がなく,具体的な秘密管理の方法は不明であったとして否定している。制度としてID・パスワードが存在することと,現に各人のデータがどのように管理されていたかを立証できることとは別である。

これに対し,私用のクラウドアカウントへの接続を技術的に遮断していなかった事案で秘密管理性を肯定したのが,東京地方裁判所令和4年12月9日判決(令和3年特(わ)第129号,不正競争防止法違反)である。同判決は,会社が情報管理規程と入退社時の誓約書を整備し,年1回の全社員向けeラーニングで営業秘密を取り上げて被告人も受講していたこと,社内PCにUSB等の記録媒体を接続できない設定にして許可なく接続すればアラートが通知されるようにしていたこと,業務上は社内用のグループウェアを利用し私用のクラウドストレージで機密情報を取り扱わないよう周知していたことを認定する一方,「もっとも,私用のGoogleアカウントには接続可能であり,社外のメールアドレスに宛ててメールを送信することも可能であった」ことも認定した。

その上で同判決は,「パソコンから私用のGoogleアカウントへの接続を許容するなどパソコンの設定に一部不十分なところがあったことを考慮しても,体制面では,相応の秘密管理措置が採られていたといえる」と判断した。さらに,多数の従業員がアクセス可能な共有フォルダに実質的に同一内容のファイルが保存されていたという弁護人の主張に対しても,「アクセス制限は認識可能性を担保する一つの手段であるに過ぎず」,情報の内容・性質からして関与する従業員にとって秘密管理意思を容易に認識することが可能であったから,アクセス制限が不十分であることにより秘密管理性が否定されることにはならない,と判示している。営業秘密管理指針が脚注で述べる整理と同じ枠組みを採用した判断である。同様に,東京地方裁判所令和7年2月25日判決(令和5年特(わ)第1278号,不正競争防止法違反)は,研究機関の規程が研究成果物等全般について秘密保持義務を定め,対象範囲が規程上明確で職員に周知されていたことから,包括的な秘密管理意思とその認識可能性を認めている。

これらを併せて読むと,秘密管理性の判断を左右しているのは技術的な遮断の有無ではなく,当該情報について秘密管理意思が示され,その情報に接する従業員が秘密として管理されていることを認識し得る状態にあったかどうかである。シャドーAIが存在すること自体は,直ちに営業秘密としての保護を失わせるものではない。もっとも,一般的な就業規則の条項しかなく,私用端末から多数の従業員が自由にアクセスでき,管理の運用実態を立証できないという事情が重なると,秘密管理性は否定される方向に大きく傾く。なお,営業秘密管理指針は,ある管理単位における秘密管理措置の不存在が継続的で社内で公然の事実であるような場合には,他の管理単位における従業員の認識可能性が損なわれ,その管理単位の秘密管理性も否定されうるとしており,シャドーAIが社内で公然と横行している状態は,直接には関係しない部署の秘密管理性にも影響し得ると考えられる。

4 社内規程に違反しても不法行為とはならないとされた事案

規程を整備すれば法的な保護が得られるわけではない,という点をより端的に示すのが,大阪地方裁判所令和6年11月7日判決(令和3年(ワ)第11378号等)である。同判決は,原告の情報セキュリティ規程では社内ネットワーク以外の場所への社業遂行に関する情報等の送信が原則として禁止され,人材管理システムから取得した情報をUSBメモリで持ち出すことも禁止されていたが,「機械にはUSBメモリの使用制限を施していなかった」と認定した上,各ファイルの情報にアクセス制限がされていた事実を認めるに足りないとして,これらの情報は事業に関する秘密といえるほどに厳格に管理されていたとはいえないとした。そして,「従業員らによる情報の取得行為が,一部情報セキュリティ規程に違反するとしても,雇用契約に付随する誠実義務に違反するとか,信義則上の義務に違反して不法行為を構成するとまで認めることはできない」と判示し,退職時に機密保持に関する誓約書を提出させていたことによってもこの結論は左右されないとした。

社内規程に違反したことと,法的な責任が生じることとは別である。禁止規程を作りながら技術的な統制も運用の記録も伴っていない状態は,違反があっても賠償請求の根拠にならない可能性がある,ということになる。この点は,従業員のパソコンを事後に調査する場面での留意点と併せて検討する必要があり,調査手法の相当性や証拠としての取扱いについてはUSB型フォレンジックツールを労務管理で利用する場合の法的注意点で扱っている。

第5 個人情報保護法上の問題

1 安全管理措置と従業者の監督

個人情報の保護に関する法律23条は,個人情報取扱事業者に対し,その取り扱う個人データの漏えい,滅失又は毀損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならないと定める。これに続く24条は,「その従業者に個人データを取り扱わせるに当たっては,当該個人データの安全管理が図られるよう,当該従業者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない」と定めており,措置を講ずることに加えて監督を明文で要求している。

シャドーAIの局面で正面から問題になるのはこの24条である。生成AIの利用に関する規程やガイドラインを配布したものの,誰がどの業務でどのサービスを使っているかを一度も確認したことがないという状態が,「必要かつ適切な監督」を行ったといえるかが問われることになる。前記の情報通信白書の調査で,日本企業の16.3%(中小企業では24.1%)が「特に実施している施策はない・把握していない」と回答していることは,この観点からは看過しにくい数字である。

2 個人情報保護委員会が令和5年6月に示した確認事項

個人情報保護委員会は,令和5年6月2日に生成AIサービスの利用に関する注意喚起等を公表した。同注意喚起は,個人情報取扱事業者における注意点として,第一に,個人情報を含むプロンプトを入力する場合には特定された利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認すること,第二に,あらかじめ本人の同意を得ることなく個人データを含むプロンプトを入力し,当該個人データが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合には個人情報保護法の規定に違反することとなる可能性があるため,「当該生成AIサービスを提供する事業者が,当該個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認すること」を挙げている。一般の利用者に対しても,入力した個人情報が機械学習に利用され,正確又は不正確な内容で出力されるリスクがあること,及び利用規約やプライバシーポリシー等を十分に確認することを求めている。

同日,同委員会は,ChatGPTを開発・提供するOpenAIに対し,個人情報保護法147条(指導及び助言)に基づく注意喚起を行っている。内容は,あらかじめ本人の同意を得ないで要配慮個人情報を取得しないこと,機械学習のための情報収集について収集する情報に要配慮個人情報が含まれないよう必要な取組を行うこと等,及び利用目的について日本語を用いて通知又は公表することである。

3 個人アカウントでは委託の枠組みを使えないこと

同法27条5項1号は,「個人情報取扱事業者が利用目的の達成に必要な範囲内において個人データの取扱いの全部又は一部を委託することに伴って当該個人データが提供される場合」には,提供を受ける者は第三者に該当しないと定める。会社が契約して利用する生成AIサービスであれば,この委託の枠組みに乗せることを検討できる。

ところが,従業員が自分のアカウントで生成AIに個人データを入力する場合には,会社と当該サービス提供事業者との間に委託関係が存在しない。委託の枠組みを使えないだけでなく,前記の注意喚起が求める「機械学習に利用しないこと等の確認」も,会社は確認する立場に立つことができない。禁止しているか許可しているかではなく,契約の主体が会社か個人かによって法的評価が変わるという点が,シャドーAIの急所である。国外の事業者が提供するサービスであれば,同法28条が定める外国にある第三者への提供の制限の検討も,会社が把握しないまま素通りされることになる。

4 漏えいを把握できないという構造

同法26条1項は,個人情報保護委員会規則で定める事態が生じたときの同委員会への報告を,同条2項は本人への通知を義務付けている。報告対象となる事態は,同法施行規則7条が定める四類型(要配慮個人情報が含まれる個人データの漏えい等,不正に利用されることにより財産的被害が生じるおそれがある個人データの漏えい等,不正の目的をもって行われたおそれがある行為による漏えい等,及び本人の数が1000人を超える漏えい等)であり,同規則8条は,速やかに行う報告に加えて,事態を知った日から30日以内(不正の目的をもって行われたおそれがある行為による場合は60日以内)の報告を求めている。

問題は,私用端末や個人アカウントを経由した入力については,会社が事態の発生自体を認識できないことである。報告義務は「知った」ことを起点とするため,形式的には義務違反が生じないようにも見えるが,そもそも認識できる仕組みを持たないこと自体が23条及び24条の観点から評価される。報告及び本人通知の具体的な手順並びに委託先の監督については,外部委託先で個人情報が漏えいした場合の委託元の対応で詳しく扱っている。なお,令和8年7月10日に成立した改正個人情報保護法は課徴金制度を新設しているが,公布後2年内の施行であり現時点では未施行である。改正の全体像は医療情報は同意なく使われるようになるのかで触れている。

第6 禁止に違反した従業員を懲戒できるか

生成AIの利用を禁止していた会社が,これに違反した従業員を懲戒しようとする場合,「禁止すると通知していた」というだけでは足りない。労働契約法15条は,懲戒が,労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合には,権利の濫用として無効になると定める。また,労働基準法89条9号は,常時10人以上の労働者を使用する使用者について,制裁の定めをする場合にはその種類及び程度に関する事項を就業規則に記載しなければならないと定めており,社内通達やガイドラインの配布にとどまり懲戒規定と結び付いていない禁止では,そもそも懲戒の根拠を欠く。

この場面で参考になるのが,札幌地方裁判所平成17年5月26日判決(平成15年(ワ)第1873号)である。職員が勤務時間中に業務用パソコンで私的なメールやチャットを行ったことを理由とする減給処分の効力が争われた事案で,同判決は,私的メールやチャットの頻度が多いとはいえないこと,「当時の被告事務局では,パソコンの取扱規則等が定められておらず,パソコンの私的使用に対し注意や警告がなされたこともなかったこと」,交信記録の調査方法には公正性に疑問があること,減給額が労働基準法91条に違反すること等の事情を考慮して,懲戒権の濫用として無効であると判断した。同判決は併せて,「懲戒処分は一種の刑罰であるから,証拠に基づかないで単なる推測・憶測に基づく処分は許されるべきではない」と述べている。

シャドーAIを理由とする懲戒に置き換えると,確認すべきは,禁止が就業規則又は服務規律のどこに根拠を持ち懲戒規定と結び付いているか,いつどの範囲にどのように周知したか,禁止後に注意や警告を行った履歴があるか,利用実態の調査を全従業員に対して公平な方法で行ったか,そして処分の量定が均衡を失していないか,である。特に,ログが残らないために利用の程度を確認できない場合に,「他にも使っていたはずだ」という推測で量定を重くすることはできない。

第7 AI推進法とAI事業者ガイドラインの位置付け

シャドーAI対策の必要性を説明する際に,AI推進法を根拠として挙げることは適切でない。人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(令和7年法律第53号)7条は,活用事業者の責務として,「自ら積極的な人工知能関連技術の活用により事業活動の効率化及び高度化並びに新産業の創出に努める」ことと,国及び地方公共団体が実施する施策に協力しなければならないことを定めるにとどまる。同法13条の適正性の確保及び16条の調査研究等は,いずれも名宛人が国であり,活用事業者に対する情報管理義務も,命令も,罰則も規定されていない。同法の全体像は内閣法制局ご説明資料に基づくAI推進法の解説で扱っている。

総務省及び経済産業省のAI事業者ガイドライン(第1.2版,令和8年3月31日)も,自主的な取組を促す非拘束的なソフトローとして位置付けられており,罰則や法的強制力を伴わない。リスクの大きさに応じて対策の程度を定めるリスクベースアプローチと,AIガバナンスの構築の方向性を示すものである。したがって,シャドーAIについて法的な義務として説明できるのは,前記の営業秘密,個人情報保護法及び労働法の枠組みであり,AI推進法及びガイドラインは,社内で対策を設計する際の指針としての意味を持つにとどまる。裁判所及び弁護士業務におけるAI利活用の議論状況については,「AI時代における民事司法を考える研究会」取りまとめの要点と限界を参照されたい。

第8 EU域内で事業を行う場合

EU域内で事業を行う企業については,別の検討が加わる。AI法(Regulation (EU) 2024/1689)4条は,AIシステムの提供者及び導入者に対し,自らのスタッフ及びその他自らのために当該AIシステムの運用及び利用に関与する者について,十分な水準のAIリテラシーを確保するための措置を最善の努力により講ずることを求めている。同法は原則として2026年8月2日から適用されるが,同条を含む第1章及び第2章は2025年2月2日から既に適用されている。

シャドーAIとの関係で問題となるのは,同法3条4号が導入者(deployer)を「自らの権限の下で(under its authority)AIシステムを利用する自然人又は法人,公的機関,庁その他の団体をいい,個人的な非職業的活動の過程で利用する場合を除く」と定義していることである。会社が禁止しているにもかかわらず従業員が個人のアカウントで業務のために利用している場合に,その利用が「自らの権限の下で」の利用に当たるのかは,本記事の作成時点で公的な解釈を確認することができなかった。仮に該当すれば会社は導入者としての義務を負い,該当しなければ,職業上の利用でありながら同法の枠組みからも外れることになる。また,GDPR(Regulation (EU) 2016/679)32条は,管理者及び処理者に対し,最新技術,実施費用並びに取扱いの性質,範囲,過程及び目的並びにリスクを考慮して,リスクに適した水準の安全性を確保するための適切な技術的及び組織的措置を実施することを求めており,日本の個人情報保護法23条及び24条に対応する規律として機能する。

第9 利用実態を把握するために確認すべき事項

以上を踏まえると,社内で最初に確認すべきなのは,禁止すべきかどうかではなく,現に何が行われており,どの法的枠組みに載せられるか,である。確認すべき事項を整理すると,次のとおりである。

①生成AIの利用に関する定め(禁止,領域限定又は許可)が,就業規則,服務規律,情報セキュリティ規程,通達又はガイドラインのいずれのどの条項に置かれているか。②その定めをいつ,どの範囲に,どのような方法で周知したか(配布記録,誓約書及び研修受講記録の有無)。③制裁の定めと結び付いているか(労働基準法89条9号の記載の有無)。④会社支給端末について技術的な遮断(URLフィルタ,データ持出し制御及びシングルサインオンの必須化)を行っているか。⑤私用端末及び私用回線からの業務システムへのアクセスを認めているか。⑥直近で生成AIサービスへの通信ログを確認したことがあるか(確認していない場合は「不明」と記録する)。⑦会社として契約している生成AIサービスは何か,契約の主体は会社か個人か。⑧その契約に,入力データを学習に利用しない旨の定め,保存期間及び保存先の地域に関する定めがあるか。⑨入力され得る情報に個人データが含まれるか,含まれる場合に委託の枠組みを取れているか。⑩外国にある第三者への提供の検討をしたか。⑪営業秘密として管理している情報について,具体的にどのような管理措置(アクセス制限,表示及び誓約書)をとっており,それを立証できる資料が残っているか。⑫過去に黙認していた運用がないか。⑬インシデントを検知し報告する経路が定められているか。

このうち⑥は,個人情報保護法24条の監督を行っているといえるかを分ける事実であり,確認していないのであればその事実自体を記録しておく必要がある。また⑦及び⑧は,個人情報保護委員会の注意喚起が求める確認を果たせるかを分ける事実であり,情報通信白書の調査で入力データを学習に利用させない仕組みの導入率が19.9%にとどまっていることからすれば,多くの企業でこの点が未整備であると考えられる。従業員のパソコンを事後に調査してシャドーAIの利用状況を把握しようとする場合には,調査の目的,範囲及び方法の相当性を別途検討する必要がある。

出典・参考資料

1 法令

不正競争防止法(平成5年法律第47号)2条6項・3条・5条・15条・21条(e-Gov法令検索)
個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)23条・24条・26条・27条5項1号・28条・147条(e-Gov法令検索)
個人情報の保護に関する法律施行規則(平成28年個人情報保護委員会規則第3号)7条・8条(e-Gov法令検索)
労働契約法(平成19年法律第128号)15条(e-Gov法令検索)
労働基準法(昭和22年法律第49号)89条9号・91条(e-Gov法令検索)
人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(令和7年法律第53号)7条・13条・16条(e-Gov法令検索)
Regulation (EU) 2024/1689 Article 3(4)・Article 4・Article 113(EUR-Lex)
Regulation (EU) 2016/679 Article 32(EUR-Lex)

2 裁判例

札幌地方裁判所平成17年5月26日判決(平成15年(ワ)第1873号,懲戒処分無効確認等請求事件,裁判所ウェブサイト)
大阪地方裁判所平成25年7月16日判決(平成23年(ワ)第8221号,不正競争行為差止等請求事件,裁判所ウェブサイト)
東京地方裁判所平成26年3月18日判決(平成25年(ワ)第127号,不正競争行為差止等請求事件,裁判所ウェブサイト)
東京地方裁判所令和3年2月26日判決(令和元年(ワ)第25455号,不正競争行為差止等請求事件,裁判所ウェブサイト)
東京地方裁判所令和4年12月9日判決(令和3年特(わ)第129号,不正競争防止法違反,裁判所ウェブサイト)
大阪地方裁判所令和6年11月7日判決(令和3年(ワ)第11378号等,損害賠償請求事件,裁判所ウェブサイト)
大阪地方裁判所令和7年2月13日判決(令和5年(ワ)第5749号,損害賠償請求事件,裁判所ウェブサイト)
東京地方裁判所令和7年2月25日判決(令和5年特(わ)第1278号,不正競争防止法違反,裁判所ウェブサイト)

3 公的資料

①経済産業省「営業秘密管理指針」(平成15年1月30日策定,最終改訂令和7年3月31日)1頁~19頁
②経済産業省知的財産政策室「テレワーク時における秘密情報管理のポイント(Q&A解説)」(令和2年5月7日)1頁~13頁
③個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」及び「OpenAIに対する注意喚起の概要」(令和5年6月2日)
④総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」(令和8年3月31日)
⑤独立行政法人情報処理推進機構「情報セキュリティ10大脅威 2026」(令和8年1月29日決定)
⑥国立国会図書館国会会議録検索システム(「シャドーAI」「シャドーIT」及び「野良AI」の全期間検索結果)

4 統計・データ

①総務省「令和8年版情報通信白書」データ集のうち,「日本における生成AIサービスの利用経験(全体)」,「生成AI活用方針の策定状況(国別)」,「生成AIを一つ以上の業務で利用している割合(国別)」,「生成AIの活用に関して懸念されるリスク(国別)」及び「リスク対策のための取組状況(国別,企業規模別(日本))」の各図表(出典は総務省(2026)「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究」)

5 ウェブ資料

①中川直政「2026最新!株主総会の想定問答と解説 買収への対応方針ほか」ビジネスローヤーズ(2026年6月1日)
シャドーIT(ウィキペディア日本語版)
Shadow IT(ウィキペディア英語版)