第1 この記事が扱う対象
1 検討の対象と時点
本記事は,AIを用いた法務サービス(AIリーガルテック)の普及に伴って進んでいる弁護士法72条の見直しについて,令和8年8月16日現在で公表されている一次資料を整理するものである。対象とするのは,同条の条文及び罰則,同条の解釈を示した最高裁判例,法務省が公表したガイドライン及びグレーゾーン解消制度の回答,規制改革推進会議の中間答申,令和8年7月21日に閣議決定された規制改革実施計画,法務省のタスクフォースに関する国会答弁並びに自由民主党の提言である。生成AIを用いて公表資料を通読し,条文はe-Gov法令検索で,裁判例は裁判所ウェブサイトの個別ページで内容を確認した上で構成した。
見直しの主たる対象は,AIリーガルテックを提供する事業者に対する規律である。弁護士自身がAIを業務に用いることの可否は,後述するとおり令和5年8月の法務省ガイドラインで既に整理されており,今回の見直しで新たに制限が加わる方向の議論はされていない。両者を区別せずに論じると議論の位置がずれるため,本記事では節を分けて説明する。
2 見直しの現在地
現在地を一文で示せば,令和8年7月21日の閣議決定によって,「弁護士法におけるAI活用の更なる明確化」が政府の規制改革実施計画の正式な項目となり,実施時期が「令和8年検討開始,令和8年度上期結論,結論を得次第速やかに措置」,所管府省が法務省と定められた段階にある。規制改革推進会議の中間答申(令和8年2月26日)の段階で報道された内容と実質はほぼ同じであるが,閣議決定に格上げされている点は,引用の際に区別する必要がある。
これと並行して,法務省では令和8年3月から法務副大臣の下にタスクフォースが置かれ,令和8年夏頃を目途に一定の結論を出すことが国会で説明されている。もっとも,令和8年8月16日現在,法務省のウェブサイトにタスクフォースの取りまとめは掲載されていない。したがって本記事が扱えるのは,閣議決定及び国会答弁までの範囲にとどまる。
第2 弁護士法72条の条文と罰則
1 条文と5つの構成要件
弁護士法(昭和24年法律第205号)72条は,「弁護士又は弁護士法人でない者は,報酬を得る目的で訴訟事件,非訟事件及び審査請求,再調査の請求,再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定,代理,仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い,又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし,この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は,この限りでない。」と定める。
この規定の構成要件は,①弁護士又は弁護士法人でない者が,②報酬を得る目的で,③訴訟事件その他一般の法律事件に関して,④鑑定その他の法律事務を取り扱い又は周旋することを,⑤業とすること,の5つに分解できる。5つのうち1つでも満たさなければ同条違反とはならないから,AIサービスの適法性を論じるときも,まずどの要件が問題になっているのかを特定する必要がある。法務省のガイドライン,AIリーガルテック協会の資料及び規制改革推進会議の資料は,いずれもこの5要件の枠組みを共有している。
2 罰則と関連条文
72条違反には罰則があり,同法77条3号により2年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金が定められている。同条は73条違反(他人の権利を譲り受けて訴訟等の手段で権利実行をすることを業とすること)及び27条違反(弁護士が72条から74条までに違反する者から事件の周旋を受け,又はこれらの者に自己の名義を利用させること)も同じ法定刑で処罰する。
72条が刑罰法規であるという性質は,本記事で扱う議論の全体を規定する前提である。後述するとおり,法務省が個別のサービスを適法と認定するホワイトリストの策定は困難であるとし,ガイドラインが「飽くまで一般論とならざるを得ない」と述べているのも,構成要件該当性の最終的な判断が裁判所に委ねられていることによる。なお,事業者と弁護士とが提携する形態では,事業者側の72条の問題とは別に,弁護士側の27条の問題が生じ得る(詳細は非弁護士との提携の禁止を参照)。
第3 最高裁判例が示した判断枠組み
1 昭和46年大法廷判決――報酬目的と業性の双方が必要
72条の趣旨と構造を示した基本判例は,最高裁判所大法廷昭和46年7月14日判決(昭和44年(あ)第1124号,刑集25巻5号690頁)である。同判決は,弁護士には厳格な資格要件と規律が課されているのに対し,「このような資格もなく,なんらの規律にも服しない者が,みずからの利益のため,みだりに他人の法律事件に介入することを業とするような例もないではなく,これを放置するときは,当事者その他の関係人らの利益をそこね,法律生活の公正かつ円滑ないとなみを妨げ,ひいては法律秩序を害することになる」として,72条はこれを禁圧するために設けられたものであるとした。
その上で同判決は,弊害の防止のためには「私利をはかつてみだりに他人の法律事件に介入することを反復するような行為を取り締まれば足りる」のであって,縁故者が紛争解決に関与する場合や知人のため好意で弁護士を紹介する場合のような社会生活上当然の相互扶助的協力までは取締りの対象としないと述べ,72条本文は「弁護士でない者が,報酬を得る目的で,業として」法律事務を取り扱い又は周旋することを禁止する規定であると解した。前段は業とすることを要せず後段は報酬目的を要しないとしていた従前の判例を変更したものであり,報酬目的と業性の双方が必要であることが,この判決によって確定した。
法務省のガイドライン及び規制改革実施計画は,いずれも72条の趣旨として明示的にこの大法廷判決を引用している。したがって,AIリーガルテックの規制を論じる際にも,出発点となる法益は「当事者その他の関係人の利益」及び「法律生活の公正かつ円滑ないとなみ」であり,弁護士の職域それ自体ではないという整理になる。
2 「業とする」の意義と依頼者側の責任
「業とする」の要件について,最高裁判所第二小法廷昭和50年4月4日判決(昭和47年(オ)第751号,民集29巻4号317頁)は,宅地建物取引業者がした法律事務の取扱いは商法503条により商行為となるとしても,それが一回限りであり,かつ,反復の意思をもってされたものでないときは72条に触れないとした。反復継続の意思の有無が要件の中核であることを示した判断である。
また,最高裁判所第三小法廷昭和43年12月24日判決(昭和42年(あ)第1988号,刑集22巻13号1625頁)は,弁護士でない者に自己の法律事件の示談解決を依頼し,これに報酬を与え又は与えることを約束しても,72条違反の罪の教唆犯は成立しないとした。同条が規制するのは介入する側であって,サービスを利用する側の依頼者ではないという構造は,AIサービスの利用者の立場を考える際にも前提となる。
3 事件性――平成22年決定の基準
「その他一般の法律事件」に当たるかどうかについては,いわゆる事件性が必要であると解されている。最高裁判所第一小法廷平成22年7月20日決定(平成21年(あ)第1946号,刑集64巻5号793頁)は,弁護士資格等のない者がビルの所有者から委託を受けて賃借人らと交渉し,賃貸借契約を合意解除した上で各室を明け渡させる業務について,その業務が「立ち退き合意の成否等をめぐって交渉において解決しなければならない法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件」に係るものであるとして,72条にいう「その他一般の法律事件」に関するものであると判断した。
この「法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件」という定式は,紛争が現実化していなくても事件性が肯定され得ることを示している。AI契約書レビューのように,紛争発生前の取引を対象とするサービスであっても,対象となる取引の性質によっては事件性を否定できない場合があるという評価につながる部分である。
4 72条に違反した行為の私法上の効力
72条違反があった場合に,その行為の私法上の効力がどうなるかについては,最高裁判所第一小法廷平成29年7月24日判決(平成28年(受)第1463号,民集71巻6号969頁)がある。同判決は,認定司法書士が委任者を代理して裁判外の和解契約を締結することが72条に違反する場合であっても,当該和解契約は,その内容及び締結に至る経緯等に照らし公序良俗違反の性質を帯びるに至るような特段の事情がない限り,無効とはならないとした。
刑罰法規である72条に違反したことが直ちに私法上の無効を導くわけではないという整理であり,AIサービスを用いて作成・締結された契約の効力を論じる際にも参照される。もっとも,同判決は無効とならない場合の判断枠組みを示したものであって,違反行為自体が適法になるわけではない。
5 ただし書と隣接士業
72条ただし書は「この法律又は他の法律に別段の定めがある場合」を除外する。司法書士,弁理士,税理士等の隣接士業の業務範囲は,この別段の定めによって画されている。最高裁判所第一小法廷平成28年6月27日判決(平成26年(受)第1813号,民集70巻5号1306頁)は,債務整理を依頼された認定司法書士は,当該債務整理の対象となる個別の債権の価額が司法書士法3条1項7号に規定する額を超える場合には,その債権に係る裁判外の和解について代理することができないとした。ただし書による例外の範囲が個別債権の価額で画されることを示した判断である(隣接士業の業務範囲の沿革については司法書士の業務範囲と司法書士法の変遷を参照)。
なお,本記事の作成にあたり,裁判所ウェブサイトの裁判例検索において「弁護士法72条」「非弁護士」「非弁行為」等の語で全文検索を行ったが,AIリーガルテックの72条該当性を判断した裁判例は確認できなかった。「リーガルテック」の語では該当がなく,「生成AI」の語による該当も本主題とは無関係の事件であった。裁判所ウェブサイトが全ての裁判例を掲載しているわけではないため不存在の証明にはならないが,少なくとも公表された裁判例による解決が期待しにくい状況にあることは,後述する行政解釈への依存の背景を成している。
第4 法務省の行政解釈
1 令和5年8月のガイドライン
法務省大臣官房司法法制部は,令和5年8月,AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係についてを公表した。同ガイドラインは,非弁行為に該当するか否かは罰則の構成要件を定めたものである以上,個別の事件における具体的な事実関係に基づき昭和46年大法廷判決が示した趣旨に照らして判断されるべき事柄であり,解釈・適用は最終的に裁判所の判断に委ねられるとした上で,一般論として考え方を示したものである。
要件ごとの整理は次のとおりである。報酬を得る目的については,利用料等一切の利益供与を受けずに提供する場合は通常該当しないが,他の有償サービスへの誘導,第三者からの金銭の支払を伴う誘導,あるいは「顧問料・サブスクリプション利用料・会費等の名目を問わず金銭等を支払って利用資格を得たものに対してのみ」提供する場合には,実質的に対価関係が認められるときは該当し得るとされた。事件性については,紛争が生じた後に和解契約等を締結する場合は認められる一方,親子会社間で従前から慣行として行われている物品や資金等のフローを明確にする場合や,継続的取引の基本契約に基づき特段の紛争なく従前同様の物品を調達する契約を締結する場合には,通常は認め難いとされた。
鑑定その他の法律事務については,機能ごとに詳細な例示がある。作成支援では,利用者の非定型的な入力内容に応じて契約に至る経緯や背景事情を法的に処理し,これに応じた具体的な契約書等が表示される場合は該当し得るが,あらかじめ登録されたひな形が選別されて表示されるにとどまる場合は通常該当しないとされた。審査支援では,個別の事案に応じた法的リスクの有無や程度が表示される場合及び具体的な修正案が表示される場合は該当し得るが,ひな形との相違部分が字句の意味内容と無関係に表示される場合や,言語的な意味内容の類似性のみに着目して表示される場合は該当しないとされた。
さらに同ガイドラインは,右の各要件のいずれにも該当する場合であっても,サービスを弁護士又は弁護士法人に提供する場合であって,当該弁護士等が「本件サービスを利用した結果も踏まえて審査対象となる契約書等を自ら精査し,必要に応じて自ら修正を行う方法で本件サービスを利用するとき」は,通常72条に違反しないとした。企業内弁護士が自社の契約について同等の方法で利用する場合も同様である。弁護士がAIの出力をそのまま用いず自ら精査・修正するという運用は,品質管理の問題であると同時に,この整理においては適法性を基礎付ける事情として位置付けられている。
2 グレーゾーン解消制度の回答
法務省の弁護士法(その他)のページには,産業競争力強化法7条に基づくグレーゾーン解消制度の回答が令和2年12月18日付けのものから令和7年8月4日付けのものまで12件掲載されている。このうち令和4年6月6日付け及び令和4年10月14日付けの回答が契約書審査サービスに関するもので,いずれも72条本文に違反すると評価される可能性があるとの内容であり,これがガイドライン策定の直接の契機となった。
3 令和7年8月4日の回答と萎縮
令和7年8月4日付けの回答は,弁護士が執筆・監修した人事労務分野のQA記事,法令情報及び通達等を生成AIに学習させ,利用者が自由入力した質問に対して,関連するQA記事を元に要約文を生成して表示するとともに,関連するQA記事を修正せずに一覧表示するサービスに関するものである。照会者はプロンプト条件により個別事案又は事件性が高いと判断される場合には回答を出力しないよう制御するとしていた。
法務省の回答は,一覧表示については,あらかじめ学習させたQA記事に個別の修正を行わずに一覧として表示させているにとどまるから通常「鑑定」に該当しないとした一方,要約文の作成・表示については,入力された質問文と生成された回答文の具体的な内容によっては,単なる要約にとどまらず新たに法的な回答が作成・提示されたと評価される可能性があり「鑑定」に当たり得るとした。そして,プロンプト条件による制御についても,「かかる条件設定により個別事案だと考えられる場合や事件性がある場合の全てを除外することはおよそ困難である以上」,制御が及ばない可能性を否定できないとして,これをもって事件性を否定することは困難であるとした。結論として,要約文を生成して表示する機能を一般向けに提供することは72条本文に違反すると評価される可能性があるとされた。
技術的な出力制御を設けても構成要件該当性の判断は左右されないという内容であり,後述する中間答申は,この回答を受けてサービス提供を断念する事業者が生じ,回答中の文言が一人歩きして適法に運営可能なサービスまで自粛する「誤解と萎縮」が生じているとの指摘があることを,見直しの理由として明記している。
第5 規制改革推進会議の議論と閣議決定
1 令和8年1月9日のワーキング・グループ
規制改革推進会議のデジタル・AIワーキング・グループは,令和8年1月9日の第6回会合で「弁護士法におけるAI活用の更なる明確化」を取り上げた。提出資料は,日本経済団体連合会,一般社団法人AIリーガルテック協会,日本組織内弁護士協会理事の弁護士,リーガルテック研究会及び法務省の5点である。
AIリーガルテック協会の資料は,サービスが契約自動レビュー中心の第1世代から,生成AIによる修正案提示の第2世代を経て,契約生成エージェントや法務相談案件の初期回答を行う第3世代に至っているとした上で,同協会の各社のサービスは事件性がなく,また生成AIの出力は統計的なものにすぎないから「鑑定」にも「その他の法律事務」にも該当しないと主張している。さらに,汎用型生成AIが「リーガルテック」と名乗らずに提供され事実上72条の規制対象として議論されていないのに対し,法務に特化した事業者のみが抑制される状態はイコールフッティングの問題であると指摘している。
リーガルテック研究会の資料は,現行72条の文言が昭和8年の法律事務取扱ノ取締ニ関スル法律をほぼそのまま引き継いだものであり,その目的が弁護士でない者による他人間の紛争への介入の害悪を排除することにあったという沿革を示した上で,紛争案件と非紛争案件,企業法務と個人という二つの軸で領域を分け,非紛争領域についてはガイドラインや業界自主規制と利用者側の研修・消費者保護によって質を担保し,紛争案件については72条の規律とただし書に基づく他の法規制によることを提案している。また,米国ユタ州が令和2年に州最高裁判所の下に機関を設置してサンドボックスを導入し,令和7年9月時点で12業者が監督下で業務を行っていること,アリゾナ州が同年に州最高裁判所規則で弁護士以外の者による法律事務所への出資を解禁していることを紹介している。
法務省の資料は,ハードローによる解決は日進月歩のAI分野に対して機動性に欠けること,弁護士法72条が刑罰法規であることから個別具体のサービスを対象とするホワイトリストの策定は困難であること,現状のガイドラインの改定にも一定の限界があることを述べ,守るべき法益として,AIの学習・処理過程における個人情報・機密情報の漏えいと,弁護士が監修しない情報又はハルシネーションにより誤った法的情報が広く一般に提供される技術的リスクを挙げている。
2 中間答申
規制改革推進会議は,令和8年2月26日の規制改革推進に関する中間答申において,「弁護士法におけるAI活用の更なる明確化」を項目として掲げた(16頁以下)。基本的考え方として,法務省ガイドラインは作成当時の技術水準を前提に契約書自動レビューサービス等を念頭に置いたものであるところ,その後,大規模言語モデル,大規模マルチモーダルモデル及び検索拡張生成等によって技術水準が向上し,契約書等の自動作成・更新等のより高度なサービスの提供の実現可能性が高まる中で,こうしたサービスの提供が同条に抵触せず実施可能であるかは必ずしも明らかではないとした。
3 令和8年7月21日の規制改革実施計画
規制改革推進会議は令和8年6月29日に答申を内閣総理大臣に提出し,これを踏まえて,規制改革実施計画が令和8年7月21日に閣議決定された。同計画のⅡ1(6)デジタル・AIの1番として「弁護士法におけるAI活用の更なる明確化」が掲げられ,実施時期は「令和8年検討開始,令和8年度上期結論,結論を得次第速やかに措置」,所管府省は法務省とされている(80頁~81頁)。
規制改革の内容として定められたのは,弁護士法72条の立法趣旨を念頭に置き,AIガバナンスの視点を入れるとともに,海外主要国における規制・制度やサービス提供の状況も比較検討しつつ,利用者目線で「同条の解釈等について,AIリーガルテックを活用したサービスの提供者間における自主的な規制の在り方や新法の制定も含め,AI等を用いた契約書等関連業務支援サービス(契約書等の自動修正を可能とするサービスを含む。)を提供可能とするために必要な検討を行う検討会を設置し,結論を得次第,速やかに措置する」というものである。検討の対象に契約書等の自動修正を可能とするサービスが明示的に含められた点は,令和5年ガイドラインが具体的な修正案の表示を「鑑定…その他の法律事務」に該当し得るとしていたことと対比すると,実務上重要な変化である。
同計画は,検討に当たっての留意事項として3点を挙げる。第1に,72条についての萎縮効果により,海外のAIリーガルテックに対して我が国のAIリーガルテックが遅れをとらないことを含め,日本企業の不利益及び国際競争力の低下を招かないこと。第2に,一般的な生成AIのサービス提供者と法務事務に特化したAIリーガルテック活用サービスの提供者との間で,72条の適用対象者又はその可能性があるかどうかについてイコールフッティングの問題が生じないようにすること。第3に,AIエージェントを含めAIのテクノロジーは日進月歩であることから,「これまでの弁護士法第72条の構成要件(いわゆる非弁行為)の該当性等の解釈論から脱却しつつ」,予見可能性を確保する観点から,必要に応じた専門家の関与,透明性の確保,知的財産の保護等を含めAIガバナンスを議論することである。
第3の留意事項は,従来の構成要件解釈の積み重ねを前提とする議論の枠組みそのものを組み替えることを示唆している。もっとも,72条が刑罰法規である以上,罪刑法定主義の要請から自由になれるわけではないから,解釈論からの脱却をどのような立法技術で実現するのかは,計画の文言からは定まっていない。
第6 法務省のタスクフォースと自由民主党の提言
1 国会答弁で説明されたタスクフォースの実像
法務省のタスクフォースについては,令和8年4月10日の衆議院法務委員会における三谷英弘法務副大臣の答弁が最も詳しい。同答弁によれば,中間答申を受けて法務大臣の指示により法務副大臣の下に「企業法務分野におけるAIリーガルテック規制に関するタスクフォース」が立ち上げられ,同日までに2回の会議が行われ,弁護士法を研究する法社会学や刑事法の研究者,リーガルテックの業界団体及び日本弁護士連合会といった関係機関からのヒアリングが実施されている。忌憚のない意見を得るため,タスクフォース自体は省内で非公開の形で行われているとされ,令和8年夏頃を目途に一定の結論を得るべく検討を重ねるとされた。
同答弁は,72条について,非弁護士が報酬目的で業として法律事件に介入することを放置すれば当事者その他関係人の利益を損ね,ひいては法律秩序を害することになることから設けられた規制であるという趣旨を確認した上で,「具体の事実関係や証拠関係を前提に臨機かつ的確な判断を行い得る弁護士の判断というものは,やはりこれからの時代においてもなお重要である」と述べている。見直しが弁護士の関与を不要とする方向で進められているわけではないことは,政府側の公式の説明としてここに残されている。
2 自由民主党司法制度調査会の提言
自由民主党政務調査会司法制度調査会は,令和8年6月24日に「司法制度調査会2026提言――新時代における司法・法務行政の責務と進化」を平口洋法務大臣に手交した。提言は,リーガルテックが業務の効率化・高度化のみならず国民の司法アクセスの向上や法務分野の国際競争力強化に資するとした上で,生成AIを利用したリーガルテックの利活用には判断の透明性・説明責任の確保,個人情報・機微情報の適切な取扱い,AIによる判断の限界やバイアスへの対応など慎重な検討を要する課題も多いとする。
提言は,弁護士法72条の趣旨やAI利用による技術的・社会的課題を踏まえたガバナンスの視点を取り入れながら,「AIが何に使えるか」の観点にとどまらず「人にしかできないこと・人だからできることは何か」にまで視座を拡げ,AIによって代替することができない,人である弁護士が引き続き担うべき業務や役割を見極めるべきであるとしている。その上で,法務副大臣の下のタスクフォースが夏頃を目途にロードマップの策定等の一定の結論を出す予定であることを踏まえ,その結論を受けて,有識者等からなる検討会における検討を含め中長期的なスパンでルールメイキングの在り方を検討することを求めている。あわせて,最高裁判所が令和8年に民事訴訟における争点整理の補助として生成AIを利活用することについて研究会を開催し初歩的な検証を行ったことにも言及している(この研究会の取りまとめについては「AI時代における民事司法を考える研究会」取りまとめの要点と限界で扱っている)。
第7 見直しの論点
1 事件性と「鑑定」をめぐる対立
見直しの実質的な争点は二つに整理できる。第一は事件性の要否である。「その他一般の法律事件」に当たるためには条文列挙の事件に準ずる程度の権利義務に関する争い又は疑義を要するという事件性必要説と,これを不要とする事件性不要説とが対立してきた。法務省はガイドラインで事件性必要説を前提とする整理を採っており,事件性不要説は相当でないとの見解を示している。事件性不要説によれば非紛争型の契約書作成支援も広く同条の禁止に服することになるため,どちらの立場を採るかはAIサービスの適法性の範囲を大きく左右する。
第二は,生成AIの出力が「鑑定」に当たるかである。法務省は前記のとおり要約文の生成・表示が「鑑定」に当たり得るとする一方,AIリーガルテック協会は大規模言語モデルの出力は統計的なものにすぎず個別事情を解釈して回答しているものではないから「鑑定」に該当しないと主張している。これは法解釈の対立であると同時に,生成AIの出力を法律的見解の陳述と評価するか否かという性質決定の対立でもあり,条文解釈だけでは決着しにくい構造にある。
2 規制手法の選択
規制手法についても複数の方向が示されている。法務省は,ハードローの機動性の欠如とホワイトリスト策定の困難を指摘しつつ,ガイドラインの改定にも限界があるとしており,どの手法にも難点があることを自ら認めている。AIリーガルテック協会は解釈の明確化又は特別法の制定を求め,リーガルテック研究会は領域を分けた上で自主規制と利用者側の教育・消費者保護を組み合わせることを提案している。閣議決定された実施計画は,自主的な規制の在り方や新法の制定も含めて検討する検討会を設置するとしており,いずれの手法にも開かれた形になっている。
3 現行法の下で確認できること
以上の見直しの動きとは別に,現行法の下で既に確認できている事項がある。令和5年8月のガイドラインによれば,弁護士がAIサービスを利用し,その結果も踏まえて対象となる契約書等を自ら精査し必要に応じて自ら修正を行う方法で用いる場合は,通常72条に違反しない。企業内弁護士が自社の契約について同等の方法で用いる場合も同様である。したがって,弁護士がAIを補助的に用いること自体は,見直しの結論を待たずに整理されている。
他方,事業者が一般向けに,利用者の質問に応じて法的な回答文を生成して表示する機能を提供することについては,令和7年8月4日の回答が72条本文に違反すると評価される可能性があるとしており,この評価は見直しの結論が出るまで変わらない。顧問先がAI法務サービスを内製し又は外販しようとする場合には,①事件性の有無,②提供する機能がひな形の選別や言語的類似性の表示にとどまるか個別の法的リスク評価や具体的修正案の提示に及ぶか,③利用者が弁護士であるか,の3点で切り分けて検討することになる。①及び②は提供しようとする機能の設計に関わるため,設計段階で確認しておく必要がある。
4 諸外国及び隣接する制度との関係
米国の一部の州が司法アクセスの促進を理由にサンドボックスや弁護士以外の者による法律事務所への出資の解禁を試みていることは前記のとおりであるが,リーガルテック研究会の資料自身が指摘するとおり,法律家及び法サービスの規律は法域ごとに行われており,普遍的なルールがあるわけではない。したがって,海外の制度をそのまま参照して我が国の72条の在り方を決められるものではなく,実施計画も「海外主要国における規制・制度やAI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供の状況も比較検討しつつ」という限度で言及するにとどめている。
国内に目を向けると,72条は従来から隣接士業の業務範囲や業界慣行を画する機能を果たしてきた。たとえば,昭和35年の弁理士法改正の審議では,弁理士の「鑑定其ノ他ノ事務」に差止請求や損害賠償請求の代理を含められるかについて,弁護士法72条との関係から法律上非常に難しいとの答弁がされている。損害保険会社の示談代行についても,昭和48年9月1日付けの日本損害保険協会と日本弁護士連合会との覚書が72条の解釈をめぐる紛争を回避するためのものであったと国会で説明されている(昭和48年9月1日付の覚書の内容と制度史)。72条の解釈の変更は,AIリーガルテックの範囲を超えて,これらの領域にも影響し得る。
第8 今後の確認方法
令和8年8月16日現在,法務省のタスクフォースの取りまとめは公表されていない。今後の動きを確認するには,法務省の弁護士法(その他)のページ,規制改革推進会議の公表物のページ及び国会会議録検索システムを直接確認するのが確実である。実施計画に定められた実施時期は令和8年度上期結論であるから,遅くとも令和8年9月末までに何らかの結論が示されることが予定されている。
結論が示された場合に確認すべき事項は,①ガイドラインの改定にとどまるのか新法の制定に進むのか,②検討会が設置されたか,その委員構成と第1回の開催時期,③対象が企業法務分野に限られるのか個人向けサービスにも及ぶのか,④弁護士が利用する場合の整理に変更があるか,の4点である。法令の改正が行われる場合は,公布日と施行日を区別し,経過措置の有無を含めてe-Gov法令検索で条文を確認する必要がある。なお,民事裁判情報の利用環境の整備は,AIリーガルテックの前提となるデータ基盤に関わる別の法制度であり,民事裁判情報の活用の促進に関する法律の記事で扱っている。訴訟におけるAI生成物の扱いについては,AIで作成・加工された証拠と民事訴訟の対応を参照されたい。
出典・参考資料
1 法令
①弁護士法(昭和24年法律第205号)27条・72条・73条・77条(e-Gov法令検索)
2 裁判例
①最高裁判所大法廷昭和46年7月14日判決(昭和44年(あ)第1124号,刑集25巻5号690頁,裁判所ウェブサイト)
②最高裁判所第三小法廷昭和43年12月24日判決(昭和42年(あ)第1988号,刑集22巻13号1625頁,裁判所ウェブサイト)
③最高裁判所第二小法廷昭和50年4月4日判決(昭和47年(オ)第751号,民集29巻4号317頁,裁判所ウェブサイト)
④最高裁判所第一小法廷平成22年7月20日決定(平成21年(あ)第1946号,刑集64巻5号793頁,裁判所ウェブサイト)
⑤最高裁判所第一小法廷平成28年6月27日判決(平成26年(受)第1813号,民集70巻5号1306頁,裁判所ウェブサイト)
⑥最高裁判所第一小法廷平成29年7月24日判決(平成28年(受)第1463号,民集71巻6号969頁,裁判所ウェブサイト)
3 公的資料
①法務省大臣官房司法法制部「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について」(令和5年8月。概要及び掲載元のページ)
②法務省「新事業活動に関する確認の求めに対する回答の内容の公表」(令和7年8月4日回答。産業競争力強化法7条2項)
③規制改革推進会議デジタル・AIワーキング・グループ「第6回配布資料」(令和8年1月9日。資料2 一般社団法人AIリーガルテック協会提出資料,資料4 リーガルテック研究会提出資料,資料5 法務省提出資料)
④規制改革推進会議「規制改革推進に関する中間答申」(令和8年2月26日)16頁~19頁
⑤内閣府「規制改革実施計画」(令和8年7月21日閣議決定)80頁~81頁
⑥第217回国会衆議院法務委員会における三谷英弘法務副大臣の答弁(令和8年4月10日。国立国会図書館国会会議録検索システム)
⑦第213回国会参議院総務委員会における法務省大臣官房司法法制部長の答弁(令和6年5月16日。同システム)
⑧第34回国会参議院商工委員会における特許庁長官の答弁(昭和35年3月8日。同システム)
⑨自由民主党政務調査会司法制度調査会「司法制度調査会2026提言――新時代における司法・法務行政の責務と進化」(令和8年6月24日。法務大臣への手交に関する法務省の記録)
4 文献
①田中和明=西片和代編著『信託法務大全 第3編 民事信託』(清文社,2025年)461頁~477頁
②石田京子「さらなるゲームチェンジに求められること――グレーゾーン解消制度の構造的課題」ビジネス法務2023年1月号96頁~98頁(中央経済社)