◯AIで作成・加工された証拠は,単に「AIらしい」かを判定するのではなく,①取得元・由来,②取得後のビット完全性,③作成名義・真正成立,④記載内容の真実性・証明力を分けて検討する必要があります。
◯ハッシュ値は原則として算出後のファイル同一性を確認する手段であり,人間が作成したこと,取得前に加工されていないこと又は内容が真実であることを単独で証明するものではありません。
◯AI生成判定器の結果又は「デジタルデータは改変できる」という一般論だけで偽造を認定せず,具体的な異常,原データ,作成・編集履歴,周辺事情及び競合する説明を突き合わせます。
目次
第1 この記事の位置付け
第2 偽造等とエンハンスの区別
第3 文書と電磁的記録の手続を分ける
第4 デジタル証拠を四つの層に分ける
第5 偽造等の主張に対する現在の判断方法
第6 AI判定器及び来歴信号の限界
第7 提出する側の実務対応
第8 争う側の実務対応
第9 証拠説明書にAI加工を記載する提案
第10 研究会資料の位置付けと今後の課題
第11 関連記事
出典
第1 この記事の位置付け
公益社団法人商事法務研究会は,令和8年8月,「AI時代における民事司法を考える研究会」の取りまとめを公表した。同取りまとめは,AIを利用して作成された証拠への対応を独立の章で検討し,偽造等とエンハンスを分け,現行制度内での対応及び将来の課題を整理している。
本記事は,同取りまとめの内容に加え,令和8年6月施行後の民事訴訟法及び民事訴訟規則,裁判所のフェーズ3運用資料,デジタル写真の真正が争われた裁判例並びにNISTの生成コンテンツ検知に関する技術整理を踏まえ,証拠を提出する側と争う側の実務を整理するものである。研究会の提案,現行法令,裁判例の判断及び本記事の実務上の提案は,根拠の性質が異なるため区別して記載する。
第2 偽造等とエンハンスの区別
1 偽造等
取りまとめは,契約書の署名欄又は公印をAIで再現すること,特定の人物が作成したかのような文書・音声・映像を生成すること,真正に成立した文書又はドライブレコーダー映像を書き換えることなどを「偽造等」として扱う。作成名義を偽る問題,内容を偽る問題及び真正に成立した資料を権限なく変更する問題を区別しつつ,証拠評価では,誰が何をどの段階で作成又は変更したかを具体化する必要がある。
2 エンハンス
エンハンスは,画像又は動画の解像度若しくは鮮明さの向上,ノイズ除去,明るさ・色調の調整その他の処理により内容を見やすくすることをいう。単純な拡大又は可逆的な表示調整と,生成AIが存在しない細部を補完する処理とでは,原資料との距離が異なる。処理名だけで安全性を判断せず,入力,アルゴリズム又はモデル,設定,出力及び目視確認結果を残す必要がある。
エンハンスされた資料を提出するときは,加工後資料だけを独立した「原本」のように扱わない。加工前資料を保全し,両者を対応付け,加工の目的及び範囲を説明することが重要である。
第3 文書と電磁的記録の手続を分ける
1 紙の文書
民事訴訟法228条1項は,文書はその成立が真正であることを証明しなければならないと定める。同条4項は,私文書について,本人又は代理人の署名又は押印があるときは真正に成立したものと推定する。契約書等の文書については,原本,署名・押印,作成経過及び周辺事情を組み合わせて成立の真正を検討する。
2 電磁的記録
令和8年6月施行後の民事訴訟法231条の2は,電磁的記録に記録された情報内容を証拠とする申出を,電磁的記録の提出又は提出命令の申立てによって行うものと定める。同法231条の3は文書提出等の規定を準用するが,民事訴訟法228条4項を準用対象から除いている。したがって,紙の私文書についての署名・押印による推定を,電磁的記録へそのまま移すことはできない。
民事訴訟規則149条の2第1項は,電磁的記録に記録された情報内容について証拠の申出をするときの証拠説明書を定める。裁判所の現行書式は,文書の証拠説明書と電磁的記録の証拠説明書を一つの様式にまとめているが,根拠条文及び提出対象は区別して考える必要がある。録音,動画,電子メール,チャット書出しその他のデータが,紙に印刷した書証なのか,電磁的記録自体の証拠申出なのかを最初に確認する。
第4 デジタル証拠を四つの層に分ける
1 取得元・由来
どの端末,アカウント,サービス又は相手方から,誰が,いつ,どの方法で取得したかという来歴である。スクリーンショットだけでは,表示前後の文脈,元アカウント,添付ファイル,タイムゾーン及び編集履歴が失われることがあるため,可能であれば元端末又は元アカウントからの書出しも保全する。
2 取得後のビット完全性
保全時にSHA-256等のハッシュ値を計算し,保全用複製と作業用複製を分けることにより,算出後のファイルが同一であるかを確認できる。ただし,ハッシュ値が一致しても,取得前の加工,人間による作成又は記載内容の真実性までは証明されない。
3 作成名義・真正成立
表示された作成者が実際の作成者であるか,権限のある者が作成又は送信したか,提出までに無権限の改変がないかという問題である。電子署名,サービス側ログ,送信先側の対応記録,端末情報及び関係者の供述等を組み合わせて検討する。
4 記載内容の真実性・証明力
真正に成立した資料であっても,記載内容が正確とは限らない。逆に,来歴に不足があっても,他の証拠及び周辺事情により一定の事実を認定できる場合がある。四つの層を一つの「本物か偽物か」という問いにまとめず,どの層が争われ,どの証拠で補えるかを整理する。
第5 偽造等の主張に対する現在の判断方法
1 一般的可能性だけでは足りない
デジタルデータが技術的に改変可能であることは,個別の資料が実際に改変されたことを意味しない。争う側は,具体的な不自然点,欠落,メタデータの不整合,編集痕跡,取得経路の断絶その他の事情を示し,どの事実仮説と整合するかを明らかにする必要がある。
2 横浜地裁平成16年7月8日判決
横浜地方裁判所平成16年7月8日判決の裁判所公開PDFでは,被告側は,デジタル写真が改変容易であること,原告がコンピュータグラフィックスに習熟していること,写真に六本の指があるように見えること,連続写真の一部が欠けていることなどを根拠として,合成又は修正の可能性を主張した。
これに対し,裁判所は,写真を拡大して六本の指が写っているとの指摘を退けた上で,被告側が挙げた事情は極めて抽象的で可能性の低いものにとどまると評価し,写真の内容,提出経過その他の周辺事情を合わせて真正に成立したものと認めた。ここで重要なのは,「デジタル写真は改変できる」という一般論が裁判所の判断ではなく当事者の主張であり,裁判所は具体的な画像確認と周辺事情の総合評価を行った点である。
3 AI時代の実務への射程
同判決は生成AIに関する判決ではない。しかし,AI生成又は加工の疑いを主張する場合にも,単なる技術的可能性ではなく,問題となる箇所,想定する生成・加工方法,必要な原データ及びその仮説を支持又は反証する事情を示すべきであるという実務上の示唆がある。裁判所ウェブサイトは全裁判例を収録するものではなく,本記事作成時には判例秘書の認証後検索を実施できていないため,類似裁判例がこれに尽きるという趣旨ではない。
第6 AI判定器及び来歴信号の限界
1 検出結果は補助資料である
NIST AI 100-4は,生成コンテンツの検出,来歴追跡,透かし等について,単独であらゆる場面を網羅する完全な方法はなく,有効性が対象,生成器,後処理,言語,文章量及び評価条件に依存すると整理する。短い文章では判定性能が低下し得るほか,圧縮,切抜き,言換えその他の後処理により検出又は来歴信号が弱くなる場合がある。
したがって,判定器の名称,版,閾値,評価対象,実行日時及び再現手順を示さずに,「AI生成確率が高い」という結果だけで偽造を断定すべきではない。誤検出は当事者又は第三者の信用を重大に害し得るため,検出結果は他の証拠と結び付けて慎重に評価する。
2 非検出も人間作成の証明ではない
OpenAIの「Content provenance」は,同社が対応する来歴信号について,not_detectedという結果は対応する信号を検出できなかったことを示すにとどまり,人間が作成したこと又はAI生成・加工でないことの証明にはならないと説明する。可視ラベルと機械可読な来歴情報も役割が異なる。検出と非検出のいずれも,元ファイル,作成・編集経過及び周辺事情から切り離して扱わない。
第7 提出する側の実務対応
AIで作成又は加工された資料を提出する場合は,少なくとも次の事項を確認する。
① ネイティブ原本,元端末又は元アカウントからの書出し,取得元URL,取得者,取得日時及び取得方法を保全すること。
② 保全用複製と作業用複製を分け,ハッシュ値,ファイル名,容量及び保存先を記録すること。
③ AI処理の目的,入力ファイル,利用サービス又はソフトウェア,モデル・版,設定又は指示,処理日時及び担当者を記録すること。
④ 加工前後の資料を対応付け,どの箇所が変わったか,生成補完が含まれるか及び元資料との照合結果を残すこと。
⑤ 相手方のデータ,サービス事業者のログ,送受信履歴,契約履行その他の第三者的な周辺事情を収集すること。
⑥ 証拠説明書には,作成者,標目又は電磁的記録の名称・内容,立証趣旨に加え,争いになり得るAI利用の目的及び範囲を具体的に記載すること。
⑦ 裁判所に提出するファイルが紙の書証,電磁的記録の複製又は説明用の派生資料のいずれであるかを明確にすること。
第8 争う側の実務対応
提出資料のAI生成又は加工を疑う場合は,次の順序で具体化する。
① どのページ,フレーム,音声区間,メタデータ又は記載が不自然かを特定すること。
② 争う対象を,取得元,取得後の完全性,作成名義・真正成立又は内容の真実性のいずれかに分けること。
③ ネイティブ原本,元端末・元アカウントからの書出し,メタデータ,編集履歴,加工前資料,処理ログ及びハッシュ記録の提出又は説明を求めること。
④ 単なる「偽造の可能性」ではなく,具体的な生成・加工仮説と,それと競合する通常の説明を並べ,それぞれを区別できる追加資料を示すこと。
⑤ AI判定器を使う場合は,対象適合性,既知の誤判定,閾値及び再現可能性を確認し,結果だけで結論を出さないこと。
⑥ 必要性及び費用対効果を検討した上で,裁判所による原データ確認,釈明,検証又は専門的知見の利用を求めること。
第9 証拠説明書にAI加工を記載する提案
研究会の取りまとめは,エンハンスされた証拠について一律禁止は相当でないとしつつ,証拠提出者がAI利用の有無及び範囲を明らかにする取扱いを提案する。その手段として,裁判所の訴訟指揮権に加え,文書についての民事訴訟規則137条1項の証拠説明書を挙げ,加工前資料の作成者と加工者が異なる場合はその旨を記載し,AI加工の目的を立証趣旨で明らかにする運用を示す。
現在のフェーズ3実務では,電磁的記録自体の証拠申出について民事訴訟規則149条の2第1項による証拠説明書を用いる。したがって,研究会の提案を実務へ移す際は,提出対象に応じて137条又は149条の2を区別した上で,AI利用の目的,範囲,加工前資料及び確認方法を記載するのが分かりやすい。
もっとも,研究会の提案は法令上新設された一律のAI利用申告義務ではない。申告しなかったことの評価についても,同取りまとめは,AI利用の程度,理由その他の事情が弁論の全趣旨として考慮され得るという方向を示したものであり,個別事件の判断を離れて当然に一定の法的効果が生じると断定すべきではない。
第10 研究会資料の位置付けと今後の課題
取りまとめは,現時点でAI偽造を確実に排除する技術的フローが確立していないことを踏まえ,新たな一律の判定枠組みの創設を時期尚早とした。他方で,契約取引型では取引経過等の周辺事情を集めやすいのに対し,不法行為型では現場の画像・録音等への依存度が高く,影響が異なり得ることを指摘している。
比較法,フォレンジック費用,刑事罰,電子透かし及びC2PA等に関する同取りまとめの記述は,令和8年8月時点の研究会による調査及び提案として読む必要がある。外国法及び技術仕様は変化するため,個別事件で依拠するときは最新の一次資料を改めて確認する。
実務上は,万能なAI判定器の登場を待つのではなく,元データを失わない取得,追記型の処理記録,原資料と派生資料の分離,具体的な争点化及び第三者的周辺事情の収集を標準手順にすることが重要である。
第11 関連記事
① 「AI時代における民事司法を考える研究会」取りまとめの要点と限界(AI作成)
② mintsの証拠説明書の作り方・提出方法-標目・原本・写し・記録外データ(AI作成)
③ デジタル証拠の原本保全とハッシュ値-弁護士が解析前に残すべき記録(AI作成)
④ スキャンPDF・文字データのあるPDFの表をAIに正確に読み取らせる方法(AI作成)
⑤ AIで証拠説明書を作成・監査する方法―原資料・援用箇所・立証趣旨・頁の四点照合(AI作成)
⑥ 中国の裁判所におけるAI利用-「AI裁判官」の実態,最高人民法院の規範及び当事者のAI利用申告(AI作成)
⑦ 韓国の裁判所におけるAI利用-大法院の裁判支援AI,法官向け指針及びAIによる虚偽判例への対応(AI作成)
出典
① 公益社団法人商事法務研究会「AI時代における民事司法を考える研究会」資料等一覧
② 同研究会「取りまとめ」(令和8年8月,第6及び別添4)
③ 民事訴訟法(228条,231条の2及び231条の3)
④ 裁判所「民事訴訟手続のデジタル化に関する規則・書式等」(民事訴訟規則137条,149条の2及び証拠説明書書式)
⑤ 裁判所「民事訴訟手続のデジタル化(フェーズ3)の運用開始に向けた準備の手引」
⑥ 横浜地方裁判所平成16年7月8日判決・裁判所公開PDF
⑦ 裁判所「裁判例検索」(すべての裁判例が掲載されるものではない旨の注意を含む)
⑧ NIST AI 100-4, Reducing Risks Posed by Synthetic Content
⑨ OpenAI「Content provenance」(事業者技術資料)