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AIで作成・加工された証拠と民事訴訟の対応――偽造とエンハンスの区別,証拠説明書の実務(AI作成)

公益社団法人商事法務研究会は,令和8年8月,「AI時代における民事司法を考える研究会」の取りまとめを公表した。同取りまとめは,裁判所及び弁護士・司法書士によるAI利活用一般を検討する一方で,AIを利用して作成された証拠が民事訴訟に提出される場面についても,独立の章(第6)を設けて検討している。生成AIによる文書,画像,音声又は映像の偽造・改ざんが社会問題化する中で,早晩民事訴訟の場面でも同様の問題に直面することは想像に難くない。

本記事は,同取りまとめ第6の内容と,そこに至る全12回の議論の経過(議事概要)を整理し,AIで作成・加工された証拠に対して現在の民事訴訟実務がどこまで対応の方向性を示し,何を今後の課題として残したかを明らかにするものである。研究会の全体像及び裁判官によるAI利用等の他の論点は,別稿「「AI時代における民事司法を考える研究会」取りまとめの要点と限界」で扱っているので,あわせて参照されたい。

第1 偽造とエンハンスの区別

1 偽造等の意味

取りまとめは,AIを利用して作成された資料のうち対応を要するものを,大きく二つに分けて検討している。一つは偽造等であり,契約書の署名欄をAIで偽造する,公印等をAIで再現した偽造公文書を作成する,特定の人物が作成したかのような文書・音声・映像を生成する,契約書の内容やドライブレコーダーの映像をAIで改ざんするといった行為を指す。偽造には,作成名義を偽る有形偽造と内容を偽る無形偽造があり,真正に成立した文書を権限のない者が書き換える変造も含めて,取りまとめはこれらをまとめて「偽造等」と呼んでいる。取りまとめは,このような偽造等がされた資料を証拠として提出することが不当であることは明らかであるとした上で,議論の重点を後記第2の判断枠組みの当否に置いている。

2 エンハンスの意味と原資料との同一性問題

もう一つはエンハンスであり,取りまとめはこれを,AIにより画像や動画の画質,解像度,鮮明さを向上させる,あるいはノイズを除去することなどと定義している。エンハンスには,原資料の内容を分かりやすくするという有用性があり,現在の実務でも原資料の一部を拡大したものが証拠として提出されることは行われている。もっとも,不法行為者が被告か否かが争いとなる事案で,立証のために極めて不鮮明な防犯カメラ画像をエンハンスするような場合には,エンハンスの程度によっては原資料との同一性が問題となる事態も想定される。取りまとめは,このようにAIで作成された証拠への対応の要否は一律に定まるものではないという立場に立って,偽造等とエンハンスをそれぞれ別に検討している。

第2 偽造等がされた証拠への対応

1 民事訴訟法228条1項を出発点とする整理

民事訴訟法228条1項は,「文書は,その成立が真正であることを証明しなければならない。」と定めている。取りまとめは,AIによる偽造等がされた証拠についての判断枠組みを検討するに当たり,この条文を出発点に置いた。提出された証拠がAIを利用して偽造等がされたものであった場合,外形上これを判別することが困難である可能性が高いことを踏まえると,証拠提出に関するルールのみならず,成立の真正等を証明するための判断の枠組み,例えば一定の技術的フローを経てAIによる偽造等ではない旨の判定がされた場合には成立の真正を認めるといった枠組みを検討する必要があるのではないか,という問題意識が議論の出発点になっている。

2 新たな判定枠組みの創設が時期尚早とされた理由

しかし,取りまとめは,最終的にこのような新たな判断枠組みを設けることは時期尚早であると結論した。理由は,現時点でAIによる偽造等でないと判定するための技術的フローが確立されていないことにある。現在の実務では,証拠の成立が真正であるかについて偽造等の主張がされた場合であっても,裁判所は直ちに鑑定等を行うのではなく,動かし難い事実や証拠上認められる間接事実等の周辺事情から成立の真正や要証事実を認定することが多く,最終的に鑑定に至らないことも少なくない。取りまとめは,このような現在の実務上の取扱いが,AIによる偽造等の場合にも基本的に妥当するとの立場を示した。

3 契約取引型と不法行為型による影響度の違い

もっとも,取りまとめは,民事訴訟を契約取引型と不法行為型に分けて,影響の現れ方が異なりうることも指摘している。契約取引型は,当事者間の継続的な関係を前提に,周辺事情から動かし難い事実を認定しやすい類型である。これに対して不法行為型は,現場の映像・録音という客観的証拠への依存度が高く,AIによる偽造等が疑われた場合の審理判断への影響がより大きくなりうる類型である。この区別は,研究会の議論の中で示された分析であり,取りまとめ本体にもそのまま反映されている。

第3 エンハンスされた証拠に関する実務上のプラクティス

1 証拠説明書(民事訴訟規則137条1項)の活用

エンハンスされた証拠については,一律禁止は相当でないとしつつ,証拠の申出をする当事者に対してAIの利用の有無及び範囲等を明らかにするよう求める取扱いが提案されている。取りまとめは,このような取扱いを現行制度の枠内で実現する手段として,民事訴訟法148条の訴訟指揮権のほか,民事訴訟規則137条1項の証拠説明書の活用を挙げる。同項は,「文書を提出して書証の申出をするときは,当該申出をする時までに,その写し二通…を提出するとともに,文書の記載から明らかな場合を除き,文書の標目,作成者及び立証趣旨を明らかにした証拠説明書二通…を提出しなければならない」と定めている。取りまとめは,加工前資料の作成者と異なる場合はその旨を証拠説明書に記載し,AI加工の目的を立証趣旨として明示するという運用を提案している。

2 申告しなかった場合の効果

このプラクティスの実効性は,最終的には申告を怠った場合にどのような不利益が生じるかにかかっている。取りまとめは,AI利用の申告をしなかった場合には,エンハンスの程度・理由等の一切の事情が弁論の全趣旨として考慮されうるという整理を示した。これは,証拠説明書への不記載を独立の手続違反として扱うのではなく,裁判官の自由心証の中で不利に働きうる事情として位置付けるものであり,現行の民事訴訟法の枠組みを変更しない範囲での対応策である。訴訟代理人としては,依頼者から提供された画像・動画にAIによる加工が加えられている可能性を吟味した上で,証拠説明書の記載を検討することになる。証拠説明書の実務一般については,「mints後の証拠説明書解説」で扱っているので,あわせて参照されたい。

第4 議論の過程で示された具体的な視点

1 不動産登記実務における本人確認への影響

議事概要をみると,取りまとめの整理に至る過程では,取りまとめ本文よりも具体的な懸念が示されている。第7回の議論では,司法書士業務,特に不動産登記の場面において,本人確認の実務がAIによって崩れつつあるとの指摘があった。生成AIによってなりすまし用の画像や音声を作成することが技術的に容易になっている以上,従来型の本人確認手法だけでは足りず,ICチップの読取りやデジタルトラスト基盤の活用が必要ではないかとの意見が示されている。同じ回では,ディープフェイクをマルインフォメーション,ディスインフォメーション及びミスインフォメーションの三類型に分けて整理する視点も紹介された。

2 申告義務化の実効性をめぐる対立

証拠提出に当たってAI利用の申告を義務付けるべきかという論点では,研究会の中でも意見が分かれた。義務化に消極的な立場からは,過去の事実に関する証拠をAIで偽造した当事者が,自ら進んで申告するはずがなく,義務を課しても実効性がないのではないかとの懸念が示された。他方で,証拠提出の段階で詳細なルールを設けず自由心証主義の下で信用性を判断する現在の枠組みには一定の合理性があるとしつつも,裁判所はAIによる証拠偽造のリスクに対してより強い危機感を持つべきであり,電子文書のセキュリティ要件,電子署名及びタイムスタンプの水準について,裁判所の側から社会に対して積極的に働きかけていくべきであるとの意見も示されている。

3 フォレンジック費用の負担という提案

第10回の議論では,より具体的な制度設計に踏み込んだ提案もあった。当事者がAIの利用を秘匿して証拠を提出した場合には,その解析に要するフォレンジック費用を当該当事者に負担させるような制度設計も検討に値するのではないか,との意見である。この提案は取りまとめ本体には明文化されていないが,成立の真正を争う側にフォレンジック費用の負担が偏りがちであるという実務上の課題を踏まえたものであり,今後の民事証拠法の議論において参照される可能性がある。同じ回では,研究会資料の記載ぶりについて,相手方から偽造等である旨の主張がされなければ真正に成立したことの立証が不要であるかのように読める部分は修正すべきであるとの指摘もあり,成立の真正の立証責任の所在を曖昧にしないという方向で文言が調整された経過がうかがわれる。

第5 比較法上の位置づけ

1 証拠提出段階に立ち入らない日本の到達点

取りまとめの別添は,AIを利用して作成された証拠に関する諸外国の検討状況を整理している。取りまとめ自身も指摘するとおり,証拠提出の段階では詳細なルールを設けず,職業裁判官が自由心証主義の下で証拠の信用性を判断する日本の法体系と,法律専門家でない陪審員の誤導等を防ぐ観点から証拠提出の段階で詳細なルールを設けている一部の諸外国とでは,前提とする制度が異なる。もっとも,取りまとめは,このような法体系の差異が,AI利活用に伴う偽・誤情報の流通拡散という近時の社会的リスクを踏まえて形成されたものではないことにも留意すべきであるとしている。

2 米国,豪州及びシンガポールの規律

米国では,証拠規則に関する司法会議諮問委員会が,機械生成証拠に関する規則707を含む連邦証拠規則の改正案を示し,令和7年8月15日から令和8年2月16日までパブリックコメントを実施した。改正案は,機械の出力が専門家を伴わずに提出され,かつ人間の専門家からのものであれば専門家証言として扱われるであろう場合には,専門家証言に関する規則702の要件に服することを定めている。オーストラリアのニューサウスウェールズ州最高裁判所は,令和7年1月,生成AI利用に関する拘束力のある裁判所通達を発出し,宣誓供述書,証人陳述書及び専門家意見書への生成AIの使用を原則として禁止した。シンガポール最高裁判所も,令和6年10月の指針で,裁判で依拠しようとする証拠そのものの生成への生成AIの使用を禁止し,裁判所から求められた場合には生成AIツールの出力をどのように検証したかを説明しなければならないとしている。これらの国では,証拠提出の段階に立ち入った具体的な規律が既に存在しており,証拠説明書の活用にとどまる日本の到達点との差は大きい。

第6 今後の課題

1 民事証拠法の改正論議への言及

研究会の最終盤に当たる第11回の議論では,取りまとめの作成方針そのものに関わる要望が示された。偽造証拠については,民事証拠法の改正によって対応する可能性について迅速に議論を始めた方がよいと感じるので,これを後押しするような内容にしてほしいという意見である。同じ回では,技術的にできないという記載をするのではなく,技術的には可能であるとしても,そうすべきでないという記載にする方がよいという,取りまとめ全体の記載方針を方向付ける発言もあった。取りまとめが偽造等の判断枠組みの創設を時期尚早と結論しつつも,将来の民事証拠法制の見直しに含みを持たせているのは,このような議論の経過を踏まえたものと理解できる。

2 刑事罰による担保との関係

取りまとめは,偽造等がされた証拠に確認的にでも証拠提出を禁じる旨の規律を設けるべきではないかという指摘も紹介した上で,文書等の信頼を害する行為が文書偽造等の罪として処罰の対象となりうること,及び近年の情報通信技術の進展等に対応するため,電磁的記録をもって作成される文書の信頼を害する行為等について処罰規定が整備されたこと(令和7年法律第39号による刑法の改正)を挙げ,懸念される点は刑事罰によって一定程度担保されているとの見方を示している。もっとも,AIを利用して偽造等がされたものが証拠として提出された場合には,これを外形上判別することが困難である可能性が高く,手続的規律を新設したとしてもその実効性が高まるかは,なお慎重な検討を要するとされている。取りまとめは,デジタルデータの真正性を保障する技術,例えば電子透かしやC2PA等の開発及び利用について,法律実務家以外の知見を取り込んでいくことの重要性にも言及しており,証拠法制の見直しと技術的対応の両面から,実情把握と検討が続けられることが今後の課題として残されている。

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「AI時代における民事司法を考える研究会」取りまとめの要点と限界

最高裁の生成AI検証

裁判官が生成AIを使うリスクと安全条件

AIは裁判官を代替できるか

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mints後の証拠説明書解説

出典

公益社団法人商事法務研究会「AI時代における民事司法を考える研究会」資料等一覧

同研究会「取りまとめ」令和8年8月,第6「AIを利用して作成された証拠への対応」及び別添4

同研究会第7回議事次第及び同第7回議事概要

同研究会第10回議事概要

同研究会第11回議事概要

民事訴訟法(228条1項,148条)

民事訴訟規則(137条1項)