第1 この記事の対象と結論
1 端末障害を「事実認定・是正措置・法的救済」に分ける
司法試験及び司法試験予備試験のCBTで端末,ネットワーク又は電源等の障害が生じた場合,最初に行うべきことは,直ちに訴訟を検討することではない。①何が起きたかを再現できる記録を残し,②試験時間の変更,端末交換又は得点調整等の是正措置がどのように行われたかを確認し,③その後に不合格処分の取消し,情報開示又は国家賠償の要件へ当てはめる必要がある。
公開されたCBTシステムの仕様は,一般的な動作を説明する資料であり,特定の受験者の答案がどの時点まで保存されたか,実質的な解答時間が何分失われたか,又は問題画面・法文・メモが正常に復元されたかを直接証明するものではない。個別事件では,受験者の記録,端末・システムログ,会場運営記録及び司法試験委員会の判断記録を重ねて検討する必要がある。
2 司法試験CBTに直接適用される確立判例は確認できなかった
令和8年9月26日,判例秘書で「司法試験 AND CBT」,「司法試験 AND 端末障害」及び「司法試験 AND システム障害」を検索したところ,各検索の該当件数は0件であった。したがって,本記事の調査範囲では,司法試験CBTの端末障害について,取消し,得点調整又は国家賠償の要件を直接示した裁判例は確認できなかった。
ただし,これは判例秘書の当日検索で該当がなかったという意味であり,裁判例又は未公刊事例が存在しないことの証明ではない。後記の裁判例は,司法試験の不合格判定,国家資格試験の裁量及び司法試験情報の開示に関する類似資料として位置付ける。
第2 令和8年司法試験で公表された二つの措置
1 試験時間の変更は236件であった
法務省「令和8年司法試験の実施状況」によれば,CBT方式に係る端末交換等に伴い,試験時間の取扱いを変更したものは236件であった。試験時間の変更は,障害中に失われた解答機会を試験実施中に回復させる運用上の措置である。
もっとも,236件という集計だけでは,各事案の障害時間,復旧方法,答案の復元状況又は変更後に確保された実質的な試験時間は分からない。個別事件では,集計値ではなく当該受験者に関する記録を確認する必要がある。
2 得点調整による是正措置は11件であった
法務省「令和8年司法試験の結果」及びその公表資料は,端末不具合等によって受験者が被った不利益の程度を考慮し,得点調整による是正措置を講じたものが11件あったと公表している。
試験時間の変更236件と得点調整11件は,資料上別の集計である。両者の重複関係は公表資料から明らかでないため,236件と11件を合算して「障害件数247件」と扱ってはならない。
3 時間変更と得点調整は目的が異なる
試験時間の変更は,障害が生じた試験時間中に解答機会を回復する措置である。他方,得点調整は,試験後に残った不利益を成績処理で是正する措置である。
端末を交換して同じ残り時間が表示されたとしても,問題の読み直し,法文の再表示,答案入力欄の確認,集中の回復等に時間を要することがある。反対に,端末交換があったという事実だけで,当然に得点調整又は合格扱いが必要になるわけでもない。障害の内容,継続時間,復元範囲,追加時間及び答案への具体的影響を分けて確認する必要がある。
第3 障害直後に保存すべき四層の証拠
1 受験者自身が直ちに残す記録
試験室では時計及び電子機器を使用できないため,退室後できるだけ早く,次の事項を時系列で記録することが重要である。
①試験地,会場,試験室,座席,受験番号及び分かる範囲の端末識別情報
②障害が生じた科目,設問,発生時刻及び表示されていた残り時間
③画面の表示,入力不能,フリーズ,再起動,ログアウト又は答案消失等の具体的状態
④障害直前の答案の概況,復旧後に復元された答案,問題文への書込み及び画面内メモの状態
⑤監督員へ申告した時刻,相手,申告内容,受けた指示及び説明
⑥端末交換,再ログイン,再開及び終了の各時刻並びに変更後の残り時間
⑦周囲の受験者にも同じ現象があったか,停電又は会場全体の中断があったか
⑧試験終了後に受けた通知,問い合わせ日時,回答者及び回答内容
記憶だけに依拠せず,受験案内,受験票,委員会からのメール・郵便,問い合わせ記録及び自分が作成した時系列メモを一つの事件ファイルにまとめるとよい。
2 端末・システム側の記録
個別の事実確認に有用と考えられる記録には,ログイン・ログアウト,端末識別子,答案の入力・バックアップ・復元,アプリケーションの停止・再起動,ネットワーク接続,端末交換,残り時間の変更及び答案の自動回収に関するログがある。
もっとも,公開資料は,これらすべてのログが必ず作成・保存されること,保存期間又は記録項目を網羅的に明らかにしていない。実際にどの記録が存在するかは「不明」であり,存在を前提に断定してはならない。照会又は開示請求では,候補となる記録名,日時,会場,座席,端末及び受験番号を具体的に示す必要がある。
3 会場運営側の記録
会場には,監督員の報告書,障害受付票,端末交換記録,技術担当者への連絡記録,試験開始・中断・再開時刻,試験時間変更の指示及び受験者への説明記録が残る可能性がある。
受験者のメモと会場運営記録が一致すれば,障害の発生時刻及び対応経過の裏付けになる。食い違う場合は,どちらかを直ちに誤りと決めず,端末ログその他の客観記録と照合する必要がある。
4 司法試験委員会の判断記録
得点調整又はその他の是正措置を検討した場合には,対象事案の抽出方法,不利益の評価項目,判断資料,判断過程及び当該受験者への通知が問題となる。
令和8年の公表資料は11件に得点調整を行ったことを示すが,個々の調整方法,236件との重複及び調整を行わなかった事案との境界を網羅的には公表していない。個別事件では,公表集計から本人の取扱いを推測せず,本人に関する決定又は保有記録を確認する必要がある。
第4 情報を取得する二つの制度
1 本人に関する記録は保有個人情報開示請求を検討する
個人情報の保護に関する法律76条以下は,行政機関等が保有する自己を本人とする保有個人情報の開示請求を定めている。本人の答案データ,端末セッション,障害対応又は得点調整に関する記録が保有個人情報に当たる場合は,同制度による請求を検討できる。
請求書では,「令和8年司法試験に関する一切の情報」のような包括表現だけにせず,試験日,科目,会場,座席,受験番号,端末交換のおおよその時刻及び求める記録の種類を特定することが重要である。
ただし,同法78条は不開示情報を定めており,試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ等を理由として,全部又は一部が不開示となる可能性がある。請求できることと,全部開示されることは別である。
2 制度・運営記録は行政機関情報公開法を検討する
行政機関の保有する情報の公開に関する法律3条以下により,障害対応マニュアル,集計資料,意思決定文書又は会議資料等の行政文書について開示請求を検討できる。
本人に関する記録を求める保有個人情報開示請求と,制度一般の行政文書を求める情報公開請求は,対象と法的根拠が異なる。両者を一通の曖昧な請求にまとめず,目的別に分ける方が対象文書を特定しやすい。
情報公開法5条にも,個人情報及び試験事務の適正な遂行への支障等に関する不開示情報がある。個人識別部分の除外,部分開示又は対象期間・会場を限定した請求を検討する必要がある。
3 司法試験答案の開示判例が示す限界
東京地判平成30年8月28日・平成29年(行ウ)第308号(判例秘書L07331920)は,平成27年及び平成28年司法試験の答案等の開示が争われた事件であり,答案の開示による受験指導への利用や照会対応等が司法試験事務に重大な支障を及ぼすおそれを認め,答案を不開示情報に該当するとした。また,考査委員が付した素点以外の採点内容を記した文書を法務省が作成又は取得しているとは認めなかった。
東京高判平成17年7月14日・平成16年(行コ)第357号(判例秘書L06020710)は,旧司法試験の論文式総合順位の不開示を違法とした一方,論文式及び口述試験の科目別得点の不開示を適法とした。
これらは,開示対象となる情報ごとに,文書の保有,個人の権利利益及び試験事務への具体的支障を検討する必要があることを示す。答案又は採点情報が不開示とされたことから,端末障害ログ,会場報告又は本人への是正措置に関する記録も当然にすべて不開示になると推論することはできない。
第5 不合格処分の取消しと義務付け
1 司法試験の不合格判定を行政処分とした裁判例
東京地判昭和49年9月26日・昭和47年(行ウ)第125号ほか・判例時報769号38頁(判例秘書L02930231)は,司法試験第二次試験の短答式,論文式及び口述試験について,各受験者に対する合格又は不合格の判定をそれぞれ行政処分と解した。
同判決は,学識・応用能力の有無という判断自体は試験実施機関の最終判断に委ねられ,裁判所の審査になじまないとした。他方,年齢,性別,社会的身分,出身大学,出身地又は受験回数等による差別という他事考慮の有無・適否は,裁判所の審査に親しむとした。
この判決は手書き試験時代のものであり,CBT障害を扱っていない。しかし,採点内容の当否と,学識・応用能力以外の運営上又は手続上の違法を区別する視点は,CBT障害の検討にも参考になる。
2 端末障害は採点内容と区別して主張・立証する
端末障害事件で中心となるのは,解答の法的評価そのものではなく,公平な試験時間が確保されたか,答案が正しく保存・回収されたか,同種障害に一貫した対応がされたか,又は個別の不利益を是正する判断過程に看過し難い過誤があったかである。
これは上記昭和49年判決からの「推論」であり,司法試験CBTについて確立した判例法理ではない。訴訟では,単に「端末が止まって焦った」と述べるだけでなく,障害,対応,残存不利益及び合否への影響を客観資料で結び付ける必要がある。
3 取消訴訟には出訴期間がある
行政事件訴訟法14条によれば,取消訴訟は,原則として処分又は裁決があったことを知った日から6か月を経過したとき,又は処分若しくは裁決の日から1年を経過したときは提起できない。ただし,正当な理由があるときは例外がある。
古い司法試験判決に記載された当時の3か月という期間を現在の期限として用いてはならない。不合格発表後に救済を検討する場合は,開示請求の結果を待つだけで出訴期間を徒過しないよう,処分日,知った日及び審査請求の有無を直ちに確認する必要がある。
4 合格の義務付けは取消しよりさらに要件が重い
不合格処分の取消しと,「合格とせよ」という義務付けは同じではない。行政事件訴訟法37条の3所定の申請型義務付けでは,取消し又は無効等の要件に加え,法令の規定から合格処分をすべきこと,又は合格処分をしないことが裁量権の逸脱・濫用となることが問題となる。
東京地判平成30年11月1日・平成30年(行ウ)第48号(判例秘書L07332016)は,管工事施工管理技術検定の不合格処分をめぐる事件で,不合格処分の取消しの請求を棄却し,合格処分の義務付けの訴えを不適法として却下した。同判決は,受検者の手応え又は他資格の保有だけでは不利な採点基準を裏付けず,試験実施機関の裁量権の逸脱・濫用も認められないとした。
CBT障害でも,障害がなければ必ず合格点に達したと立証することは容易でない。直ちに合格扱いを求めるだけでなく,再判定,得点調整又は違法な不合格処分の取消しのうち,事実と法令に対応する救済を選ぶ必要がある。
第6 国家賠償請求
1 障害の発生だけでは国家賠償責任は成立しない
国家賠償法1条1項に基づく請求では,公権力の行使に当たる公務員の故意又は過失,職務上の違法な行為,損害及び因果関係が問題となる。
コンピュータを用いる以上,一時的な不具合が起きたという事実だけで直ちに違法又は過失が認められるわけではない。予見可能な障害への準備,バックアップ・復元設計,会場での初動,追加時間,個別是正及び事後調査が相当であったかを具体的に検討する必要がある。
2 是正措置の有無と違法性は同じではない
得点調整がされたことは,受験者に一定の不利益があったと司法試験委員会が考慮した資料になり得るが,それだけで国賠法上の違法性,過失又は損害額が確定するわけではない。反対に,得点調整の対象外であったことも,障害又は損害がなかったことの証明にはならない。
損害として受験料,交通・宿泊費,再受験準備費用,逸失利益又は精神的損害を主張する場合は,各項目の現実の支出・発生,通常生ずべき範囲及び障害との因果関係を個別に検討する必要がある。
3 文部科学省の国家試験採点誤り対応は行政対応の参考資料である
文部科学省は,平成19年の国家試験等の採点誤りについて,対象者1901人に受験手数料等の返還及び個別和解を行う方針を公表した。これは行政機関が誤りを認めて是正・補償した例として参考になる。
もっとも,同資料は司法試験CBTの判例ではなく,和解額や法的責任を一般化する根拠にもならない。本件へ適用するには,障害内容,行政側の過失,合否への影響及び損害を別途立証する必要がある。
第7 障害のある受験者と合理的配慮
1 一般の端末障害と受験特別措置を区別する
一般受験者の端末に偶発的な不具合が生じた場合と,障害又は傷病に応じた受験特別措置が不足した場合は,検討すべき事実と法令が異なる。
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律7条2項は,行政機関等に対し,障害者から社会的障壁の除去を必要としている旨の意思表明があり,実施に伴う負担が過重でないとき,合理的配慮を行うことを求めている。
2 必要な措置を具体化して早期に申し出る
司法試験委員会の受験特別措置実施概要は,試験時間の延長,私物パソコンによる答案作成,画面読み上げ又は音声入力等を措置例として掲げる。実際の措置は障害等の種類・程度及び提出資料に応じて個別に決定される。
合理的配慮をめぐる争いでは,診断名だけでなく,どの機能制約があり,どの措置をいつ申し出て,委員会がどの資料に基づき何を決定したかを保存する必要がある。出願後に負傷等が生じた場合も,対応可能性を確保するため直ちに委員会へ連絡することが重要である。
第8 相談を受けた弁護士の初動チェックリスト
1 最初の面談で確認する事項
①対象試験,試験日,科目,試験地,会場,試験室,座席及び受験番号
②障害の種類,発生から申告・端末交換・再開・終了までの時系列
③障害直前と復旧後の答案,問題文への書込み,法文及びメモの状態
④変更前後の残り時間,実質的に失われた作業及び監督員の説明
⑤本人への通知,是正措置,成績通知及び合格発表日
⑥障害又は傷病,受験特別措置の申出と決定及び当日の実施状況
⑦既に行った照会,開示請求,審査請求又は苦情申出
2 最初の一週間で検討する事項
①本人メモ,メール,郵便,受験案内及び支出証拠を保存する。
②司法試験委員会へ事実照会と関係記録の保存を求める。ただし,保存依頼だけで法的な保存義務又は開示義務が当然に生じると断定しない。
③保有個人情報開示請求と行政文書開示請求の対象を分ける。
④不合格発表後は取消訴訟の出訴期間を管理する。
⑤取消し,義務付け,国家賠償及び合理的配慮の各要件を混同しない。
3 主張を組み立てる順序
主張は,「端末が故障した」という一文で終わらせず,①障害の発生,②行政側の対応,③対応後も残った不利益,④答案又は試験時間への具体的影響,⑤合否・損害との因果関係,⑥求める救済の順に構成する。
この順序にすると,公開仕様から確認できる事実,当事者の供述,開示請求で確認すべき事実及び法的評価を分けることができる。
第9 調査範囲と一次資料による裏付け
1 確認できた一次資料
①法務省「司法試験及び司法試験予備試験のデジタル化について」
②法務省「令和8年司法試験に関するQ&A」
③法務省「令和8年司法試験の実施状況」
④法務省「令和8年司法試験の結果」及び結果資料
⑤司法試験等CBTシステムの概要,短答式操作マニュアル及び論文式操作マニュアル
⑥司法試験法,個人情報保護法,行政機関情報公開法,行政事件訴訟法,国家賠償法及び障害者差別解消法の各現行条文
⑦東京地判昭和49年9月26日・昭和47年(行ウ)第125号ほか(判例秘書L02930231),東京地判平成30年11月1日・平成30年(行ウ)第48号(同L07332016),東京地判平成30年8月28日・平成29年(行ウ)第308号(同L07331920)及び東京高判平成17年7月14日・平成16年(行コ)第357号(同L06020710)
2 判例・文献データベースの検索範囲
判例秘書は令和8年9月26日に検索した。「司法試験 AND CBT」0件,「司法試験 AND 端末障害」0件,「司法試験 AND システム障害」0件,「司法試験 AND 試験時間」5件及び「司法試験 AND 不合格処分」4件であった。後二者の検索結果一覧を確認し,上記の直接又は類似裁判例の本文を読んだ。
弁護士ドットコムLIBRARYも同日に検索した。「司法試験 CBT」は3件で,『民法でみる法律学習法[第3版]』,『ビジネス法務2023年9月号』及び『法律のひろば2026年4月号』が表示されたが,検索表示上,CBT端末障害の法的救済を直接扱う資料は確認できなかった。「端末障害」は1件で,サイバーセキュリティ一般の資料であった。「司法試験 不合格処分」,「昭和47年(行ウ)第125号」及び「司法試験無効確認」は0件であった。
3 なお確認できていない事項
令和8年司法試験の236件と11件の重複関係,個々の障害時間・復旧方法・得点調整方法,ログの具体的記録項目及び保存期間は,確認した公表資料では明らかでない。また,令和8年予備試験論文式のCBTについて,司法試験と同程度に詳細な障害件数・是正措置の公表資料は本記事作成時点で確認できていない。
個別相談又は訴訟では,これらを「不存在」と扱わず,保有記録,開示決定及び追加の裁判例調査によって確認する必要がある。