第1 結論
会社の元代表者,親会社その他の第三者が,破産手続開始前に会社の未払賃金を従業員へ支払った場合,第三者は,会社に対する求償権と,弁済による代位によって取得する従業員の原賃金債権を区別して検討する必要がある。
求償権が破産債権にとどまる場合でも,代位取得した原賃金債権が破産法149条1項の財団債権であれば,代位弁済者はその原債権を破産手続外で行使できる。最高裁平成23年11月22日第三小法廷判決(平成21年(受)第1344号,民集65巻8号3165頁)が示した結論である。
もっとも,代位者が行使できるのは自己の求償権の範囲内であり,弁済の事実,原賃金債権の内容,財団債権に当たる期間及び民法500条の対抗要件を確認しなければならない。
第2 最初に二つの権利を分ける
1 求償権
第三者が会社の依頼を受けて未払賃金を支払った場合,委任・事務管理その他の原因に基づき,会社に対する求償権を取得し得る。求償権の発生時期及び原因が破産手続開始前にある場合,通常は破産債権として届出の対象となる。
求償権だけを見れば,破産手続外で破産財団から全額の支払を受けることはできない。破産法100条1項により,破産債権は原則として破産手続によらなければ行使できないためである。
2 代位取得した原賃金債権
民法499条は,債務者のために弁済をした者が債権者に代位すると定める。代位者は,自己の求償権の範囲内で,原債権の効力及び担保として債権者が有していた権利を行使できる(民法501条1項・2項)。
原債権と求償権は別個の債権であり,原債権の優先性は代位によって当然に失われない。したがって,従業員の原賃金債権が財団債権であった場合,その性質を承継した代位者は,財団債権として請求できる。
第3 破産法149条による財団債権
破産法149条1項は,破産手続開始前3か月間の破産者の使用人の給料請求権を財団債権とする。給料の支給日だけでなく,どの期間の労務に対する賃金であるかを確認する必要がある。
例えば,6月18日に破産手続が開始され,4月分と5月分の給料が未払である場合は,開始前3か月間の給料として同項の財団債権に当たる可能性が高い。退職手当には同条2項の別の限度があるため,給料と退職金を一括して扱ってはならない。
財団債権は破産手続によらないで随時弁済される(破産法2条7項及び151条)。ただし,財団不足が明らかになった場合は同法152条の按分弁済等が問題となるため,「財団債権なら必ず直ちに全額回収できる」とは限らない。
第4 最高裁平成23年11月22日判決
1 事案
最高裁の事案では,会社の依頼を受けた第三者が,破産手続開始前に従業員の給料債権を弁済し,従業員に代位して破産管財人へ支払を求めた。原審は,求償権が破産債権である以上,原債権も破産手続外で行使できないとした。
2 判断
最高裁は,弁済による代位は,原債権を求償権確保のための一種の担保として機能させる制度であると説明した。そして,求償権の行使が倒産手続上の制約を受けても,原債権自体の行使が倒産手続で制約されていないなら,原債権まで同じ制約を受けるものではないとした。
その結果,代位弁済者は,求償権が破産債権にすぎない場合でも,代位取得した財団債権を破産手続外で行使できるとされた。他の破産債権者は,もともと従業員による財団債権の行使を甘受すべき立場であるため,不当に不利益を受けるとはいえないという理由である。
第5 現在の民法で確認すべき点
最高裁判決の事案では,代位弁済者は従業員の承諾を得ていた。当時の民法499条は任意代位に債権者の承諾を求めていたが,令和2年4月施行の改正民法は,債務者のために弁済した者が原則として法律上当然に債権者へ代位する仕組みに改めた。
もっとも,弁済について正当な利益を有しない者の代位には,民法500条が準用する同法467条の対抗要件が問題となる。元代表者等が当然に「正当な利益を有する者」となるわけではないため,債権譲渡通知に準じる通知又は承諾を含め,破産管財人に対抗できる状態かを確認する必要がある。
第6 回収方法
①従業員別に,雇用関係,対象月,未払額,支給日及び破産法149条該当性を確定する。
②第三者から従業員への支払記録と,会社の依頼又は事務管理の根拠を確保する。
③民法499条~501条の代位と対抗要件を確認する。
④破産管財人に対し,求償権だけでなく,代位取得した財団債権に基づく手続外請求であることを明示する。
⑤財団不足の有無,支払時期及び按分弁済の必要性を確認する。
破産債権としての求償権届出を併せて検討する場合も,同じ200万円について二重に回収することはできない。財団債権として回収した額は,求償権の残額及び届出内容に反映させる必要がある。
第7 保存すべき資料
①雇用契約書,就業規則,賃金台帳及び給与明細
②未払月と労務提供期間を示す勤怠・給与計算資料
③会社から第三者への依頼書,電子メール又は議事録
④第三者から各従業員への振込記録及び受領書
⑤従業員又は会社からの代位通知・承諾を示す資料
⑥破産手続開始決定,財団債権一覧及び財団不足に関する管財人の説明
第8 令和8年司法試験倒産法との関係
令和8年司法試験倒産法第1問設問3は,元代表者が4月分・5月分の未払給料200万円を6月3日に立替払いし,6月18日に破産手続が開始された事例である。
答案では,元代表者の求償権を破産債権として処理するだけでは不十分である。原給料債権が破産法149条1項の財団債権であること,弁済による代位,最高裁平成23年11月22日判決,破産手続外での行使及び現行民法500条の対抗要件までつなぐ必要がある。
令和8年9月28日現在,同年度の公式出題趣旨及び採点実感は公表されていない。本記事は問題文,現行条文及び裁判所公式判決から独立に整理したものである。
第9 出典
①破産法2条7項,100条,149条,151条及び152条
https://laws.e-gov.go.jp/law/416AC0000000075
②民法467条及び499条~501条
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
③最高裁平成23年11月22日第三小法廷判決(平成21年(受)第1344号,民集65巻8号3165頁)
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-81775.pdf
④令和8年司法試験論文式試験問題・倒産法
https://www.moj.go.jp/jinji/shihoushiken/jinji08_00295.html